お願い☆Oh, My God!
都内・某所、駅前――。
「うっうぅ……」
一人の老人が蹲り、うめき声を上げていた。
時刻は、午前8時――通勤ラッシュという時間帯のせいか、誰一人老人に声をかけるものはいない。
みんな、急いでいて気づいていないのか、気づいても見てみぬふりをしているのか、いずれにせよ世知辛い世の中である。
そんな中、一人の女子高生が老人に近寄る。
「おじいちゃん、どうしたの?大丈夫?」
少女は心配そうに老人の顔を覗き込み訊ねた。
「ぅうっ……お腹が――」
「お腹が痛いの? 陣痛? 生まれそうなの?」
「はっ?」
少女の言葉に耳を疑い固まる老人。
どっからどう見ても、おじいちゃんである老人のどこをどう勘違いしたら、臨月の妊婦に見えるというのか?
ていうか、『おじいちゃん』って声かけてるじゃん。
「あっあの……」
「ちょっと、まっててね。おじいちゃん」
ほら、『おじいちゃん』って……。
少女はそう言い残し、ものすごい俊足で走り去ってゆく。
「…………」
「おまたせ」
そして、一分も経たないうちに戻ってきた。
何故か、猫車を押しながら。
「あの……それは?」
「そこの工事現場で借りてきたのよ、さっ乗って」
力強く乗車(?)を勧めてくる少女に老人は戸惑いを隠せない。
「えっなんでじゃ?」
「なんでって、病院に運ぶためじゃない! おじいちゃん、お腹痛いんでしょ⁉︎」
「いや、まぁそうなんじゃが……。こういう場合、救急車とか呼ぶんじゃ?」
「病院、わりと近いもの。救急車呼ぶより、こっちの方が早いわ」
「…………」
ここから一番近い病院は、およそ徒歩十五分くらいのところにある。
微妙に救急車呼んだ方が早いのではなかろうか?
「ぐだぐだ、言ってないでさっさと乗って!」
少女は、その細腕のどこにそんな力があるのか、老人をひょいっと抱えて、猫車に無理やり押し込んだ。
「しっかりつかまっててよ!」
「これのどこにつかまるところが?」
「突貫します!」
少女は老人のつっこみを無視して爆走し始める。
「うぎょおぉぉ――顔が! 顔が――ゆが……息が、でき――」
「おれのNG(猫車)が行けると教えてくれてる……」
なんのこっちゃ?
そうこうしている内に、病院に到着。
少女の宣言どおり、救急車を呼ぶより断然早かったかもしれないが……。
老人は青い顔をして、
「し……死ぬかと思った……」
肩をぜいぜいいわせている。
「さぁ、おじいちゃん。産婦人科に急いで!」
まだ、言ってるし。
「ふぉっふぉっふぉっふぉっ」
突如、老人はすっと毅然とした態度で立ち上がる。
「どうしたの、おじいちゃん? いきなりバル○ン星人の真似なんかして」
「いや、普通に笑っただけなんじゃが……。ともかく、すまんかったのう、お嬢ちゃん。実は腹は痛くないんじゃ」
「えっ? どういうこと」
「実はわし、神様でな。人間を試すためにわざと腹痛のふりをして蹲っとったのじゃ」
老人は森厳な表情で言い放った。
少女は愕然とし、
「たっ大変! おじいちゃん、お腹じゃなくて、頭がこんがらがったキュー●ーちゃんだったのね!」
などとのたまう。
「頭がこんがらがったキュ●ピーちゃんって、いったい……。ともかくじゃ、信じられん気持ちも分かるが、わしはほんとに神様なんじゃよ。お嬢ちゃんは多少……いや、かなりスチャラカピ〜じゃが、根は純真で優しい人間じゃ! よって、どんな願いでも3つだけ叶えてつかわすぞよ」
「『〜ぞよ』って確かに、今どきそんな言葉遣いするのは神様だけだわ!」
「そうか?」
ガビーンと後退りしながら、神様の存在を肯定する少女。
「しかし、あれね。3つの願いって、神様もべたべたなことするんですね」
「ほっとけ! さぁ、早く願い事を言うのじゃ」
「そうねぇ。私、叶えてほしいことって特にない――あっそうだ!」
少女は自分の足元を見て言い放つ。
「ソックタッチ貸してくださらない?」
「はっ?」
「さっきから、靴下がよれてどうも気になってたのよ」
「そんなもん、そこらで買ってくりゃ……」
「今すぐ欲しいのよ! 気持ち悪くって、これ以上歩けないわ!」
散々、爆走しておいて何を今更。
「まっまぁ、お壌ちゃんがそこまで言うなら……」
神様は額に汗をかきながらも了承し、両手を翳す。
「ちちんぷいぷい――」
「まぁ、古臭い呪文だこと」
「じゃかしい! ちちんぷいぷい、汝の願い叶えてつかわす」
神様が呪文を唱え終わると、何もない空間から一瞬でソックタッチが姿を現す。
「わぁ、すごいわぁ! やっぱり神様ともなるとすごい手品ができるもんなのね」
「手品じゃないって……」
「神様、もう一度今の手品見せてくださらない?」
「聞いてないし……って、2つ目の願いもソックタッチかよ!」
「ええ、買い置きが欲しいし。それにこんな不思議な体験をしたのって、びっくりハウスに入ったとき以来ですもの」
「びっくりハウスと比肩されても……。本当によいのじゃな?」
「ええ、お願い!」
「ちちんぷいぷい、汝の願い叶えてつかわす」
今度は、何もない空間からどっさり山のようにソックタッチと風呂敷が現れた。
「わぁ、こんなにたくさん! ほんとうにありがとう! これで、暫く買わずにすむわ」
少女は心底、嬉しそうに目を輝かせる。
どんだけ、ソックタッチを所望していたのか?
「まぁこれだけあれば、一生買わずにすむのではないのか」
「どうかしら? 私の靴下すぐよれちゃうから」
「あっそ……。ああ、風呂敷はサービスじゃ。これに包んでいくがいいじゃろ」
「うふ。神様って気前がいいのねぇ。ポ●ンガくらい」
さすがに風呂敷より、バラバラになった肉体と服を再生させたポル●ガの方がサービス精神旺盛だろう。
「さてと、ほんとにありがと神様。私、学校あるからいくわね」
少女は大量のソックタッチを包んだ風呂敷を抱え立ち去ろうとする。
「これこれ、もう一つ願いは残っておるぞ」
「えぇ? でも、もう願い事なんてないわよ」
「なんか、あるじゃろ?大金持ちになりたいとか」
「私、そんなにお金に困ってないから。まぁソックタッチ買うお金も持ってなかったけど」
それは一文無しに近いのでは?
「では、絶世の美女になりたいとかはどうじゃ?」
「う〜ん、今の顔わりと気に入ってるし」
確かに少女の顔は、絶世の美女には程遠いものの、そこそこ愛らしいものではある。
「じゃあ、天才になりたいとかは?」
「ほら、私みんなから『バカなやつほど可愛い』ってよく言われてるし」
ここまでトンチンカンだといっそ清々しくて可愛く思うかもしれない。
「でも、なんかあるじゃろ?」
「そうねぇ。じゃあ、『世界が平和になりますように』……これにしてくださる?」
「…………」
その願いを聞いたとたん、神様の顔が曇る。
「本当にそんな願いでいいじゃな、お嬢ちゃん!」
神様はそれまでとは違った、どすの利かせた声で訊ねた。
しかし、急いでいた少女は特に気にとめる様子もなく、
「ええ、それでいいわ。あっもうホームルーム始まってる。ほんと、神様ありがとう。それじゃあね」
そう言って走って学校へ向かっていった。
「ふぅ。しかたなかろうて」
神様は深いため息を吐いて、両手を翳す。
「ちちんぷいぷい、汝の願い叶えてつかわす」
「遅れて、すいません!」
少女は慌てて教室に駆け込だ。
「あれ?」
誰もいない。
今はホームルームの時間帯のはずであるが……。
少女は廊下に出て、辺りを見回す。
そういえば、隣のクラスも、その隣のクラスも誰一人として気配が感じられない。
「今日、休みだっけ?」
その日、全人類の99.9999999999999……%の人間が世界から忽然と姿を消した。
『世界が平和になりますように』
少女が何気なく発した無垢な願いのために。
世界平和の実現のためには、ほとんどの人類が邪魔な存在であったのだ。
そう、少女のように純真な心をもったもの以外は。
「あっまた靴下よれてる」




