第一話 気味の悪い世界
ホラーって何だろう……。第一話です。どうぞ。
目覚めても、ここに来てからの記憶はあった。あの時感じた恐怖も、少しだが胸のどこかにある。私は、またあの光景がフラッシュバックしそうで、深く考えるのをやめた。今は、それ以外のことを考えよう。
目覚めた場所は同じだった。私の倒れている近くに、脱ぎ捨てた鎧が置いてある。ただ、ここに時の流れはあるようで、日は西に沈んでいた。それだけだった。この場所の変化は。
私は考える。どうしてまたここに戻ってきたのだろう。あの時、私は完全に死を感じた。そして、死んでしまうような体験もした。だけど、今私は生きている。そして何故か、同じ場所で倒れていた。
一番考えられるのは、あの人の形をした何かが私をここに連れてきたという事。だが、理由が分からない。そう、今は何もわからないのだ。記憶もなく、ここがどこかも知らず、あの何かが何なのかも知らない。今の私は無知。ただ命を持って動く、ただの生物。脳が物体に命令するだけの物。
私は、ただの、物体。
そんな時、私のお腹が鳴った。私は顔を振って、頭の中の考えを放り出す。またあの感覚に陥りそうだった。自分も周りも何もかも全部分からなくなる感覚、そして、自分が存在してはいけないものになったような感覚。それがまた心の中に。
私は否定する。そんなことはないはずだ。ここに私がいる以上、私は生きなければならない。そうしなければ、私は自分に意味を見いだせない。そうしなければ、死ぬ。
私は思う。戦える。食料もなければ水もない。寝床もなければ十分な衣服もない。自分がどんな場所にいて、どんなことが起きているのかも分からない。こんな状況だったとしても、生きるための努力をすれば戦える。そのはずだ。確かに私はここがどこかも知らず、自分が何者なのかもはっきりしていない。だけど、ある程度の知識はある。ここが海ならそれに流れる川もあるはずだし、川の周りの森には食べられる動物もいるはず。幸い、剣も腰にある。
何もかも予測の段階でしかない。しかし、こうやってやるべきことをしていけば、どこかに道はあるはず。敵が何であろうと、私は生きる。生きて自分に価値を見出す。それこそが今の私のやるべきこと。こうやって前を向いていけば、自分を見失うこともない。私は、決める。
ここがどこであろうと必ず生きる。私は私を見つけると。
そのために私は、剣と共に歩き始めた。
※※※
少し怖かったが、小屋の場所まで歩いた。日は少しずつ、確実に傾いていっているが、まだ辺りは明るかった。私は対して時間もかからず、その場所についた。
「ぁんで……、どうしぇ、無くなっていぅの?」
思わず声が出た。一度喉を使ったからか、前よりはマシになっているが、相変わらずひどい声だ。
そんな状態でも声を出してしまうほど、驚いた。小屋のあった場所は、そのスペースだけを残して、あとは始めから何もなかったかのようだった。小屋のあった地面には草が生え、土が見えている箇所や草の色が違う場所は見られなかった。それは完全に、周りの景色と同化していた。
私が何日眠っていたかは知らないが、ここまで姿を消せるだろうか。私はまた疑問に駆られる。だが、すぐ考えても無駄だと分かり、その場を後にすることにした。またいつか必要がくれば来ることにしよう。できれば来たくないが。
日がだんだんと沈み始めたときだった。私は運よく、岩の壁に空いた空洞を見つけた。だいぶ凸凹しているが、何とか雨風は防げそうだった。日も沈むころだし、ここを仮屋にしよう。そう思って、空洞の中に入った。
すでに体力は限界だった。お腹も減ったし、今の私に歩く気力はない。私は対して準備もせずに、岩と岩の間の隙間に入り込んだ。そしてすぐに、目を閉じる。
意識が落ちるまでの間、その場所には何も訪れず、ただ夕日が照らすだけだった。私はそれに、不安を覚えつつも、睡眠欲に負けて意識を無くしていった。
サテ、ソノクウドウハ、ホントウニタダノクウドウカ?
声が聞こえた気がした。
※※※
意識がある中での、二日目だ。私は一日を何事もなく終えられたことにホッとする。起き上がって伸びをすると、だいぶ体の調子がいいことに気付く。こんな体を傷めそうな場所で寝たというのに、昨日よりも動きやすい。私は不思議に思った。
だが、考えても仕方がない。体は動くがお腹は減っているし、いつ何が起きるかもわからない。このことを考えるのは時間と体に余裕ができたときだけだ。
とりあえず、今日は川を探そう。水分を手に入れるんだ。
砂浜にいたときから見えていた森。私はそこを歩いている。私の勝手な想像だが、たいてい川の近くには森がある。河口を探せばいいとも考えたが、食料も手に入れることを考慮するとここを探索したほうが良さそうだ。
耳と目を使い、川と生き物を探す。そういえば、水を汲むものがない。いろいろと準備するものがあるが、とりあえず私は水を飲むことを優先させる。今日はこのあたりの探索も兼ねている。地形情報を持てば、かなりマシになるはずだ。私は来た道行く道を記憶しながら進んでいく。
その時だった。私の耳に水の流れる音が聞こえた。足を止めて、方角を確認する。私の方向感覚がくるっていなければ砂浜より反対の方にある。だが、運がいいのかこの方角は洞窟に近い。今のところ拠点はあそこしか見つかっていないので私は少しの喜びを覚える。
焦らずゆっくりと足を進める。音はだんだんと近づき、川の存在をはっきりとさせる。とうとう視界に明るみが増してきて、少し目を凝らせば開けた場所に出ることが分かった。
私ははやる気持ちを抑え、ゆっくりとそちらへ向かう。うっすらと見えてきた川。それは遠くから見ても分かるほど、綺麗で透き通っていた。南の空に高く上った太陽の光を反射して煌めき、心にしみわたるような音を奏でるそれは、私にとっては今、神様のようであった。
「……かみさま。なんで今、神様みたいって思ったんだろう。そんなものあるはずないのに。」
何故か、相変わらずのひどい声でひとりでに喋った。神様。その存在は今の今まで考えたことはなかった。そして今、私はその存在を否定した。だって、もし神様がいるのなら、どうして私をこんなところに連れてきた。強がってはいるが、私はこんなところにいるのは嫌だ。綺麗で、壮大で、心地よいのに、気持ち悪い。こんな場所に。
私の考え方が狂ったのかもしれない。今思えば不思議なのだ。うまく行き過ぎている。運よく洞窟が見つかり、奇跡的に体が回復し、そして今、少し探しただけで川が見つかった。
単なる偶然の重なりかもしれない。だけど、何だか気味が悪い。あのぐるりと私を見ていた目を持つ、あの人型がいた場所がはたしてこんなにも心地よい場所でいいのか。本当は違うんじゃないのか。もっと非常で、地獄のような場所ではないのか。
「……やめろ。考えるな。飲まれるな。私は私だ。生き残ればいいんだ。」
気がつけば川の近くに辿り着いた。私はかがみこみ、まずはその川の水を少し飲んだ。何も変な味はしなかったので、そのまま飲み続けた。口元だけ濡れているのは落ち着かなかったので、そのあと顔も洗った。
目を閉じて、何度か水と一緒に擦る。何だかそれだけで、さっきの落ち着かない感じもさっぱりした気がした。私はその余韻に、目を閉じたまま浸る。溶けていく水の冷気。日光にあたり、だんだんと冷たさは消えていく。それが感じられなくなったところで、私は目を開ける。
視界に映っていたのは水面。その水面には私の顔があった。ぼさぼさになった金髪。青い瞳。そして、生気を失ったような顔。それは紛れもなく私。今ようやく思い出した。私の記憶の欠片。
だが私は、その記憶のふたを開けることはできなかった。なぜなら、思考は他のことに囚われていたから。水面に映っているのは、私だけじゃなかった。私の顔の後ろに何かがいる。私は振り向けなかった。なぜなら水面に映る其れは私の知る生き物ではないから。私は振り向かず、そして、動けなかった。
なにか固い感触が、私の首元をつかんだ。私は抵抗もできずに、そのまま宙に浮いた。そして、身体ごとその水面にいたものの方に向かされる。私は直視した。その生き物を。
それはカニであり、カマキリであり、クモであり、人だった。クモの胴体にカニとカマキリの手を一本ずつつけて、カニの手で私を掴んでいた。カニとカマキリの手の間には、顔があった。顔は灰色だった。人間の顔をしているが、皮膚はただれ、口はゆがみ、鼻はもげていて、目はなかった。怪物だった。私はそれを、怪物だと思った。
死ぬ。私はまたもや感じた。あの時とは違う、切断され、踏みつぶされ、極限の痛みを感じて死ぬ予感を。恐らくこの怪物は私を殺すだろう。食料にするのか、ただ殺すのかは分からない。だが、私はどちらにせよ死んでしまうだろう。
ならば、死ぬ前に一矢報いてやろう。私は生きると決心したんだ。最後まで生きようとして死んだのならば、ほかでもない自分が満足できる。今は自分しかいないのだから。
そう思って、私が剣の柄を握った時だった。歪んでいた怪物の口が開いた。
「……にんげん。じゃないな。お前、気の毒だな。この島の仲間にされちまったのか。」
怪物が、喋った。
次か次の次ぐらいで完結させるつもりです。