カメレオンとの死闘と過去の記憶2
カメレオンは昆虫を食べるのが一般的だと思われがちだが、大きい物になると小型の哺乳類を食べる種もいるという。
今信志の前にいるカメレオンは象でも丸呑みにできそうな程の大きさだ。
(まずは剣を取らないと勝ち目は無いな……賭けに出るか)
考えをまとめるとカメレオンがいるであろう方向に走り出す。左右に動きながら時には止まり時には一定方向に走り壁に近づいていく。
だがカメレオンも負けない。カメレオンは日頃から森の中で動く獲物を食べる生き物なので動く的に当てるのは容易いことだ。
カメレオンを舐めていた訳では無いが、フォースが使えないことで運動能力が落ちており、カメレオンの舌に捕まってしまう。フォースが使えない生身の状態で攻撃されたことで、直撃した上身左半分に激痛が走る。信志はそのまま引き寄せられ、残り数メートルで飲み込まれるだろう。
だが信志とてこのままタダで飲み込まれるほどバカではない。口に届く五メートル手前で足をつき左側に勢いよく飛んだ。
結果、カメレオンへの直線上から逸れて、口には入らずに壁に激突した。その衝撃でカメレオンの舌は外れたが信志は三メートル程落下し地面に叩きつけられた。
カメレオンの舌が当たった時に左の肋骨が数本折れ、鎖骨が砕け、その他もろもろとと大怪我を負った、さらに地面に叩きつけられて起き上がることもままならない状態だ。
だが信志の考え通り剣の近くにたどり着くことはどきた。左手で剣を握るとボタンに触れる。力が漲ってくるが、傷が治るわけでも無ければ痛みが和らぐわけでもない。なのになぜか不思議と勝てそうな気がする。
限界に来ている身体に鞭打ってカメレオンの舌がギリギリ届かないであろうところまで走った。その間には舌は襲ってこなかったのが幸いだ。カメレオンの方に向き直ると、突然左目が疼いた。燃えるように熱く、ズキズキ痛む。
「あぁぁ……いってぇぇ……ッ!!」
((俺だよ))
(……もう一人の僕!?)
((あほか!影だよ!って言うのもなんかな……))
(な、なんでお前が……あの時)
((あの時な、あの時お前の中に入ったんだよ))
(はぁ?なんでだよ!?)
((まぁまぁ、それより俺はあいつの、カメレオンの特性を知ってるぜ))
(そんなの俺だってしっーーー)
((いや、あいつは違う、まず大きさからして違うだろ。あいつは……カメレオンだ))
(知ってるから!馬鹿なの!?)
((ちげぇよ!俺が馬鹿ならお前も馬鹿だからな?そうじゃ無いんだよなー、なんつーか。向こうのカメレオンはこっちのとは違うから、まぁ、俺の指示に従ってみろ!な!))
(向こう?違う?指示?は?なんで指図されないといけないんだよ)
((ダァーッいいから!一回聞いてみ?な?))
(……わかったよ)
((あいつは半径十メートルに入れば攻撃してきて、射程も最大で丁度十メートルなんだまずは直進してくれ))
影の言われるがままに歩き出す。
((あいつの攻撃が来たら剣を前に突き出してみろ))
射程範囲に入った。右斜め上にいる気配を感じ、舌が来るであろう方向に言われた通りに剣を突き出す。
予想通りに舌が飛んできた。衝撃はあるが剣が持っていかれるわけでもなければ逆に手応えすら感じた。
(なんでだ!?)
((今までは舌に対して垂直じゃなく横にして受けていただろ?それだと舌に触れる面積が増えてダメージが分散されるし剣も持っていかれやすいんだ。だけど今みたいに剣を垂直にすると触れる面積が減って剣が取られにくい、なおかつ一点に集中してるから力も込めやすくダメージが入りやすいって事さ))
(な、なるほど、これなら近づける。けど、決定打にはならないんじゃ……?)
((馬鹿言え、それを繰り返したら相手も弱るだろ?そこで、その……あれだ、ドカーンってぶちかませばなんとかなるだろ!))
(おい……)
信志は自分の影に呆れた。いや、影は自分と同じ存在、言わば表裏だ。なのでそんな影になった原因は信志にあるといえる。信志は自分自身にも呆れた。
影との話の間にもカメレオンの攻撃は続いていた。右から来たら次は左その次は右、時には正面から、後ろからの攻撃は壁が遠すぎて不可能。なのでカメレオンの攻撃範囲は絞られる。
その上信志はカメレオンの攻撃をほとんど意識して返している。優勢だったはずのカメレオンは徐々に劣勢になってくるが、信志も全身に大怪我を負っている身である。
長引けば身体が持たないだろう。そうこうしているうちに、ついに壁まで接近していた。
そこでもまた舌が飛んでくる。また剣が突き刺さる。剣が触れる感覚でわかるがカメレオンの舌はもう蜂の巣状態だ。
カメレオンは今信志の真上、五メートルに位置取りをしてる。この高さだと今の身体では飛ぶのは不可能だ。
(高すぎて攻撃が届かない……くそっ)
((落ち着け冷静に考えてみろ、お前の剣の特性を))
(俺の剣の特性……)
信志は考えをまとめた。カメレオンの攻撃を返してすぐに剣を伸ばし、その剣をカメレオンが密着している壁との隙間に入れた。
カメレオンは壁に張り付いてるが支点になっているのは四本の足だけだ。胴体の部分は壁に触れずに宙に浮いている。そこの隙をついた攻撃だ。
カメレオンに背を向けて前方に振り下ろすように剣に力を込める、全力かつ迅速に、素早くしなければ無防備にさらされている背中が攻撃されるだろう。
あと一撃でももらえば信志は今度こそ立てなくなる。舌が来る。そんな気がした。だが信志の方が一歩早い。
「うおぉぉぉおお!!」
剣を振り下ろしカメレオンを壁から引き剥がした。
「ハァハァ、ど、どうだ、まいったか。カメレオン野郎」
信志がカメレオンに向かっていった頃純と俊也と悠亮はモグラと戦っていた。純と悠亮でモグラに挑んでいき、その間に俊也は蓮華を助け出す。
悠亮はモグラの体に対して少し右に大剣を振り下ろした。そうすることでモグラは左にかわすしかなくなる。それを見越して先回りしていた純は槍で腹部を刺す。
だがこのモグラの全身はほぼ筋肉でできている、純の槍もあまり深くは刺さらなかった。
モグラは槍を抜くとすぐに潜り始めた。俊也はモグラが潜り始めたのを見てチャンスと思ったのか、蓮花の手当を後回しにして穴に近づいき鞭を伸ばし入れた。
「よし!いいぞ俊也。そのまま引き釣り出してやれ!」
だが、俊也の顔が少し曇る。
「純さんダメです。あのモグラは地面を掘りながら出てきた砂で道を塞いでます」
地球上に存在するモグラは通り道である道は塞がないはずだが、このモグラは追撃を警戒してか道を塞いだ。知能がそうとう高いようだ。
そしてまた地揺れがする。その音は次第に距離を詰めてくる。
「俊也そこから離れろ!」
純の言葉に合わせるようにモグラは俊也のいた穴から出てきた。出てくる勢いに任せて俊也に拳をぶち当てる。
俊也は空中で三回転半を見事に決めると純たちの後方に落下した。
俊也も蓮華と同じく気絶したようだ。戦況は最悪、動けない二人に加えてモグラの素早さ、頑丈さ、力強さ、悪条件が揃っている。
「悠亮、これ正直厳し過ぎるよな……」
いつもお調子者の純が珍しく弱気な発言をした。
「俺の奥の手を使ってみるよ」
「あれを使うのか……まぁ、二人とも気絶してるし信志はカメレオンと戦ってるしバレる心配は無いか」
短い話し合いが終わったと同時にまたしても地揺れが起きる。今度も徐々に距離が詰まっていく。感覚だったが、モグラが出てくるだろうタイミングで二人ともその場から飛び退くとモグラが出てきた。
モグラは空中で逆立ちしてそのまま地面に潜ろうとしていた、だが純が着地と同時に槍を横殴りに振るとモグラは腕で受け止めて半回転して地面に足をつく。そのまま強く握りしめた純の槍を持って投げ飛ばした。
「時間は稼いだぞ!ちゃんと決めろよ!」
槍ごと投げ飛ばされる純は、悠亮に期待の言葉をかけた。
モグラはそのまま地面に穴を掘って潜っていくが、悠亮も黙って見てはいなかった。
モグラの掘った穴に剣を突き立てると地面から煙が上がる。悠亮が剣に力を込める度に煙は量を増していく。その工程が何度が繰り返されると、十メートル程離れたとことでモグラが出てきた。
モグラの右肩から骨盤にかけて溶け落ち左半身は真っ赤に大火傷を負っていた。
カメレオンとの死闘で信志の体は既に限界を超えている。影の言うとおりにすることで上手くいき、順調にカメレオンと戦っていくことで痛みをあまり感じなくなっていた。
人間は興奮状態になるとアドレナリンが分泌され痛みを感じにくくなることがある。信志はまさにそれだった。
今は痛みをほとんど感じていない。そのチャンスを逃すまいと、カメレオンを全力で引き剥がしそのまま地面に叩きつけた。
その時に純と悠亮が戦っていてモグラにちょうどぶつかり砂埃が立ち込める。
モグラの方は既に姿が無く瓶だけが残っていたがカメレオンの方はまだ動いている。純がカメレオンにとどめを刺そうと走り出すがカメレオンは次第に透明になっていく。
槍を伸ばすが届きそうになかった。だが、純の後方から光の玉が飛んでいきカメレオンの額に当たるのが見えた。
いきなりのことでカメレオンも動揺したのかその姿が露になするが、純はその一瞬を逃さない。前方に突き出していた槍を引きカメレオンの前に立つとまず両目を貫いた、そして前足、後ろ足を切り動けなくなったところでとどめを刺した。
流れるような槍さばきについ見とれてしまう。やっと敵は倒したものの信志はその場から動けないでいた。
(これはなかなかに厳しいな……意識が飛びそうだ)
((おいおいこのまま気絶したら死んじゃうとかそんなパターンだぞ!?起きろ!))
意識が飛びかけた刹那。
「信志ー!大丈夫……じゃないわな」
純が駆け寄りそう言うと瓶の中の液体を飲ませてくれた。気分が楽になる……そして、そこで意識が切れた。
また、嫌な夢を見た。警察の人は家に押しかけてくる。ニュースでは自分の知り合いらしき女の子が取り上げられて、いつもいつも見慣れていたテレビ局のカメラが家の周りに何台も来ていた。
親に聞くが何も答えてくれない。数時間が経ち一時的に騒ぎも収まり、親に聞いてみるが母親は無言のまま自室へと行き、父親に関しては不気味な笑みを浮かべていた。
悪魔という例えがあっているだろうか、はたまた本当の悪魔なのかすらその時の信志には分からなかった。しかしこれは聞いておくべきことだと思い、恐る恐る訪ねてみた。
父親は信志の質問を聞くとさらに深い笑みを浮かべ、大笑いをした。
笑いが収まるとお前は知らなくていいと一言だけ言い信志前から姿を消した。
次の日は日曜日、警察の人も午前中は来ていたが午後から父親が警察の所へ行く事になり家の中は静寂に包まれていた。
この日は仕事があるわけでもなかったので外に出た。隣の家の前を歩いていると知り合いの女の子のことが頭をよぎった。隣の家の表札を見ると、柊と書いてある。
そう、その女の子は柊、柊こ……そこまで思い出したが現実へと引き戻された。