過去との戦い2
手を出さないでくれと言ったが……。
「オセロとかしないでくれる!?」
壁純たちは際に座り込んだと思えば、どこからか取り出したオセロを初めて賑やかになっていた。
「気にすんなー。やってこい!」
温度差を肌で痛感しながらも、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
そして、信志は影へと近づく。影に近づくということは昔の自分と対面し、それを受け入れなければならない。記憶の種類は様々だろう、楽しかった嬉しかったような正の感情、怖いかった痛かった辛かったような負の感情、それらの記憶が入り交じり激しい頭痛に襲われる。
人は嫌だったことは忘れようとする。嫌であればあるほど忘れようとする気持ちが大きくなる、だから忘れることができない。信志の場合は忘れるんじゃない、その記憶自体を凍結させていた、だから思い出さなかったんだ。
(まともに戦ったとしてもそれは自分の過去を否定するだけ、でも戦い方は物理的なものだけじゃない、勝算はある)
深呼吸して、そして。
「俺は昔、柿谷光って名前で子役をしていた」
影は喋るのを止めた。周囲のみんなもも唖然としている。それも仕方ないことか。
「信志君、それってほんと……?子役界のレジェンドって言われてた光君なの?」
「ほんとだよ、俺にとっては嫌な思い出でしかないんだけどね」
信志の言葉に続いて影が喋る。
「やっと思い出したか。どうだ?自分の闇に触れようとしなかったから今の俺がいるんだぜ?」
まるで信志コピーのような、口調も同じで喋った。
「確かに俺は闇の部分には一切触れてこなかった、あの頃は自分のことを思ってくれる人はそうはいなかったからな。だけど今は人に心配されて、俺の中では仲間って呼べる人がいるんだよ!」
「馬鹿なやつだな、俺は。お前は少し心配された程度で仲間って思うのか?まだ出会って何時間かしか経ってないだろ?」
「ここにいる人は命の恩人だ、この人たちがいなかったら俺はここまで来れなかった」
「どうだか」
影はそうつぶやき勢いよく走ってきた。信志もそれと同時に走り出す。右手に握っている剣を右上から振り下ろす、影もそれを見越して左下から剣を振り上げ合わせてきた。
剣と剣がぶつかり合うことでギリギリという音が鳴り、つばぜり合いになる。
「俺はここから出てまた何ともない普通の日常に戻るんだ!」
「お前には無理だ、俺だからな。わかるんだよ親父のことぐらい」
信志は顔をしかめた。
「親父にに入れられたんだろ」
影の一言で信志に火がついた。左手で影の腹部に拳を入れる。よろけたところでさらに力を込めて切り込む。だが影は間一髪のところで受け無しがし避ける。
「図星だったのか」
「馬鹿言え、俺は入れられる前の記憶が無いんだ」
お互いに武器の短くして走る。影の武器が顔に迫るが、ギリギリのところで左に頭を倒す。しかしいつの間にか腹部に痛烈な痛みが走る。影の拳が入っていた。
「懐かしいだろ、八歳の時に映画、空手道で教わった技だぜ」
笑いながら喋る。
「確かに懐かしいな、けどこの時俺が考えていたのはこの技の欠点、すなわち両手を前に出すから胴体ががら空きなんだよ!」
信志は腹部のみぞおちに入った拳に耐え、腕を伸ばして地面と水平に振る。短くなっていた剣は ヒューッ と音を鳴らしながら影の腹部を大きくえぐった。
「昔の俺ならこんなへまはしないぞ」
「やるじゃねぇか」
影の息が荒くなる、よっぽどこたえたようだ。このままお互いに一歩も譲らない殴り合いになる。体の至るところに切り傷や痣ができ、それに伴い影の体もほころびが生じている。
痛みに耐えかねて、お互い後方に飛び退き再度武器を構える。影が剣の長さを戻し信志に向けて走ってきた。が、信志は自分の持ち武器を手放した。剣先が喉に当たる寸前で止まる。
「どういうつもりだ?」
「どうもこうもないさ、お前と戦ってみてよく分かったよ」
信志は剣先を握り首元から外す。血が出ている、痛い、そんなものは今の信志は感じなかった。今一番心の中にあることは、影をもう一人の自分として真っ向に受け入れることだった。
信志は影に歩み寄ると影は後ずさりするが、手を引き強く抱きしめた。
「俺は、確かに今までの俺は自分の闇から逃げてた。だがそれは子役時代の俺も同じだったんだ」
そう言うと信志は強く、さらに強く抱きしめる。
「お前は、昔の俺の闇じゃない。昔の柿谷光の成れの果てだ、思い出してみろよ楽しかったことだってあっただろ?子役の友達もいた、たまに優しかったお父さん、誕生日プレゼントにゲーム買ってもらったよな。それで友達と通信もした、楽しかっただろ?」
「毎日毎日、親父に殴られ蹴られーーー」
「スタッフの人に心配された時、心が苦しかったけど、実際はすっごく嬉しかったよな」
「でも、家で大人しくしていたらそれもそれで親父の気に触れて殴られた」
「マネージャーさんなんてさ、子供だからって甘やかさなかったけどたまに貰えるアメがほんとに嬉しかったよな」
「なんで、そうーーー」
影を横目で見ると、その瞳には水分が溜まっていた。そしてこぼれ落ちる大粒の涙、今までの泣きたくても泣けなかった分の涙を今、大声で泣きながら流している。
昔の光の成れの果て。それは泣けなかった、心を殺していた子供の気持ちのダムが決壊した時だった。
昔の話をするのは心が少し痛む。だがその痛みがまた、信志に勇気をくれる。
影との昔話は数十分続き、時には笑い、時にはお互いに涙しながら語り合った。
「お前はこれでいいのかよ」
「あぁ、問題ない」
最後に短い会話を交わし、影は信志の体の内へと消えていった。
静かだが、落ち着いた声音が脳に震動する。
(この金ダンはお前に相応しいかもしれないな)
耳元で聞こえる自分の声に少し寒気を感じたが信志は気分が良かった。
「終わったよ」
信志が言うといつの間にか床に座り込んでいたみんなが起き上がってきた。
「頑張ったな、自分の闇と真っ向から立ち向かえるなんて凄いよお前は」
第一声は純だった。次いで。
「お疲れ様。こんなこと言うのはおかしいかも知れないけど、私たちは昔とか関係なく今の信志が好きだよ」
蓮花が喋った。あんまり女子との関わりがなく、好きなんて初めて言われた言葉に少し照れながら、次に行こうとか次の階も気をつけようとか、次の事ばかり口走る。
「そうだな!次行って、サクサクっと脱出しようぜ!」
信志が自分の闇と戦っていた様を見ていたからなのか、信志の素性が知れてここにいる人たちがまた一致団結した気がした。
四十三階は安全地帯になっていた。今度は家の数が多いので一人一棟使えることになった。信志は荷物を置いたらまず疲れを癒すために温泉へと直行する。だが早かったのか、まだ誰もいない。
(まぁ、まだ早いよな真昼間だし)
一時間ぐらいゆっくり浸かって上がろうもするとちょうど純たちとすれ違った。
「おー、早いなあ」
「今日は疲れたからな。帰って飯食べたら早く寝たいよ」
「俺は今回はサウナ最高記録に挑戦するからな!応援してくれよ!」
相変わらず呑気な純はタオルを振り回しながら入って行く。そんな純を信志は微笑しながら頑張れよと一言声をかけて温泉を後にした。
食堂にはパンや弁当が並べてあり弁当を食べて家に帰る。家に着くと早速布団をひいて布団にくるまった。数分もしたら瞼が重くなり、睡魔が大暴れし始める。
白と黒の車に乗った人が家に来た。子供の信志は親の後に隠れている。これはは夢の中にいるらしい。
ちらほらと行方不明や、搜索などといった声が聞こえてきた。リビングにあるテレビには女の子が映っている。この時の信志と同じぐらいの年の子だろう。どこかで見たような顔をしているが、思い出せない。
名前も知っているような気がするが思い出せない。綺麗な茶色の毛に長いツインテール、特徴的なシュシュをしている。信志はこの女の子を知っている、そう確信したのはシュシュだった。このシュシュは自分がある女の子にプレゼントした物だ。
あの頃好きだった子、プレゼントを上げた子なんて一人しかいない。名前はたしか、ひ、ひい……、思い出しそうなところで覚醒する。
布団には大量の汗が染み込んでした。寝汗びっしょりで気持ちが悪いので、信志はもう一度銭湯に入ることにした。もう真夜中だ誰も起きていないと思いながら銭湯へと歩みを進める。何か生き物の声が聞こえるような気がしたが、寝ぼけているのだと思いさらに歩みを早めた。
またしてもぼっち温泉だ。まずは、汗で汚れた体を洗い流して少し湯に浸かってからあがる。服は新しいのをタンスから持ってきており、それを着衣すると銭湯を後にした。
外は薄暗い感じでもうそろそろ日が登るだろう。微妙な時間なので寝るのを諦め今回もこの集落の中を散歩することにした。集落の中には特に目立つものもなかったのでそのすぐ横を流れる川を上ることにした。
静かな中、川のせせらぎが心地よく、気分良く歩いていると目の前に次第に木々が増してきた。そのまま中に入るとマイナスイオン全開で、心の底から落ち着くような気がする。
さらに奥に進んでいくと、激しく水が打ちつけられる音が聞こえてきて、木々の隙間から見えるのは、滝だった。
四メールほどの高さから打ちつける滝は清々しいく、心が安らぐ。朝日がさしてきたので滝の横から崖を登り数分後頂上に着いた。
そこから見る朝焼けはとても神秘的に感じた。金ダンの中でもこんなに綺麗な朝日が拝めると知ったのはいい情報だ。
だが、ここでも思い出す。顔も名前もわからない女の子、思い出そうとするが思い出せない。そうこうしているうちに朝日の線上にある集落の一つ家のドアが開いた。中からは純が出てくる。
純は集落の中心にある井戸に向かっていき、着いたら水をくもうとバケツを投げ入れようとするが、まだ寝ぼけているのかバケツと一緒に落っこちた。少し経ってからバケツについていた紐を伝って上ってくるが、紐が切れてまた落ちる。
(純のやつ朝からボケすぎだろ)
信志は笑いながら足早に集落へと帰った。井戸のそばでは純が寒そうに震えているのが見える。それを見て信志はこらえ切れなくなり大声で笑った。こんなに大声で笑うのは久しぶりだ。だが純は不愉快そうにこちらを睨んでくる。
「笑ってんじゃねぇ!こちとら寒いんだぞ!」
へくしょん、純は鼻水を垂らしながらくしゃみをした。またへくしょん、今度は鼻水を飛び散らしながらくしゃみをする。
「きったねぇな、そんなに寒いなら銭湯行ってこいよ」
信志の提案に無言でうなずき荷物をまとめて銭湯へと向かっていった。純との会話がうるさかったのか、はたまたこれがいつも通りの時間なのかはわからないが、続々と家のドアが開いた。
純が銭湯から帰ってくる頃には純以外の人は次の階への準備を終わらせていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!十分!いや、五分で支度してくる!」
そう言い残して結局三十分かかった。
「何してるのよ!全然五分じゃないじゃない!」
この中でのお姉さん的立場にいる蓮花が怒鳴る。
「まぁまぁ、そんな事言わずにさ、出発だー!」
蓮花の罵声を気合で跳ね除けた純はすぐさま歩き出した。
四十四階は見慣れた光景だった。真っ暗な個室、みんなバラバラに別れて座わりこんだ。する事が無く暇だがここで無駄な体力を使うわけにはいかない。
早く起きたこともあってか、ついついうたた寝をしてしまった。数時間が経ち目を覚ますと周りの人も寝ている人がちらほらいた。それに誰も降ってこない。
また寝入るか迷ったが、何の前触れもなく突然の光。信志と純は周りの人を起こして奥の部屋へと向かった。
「てか、今回も作戦なしかよ」
心配をする信志をよそに純はニッコリと笑顔で返した。
走り抜けた奥の部屋にいたのは恐竜を彷彿とさせるほど巨大なカメレオンだった。一目でカメレオンだとわかるのは、子役時代の映画で共演したことがあるからだ。
カメレオンは信志たちを確認すると姿を消した。正確に言えば、擬態させた。オーラをまとっているので感覚も鋭くなっているのか、前方から何か来る気がして剣をしっかりと構えふと案の定とてつもない力が剣とぶつかった。
と思ったら今度はとてつもない力で引っ張られる。あまりの力の強さに握力が負け、剣を手放してしまった。そしてカメレオンは姿を現し、口の中から剣を吐き出した。
「気をつけろ!あいつの舌は当たれば吹き飛ぶし、くっついたら喰われるぞ!」
カメレオンはまた姿を消た。みんなは輪になり四方八方を見張った。
「どこからくるんですかね…?」
不安まじりの声で俊也が喋る。
「わからねぇ、けど、こうしてることで後からやられるってことは無いと思うぜ」
確かに純の言う通りだ。だが自分がカメレオンならどうする?真正面からより不意をつく所から攻撃する、だとしたら……?
(どこだ、どこなんだ?考えろ俺、落ち着け、カメレオンは完全に透明になることはできない、擬態するだけだ。それでいて床、壁は平面、不意をついて攻撃するなら場所も限られる、俺なら……上だ!という事は上の壁だ!)
珍しく信志の頭が冴えていた。
「みんな、あいつは上の壁にいるはずだ!カメレオンは消えるわけじゃなく擬態してるだけだ、だから壁を見てたらどこか違和感があるはずだ!」
「お、おお。そういうことか!確かにカメレオンは擬態?だな!よし、上の壁をしっかり確認するぞ!いつ攻撃がくるかわからねぇから気を抜くなよ!」
純のいいところは、自分の意見もしっかりと言うが他人の意見を受け入れてすぐに指示を出す。さすがは純だ。
そんなことを思っていると、いきなり悠亮が飛んだ。
カメレオンを見つけたのか大剣をさらに大きくして、振り下ろす。よく見えなかったが、壁ではない何かを叩きつけた後に爆発し、さらに悠亮は地面につくと同時に地を蹴った。
アクション映画さながらの受身でくるりと回ると、悠亮が着地したところに何か重いものが落ち、床が砕けた。
「やったのか?」
「手応えは無かった、堅い」
悠亮の攻撃でも効果が無いことに純は顔色を曇らせた。カメレオンは姿を現したが、またすぐに消えてしまう。
また全探さなければならないのは神経を削るので辛い。先刻のカメレオンがいたように、全員が上ばかり気にしていると突然地面が揺れた。
これはまだ理沙がいた時に戦ったゴリラ型生物の時と類似している。みんながいる地面が割れ浮かび上がり、足を掴まれまいと、悠亮以外の三人はすぐに飛び退いた。すると蓮花が見えない何かに殴られ、純は地面から出てきた拳で殴られた。
(地揺れに気を取られていたが、何がどうなったんだ!?)
信志はさらに距離をとると状況を整理した。
(カメレオンが上にいると思って上を見ていると地面が割れる。カメレオンが地中に潜っていたのか?でも、蓮花は確に上から殴られていた、なら……敵はカメレオンだけじゃない!)
やっと出した結論を決定づけるように地面から巨大なモグラが出てきた。右手には大きな鉤爪、左手に鉤爪は無いものの強靭な腕をしている。
カメレオンは上から攻撃し、モグラは下から攻撃を仕掛けてきた。モグラは地中を掘り進めるのが一般的だが、あのモグラの豪腕なら壁の中も進めるかも知れない。モグラは地上戦より地中戦をしたいようで、すぐに穴に戻る。
「聞いてくれ!そのモグラは壁の中も潜るかも知ーーー」
みんなに注意を呼びかけようとした時には既に、モグラは壁から出てきていた。今さっきまでそこにいたモグラが壁から身を乗り出し鋭い爪を壁にさし落下しないようにしている。
異常なまでに速い移動速度に驚愕したのもつかの間、モグラは壁から体を出したまま動きを止めた。よく見ると徐々に足が膨らみ大きくなっていく。
そして丸太のように太くなった足で壁を蹴り蓮花に向かって一直線で飛んだ。力強く蹴った壁には大きな穴が空き、目にも止まらぬ速さで跳躍するモグラの姿を捉えることはできず、残像すら見えたか曖昧だ。
首を蓮花の方へ回転運動させると、蓮花が地面にめり込んでいるのが見えた。ピクリとも動かない蓮花は、気絶したのか最悪死んでしまったのかはわからない。
「蓮花!」
純が叫び近寄っていくが、蓮花の手前にはモグラがいる。純は一人ででモグラと戦おうとしていたようだが、そこに悠亮と俊也が駆けつけた。三対一、これならバカみたいに力の強いモグラに勝つことができるかもしれない。
(てことは、俺がカメレオンか……。一人はさすがにきついぜ)
蓮花のことは心配だが、一旦三人に任せる。信志は冷や汗をかきながら上の壁に目を向けた。一か所だけいびつな形をしている壁を視界に捉えると、何か飛んでくる気がして左に飛んだ。直後自分がさっきまで立っていた場所は何かがぶつかり砂埃がたっている。信志はすぐに理解した。
「おーけーカメレオン野郎、お前は俺一人で片付けてやるぜ」