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命の重み

 目の前では火の粉がパチパチと音を立てながら飛んでいる。火柱は激しく燃え上がり、近づこうとするものならば誰であろうとみさかいなく燃やし尽くす勢いだ。


「気を付けろって言っただろ……」


 一人、仲間を失ってしまった。それは数でいえば多大な影響はないが、人の死というものは数字であらわせれるほど簡単ではない。

 信志は自分の力不足と、また仲間を救えなかったという後悔の念にかられていた。


「クッソォォォォ!!!」


 その場に膝から崩れ落ち両手を地面につくと、込み上げてくる涙を抑えきれずに嗚咽する。


「ねぇ」


 さらに炎は激しさを増していく。このままだと信志まで飛び火しかねない。


「信志君、危ない!」


 秋作の心配する声が耳に響く、もう戦いは終わったらしい。だが体が動かなかった。


「俺は……また、仲間を……」


 あふれる涙は止まることを知らず、地面には小規模だが水溜まりができてきている。


「いや……ねぇ」


 この声は百合子のものだ。それは今しがた会話を交わしていた信志にはよくわかる。もう幻聴まで聞こえてきている始末だ。


「救え……なかっーーー」


「おい!」


 幻聴はさらに声量を上げて信志に追い打ちをかけてくる。その声が聞こえる度にあふれ出る涙は勢いを増していく。


「顔を上げろ!!」


 その声はうつむくな、前を向いて歩けると言っているのだろうか。言われるがままに顔を上げてみると、そこには炎を半身に纏っている百合子が立っていた。


「……え……?」


 幻覚かと思い両目をこするが、百合子の姿が消えることはない。


「その……、なんだ、泣いてくれるのは嬉しいけど、まだ死んでないんですけど……」


 百合子は頬を赤らめながらそっぽを向く。その表情はまるで生きている人のよう……。


「お、おまえ、生きてたのか……?」


「まぁ……一応」


 よかった。心の底から安堵した。こんなに胸が苦しくなるなら、初めから関わらなければいいという人も世の中にはいるかもしれないが、人は誰かと繋がっていないと寂しくなるものだ。

 そして、誰かが自分の前から姿を消すとそれも寂しいし、さらに悲しくもなる。だが、それでも関わりを持つのが人間だ。


 信志は両手で頬を軽く叩くと起き上がる。


「はぁーーーっ、心配させんなよ」


「はぁー!?な、なに!? 勝手に心配すんなし!てか、ため息大きいわ!」


 改めて思う。もうあの三人のように誰一人として死なせない戦いをする。


「てか、なんでそんなに泣いたわけ?あ、まさかあたしに惚れたとか?いや、それはまじキモイから。てかてか、彼氏いるし」


「いや、惚れてないし、惚れないし」


 言うべきことはきっぱりと言い、落ち着きを取り戻すために一度深呼吸をする。

 大きく息を吸う時に微かに匂うのは、百合子の香水の匂いだろうか。なぜかそれを嗅ぐと胸の中にあったモヤモヤが晴れていく気になる。


「別に俺はお前のことを恋愛対象として見ていない」


「おい、そこは嘘でも言っとけよ」


「だが、仲間として大切に思っている」


 ゆでダコのように赤面させる百合子は、顔を見せないように百八十度回る。


「そ、そんなことより、早く次行くぞ。さっさとこんな所はおさらばしたいし」


 そのまま歩きだそうとする百合子に、大声がかけられる。


「待ちなさい!」


 それはリーダーをしている渡邉からだ。

 渡邉は歩いて百合子の方へ近づいき、振り返った百合子の頬に平手打ちをいれる。


「貴女、私の言ったこと守らなかったわよね?」


 百合子はめんどくさいやつに絡まれたと言わんばかりのしかめっ面をつくる。


「だって、あれは仕方ないってゆーか。戦えるのあたししかいーーー」


「だってから始まる言葉は言い訳よ!守らなかったのは事実、それでもし貴女が怪我でもしたらどうするの!?」


「いや、だからーーー」


「それも言い訳ね。もういいわ、約束が守れないのであれば貴女は戦わせない」


 渡邉と百合子の言い合いが、いや一方的な押しつけのように見える話し合いが鎮静化されつつある中、信志の元に秋作が歩み寄ってきた。


「信志君、前から思ってたんだけど渡邉さんはなんであんなに女性びいきなのかな?」


 前々から信志も思っていた疑念を秋作も思っていたらしい。男には戦わせて女は身の安全を最優先にしているのはあからさまだ。

 その上男の心配はしないというなんとも腹立たしい言動だが、そこまでするには理由があるはず。


「それは俺も気になってました。けど、まだそこまで踏み込めないですね」


「だよね……。もう少し親交を深めないとなんとも」


 秋作は大きくため息をつく。それにつられて信志もため息をつきそうになるが、その直前に渡邉が全員に声をかけた。


「次の階に行くわよ。あと、あたしがリーダーやってる限り言うこと守ってくれれば女性が怪我することはないから」


 今までも散々言われてきたが、今回のはまた大きく公言する渡邉。それに対してしびれを切らしたのか、意外にも谷村紙が声を上げる。


「ちょっと待てよ。つまり男は怪我してもいいってことかよ」


「そんなこと言ってないでしょ?女性が戦って怪我をしないようにまとめてるだけ。おわかり?」


「だからーーー」


「貴方も言い訳?大人として恥ずかしくないの?」


 百合子の時と同じように、谷村紙も言いくるめられ反論を許されない。やはりこの女には言葉で勝つことはできないようだ。

 渡邉がリーダーになる時も思ったが、自分の意見を押しつけて決して曲げることがない、そんなものをリーダーと呼べるのだろうか?


 これではまるで、独裁だ。



 毎度のごとく渡邉の暴君っぷりが炸裂したところで、ようやく次の階に進むように話が進んだ。

 信志が言えた立場ではないが、渡邉をリーダーにしたのは間違いだと思う。悪気があるかはわからない、悪気がないならまだいいが、それが悪意を持った行動であれば処罰するべきだ。


 だが、どうしてもここにいる男性だとそれを行えない。性別の壁というものは酷なことだ。

 渡邉に対しての不満や鬱憤を脳内で活性化させていると、先頭をきって進んでいったリーダーの動揺混じりの声が聞こえてくる。


「ここって……」


 まさかと思い渡邉に駆け寄ると、目の前に広がるのは、今までのような薄暗く狭い空間ではなく、一部に集落が見える平原が現れた。

 集落の近くには川が流れ、上流を視線で辿ると森のようになっている。


「やっと来ましたね、ここが金ダンの中で唯一の安全地帯です」


「やっぱり信志君は金ダン経験者なんだ」


 秋作の素直な気持ちを聞けて少し口元が緩むが、アメには鞭があるように、疑いの言葉もかけられる。


「どうだか。見た目安全だし、そう思って出た口からでまかせかもしれないわ」


 毒舌女王とでも言うべき渡邉の言いっぷりにもさすがに慣れ疲れてきたのか、あまり感情を高ぶらせることもなくなってきた。

 渡邉が先頭だが、信志が説明をしながら一行は進んでいき、集合の中心までたどり着いた。


「それじゃ家をわけるわよ」


 まず初めに渡邉から見て左手の方向にある家を指さし、そこから隣から四棟を女性の家とし、残りの二棟を男性+寿音という配分にわけだす。

 あまりにも差別されたわけ方に秋作と、谷村紙が抗議をする。


「それはあまりにも酷じゃないですか」


「男女間での差別は良くねぇよな」


 だがわかっている。この抗議だって渡邉の、リーダーとしての立場と口達者によって言いくるめられることを。


「そう?それなら、貴方たちは女性のプライベートを覗くの?それ、犯罪じゃない?」


 渡邉はさらに一拍おき。


「ねぇ秋作さんならわかるわよね?だって警察だもの」


 それを言われてしまえばもう、言い返す言葉が出てこなくなる。谷村紙も秋作が警察、という立場と正義感の強さをよく知っている様で、何も返せない。

 悔しいが信志もここは引くしかないと思い、何も口出しをしなかった。


「何も言えないのね、なら決まりだわ」


 渡邉は自宅に決めたであろう家に向かって歩き出し、背面から手をひらひらと振り立ち去っていく。

 その後ろ姿をただただ呆然と立ち尽くして見つめる男性は、全員が同じとはいかなくとも近いことを考えたに違いない。



 男性+寿音で二棟しか使えないのに、秋作と谷村紙が譲ってくれたおかげで、信志は寿音と二人一棟で使うことができる。

 寿音にはあまり甘えさせないように、それと信志には他にもしなければならないことがあった。


 当分の間リュックにしまっていたインカム、それに加えてノートパソコンを取り出す。

 ノートパソコンには前もって蓄えていた充電があり、電源ボタンを押すとモニターに明るさが宿る。


 一般的なノートパソコンだとこの次に起こる動作は会社のロゴが表示されるのだが、このノートパソコンは浩太郎が作ったものなので遊び心満載なアニメーションが流れ出した。

 音量にも気を使ってくれていたのか、さして大きくない量で流れ、数分経った頃には完全に起動しログインする。


 ホーム画面から左に陳列されているアプリのうち、上から三番目にあるビデオマークのアプリをダブルクリックで起動する。

 立ち上げたばっかりですぐにアプリを開いたことで負荷がかかっているのか、少し重いが正常に動くノートパソコンを見ていると。


「信ちゃん……やばい……」


 寿音の甘えとは違う、強ばった口調に異変を感じて後方に振り返ると、扉の隙間から覗いている人影が見えた。

 入ってこようとする人を無理やり押し出そうとしたのか、寿音は扉を体重をかける形になっている。だが家の外にいる人が誰だかわかっているのか少し力を弱めているように見える。


 寿音がその気になれば生身の人間は誰だろうと扉を開けることができないからだ。


「信志君。ちょ、ちょっと寿音ちゃん力強すぎない……?」


 聞いていると安心してくるような優しい声の主は秋作だ。相手が秋作だから寿音も扉を完全に閉めることを躊躇(ちゅうちょ)しているのだろう。

 今現在この金ダンに入っている人ならみんながみんな秋作の人間性をわかっているだろう。警察官としての正義感の強さと、誠実さ、それに加えて誰にでも優しくするというまさに仏様のような人だ。


「あー、えっと……入ってもらおうかな」


 何か用事があって来たはずの人を無理やり追い返すほど鬼ではないので、入ってもらうことにした。


 ノートパソコンを閉じると今までの作業を中断してさらに負荷がかかり、通信動作が悪くなると判断した信志はノートパソコンを自分の左隣に置き、右隣に寿音を座らせる。

 向かいには秋作が座るが、そうそうに肝を冷やす。


「ありがとう。それにしても寿音ちゃんは本当に力強いね」


 そう言いながら向かいに座る寿音の頭を笑顔で撫でる秋作の見て、浩太郎を思い出した。

 何度も何度も腹を殴られる浩太郎の姿を思いだして、むやみに寿音に触れるようなことをしたらどうなるかと思い右隣に座る寿音を見るが、正座している足の上で両手を綺麗に揃えており殴りかかる様子はなさそうだ。


「それで、何の用ですか?」


 用がないのに人の家に来るはずがない、そんなことをする人じゃないことも信志は知っている。

 重要な話があるのだと思い心して聞く。


「そんな固くならないで」


 秋作はぶんぶんと手を自分の体の前で振ると、再度口を開く。


「僕はただ、君たち、信志君と寿音ちゃんと仲良くなりなくて来たんだ」


 そのなんてことない、小学生が友達を作る感覚で訪れたと言え秋作に、何か勘違いをしていたことを理解して、少し顔が熱くなるのを感じる。

 咳払いをしてその考えをリセットしようとしてる時、タイミング悪くあいつが喋りだした。


「信志君?あれ……どこ?おーいおーい」


「今のは?」


 金ダンは外部との通信ができる。だが、それに気がつけ人はあまりいない。秋作もそのうちの一人だろう。気がついているなら性格上その情報を全員に伝えているだろう。ここに来た理由もそれに違いない。

 しかしそうではなかったということはまだ気がついていない。それに信志もその情報を誰にも言っていないのでなおさらだ。


 時間はかかったが無事にビデオ通話という形で通信ができた。だがタイミングが悪すぎた。

 秋作がいる前で、しかもこれが外部との通信だとわかれば大騒ぎになるに違いない。


「信志くーん寝たの?あれ、まさかほんとに寝落ちした?」


「何だ何だ?誰の声だ?」


 聞き覚えのないであろう声が聞こえ、秋作が驚き戸惑いながら質問すると、浩太郎も返答する。


「そっちこそ誰だ!信志君じゃないな?さては、悪の組織の……」


「僕は警察官だ!そっちこそ悪の組織じゃないのか!?」


「バカじゃない?警察なら噂ぐらい聞いたことあるかもだけど、僕は桃太郎(ももたろう)なんですけど」


「も、ももたろう?……馬鹿にしてるのか?」


 このままではいろいろとややこしくなりそうだったので、信志が無理やり割り込む。


「浩太郎、秋作さん、ちょっと落ち着いてください」


 二人の言い合いが収まったところで、もう白状するしかないと腹をくくり話を進める。


「まずここにノートパソコンがあります」


 信志は左隣に置いていたノートパソコンに指をさす。


「あ、それノートパソコンだったんだ」


 今までなんだと思っていたんだというツッコミは心の中だけにして、再度話を進める。


「えーっと、さっき言い合いしてたのが、今これを使ってビデオ通話をしている友達です」


 そう言ってノートパソコンを反対に向けると、秋作は両目をパチパチさせる。


「ま、え、ちょ……。つまり、外と連絡が取れるってことかい?」


「だいせーかいであります、警察官殿」


 画面いっぱいに写っている桃色の髪をした青年を目の前にして、秋作は驚きを隠せないのか口を開けっぱなしにしている。


「茶化すなよ」


 一応浩太郎に釘を刺しておき、口が閉じるまで数秒待ち、話を続ける。


「俺たちは金ダンを一回抜け出したからこそ、準備万端でこうしてまたここに来ているんです」


「あぁ、やっと確信が得られたよ。ほんとに君たちは金ダンから帰ってきたんだね。いや、疑ってた訳じゃないんだ。けど、僕も動揺してて」


「大丈夫ですよ」


 優しいフォローを入れると、釘を刺しておいたはずの浩太郎が話だした。


「秋作さんだっけ?まぁこれからも信志君と寿音ちゃんをよろしく。僕はこうやって時間のある時にこっち側で起きていることを話すぐらいだからそんなに関わることはないと思うけど、一応よろしくお願いします」


 最後だけ丁寧に話した浩太郎に秋作も丁寧に対応する。


「はい、よろしくお願いします。僕はまだまだわからないことだらけで、助けられっぱなしだけど、体を張るなら任せてくれ」


 自信満々に胸を叩く秋作を見て安心したのか、浩太郎が外の世界であったことを軽いジョークなどを織り交ぜながら話だした。

 毎日更新される沢山あるニュースの中からピックアップした内容だけをまとめた話を紙に書きメモをとる。


 浩太郎の注目度を一番から。

 一、高校生三人、警察官一人、大手ケータイ会社abの女性社員、三十歳無職の男、とうとう行方不明が多発。


 これは今金ダンに入っている人のことだろう。ここだけじゃなく、横浜にはもう一つ金ダンがある。そこでも命懸けで戦っている人がいるに違いない。


 二、児童虐待、いじめに関する記事。


 三、世界の定理について説いた科学者がバッシングを受けている記事。


 と、トップスリーを紙に書いたところで、あとは書かなくてもいい情報だと判断して全て聞くだけにした。


「まぁこんなところかな。次繋げる時にはまた面白い事件とかあると思うよ」


 画面越しだとさらに気持ち悪いニヤニヤとした顔を画面いっぱいに見せつける。

 一瞬引いたが、返事を返した。


「面白いは余計だ」


「まぁまぁ。そういえば兄貴の研究は順調らしいよ。僕は眠いから寝るけど」


 話し終わるとすぐに一方的に通信を切断する浩太郎。

 だが今はなんとも思わなかった。今の会話と、驚きを体験した秋作は一体何を感じたのか。

 それが気になった。

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