剣道少女
まだ数十分しか経っていないのに次の戦いが始まるなんて経験上初めてだ。
金ダンは階層を上がっていくに連れて敵が強くなるようにできている。そして次でまだ三階だ、クールタイムが短くても少しは余裕を持って戦えれる。
座っている者は立ち上がり、立っているのもは歩き出している中で、信志は谷村紙に話しかけた。
「谷村紙さん、ちょっといいですか?」
正直ここに来てから何がなんだかわからねぇんだ。自己紹介したと思えば緑色の生き物は出てくるは、直立して武器を持っている犬はいるは、もうここが本当に日本じゃないような気がしてくる。
ちょっと前まではパソコンの前に座って、仕事で外出、そこからだ。
いきなり気を失ったと思えばこの有様だ。信志が金ダンって言ってたが、本当にそう思えちまってる自分が怖いぜ。
でも、今することは、するべきことはわかってる。このクソッタレな金ダンから抜け出すために生き抜く!死んでたまるかくそやろう!
またあの戦いのステージだ。この大広間は二回とも上から敵が降ってきた。けど、今回のは初めっから俺たちの対角線にいやがる。
背が高いのが二人……?人のようなその形、だが身長は三メートルを超えているような巨人だ。
全員が全員巨人に視線を向けていると、それを感じとったのか巨人は振り返る。目が合っちまった、本当は合ってないかも知れねぇけど俺はそう思う。
これで合計三回目だ。見たことも聞いたこともないような生き物と戦うのは。ここまできたらここが金ダンって確信してもおかしくないかもな。
日本じゃないのは確実。いや、地球ってこともないだろ。こんなにでかい生き物がひっそりと暮らせる場所なんてあるわけがないし、もう三階だ。それにこの広さときたらどこかの研究所でも調査が入ってもいいぐらいの大きさだぞ。
巨人はゴォーッと大きな叫びを上げるとゆっくりと近づいてくる。
まるで人気ゲームのモンスターなんとかのキャラクターみたいな咆哮だ。
そんな思考を無意識のうちに働かせていた脳に鞭打って意識をリアルへと呼び戻した。
その時。
「谷村紙さん、さっき話した通りしてみてください。一応俺も近くにはいます。けど全力でお願いしますよ」
話した通りって言われても、何をどうして力をどうこうなんてわからなかった。
だが、巨人は歩みを止めない。それは、無慈悲に、谷村紙の精神を蝕んでいく。緊張、焦り、動揺、それでも託された以上やってのけるのがプロってやつだ。
仕事でも依頼されれば専門外でも必死こいてやってきた。それで相手が満足しなくても自分が満足できればまだよしだ。
巨人は二人、寿音と秋作の二人が先行したが、残り一人が未だに進行を止める様子はない。
信志も動かない、女どもはその表情から見てもわかる通りに不安を募らせている。
そして、腹の底から無理矢理にでも勇気を振り絞って前へと出ていった。新しい事に挑戦するときはいつも不安でいっぱいだ。
けど、いつも全力でやってきたことに後悔したことは無い!!
巨人が拳を握りしめて大きく振りかぶった。普通ならこんな攻撃を受ければ盾なんかじゃ耐えきれずに吹き飛ばされるだろう。そんなビジョンは頭の片隅からも追い出して谷村紙は盾を突き出した。
「負けてたまるかくそやろう!!」
巨大な拳の接近に恐怖のあまり目をつぶったが、何も感じない。あの時と同じだ。目を開けると巨人は何度も何度も握りしめた手を振っている。
だが、谷村紙に届くことはない。それは、透明な壁があるかのように、一線を境に拳が入ってくることはない。
「やりましたね、やっぱり盾の力は守るための力。谷村紙さん、ありがとうございます」
がむしゃらに、無我夢中だったのだが、今谷村紙が後ろにいるみんなを救ったことは事実だ。
感謝されることはよくあったが、今の感謝はどこかものが違うような気がして急激に顔が熱くある。
「ま、まぁ、俺にできることならやってやるよ」
盾を選んだ理由は運動が苦手というのは嘘で、ただ自分を守りたかったから。だが、今の戦いで自分でも気づかないうちに、谷村紙は初めてみんなのことを仲間と認識したのかもしれない。
谷村紙の力あって、盾の力が解明できたことは大きな成果だ。それに、その力は絶大なもので巨人の攻撃を難なく受け止めてみせる。
(これなら、女性に持たせても大丈夫だ。次の階で手に入る武器と考えてーーーまずは敵を倒してからだ)
信志は背負っていたリュックから抜刀すると、巨人に向けて歩みを進める。谷村紙の横から巨人の拳が届かないところまで走ると、一気に切り返し巨人に向かって地を蹴る。
が、何かに遮られている。あの巨人のように。
思わず足を止めて確かめてみる。それがそこにあると仮定して剣を振り下ろす。それに見事に命中し、手が痺れるほどの振動が伝わってきた。
それは、壁だ。巨人が一線を越えられないのと同じ壁が、今信志の目の前にもある。
「よし」
どこまで壁があるのかわからない限りまだ盾の性能を全て解明したとはいえない。それを明かすために剣を見えない壁に突き立てて壁と平行に走り出す。
剣は一定ラインを越えることはなく、滑らかに滑ってゆく。
剣が壁から離れることはなく走り、谷村紙から十メールほど離れただろうか、突如正面にも壁が現れ、顔面を強打する。
いや、突如現れたというよりかは、元々そこにあったというべきなのか。信志が剣を滑らせていた壁と接しており、直角に曲がっているそれを前にして考えてみる、今のところ二面しか触れていないが、そんな不規則に出現するものでもないだろう。
そうなると、四面に壁があると考えるのが普通だろう。信志は最後の考えを答え合わせするために飛び上がった。
少し抑えながら飛び上がるーーーが、壁に触れることはなかった。答えが違ったのかと思い、重力に任せて降りようとした時、一つひらめいた。
高さが足りなかっただけではないのかと思い、剣を伸ばして大きく振り上げた。
体が落ちるよりも早く、伸びた剣が壁にぶつかる。
四面に上面もあり、そうなると下面まで予想できる。それはまるで、箱の中にでも入っているようだ。
着地を決めると、谷村紙の元へ駆け寄った。
「谷村紙さん、盾の力の本当の能力がわかりました」
「へ?守るための力じゃなかったのか?」
「それはそうです、でも少し違います。この盾は前方だけに壁を張るんじゃなくて、箱型に壁を張るんです」
谷村紙は余裕なのか巨人から目を離して返しくる。
「それは究極の守備じゃないか。囲ってしまえば全ての攻撃を防げるし……、凄い盾だ」
感心している谷村紙の通りだ。これさえあれば入れるだけの人数なら全員が守ってしまうことも可能だろう。
これでもう誰一人死なずに金ダンを抜け出すことができる。
「それはそうと、この壁を無くしてもらわないと戦えないんですが……」
「え、あー、え、大丈夫?俺は大丈夫かもしれないけど、他の人は殴られればひとたまりもないんじゃ?」
「いや、俺が守ります。それに、剣道少女も見てみたいですから」
谷村紙は少し躊躇したのか表情が曇るが、信志の力量を信じてくれたのか、頷いた。
「わかった……よし」
待ち上げている盾を少し下げるような動作をとり、ふーっ と息を吐くと外気が流れ込んでくるような、ひんやりとする空気が肌をなでる。
これを見えない壁が消えたと捉えた信志は振り上げられている巨人の右腕をめがけて力強く地を蹴った。
振り下ろされる拳は谷村紙を殴り飛ばすが、無傷。巨人が攻撃し終わった後のわずかな隙を信志は逃さなかった。
相手が大きいなら、それこそが弱点になる。殴り終わったばかりの不安定な体制が戻る前に足元までたどり着く。
身長が信志の倍以上、なら体重も倍以上になる。それに加えて筋肉の発達具合からみるに体重は、信志の三倍に近いんじゃないだろうか。
そうなればその巨漢にかかる重力も三倍、つまり足腰にガタがくればすぐに根を上げる。
足元に着く前から引いて準備していた剣を踵より少し上を狙いフルスイング。やはり筋肉やら筋やらはコボルトやゴブリンよりも硬いが、切れないことはない。
続いて左足にも同じように全力の一太刀をぶつけると、バランスが保てなくなった巨人は背面から無様に崩れ落ちていく。
仰向けになった巨人は、両手でしっかりと地面を抑えるて起き上がろうとするが、すかさず右ひざの付け根に剣を差し込んだ。これでもう立ち上がることは難しいだろう。
信志は剣を抜き取ろうとしたが、そこはぎりぎり腕の可動域に入っており、気がつけば右側面から巨大な平手が迫ってきている。
このままてはまずいと思い一瞬ためらったが、剣から手を離して飛び退いた。あと数秒反応が遅れていれば掴まれて、握り潰されていたかもしない。
だが、危険は回避したもののこれで信志は戦力外となってしまった。
とっさに期待の念を込めて寿音たちを見るが、まだ巨人と交戦中のようだ。これでは、仮に巨人の再生能力が異常であれば、条件が悪くなり、振り出しに戻ってしまうだけだ。
このピンチを打破するための策を必死に考えていると、誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。
それは、谷村紙がまた壁を張るために来たのかと思ったが、振り返ってみるとそこには百合子の姿が目に写った。
「飯塚さん……?」
「百合子でいい」
そう言うと百合子は、刀の柄を両手で強く握り、体の前で剣先を巨人に合わせて構えてみせる。
「気を付けて下さい」
百合子にとってはこれが初陣ということもあり、油断しないようにと声をかけたのだが、当の本人は気が散ったのか頭をポリポリとかいて言葉を返してくる。
「あと敬語やめて、あたしら歳近いっしょ。敬語使われるのなんか、キモイんだよね」
「は、はぁ……」
こういう言い方が強めな人の発言はどう捉えたらいいものか。
敬語じゃなくてタメ語でいこうぜなのか、敬語とかマジキモだから……。のような引きめなのかいまいちわからないが、ここは前者と捉えて口を開く。
「気い抜くなよ」
「はいはい」
百合子はもう一度と刀を構えると、ボタンを押す。それは、いってみれば簡易的に魔力を操ることができるサポートオプションのようなものだ。
そして、そのボタンを押すことによって魔力を使いたい放題に使うことができる。
刀には他にどのような能力があるのかはまだわからない。それも次いでに知ることができれば、これからの戦いも相手に合わせて低リスクな戦いができるはずだ。
構えた状態から一歩も動かなかった百合子が、 スーッ と息を吐くと同時に獅子のごとく噛み付きにかかる。
巨人が百合子の間合いに入った時、横薙の一太刀が巨人の肉を裂く。狙いは左ひざだった、そこを潰してしまえばもう当分は動けなくなる。
スパッ と切れたひざの断面は少し黒みがかっている。それが刀によってもたらされた効果なのかはわからないが、百合子はすかさず飛び退いた。
それは、信志の時と同じく腕の可動域に入っていたからだ。一瞬の油断も許されない戦いに汗を拭う動きをみせるも、呼吸を整え続けざまに斬り込みに行く。
怒涛のように切りかかるその姿はまるで鬼のよう。近づいてくる豪腕を斬って斬って斬って、細かな肉塊に変えてみせる。
そのまま続けてさらに斬る、斬る斬る斬る斬る斬る。巨人の腕がいくら太いとはいえ、一方的に切り刻まれれば跡形もなくなってしまう。
片腕を切り刻むと、その流れで首筋を狙っていく。どんな生き物だろうと首があればそこは紛れもなく弱点だ。
百合子は巨人の首筋に刀を突き立てる。さらに激しく、さらに深く。必死に刀を突き刺す百合子に対して、巨人の首からは火の手が上がってきた。
それは巨人の抵抗なのか、火の勢いはみるみる増していき、百合子を完全に飲み込んでしまった。