出会いと発覚
金曜日はいつも通り浩太郎が殴られ、寿音は友達を連れて来ずに一日が終わった。
そして今日、五月二十日土曜日。寿音が通っている学校では参観日が開かれていた。
「小学生……久しぶりだねぇ」
「寿音にバレたらお前は殺されるな」
信志の何気ない一言で浩太郎の横顔に緊張が走る。
「僕はバレないように行動するよ」
目を泳がせながら冷や汗を流しているところを見ると、明らかにヤバイやつだが気にせずに歩く。
二人は校門を通り抜け来客用玄関から校内に入ると指定のスリッパを履いた。
寿音のクラスは五年二組、学校全体の案内図を見ると三階に表記されていた。
高校と違い何もかもが小さいこの学校は、階段までもが小さく時折つまづきそうになるが、何とか堪えながら三階まで上がっていく。
「段が低いと骨が折れるね」
浩太郎は若干息を切らしながら喋る。
先日学校内で走った時もそうだったが、彼は運動が大の苦手である。
「確かにな、小学生の頃はこんなに小さかったんだな」
昔は子役の仕事で忙しかった信志は、小学校の事はあまり覚えていないが、どこか懐かしい雰囲気に高揚した。
目的の五年二組に着くと既に、教室の後ろ側にあるロッカーの前には保護者が大勢いた。
中年の人もいれば中には高校生までとは行かないがそれなりに若い人もちらほら目に映る。
教室に入るとまず寿音を探した。黒髪のポニーテールという特徴から探すと複数人いるので、参観日という行事を面退屈そうにしている人で探すとすぐに見つかった。
寿音は頬杖を付いて退屈そうに先生の話を聞いていた。
他にも見ていると、家に来たことがある空ちゃん、それに桃ちゃんも居る事が分かった。
それ以外に、このクラスでは他は特に変わった事は無さそうだ。
「こんなに人がいたらバレないかもね」
「油断してたらバレるんだよ」
退屈そうにはしているが、寿音はやはり学校の中では目立ちたくないのか授業中も静かに、特に発表する事も無く大人しくしていた。
そんな寿音の後ろ姿を見ると、浩太郎に促された時の意味とは違う意味で来てよかったと思えた。
以前空が誘拐され心苦しい思いをした事は記憶に新しい。それ以来海には行かずバイトを始めることにした。その方がすぐに帰れるし、同じ街にいるので気が楽になると思ったからだ。
だがバイトは長続きしなかった。どこからともなく悪い噂を流されすぐにクビにされてしまう。そんな事が何回かあると貯金も無くなってしまう。
それでも空との約束は破るわけにはいかなかった。
なので今日、五月二十日、空の通う学校の参観日に純は行く事にした。
「あいつ頭良いって言ってるぐらいだから出来るんだろうな」
純は階段を上がり三階に着くと五年二組の前まで来た。
もう既に授業は始まっており、賑やかな声が溢れかえっている。
今日の扉は全て開放されており自由に出入りできる仕様になっている。
その扉の近くに大人まではいかない若い二人組の男が立っていた。
(誰かのお兄さんとかか)
自分の立場と比較しながら考えるとそう思えてきた。
扉をくぐる時に二人の男に軽く目を配ると一人は桃色の髪に個性溢れる独特なファッションで、もう一人は身長は純よりやや低いだろうが、一般男性に比べるとかなりイケてる顔立ちだ。
その顔、どこかで見た事あるような……。
思い出した。忘れたい記憶の片隅にいる複数人の一人、野守信志。
「……ッ!!」
純は驚きのあまり声を上げそうになるが堪えた。この場で足を止めれば怪しまれる。だが奥へ進めば脱出は困難を極めるだろう。しかし純に選択肢は無かった。
平常心を保ちながらゆっくりだがなんとか教室の奥まで歩ききった。
小さく息を吐き、一呼吸つく。幸い信志は純の事に気が付いて無いようだ。
(何で……あの時完全に貫いた筈なのに)
あの時まだ死んではいなかったがもう死ぬだろうと思っていた。思っていたからこそ、寿音を言いくるめる事が出来た。
それで助かったのは純の方だが、同じくして信志も助かり脱出していたらしい。
考えがまとまると純は息を殺し、ただ静かに身を潜めた。
授業は進み、時間も刻一刻と進んで行く。だが時間が進みを遅く感じる。無理もない、楽しい事は早く過ぎ、嫌な事は遅く感じる、そんな事は誰だって分かっていることだ。
時折黒板の上に掛けられている時計に目をやるが数分しか経っていない。
(ここでバレたらまずい)
純はかぶっていた帽子をより一層深くかぶり窓に背を預けた。
出入りの近くにいると必ず人とすれ違い偶に顔を見る事がある。
「僕さ、さっきから気になるんだけど」
浩太郎は口を開くと信志だけに見えるように指をさした。その先には腕を組み大股を開いている女が立っている。
「あの人絶対格闘技やってるよね」
「そんな観察はしなくていいだろ」
何かと思い聞いたがくだらない。それより寿音の方が気になって仕方なかった。
大人しくしているのはいいのだが、他の児童達は周りの友達と話し合いをしているのに寿音は一人誰とも話をすることもなく座っていた。
友達である空ちゃんに桃ちゃんは、教室の反対側の席に座っている。
これでは無理もないのだが。
「静かにしてるのはいいんだがあれじゃハブられてるように見えるよな」
ため息混じりに言う信志。
「寿音ちゃん元々友達なんていらない!って感じだったからね、仕方ないんじゃない?」
浩太郎の辛口意見に反して、このクラスの担任の先生が寿音の元へ近寄って行った。先生は何か寿音に告げると一緒に歩き出した。
この狭い教室の中でどこに行くのだろうか、そう考えているとすぐに歩みを止めた。そこにいたのは空ちゃん、それに桃ちゃんだ。
「先生優しい人でよかったな」
クラス全体を見ることの出来る先生は少ないだろう。そのせいでいじめが起こることもある。
だがこの先生は、視野が広い方のようだ。
「先生が優しいねぇ……これも仕事の内だと思うけどね」
浩太郎は口をへの字に曲げる。
毎日寿音に殴られることで不満が溜まっていたのか、少し当たりが強いが放っておく。
別に寿音の事が嫌いでは無い。好きかと言われれば好きと答えるが好きって程でも無い。いつも腹を殴られるのを根に持ってると聞かれればもう慣れたと言うだろう。
だが寿音の気に食わないところは生意気なところでも小学生のとこでも吸血鬼でも無い、何かを隠していることだ。
隠し事は誰にだってあるとは思が浩太郎の基準では、隠し事は三段階で分けられる。その中でも寿音の場合は一番最悪の三番目の隠し事をしている。
その事が気に食わなかった。
参観日にもそろそろ飽きてきたしちょうど尿意も来ていたので、信志に一言掛けてトイレへ移動した。
男子トイレに入ると予想はしていたが、小便器の高さも低くなっておりしずらいことこの上ない。
「全く、良くやるよ」
いつか絶対寿音の秘密を暴いてやると思いながら用を足した。
終わり頃に一人男性が入ってきた。帽子を深く被り顔の殆どが見えないが不審者のようにも思えない。
出口に向かい歩く時すれ違いざまに見られたような気がしたが気にせず帰っていく。正確には、家に帰った。
あのまま学校に残っていたら寿音に殴られることは間違いがなかったからだ。リスクは避けたかった。
家に帰るとまずテレビをつけたニュースは毎日欠かさず見ているので今日もその日課という理由だ。だが、今日のニュースは奇想天外もいいところだった。
今までに世界中に現れた金ダンは合計で四十八、そして、今日また新たに四十九個目の金ダンが、横浜に現れた。
今まで金ダンの近くに金ダンが出現するという事例はたった一つしかなかったので、数秒取り乱した。
その事例とはポールが脱出した金ダンの近くに出現したということでーーーこの時、これから起こることを考えて浩太郎は、焦りと共に妙な楽しさを感じていた。
数時間が経ち信志と寿音が戻ってきた。だが二人はテレビを前に特に反応を示さなかった。
「また出たんだ」
「近いんだね」
「横浜の人が減るなぁ」
「私はあんまり興味無いけど」
信志は何か思うところあるだろうが、それをするにはどうすればいいかもう考えついているので割り切っているようで、寿音の場合は本当にどうでも良さそうだ。
「それよりそれより、また金ダン出たことは驚かないの?」
「出てきたも何も、世界中に何十個もあるからなぁ……今更一つや二つ増えたって気にしないだろ」
信志は何を言っているんだと言わんばかりに軽く呆れ顔をして自室に戻って行った。
日曜日、特にすることも無かった信志は寿音、浩太郎の三人と一緒に呼び出し人である恩太郎の元へ足を運んだ。
「それで、何で僕達を呼び出したんだ」
浩太郎はしかめっ面で恩太郎に喋りかけた。
「昨日、また新たに横浜に金ダンが現れた事は知ってるよね?それで、結論から言わせてもらうけど信志君と寿音ちゃんにはその金ダンに入ってきて貰いたいんだ」
恩太郎の放った言葉に空間が凍り付いた。
「ちょっと待ってくれよ、信志君達はやっとの思いで帰ってきたのにそんな事ーーー」
何の因果かいつかは金ダンに信志と寿音がまた入るということは頭の片隅でいつも考えてた。だがあまりに早すぎることに浩太郎は必死に訴えかけるが、その抗議を遮り恩太郎が口を開いた。
「待て待て、話を聞いてからにしてくれ。以前寿音ちゃんの血液を採取した事があっただろ?その細胞はここ最近までずっと保管されて生き続けてたんだが何個体かは死滅し始めてるんだ。何か知ってるんじゃ無いのか?」
血液を採集したとしてもいつかは、死滅するのは分かっている。だが吸血鬼とは話を聞いていた限り不死に近い存在。そんな生き物の細胞が死滅し始めたとなれば何か原因があるに違いない。
恩太郎がなんの話をしいるのかかろうじて分かったので、浩太郎は思い寿音の方を向いた。
初めこそは黙秘しようとしていた寿音だが、嘘はつけないと思ったのか観念したように話し出す。
「……こっちの、β世界の住人がα世界に来るとそこから約半年で魂だけ消滅するのその前兆で体にガタが来たんだと思う」
衝撃的な言葉に誰もが息を飲んだ。
それは、楽しかった日常生活へ下されたカウントダウン。
「そ、そんな……何とか助かる方法は……」
「信ちゃんが良いなら私は金ダンに行きたい。あそこにいる限りは大丈夫の筈だから」
「どうするんだ、信志君?」
いきなり言われたことが多すぎて理解が及ばない。
「私は大丈夫、もう決めてた事だから」
寿音は金ダンを抜けた時から決めていたような、そんな意思を見せていた。
「そうじゃないだろ……ッ!!」
声を荒らげた本人は浩太郎だった。
浩太郎は信志の右横に座っている寿音の前に立つと、胸ぐらをつかみ投げて顔面に一発入れた。
「お、おい、どうしたんだよ!?」
更に浩太郎の怒りの爆発により訳が分からなくなる信志。
「信志君は黙ってて!何かと思えばそんな大事な事を隠してたのかよ!」
床に腰をついた寿音は驚きのあまり口を、ポカンと開けながら殴られた頬を抑えていた。
「僕は君みたいな奴が大っ嫌いなんだ!何でもっと早く言わなかったんだ!君のその行動で、今!信志君がどれだけ辛い思いをしたと思ってるんだ!」
「わ、私だって意地悪したくて言わなかったわけじゃーーー」
「意地悪なんて問題じゃない!もっと早く言ってたら打開策はあったかもしれない、それに僕は君が何かを隠してるって事が分かってた、それなのに君は殴るばっかりで何も言わずにーーー」
浩太郎は両肩を震わせながら喋っていた。浩太郎が怒るなんて余程のことがないとまず有り得ない。
それほど頭に来ていたのかもしくは……。
「言うタイミングなんて私次第じゃんか!貴方は私の事が嫌いなんでしょ!?ならほっといてよ!」
「あぁ、僕は君の事が嫌いだ。いや大っ嫌いだ。けどーーー」
ぽたぽたと床に水滴が落ちていく。
浩太郎を見上げるとその瞳からは、大粒の涙が流れ出ていた。
「けど、僕は楽しかったんだ。家族だと思ってたからだから君には死んで欲しく無いんだよ」
浩太郎の涙の訴えに寿音も反抗する様子がなかった。
「それに、君が、寿音ちゃんが僕の事を嫌ってたってサンドバッグに使ったって僕は君達二人の仲の良い姿を見てるだけで嬉しかったんだ……」
浩太郎は涙で床に水溜りを作りながら寿音に向かって必死に訴えかけていた。
その時間は長くはないがそれでも、浩太郎の涙の訴えでこの場にいる人たちの絆が深まったことは間違いない。