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増える小動物

  今日は木曜日、明後日には参観日があるが行くべきか行かないべきかーーーそんな事を悩んでいると、自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


  「……守!野守!」


  声の主は授業を進めていた数学教師だ。


  「お前この問題できるのか?ボケッとするなよ」


  「す、すみません」


  素直に謝ると教師は歪めた顔を少しはましにして授業を進めた。


  「信志君、明後日の事考えてたんでしょ」


  今度は浩太郎からだった。

 確かに参観日の事で上の空になっていた事は事実だが、何でそんな事がお前に分かるんだ。と疑問になるがその思考を消し去り言葉を返した。


  「そうなんだよ、土曜日だから行って怪しまれる事は無いけど……高校生だと浮くだろうし」


  「まだうじうじ考えてるんだ。けど勇気がいるっちゃいるからねぇ」


  浩太郎は授業中という事を気にせずにニヤニヤしながら話してくる。


  「本当に勇気いるよな」


  「僕も勇気がいるよ」


  ノリノリな浩太郎まで何で勇気がいるのか分からなかったがーーー。


  「殺されないように防弾チョッキでも着て行かないと」


  「お前本当に寿音から嫌ーーー」


  「野守ぃぃぃ!!」


  黒板に目をやると数学教師は、今にもその右手に持っているチョークを投げんばかりに激怒していた。


  「ちょっとこっち来いや!!」


  この教師は怒らせると果てしなく長い説教が指導室で行われる事で有名だ。


  (今日は疲れそうだな……)


  めんどくさくなりそうな放課後を憂鬱に思いながら教師の前まで歩み寄って行った。


(ちゃっかりあいつは知らんぷりしてやがるし)



  今日は散々な目にあった一日だった。授業中に怒られるわ、放課後の呼び出し、屋上で寝転んだら鳥の糞がーーー考えるだけで馬鹿らしくなる。

 帰り道の歩道を歩いていると隣にいた浩太郎がおもむろに口を開いた。


  「先に言っとくけど、ごめんけどそんなにお金出せないよ」


  信志は何のことかと思い首を傾げた。


  「君の理想、保護施設に投資する分の金があんまり無いって事だよ」


  「お前にそんなに世話にはなれないよ」


 浩太郎の言う通りに、保護施設を立ち上げるにはそれなりの資金が必要となる。


  「何とかして稼がないとな……」


  「バイト?」


  「それじゃ何年経っても無理だろ」


 バイトなんて現実的ではない。

 職に就いてから身を削って働いてもそんなに資金を集めることができるかどうかーーーただの高校生である信志には分からなかった。


  「それよりさ、参観日どうする?」


 先の話を今すぐにしても何も進まないと思ったのか、話題はすぐに切り替えられた。


  「うーん、まぁ、行ってみるのもいいかな」


 一日中考えていたが、担任の先生の顔を見ておきたいと思ったので行くことにした。

 それに小学校の時の姿の寿音が見れると、思うと少しわくわくした。


  信志達が通っている学校から家まではそう離れていない。浩太郎と二人で話をしていると、すぐに家まで着いてしまうぐらいの距離だ。

  家に戻るとまた寿音は友達を連れてきていた。


  「信志君、一匹増えてるよ」


  廊下から遠くのソファを覗いて見る浩太郎は、目を輝かせながらニヤニヤしている。もうここまでくれば通報されても何の疑いもなく捕まるレベルだ。

  寿音の友達は信志達の姿に気が付いき、立ち上がりぺこりと一礼した。


  「ま、又お邪魔しています」


  「お邪魔してまぁす」


  寿音の隣にいるのが昨日も来ていた空ちゃんだろう。その空ちゃんを離さんで隣にいるのが新しい友達なのだろうか。


  「初めましてぇ、桃でぇす」


  「なになに、この小動物みたいなおっとりした子。僕のハートに矢の雨が降ってるよ」


  浩太郎はニヤニヤした表情で近づいていった。

 さすがににそんな浩太郎を邪魔だと思ったのだろう寿音は、いつも通り浩太郎に一発入れた。


  「ごめんごめん、こいつ別の部屋に連れていくから楽しんでて」


  信志は苦笑しながら浩太郎の両脇を持ち、そのまま引っ張って浩太郎の部屋まで連れ込んだ。


  「痛い、痛いよ信志君……僕、もう意識が……何だか眠いよ、眠いんだ……」

  「よーしよしよし、寝ても死なないからお休み」


  「いや、本当に痛いんだよ」


  「わかるぞ、俺も金ダンであいつに結構やられたからな……力強過ぎだろって」


 それはそれとして、隣から聞こえてくる和気あいあいとした楽しそうな声に頬が緩む。

 寿音に友達が出来た事は素直に嬉しいがその反面、寿音の素性がバレない事が心配だ。


 それに友達に隠し事があるのは辛いだろう。


  「いつかはバレるんだよな」


  信志の独り言に浩太郎は数秒悩んだ風に首を傾げていたが何か分かったのか喋り出した。


  「付き合いの時間にもよるよね」


  何で独り言まで分かるのか、察しの良さにびっくりしたがそのまま会話を続けた。


  「寿音は、根は優しい子だからな。なんでかお前にはきつく当たってるけど……」


  「お陰様ですよ。そのせいで(まれ)に胃が痙攣(けいれん)するんだから」


  浩太郎にごめんとは言葉にしなかったが片手を顔の前で立ててウインクしながら頭を下ろした。

 全力で嫌がれば寿音だって殴らないだろうが、そうなれば家の中がギクシャクしてしまう可能性があるので、それを避けるために何もしていない浩太郎には本当のところは頭が上がらない。



  数分ーーーいや、小一時間ほど経っただろうか。やっと寿音の友達の口から帰るというフレーズが出てきた。

 そしてぞろぞろと立ち上がると音と共にまた来てねと、寿音の声が聞こえた。


 ドアを押し開ける音が聞こえたので、友達二人は玄関を抜けて外へ出ていったとわかった。

 寿音は外までは見送らなかったが玄関を閉めると信志達がいる部屋の扉を開けた。


  「信志ちゃんは空気読めてたけど、キモかったよ」


  最後の言葉は浩太郎の方を見ながら言い放った。

 その言葉に衝撃を受けた浩太郎は床に倒れ込む。


  「信志君、寿音ちゃんは僕の外と中の両方潰しにきてるよ……」


  「確かに、だけどお前の行動は変態に値した。以上浩太郎が悪い」


 キッパリと言い切った信志に子供のように駄々をこねる浩太郎。

 めんどくさいのが続くかと思ったが、浩太郎は何かを思い出したように急に立ち上がり冷蔵庫へ向かった。


 冷蔵庫を開けて上から順番に視線を下ろしていき、一番下まで行ったら今度はもう一度確認するために視線を上げていく。

 そのまま一番上の段を見終えると、その場に膝から崩れ落ちた。


  「……無い。ぼ、僕のプリン……」


  「あ、友達にあげちゃった…」


 寿音は身体は浩太郎を向いているものの、視線はずらしてアハハと誤魔化している。


  「い、いいもん、僕には冷蔵庫のプリンが無くたって非常用の冷凍プリンがあるもん」


 冷蔵庫からカッチカチに凍っているプリンを取り出してかじりだす浩太郎を見て、晩御飯のことを思い出す。


  「浩太郎の晩御飯は冷凍プリン、俺たちはどうする?」


  「私はハンバーグがいい!」


  信志は浩太郎を無視して、寿音一緒にコンビニへと向かって行った。

  コンビニで弁当を買い、晩御飯を食べ終えると信志はさっさと風呂に入った。


 ゆっくりできる一人の時間が確保できたので、湯船に顔の下半分まで浸けてこれまでの事を思い出して見ることにした。

 金ダンに入れられ、進んでいって仲間の死や過去の自分との出会い、そして寿音と出会って仲間に裏切られ、出ると親との決別、そして浩太郎の家に上がり込んだ。


  (あんまり浩太郎には迷惑かけられないよな……)


  わかっているのにどうしようもなく、考え続けるとキリがないので、のぼせる前に風呂を出ることにした。

  風呂から出て服を着替えリビングに戻ると、テーブルを挟んで寿音と浩太郎が対立していた。


  「何やってんだ?」


  「お、いいところに来た。寿音ちゃんが僕のハンバーガーにピーマン入れてくるんだよ」


  「ち、違う!ピーマン……ピーマンがそっちに行きたいって!」


  小さな争いに呆れた。今までの事を思い出してたが寿音がピーマン嫌いって事を忘れていた。


  「ピーマンは小学生より青年を選んだ。はい、食べ!」


  信志も浩太郎も食事中にそこまではしないだろうと思っていたが寿音は、テーブルに足をつき浩太郎に飛びかかった。

 片手にはピーマンを掴んだ箸が、もう片手は浩太郎の胸ぐらを掴んでいた。


  「ちょ、ちょっと待って、このハンバーガーには合わないから!じゃない、ピーマンぐらい食べろよ!」


  「食べる食べないの次元じゃないの、ピーマンはハンバーガーと一つになーーー」


  信志はピーマンの呪いでめちゃくちゃになった寿音を浩太郎から引き離し、寿音の箸に挟まっているピーマンを食べた。


  「金ダンでも言っただろ、好き嫌いするなって。それに浩太郎に無理強(むりじ)いするなよ」


  「ピーマン……が悪い……」


  寿音はあくまで自分のした事を反省しようとしていなかった。

 小学生と思えば当然か、そう思ったが寿音が吸血鬼だった事を思い出す。


  「吸血鬼って好き嫌いするのか?」


  「しない…けど!」


  寿音は語尾を強めながら言う。


  「けどって言い訳だろ。今すぐにとは言わないから徐々に慣れて行こう、な?」


  寿音の顔を覗き込みながら言うと目元を赤らめながら立ち上がりーーー。


  「私……お風呂行ってくる」


  「あんまり長居すんなよ」


  そう告げると寿音はさっさと立ち去って行った。


  「信志君……僕のハンバーガーが逆流……」


  足元に目をやると、浩太郎を踏んでいるということを今理解した。


  「悪い悪い」


  信志はすぐに浩太郎の上から退くと浩太郎はようやく起き上がってきた。


  「はぁ苦しかった……寿音ちゃんのピーマン嫌いは折り紙つきだね」


  「あいつは死ぬ前からそうだったんだよ」


  そう、金ダンから出てきて何気なく過ごしている日常。だが忘れては行けないのが、寿音は既に死んでいる。そして吸血鬼になったとう事だ。


 もし忘れた頃に何かに巻き込まれ正体が明るみになれば、もうこの日常は無くなるだろう。寿音だけじゃなく、信志、浩太郎やそこから芋づる式に日常が失われる。

  信志は改めてこの日常に気を配って生活しようと思った。

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