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純粋な友達

  数時間前に遡る。

 信志から言われた通りに友達を作ろうと思ったが、やはり難しかった。


  (難易度高過ぎるよ……)


  一限目の授業が終わり休憩時間に入ると、またあの女の子が近寄ってきた。


  「あの、昨日はごめんなさい。怒鳴ったりして、私貴方と、寿音ちゃんとお友達になりたくて」


  少女は許しを乞うように両手を合わせてお辞儀している。

 また面倒なことになったらどうしよう、友 それこそ友達ができなくなるんじゃないか、そう思って追っ払おうとした時ーーー寿音の中のどこか暗く、哀しい感情によって閃いた。


  「いいえ、私も態度が悪かったわ」


  女の子は顔色を変えて嬉しそうに話しかけてくる。


  「じゃあ学校案内したいから昼休憩いいかな?」


  「うん、いいよ」


  その後も女の子は授業の合間の休憩時間で話しかけてきた。正直上部だけの付き合いをする相手の話に、耳を向けるほど寿音は優しくない。

 殆どの言葉は左から右へ、右から左へと流れていき脳内に残ることはなかった。


  給食を食べ終わるといつの間にか、すぐ横に女の子はスタンバイしていた。


  「じゃあ行こっか」


  急いでご飯を流し込んで、寿音が一言かけると女の子は笑みを浮かべながら嬉しそうに答える。


  「うん!」


  それから休憩時間いっぱい学校案内されたが、どこにどの教室があるか覚えた程度で会話の内容はさっぱり覚えていなかった。


  「どう?学校の事少しでも分かった?」


  「うーん、いまいちかな。けど案内してもらえて嬉しかったよ」


  寿音は笑顔で語りかけた。だがそれも嘘八百だ。

 教室に戻り自席に着くと、次第に寿音の周りには他のクラスメイトが集まってきた。


  (めんどくさ)


  心の中で悪態をつく寿音。そして、前の学校がなんだの、好きな人がなんだのと質問の嵐が寿音を襲った。

 表情には一切出していないが、心の中では早く一人になりたいと思っていた。


  「そ、そんなに質問したら寿音ちゃんも大変だよ」


  学校案内をしてくれた女の子は仲裁に入ったが、嵐は止む気配がしなかった。

 二、三分経った頃にやっと、休憩時間の終了を告げるチャイムが鳴った。それと同じくして寿音を取り囲んでいた人たちは、各自の席に着き授業の始まりを待った。


  (めんどくさ過ぎる……)


  寿音は子役をしていたので表裏の切り替えが上手いが、辞めてからというものの演技や誰かを騙すような事はしてこなかった。

 だから久しぶりに取り繕って喋ると疲労が酷かった。


  昼の授業が終わり帰りのホームルームが終わると、寿音を取り巻いていた人たちは帰り、やっと解放されたと思った。が。

  「寿音ちゃん」


  聞き慣れた、寿音にとってあまり好ましくない声が聞こえた。


  「どうしたの?」


  「あの、寿音ちゃんがよかったら一緒に帰ろうと思って……ダメかな?」


  「めん……んー、いいよ。私も一人より友達が居た方が楽しいから」


  つい本音が漏れそうになったが堪え、一緒に帰る約束をしてしまった。


  「じゃあ行こう!」


  この女の子が何でこんなにテンションが高いのかは分からない、だが上手く騙せている、そう思うと笑が零れそうになる。

  学校を出ると昨日とは違うルートで家まで帰ることにした。この間出会った老人の所へ行き、老人に女の子を押し付けて適当に理由を述べて帰ろうと思ったからだ。


 土手に出ると遠目から老人の姿が見えた。吸血鬼である寿音は身体能力が人間のは格段に違うので、見えている老人は女の子はまだ見えてないようだ。

 雑談をしながら歩くと次第に老人の姿が大きくなっていきーーーすると予想もしなかった事が起こった。


  「あ、おじいちゃん!」


  女の子は老人におじいちゃんと、そう言いながら大きく手を振り走っていった。


  「おお、空ちゃんじゃないか。久しぶりじゃのう」


  老人は空を抱き上げると寿音の方にも目を向けた。


  「おや?お嬢ちゃんは昨日の……」


  空は老人と寿音の間の関係に疑問を覚え、首を傾げていた。


  「寿音ちゃん、おじいちゃんと知り合いなの?」


  「う、うん、昨日ここの土手を歩いてたから」


  「そうなんだ!」


  老人は空をそっと下ろすとしゃがみ込み、また野草探しに戻った。

 予想外すぎる共通点に焦りながら、状況を整理しようとしたその時、老人は不意に手を止め空の方を見つめた。


  「そういえば、最近お父さんとお母さんには会ってるのかい?」


  「ううん、お父さんとお母さんのお墓遠いから……」


  (墓……?)


  お父さんとお母さんというフレーズの中に墓という、小学生が親の話をする時には聞き慣れない言葉に、寿音は純粋に興味を持ってしまった。


  「お父さんとお母さんがどうかしたの?」


  興味を抱いたところまではよかったが、失敗した。

 そのことについて話しかけたことで空は険しい顔をして目を伏せた。


  「お母さんは昔から身体が弱くてね、私を産んだ時に死んじゃったの……それでお兄ちゃん二人と、私の三人を育てるためにってお父さん張り切っちゃって、倒れたっきり……」


  空の目尻には今にも溢れだしそうな雫が溜まっている。


  「ご、ごめんよ。聞いちゃまずかったよね……」


  今にも泣き出しそうな空の姿を見て素直な気持ちが出てきた。


  「ううん、いいの、だから私ね、(たま)におじいちゃんと会ったり、学校で友達沢山作ろうとしてるんだ」


  空の言葉は寿音の心に深からず突き刺さった。

 今まで馬鹿にしていたが、純粋に生きようとしている少女を前に徐々に気持ちが変わりつつあった。


  「私……も、いや、私、空ちゃんが初めての友達だから嬉しいな」


  胸の奥から込み上げてくる気持ちはけして嫌なものではなかった。確かに小学生は馬鹿らしいところもある。だがそれを馬鹿だと切り捨てて見ようとしなかった自分はもっと馬鹿だ。

  寿音は空に抱きつくと何故か目尻がじわりと熱くなる。


 空に抱きつく事で浄化される、そんな気がした。

 そんな空の方も優しく寿音の背中に手をまわしてくれた。


  「わしは百合に興味は無いのう」


  老人は立ち上がると野草の入った袋を持ち、そのまま歩き去ってしまった。


  体を離すと二人の間には妙な空気が流れた。


  「わ、私の家に来る?ここから近いんだ」


  寿音は空を自宅へ招待した。

 正確には浩太郎の家に居候しているだけなんだが、だがこの時間帯ならまだ高校にいるはずと思っていた。


  「うん、今日は時間あるし行ってみたい!」


  二人は同時に腰を上げ土手を帰り道に沿って帰っていった。









  「へぇ……君が小学生に興味持つなんてね。僕なんてまだ殴られ……ちょ、ちょっと待って、今それしたらハンバーガーッ……ヴェェェ」


  現時刻は夜の八時、今夜の晩ご飯もまたコンビニで買ってきたものだ。

 その食事中に寿音が信志に向けて話してた会話に、浩太郎が首を作っこみ見事に殴られた。


  「お前……ハンバーガーは流石に無いだろ……」


  信志は食事中に嘔吐した浩太郎を目前にして食欲が薄れてきた。


  「まぁ、それで寿音の方は友達が出来たって訳か、まさか言って次の日に出来るなんてな……」


  流石に予想外な展開に多少遅れを取ったものの、やはり寿音にはまだ子供らしいところが残っていた事が嬉しくて、信志は自然に頬が緩んだ。


  「僕とも仲良くして欲しいもんだね……」


  浩太郎は立ち上がりながらよろよろと歩き、そのままトイレへと向かった。やはり食事中殴られるのは効果抜群らしい。

  食事を終えると信志は寿音に風呂へ行くように促した。


 寿音が風呂に入った頃を見計らってか、タイミング良く浩太郎がトイレから出てくると。


  「ところでさ、寿音ちゃんから手紙貰った?」


  「手紙?」


  そんなものは記憶してなかった。確かに学校初日、二日目で手紙をもらわないのは考えてみればおかしい。


  「こんなにあったよ」


  トイレから出てきたはずなのに、浩太郎は何処からともなくプリントの束を持ってきた。


  「あいつ……いつの間にトイレにこんなに溜め込んでたのか」


  この量のプリントに一枚一枚目を通すのは骨が折れる。


  「どの辺に隠してあったんだ?」


 日常生活を送っていれば誰だって使用するトイレ。その良く見るトイレ内で、少しでも変わっているところがあれば違和感を覚えるはず。

 しかし今ここに出されるまで、プリントの存在なんて気が付かなかった。


「……何言ってんの?」


「え?」


  「トイレにあるわけないじゃん。そんなの寿音ちゃんの鞄をあさる以外無いでしょ。信志君まだボケる歳じゃ無いでしょ?」


  浩太郎はハァとため息をつき首を左右に振った。


  「殺されても知らないからな」


  あいにく寿音は風呂に入っているから浩太郎の行動に支障は無かったが、バレたあかつきには命の保証は出来ない。


  「それで、これなんだけどーーー」


  浩太郎の差し出した一枚のプリントを視線を落とす。

 そこには参観日と懐かしい言葉が書いてあった。


  「参観日か……俺たち高校生だし、行ったら逆にまずくないか?」


  「いやいや!ここは行かないと!ここで寿音ちゃんの友達の奥様方と仲良くなった方が長期的に見てメリットの方が多いよ」


 いつもわからないが、今回も浩太郎が何を考えてるのかがまるで分からなかった。

 だがニヤニヤしてるところからみてくだらないことか、それかかなり重要なことなのかーーーそんな事が頭をよぎるが浩太郎が続けた。


  「もし、学校で親から虐待を受けてる子がいたら信志君なら分かるんじゃない?」


  確かに分からないことは無い、だがまだ理想の段階で実現出来るか分からない夢を見ている状態だ。


  「分かっても今はまだどうしようも無いじゃないか……」


  「そうだね、君の力じゃどうにもならないよ。けど、学校には君以外にも居るじゃないか、教師、それに通じている児相」


  確かに、教師の場合は寿音を介していけば出来ないことじゃない、それに児相、児童相談所に連絡が付けば助ける事も難しくない筈だ。


  「そう……だな、理想への一歩として考えてみるよ」


  浩太郎のアドバイスは的確でしかも信志の進みたい道に合っている。

 やはり、浩太郎という友達を持って良かった。信志は改めてそう思った。

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