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新たな繋がり

  家に帰ると信志も既に帰宅していた。

 テーブルにはビニール袋が二つ、いつも通っているコンビニの弁当が入っている袋が置いてある。


  「やっぱりコンビニ弁当だと栄養が偏って良くないと思うんだよな」


  そう言いながら弁当の蓋を開ける信志。


  「でも僕も信志君も料理できないでしょ、寿音ちゃんは?」


  浩太郎はハンバーガーを片手に、もう片方の手には箸を持ちながら喋っている。


  「寿音は昔っから料理は出来ないんだよ。昔一回クッキー作ってもらったけど本当にクッキーかどうか…」


  「それは!」


  いきなりの信志の暴露話に、つい声を荒らげてしまう。


  「それは……オーブンとクッキーが悪いのよ」


  「クッキーのせいにしたら終わりだよ」


  浩太郎は両手の平を頭の横に持ってくると、左右に首を振った。

  その後は特に会話が無いままに三人とも、黙々と食事を続け、初めに食べ終わったのは信志だった。


  「じゃ、俺先に風呂入るから」


  「いってらっしゃーい」


  浩太郎は箸を持ったその手をそのまま振った。



 風呂上がり、リビングにあるソファに座ってくつろいでいる信志の元へ寿音がやってきた。

 寿音は今から風呂に入るのか、パジャマなど一式を持っている。


「どうした?」


「学校、行きたくない……」


「そっかぁ……ボッチか」


「えッ!?」


 図星のようだ。

 寿音の性格上、二つの未来が信志には見えていた。


 一つは初日からクラスに馴染む。

 それは子役時代の寿音なら造作もないことだったはずだ。


 二つ目は、小学生相手にコミュニケーションを上手く取れずに、友達ができないということだ。

 友達ができたのであれば、学校に行きたくないなんてすぐには言わないはず。それなのに言ったということは、二つ目の未来の方になってしまったということ。


「ボッチは辛いよなぁ」


「でも行かなきゃダメなんでしょ……?」


「まぁな」


 寿音は大きく息を吐いて、ソファにぐったりと倒れ込む。


「まずは一人でも友達を作ることだな。一人できたら、また一人って増えるからさ」


「ほんとかなぁ……」


 誰かと繋がるということは、更に多くの繋がりへの幅を広げるということ。

 それは金ダンに入ってよくわかった。入った時のメンバーと仲良くなり、俊哉とも知り合い、敵同士だった寿音とも仲間になれた。


「まぁ頑張れよ」


 そう言って風呂に行くように促した。



 昼下がり、学校の屋上には誰もいない。その中で信志は、タクシーの中から見たあの光景を。救えそうな命を、助けれるはずの人命を見過ごしてしまったことを考えていた。

 同じ立場に置かれれば、信志だって誰でもいいから助けに来てほしいと思う。


  「俺だって下手したら親父に……」


  自分自身と照らし合わせると尚更(なおさら)、そう思えてくる。

 浩太郎の言う通り確かに、世の中には理不尽な理由で命を奪われる子供達がいる。だがそれを知っておきながら放っておくのはあまりに酷な話だ。


  「信志君はやっぱり優しいよね」


  「どういう事だ?」


  「家庭内暴力を受けた子供って、大人になってから自分の子供とか周りの人に危害を加える事がよくあるんだよ。けど信志君はそんな事は微塵もしてないし、むしろその立場の人の事を考え、救いの手を差し伸べようとしてるなんて」


  浩太郎は真顔だ。いつものニヤついた表情は一切無く大真面目な顔をしていた。

 心の中では何を思っているかわからないが、今口にしている言葉は虚言ではないことはわかる。


  「……俺は……救えるものは救いたいんだ」


  「でも今の信志君にはその手段が無い、そうでしょ?」


  自分が経験したからといってそれはそれ、現実を見ればできないことだらけだ。

 それは金ダンを出たからって何も変わりやしない。


  「僕は出来る限り信志君を支えるよ。その為にも第一歩として兄貴に会ったんだ」


 それでも、細い望みでも浩太郎は、手を貸してくれると言っている。

 その浩太郎の思いを踏みにじるようなことはしたくない。なので今は、できる限りのことを全力で成すだけだ。


  「まぁ頑張りなって」


「応援されたからには頑張らないとな」


 冷蔵庫へ向かって行った浩太郎は、二つのコップに牛乳を注いで持ってくる。


  「それよりさ、久しぶりの学校はどう?楽しい?」


「ちょっと待て、それは安全か?」


 あの苦しい思いをした牛乳を思い出し、つい反射的に聞いてしまった。


「あのさ、僕の分まであれば大丈夫でしょ?僕だってまだ死にたくないし」


 言われてみれば、二つのコップに注いだということは浩太郎も飲むということ。

 自分を犠牲にしてまで相手に、腐った牛乳を飲ませようなんて狂った考えはさすがにしていないはず。


 なので話を戻す。


  「そう……だよな、うん。学校の方は久しぶりに友達に会うと嬉しいけど、やっぱり授業が進んで……」


  「僕は信志君以外友達いないからわかんないけど、勉強ならいくらでも付き合うよ」


  今、信志達は二年生。これから授業は更に難しくなる一方で、信志には金ダンに入っていたブランクがあるので、授業についていけていなかった。


  「……それは助かる」


  昼休憩の終わりを予鈴するチャイムが鳴ると、屋上から急いで自分のクラスまで駆け下りた。


  「待って……僕足遅いから」


  浩太郎の悲痛な声を置き去りにするように、信志は全力の走りをやめない。

 それは、これ以上授業に置いていかれたくないからだ。



  放課後、各々は部活に励み、又はアルバイト、何も無ければ帰宅。意識の高い者は自習室で勉強をしている放課後で、クラスには浩太郎と信志の二人を残して他に誰もいなかった。

  「俺さ、自分が昔親からされた事を許せないし親と暮らしたいとも思わないけど、その頃は救いの手を差し伸べてくれる人も親代わりになってくれる人もいなかった」


  「つまるところ信志君はそういう子供達の保護施設を作りたいって事かぁ」


  「ニヤニヤすんなよ、俺は真面目に言ってんだ」


  「僕だっていたって真面目だよ。信志君の夢は凄いと思うよ。けど、具体的にどうするんだ?」


  窓の淵に両腕を預け外を眺める信志。

 夕日が傾いていくのが見える。それは、時間だけは無慈悲に過ぎ去っていくと言っているようなもの。


  「具体的にはまだ何も。でも絶対作る。守れる命は守りたいんだ」


 漠然とした夢だが、叶えるには相当な時間が必要になってくる。

 そうなれば、もっと早くに行動していた方がよかったのではないか?


 考えれば考えるほどに、自分の非力さが身に染みてわかる。


  「やっぱり僕はそんな信志君に惚れたんだよ」


  「やめてくれよ」


  浩太郎の冗談を笑いで返し、その後も多少雑談をして帰宅した。



  家に帰ると見慣れない靴が置いてあった。しかも子供用、寿音が新しい靴を買ってきたのかと思ったがその考えは、聞こえてくる賑やかな声で違うものだと分かった。

 廊下を抜けた先にあるリビングを覗き込むと寿音以外に、女の子が一人いた。


  「あ、信ちゃんおかえり」


  寿音は、早くも友達を作っていた。


  「え、あ、うん。ちょ、ちょっと来て」


  手招きをして寿音を呼ぶと、疑問を問いかけた。


  「友達作れたのか?脅したのか?」


  「違うよ、友達作れたの。話してみるといい子だったし、それに、あの……知り合いの人の孫だった事も分かってね」


 知り合いの孫というところは信志にはさっぱりだがーーー。


  「よく分からんけど友達が出来てよかったよ」


  寿音の頭に手を置きぽんぽんと撫でると、寿音は満足そうな顔で友達の元へ戻っていった。

 それをみて信志と浩太郎もリビングの中へ入っていく。


  「そういえばお友達の名前は何て言うんだ?」


  「あ、わ、わたし川上空(かわかみそら)と申します」


 女の子は立ち上がり、ぺこぺこしながら挨拶をしてきた。

  小学生ながら丁寧な言い方に、良い所のお嬢さんか何かかと思った。


  「そんなにかしこまらなくていいよ」


 年上だからといって偉いわけでもないので、逆に丁寧に挨拶されると気が引けてしまう。


  「お、お兄さんは寿音ちゃんのお兄さんですか?」


  信志の後ろには浩太郎がいる。黙っているのは寿音に、後々何をされるか分からなかったからだろう。

 だがここは挨拶しないといけないと思ったのか前に出た。


  「僕は松馬浩太郎って言うんだ。で、こっちのが野守信志(のもりしんじ)で、寿音ちゃんの兄貴だよ」


  自分で挨拶できたが言われたものは仕方なかった。

 信志は挨拶はしないが、浩太郎の説明に首を縦に振る。


  「あ、寿音ちゃんって野守って言うんだね!」


  「え、自己紹介聞いてなかったの?」


  こんなに礼儀正しく真面目そうな子なのに、転校生の挨拶を聞かないなんてあるのかと思い、つい口に出してしまった。


  「あ、いえ、そうじゃないんです」


  空はぶんぶんと顔の前で両手を振りながら弁解する。


  「寿音ちゃんクラスに入ってきた時に名前だけ言ってすぐに座っちゃって……」


 寿音がなぜボッチになったのか、その理由がやっとわかった。


  「そりゃ、ボッチなるわな」


  信志は頭を書きながらため息混じりに吐き捨てた。


  「そういえば」


 それと同じくして口を開いたのは浩太郎だった。


  「もう遅いけど親御さんとか大丈夫?」


  空は腕時計を確認し、部屋にある置時計と見比べる。


  「時計……止まってた」


  びっくり人間か顎が外れたのか、口を大きく開いた空は急いで帰り支度をした。

 荷物を鞄に詰めて慌てて玄関へ向かった。


  「す、すみせん。長居しすぎました」


  空はぺこぺこと頭を下げそのままドアを開け出ていった。


  「いい子だったな」


  浩太郎は顎に手を当てて頷いていた。


  「確かにな」


  信志もそれには同感だ。小学生であそこまで丁寧な子はそうそういないだろう。

 廊下に立ちっぱなしだった信志と浩太郎は、足が疲れたのでイスに腰を落とした。


 そこへ立ち上がった寿音が近づいてくると、信志の所へ行くかと思いきや浩太郎の近くで立ち止まった。


  「ま、ま、まさかとは思うけどそれは……ちょ、ちょっとーーー」


  浩太郎の言葉はそこで途切れ、意識も数時間後まで飛ばされた。


  「あんまり浩太郎殴るなよ。そいつ頭いいけど体はそんなに強くないからな」


  寿音の浩太郎を殴る癖は困ったものだ。

 だけどこれも寿音なりのスキンシップだとでも思えば、浩太郎には悪いが少しは気が楽になった。

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