救世主
待ち合わせの時間まで残り数分、純は父親がよく使っていたアタッシュケースに新聞を詰めて持ってきた。
廃ビルに入ると声を荒らげてどこに潜んでいるのか聞き出す。
「何処に居るんだ!」
純の声が響き渡ると、次に電話越しに聞いた男の声が響いた。反響する中聞き取れた言葉は四階だった。
階段を駆け上がり四階にたどり着くと、そこは窓がなく月明かりの差し込んで薄暗くなっていた。
月明かりに照らされて一つのコンクリートでできた柱には、縛り上げられた空がいた。
「空ッ!大丈夫か!?今助けてやるからな」
空の元に駆け寄るとロープを外そうとした、その瞬間。
コンクリートを鉄パイプで叩いたような、金属音が響いた。
「待ってたぜ」
初めは電話の男が一人で出てきたが、闇から続々とフードにマスクを着けて顔を隠している男たちが出てきた。
その数は十人は居るだろうか。
「早く金を渡せ」
電話の男はパーカーのフードを深く被り、口元には悪趣味な柄の入ったマスクをして片手には鉄パイプを持っている。
鉄パイプをカンカンと叩きつけながら、圧力をかけてくるが、怖くはない。だが違和感を感じた。
たかが不良数人が五百万円なんて大金を求めるだろうか……?
「分かってる。だが一つ聞かせてくれ」
「何だよ、早くしろ」
電話の男は焦っているように見えた。
警察が怖いのか、それか予想通りの黒幕がいるのか……。
「お前らのバックは誰だ」
この言葉には確証は無かったが、男の顔を見ると確信に変わった。
よくある話だが、大金と引換に暴力団、マフィアに入れると甘い誘いに安易に乗り騙されるケースが。
暴力団と関わった純にはよくわかる。これもその内の一角だということが。
「そ、そんな事はどーでもいーんだよ。さっさと渡さねぇとぶっ殺すぞ」
電話の男はこめかみから冷や汗をかきながら、鉄パイプを純たちに突きつけてきた。
「これでいいんだな」
純はアタッシュケースを投げ渡す。しかし電話の男は手を付け無かった。
そのまま数秒が経つと、発砲音が響いた。
体に痛みは無かったから撃たれた訳じゃなかったが、アタッシュケースに目をやると穴が空いていた。
何処からの発砲かはわからなかったが、電話の男は笑いをこぼしながらーーー。
「ほぅ、ちゃんと入ってるじゃねぇかよ」
電話の男は笑いの質を変えて、周りの仲間にハンドサイン合送り、純たちを取り囲む。
「おい、約束が違うぞ!」
「はぁ?妹は返した。約束通りだろ?その後の事なんて僕達おはなちちまちたかぁ〜?」
男は気が高ぶっているのか、完全に舐めきったようで挑発し近づいてくる。
純は嘘をつくやつが嫌いだ。それも、バカにするように嘘をつくやつは尚更だ。
「くそ、外道が。そっちがその気なら、てめぇらの命の保証はできねぇからな」
純は中指にはめている指輪のある、右拳に力を込めた。
懐かしい感覚が全身を包み込む。魔力が溢れ、力が沸き上がり、人間を超越した力を発動させる。
魔力を出すだけの単純な能力だが、程度の低い不良たちなら余裕で片をつけることができる。
「何かっこつけてんだよ」
電話の男は鉄パイプを振り上げる。そのまま振り下ろせれば純の脳天を割ることは出来るだろうが、それより早く純の拳が男の顔に届いていた。プロボクサーの渾身のストレートが当たった時のような炸裂音に、電話の男の間抜けな声が聞こえた。
気絶したのか動かなくなる電話の男を見て、周りにいた仲間たちは明らかに動揺していた。
「大丈夫ですか!?」
「一撃で気絶……」
「や、やべぇ……」
数々の声が聞こえてくるがやはり、多かったのは純に対する恐れの声だった。
自分よりも年下のガキが、振り下ろされる鉄パイプよりも速く動き、一撃で青年を沈めたということは、普通ではないからだ。
「糞野郎ッ!!」
それでも果敢に、罵声と共に飛びかかってきた男は、片手にナイフを持っていた。
先刻の鉄パイプと同じように振り下ろし、続けて薙ぎ払い、何度も腕を振るが、それらをひょいひょいとかわして回し蹴りをかます。
首の骨が折れる感覚が伝わるのは、心地の悪いことこの上ない。
それでも今度は純から攻めた。近くにいた奴を持ち上げ他の相手に投げつける。そしてまた別のやつに殴りかかる。
まるで格闘映画のワンシーンのような流れに、逃げる隙さえ与えない純は、最後まで立っていた一人を蹴り飛ばすと空の前まで歩いていった。
「もう大丈夫だからな」
そう言いながら空を縛っていた全てのロープを解いた。
「怖かった」……
空は純に抱きついた。
「怖かったよぉ……」
涙声で喋りかけてくる口調は本当に恐怖を覚えたのがよくわかる。
そして一線を越えたのか廃ビル中に空の鳴き声が響き渡った。
小学生なのによく頑張ったと、頭を撫でている時、その泣き声を遮るように、発泡音が二回鳴り響いた。
それと同時に純の腹部は熱を増していき、激しい痛みが走る。
「ぐは……ッ!?」
空を手放すと吐血した。
「いやいや、君も持ってたとはね」
「何を……だよ」
「僕の見立てだとたぶんその指輪がそうなんじゃないかな」
バレ……た?そんなはずはない。純が金ダンから出てきた事は暴力団といえどごく一部しか知らないはず。
それなのにこの、目の前にいる男は知っているような口ぶりをしている。
「実はね、僕も持ってるんだよ。ポールが持って帰ったとされる謎の多い道具。金ダンの最先端の研究をしてるのは日本だからね、試作品と言っていたが複製ができるとは……実に技術が高い」
ゆっくりと歩み寄ってくる男は、メガネを押し上げて口の端も釣り上げて、高そうなスーツに身を包んでいる。
「ほんと、君もそれを持っているなんて思わなかったよ。僕の所にきたのが初めてじゃないのか……いや、本当は君が金ダンから持ってきたかも知れないな。ハハハハッ それは無いか」
顔に手を当てながら高らかに笑い上げる姿は隙だらけで、殴ってくださいと言っているようなものだが、相手がどんな武器を持っているか分からない以上、どうする事もできない。
それに金ダンで散々痛みに慣れていたと思っていたが、数日のブランクから、痛みへの体制が皆無となっていた。
「僕のはこの銃に仕掛けがあってね、まぁメイドの土産にでも聞いてくれ。この銃の玉は百発百中で敵を仕留める。軌道が曲がる事があれば追跡もする」
自慢が好きなのか、相手に手の内をさらけ出している。
これが相手の全てとは限らないが、絶対に勝てる戦いだと思った時、人間は必ず隙を見せる。
このネタバレが隙だと思い、掛けに出るべく立ち上がる。
「そんな事言っても良かったのか?俺がその銃奪っちまったらあんたは死ぬかも知れないんだぜ?」
「その可能性は限りなく低いと見たからだよ。よっぽどヘマをしない限りそうはいかない。さて、お話しはもう終わりだ、僕もこれで忙しい身でね」
男は銃先を純に向けると引き金に指をかけた。
全てを消して、大金を持って日常に戻ろうとしている悪魔のような男なら、問題ない。
「あんたはよく喋る人だなだけど、俺も死ぬ訳にはいかねぇんだ。こいつらを守るって、どんな手段を使っても守るって決めてるからよ……もう汚れちまったこの手、更に汚れても気にはしねぇさ」
再度空の頭を撫でると、立ち上がり腰を落とした。
銃弾が届くよりも速く決着をつけるために、最速で動ける構えになる純。
「空、目閉じときな」
空は純の言う通り両目を閉じた。
やはり不安が大きいのか両手を組んで祈るような形になっている。
「いい度胸だ」
男は引き金を引いた。
パンッと、数分前に聞いた乾いた音と同じ音が鳴り響いたが、血を流しているのは、純ではなくーーー。
「何が、起こっ……た……」
男はそれだけの言葉を残し、悪魔のような魂はこの世を去った。
手の中にあるのは男の生首、そして純すぐ後ろにもたれかかっていたのは男の首から下だ。
男が引き金を引くと同時に全力で踏み込み、頭を鷲掴みにするだけで、男の頭はは簡単取れてしまった。
男の話が本当であれば、放たれた弾丸は追跡すると言っていたが、追ってくる気配はない。
「ハァハァハァ」
嘘をつかれたのか、それとも男が死んだからかのかはわからないが、今はそんなことはどうでもいい。
生首を放り投げると空の元に戻る。
「終わったけど、まだそのままで」
そう言うと空の首元に手刀を一撃入れる。
空は純の腕の中で静かに体を倒した。
「よし、帰るか」
歩き出すと、先に撃たれた腹部に痛みが走るが、下手をしたらそれ以上の痛みが純を襲っていたかも知れない。
それに比べればなんて事無いと思い、家路へと向かった。
寝つきが悪かったのか、朝目が覚めた時にはまだ誰も起きていなかった。
この時間帯はまだ流石に早かったか、信志は目覚まし時計に目をやると長針はまだ五時を指している。
「早かったな……でも寝たら起きれる気が……」
二度寝は避けて起き上がろうとすると、腕に重みを感じる。
何事かと腕を見ると、寿音がしがみついていた。
その腕を静かに抜き取ると、寿音に布団をかけて階段を下りていく。
浩太郎の部屋を覗くと、布団に入らずに机に伏せて寝ているようだが、信志には浩太郎が何をしているかはさっぱり分からなかった。
そんな浩太郎にも布団をそっとかける。
「ん、んぅ」
「起こしちまったか、悪いな」
「よばいぃ?」
「する訳ないだろ」
寝起きからとんでもないことを言う浩太郎に、真顔でツッコミを入れる。
浩太郎は大きく欠伸をしてから、何かを思い出したようにケータイを取り出す。
「あ、そうそう、兄貴から電話があってさ、もう終わったらしいよ」
「さすがは最先端の研究機関だな」
驚いたがそれと同時に興味も湧いてきた。吸血鬼の体の仕組み、一度死んだことで何か変わったことがあるのか。
その時ふと思った。金ダンで信志が使っていた剣の事を。
「そう言えば、俺金ダンから持って帰った物があるんだけど」
「いいねぇ!」
浩太郎は目を輝かせる。
「うーん、だけどそれが兄貴の所に行くのは……けど仕方ないか。持って行ってみよう」
「寿音はどうする?」
「転校初日からサボったら浮いちゃうよ?行かせた方が良いでしょ」
寿音が自分ではいくら、行きたくない小学生と関わりたくないと言っても、それは流石に通らない言い訳だ。
それに浮いてしまったら友達どころか、無視されるようなイジメに発展するかもしれない。
「朝寿音ちゃん送ったら行こうか」
浩太郎の提案に信志は大賛成した。
寿音は七時になっても起きてこなかったので、仕方なく信志が起こしに行くこととなった。
「朝だぞ、起きろー」
声だけでは起きない寿音の肩を揺すると、やっと目を覚ました。
「信志ちゃん、おはよう」
そう言うとまた寝に入った。
「おーい、学校だぞ!」
その言葉を聞くと寿音は目をぱちくりさせて信志の顔を見る。
数秒の沈黙が流れると再度、寿音は布団に潜り込んだ。
ここまで学校に行きたくなかったのかと、呆れる信志であった。