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誘拐と目撃

  今日も長いようで短い一日が終わった。授業は簡単ではないが、しっかり聞いているので宿題も難なく出来るだろう。


  「ところでさ、空ちゃんと最近遊べないけど何かあったの?」


  桃だ。そこはついて欲しくなかったがつかれてしまった。

 言い訳を考える為に少しの間二人の間は沈黙が訪れーーー他教室や廊下、グラウンドのスポーツクラブの人達の声がより一層聞こえてくる。


  「ちょ、ちょっと大海お兄ちゃんの調子が悪くてね」


  絞り出した言い訳が、病弱の兄の事だと思うと心が痛くなる。

 空はアハハと笑いごまかすと昇降口へ向かった。


  「桃ちゃんは今日は遊べるの?」


  「うーん、今日はママとお買い物なの」


  「そっかぁ……久しぶりに遊べるかと思ったけどまた今度だね」


  お互いに苦笑すると学校を後にした。

 それからは家路に向かって歩き交差点で別れた。


  「純お兄ちゃんの事があったから遊べなかったな……でもこれからは遊べるよね」


  家に着くと荷物を置き、すぐに財布と鍵を持って家を出た。今日はスーパーの特売日のなので、早く行かないと晩御飯の食材が買えなくなってしまう。

 駐輪場に置いてある自転車に股がると、勢いよくペダルを踏み込んだ。


  スーパーに着く頃には特売はもう始まっていた。

 今日一番の戦いを覚悟して、空はスーパーの中に足を踏み入れた。


  スーパーを出る頃には人も少なくなり、薄暗くなっていた。


  「疲れた……」


  ため息混じりにこぼすと自転車置き場に向かう。

 このまま帰って宿題して、お兄ちゃんが帰ってきたらご飯作って、そんな大したことない日常生活が待っていると思っていた。


 駐輪場はもう目と鼻の先だが、向かい側からいかにも怪しそうな黒服にマスクをした男性が歩いてきた。


  (目合わせないようにしよ)


  目を合わせないように下を向いて歩いていた。目を合わせないようにただそれだけを思っていた。

 下を向いたことで視界が狭まり、何かに右肩がぶつかった。

 見上げると、意識していた黒服の男性にぶつかっていた。


  「す、すみません」


  咄嗟に謝りその場を去ろうとした空だったが、不意に腕をつかまれた。


  「え……ッ」

  驚きの声が小さく漏れると、布のようなものでで口を塞がれた。息はできるがこれでは声を上げることができない。

 それに深く息を吸うと何かの薬品を使っているのか喉を刺すような痛みに襲われた。そして、そこで意識が切れた。









  腹痛と戦う事、実に三十分に及んだだろう。正直死ぬ程だるい。

 手を洗う時に鏡を見るが疲労感が顔に滲み出ていた。


  「賞味期限切れてるなら捨てろよ」


  信志は小さく悪態をつくとトイレを後にした。

 フードコートに戻ると、良く目立つ桃色の髪が特徴の青年を探した。だが見つからなかった。

 移動したのかと思い少し歩き回ると、浩太郎はテーブルにうつ伏せになっていた。


  「どうしたんだ?」


  「寿音ちゃんって、ツンデレなのかな……僕ほんとに死ぬかも」


  浩太郎の言葉にならないような声がかろうじて信志の耳に入る。


  「寿音、又殴ったのか?」


  「私は悪くないもん」


  寿音は頬を膨らませながらそっぽを向いた。


  「お前……何かしたのか?」


  信志は膝を落とし、浩太郎の顔を覗き込みながら訪ねると。


  「僕は寿音ちゃんが隠し事してると思ったから聞いてただけだよ」


  弱々しい。今にも死にそうな野良犬のような声が返ってきた。


  「隠し事?そんなの誰だってあるだろ。俺だって浩太郎だってある事だろ」


  「僕は信志君には全てさらけ出してるよ」


  「ま、まぁ……浩太郎が悪いって事で。で、次は何処に行くんだ?」


  信志は流れを無理やり断ち切ると二人に呼びかけた。


  「僕は家に帰りたいかな」


  「寿音は?」


  「うーん、特にしたいこととか無いからなぁ……私も帰りたいかな」


  「あ、意見が合ったね」


  浩太郎がニヤニヤしながら言うと寿音はドスの効いた目つきで睨みつけた。


  「じゃあ帰るか」


  この二人のやり取りには正直疲れる所が少しある。だから信志も帰りたい気持ちは少しあった。

 ショッピングモールを出るとタクシーに乗り、家まで揺られた。


 今日は大荷物を持たされた上に歩きっぱなしの雑用しかしてなかったので、疲れがどっと来たのか、眠気が襲ってきた。

 眠気に耐えるために景色を見ていると、その端に捉えたのは寿音と同じぐらいだろうか小学生の女の子を、強引に引っ張っている大人の姿が目に写った。


 信志は驚きタクシーを急停止させる。


  「なになに!?」


 いきなりタクシーを止める信志に、驚きと好奇心を混合した浩太郎が身を乗り出して聞いてきた。


  「あそこ」


  信志の指を指す先に浩太郎は視線を走らせると、驚きと好奇心をさらに増してニヤニヤする。


  「あれ誘拐だよな、どうしーーー」


  「いや、運転手さんこのまま家に向かって下さい」


  浩太郎の冷静な声でタクシーは再び走り出した。


  「お、おい!見過ごしていいのかよ!?」


  「信志君熱いよ。考えてみなって。誘拐なんてしょっちゅうあることだよ?って言っても世界的に日本が、日本人が人道に従って優しすぎるし、国が国民に優しいことで誘拐みたいな事件が少ないけど。全国探したら毎日とはいかないけど良くあることなんだよ。一人救っても何処かで一人、また一人ってね」


  浩太郎は至って冷静だった。いや、浩太郎だからこそそうなのかもしれない。

 だが喋っている途中でも口の端は釣り上がっていた。


  「そんな……何で」


  信志は自分自身では何も出来ない事に腹が立つ。そして、そこに救えそうな人がいるのに見捨てている自分にも腹が立った。

 悩みを膨らませているとタクシーは既にマンションの前まで来ていた。


  「ありがとね」


  浩太郎はお礼を言い金を払うと、大荷物を三人で均等に分けた。


  「あんまり引きずらないでよね」


  浩太郎に耳打ちされる。分かっているが、信志の育った環境のせいかもしれないが、だからこそそういう人がいたら救いの手を差し伸べたくなる。

 しかしもう手遅れで、通り過ぎた時点で何もすることは出来ない。


 借りている自室に戻ると荷物を置き、畳んでいた布団に飛び乗った。

 やはり何か心に引っかかるものがある。


 信志は寿音を手招きし自分の膝の上に座らせた。甘い香りと可愛らしい双眸には見とれてしまう。

 寿音を軽く抱きしめて信志は気持ちの整理をしようと目を閉じた。


(小さい頃はこうやって、寿音に慰めてもらったなぁ……)










  家に着くとドアは施錠されており、家の中には人の気配がなかった。


  「空のやつ遅いんだな……遊んでるのか?」


  鍵を開け家に入ると、夕陽が差し込み薄暗くなる部屋は少し不気味だった。

 今日も海に行っていたので、取ってきた獲物を冷蔵庫に入れると、不意に携帯のバイブ音が響いた。


 呼び出し人は空だった。


  「どした?遅いようだけど」


  「お前が兄貴か」


  空とは思えない。いや、女子小学生とは思えない程低いボイスが鼓膜を振動させた。


  「空もう声変わりか?早い気がするな」


  友達の家で、新しい遊びでも考えて遊んでいるのかと、そう思ったが、次に聞こえたフレーズで純の顔に緊張が走った。


  「お兄ちゃん!助け、痛い。やだ、辞めて!」


  「空!?どうしたんだ!?何があった?」


  「ようやく分かったか。今日の夜十一時それまでに五百万持って三丁目の廃ビルまで一人で来い」


  誘拐だ。やられた。空はしっかり者すぎるので、小学生でも大丈夫とも思っていたが、その隙を突かれて誘拐された。

 だが計画的なものでは無いだろう。純たちの素性を知っていれば、到底五百万何て大金は用意出来ない。


 だとすれば突発的に行われた可能性が高い。


  「分かった。五百万でいいんだな」


  「物わかりがいい兄貴じゃねぇか。妙な真似や一分でも過ぎたら妹がどうなるか知らねぇからな。死のうが生きようが、傷物になろうがな」


  男は笑った。それも下品極まりなく。ギャハハと、何度も何度も。


  「妹に手ぇ出したらぶっ殺すぞ」


  バチン。ドカ、乾いたような音に鈍い音が聞こえた。

  「ことばぁきぃつけろや。ゴラァ、こちとら今すぐにバラして臓器売ってやってもいんやぞ」


  「分かった、すまん。今から準備する」


 つい感情的になってしまったが、男の声を聞き冷静に考える。


  「あぁ、よろしくな」


  最後に男の笑い声と空の悲鳴が聞こえ通話は終わった。


  「ちっ。何で空なんだよ……ッ!!」


  純は震える手をおさて準備に取り掛かった。五百万円なんて準備出来る訳がない。たが勝算はあった。

 純は川上家の全財産が収められているタンスに、現金と一緒にしまっていた指輪を手にした。


  「出来ればもう使いたくなかったけどな……」


  指輪を右中指にはめて力を込める。この指輪は金ダンから持ってきたものだが他の武器とは少し違っていた。

 力を込めれば魔力を使うことが出来る、単純にそれだけだった。


  「あいつらの怨念でもこもってそうだな……」


  右手で握りこぶしを作り左手でそれを覆うようにして顔の前に持ってきた。

 金ダンを脱出してから考えないようにしていたが、一度考え出してしまうと様々な思い出が、一斉に溢れ出してくる。


 それをきっかけに、自然と涙が零れ出した。


  「みんな、みんな裏切っちまった……ヒーロー何て言えねぇよな」

  嗚咽した。帰ってきて初めて、いや、ここまで弱気になったのは初めてだろうか。

 だが一度足を踏み込んでしまった以上後戻りはできない。弟と妹を救う、その為なら悪魔にでも魂をくれてやる。そう決めた純の決心は揺らがなかった。

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