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家族のかたち

  映画やドラマだとよく目にする光景も、実際に起こると誰であれ動揺してしまうものだ。

 そして今、頭上から人が降ってきた。


 着地は大失敗。身体の正面から床に激突してしまったのだが、怪我をするどころかピンピンしており、満面の笑みが見て取れた。


  「久しぶりじゃあないか!我が弟よッ!」


  両手を上げて叫ぶ彼は、松馬恩太郎(まつばおんたろう)。浩太郎の兄にして日本最大の金ダンの研究施設の所長をしている。


  「ささ、こんな所じゃあなんだし、早く来てくれたまへ」


  恩太郎は浩太郎の肩に腕をまわし強引に連れていこうとするがーーー。


  「ちょ、ちょっと待ってよ。友達置いていってるってば」


 浩太郎は勝手に話を進めていく兄を振り払い、一度周りを確認させる時間をとる。

  しかし辺りを見回して、何事も無いかのように話を続ける恩太郎。


  「それでさ、俺はやっとーーー」


  「だぁぁぁから、友達置いてるから」


  無理矢理にでも浩太郎と二人っきりで話をしようとする恩太郎に、困り果てた浩太郎は信志の横に立ち直る。

 その姿を見て、小首をかしげながら何かを理解したように、ポンと手を叩くとーーー。


  「あ、君達が浩太郎のお友達なのかい?迷子の子供かと思ったよ。ハハハハ失敬失敬」


  恩太郎は人目もはばからずに高らかと笑い声を上げる。その笑い声に対して、周囲の人はまるで無反応だった。


  「友達も含めて、会議室を取ってあるから来てくれ」


  恩太郎は浩太郎と同じく、ニヤニヤと笑みを浮かべながら先にエレベーターへと向かって歩き出した。


  「なぁ……お前の兄さんって、薬とかやってないよな?」


  「あれでも良くなった方だと言っておくよ」


  浩太郎はため息混じりに吐き捨てる。

 エレベーターは抑えてあった会議室のある階まで昇り、先導して恩太郎が、通路をくねくねと曲がった先にある会議室へと三人を案内した。


 とってあると言っていた通り、部屋の中で人の気配は微塵も感じなかった。

 各自椅子に座り、テーブルを挟んで向かい側に恩太郎、手前には信志、浩太郎、寿音が座る形になると。


  「それで、なんで俺の所に来たんだ?」


  「僕は対した用事じゃないんだけど、信志君と寿音ちゃんが金ダンからの生存者ってことで話ができればいいと思ったんだよね」


  「うーん、俺は浩太郎の方の用事が気になるんだがーーー」


  浩太郎の真面目な話すら無視して、自分を貫き通そうとする恩太郎は本当に変わり者だ。

 変わり者の恩太郎ではあるが、浩太郎の意見は尊重するようにしているらしい。


  「まぁ、それはさて置き。君達は本当に金ダンから戻ってきたのか?」


  「正確には俺は戻れたけど寿音の方は、別世界から来たって言った方がいいかな」


  別世界という単語に恩太郎は首を傾げていた。

 それも当然。信志や寿音は勿論のこと、浩太郎にも言ってあるが、世界が二つあるという事は、まだ恩太郎は知らないのだ。


  「寿音はーーー」


  それからは信志の一方的な話になり、恩太郎は聞いているのか聞いていないのかよくわからない表情で、首を傾げ続けていた。


  「つまり、そんなこんなで世界が二つあるってことなんだ」


  「わかった、うん、君はあれだね、病院に行ったほうがいいよ?精神科かな。あそこなら中二病も治せるから」


  そして、恩太郎は顔色をころっと変えて、満面の笑みになり話し始めた内容はーーー。


  「てことで、浩太郎の話を聞きたいな〜」


  「ちょ、おい」


  恩太郎と浩太郎の間に開かれるであろう会話を止めた信志だったが、それ以降言葉を紡ぐ事が出来なかった。

 真剣に話をしていたのに軽くあしらい、人の気持ちを一切考える素振りもないその態度に唖然し、何も言えなかった。


  「ごめんごめん冗談だよ」

 その言葉を聞き信志は固まった。真剣な話をしているのに冗談を絡めるその気持ちがわからない。

  恩太郎はニヤニヤしながらそう言うが、全く冗談に聞こえないところ、この男はタチが悪い。


  「君達の事はよく分かった。だから、とりあえず検査とかしたいから研究室の方に行こうか」


  恩太郎は立ち上がり椅子をしまうと、さっさと会議室を後にした。


  「浩太郎……お前の兄さんって、なんなんだ……」


  完全マイペースの恩太郎に呆れながらこぼす。


  「……僕も知りたいよ」


  やはり浩太郎の方も呆れているように、落胆した。







  船上に上がると、身体に付着している水分が風に撫でられてつい身震いしてしまう。

 純はさっさとタオルに身を包み、仕留めた獲物を見ながら着替えを始めた。


  やはり久しぶりのことで訛っていたのか、いつもより数は取れなかったが、一匹だけ大きさでは茂雄を優っていた。

 この後は魚を販売しなければならないので、することは山積みなのだが、空や大海の事を考えると、疲れも多少軽減されたように思えた。



  仕事を全て終え、家につく頃にはもう日が暮れていた。ドアノブを軽くひねり、少し力を加えて引くと、ドアはいともたやすく開いた。

 玄関に置かれているピンク色の小さな靴を見ると、空が帰っていることがわかる。


 純も靴をきちんと並べ、廊下を抜けた先にあるリビングにて、空は一人大人しく宿題をしていた。


  「お、偉いじゃん」


  「普通だよ。私真面目だもん」


  空はえへんと言わんばかりに胸を張りながら言った。


  「宿題終わったらご飯にしよっか」


  「うん」


  空は純の提案に素直に乗り、純は空の宿題を大人しく見守り続けていけば、最後には一緒に答え合わせをした。

 空は自分で言うだけあって全問正解で宿題をやり終えた。


  二人でキッチンに立ち、純はクーラーボックスから魚を二匹取り出す。

 この魚は、腹部に穿たれた穴があり、売り物にならないからと言って茂雄から譲り受けた物だ。


 それに加えて、冷蔵庫から空が取り出してきたのは、空が毎日欠かさずに買ってきている特売の食品たち。

 この食材をふんだんにつか……えたらいいのだが、明日の分も残しておく必要があるので、腹八分目になるように考えながら料理をしなければならない。


 いつもは空に任せたりだが、料理に関しては実は純もできる。

 空や大海が小さい頃はいつも、純が料理を作っていたので一般の主婦の皆様程度には上手であるが、数年前から空も手伝ってくれるようになり、いつしか空の方が料理をする機会が増えてきている。


 本当は空に楽をさせたいところもあるのだが、純の仕事は命懸けであり、それに暴力団とも繋がってしまった以上、いつ消えてもおかしくない身。

 それを考えると、料理ができるというスキルは身につけていて損は無いと、今はもう割り切っている。


  「包丁使う時は気を付けろよ」


  空が使っている包丁は子供用だが万が一を考えておかないといけない。

 だがそんなことはつゆ知らず、空は黙々と一定のリズムで食材を切っていく。金ダンに入る前と比べると段違いに上手になっていた。


  「なかなか上手になってきてるじゃん」


  「お兄ちゃんがいない間にいっぱい頑張ったもん」


  「偉いなぁ」


  いかにも褒めてほしそうに胸を張る空の頭を、ぽんぽんと触った。

 触り始めは空の表情は明るく喜んでいたが、次第に表情が曇ってきてーーーついに。


  「……お兄ちゃん……頭が魚臭くなる……」


  その時なぜ空が表情を曇らせていたのかやっと気が付いた。


  「ま、まぁ大丈夫だ!風呂まだだろ?」


  「そうだけど……ご飯中臭いじゃん」


  「ごめん……なさい……先に入ってていいぞ。兄ちゃんが作っとくからさ」


  空を風呂へ促し、純はさっさと料理にとりかかった。

 名誉挽回という訳では無いが、たまにはお兄ちゃんの全力を見せてやろうと思い、本気を出した。


 空が風呂から出てくる頃に、はかろうじて全ての料理を作り終えたが、久しぶりの料理という事もあり酷く疲れた。


  「お兄ちゃんってやっぱり料理上手だね」


  空は早く食べたいのか既にテーブルについていた。

 二人の茶碗にご飯をよそって、純も急いでテーブルにつくと、いつも通り食前の挨拶をして箸を進手に取る。


 空は今日学校であったことを細かく話してくれた。

 純にとってはどうでもいい内容だが、話をする事に意味がある。小学生で両親がいないのは、何負担を抱えていてもおかしくはない。


 その負担を少しでも減らせれる為に、純は空や大海とよく話をするようにしている。

 そしていつも通りの、楽しい晩御飯の時間が終わると、純は風呂に入り、空は録画していたヒーローモノのアニメを見始めた。


 純の支度も終わり、空のアニメも丁度終わった時には時計の針が十時を過ぎていたので、さっさと布団を引き寝る準備にとりかかった。


  「お兄ちゃんに聞きたいことがあるんだけど」


  二人で布団を引いている時に、空がいきなり質問をふっかけてきた。


  「なんだ?」


  「お兄ちゃんってヒーローって信じてる?」


 つい数分前に見ていたヒーローアニメに影響されたのか、素直に疑問をぶつけられたが、一応聞き返す。


  「ヒーロー?なんでまた?」


  「クラスの男の子がヒーローの話を良くするのを聞いちゃうから」


 読みは外れたが、やはり最近の子供でもヒーローアニメは見るものなのか……と、脱線した思考を戻して考える。


  「そっかぁ……ヒーローなぁ……」


 ヒーローと言えば子供の憧れであり、絶対的正義の象徴ともとれる立ち位置にいるが、考えてみれば、正義とは何か、悪とは何なのか。

 立場さえ違えど、毎回やられている悪役にも目的があり、それを己の中では正義と思っている。


 ヒーローアニメなんてものは、正義と正義のぶつかり合いであり、その果てで勝ったものが正義となっているのは、子供向けに作られているからだ。

 言い換えれば力が正義となってしまっている。


 そんなものは悪役からしてみればたまったもんじゃない。

 視点を変えて見れば、ヒーローと呼ばれる者が世界征服している絵と変わらないではないか。


 お互いの世界の正義がぶつかり合い、勝ったものがヒーローという事はつまり、ヒーローは悪ではないだろうか……?


「……悪」


「……ん?悪いの?」


  空はきょとんとした表情をしていた。

 子供の中ではヒーローは絶対的な存在で、悪と言われる者に勝つ強者というイメージがあるはずだ。


 小学生に純の捻じ曲がった考えを植え付けてはいけなと思い、必死に言い訳を探しーーー。


  「あ、いやー、何ですかね、空さん。ヒーローは強くてかっこいい、それですよ!兄ちゃんだって昔は横浜の赤レンジャーって言われてたからな!」


 苦し紛れの言い訳だが、何でも素直に信じる空には通じたようでーーー。


  「そうなんだ!お兄ちゃんって赤だったんだ!じゃあ青や、緑、ピンクとかの人達は誰だったの?」


 それ故に騙していることが心苦しい。


  「寝よう。お兄ちゃん疲れたよ」


  なので無理やり話をそらすと、そそくさと純は自分の布団に入って行った。

 気になったことは何でも知りたがる性格の空は、不満そうな顔をしていたが、シカト決め込んで寝入る純。


  「教えてくれたっていいじゃん……」


  空はそう小さくこぼしたので、流石に無視するのは可哀想と思いーーー。


  「空がもっとおっぱいの大きいお姉さんぐらいになった時には教えてあげるよ」


  「ばか……ばかばかばかッ!」


  女の子の気にするところに、無遠慮に槍を刺しに行くところ、それどこそ純だが、その事で一つ気がかりなことができて、布団から起き上がるとーーー。


  「空ちょっとこっち向いてくれる?」


  「むぅぅぅ……どうしたの」


  少し機嫌を悪くしながらも、空も起き上がる。

 お互い向かい合わせになると、純は大胆にも空の胸を服の上から触った。


 普通では考えられないことをしてのける純は、両手でしっかり触ると、満足したかのように頷きながら手を離した。

 そして二人の間に沈黙が流れる。純はなぜ空が黙っているのかわからないが……次第に空は肩を震わせてーーー。


  「キャーーーッ!!」


  甲高い声が鼓膜に突き刺さると同時に、空のフルスイングが純を襲った。


  「お兄ちゃん最低!!」


  空はそう言い残すと布団にくるまり、背中を向けた。


  「いってぇ…いや、お前ももう十歳だろ?そろそろ成長してくる頃だと思ってさ、ほら、なんだ…ブラジャーとかいるんじゃないかと思って」


  純は恥ずかしそうに語尾を濁らせる。別に胸を触りたかった訳じゃなかった。妹の胸に興味は無い。だが成長してきているならブラジャーを買うことも視野に入れないといけない。

 川上家は金欠だが、空たちに使う事ならケチをしてもしょうがない。


  「お兄ちゃんはどうせおっぱい大きい人がいいから私はの成長してるか確認したんでしょ!絶対そうだよ!お兄ちゃん変態だもん!」


  「おいおい、お兄ちゃんそんな事言われたら悲しいぞ?」


  「私の方が悲しいもん」


  純は不器用だ。だからこそ勘違いされやすいし、失う事も多い。

 なので誤解をされたのなら解かなければならない。


 純は空をそっと布団越しに抱き寄せてーーー。


  「兄ちゃんはな、本当に空の為を思ってした事なんだ。ブラジャーはこれからも必要になってくるだろうし、身なりを整える事も必要だ。兄ちゃんは別に空の胸には興味無いぞ?本当に無いからな?真剣に空の事を思ってーーー」


  「興味無いとか余計だよ!ばか!もう寝る!」


  更に空の逆鱗に触れた事を理解する間もなく、純に襲いかかる張り手の嵐は、その後数分は止むことがなかった。

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