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変わらぬ朝と変わりつつある朝

  誰かが自分を呼んでる気がする。周りは漆黒の闇に覆われ目視することは出来ない。

 だが急に腹部に鈍い痛みが走り、そして目が覚めた。


  「あ、やっと起きたね。今朝の七時だけど九時には出発するからね」


  浩太郎は着替えを済ませていた。赤のズボンに青の上着という相反する色のチョイス。


  「それより、なんで俺の腹の上には寿音がいるんだ」


  「僕今から朝食だから」


  浩太郎は信志の質問を完全に無視して、さっさと階段を下りた。

 信志は寿音をどけて布団から出ると、浩太郎を追って階段を下りる。


  「で、どこに行くんだ?」


  「信志君はあだあっだごどがなぎがもじぇれないげどーーー」


  「わかった、ならその口に咥えてるハンバーガーを食べてからにしよう」


  話を振ったのは信志からだから、仕方なかったので、浩太郎が朝食を終えてから話すことにする。

 その間に信志は冷蔵庫を勝手にあさり、牛乳を手に取るとコップに注ぎ口をつけた。柔らかい甘さと牛乳独特の香り……この牛乳は少し強めだが鼻から突き抜けて、朝から元気が出そうだ。


  「食べ終わったよ」


  浩太郎は信志を手招きして自分の向かいに座らせた。


  「まず初めに言っておくことがあるんだけど……あの牛乳賞味期限切れてるんだ。さて本題に入るけどーーー」


  「ちょっと待て、先に言ってくれよな?」


  「十時になったら久しぶりに兄貴の所に行こうと思ってるんだ」


  本日二度目の無視がきまりながら、浩太郎は伸ばし放題だが、ゴムで纏められている髪をいじる。


  「またなんで兄の所に?」


  「たぶん、信志がこれからすることの為には兄貴の力が必要になると思うからさ」


  「これからってのはわからんけどさ、お前自身はそれでいいのか?」


  信志は直接は会ったことがないが、浩太郎の話によると浩太郎の兄は極度のブラコンで、弟の浩太郎を前にすると理性が吹っ飛ぶとか。なんとか……。

 本当にそんな奴がいるのか疑いたくもなるが、浩太郎は嘘をつくことは無い。


  「いいよ、信志君と寿音ちゃん見てたらさ、兄妹って感じがしてやっぱり考え直してみようかと思ってね」


  「お前がいいならいいけど……あんまり無理するなよ」


  「あ、そんな優しくされると惚れちゃうよ?」


  浩太郎はニヤニヤしながら、また冗談のつもりで言ったのだろうが、内心では嫌なところもあるだろう。

 だが親友の決意を無駄にしないように、信志も精一杯手をかそうと思った。


  「あ、もう九時半じゃん、寿音ちゃん起こしてきなよ。僕が行ったらどんな目にあうか」


  「昨日の夜に会ったばっかりだろ?何かしたのか?」


  浩太郎は顎をなでながら首を傾げる。


  「いや、不可抗力って言うのがいいのかわからないんだけど、信志君たちが寝てから数時間して寝汗が凄かったから風呂に入ろうとしたら明かりがついてて、信志君かと思って入ったら全裸の寿音ちゃんがいてさ」


  信志は顔を手で抑え呆れた。ラッキースケベにも程がある。相手は小学生なのに。


  「そりゃ、うん、見たもんは悪い」


  「てことで僕が行ったら殺されるかもしれないから、信志君行ってきてね」


  信志は仕方ないと椅子から立ち上がると、小柄なので今まで浩太郎の背中に収まり見えなかったが、寿音が降りてきていた。


  「どしたの?」


  浩太郎は全く気づいていない様子だ。


  「これも運命か……浩太郎」


  「え?なになに?」


  浩太郎はまたニヤニヤしながら聞いてきた。このまま何も知らないのが幸せか、それとも言うべきか数秒悩んだ末。

 何も知らない浩太郎に後ろを向けと、指でジェスチャーをすると、ニヤニヤと好奇心の塊のような表情は一瞬で青ざめた。


 そして、話を聞いていたであろう寿音は、羞恥を怒りへと変えて全力で浩太郎の顔面を殴る。

 浩太郎は二、三回宙に舞ってあえなく撃沈した。








  朝起きるとまだ空は起きていなかった。それもそのはず、現時刻は朝の五時を回った頃。

 朝ごはんを作っているとはいえ、小学生の空が起きる時間は早くても六時だろう。


 純が何故こんなにも早く起きたのか、それは金ダンに入る前から毎日行っていた事をするためにだ。

 静かに布団から出ると、服を着替えて家の鍵と、自転車の鍵だけを持って家を後にした。



 家を出発してから数十分自転車をこいで、ようやくたどり着いた場所は、どこにでもありそうなただの港だった。

 時間的にはもうある人が来ているはずなのだが……と、駐輪場に自転車を止めて、辺りを散策していると、目当ての漁船を発見した。


 純は駆け足で近寄るとーーー。


「おじさん!」


 船内にいるであろう人に聞こえる音量で声を出す。

 数秒の間が空いて出てきたのは、純の父親の弟の、川上茂雄(かわかみしげお)だ。


「純……よう無事で帰ってきたな」


 純の顔を見るなり涙を流す茂雄。

 彼は純の父親、兄が死んだことでショックを受けていたが、それ以上に残それた子供たちのことが心配で心配で、お金の援助はできないが、こうして漁船に上がらせてくれている。


 それは日給として純にもバイト代が発生するので、純たち兄弟にとってはこれが唯一の生命線ともいえる。


「それはそれと、身体は大丈夫か?今から出るんだぞ?」


「それについては問題ないですよ。弟たちにかけた苦労に比べたらクソほどもなんともないっすから」


 その言葉を聞いて安心した茂雄は、純を漁船に乗せて出航した。



 ポイントに着くと、早速着替えを始めた。

 漁船に乗ったポイントに着いたとなれば、普通なら餌の仕掛けを準備すると思うが、茂雄の漁は違う。


 沖少しに出たことで波風が肌を撫でる度に身震いしてしまうほど寒いが、これを着なければ大袈裟だが命に関わると言ってもいい。

 脱いだ服は丁寧に畳んで物置の上に置いて、足から入れて袖を通し、最後にファスナーで閉じる。


 そして、ゴーグルとシュノーケル、それに最も重要な、銛を片手に外へ出た。


「バッチリじゃねぇか」


「今日は負けないですよ」


 そう、素潜り漁をしているのだ。

 素潜り漁も、潜って貝を取るといういめーじがあるが、銛を持って、自分の眼で判断して魚をとるという漁もあるのだ。


 まず始めに茂雄が飛び込み、それに続いて純も飛び込んだ。


(つめてッ!?五月の海ってこんなに冷たかったか……)


 海水がウェットスーツにみしこんでくることで、海水温がどれだけ低いのかよくわかる。

 だが、茂雄の漁はそう長くない。素潜りというのは、見てる側からすれば簡単にも思えるが、実際にしてみると呼吸を止めて動き、更に獲物を的確に狙うための集中力を要され、難易度は高いと言ってもいい。


 そのためスタミナはすぐになくなり、数時間潜ったら上がって休憩か、その日は終いにしなければ毎日もできたものじゃない。

 急がなければならないが、焦らずに、丁寧に仕事をしなければならない。


 狙いが逸れると魚が逃げるということもあるが、銛で魚を突く場所も考えなければならない。

 釣りとは違い、銛突きは直接魚の体に傷をつけるので、ど出っ腹に風穴なんて開けてしまえば売れたもんじゃない。


 なのでねらうは頭のみ、それはどんなに大きかろうが、小さかろうが変わらない。だからこの仕事は難しい。

 そんな時、海面から見える範囲で、岩陰から一匹の魚が姿を現した。


 サイズもなかなか、今日の一発目はそいつに狙いを定めて、潜水を開始する。

 距離にして約十メートル、銛の長さは二メートル五十センチなので、ある程度距離をとってから狙いを定める。


 が、魚の方も純の存在に気がついたのか、ゆっくりとたが、岩陰に隠れようとした、その瞬間。

 純に背を向けた瞬間に、引き絞っていたゴムを放した。


 放たれた銛は、水中とは思えないほど高速で進み、魚に肉薄する。

 魚とてバカではない。死にたくはない。なので、銛が放たれるとすぐにその場から逃げようと、体をうねらせて泳ぐが、魚が泳ぎ出す初速よも純の銛の方が速く、狙い通りに魚を貫いた。


 水中で大暴れする魚は、銛を外そうと必死だが、この銛はそう簡単には外れない。

 先端が肉にくい込むと返しでしっかりと抑え、更にその先端は脱着可能であり、魚に刺さると抜けるようになっている。


 抜けた先端は頑丈な線で繋がれているので、魚は動けるものの銛を抜くことは疎か、動けば動くほど体力を消耗してしまうという仕組みになっている。

 泳ぎ回る魚が大人しくなった頃には、純と魚は海面へとたどり着いていた。


(よし、久しぶりにしては良好良好……)


 見れば、狙った頭とは違い、狙わないと思っていた腹を貫いているではないか。


(ま、まぁ……晩御飯にするか……)


 突いた魚は船内にある魚を入れておく場所に放り込み、もう一度海へと入っていった。

 純が一匹突いている間に、茂雄は既に三匹を仕留めていたのは、仕方ないと割り切った。







  マンションを出るとすぐにタクシーに乗り込んだ。


  「なんでバスや電車を使わないんだ?タクシー代なんて俺も寿音も持ってないぞ」


  「お客さん、お金持ってないんですか?」


  運転手が訪ねてきた。

 平日に子供が三人という珍しい客に、金がないというフレーズが出てきたことで、運転手はこいつらは怪しいと思っているのだろう。


  「あ、僕持ってるんで大丈夫ですよ」


 浩太郎はこう見えて意外と金持ちだ。住んでいる家からしてもそうなのだが、高校生という枠に収まらない、規格外な高校生なのだ。

  浩太郎が住所を指定すると、運転手は心配そうに発進させた。


  「電車とかの公共交通機関使うと子供三人でこんな時間にって思われたくないからね。寿音ちゃんまだ金髪だから余計に目立つからさ」


  信志は浩太郎の髪や服装を見て、呆れるようにため息をつく。


  (どっちの方が目立つことか……)


  数十分タクシーに揺られると目的地についた。浩太郎は財布を取り出し札を渡すと。


  「あ、お釣りはいらないよ」


  その言葉を最後に信志たちはタクシーから下りた。

 目の前には浩太郎と住んでいるマンションと同じか、それ以上に高く広いビルがある。まさかと思ったが、そのまさか。


  「ついてきて」


 やはりこの大きなビルに入るらしいが、浩太郎はいつものようにニヤついた顔ではなく緊張の面持ちで誘導した。

 自動ドアをくぐると受付で暇そうだが、朝から真面目に仕事をしている警備員に止められた。


  「君たち、ここは子供が来ていいような場所じゃないよ。見学だったら身分証と見学届け出してね」


  「はいはい」


  浩太郎は警備員の話を流すと受付のお姉さんに話しかける。


  「あの松馬恩太郎(まつばおんたろう)に会いに来たんですけど、あ、たぶん僕の名前出したら飛んできますよ。松馬浩太郎です」


  「は、はい。おかけになって少々お待ち下さい」


  受付のお姉さんに促されて三人はソファに座った。

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