初陣
純と蓮花と悠亮はとっさにボタンを押す。それに続いて、信志は見様見真似でボタンを押すと。
直後、身体の内から溢れ出す何かによって、身体が包まれていくのがわかる。
(これが……フォース……ッ!?)
「すごいだろ? 人間は普段自分の力の百パーセントを発揮することができないんだ。それがこの武器によってリミッターが解放されて、更にパワーアップする」
蓮花が言っていたように、誰にもこの力が本当はなんなのかわからないのに、純はどこか得意げに胸を張って言った。
「信志と理沙ちゃんは攻撃できそうなときに攻撃してくれるだけでいいから。今回のドラゴンはわりと小さいから、戦いに慣れる戦いと思ってくれていいよ」
純はそう言うと大きく深呼吸をして、そしてーーー。
「蓮花と悠亮は左から、俺は右から攻める、行くぞ!」
お調子者のような表情は引き締まり、瞬時に戦士の顔へと変わった。
純の掛け声から三人は走り出し、まずは蓮花が仕掛けるようだ。蓮花の武器は手袋ーーー。
(手袋ッ!? ドラゴンは十メートルも上空を旋回してるのに、手袋でどうやって攻撃するんだ……?)
手袋なら直接殴って攻撃するという考えが普通だが、蓮花はドラゴンに近づくどころか、一定の距離を保っている。
手袋は両手に装着しているが、そのうち右手を地面と平行になるように挙げて、手の甲を上に向けるとーーー。
そこにどんなカラクリがあるのか、右手の甲から五センチ程度の青白く光る、綺麗な球体が姿を現した。
その数およそ二十個を、まさかと思いながら見届けていると、蓮花は野球ボールを投げるように大きく振りかぶった。
そのまさかだった。二十個の光の玉はドラゴンめがけて一直線に飛んで行った。
この現実離れした能力、それに架空の生き物であるドラゴンの存在。これだけ情報が揃っていれば、ここが金ダンの中だということは間違いないだろう。
ドラゴンは上下左右に空中で器用に避けるも、六個ほどは左眼に命中した。
左眼からは黒煙が立ち上り、煙が消えた時には左眼も消え失せていた。
それに続いて、この攻撃を待っていたかのように、光の玉が当たる直前に跳躍していた悠亮が、ドラゴンの上から降ってきた。
超人的な跳躍力を可能にしたのは、やはりここにある不思議な道具の能力なのだろうか。
純の言っていたフォースという例えは、あながち間違いではないかもしれない。
悠亮が降ってきたドラゴンの左は死角になっているので、片手に握っているバカでかい大剣を大きく振りかぶって、左翼に切りかかりーーー。その瞬間ドラゴンの左翼は爆炎に包まれた。
「おいおい、大丈夫なのかよ……ッ!?」
ドラゴンはかろうじて飛んでいるが左翼の三分の一は吹き飛んでいた。
ドラゴンは攻撃された側なので負傷するのはわかる。だが、あの規模の爆発なら、悠亮にも被害が出てもおかしくないのだが、爆発の中にいた悠亮は少し黒くなる程度で済んでいた。
フォースは身体能力の強化と共に、身体を強靭な肉体にする能力もあるのか……今の信志にはわからなかった。
ドラゴンがよろけている間に、間髪入れずに純が攻撃する。
ドラゴンは体の左側にばかり攻撃されており、完全に左側へと意識が集中している。そうせざる負えない状況を作り出し、その隙を狙って跳躍した純は、ドラゴンの右翼を自分の持っている槍で削ぎ落とした。
両翼ともに負傷したドラゴンは、飛行する力が無くなり、弱々しく旋回した後にあえなく落下した。
目の前で起こったことが早すぎ、そして想像以上のことが起こって、ドラゴンが落ちた時の衝撃音を聞くまで、信志は棒立ち状態だった。
隣にいた理沙に至っては、完全に腰が抜けていた。
「す、すごい……すごいですよ! こんなにあっさり倒しちゃうなんて。三人の息もぴったり合ってますし、これなら私たちが出る幕はないですね」
理沙は起き上がり純たちに歩み寄る。
さっきまでドラゴンを見ているだけなのに腰を抜かしていた理沙だったが、純たちといる方が安全だと思ったのか、ドラゴンに近づくことになるが、歩みを止めることは無かった。
「こんなにあっさり終わるとは思わなかったけど……まぁ、誰も怪我することなく終わってよかったよかった」
「それもこれも最後の純さんの最後の攻撃がなかったらこんなにすぐには倒せませんでしたよ」
「いやー、そんなこと言われると照れるなぁ。もう敵出てきそうにないし次の階でも頑張っちゃおうかな」
「純さんファイトです!」
そんな話をしている中で信志は違和感を感じた、その時だった。
倒されたはずのドラゴンの瞳に光が戻り、雄叫びを上げる。
純たちが油断することを狙って、倒されたふりをして体力を回復させていたのか、ドラゴンは力強く純たち四人を捉えている。
ドラゴンは起き上がり四肢をしっかりと固定し、大きく口を開けた。
(おいおい、まさかとは思うけど炎吐くとかはマジで勘弁だぞ……)
遠巻きに見ている信志がそんなことを思った矢先、ドラゴンの口の中から炎の玉が一直線に、純たち四人の元に飛んでいった。
四人はドラゴンを撃墜して気が抜けていたのか、はたまた純と理沙の雰囲気に気を許したのか明らかに反応が遅れている。
今あんな攻撃をもらえば危ないと思い、信志は無我夢中で駆け出した。
炎の玉までの距離は三十メートルはあり、ギリギリ追いつかないのは薄々分かっていた。しかし止まらなかった。
(ダメだ……追いつかない……ッ!!)
そう思った。が、諦めなかった信志の、届けという思いが剣に伝わったか、剣先が伸びた。そして勢いのまま、炎の玉を横一文字に真っ二つに断ち斬る。
下半分は純たちの手前に落ちて爆発し、地面に大穴が開いた。上半分は軌道をずらして、純たちの頭上を超えて後方十メートルほどの場所に落ち、こちらも地面に大穴を開けた。
「危ねぇ……」
純が冷や汗をかきながら言ったが、少し背が高い分髪がチリチリになっている。
信志は炎の玉を斬ったその長い剣を突き出して、ドラゴンを刺しにいくが、ドラゴンは当たる寸前紙一重で後方に飛び回避した。
(まぁ、そう上手くはいかんよな)
信志の方もドラゴンと距離をとった。その時、純たちは武器を構え直して信志の横に並んでいた。
「信志ありがとよ、お前がいなかったら俺らの体はこんがりミンチになってたぜ」
ドラゴンはより一層大きな声を上げると、斬り落としたはずの両翼が再生し始めた。
「おいおい、ドラゴンの翼は再生すんのかよ。らちがあかんぞ」
信志は目の前のドラゴンが生まれて初めて目にしたドラゴンなので、生命力が強く翼ぐらいなら再生すると思い込んでしまったがーーー。
「今までのドラゴンは再生なんてしなかったんだけどね」
どうやらこのドラゴンが特別らしい。
今まで通りの戦いにならずに、蓮花の顔には動揺が見え隠れしていた。それは他の人も同じなのか、何もできない時間が数秒続いてしまい、ドラゴンの翼は完全に再生し、飛行を開始した。
だが流石に再生させるために力を使いすぎたのか、ドラゴンの方もかなり消耗しているように見える。
そんな中誰も手を出さないまま、ドラゴンの体力が回復しようとしていた時、悠亮が一人で突っ込んでいった。
するためにドラゴンの真下まで行くのだろう。悠亮はドラゴンの吐く炎の玉を上手く大剣で左右に跳ね除けて、無事にドラゴンの真下に辿り着くと、深く腰を落として今まで以上の力で跳躍した。
さすがのドラゴンも真下にいる相手に対して炎の玉を吐くのは難しかったのか、狙いが定まらずに当たらない。
接近を許してしまったドラゴンはその場を離れようと翼を大きく動かすが、間に合わず悠亮はドラゴンの首に大剣を突き刺した。
その瞬間、一際大きな咆哮が発せられるが、そんな事はお構い無しにと、悠亮は突き刺した大剣を軸にそのまま半回転してドラゴンの上に乗る。ドラゴンの背中を蹴り軽く上に飛ぶと、一回り、二回りも剣が大きくなりーーー。
そしてドラゴンの背中に叩きつけた。
大剣がドラゴンに触れると同時に、爆発したが、その規模は先刻のそれとは大違いだった。
黒煙はドラゴンと悠亮の遥か上、天井にまで届き、その勢いは収まらずに、跳ね返ってきた黒煙にもう一度ドラゴンと悠亮は包まれた。
誰もが思った、あの威力の爆発に巻き込まれたら無事なわけがないと……。
先に落ちてきたのはドラゴンだった、実際ドラゴンは両翼が吹き飛び、背中が大きくえぐれていた。
続いて落ちてきたのは悠亮。
彼は遠目からではわからないが、全身が赤くなっているということだけはハッキリと目に映った。
落下する悠亮に意識は無さそうで、このまま地面に叩きつけられれば更に肉体へとダメージが入るだろう。
それを避けるためにも走り出していた純は、悠亮が地面に激突する寸前に空中でキャッチした。
「悠亮、お前また無茶しやがって……何やってんだよ……ッ!! お前は俺の(・・)大事なパートナーなんだぞ! あんまり危ないことするなよ……。待ってろ、すぐ治してやるからな」
純以外の三人は悠亮の姿を見て愕然とした。言葉が出なかった。そしてーーー沈黙が訪れた。
悠亮は両腕と首下から腹にかけての肉が無くなっており、臓器が丸出しになっている。脈打つ度に飛び散る血、鼓動する内臓器官を直に見たのは初めてだが、気分が悪いことこの上ない。
仲間の重症、大量に流れ出る血、人間の血の匂い、頭が真っ白になりかけていた時、純の声が沈黙を破った。
「よし、悠亮口開けろ」
純は何個か小さな瓶を取り出していた。その瓶に入っている液体をどこから取り出したのか、コップに移して悠亮にゆっくりと飲ませ始めた。
今はそんな事をしている場合ではないだろと、そう思った時。
不意に悠亮の身体が光だし、損傷の激しかった首下から腹にかけての傷が治りだした。それだけではなく失った両腕も再生し始め、数分が経った時には外傷は見当たらないほどに完治していた。
本当に不思議な事が起きるのが金ダン。改めてそう思う信志。
「痛い、それにくらくらするな」
「無事でよかったぜ……悠亮……」
そう言うと純は悠亮に抱き着いた。
「心配させないでよ」
そう言いながら蓮花は涙をぬぐいながら寄り添った。
仲間の無事が確認できたところで、今度こそ安心している時にーーー。
「あの……悠亮さんが無事だったのは私も嬉しいんですけど、ドラゴンまだ息してますよ……?」
理沙の発言には一同が騒然とした。あの大爆発に巻き込まれながらまだ息をしているなんて、丈夫すぎるにも程がある。
しかし、よく見ればドラゴンはもう虫の息だ。再生することすらままならないだろう。
「びっくりだな。俺の全力をぶつけたってのにまだ息があるのか……タフな野郎だぜ」
蓮花が手の甲に出現させていた光の玉ドラゴンの頭を消し飛ばした。
「さてと、悠亮もう立てるか?」
純が問いかける。
「ああ、もう大丈夫だ、心配かけて悪いな」
そう言うと悠亮は少しよろついていたが、立ち上がった。
「よし、じゃあ始めますか」
そう言うと純はおもむろにドラゴンに近づいて行き、それにつられるように皆もドラゴンのそばに集まって行った。
今まで気づかなかったのが不思議だが、ドラゴンは一切血を流していなかった。血は流していなかったが、ちゃんとした生き物のように中身には筋肉がしっかりと詰まっている。
ドラゴンの大きくえぐれた背中を見ると、紫色の結晶のような物が埋まっており、純はその結晶を自分の槍で叩き割った。
割れると同時にドラゴンの体は白い灰のような粉へと変わり、純はその粉の中に両手を突っ込み何かを探し出した。
(さっき壊した結晶のかけらでも探してるのか?)
「これだよこれ」
そう言うと純は瓶を取り出して掲げてみせる。そして一つ、また一つと、全部出し終わった時には純の周りには大量の瓶が転がっていた。
今度はまたどこから取り出したのか、リュックを手に取り瓶を中に入れていく。
これだけ瓶を入れればリュックが少しは張ってもおかしくはないのだが、なぜか張ることはなく、原型を留めている。
「何で瓶が……? それにドラゴンがなんか白い粉に……」
生き物の体内に瓶が大量に入っているなんて普通では考えられない。
それは誰だってそう思うことだ。
「あー、なんか、俺は十階からいたからよく分かんないんだけど、前からいたおっさんが教えてくれたんだよ。まぁ、そのおっさんももう死んじまったけどな」
お調子者で、常に明るい感じの純の、初めて見る暗い顔に、少し罪悪感を感じてーーー。
「なんか……ごめんな」
そんな純を見た信志は謝っていた。
「いいんだよ、これからが大切なんだ。じゃあ、荷物もまとめたし、早く上がりますか! 一定時間たったらまた敵が出てくるからな」
そう言い残すと純は一足先に歩き出した。
しかし突然立ち止まり純は振り返ってーーー。
「信志、助けてくれてありがとな。それと、理沙ちゃんは慣れる戦いとか言いながら攻撃の機会与えてあげられなくてごめん。よし、次の階に出発だーッ!」
純は周りがよく見えている。ちやほやされてなかったらの話だが。
それに皆に気を使ってくれていいやつだと思い、次の階への階段を上った。
そして扉を開けると、そこはまた暗闇の中の個室だった。
(あの違和感何だったんだろう……?ドラゴンが生きてたことなのかな?まあ、いいや)