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日常生活と新たな生活

  目の前は真っ暗で、ただ広間に放り出されたようなその場所に、何かを焼いている音と芳ばしい香りが漂ってきた。

 何事かと思いそこで目が覚める。起き上がり、音と匂いの発生源に向かって行く。


  「何してるんだ?」


  キッチンには寿音と同じぐらいの年齢の少女、昨日久しぶりに再開した妹の空が立っていた。


  「朝ごはんの支度だよ。今日のお兄ちゃんは早起きできないと思ったから」


  「あー、そうなのか、おはよ」


  純がテーブルにつくと早速出来上がった料理が登場する。

 一般の家庭が朝食に何を食べるかなんて知らないが、貧乏ながらもそれなりの朝食ができていた。


  「金が無くてパンと卵だけでごめんな」


  育ち盛りの妹には、もっと贅沢に沢山ご飯を食べて欲しい。しかし今は金が無いばっかりに我慢するしかなかった。

 ご飯を食べ終わると、空は小学校に行くために支度を始めた。


  「そういえば、ちゃんと宿題してたか?」


  「やってるよー。私これでも成績はいい方だもん!」


  自慢げに胸を張って言う空の支度が済むと、玄関に向かった。

 毎日磨いているのか汚れはない。それでも傷は多い靴を空が履き終わると。


  「行ってきまーす」


  そう言ってドアを開けた。

 だが空が出ていく前に呼び止めると、純は空を抱きしめた。


  「どうしたの?」


  「ん、兄ちゃんって実はこうやって空からエネルギーを貰って生きていたんだ。昨日の夜と今の分含めて後三ヶ月は生きていけるな」


  「じゃあお兄ちゃんこれからご飯なくても大丈夫だね!」


  ピヨピヨと小鳥のさえずりが聞こえるほどの静寂が、数秒間二人を包み込むと、純は空を離して。


  「行ってらっしゃい」


  そう言って笑顔で手を振った。空も笑顔で返し駆け足に家を出ていった。


  「さてと、俺もそろそろ出ないとな」


  純は朝食で使った食器を洗うと、金貨と家の鍵を手に取り空に続いて家を後にした。







  「はぇ〜、これはなかなかの金貨だねぇ。これだったら一枚で一、いや一万五千円ら下らないな」


  「わかりました。帰って検討してみます」


  (相場はこんなものなのか……?まぁ、もう少し回ってみるか)


  二件目ではもっと安く見積もられた。三件目は高く、そのまま四件五件といき、最終的に換金した金額は全額で約十五万円となった。


  (大海の治療費は国から多少なりとも支援が出てるからいいけど、家賃の方を払ったらあと何ヶ月かでまた振り出しに戻るか……)


  アパートの大家さんは純たちの素性を知っているので、通常の家賃の三分の一にしてくれて本当に助かっている。


  「……早く稼がないとな」


  心の中で思っていたことが声に出ていたが、賑やかな商店街の活気に掻き消された。

 この中にも純たちと同じような家の人がいるかもしれない。その人たちはどう生活しているのだろうか?そんなことを考えながら、沈みそうな夕日を背に家路をゆっくりと歩いていった。







  夜、行く宛が無い訳ではなかった。電車に乗る金がないから仕方なく歩いているだけだ。

 二つ隣の駅まで歩くと、そこから目的地まではそんなに離れていない。


  「どこに行ってるの?」


  「友達の家」


  運良く信号に引っかかることなく歩き続けることができ。そして、目的地に着くとそこには、信志の生活からは想像もつかないような、馬鹿でかいマンションの真下に着いていた。

 自動ドアでエントランスに入ると、押しボタンで家主を呼び出す。


  「なに」


  「来たぞ」


  「あ、信志君来たんだ入って入って」


  通信が切れると同時に自動ドアが開く。信志たちは最寄りのエレベーターに入り込み最上階のボタンを押した。

 そして再度扉が開くと、そこから一番近い部屋のインターホンを押すと。


  「やっほー。久しぶりだねぇ」


  ドアを開けたのは桃色の髪をゴムでまとめ、緑色のメガネをした青年だった。


  「普通の人なら鳴った瞬間には出てこれないと思うぜ」


  「ん?そっちの子は?」


  寿音は咄嗟に信志の後ろに隠れた。感覚で察したのだろう、こいつがヤバイやつだと。


  「柊寿音だよ」


  「へぇ、あの人気子役だった子ねぇ」


  青年は顎を撫でながら寿音を見下ろす。だが寿音は信志の後ろから出てこようとはしなかった。

 ズボンをしっかりと掴む握力は、常人のそれを優に超えている。


  「ま、立ち話しに来た訳じゃないんだから中入ってよ」


  青年の後に続くようにして家の中に入っていく。廊下を真っ直ぐに抜けると広いリビングになっており、最上階というだけあって、窓から一望できる上っ面な横浜市の夜景は綺麗の一言に尽きる。


  「ソファにでも腰かけといてよ」


  「お言葉に甘えて」


  信志と寿音はソファに腰を下ろす。

 歩きっぱなしだったので、腰を下ろすと一気に気が抜けて、疲れが倍増する感覚が襲ってくる。


  「信志君はコーヒーでいいよね?僕んちジュースとかないから、寿音ちゃんはコーヒー牛乳でも作ってあげるよ」


  寿音は一瞬青年の顔を見るが、すぐに目をそらした。


  「ちゃんとお礼しろよ」


  家に上がらせてもらっている身なので、無礼な態度をとる寿音に言いかける。

 寿音は渋々模様で青年の方を向き、頭を下げた。だがあげるとすぐにまたそっぽを向いた。


  「お待たせ」


 そんなことは気にもとめていないようで、青年は三人分のマグカップに、コーヒーとコーヒー牛乳を注ぐ。

 青年はコップを机おくと、信志たちとは反対のソファに腰を下ろした。


  「ありがとな」


  短く礼を述べてコーヒーに口をつける。ほのかな苦味と酸味に、鼻から抜けるコーヒーの香りが、疲れを和らげてくれる。

 そして信志から話を振る。


  「よし、本題に入るがまずは自己紹介だよな」


 自己紹介といっても二人だけなのだが。


  「僕と信志君はもう知り合いだからいいよね。僕の名前は松馬浩太郎(まつばこうたろう)気軽に浩ちゃんとでも呼んでね」


  浩太郎は右手でピースの形を作り、右目を挟む形で決める。

 だがただただ静かに空気が流れていった。


  「まぁこんなやつだけど……これからお世話になるから寿音も自己紹介して」


  浩太郎の決めポーズすら見なかったが、信志に促されて寿音はようやくまともに浩太郎の顔を見る。


  「柊寿音十歳」


  「よろしくお願いします。な」


  寿音は信志の言葉をコンピュータのように、そのまま復唱する。


  「で、金ダンから戻ってきたって例のヤツ、ほんとなのかい?」


  「本当だ。その証拠にここに寿音がいるしーーー」


  喋って伝えるようも見せた方が早いと思い、言葉を途中で切り、袖を捲り露になった手首に噛み付いた。

 多少の痛みは我慢し、軽く皮を引きちぎる。


  「いいか、よく見といてくれよ」


  そう言って血の滴り落ちる腕を寿音に治療してもらう。

 寿音の治療も魔法瓶もだが、流れ出た血は戻らないが、傷口は跡を残すことなく完璧に修復させる力を持っている。


 その現実離れした力に浩太郎は目を丸くし。


  「凄いじゃん!こんなのがあるのかぁ……やっぱり金ダンは凄いねぇ」


  浩太郎は興奮していたが、すぐに気持ちを切り替えて、ティッシュ箱を机の上に出した。


  「それはそれと、机が血で汚れちゃったんだけど」


  浩太郎は机が汚れたことで少しばかり不機嫌になったが、信志は笑いながら誤魔化した。


  「あ、それはそうと、この家二階に空き部屋があるから好きに使ってくれていいよ」


  信志と寿音の二人は言われるがままに二階に行き、荷物を置くと流れるように次々に部屋、トイレ、風呂の場所などを教えられた。

 そこで寿音は我慢していたらしい、トイレへと入っていった。


  「そうだ、寿音を学校に通わせたいんだができるか?お前の力があればできると思ってはいるんだが……」


  「そんなの朝飯前だよ」


  寿音抜きに寿音のことについて話を進めている。この話を寿音に聞かれることがあれば、反対しかねないからだ。

 だがやはり仲裁が入る。


  「待って、私学校行かなくてもいいよ。それに小学生と仲良くなりたいなんて思ってないし」


  「冷めてるねぇ。ま、僕からしたら学校には行ってもらいたいかな。僕や信志君だって平日は普通に学校があるからね」


  言葉には出してないが、寿音の全力の抵抗が顔から伝わってくる。

 浩太郎に対しては敵対心をむき出しにしている。


  「ほっぺを膨らしてもダメだぞ」


  その一言で余計に膨らむ。

 そろそろ風船か餅のように破裂でもしそうだ。


  「じゃあ学校決定だね。けどそうなると髪の色を変えないとね、それとメガネした方がいいかも……友達いらないなら地味目の方がいいからねぇ」


  寿音はいい子だ。基本的に信志の意見にはなんとも言わない。だがまだ慣れていない浩太郎には全力で反抗している。

 何を使うでもなく、顔だけを使ってだが。


  「学校行けれても早くても一週間はかかるからそれまでに心の準備しといてね」


  浩太郎はニヤニヤしながら寿音を見下ろした。

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