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二人の行く末

  黒服の男たちに連れられて、白熱電球のみに照らされた永遠とも思える長い廊下を歩き、その先にある扉を開ける。そこにはいかにも悪者の親玉というような存在が椅子に座っていた。

 男はくわえている葉巻の灰を落とすと。


  「約束は覚えてるな。とりあえず手に入れた物から置いてもらおうか」


  そう言われると川上純は、金ダンの中で手に入れた道具が入ったリュックを机の上に置いた。

 その中からは剣や槍、他にも様々な種類の武器が出てきた。それに加えて大量の金も次々と出てくる。


  「約束は守ったぞこれで弟たちはーーー」


  ガチャ テレビや映画の中でたまに耳にする音が聞こえた。

 まさかと思い周りを確認すると、周りにいた黒服の男ら全員が胸元や腰から拳銃を抜いていた。


  「……ヤンさん、どういうことだよ」


  目の前でふんぞり返っている中年の男ヤンに、純が恐る恐る問いかけた。


  「どうもこうもこういうことだよ。君にはもう要はないのさ、怪我したくなかったら帰ってくれ」


  「お、おい!約束が違うじゃねぇかよ!あそこの中のもの持って帰ったら弟と妹の治療費を負担するって話は違ったのかよ!」


  パン 乾いた音が響く。体のどの部位にも痛みは感じられなかったので威嚇射撃ということは瞬時に理解できた。

 だがその発砲主に視線を向けたことで、純の顔は青くなる。


  「悠亮……お前もグルだったのかよ」


  いつも通り悠亮は無言だった。それに代わってだがヤンが口を開く。


  「悠亮は私の養子なんだ。グルもなにも家族なんだよ」


  ヤンは中国人、しかし悠亮は日本人。

 初めて会った時は、全く違う顔つきなので親子なんて考えは全くなかったが、そう言われればそうとしか言いようがなかった。


  「ちっ……クソが」


  純は小さく吐き捨てると部屋を出た。去り際に見たあの顔は一生忘れられないだろう。ヤンの顔は、まんまとハメてやった。そんな顔だった。

 部屋を出ると暗い長い廊下を歩き、突き当たりにあるエレベーターに入りボタンを押す。


 エレベーターを出るとそこはすぐに外へと繋がっており、月明かりを遮るように輝く街頭、ビルの灯り、車のヘッドライト、その他もろもろが視界に入ってきた。

 金ダンに入ってから今日出てくるまでに、約三ヶ月かかっていた。少し肌寒いが、夜でも半袖シャツ一枚で大丈夫な季節になってしまった。


  (金が無いってのに無駄な時間食っちまったじゃねぇか)


  純は歩きながら色々と考え込んでいた。あの時に大量の金を持ち逃げしていたら……そんなことをしたら弟たちの命はなかっただろう。だから引いたが、純も馬鹿では無かった。こんな時のためにコインを数枚くすねていた。

 これだけで足りるわけがない。もっと、もっと金がいる……。


 数分後、気がついたら横浜市内の総合病院に着いていた。

 病院内に入ると迷わずに、エレベーターに乗り込み六階のボタンを押す。数秒後にエレベーターが目的の階に着いた音がすると扉が開く。

 エレベーターを降りるとすぐに右に曲がり、廊下を真っ直ぐ歩いていく。三つ目の部屋の前で歩みを止めると面会謝絶の札がかかっていたが、ここも迷うことなく扉をスライドさせる。


 部屋に入るとカーテンをずらして抜ける。

 そこには純の弟である 、川上大海(かわかみおおみ)がベッドの上で横になっていた。


  「お兄ちゃん久しぶりだね。元気だった?」


  大海は現在十歳だが、昨年のまだ九歳の時に病気をおこし、病院中での生活を送ることになっている。

 久しぶりに大海の顔を見ると、元気そうな面持ちで少し安堵した。


  「元気って、俺よりお前の方が元気なのかよ」


  そっくりそのまま言葉を返すと大海は、迷うことなく笑顔で元気と答えた。

 元気なのはよかったが、この病気が治る見込みのない病気だとはまだ知らせてないので、無邪気なものだった。


  「それより兄ちゃんな、お前と(そら)の生活に必要なお金を稼ごうと思って出ていったけど、失敗しちゃった」


  悔しかった。自分が情けなかった。弟たちの為に大量の金が必要になり暴力団と契約して、命を(かえり)みず金ダンに入り、下手したら自分が死んで弟たちにも迷惑をかけるはめになっていのに、持って帰れたものが金貨数枚なんて……ここまでくると気がおかしくなりそうだった。

 金ダンの中でせっかくできた仲間なのに、それすらも裏切ったのに……。


  「お兄ちゃん!」


  月明かりが照らす病室の中で大海の声が響いた。


  「お兄ちゃん、怖い顔してたけどほんとに大丈夫なの?」


  弟にまで心配させるなんて本当に情けなかった。


  「大丈夫だぞ?兄ちゃんこう見えても結構強いからな?」


  「何の強さかわからないけど……大丈夫ならよかったよ」


  それより今は、元気な大海の顔が見れて安心した。ほっとため息を漏らすと。


  「じゃあ兄ちゃん家に帰るから、ちゃんと寝るんだぞ?」


  「はーい」


  久しぶりに大海に会えたが、まだ妹の(そら)に会えていない。

 空のことを思うと少し不安で、病室を出ようと扉に手を掛けた時。


  「また……お兄ちゃんの時間のある時でいいから来てね」


  気丈に振る舞う大海の声を聞くと、もっとしっかりしないといけないと強く思えた。

 情けない兄は早く卒業しないといけない。


  「わかったよ、また今度な。おやすみ」


  そう言って扉をゆっくりと閉めた。







  家に帰ると金ダンに入る前に一度だけ挨拶をした女性と、空が一緒にテレビを見ていた。

 女性は純の姿に気がついて立ち上がり、そそくさと歩み寄ってきた。


  「お帰りなさい。では私はこれで」


  そのまま女性は家を出ていった。


  「空帰ったぞ」


  一声かけると空は振り返り、両目を丸くして駆け寄ってきた。


  「兄ちゃんお帰り!久しぶり!」


  相変わらずのテンションの高さだ。二人だけのこの家で、電球よりも明るいその笑顔を見ることができて、目尻に熱いものが溜まっていく。

 が、いかんいかんと、涙を押しも戻して。


  「家に帰る前に大海と会ってきたけど元気だったよ」


  「純兄ちゃんも大海兄ちゃんも元気でよかった」


  空は満面の笑みで返してきた。この笑顔を守りたい。また三人で仲良く暮らして行きたい。純は改めて強く心に思った。

 もう夜の十時を回っている。まだ小学生の空は寝かせないといけない時間だ。


  「もう遅いから寝よっか」


  「空は兄ちゃんと寝る」


  「寝ションベンするなよ?」


  「もうしないよ」


  久しぶりの再会で話したいことは沢山あるだろうが、今は我慢して寝ないといけない。

 布団に入ると三秒後、純の腕枕で空はぐっすり眠った。その横顔を眺めながら数分後に純も眠りについた。








  金ダンを出ると、知っている道に出るまで歩き続けた。数時間歩いた後に、やっと見覚えのある歩道橋が見えてきた。ここを上り裏路地を通ると家への近道だ。

 路地裏を抜けて大通りに出ると、大通りなだけあってやはり辺りは明るかった。夜であるがために信号、車のライト、看板などが余計に明るく感じる。


 それから更に数十分歩くと、ようやく家にたどり着いた。

 扉には鍵がかかっておらず、開けると明かり一つない暗闇に満ちた廊下が続いていた。廊下を抜けリビングに入ると、まず初めに鼻をつんざくようなアルコールの匂いが漂ってきた。リビングにも明かりはついておらず、テレビの光だけが部屋を照らしていた。


 壁に手を伸ばし手探りでスイッチを探し押す。

 リビングが正常な明るさを取り戻すと、目に入ってきたのは、床一面には開けっ放しの酒やらビールやらの残骸。そしてテレビの前にあるソファには、父親の姿があった。


  「……帰ったぞ」


  父親は振り返り信志の姿を見ると、両目を丸くして驚いたと言わんばかりに口を開いていた。


  「本当に、信志なのか?」


  「本当だ。金ダンから抜け出してやったよ」


  信志は父親と目を合わせることはなくうつむいたままでいた。

 このダメ親父のことが、顔も合わせたくないほどに嫌いだからだ。


  「よか、よかった……本当に……」


  父親は声を震わせて言った。そして、ポチャっと何かが床に垂れた。ポチャ、ポチャとまた何かが垂れた。

 まさか父親が、そんなことがあるのかと思い、信志顔を上げると。


  「ところで(かね)は?」


  この父親はヨダレを垂らしながら、両目を全開に開き訪ねてきた。やっぱりそうだ。

 信志は答えることをしなかった。そしてずっと黙り込んでいると、父親の息が徐々に荒くなり。ついにーーー。


  「黙ってんじゃねぇぞ糞ガキが!テメェは大人しく持って帰った金を俺に出しときゃいいんだよ!!」


  やっぱりそうだ。本性を出す前から思っていたが、確信した。

 信志は父親の目を見ると。


  「な、なんだーーー」


  右手に力を入れて全力で殴り倒した。ガシャーンと、空き瓶や空き缶が飛び散り壊れる音が、静かな家に響き渡った。


  「テメェ、何しやがるんだ!?」


  「やっぱりあんたが入れたのか」


  「ふんっそうだと言ったら?」


  「もう……終わりだな」


  信志は父親に背を向けると無言のまま、二階にある自室へ戻ろうとした。

 しかし金が欲しい、金が大好きな父親は止まらない。


  「おい待てよ」


  声をかけられると同時に肩をつかまれた。

 もう払い除けることすらしたくない信志は、立ち止まり。


  「何が終わりだよ、イキってんじゃねぇぞ!!」


  振り返ると父親の拳は目前まで迫っていた。だが直後、床に倒れたのは父親だった。

 父親は気絶したのか、そのままピクリとも動かない。


  「お父さん、変わったね」


  この家とは不釣り合いなほど綺麗な声が聞こえた。声の主は寿音。

 寿音は自分を金ダンに本人が目の前にいるというのに、蹴り倒しただけで更に暴行を加えることもなく、冷静に、淡々と言った。


  「寿音が最後に会ったのは生前だもんな。その頃はいい人だったよ」


  リビングに倒れている父親を無視して、信志は寿音を連れて自室へと向かった。それは、荷物をまとめて家を出るためだ。

 荷物をまとめるにはそう時間はかからなかった。だが、あるものだけが見当たらない。それは、いつか家を出る時のために、こつこつと貯め込んでいた貯金箱。


 自室をいくら探しても見当たらなかったので、まさかとは思い隣接している父親の部屋に行くと、案の定ベッドの上に空になった貯金箱が放ってあった。


  「クソが……ッ」


 信志は小さく吐き捨てると、勢いよく扉を閉め、寿音を連れてまとめた荷物とともに家を出た。

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