表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/37

最終決戦

 目が覚めるとまず寿音を起こした。二人は服を着替えて家の外に出ると。


  「遅いぞ信志」


 珍しいというか、一番遅かったのは信志と寿音のペアだった。

 いつもこの時間ならまだ寝ぼけている純も目が冴えているようだ。


  「よしっ、全員揃ったことだし朝飯だ!」


  朝から元気いっぱいの純のテンションに、みんなギリギリでついていっている。食堂でみんなで弁当を手に取った。

 これがもしくわ最後のご飯になるのかもしれない……。最悪の事態を考える前に最善を考えるようにと、信志はかぶりを振った。


  「「頂きます」」


  みんなで声を揃えて言うと、同じタイミングで蓋を開けた。


  「美味そうだな。最後の晩餐ってやつだな!」


  「それだと昨日の晩飯だろ」


  純も同じことを考えていたらしいが、信志はさらっとツッコミを入れる。みんなそれぞれ弁当は違うが、純は朝から焼肉弁当と胃にきそうな弁当だ。

 悠亮は海鮮弁当、俊哉はオムライス、蓮花はエビフライ弁当、寿音の方を見ると箸に何かを挟んで信志の弁当に乗せてきた。


 人参とピーマンだ。


  「ちゃんと食べないとお前のスパゲッティー食べるぞ」


  子供の頃から嫌いだったのは知っていたが、治っていなかったとは。

 寿音が涙目になってるのを見て、信志はちょっと強めに頭を撫でた。


  「次からはちゃんと食べるんだぞ」


  「うん」


  寿音は満面の笑みで信志の弁当に嫌いな野菜を投下すると、好きなおかずから箸を進めていった。


  「信志君ってなにか、お兄ちゃんみたいだよね」


  蓮花に言われるとそう思えなくもなかった。傍から見たら兄妹に思われるかもしれない。仲良くしているところ、甘いところを見られていたら確信されてもおかしくないだろう。

 寿音は可愛らしく、それに釣り合うかと言われれば何とも言えないが、信志とて子役をしていた程顔はいい。それもあり余計に思われるだろう。


  「寿音が妹か……悪くないかもな」


  誰にも聞こえないようにそう呟くと、さっさと弁当を食べた。

 全員が食べ終わると次の階に向かって出発した。最後の戦いなのに相変わらず純はお調子者のままだった。いやお調子者で場の空気を少しでも和まそうとしているのかもしれない。


 次の階に行く扉の前に立つと純が口を開いた。


  「俺はさみんなに出会えて本当に良かったと思ってるよ。だから絶対にここから出ような!」


  「フラグ立てないでよね」


  「そうですよ、それに純さんはそんなキャラじゃ無いです」


 俊哉と同じ考えの信志は、ここぞと言わんばかりに声を張った。


  「絶対な!」


  蓮花、俊哉、信志が返すと純は扉に手をかけた。ゆっくり開いていく。いつもなら闇が広がっているが、扉の先に黒はなく、白い光がさしてくる。

 一歩また一歩と足を踏み入れ、全員が入った時に扉が自動で閉まった。


  「部屋に入ったらすぐに戦いなんて、RPGのラスボスみたいね」


  「蓮花さんってゲーム大好きなんですね」


  やはり今回も蓮花の難しい例え方に俊哉が話を合わせた。


  「よくぞ来られた」


  ハッキリと聞こえた声の主は男だろう。一言だが、ハッキリと発音しており、どこか敬意を払っているように感じる。

 だがその姿を捉えることができない。


  「上よ」


  寿音はわかっていたのだろう。その声に全員が上空に視線を向けた。

 そこには神々しい程に全身を黄金で覆っており、天使のような純白の翼を羽ばたかせている、聖騎士の姿があった。


  「我が名はアルスウォール・セリルティ・剣也」


  始め聞いている分はよかったのだが、最後の最後でネーミングセンスの欠けらも無いような名前を、平然と言ってのける聖騎士には誰も反応しなかった。

 だが。


  「最初の方はカッコイイんだけどなぁ……剣也は無いだろ!?」


  この場にいるみんながみんな分かっていて、あえて何も言わなかったが純がツッコンでしまった。


  「なっ!?……我が名を汚すとは」


  聖騎士は自分の名前を汚されたことに少し取り乱したが、すぐに冷静さを取り戻す。


  「ま、まぁいい。単刀直入に言う、コスモス様の下でカオスを倒すために我らの下に着かないか」


  「だが断る!」


  考える余地もないほど早く誰よりも先に純が断った。その純の声音には強い意思のようなものが感じられた。


  「なぜだ?」


  聖騎士はどこか抜けているのか、本気で分からないような風で聞いてきた。


  「そんなの、家族の元に帰りたい。それ以外の理由がいるか」


  確かにその通りだ。信志の場合は親が親だから何とも考えなかったが、他の人はどんな家庭環境か分からないが家族の元に帰りたいという気持ちは同じらしい。


  「そうか、最後のチャンスだ考え直す気はないか?」


  逆光と目が痛くなる程の黄金でよく見えないが、聖騎士の顔つきが少し変わったように見えた。


  「無いね」


  純は両掌を上に向けて首を横に振った。


  「残念だ。ここまで上がってこれた人間には可能性があると思ったのだが……」


  聖騎士は翼を大きく羽ばたかせると、右手に持っている剣を高々と掲げてみせる。

 攻撃が来るかと思い一瞬身構えたが、どうやらまだしてこないようで、


  「これよりコスモス様に変わり神罰を与える」


  喋り終わると、聖騎士の剣が光りだす。聖騎士は全身が黄金で包まれているので剣ではなく、聖騎士自身が強く輝きを放っている。

 眩しいがここで目を逸らすと死ぬ気がして、目を見開いて凝視すると聖騎士が剣を振り下ろすのが見える。


 ただ剣を下げただけにも見えるが、嫌な感じがして信志はその場から離脱した。他の仲間も何かを感じたのだろうか、同時に全員が飛び退いた。

 そのコンマ数秒後、ピカッ と光が強くなると、つい先刻まで立っていた場所は真っ黒に焦げていた。


  「な、なんだよ今のは」


  信志は状況が飲み込めずにいた。地面の焦げぐわいからして、直撃すれば命はないだろう。


  「雷使いの聖騎士と当たってしまったようね」


  聖騎士はそれぞれ得意な魔法が使える色の服装を身につけているらしく、今回の聖騎士は全身が金色、即ち雷を使いこなす聖騎士ということだ。


  「雷って確か三万度ぐらいになるんだよな……」


  珍しく純が弱腰になっていた。その横顔には冷や汗をびっしょりとかいている。


  「少し違うわ。確かに雷は三万度位までいくけどそれは電気路にあたる大気の温度ってこと」


  「てことは直撃しなくても掠めただけで大火傷って事かよ」


  蓮花の答えになんでそんなこと知っているんだとはツッコめなかった。それより背筋が凍るような恐ろしさに襲われた。

 桁違いとはまさにこの事だろう、動かないと死ぬが足が重く感じた。


 誰もが動けずにいる中、寿音が走り出した。壁と平行に走ると、キチガイ天使と戦った時と同じく壁を登り始めた。走りながら徐々に高さを増していく。

 昨晩信志は多めに血を吸わせていたのが幸をそうしたのか、キチガイ天使戦よりも足が速い。


  「羽を持たぬ種族が大地に抗うとわな」


  寿音が走ってる間にも、聖騎士は雷を打ち続けたるが当たらない。元のスペックもあるだろうが、昨晩の血が効いているようだ。


  「ふん、小賢しい」


  今度も聖騎士が雷を打ち、それも寿音はかわしてしまうが、寿音の動きが止まった。

 足元を見ると何かが巻きついている。


  「電流は地中を四方八方に這うように伸びていく。雷を操る私にとっては雑作もないこと」


  電気で作られた縄が左足に巻きついていた。聖騎士が剣を振りかざすともう一度剣が輝き出す。聖騎士は翼を羽ばたかせ寿音に急接近する。

 だが天使の時と同じく蓮花が先手を打っていた。寿音が電気に囚われていた時には、既に光の玉を放っていた。


 光の玉は翼に当たると誰しもがそう思った。が、聖騎士は攻撃されることがわかっていたのか、振り返り光の玉を切り壊す。


  「遠距離攻撃は仲間が危ない時に手を貸す後衛。攻撃が単調になるから注意さえしていれば当てられることは無い」


  聖騎士はそのまま蓮花の方を見ると雷を数発落とした。一発目を左にかわし二発目を前方にかわす時に、足をくじいたのか動きが鈍くなり落雷に直撃した。

 一瞬で光に包まれると、煙をあげながら倒れる。


  「蓮花!?」


 体を魔力で覆ってはいるが、流石に落雷に直撃するとただでは済まなかった。体のあちこちを火傷し皮膚が千切れ、肉が剥き出しになっているところもある。寿音以外の地上にいた人はみんな、蓮花の元に集まった。

 純がリュックから魔法瓶を取り出し、蓮花に飲ませると傷がみるみるうちに治っていく。


  「よかった、けど強過ぎるだろ……」


  信志は口を噛み締めた。蓮花にばっかり構っていると寿音が危ない。だが信志は寿音のように壁を走ることもできないし空を飛ぶこともできない。

 仲間のピンチに何もできない自分の非力さに嫌気がさす。


  「終わりだ」


  聖騎士がぼそりと言う。するとより一層剣が強く光だし、寿音に向かって稲妻が走った。一瞬で寿音の周囲数メートルは丸焦げになる。

 足に巻きついていた電気の縄が解け急降下する寿音。信志は落ちてくる寿音に向かって走りだした。しかし寿音を目前にして追いつかなかった。


 頭から落ちた寿音は、死んではいなかったが蓮花よりも酷い有様で、電気の縄が巻かれていた左足に至っては千切れていた。

 すぐさま寿音に魔法瓶を飲ませると寿音の目に光が戻った。信志が寿音を助けている間に、悠亮は今までの戦いで一度も見せなかった技を使っていた。


 四方八方に走りながら聖騎士に向かって、剣先から炎の玉を打ち出している。その少し後に、蓮花も光の玉を細かくして投げていた。大きな玉を当てるより小さな玉でも確実に当てに行く作戦だ。

 二人が戦っている間に純と俊哉が駆けつけてきた。


  「寿音ちゃん大丈夫か!?」


  「信ちゃんのおかげで、何とか大丈夫」


  「そりゃよかったぜ」


 純はほっと胸をなでおろす。現状は劣勢で最悪、悠亮と蓮花の攻撃もすぐに破られるだろう。


  「相手が飛んでる以上俺と純と俊哉は何もできないけど何か案は無いか?」


 信志の問いかけに純は顎に手を当てると、目をつむり考え出した。

 遠距離攻撃で対抗している二人の声、聖騎士が使う雷が這う音、壁や床が崩れる音が聞こえる中。


  「一ついい案があるんだけど、一発勝負の一か八かだ……乗るか?」






  (落雷に直撃した時は正直死んだと思ったけど、みんなにまた助けられちゃったな)


  蓮花は走りながら悠亮と常に対角の位置を取り小さな玉を投げていた。走る足を止めずに、落雷があれば地面から足を離して掴まれないようにする。

 この動作を繰り返しているため、捕まることはないが、決定打を当てることもなく、魔力が尽きてしまう。


  「純!このままだとあと十分もしないうちに私の魔力無くなるわ」


  「俺もだ」


 珍しく悠亮が喋ったが、険しい顔をしている。蓮花と同じくギリギリの状態なのがよくわかる。

 遠距離攻撃をしているが、悠亮は大剣の剣先を常に聖騎士に向けて走っているので、魔力に加えて体力の消耗も激しいはずだ。


  「俺に考えがある!あと三分粘ってくれ!」


 純の言った時間まで稼ぐ。魔力を使いすぎないように、なおかつ相手に攻撃を与えれる時には全力で、感のいい悠亮でも炎の玉の大きさをコントロールするのが難しいのか、直径一メートルの大きな玉を創り出すことで精一杯。

 それに比べて蓮花の持ち味は正確さと手数、パチンコ玉程の大きさで一度に大量の玉を出せる。しかし当たることはあるが聖騎士の自然治癒力の高さか、すぐに治ってしまう。


 休む間もなく攻撃を入れるが、聖騎士はやはり雷を落とし攻撃してくる。少しでも触れれば大火傷。今までにないぐらい繊細な戦いだ。

 神経がジリジリと削られていく中、声が響いた。


  「行くぞ!」


 純が叫ぶと純を先頭に四人が走ってくる。三分経ったということだ。四人がまず向かったのは悠亮の元、走りながら悠亮に何かを伝えると悠亮は炎の玉を撃つのを止め、聖騎士から一番遠くにある壁まで俊哉と寿音と一緒に走り出した。

 その間に時間を稼ぐのは純と信志と蓮花の攻撃だけだった。悠亮が抜けたことで蓮花は悠亮分の攻撃をしないといけないので、蓮花の魔力はどんどん減っていく。


 悠亮たちが壁まで着くと、悠亮は剣を振り上げ大剣をどんどん大きくしていく。聖騎士が飛んでいる所は上空二十メートル程、天井までは三十メートルといったところだ。悠亮の大剣は聖騎士が飛んでいる、二十メートルまで巨大化する。さすがに二十メートルの大剣は何トンあるかわからない。重すぎたのか、悠亮は大剣を地面に置いた。

 武器を手放すと普通ならその場で能力が使えなくなるが、純が走りながら何か吹き込んだのか、魔力の使い方を変えた。


 いつもならむやみやたらに魔力を使い、魔力とすら気付かずに大剣を大きくしたり爆発させてりしていたが、今のは寿音との戦いで俊哉が使った技に似た魔力の使い方だ。感のいい悠亮だからできるのかもしれない。

 大きくさせすぎた大剣では攻撃ができない。大剣ではできないが、その上を俊哉を担いだ寿音が駆け上がっていく。二十メートルを一気に駆け上がると寿音は俊哉を下ろし飛び上がった。


 俊哉はすぐさま鞭を持った手を掲げる。円形のこの部屋の端から端までは何百メートルかありそうだが、俊哉の鞭は四方八方につるのように複雑に入り乱れ伸びていく。

 壁までつくと鞭は壁の中に入り込んだり、ツタのように壁に圧力をかけてしっかりと掴まる。


 その上にちょうど降りてきた寿音が乗った。下からの見た目は下手くそにできた蜘蛛の巣のよう。どうやら狙いは上空に足場を作り、寿音と聖騎士を戦わせることだったようだ。

 その流れるような手際の良さに、蓮花は攻撃の手をつい緩めてしまった。


  「もう終わっていいぜ」


 純の一言で緊張しっぱなしだった気が一気に緩み、膝から地面についた。







  信志はただ見守ることしかできないでいた。信志の武器は長さが変わる以外に取得がないからだ。


  (何もできないままでいいのか……)


  ((それでいいんだよ。できない以上待つしかない。何かできることがある時に備えれば))


  影の言うことは当然だった。寿音は聖騎士といい勝負をしていた。そこにただの人間が混ざったところで足でまといになるだけだ。

 だが少し寿音の方が劣勢、やはり聖騎士のナンバーワンはダテじゃない。







 寿音の攻撃は主に打撃か、爪を尖らせての斬撃。殴る、切り裂くことはできても他の攻撃方法を持っていない。かといって聖騎士は長めの片手剣に雷の魔法を使っている。この戦いにはスペックの差が出ている。

 寿音の攻撃は防がれ聖騎士の攻撃も防ぎお互いに譲らないが、素手である寿音の手には聖騎士の剣と交わる度に傷が増えていく。


 徐々に寿音の手の状態は悪化していく。初めは擦り傷程度から始まり、聖騎士が剣に纏っている電流で火傷しら傷口が広がり出血も増して両手が真っ赤になっていた。

 そんな寿音を助けるように、蓮花は正確に鞭の合間を縫って光の玉を飛ばし、聖騎士に当てようとしていた。


 鞭の間は大きい所で一メートル近く、小さければ数十センチと疎らだが、大小様々な光の玉を操り、聖騎士が移動する先にある穴から打ち出していた。

 正確な蓮花の攻撃に聖騎士が気を取られることで、逆に寿音が少し優勢になった。聖騎士の攻撃を防ぎ蓮花の攻撃で注意をそらし、隙を狙って拳を入れる。


 寿音は本気で聖騎士を殺しにかかっているので、吸血鬼本来の闇の力が出てきているのか、触れられた聖騎士の鎧に闇色が浸食していく。

 鎧に浸食が始まってから、聖騎士は寿音の連撃を防ぎきれなくなった。


  「やはり吸血鬼は光の世界に居ても心底では闇を持っているものなのだな」


 聖騎士の口調には余裕がなくなり、決定打にはならない蓮花の攻撃は受ける覚悟で、寿音の攻撃を全力で防ぎにいくように意識を切り替えた。完全防御の聖騎士にに対しての攻撃は全て防がれるが、触れる小手にも闇色が広がっていく。

 更に動きが鈍くなる聖騎士に連打を止めることなく、今度は寿音から話しかける。


  「なんで吸血鬼が闇の世界から来たか教えてあげる。吸血鬼は元々闇の世界に住んでたけど、更にその前は光の世界に居たのよ。人の血を吸うことがおぞましいって理由で無理やり闇の世界に追い出されたってわけ、人間にね。でも、私が吸血鬼になる前のことだから気にしてないけどさ、吸血鬼は闇の世界で人間の血を吸わずに生きていく方法を身につけた、だから光の世界に戻ってこれた。どっちの方が闇が深いか貴方にはわからないでしょうねッ!!」


  寿音は最後の言葉を力強く発すると同時に、聖騎士の額に全力で拳を入れる。

 頬にめり込む拳は勢いを増し、振り切った時には十メートル先の壁に聖騎士がハマっていた。


  「闇の力を持っていながら光の世界でのうのうと暮らしている……クズめ」


 額に汗をかき毒を吐くと、聖騎士は純白の翼をはためかせて高く飛ぶ。天井についている光源に近づいた聖騎士の体は、逆光と黄金に輝く鎧のせいで見えない。

 寿音はよく目を凝らす。見えてきたのは何かの塊、それは敵の攻撃とは違い寿音に向かってきてはいない。


 目の前を落ち、鞭の間をすり抜けていったそれは、今さっきまで聖騎士が身に付けていた兜。邪魔になって脱いだと思えば、鎧に小手なども落ちていく。そのどれもが黒く汚染された防具。

 汚染された防具を全て脱ぎ捨てた聖騎士は、上半身は裸でインナーまで脱ぎ捨てている。その体には斑に濃い紫色が付いている。下半身には被害はなく、腰から下は黄金に輝いている。


  「よもや私がここまで追い込まれるとは……。多少計算が狂ったが、良い。私も全力をもってお相手しよう」


 鎧を脱ぎ捨てることで人体への過剰な汚染は防げたが、それは逆にいえば鎧を脱ぐことで攻撃が通りやすくなるというデメリットもある。

 この千載一遇のチャンスに寿音は、冷や汗をかきながらも自然と握る拳に力を込める。聖騎士は翼を閉じると優雅に、ゆっくりと降下し鞭の上に立った、その瞬間、誰の目にも留まることなく、張られていた鞭が数センチ代に切り刻まれた。


  「お、おい、何だ今の……」






 信志は常に聖騎士の行動を見ていた、見ていたのだが今の行動は全く目に映らなかった。

 足場が無くなった寿音は空中で身動きが取れなくなった。しかしその時に聖騎士は何もしてこなかった。寿音が地面に足が着く時に聖騎士も地面に降り立った。


  「一分」


  聖騎士が口を開いた。


  「それだけあれば十分だ」


  「へっ舐められたもんだな」


  「純……膝ががくがくしてるぞ」


 信志は純の状態を見て改めて思った。純はここまで幾度も戦ってきているからこそ、聖騎士の強さが異常だということがわかっているんだ。


  「行くぞ」


 聖騎士は無表情に小さく吐くが、その一言には重過ぎるほどの殺気がこもっていた。

 向かいから迫ってくる気迫に押され、恐怖を覚えた瞬間。


 初めの被害者が出た。聖騎士は秒より早く、コンマの速度で距離を詰め、気がついた時には蓮花の体が腹部で上下半分に分断されていた。

 鞭を細切れにした時とは違い、動きは見えたものの、殺気を当てられたことで湧き上がってきた恐怖に、体がついてこなかった。


 綺麗に断ち切られた体から流れ出る血は止まることを知らず、真っ赤な水溜りを作り出す。


  「蓮……花……お、おい!だ、大丈夫か!?」


 眼下を流れる血を見て、意識より早く反射で体が動き、蓮花に駆け寄った。まだ息をしている。どうしたらいいのか、とりあえず離れていた下半身を上半身と接続させ、すぐに瓶を飲ませる。

 なんとか傷は元に戻ったが、大量の出血で体内の血液が不足している。魔法瓶では血液までは復元することはできない。


  「あんまり動くなよ」


 そう言って次に何をしたらいいのか、迷った信志は純に向き直るが、純、悠亮、俊哉、寿音も同じく腰元で真っ二つにされていた。

 真っ白な床が赤と白の斑模様に塗られていく。


 信志は無我夢中で四人の命を救うために魔法瓶を飲ませ続けた。誰もかれも血が足りずに地に伏している。無理に動いても足でまといになるということぐらい、ここまで上がってきた猛者である五人にはわかっているようだ。


  「三十二秒か」


 声が聞こえ、いつの間に姿が見えなくなっていた聖騎士は、信志のすぐ真後ろに立っていた。

 信志の周りには空き瓶の空が散乱している。気がついた時には、仲間の分の魔法瓶も含めて使い果たしていた。傷が酷かったことで、冷静ではいれなかった信志は早く、もっと早く治したいその気持ちで全て使い切っていた。


  「信ちゃん逃げて!」


 寿音の声が聞こえた。最後の最後まで優しく、信志に安全の道を歩かせるために声をかけた。

 声を聞き我に返り振り返ると、聖騎士は剣を中段に構えていた。


  (ダメだ……もう魔法瓶がない……ここでみんな死んで……いやダメだ。仲間は、絶対に失いたくない。寿音はもう二度と失いたくない)


 いつの間にか聖騎士の剣は信志横腹に近づいていた。だが信志の右手が動いていた。みんなの悲鳴が聞こえる。その中で一際大きく、キーン っと耳が痛くなるような音が鳴り響く。


  「絶対に仲間には手出しさせねぇぞ!」


 その言葉は信志の口から出ていた。


(あれ……?俺、なんでこんな……)



 信志は聖騎士を前蹴りで飛ばし距離をとると、剣を片手で握りしめ、両手を広げていた。

 自分の考えとは別で体が動いているような、まるで操られているように。


(ど、どうしたんだ!?俺、俺のからだ……だよな……)



 両手を広げ仁王立ちになっている信志は、微かに黒いオーラを放っているような、体には黒いモヤがまとわりついている。

 聖騎士は蹴りを入れられた露出した腹を腹部を悶えるように抱えて(うずくま)っている。見れば寿音が攻撃した鎧にのように、黒い染みが付いていた。


  「これ程までの闇の力を有している者がいたのか……これでは仲間に向かい入れるどころの話ではない」


 それでも聖騎士は立ち上がり、剣を握る手に力を込める。

 この時信志は思った。もっと、もっと強い力が欲しい。そうすれば仲間が、今大切だと思える人が守れると。


 すると体の奥底から、(かせ)を外したように一気に解き放たれる。全身を(うっす)らと覆っていたモヤは激しく波打ち、視認できる程に色を強くした。

 信志は数メートルの距離を一瞬で抜け、聖騎士に肉薄する。聖騎士に負けず劣らずの速度で剣を振り下ろす。完全に意表を突いたと思われた攻撃だったが、さすがは聖騎士と言うべきか、瞬時の判断で膝を軽く曲げて上体を反らして剣をかわした。


 聖騎士は半歩下がり、腕を振るだけの距離を確保すると、剣を振り下ろしガラ空きとなった信志の脳天めがけて一振り。攻撃を予期していたように体が動き、切り上げる剣がぶつかり火花を散らす。

 意識は追いついているし、体は思い通り以上に動かすことができる。


(い…ける……いける!これなら、勝てる!)


 聖騎士の攻撃を愛剣で弾き、反撃をするも踏みとどまる聖騎士。両者の剣は本体に届く前に全て防ぎ防がれる。

 お互いに繰り出す剣技には重みがあり、触れ合う鋼の高鳴る音とは別に、足場にヒビが入るミシミシといった音も聞こえてきた。


 足場が不安定になる前に、聖騎士は体を倒しながら信志の攻撃を紙一重で避け、右足で回し蹴りを入れる。蹴りの威力も凄まじく、蹴られただけなのに足は地面から離れる。

 地面に足が着くまでに追撃がなかったのは幸い、防御した時の腕は軽く痺れている。


 追撃をしなかった聖騎士は、剣を地面に突き立てて肩で息をしている。これが演技でないことは自然と理解できた。正々堂々、正面からぶつかってくる聖騎士が相手を騙すような事をしないと感じていた。


 だが、仲間を守るため、生き残るためには聖騎士を倒さねばならない。

 信志は聖騎士に向かって一直線に走っていく。飛ばされたことで空いた距離は、約五十メートル。通常なら七秒程で走り抜けることができる距離だが、今の信志の身体能力だと、初速から段違いの速さで駆け抜け、三秒とかからずに聖騎士に詰め寄った。


 三秒。その間に聖騎士は地面に突き刺した剣を抜き、剣先から十を超える電撃を放つ。電撃は不規則に動きながらも、的確に信志を襲ってくる。

 その全てをかわした信志は、狙いを聖騎士から聖騎士の剣に変えて、それを悟られないように斬り上げる。


 限りなく体に近く迫ってきた一閃は、疲弊してきている聖騎士には防ぐ以外に道はなかった。

 信志の剣に対して聖騎士も剣で返す。


 剣同士が交わりかけた瞬間、信志は手を返して聖騎士の剣を弾く。不意の出来事に聖騎士は狼狽する。そしてがら空きになった胴体に、硬く握りしめた拳を全力で振りかぶった。

 聖騎士の腹筋はコンクリートの壁を殴っているのかと錯覚するほど堅いが、片手をくれてやる気持ちで振り抜いた。


 倒れることはなかったが、しっかりと踏ん張っていても五メートルは後退した聖騎士の腹には、黒い痣が浸食していく。


「ハァハァ、後もう一押し」


 誰に言うでもなく、自然と口から漏れていた。

 お互いに限界は超えている。それでも今を生きる力は信志の方が強い。


 だが、体が動かなかった。それは肉体が限界を超えたとかではなく、聖騎士による攻撃だと瞬時に理解した。

 見れば聖騎士は剣を地面に当てている。


 今までの聖騎士の攻撃を振り返ってみると、落雷や放電といった大胆な攻撃をしてきていたが、寿音の足を拘束したように、繊細な攻撃も可能。

 今回のは更に繊細、神経を研ぎ澄ませている信志に悟られないように、全身を麻痺させていたのだ。


「くそっ……!なんで……動け、動けよ!」


 両足を叩いてやりたい気持ちだが、腕すら動かすことができない。

 動けない信志にと違い、聖騎士は一歩づつ近づいてくる。


 十歩も歩けばその剣は、無抵抗な信志の無慈悲に首をはね飛ばすだろう。

 フラフラとはしているが、着実に一歩づつ距離を詰めてくる聖騎士。


 九、八、七……。


 絶望へのカウントダウンが始まった。


 六、五、四……。


 残りの歩数は、信志の希望と、人生の時間とが比例しているように感じた。

 死ぬ時に走馬灯を見るというが、記憶がフラッシュバックすることはなく、ただ静かに、誰も喋ることがないということを感じていた。


 そして。


 三……二…………。


「……どうしたんだよ」


「……」


「そこじゃ当たらないぜ」


「……あぁ」


 ようやく口を開いた聖騎士。次の瞬間、黄金に装飾された、煌びやかな剣は聖騎士の手を離れた。


「私は、どうやらここまでらしい」


 何を言っているのかと思ったが、聖騎士のその姿を見て、理解した。

 信志との戦闘で受けた漆黒が、体中を斑に侵食している。


 侵食速度が速かったかどうかはわからない。ただ、白い肌の割合の方が少ないのが見てとれる。


「やっとーーー」


「ただ、私は貴方と剣を交えてよかった」


 なぜ笑みを浮かべているのか、わからない。今の今まで全力の殺し合いをしていたとはわからないほど、優しい笑み。


「なんだよ……」


「これだけの闇に汚染されれば、聖騎士である私の体はもう持たない」


「俺の勝ちってか……」


「うむ、私の敗北だ」


 そして、聖騎士の体が光に包まれる。魔法瓶を使った時のよう、光に包まれる体は、色を失った体は体という存在自体を薄めていき、そして光の粒子となり霧散した。


「……勝ち逃げってかよ」


 聖騎士が姿を消したのと同じくして、信志の周りを覆っていた闇は消え失せ、そして、意識も遠のいていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ