ついに明日
四十八階は安全地帯になっていた。
「さすがにに安全地帯多すぎだよな」
純が呟いた。信志と俊哉はあまり分からないがら純は前からここにいたからよく分かっている。二回に一回のペースで安全地帯があるなんておかしすぎる。
「そろそろって感じなのかもしれないわね」
蓮花も同じだ。前の安全地帯でも蓮花は疑い始めていた。
「最終決戦ってやつか」
信志も十分に理解している。そろそろ最終決戦があるってことは、薄々分かってきていた。やっと外に出れるだが、最後の敵がどれだけ強いかも全く検討がつかない。
最悪の場合は全員がここで死ぬこともあるかもしれない。
ピリピリした空気の中で、各々は自分なりに思考を働かせ、今後の展開を考えていると、家の前まで着いていた。
今回のも前回と同じく平屋だ。ドアを開け中に入ると、妙なものがあった。
「看板?なのかな?」
その妙なものに、一同は動きを止める。そこに書かれていたのは。
{次の階が最後の戦いとなります。今日までお疲れ様でした。ご健闘を心からお祈り申し上げます。}
「予想的中ってか」
純の口調にも覇気がなく、いつものチャラけたオーラも出ていない。
「す、すごい丁寧ですね」
「そんなことは今はいいわ、早く休みましょう。寝る前にミーティングでいいんじゃない?」
蓮花の提案に全員が首を縦に振る。ゴブリンと戦った時、あの時は結局ミーティング無しで、一人大切な仲間を失ってしまった。
もう二度と誰も失わずに、最後まで戦い抜くために、今夜のミーティングは必須事項だ。
部屋割りは前回と同じで、純の部屋に集合で、散開した。
その夜、各自の用事が済むと全員純の部屋に集まった。
「よーし!ミーティング開始だ!」
「気合入りすぎよ」
いつも通りの純と蓮花のやり取りに、信志は少し安心した。
ピリピリした状態で解散し、その状態でのミーティングは、耐えられる自身がなかった。
「寿音、何か策はある?」
始めに切り出したのは信志。寿音なら、次に何が出るか、その特徴までわかっているだろうと踏んだからだ。
「そうね前階で天使が出てきて、その前は吸血鬼、この流れだとたぶん……聖騎士かな。別名勇者、が出てくるかも知れないわ」
「やっぱ聖騎士ってのは強いのか?」
純が恐る恐る聞く。寿音の人外な強さに、天使はキチガイだったが、寿音がいなかったらまず勝てなかっただろう相手だ。
純の表情が曇るのもよくわかる。
「強いなんてものじゃないわ。聖騎士は向こうの世界だと、一番強いと言っても過言じゃないわ」
「待って寿音ちゃん。向こうの世界って……何?」
「信ちゃん……言ってなかったの?」
とっさに目をそらしてしまった。
「い、いやぁ、なに。話したような……ってね」
アハハ と誤魔化して話を続けさせた。信志は向こうの世界のことを知っているから、てっきりみんなにも話していたかと思っていた。
「向こうの世界の名前はβ世界といって、向こうの世界ではこっちの世界のことをα世界と言うの」
世界が二つあるなんて考えたこともなければ、そんな思考になることもない。
改めて話を聞くと、信じられないといった気持ちが少なからず出てくる。
「β世界には2つの大きな勢力が争ってるの。一つはカオスが統治してる闇の世。もう一つは私や天使がいるコスモスが統治してる光の世界。お互いが丁度同じぐらいの力だから勝つことも負けることもないんだけど、ここ数年でα世界のことが分かってきて、コスモスはこの世界の人で才能がある人を引き入れようとしてるの。だからダンジョンが出てるのよ」
「なるほどなβ世界の事情で、こっちのα世界のを巻き込もうとしてるってわけか」
純がまともなことを言ったことに対しては、誰も何も言わなかったが、寿音が暗い顔をして喋った。
「ごめんなさい。無関係な人を沢山巻き込んで……私ももともとはα世界で生きてたからわかるんだけど、β世界でも生活してたら……その……」
「寿音ちゃんが謝ることはないぜ、問題は俺たちがここを出れるかどうかそれだからな!」
純の言葉で寿音の顔にも明るさが戻ったようで、ミーティングの続きが行われた。
「話を戻すけど、もし聖騎士が出てきたとしたらたぶん、私たちじゃ勝てないわ」
「それは純粋に力比べをしたらってことでいいのかしら?」
蓮花が冷静に分析し、的確な意見を返す。
「そうよ力では勝てなくても、策を練れば勝てないことはないの」
策を練れば勝てる。その言葉が聞けて安堵する。相手の手の内が見えているポーカーをしているのと同じだからだ。
そのためにも情報が欲しい。
「聖騎士の弱点とかはないんですか?」
俊哉も協力的に参加し、質問する。自分の立場と考えてもまずは、強敵を倒すことを優先するべきと判断したようだ。
俊哉の質問に、寿音は即答した。
「基本的には無いわ」
弱点が無くて、力比べでも負けるなんて勝てる気失せてくる。
「でも、一つだけあるわ」
希望を失いかけてた全員が、寿音の一言に食いついた。
「聖騎士は純粋に光の騎士だから、闇に汚染されると力が発揮できなくなるの」
「闇ってことは、暗闇とかか?」
「いや、β世界には二つの勢力があるって言ったでしょ?聖騎士がいるコスモスとは別の、カオスの勢力下にいる生き物ならもしくは……」
「そのカオスの生き物がいないんじゃなぁ……」
純の指摘は正しかった。寿音は吸血鬼でコスモス側、この中にはα世界の人しかいない。となればカオス側のという案は白紙にするしかない。
「一つ……、一つだけ考えがあるの。吸血鬼は元々は闇の世界の住人、だから上手くいくか分からないけど闇の力が使えれば……」
傍から聞いているだけだと、ただの中二病患者の集まりのように思えるかもしれないが、これが現実だ。
非現実世界で行われている、信志たちの現実。ここで死ねば全てが終わる。
そのために、リーダーの純は。
「まぁ俺たちは聖騎士とかよくわかんないから、寿音ちゃんの策に乗ったぜ」
仲間を信じることを選んだ。
リーダーのいうことに異議を唱える者は誰もいなかった。それは、リーダーとして、中心として信頼性されているがゆえのことだ。
ミーティングが終わり、それぞれ部屋に戻ると、また寿音と二人だけの時間になった。
「血吸うか?」
「うん」
明日が最終決戦の日、そのためには寿音の力が重要だ。いつも通りの量より、更に多く吸わせて力をつけて欲しい。
信志は上だけ脱ぐと、寿音の向かいに座った。
「……いいぞ」
「……うん」
服を脱いで向かい合っていると、妙に気恥しい。信志も目を逸らしているが、寿音の方も顔を赤くして明後日の方を向いている。
この時間が続かないことを願っていると、寿音の手が体に触れる。
吸血鬼だからか、寿音の体はヒンヤリしており、少し火照ってきた体には気持ちが良い。
寿音は手で体を支え、信志の顔のすぐ隣に自分の顔を持ってくる。
一瞬間を置いて チクッ と針が刺さったような痛みが走る。
「今日はいつもより多く吸っていいぞ。明日が最後だからな」
寿音は吸う口を一旦止め、無理に頷こうとする。歯が刺さり、固定しているので頭が動くことは無かったが、更に奥深くに犬歯が刺さり、痛みが増す。
そしてもう一度血を吸い直す。人の場合口に血が入ると鉄の味がすると言うが、吸血鬼からしてみれば美味しいのかもしれない。その証拠に寿音は吸う力を一段と強めて、チュチュッ と音を立てながら吸っている。
数分が経ち、満足するまで血を吸ったようで、寿音は口を離す。
「もういいのか?」
一応聞いておく。寿音は優しい子だから遠慮して終わらせたのかもしれない。
「うん、限度があるから」
「そっか」
吸血鬼のことは信志にはわからない。なので寿音が大丈夫と言っているので、信じるしかできない。
「この後純の部屋に行くけど、寿音も行く?」
「なんで?ミーティングは終わったんじゃないの?」
確かにミーティングは終わった。明日のボス戦でどうするか、だが、敵は味方の中にありと、俊哉のことについて話をしなければならない。
信志は服を着直しながら。
「いや、他のことでね」
寿音は一瞬表情を曇らせる。すぐに戻したが、信志は見逃さなかった。寿音が一瞬だが考えたことは、予想がつく。だがそんなことは絶対にない、ありえない。
信志は寿音の両肩に手を置く。
「心配すんな、お前のことじゃない」
そう言って信志は寿音の手を引きながら純の部屋へと向かっていった。
純の部屋にて、信志、寿音、蓮花、悠亮、そして純が輪を組み座っている。そこにいないのは俊哉だけ。
「明日の戦いが終わったら俊哉は俺たちを殺す。覚えてるよな?」
寿音以外の全員が頷くと信志は続けた。
「油断しないのは前提として、誰かが俊哉を見張っておかないか?」
最後の敵を倒した後は、絶対に油断する。それは、天使や寿音と戦った時、死に一番近い戦いをくぐり抜けた先の安堵は、誰だろうと受け入れてしまう。
その隙をついて不意打ちされれば、ここにいる誰だろうと殺られかねない。
そのための提案だったが、純が断ち切った。
「いや、俺は俊哉のことを注意しようってなってから、ずっと考えてたことがあるんだ。だから俺に任せてくれないか?」
自信ありげな言い方とは裏腹に、どこか悲しいような目をしている純に違和感を感じた。
だがそんなことより、作戦内容の確認と、蓮花が純に問いかける。
「その考えって何?」
「それは言えないな。ビックリさせたいからな!だけど絶対成功する!それだけは言える!信じてくれ!」
ここまで自信満々に言われると信じないわけにもいかない。ここにいる四人は俊哉の件は純に一任した。
話し合いは終わり解散した後、みんな明日に備えてすぐに床についた。