謎の少女2
金ダンに入ってから何日か経過しただろう。初めは仲間の怪我、次に仲間の死を目の当たりにした信志は疲労が溜まっていた。その上自分の過去に触れ辛い記憶と戦った。
だが、今。これから起こることの方が信志にとっては過酷な戦いになる。そう予感した。
少女はイタズラっぽく微笑むとコツコツと靴を鳴らし信志に向かって歩いてくる。
悠亮、蓮華、俊哉の間をスラスラと通り信志へと近づいていく。
「待てよ」
そう言うと信志の一番近くいた純は少女の前に出た。
フォースで体を包み万全の体制で少女の前で仁王立ちをする。
「退いてあなたには興味無いわ」
そう言うと少女は純の横を通り信志に近づこうと再び歩みを進める。
「そうは行かねぇぜ。お前と信志の関係はわからんが、仲間に手を出そうとする奴を放っとくわけないだろ」
仲間思いの強いからこそ出た言葉を恥じることなく言ってのける純は腕を掴む。反対に少女は純を冷めた目で見ると、掴まれた腕を逆方向に曲げた。
ゴキッ っと不快な音が響く。直後純は腕を抑えながらその場に膝をついた。
小柄な、小学生程度の背丈の少女が青年の腕を折るなんて普通じゃ考えられない。
信志はその場から離れようとしたが足が動かなかった。いや、動けなかった。
「ねぇ信ちゃん私のことどのぐらい思い出してくれた?」
少女が近づいていくる。信志もだが、この場にいる誰もが動けなかった。
まるで時間でも止まっているような中で、一歩また一歩と少女はついに目の前で止まると、つま先を上げて顔を近づけてくる。
「名前、思い出した?」
焦る気持ちを抑え、一呼吸おいて。
「……あ、あぁ、思い出したよ。柊寿音。俺と同じ事務所で、しかも家も隣同士だった幼馴染みだ」
つい先刻人の腕を折ったとは思えないほどの笑顔を見せる。可愛い笑顔だが、帰ってきた言葉に戦慄を覚える。
「思い出してくれたんだ!嬉しいな。じゃあ、信ちゃん家がしたことも覚えてるよね?」
今の今まで凍結させていた記憶が蘇り、全てを思い出した。自分が昔してしまったこと、寿音と過ごした時間の全てを。
「お、俺がお前を……殺した……」
楽しかった記憶はある。だが、あの最悪の事件を思い出し血の気が引いていくのがわかる。胃液が逆流してくる気がし吐き気がする。
「その様子じゃ今の今まで忘れてたんだね」
寿音は顔をしかめ少し困ったように頭をかきながら続ける。
「でも私は優しいから許してあげるよ」
決して許されることない罪を水に流すと言っている寿音に視線を向けると、優しく微笑みながら信志に身を寄せてきた。
怖い。恐ろしい。信志は寿音に恐怖を感じている。それは、純を一撃で沈めるほどの力があることもだが、まずこの少女が生きているということに。それに都合よく許されるということに。
「私ね、実は信ちゃんの事が昔っから好きだったんだ」
恐怖のあまりに増大していた吐き気になんとか収拾がついてきた頃に爆弾発言。この状況で言われても思考が全く追いつかない。
頭が真っ白になるとはこのことだろう。何も考えられない。いや、何を考えたらいいのかすらわからない。
「だから、信ちゃんも死んで私と一緒に吸血鬼になってさ、これからはずっと一緒に仲良く楽しく遊んで暮らそうね」
そう言うと寿音は信志の首に手を回して、刃物のように鋭い爪を首筋に立てた。
(吸血鬼……死ぬ……一緒に……なんだそれ。わっかんねぇ……けど、死ぬならもう考えなくても楽になって昔のことも忘れられれば……)
((また逃げるのか?俺の時みたいに。なっさけないな、あの時の覚醒は嘘だったのか?逃げるための口実だったのか?……もう逃げるなよ。寿音は死んでからもずっと、ずっとお前のことを考えてたんだぞ。なのにお前は寿音のことを忘れてたんだぞ!?そんなに寿音のことが嫌いだったのか?本当は違うだろ?本気でぶつかってやれよ))
頭の中に直接聞こえてくる声は、自分と同じ声をしている。それは影が喋った声だ。
その通り、当時の信志は寿音のことが嫌いではなかった。むしろ好きに近い程仲良くしていたくらいだ。
好きだったがゆえに受け入れたくなかった現実に、背を向けてずっと逃げ続けてきたが、もう迷わない。前 背を向けていた現実に百八十度向き直り歩き直す。
過去の自分に助けられっぱなしだが、今はそれでいい。いつか胸を張って立派な大人になったと言える時が来るまでは。
「信志君!」
自分の名前を呼ぶ声が響く。気持ちを切り替えて、考えをまとめた信志は声のした方を見る。純より遠い位置にいる蓮花ががら空きの寿音の背中に向かって光の玉を投げた。
声が聞こえたからか、元からわかっていたのかはわからないが、寿音はぎりぎり光の玉をかわす。だが蓮花とてここで戦い抜いてきただけのことはあり、光の玉は寿音を追跡して爆発した。
接触したのは左腕、見ると赤く火傷して服の袖もボロボロになっている。
「ちっクソアマ」
攻撃されたことへの怒りと、信志との時間を壊したことによる怒りから、可愛らしい少女にしては汚い言葉が漏れる。
寿音は蓮花に狙いを定めて睨みつけると、負傷した左腕に右手を覆いかぶせるようにする。すると右手のひらが緑色に発光し、火傷したはずの左腕がみるみるうちに元に戻っていく。
「蘇生魔法的なやつね流石に服は戻らないっぽいけど」
「怪我は元に戻るけど痛くないわけじゃないのよ」
未だに視線は蓮花に向いたまま。純がやられたように寿音の力は一人で戦って勝てるわけがない程に強力だ。
「人間ってのはそんな道具に頼らないと戦えないのよね。ほんっと弱い」
音が途切れると同時に、寿音は蓮華の方腕を切り落とした。最悪だ。考えてはいたが体が追いつかない。
蓮華も何が起こったか一瞬わからないようだったが、気づいた時には全身に渡る痛みは計り知れないものだ。
「ほーら、こうしたらもう何もできなーい」
寿音の呑気な声と共に痛烈な悲鳴が耳に響く。切り口からは鮮血が噴き上がる。切り落とされ地面に転がった腕は止め処なく溢れる血に染まっていく。
悠亮は蓮華に駆け寄ると瓶を取り出し中身を飲ませようとした、だが寿音が瓶を叩き割ってしまった。
「魔法瓶なんて使わせるわけないじゃん」
ちっ と悠亮は舌打ちをしながら大剣を振った。二回、三回と振るが全ての攻撃がかわされ、寿音の反撃で鋭い爪が伸びた左手が悠亮の脇腹に刺さる。
悠亮の口からは血が垂れてくる。内臓器官をやられたのだろう。蓮花に続いて悠亮まで重症となる。
「君はどうするの」
俊哉は話しかけられたが無言で俯きその場に座り込んだ。
いくら子役といえ小学生が、ここまで悲惨な現場を目の当たりにしたら動けるわけがない。
「やっぱり魔力の使い方がなってないわね。雑だし無駄が多い。こんなのでよくここまでこれたわね」
ハァ とため息をつき寿音は呆れ顔をしながら首を横に振り、改めて信志の方へ歩き出した。信志は更に後方に飛び寿音から距離をとると剣を握り直しボタンを押す。
フォースが体を包むのが分かる。剣を体の前で縦に構えた。
「聞きたいことがあるんだが」
「いいよ。なに?」
「魔力ってのは多分フォースって呼んでるやつだとは思うけど、吸血鬼ってなんなんだよ」
「あぁそれね、私吸血鬼なの。向こうの世界で目が覚めた時には吸血鬼になってたのよ」
「向こうの世界ってのはなんだ」
更に問いかけると、驚いたように両目をパチパチさせる寿音。
「それも知らないの?何にも知らないのね……無理もないかも知れないけど。向こうの世界ではここ数十年でこっちの世界のことが分かったのよ。だからダンジョンを作り出してこっちの世界に干渉してるって訳」
現実離れしているといえば金ダンもそうなのだが、もう一つの世界なんて無いとは言いきれない。
だから今はそういうことにしておくが、もう一つずっと引っかかっていたことを聞いた。
「よくわかんないけど世界が二つあるってのは分かった。けどなんで生き返ってるんだ?」
「こっちの世界で死んだ、恵まれない子供たちは確率で向こうの世界で生き返るのよ。種族は選べれないけどね」
寿音は説明をしながらも地面を強く蹴りだし急接近してきた。寿音との距離が近ければ即死だっただろう、左手を突き出してきたが剣で受け止め鍔迫り合いになる。
「そんなことどうでもいいからさ死んじゃってよ。そしたら向こうの世界で一緒に暮らせるよ?昔のことはそれでチャラにしてあげるから」
寿音の蹴りが横腹に入り、左手から一瞬だが意識が逸れる。その隙を逃さなかった左手は顔の間近に迫っていたが、急いで左に飛び避ける。だが狙われた攻撃を無傷で回避することはできず、頭をかすめ血が滴る。
血が目の中に入らないように祈りながら剣をナイフ程の長さにして回避するのにとった距離を一気に詰める。
寿音も地を蹴りお互いの距離が縮まる。信志はナイフを横に振り寿音は左手を縦に振りぶつかり合う。普通じゃ考えられないが、ナイフと左手が接触したことで火花が散った。
普通が通じないのが金ダンだ、この程度の驚きは慣れたもの。もう一度鍔迫り合いになるかと思ったが、当たりどころでも悪かったのか、手の甲が少し切れて血が流れている。これには寿音も驚いたようでお互いに距離をとる。
「やるね信ちゃん」
寿音は苦笑しながら左手の傷を治すこともなく更に押してくる。今度も左手を信志の顔を突き出し、刺そうとしてきた。反射的にナイフで受け止めようとしたが左手はフェイク。がら空きになった腹部に勢いよく膝蹴りが入った。
フォースを身に纏っているとはいえ、ここまで力が強ければ生身と変わらないほどに脆い。
蹴られた腹を抱えてその場にうずくまると、何かこみ上げてくるものがある。それは、食道を逆流し口内から溢れ出す。口を手で抑えると真っ赤に染まっていた。
その間にも寿音は近づき左手を上げた。このまま振り下ろせば確実に信志の首は飛ぶだろう。それだけの力が今の寿音にはある。
上げた左手を振り下ろそうとした時、絶望的だが信志も諦めてはいなかった。痛みをこらえて力いっぱい地を蹴り寿音に飛びつき押し倒す。
傍から見れば完全にやばい絵面になっているだろう。青年が少女を押し倒すなんて刑事沙汰になってもおかしくないが、今はそんなことはどうでもいい。自分の重さに加えて全力で抱きつき動きを封じる。
「信ちゃんだいた〜ん」
寿音は喜んでるようだが信志からしたらかなり辛い。吐血しているということは体の内側がやられているということだ。それに突起物が肺をグイグイと押している。肋骨が折れたようだ。そんな中でうつ伏せで押さえ込むなんて自殺行為に等しい。
折れた肋骨が肺にでも刺さったら呼吸困難で死ぬだろう。だが何もしなくても死ぬなら最後まで足掻いた方がいいと信志は腹をくくっていた。
「そんなに強くハグしなくてもいいよ、激しいのは嫌いじゃないけど……。私も好きだよ」
少し勘違いしてるようだが動きが止まるならいいと思い、打開策を考えようとしたが、安い考えをしていた。寿音の方も力を込めて信志に抱きついてきた。
もう一度それは食道を通って口外へ吐き出される。また血を吐いたということは更に内蔵に大きな負担がかかったということだ。
それに骨が軋む音が不愉快に伝わる。どこかの骨が粉々になっていっているんだろう。それに伴いだんだん力が入らなくなってくる。
力を込めているが抑え込み始めた頃の半分以下の力しか出せていない。寿音は信志を横にどけると立ち上がった。
「信ちゃん大丈夫……じゃないよね、今楽にしてあげるからね」
そう言うと信志を仰向けにして馬乗りにする。小学生程度の重さだが、今はその何十倍にも感じ、意識が遠のいていく。外傷はないだろうが中身はもう限界を優に超えている。
寿音の両手が首に回る。こんな状況だが、その手はひんやりしており気持ちいい。それと同時に次第に呼吸ができなくなり……、視界が揺らいで、今にもぷっつり意識が切れそうに……。
(俺……死ぬのか……。もう動けないし……短い人生だったな)
今度こそ絶体絶命で諦めかけていた時、どこからか熱を感じた。体の中が熱くなったとか力が湧いてくるとかじゃない、体外からの熱だ。何かと思い閉じかけていた目を無理やりこじ開けると、馬乗りにしていた寿音が燃えている。
「な、何が起こったんだ!?」
その言葉とともにもう一度吐血してしまったが、純が駆け寄ってきた。瞬殺だった腕は治っているようだ。
「大丈夫か!?くっそこんなにしやがって……。今治してやるからな」
純は涙をこらえながら瓶の中身を飲ませてくれた。すると白く温かい光に包まれて内蔵に肋骨、その他負傷した箇所が治っていく。
完治するのに時間がかかると判断した信志は、その時間がもったいないと思い、立ち上がり状況を確認する。
「他のみんなは?大丈夫なのか?」
聞きたいことが山ほどある。だが純は。
「大丈夫だ」
その一言だけ喋った。だがそのたった一言だが信志は心の底から安堵した。
寿音の方を見ると蓮華と悠亮と俊哉が戦っていた。三対一でもこちら側が劣勢だ。その戦いを見ていると寿音の強さがどれほどのものかが伺える。
「そういえばなんでみんな回復したんだ?悠亮が瓶を使おうとしたら寿音に叩き割られたのに……」
「あぁ、あの時俊哉は何もしなかっただろ?あいつは演技はうまいからな。怖がって座った振りをして、それで寿音って娘の話を聞いていたら魔術の使い方がなんだとか言ってたらしくて、それであいつ鞭を蛇みたいに這わせて全員に瓶を飲ませたんだよ。それに鞭伝いに話までできるとなりゃほんと便利だよな!」
純のマシンガントークとまではいかないが、早口で少し興奮気味に話している内容を整理すると、今回は俊哉の手柄だ。
俊哉がいなかったら全滅してただろう。だがやはり俊哉が俺たちを皆殺しにするって話が引っかかる。感謝はしているが常に気を抜かないようにしないといけないだろう。
蓮華の方を見ると劣勢ではありながらどうにか粘っている。
寿音の人外な連撃を悠亮を先頭に俊哉と蓮花で援護しながら戦っている。ここにあと一人入れば戦況は大きく変わるだろう。
「俺は向こうに混ざってくるけど、信志はもう少し休んでろよ」
純は粘っている仲間の元へ駆け付けるく走り出す。
((なぁ、これでいいのか?))
(いきなりなんなんだ?)
((寿音は純粋にお前とずっと一緒にいたいから頑張ってると思うんだが))
(それは……あいつと話してみてよく分かったよ。俺のことがどれだけ好きだったかも)
((俺はさ、寿音はまだまだ子供だと思うんだよな。自分のしたいことのために全力になって))
信志は黙り込んだ。
((また寿音を死なせるのか?見てみろよ純が入ってから戦況が大きく変わったぞ))
純が入ってから劣勢だった状況が優勢になり逆に寿音押されている。このままの状況が続くと回復をする間もなく負けるだろう。
((ほんとうはどうしたいんだ?))
(俺は……いや、だがーーー)
寿音の右腕が飛んだ。鮮血が純の顔に散っているのを見ると純が切り落としたのだとわかる。これで治療できなくなった上に、寿音の言うところの魔力も無くなりそうなのか、動きも鈍くなってきている。
この時信志は昔のことを思い出していた。寿音との楽しかった記憶は少なくない。信志少年の記憶の中にはほとんどといっていいほど寿音がいる。厳しい稽古を受ける時もご飯を食べる時も一緒に風呂に入ったこと……、はいいとして、その楽しかった記憶を一度失っている信志ならどうしたいのか答えはもう既に出ている。あとは行動に移すだけだ。
信志は立ち上がり純たちの方へ歩き出した。
「あと一押しだ!みんな頑張ってくれ!」
右腕の無くなった寿音は動きが鈍くなっていた。出血も酷く辺り一面は血まみれになっている。左からくる純の槍を掴み右からきた悠亮の足に刺す。
だが蓮華の攻撃をかわそうと動くと俊哉の鞭が動きを止めてくる。光の玉でじわじわと体力が削られていく。
「……なんでこうなんの」
寿音は涙混じりに呟いた。
「私は信ちゃんと一緒にいたかっただけなのに……ひゃっ!?」
弱音を口走ったところで自分の血の水たまりで足をすべらせた。その隙を逃すまいと純は左足を刺し悠亮は右足を切り落とした。
もう勝敗は決まっただろうこのまま寿音が殺されてこの階は終わりだ。寿音は必死に逃げるが、もう壁まで追い詰められ逃げ場はない。
「チェックメイトだぜ」
純は槍を振り下ろした。肉が裂け骨が砕ける音がするかと思ったが、響いたのはキーンと金属同士がぶつかる時に起こる高い音だった。
「退けよ、信志」
信志が寿音と純の間に割って入っていた。寿音に殺されかけたというのにかばっている、頭でも打ったのかと思われた。
「もういいだろ」
信志が喋る。
「俺はもうこれ以上大切な人を失いたくない」
「おい!!俺たちのことは大切じゃないって言うのか!?」
「違う!そうじゃない!そうじゃないんだ……、ただ俺はもう寿音には苦しんで欲しくないんだよ」
「信志君退いて。ここでこの子を殺っておかないと私たちの方が危ないのよ」
蓮華の目は完全に殺しに行く目だった。だがそれは蓮華だけでは無かった。純も悠亮も俊哉に関しては言うまでもなかった。
正直この四人を説得できるとは思えない。どうしたらいいか悩んでいると。
「信ちゃんもういいよ」
背中から声が聞こえる。諦めた声が、信志が一番聞きたくなかった声が聞こえてくる。
「やっぱり信ちゃんは優しいね、私はもういいの……私は最後にまた信ちゃんに会えただけで嬉しかったよ」
振り返ると寿音は満面の笑みで涙を流していた。寿音は刺された痛みを感じさせない程器用に立ち上がると、ケンケンをしながら純に近づいて行った。
「すまんな信志、悪く思うなよ」
純も苦しそうな顔をしていた。本心は仲間を苦しめるようなことをしたくない優しいやつだからだ。だが、その仲間を一人でも守るための策だ。そして、槍を振り下ろした。
こんな形で終わっていいはずがない、こんな形で終わらせていいはずがない。決めたはずなのに。だが終わらせないために純を切ることはできない。ならこうなるしかないだろう。覚悟を決めた体は、自然と信志の願っているように動いてくれ、振り下ろされた純の槍は信志を貫いた。
「信志!」「信ちゃん!?」「信志君!」「信志」「信志さん!?」
様々な呼び方で自分の名前が一斉に呼ばれた。この戦いで何度目になるだろうかまたしても口から血を吐いた。
「今度は助けられた」
辺りが揺らいでいく。目が回ってる訳じゃない自然に涙が出ていた。刺されて痛いから出た涙じゃないことは自分自身が一番よくわかっている。やっと、やっと寿音のことが守れたことが嬉しくて出た涙だ。
「お前ら信ちゃんになんてことしやがるんだ!!!」
寿音は怒鳴った。汚い言葉で罵声を浴びせた声が枯れるまで……そして意識が途切れた。
目を覚ますと一番最初に見えたのは寿音の顔だった。第一声に 信ちゃん そして大粒の涙がぽたぽたと落ちてくる。
寿音が助かったことは良かったが、他の人たちが見当たらない。まさかあの後寿音が皆殺しにでもしたかと思い起き上がると。
「他のみんなはなんで遠くにいるんだ?」
視線の先には壁際に座っている四人の姿が見えた。
「うん、じゃんけんで勝ったから私が看病することになって他の人は寄ってこないの」
じゃんけんとはシンプルだと思った。いや、じゃんけんで決めていいことなのか……?
そこはいいとして、今一度気を失う前の出来事を思い出す。
「そうだ寿音の方は大丈夫か?沢山怪我したんじゃ……」
「大丈夫よ、ちょっと信ちゃんの血を飲ませてもらったから。勝手にごめんね」
「あぁ、吸血鬼だもんないいよ血ぐらい吸っても」
吸血鬼だから仕方ない。血を飲んで元気になれば何よりだ……。何かがおかしい。
吸血鬼で定着しているが、もう一度ちゃんと一から十まで説明してもらわないと本気でわからない。
「それよりこれからどうするんだろう」
「そのことなんだけど」
信志が起き上がったのを確認したのか純が近寄ってきた。
「すまなかった。お前刺してしまって俺はーーー」
「いいよ俺のことは気にしなくて」
純の言葉をさえぎるように言うと、信志はニコッと笑った。
「それよりこれからどうするんだ?」
「俺らは上を目指す。それは変わらないが寿音ちゃんも連れていくことにした」
純の口から衝撃の発言を聞いて一瞬固まったが、高速で思考回路を回し整理した。
「寿音も連れていってくれるのか!?てか寿音は俺のことはもう殺さなくてもいいのか?」
「私はもう諦めたからいいの。ここから出れたら一緒に住むのが条件だけどね!」
「俺たちも寿音ちゃんが敵じゃないなら問題ないさ。強力な助っ人だしな」
純は威張りながら言った。
「じゃあとっととここから出ようぜ」
喋り終わると立ち上がり他三名がいる所まで歩いていった。