始まりのダンジョン
目が覚めた時。それは不思議な感覚だった。普通なら暖かい布団の中で、まだ眠いとか思いながら起きるものだ。
しかし、今は違った。髪が激しく揺れているのは何故だろうか?風を切る音が聞こえるのは何故だろうか……?
「ちょ、ちょっと、待ってくれぇぇぇええええ」
周りは暗くて何も見えない、しかし自分は落ちている。奈落の底のような深い闇の中を、真っ逆さまに落ちている。
(やばいやばいやばいやばい……ッ!!)
覚醒した時には落ちているなんて普通では考えられない。このまま落ち続ければ、待っているのは死ーーー。
その最悪な状況が脳裏を過ぎった、その時。頭から柔らかいマットのようなもので、受け止められた。
「あれ? またしても新人さんかな?」
急展開過ぎる状況に、何が何だかわからなくなった俺は、急に男の人の声がしてビックリした。
周りは暗く、状況が全く分からないので、現状を把握する為に聞いてみることにした。
「あの……ここはどこですか?」
「ここはだな……聞いて驚け……なんと金ダンの中さ!」
焦らして焦らした後に出てきた言葉に、暗闇の中一瞬時が止まったかのように静寂が訪れた。
そんな事があるわけが無いと分かっているから、思っているからだ。
「え、あー、本当はどこなんですか?」
金ダンとは通称黄金ダンジョンのことだ。名前の由来は、一九九八年に、突如として世界中に多種多様な形で塔が出現した。
ある場所では生命を与えられたかのように大地からそのからだを突き出し伸び続け、またある所は現代の科学物理学では考えられない不思議な力で空中に浮遊しており、当時は連日世界中のニュースで報道されていた。
金ダンが出現してから、世界中の探検家や各国の精鋭部隊が調査のために入っていったが、出てこられた者は誰一人としていなかった。
そんな中、金ダンが現れてから二十一年後の二〇一九年、にイギリスの探検家ポール・J・フォードンただ一人が生還した。その時の彼は左目と右足を失っていた。
無事ではないが、生還することのできた彼の言葉によると。
「恐ろしかったよ、金ダンの中には未知なる生物とそいつらを倒すための見たことのない武器があったんだ。僕は運が良かっただけさ、他にも人はいて僕は腰が引けて隠れっぱなしで、全部ほかの人任せにしてたのさ。最後の最後に皆死んでしまった僕は絶望したよ。もうここで死ぬんだって、そう思った時にいつの間にか消えてその生物は消えて、光が差してきたんだ。気が付くとダンジョンの外に荷物まとめていたって訳さ」
怯えながら言う彼の姿は、まるで虐待でも受けていた犬さながらに身体を震わせていた。
心の底まで恐怖を刻みこられた人間の姿は、世界中を震撼させるには十分すぎた。
「持ち帰ったものがいくら大金で買い取ってもらえるからって、あそこには入らなかったほうが幸せに暮らせたはずだ……」
ポールの持って帰ってきた金銀財宝や、未知の機械は全てとんでもない大金と交換されたのだ。
それが唯一金ダンを抜け出した人間のセリフ。
その点を踏まえて、もう一度俺は恐る恐る聞いてみた。やありえないという考えを持ちながら。
「本当は、どこなんですか?」
「本当よ。ここは正真正銘、金ダンの中よ」
突然の女の声に周りを見回すと、暗くて気が付かなかったが、正面向かって左側に女の人が立っていた。
少しづつだが暗闇に目が慣れてきたようで、周り見回すと四人の人影が見えた。
「てゆうか純、あんたもう少し丁寧な説明ができない訳? さっきの子は私がしたからって『今度は俺がしてやらぁ』とか張り切ってたくせにダメダメじゃない!」
「まぁまぁ、そんなことより自己紹介がまだだよな! 俺の名前は川上純だ! 純粋にまっすぐ生きてほしいとのことで純だ! で、この女は野口蓮花、そこの端っこに座っているのは磯崎悠亮、その少し離れたところに座ってんのが山寺理沙だ! 皆今は現役の高校生で、理由はそれぞれなんだろうけど……まぁなんだ、ここでは協力しないとマジで死ぬからよろしくな!」
自己紹介なら一人一人してもらった方が親切だと心の中でツッコミながら、純が右手を差し出してきたので俺はその右手を掴んで握手を交わす。
純の握力は俺よりも少し強く、どこか安心させるような力強さを感じた。
「俺は野守信志」
信志も自分の名前を名乗りーーー。
(待てよ、ここが本当に金ダンかどうか……)
肝心なところは結局分からなかったが、時間が経てば分かってくることもあるだろうと思い、もうそこには触れないようにした。
暗闇に完全に目が慣れたので周りを見渡す。右回りで一周していく途中で、まず初めに悠亮に挨拶したが彼は無愛想で反応することは無かった。
次に理沙に挨拶した。彼女はあたふたしているものの、自分も今来たばかりだと仲間を見つけた子犬のような眼差しを向けてくる。
そんな理沙も、自分が置かれている状況があまり飲み込めていないようで、三人に質問を投げかける。一人は当てになりそうにないが。
「何でここは一階じゃなくて三十八階なんですか?」
「ん……ッ」
触れないと思っていた矢先に理沙のこの質問。
ビックリしてしまい口から変な声が漏れ、周囲の視線が集まるのを感じ、顔が熱くなるが分かる。
「これはあくまで私の考えに過ぎないんだけど、元々その階に人がいたら一階じゃなくてそこに行くようにできているんじゃないかしら。下の階から扉を開けて上がっていくんだけど、一度閉まったら扉が重すぎてこっちからは開けられないの。それは向こうも同じだと思ーーー」
「そういえば、俺と蓮花と悠亮はもう持ってるんだけど、これを二人にあげよう!!」
真剣な話をしている中、突然割り込んで来たのは純。それも、悪びれもなしに勝手に話を進めていく。
「あんた人が話してる最中に入ってくるとか、ほんとわっかんないッ!!」
やはりそんな横暴が許されるわけもなく、蓮花が怒鳴る。
「まぁまぁ、蓮花も今俺が話してるの割って入ってきたじゃん」
純が言ったことは合ってはいるが、少し強引だ。
強引だが、蓮花は口をへの字に曲げてしぶしぶ黙り込んだ。それだけこれから純が話す事も大切だという事なのだろう。
純は自分の足元に置いてあったリュックから二つの何かを取り出した。山寺には折り畳み傘のようにしまってある木の棒の様なものを渡し、信志には竹刀と同じぐらいの長さの剣を渡す。
パッと見ポールが言っていた未知の機械では無いように思えるが、初めて手にする本物の剣に多少圧倒される。
「理沙ちゃん、それは前にここにいた人が使っていた道具で、確か……魔力を込めれば伸びて杖になって、魔法が使える…?はず…!!」
簡単に説明し終えると、純は体の向きを変えて信志と向かい合う。
「信志……お前のは特別だ」
その真剣な表情から見て取れるように、この道具は何か危ないような、そんな匂いがする。
二人の間に緊張感が生まれ、ゴクリと唾を飲み込む信志。
「実はだな……」
純は焦らして。
「実は……?」
「実は……」
更に焦らしてーーー。
この焦らし方、少し前に体験したようなーーーと、思った時。
「能力がわからん」
きっぱり言い切られて逆に清々しかったが、さっきまでの真剣な表情はどこへやら……。
自分だけ使い方のわからない武器でしかも、取扱説明書すらついていない。
(かなりヤバイんじゃね……?)
と、そんな心配をよそに純は話を続ける。
「いいか、二人ともここからが一番重要だ」
信志の最悪な予想通りの反応を見せた純が、またしても真剣に話し始めた。
この手にはもう騙されない。また上げたうえで落としにかかる、そうだろう。
「金ダンには普通の人間が戦ったら負けるような敵がほとんどだ。しかしだ、金ダンにある武器全てには人の体にある特殊なエネルギー、すなわちフォースを引き出す能力が備わっている。使い方によっては自身の肉体を強化したり、攻撃するときの威力を増大させたりすることができるんだ。フォースが尽きればその能力も使えなくなるから敵に殺されかねないから注意してくれ」
なぜか期待を裏切られたような気になる。今度は真剣に話し始めた純に驚いていると、いつの間にか背後に立っていた蓮花がーーー。
純の脳天に一発手刀を入れる。
「いってぇな!? いきなり何しやがる!」
「何がフォースよ!? そんな名前かどうかあんたもわからないのに、また勝手にぺらぺらと余計な事吹き込んで!!」
逆に怒鳴り返されて、純はまるで姉に説教をされている弟のように縮こまった。
それを見ていた理沙は、『その方が分かりやすいですよ』などと言って喧嘩を止めさせようとしている。
そんな学生たちの仲睦まじいやり取りを、耳から耳へとさらりと受け流し、信志は壁にすがりながらそっと腰を落として三人のコントを眺める。
(なんか、この人たち意外と緊張感無いかも……)
そんな事を思いながら三人+一人を遠目から見ているとーーー。
いきなり辺りがぱっと明るく光りだし、暗闇に目が慣れていたせいで目がチカチカして痛む。
不意の出来事に目をつぶったが、少し瞼を持ち上げて見ると、自分たちがいた場所は個室のようになっており、その先に開けた部屋があるのがわかる。
「とうとうきやがったか。早く安全地帯に行きたいぜ」
さっきまで仲良くキャッキャキャッキャと喧嘩していた純と蓮花の表情が、変わった。
(安全地帯? 何のことだ……? ここだって十分安全じゃないのか? それに未知の生物なんていなーーー)
そんなこと思った矢先、今までに聞いたことのないような獰猛な咆哮のような何かが聞こえた。
しかもその大きさ故に、空気が振動し、肌がチリチリとむずがゆくなる。
(おいおい……何だよ今の……ッ!?)
考える間もなく純が先行して走り出した。それに続いて、理沙と信志を最後尾にするように蓮花と悠亮も走り出した。
先の部屋に着くと、横を見れば端から端まで百メートルはありそうなぐらい広い。
そして天井を見上げると三十メートルはありそうだ、が、ドラゴン……!? 信志は目を疑った。
ドラゴンなんて空想上の生き物だと思っていた、だがここは金ダンの中らしいので、ありえないという事は無く何が起こるかわからない。
翼を広げて右往左往に飛び回るドラゴンに信志たちは立ち向かって行った。