第九十六話 闇が消える時
「なんかすげぇ霧になってたんだな」
「いや、先程から急に霧に包まれたのだ」
「漂流船らしきものが見えたのだ。そして皆が見ている前でどんどん白い霧が立ち込めていった。サイレンがなったのはその時だ」
帆船ちゃんと見る機会を見逃したコリー達に近くに居た人が説明してくれる。
周りの話を聞いていると、どうやらその漂流船とやらが異様なものだったと言うことだ。
中には骨が動いていたと言うものたちも居た。
「幽霊船ってやつじゃねぇか」
「話には聞いたことあるけど……」
船乗りたちの間ではたまに話題になるものだ。
それを題材にした冒険譚等もよくあるほど。
しかし実際に遭遇したというものは少ない。
海流の内側でも沈むものは少ないわけではないのだが、それらが全てアンデッドと化すわけではない。
なりやすいのは漂流して苦しみ抜いて死んでいった者たちが乗る船だ。
乗員全ての怨念が固まり、船そのものが魔物と化す。
風がなくとも海面を滑るように動き、一度接近されると乗り込まれやがては彼らの仲間となり海をさまよう……とされている。
「ま、……この霧に紛れて近づいて来るという感じか?」
「そうみたいだね。甲板とかに出てる人はもう全員入ってるだろうし、大丈夫じゃない?」
「出来ればもう少し骨のあるやつがいいのですがね……。これでは試験にもならないですよ」
「乗ってるのは骨だけどね?」
大きさも速度もこちらが上、霧に隠れた所でレーダーには映るのだ。
はっきり言って意味がない。
当然のごとく……。
ざわついている間にバルカン砲の音が響き渡る。
焼夷弾を使ったようで、霧の向こうで明かりが見え隠れし始めた。
更に数回の短い射撃の後、弾薬庫に直撃したらしい。轟音とともに燃える船影が霧の奥から現れる。
「勝ち目がないと踏んでラムアタックを仕掛けてくるつもりだな」
「でもまぁ……遅いよね。っっと……」
船が傾き掴まっていない人が転ぶ。食器などが少し割れたが、それくらいだ。
別にぶつけられて傾いたわけではない。
単純に速度を上げてラムアタックを回避した後に並走する形になるようにと旋回したためだ。
霧が晴れて、甲板が燃え盛る炎に飲まれた幽霊船が姿を現す。
既に霧を維持することすら出来なくなっているようだが、まだ戦闘の意思は有るようだ。
むしろ霧が意味が無いと見てその分の力を別なことに回すつもりか。
「お、おい、大砲を出してきたぞ!」
「大丈夫なのか?」
「こちらは最新鋭だろう?問題ないのではないか?」
そういう割に窓から離れないのは何故なのだろうか。
信用しているのか、それとも大砲を食らった場合にはどうなるのかがわからないだけなのか……。
ざわつき始めた室内に、またバルカン砲の音が響き……それが相手の大砲の位置で着弾しているのが見えた。
横一直線に煙の花が咲き、続いて艦内に響き渡る大きな大砲の音が聞こえる。
びっくりして目を閉じて屈んだ観客たちが次に目にしたのは……。
「何が……あったのだ?」
「いつあの大穴が空いたのだ!」
「見ていたが、恐らくこちらの大砲だろう。音がしたと思ったら突然あの船の腹に穴が……」
もう完全に瀕死だ。
いつ沈没してもおかしくない状況にある。
レールカノンによって射出された弾丸は、木で出来た船体を安々と食い破りあっという間に貫通して後ろの海に直撃し、大きな水しぶきを上げる。
貫通力の低い柔らかい金属を使った弾丸でもこれだ。外側の一部にオリハルコンで補強はしてあるが、基本的にぶつかった瞬間に熱量で金属が溶けて広がり、それが進むことで広範囲を破壊する。
結果として土手っ腹に大穴を開けられ、全ての大砲も使い物にならなくなった幽霊船は今度こそ本当に海へと沈んでいくのだった。
「流石にあの古いのはそうなるわな」
「何世代か前のだよね確か。もう作ってないやつのはずだけど」
「それだけ昔はこの外海に出ようと思っていたということだ。そして、志半ばで悲惨な死を遂げる。その航海をここまで安全にできたと言うのは凄いことだ、博士」
「ハーヴィン候にそう言ってもらえると嬉しいですね。まあ、こちらとしては既存の技術をこっちに持ち込んだだけのようなものですが」
「向こうも……テンペストもこれくらい楽にやれているといいのだが」
「それは……しかし、必ず帰ってきますよテンペストは。私の自信作に乗っているんですから」
ホワイトフェザーは防御に関してはかなり優秀だ。
後ろからの攻撃に対してもある程度は耐えられるように、通常の3倍近い強度の装甲が取り付けられている。
前面に至っては更に上だ。レールカノンが直撃しても耐えきれるように作られている。
巨獣の牙も表面を削っただけに過ぎず、破損とは言えない程度のものだったと言うことから、まともにやりあっても恐らく勝てるだろう。
鈍重なのはどうしようもないが、基本的には固定砲台のような運用方法のものだから特に問題はない。
何よりも万が一破壊されたとして、強制的に身体へと戻ってくるだけだ。
この仕様自体はコットスなどと変わりはない。
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『ここで休憩にしましょう。そろそろ目的地になります』
「分かった。全体止まれ!30分の休憩だ!」
宵闇の森中心部付近、流石にこの辺りまでとなると移動に時間がかかるようになる。
今回は一直線に切り込んで、敵の親玉をさっさと倒すつもりでいる。
その為に敵が集中している場所を狙って榴弾を撃ち込むだけ撃ち込んで敵を減らす。
トイレなど諸々を済ませて出発するが、周りがとても静かだ。
索敵にも引っかからない。
『全然敵に会いませんね。昨日ので粗方削れたんでしょうか』
『可能性は高いですが、油断はできません。巨獣の能力を使って姿を消しているものがいるかも探っていますが……引っかからないですね』
『こちらでも全く……。いえ、居ることには居るのですがどうも先程から範囲外へと逃げようとしているように見えてしまって』
『そちらの画面を寄越してください』
ギュゲスの索敵を見てみると確かにポツポツと反応はあるが、何故か範囲内に入っていると外へと逃げようとしているようだ。
暫くそこで止まると範囲ギリギリの外周部の辺りでウロウロしている。
『……これは……まさかレーダーを感知されている……?』
『そんなことが有るのですか!?』
『わかりませんが……』
分からない、けどもこの敵の動き方は明らかにそうであるとしか思えない。とすれば、こちらの索敵範囲は既にバレている可能性が高い。
そうでなければ索敵範囲の円周上に綺麗に敵が並ぶなどということはありえないだろう。
『ギュゲスはそのまま索敵を続行!全員警戒態勢に入り、全方向に気を配るようにしてください!敵に索敵がバレている可能性があります』
『テンペスト、その索敵は全力か?』
『いえ、まだ少しのばせますが……ギアズ、何か案があるのなら言ってみて下さい』
レーダーにも魔力を使っているので消費を抑えるために全力ではない。
やろうとすれば、前方には更に倍近くまで伸ばせる。
しかしその状態では例え伸ばした所で範囲内に敵が入ってくることはないだろう。
『瞬間的に広げて、すぐに今の出力に戻してみてくれぬか?』
『わかりました。ギュゲス、一瞬だけ感知範囲を広げて下さい』
『了解です!』
索敵範囲が一瞬広がり、円状にこちらを取り囲んでいる敵が見えた。
やはりというか、こちらの索敵範囲を目安にして取り囲んでいたようだ。
このまま進んで休憩などをした場合、そこで一気に襲う手はずだったのだろう。
索敵を広げたのも一瞬のことだったので、ゴースト達も反応しきれなかったに違いない。
『やはり、相手も知恵があるようだな。しかしこれで索敵は防がれたか……』
『相手はこちらを包囲しているわけですが……。距離は逆に分かっています。ギュゲスから迫撃砲を持ってきているだけ円周部へ向けて発射。着弾のタイミングをなるべく合わせるように』
『りょ、了解……!』
かなり無茶な事を言っているようだが、ある程度タイミングを合わせることによって逃げられないようにする。
着弾と同時に中心部へと一気に向かい、この包囲を突破するのだ。
今回ブリアレオスはオルトロスの後ろに張り付く形で掴まっている。
ギュゲスの迫撃砲からシュポンという音が連続で聞こえると同時に走り出す。
テンペストの導き出したタイミングと角度で撃ち出されたそれは、異なる発射間隔だったにも関わらず殆どが同時に着弾した。
前方で土煙が立ち込めるところまで突っ込んでいけば、そこには吹き飛んだ魔物や巨獣もいる。
『かかってこいやぁ!!』
生き残った真っ黒な魔物たちを相手にブリアレオスが奮闘する。
頭蓋を砕き、力任せに引きちぎり、これだけみるともうどちらが悪者なのかもわからない。
コットスも負けては居ない。
今回は前回の反省を生かして無理に小さなものは狙わずに、脅威となる大きめの魔物を選んでいく。
小さいものはブリアレオスとオルトロスが掃討していき、テンペスト達が進んでいく後には魔物の死骸が大量に残されることとなった。
『む?スペクターが近くに居るぞ!』
アンデッドの勘か、それとも同族を感じ取る力があるのか、ギアズが元凶であるスペクターが近くに居ることを感知した。
『何処ですか?』
『向こうだ。儂には見えるのだが石で出来た何かがあるはずだ。そこに奴はいる』
『わかりました。……ギアズ、一度倉庫へ避難を』
『テンペストお主まさか……!この魔物に囲まれた中でやるつもりか!?』
『一番確実で手っ取り早いので。では、後で会いましょう』
問答無用でギアズを倉庫に送る。
今からやることはギアズにとって致命的なものだ。
全方位、そして広範囲に向けてのマナへの干渉。ジャミングと呼んでいる物だ。
『全力で前方400m先まで駆け抜けます。その後、私の攻撃によって一時的に魔導騎士も魔導車もダウンします。合図をしたら再起動の用意を。なるべく早く再起動させてこの機体を守って下さい』
何をするかは分からないが、言われたことに対しては言うことを聞く。
そうでなければ自分たちが死ぬかもしれないのだから。
テンペストがそう言ったら、疑問があっても黙って従うのだ。
『残り100m……全機停止、ダウンに備えて下さい。3秒、2、1……ジャミング開始』
ホワイトフェザーを中心にマナがかき乱されていく。
すぐ後ろに居たコットスが力を失い頭を垂れる。
次々とオルトロスもギュゲスもブリアレオスも機能停止していく。
「なっ……!?強制的に意識が……!」
魔導騎兵が停止したことで強制的にリンクが切断され、コクピット内部に居る自分の身体へと戻された。
速やかに再起動させろ、という命令を守るため「なぜ」という疑問は頭の外へと追いやり、起動させてリンクをつなぎ直す。
視覚と連携が始まると既に近くまで魔物たちが迫ってきているのが分かった。
『おっし動いた!』
『再起動完了だ!』
『うわぁぁ!敵が近いです!!迎撃を!!』
オルトロスも動き出し掃射が始まった。
ただ一機だけ、未だに起き上がらないホワイトフェザーを残して。
□□□□□□
「くぁっ…………」
「テンペスト!?」
身体の方へと戻ったはいいが、流石に負荷がキツかった。
戻った途端に物凄いめまいと頭痛に襲われ顔をしかめる。
「ど、どうしたの!?ああっ!鼻血まで!」
「大丈夫です……ニール。驚かせてすみません。少々強引でしたが恐らく元凶は潰しました。今すぐ向こうに戻らなくてはなりません」
「な、なんだかよくわからないけど、終わってないんだね?分かった、とりあえず行ってきていいよ。身体の方はボクがなんとかするから」
「すみません。手数をかけます。……では」
そう言って気を失うようにベッドの上に崩れ落ちる。
鼻血を止めてやり、血で汚れた服を脱がせて着替えさせていく。
何度かしている内に大体慣れてきた。
向こうでテンペストが何をしているかは分からないが、あまりいい状況で無いような気がして不安になるのだった。
一方、テンペストはといえば、自身もアンデッド達と同じような状況にある中でジャミングを実行したため、強制的に肉体へと引き戻された。
距離が離れている上に、自分と機体を繋いでいるリンクを引きちぎってきたようなものであるためか、反動は大きかった。
もう一度ホワイトフェザーへと移り起動する。
センサー類が周りの状況を映し出していく……。
いち早く復帰できた皆が魔物を相手に戦っているのが見えた。
元凶を潰したのだからもう魔物たちは潰走しているだろうと思った、しかし……魔物たちはこちらを取り囲み執拗に攻撃を繰り返している。
確かにマナをかき乱して姿は見えなかったが近くにいたはずの元凶は霧散したはず……。
ならば何故こんなに魔物がこちらを狙っているのか?
『おお!カストラ卿が戻ったぞ!』
『男爵様!魔物たちがパニックになっています!』
立ち上がったホワイトフェザーを見てコットス達が報告してくれた。
なるほど、確かに統率を失って居るようだ。
魔物たちの動きは完全にバラバラで、こちらに襲いかかっているのも得体の知れない恐怖にかられてのことなのかもしれない。
『お待たせしました。敵は指揮を失って混乱しているようですね?』
『そんな所だ!いきなり囲んでいた奴らが襲い掛かってきたが、攻撃の仕方も何か必死って感じだぜ!』
『お陰で逆にやりにくい!何とかなんねぇか!』
『わかりました。ギアズをもう一度呼び寄せてグレネードランチャーを使います。爆発に巻き込まれないようにして下さい』
『聞いたな!?お前ら全員その場を動くなよ!』
ギアズが呼び戻されて簡単な説明を受ける。
オルトロスへと乗り込みすぐにグレネードランチャーを用意する。
テンペストも武器を換装してグレネードランチャーと50mm機関砲を持ち上げて皆の囲いの外へと出た。
『ギアズ、斉射開始』
『良いだろう』
山なりに発射されたグレネードが広範囲を吹き飛ばし始める。
半径20m程が効果範囲となる特製弾は、魔物の身体であってもお構い無しで引きちぎっていった。
この攻撃によって囲んでいた敵の輪が広がり、逃げ出し始めるものが出始める。
『オルトロス!追撃だ!空になるまで撃ちつくせ!』
誰かが叫ぶ。
遠距離武器のあるテンペストのオルトロスが前に出て、前に出ている魔物たちを薙ぎ払い、テンペストが50mm機関砲を放って巨獣を吹き飛ばしていく。
『50mm、弾切れです』
『こちらもグレネードが無くなった。……だが儂らの勝利のようだな?』
「……明るい……?おい、明るいぞ!」
その声でようやく皆がずっとフリアーを作動させていたことに気がつく。
切ってみると緑と茶色の色がはっきりと見える。
上を見てみれば青空が広がり……。
『宵闇の森の原因が消えたようですね』
『……周りのこれがなければいい森なのであろうが……。さっさと片付けてしまおうではないか』
周りには肉片と化した魔物たちの死骸が広がっている。
素材としてももう使い物にならず、魔晶石も大半は砕けているだろう。
回収できるものだけ回収して、テンペストとギアズは問題のスペクターの気配を感じた場所を調べる。
そこには土が盛り上がったような形で、扉があるだけの何かがあった。
恐らく生前隠れ家的な感じで暮らしていた場所だったのかもしれない。
『儂が行こう。今のその図体では入れんからな』
『お願いします』
思わず入ろうとしたが、よくよく考えてみれば今は子供の姿ではなく5mの巨人だ。
入れるわけもなくギアズに任せることになった。
□□□□□□
部屋の中へと入ると、外からの見た目とは違い意外と広かった。
石で周りを固め、広めの部屋となっている。
階段も見えるので地下があるのだろう。
暗闇だがギアズには問題にならない。
昼間と同じように部屋の中が見えている。
『……ふむ。やはりここでしばらく暮らして居った誰かが居たのだな』
机、椅子、ベッド……それらが完全に手作りであることはすぐに分かる。
慣れていなかったその作業は歪みがあるが、実用するには何とか耐えられるものになっているようだ。
魔法使いだったというよりは死霊術師だったようで、それ関連の魔法陣やらが色々と描かれていた。
しかし特にこれらは成功するわけでもなく、恐らく魔力を通じても発動はしないだろう。
後は食器などが割れて転がっているくらいで特に目ぼしいものはなかった。
地下へと降りると更に空間が広くなる。
魔法陣や何らかの供物のような物等が大量におかれ、黒い魔晶石の破片が大量に散らばっている。
その中心に崩れた人骨があった。
『さて……こいつが元凶……か?』
テンペストによる攻撃からまださほど時間は経っていない。
頭蓋骨を持ち上げると、微かにまだ残っているものを感じた。
『少々不安な欠片ではあるが……やってみるとするか。……聞こえるか、我が名はギアズ。不死者の王である。我が呼び声に応えよ』
すると頭蓋骨から何かが地面へと垂れた。
そこから青白い光が弱々しく浮き上がり……ギアズの目の前でふよふよと浮いている。
『……不死者の……王…………実在……していたの……か……』
『結構。口はきけるようだな、では我が問に答えよ。お主はここで何をしておった?何故森を闇に包み込んだ?』
『ワタ、し……は……故郷を追われ、苦しい……渇きが……あぁぁああ……』
かなり弱々しく、また消えかけていることで苦しんでいるらしく聞き取りにくかったが……。
死霊術師として鎮魂や降霊などを行ったりしていたが、アンデッドを使役していることもあってやはり忌み嫌われていた事もあり、追放されこの森へと隠れ住むようになった。
元々この森はそれほど魔物も居らず、意外と平和な森だったらしい。
慣れない土魔法などを駆使してこの家を作り、死霊術に関してを色々と研究していたという。
その際、自らの衰えを感じてきた彼は結局、自分自身をアンデッドして研究を続けた。
しかし、アンデッドが増えるに従って森のなかにハンターが入り込むようになり、これを近づけないために隠蔽の魔法を創り出して実行した……が失敗。
自身の力も吸われ、大量の魔力を得たその魔法は確かに住処を隠蔽した。
……森の全てを覆い尽くす闇となって。
その後は弱りきったままでここで自身が作り出した魔法の動力として張り付けられてしまったらしい。
周りのマナを吸い上げ、その魔力で闇を維持する。
更に闇の魔法はここへ誰も近づけないために防衛用の魔物も生み出していった。影の魔物達がそれだ。
『……自身が生み出した物に囚われたか。哀れな。もうよい……今、終わらせてやろう』
『おお……』
微かにありがとうの声が聞こえた気がする。
こうして宵闇の森の異変は終わり、普通の森へと戻ったのだった。
ついに宵闇の森に平穏が。