第九十五話 漂流船
『ご苦労であった。約束通り汝らの魂を解放してやろう。マナへと還り、新たな道を征くがいい』
一通り聞くことを聞いた後、周りを取り囲むアンデッド達の魂を開放する。
アンデッド達の身体が青白く光輝いたかと思うと、それがどんどん周りへと拡散していきやがて消えていく。
魂を束縛され死んだ器を無理やり動かしていただけのアンデッドだ、支えていたそれが消えればバラバラと繋ぎ止めるものがなくなったマリオネットのように崩れていく。
「……美しい……」
『魔獣と言えど、生きていたものの証だ。美しくないわけがなかろう……』
周辺の魔物達ももう逃げて何処にも居ない。
アンデッドは巨獣のものだけでなくそのほかの者達まで一緒に崩れていた。
魔晶石を回収しつつテンペスト達の合流を待つ。
『お待たせしました』
『敵の正体が分かったぞ。あの巨獣はそれにあやつられているに過ぎん。……アンデッドもな』
「それは一体何です?早く仕留めねば……」
『待って下さい。出撃から既に18時間経っています。一度戻って出直したほうがいいでしょう』
ついさっきまで全員戦っていた為、一時的に疲労を感じていないかもしれないが……。
ここで無理をしたら一気にその疲れが出てきて返り討ちに遭う危険もある。
一度戻って情報を整理し、整備と補給を受けてから作戦の練り直しとした方がいいだろう。
『それが良かろう。ここに居るのは兵士だけではないことを忘れるな』
「……そうだった。あなた方の研究員という一般人も居るのを忘れていた。すまない、熱くなりすぎていたようだ」
『しっかし、この魔晶石の山どうするよ?持ちきれんぜ』
『おお、ならば儂が運んでやろう』
鎧の胸部を外して魔力筋を出すと、更に腹を割くようにして筋肉を避ける。
そこには真っ黒な空間が広がっており……。全ての魔晶石を収納したのだった。
「……あんた、何者なんだ……」
『余計な詮索はしないことだ。少なくとも敵ではないのだからな』
また元通りに鎧を直して向き直る。
既に最初に出撃してからの移動時間を含めかなりの時間が過ぎている。
戦闘自体はさほどでもないにしろ、この少ない人数で大量の敵と戦い続けてきているということには変わりない。
それに、そろそろ魔導騎士達の身体が限界になるだろう。
一度魔導騎兵から降りて休憩を取り、宵闇の森の入り口へと戻ってくる。
既に日は落ち、森の外に出ても薄暗くなっていた。
焚き火を囲んでいた見張りの兵士たちが立ち上がり敬礼している。
「戻ったか!大分傷ついているが問題はないか?」
『問題ありません、巨獣を複数確認しこれを殲滅してきました。しかしまだ終わったわけではないようですので、これ以上の探索は危険と判断して一度戻ってきました』
「うむ、良い判断だ。では後程詳細の報告を頼む、まずは一度休むと良いだろう。報告は明日の朝で良い」
『了解しました。それでは私とギアズは一度戻ります、兵たちには補給と装備のチェックを頼みます』
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ギアズとオルトロス、ギュゲスを一度格納して研究所で修理を受けさせる。
ついでなのでサイモン達のオルトロスとコットスも詰め込んでやった。
明日の朝にはある程度装甲も交換されているだろう。
職員の皆は運べないのでこのキャンプ地で兵たちと一緒に休むことになる。
自分の体へ戻ってきたテンペストは、ベッド脇で椅子に座ったまま眠っているニールを発見した。
本当にずっと自分の体を守ってくれているのを感じて嬉しくなる。
「ニール、起きて下さい」
「んぁぅ……あ、テンペスト戻ってきたんだね」
「はい。今日はここまでですので明日の朝まではこちらに居ます。食事はもう食べましたか?」
「いやまだだよ。一緒に食べに行こうか?あ、でもその前に……」
今日はもうこっちにいるということであれば、導尿カテーテルは取らなければならない。
ベッドに横になってもらい、タオルを敷いて膝を立てて貰う。
「んっ……」
「ごめん、痛かった?」
「いえ……なんだか少し変な感じだったので」
「そう?もう少しだからね……はい、抜けた!」
「ありがとうございます、ニール」
カテーテルを綺麗に洗って清浄魔法にかけてから、水を張ったトレイの中へ沈める。
後は勝手に魔物の特性で自身をきれいに保ちつつ、潤滑剤を作り出してくれるのは便利だ。
同様にバッグの中身も捨てて綺麗にする。
はだけている服も着直してサイモンの元へと向かった。
「サイモン、戻りました」
「ああ、テンペストか。今ギアズに顛末を聞いていた所だ。……大変だったな」
「いえ。機体の性能に助けられた形です。ギアズが居なければかなりの被害が出ていた可能性が高いです」
『運が良かったというのも有るには有るが、やはりあの兵器の力あってこそだったと思うぞ?今回儂が成功したのもアンデッドの性質によるところが大きいのだ』
アンデッドが上の階位へと上がるのは、魔力の保有量や強さもあるが……何よりもその年月によるところが大きい。
年月を重ねたアンデッドは当然ながら魔力保有量も大きく、多くの敵を退けてきた実績などもあり実力も有るので当然ということになる。
あの場においてもリーダーはより長くアンデッドで居た物がなっており、なりたてのゾンビのようなものは立場が低いようだった。
高位に……つまりアンデッドとして長生きすればするほど、その身体の動かし方もうまくなり、最終的に魔法なども色々と覚えていくことになるのだ。
つまり。あの場でアンデッドの王として君臨している闇を創り出した本人は数百年という時間をあの場所で過ごしてきたわけだが……。
「……つまり、ギアズはそれをさらに上回る存在であることから、命令を強制的に上書きしたと」
『そういう事だな。ついでにあの砲撃なども儂がしたことにさせてもらった。襲おうと思ったらあれがそれこそ雨のように降り注ぎ、それで死んだ場合はずっと利用され続けるがいいのかと』
「なんとも、力技の解決法があったものだな……。テンペストのやり方も大概だが……ギアズも斜め上だ」
ちなみに命令権を握った場合、そのもの達の魂の扱いもそちらに移る。
当然このまま働かせ続けるか、解放して楽にしてやるかを選択することが可能だ。
アンデッドとなったものは最初の方はまだ良くても、長くアンデッドとして生きる内に生を渇望し、己の肉体を嘆く。
いつしか死を欲するようになるが、それを生者に求めるがあまりに生者を殺す。
内面では苦しみつつも生者に対する恨み、妬みなどの負の感情が抑えきれなくなっていくのだ。
そこに、自分では解放出来ないそれを解放してくれるものが出てきたら……。
大半のアンデッドは従い、死を望むのだ。
「私のやり方であればもろとも消し去るものですから、ある意味では平和的な解決法だといえるでしょう」
『……アンデッドに対する切り札というものだな?儂が満足して終わらせたくなった時に頼もうか』
「自分では駄目なんだ?」
『儂よりも上の存在がいればいいのだが。自分で自分を消し去ろうとしたことはあったがなぜか無理なのだ。滅ぼされるか、マナへと還るか……どちらかしか無いようだ。それには儂以外の誰かの手が必要だと先程の戦いで気づいた。全く、本当に余計なことをしてくれおって』
ヘルムを被っているせいで表情が見えない……いや、脱いでも表情は分からないだろうが、少しばかり落胆した様子だった。
自分よりも上の存在が居たとして、ここまでの力を持っているギアズを手放すとは思えない。
最もあの場で使ったのはただのハッタリであるわけだが。
結局のところギアズはこの時代をテンペスト等と一緒に過ごすしか無い。
本人としても久しぶりの「人としての生活」を満喫できているので特に気にする必要もなかったし、実際楽しんでいるから今のところは良いのだ。
だが、終わらせるときのことを考えると色々と考えなければならない。
とりあえずは問題を先延ばしにすることを選択した。
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食事を終えてまたゆったりとした時間がすぎる。
報告書は既に書き終えて倉庫に送っておいた。
「今日は本当に有難うございました、ニール。明日もまたお願いしますね」
「明日も……また遅くなるのかな?」
「分かりません。しかし敵の正体がわかりましたのでそこまで苦労せずに済むかもしれませんね」
「まあ……確かにそうか。テンペストのジャミングってアンデット特効だもんね」
魂を繋ぎ止めている魔力を一時的とは言え消してしまうため、一瞬で霧散してしまいその形態を保てなくなるのだ。
実態のないレイスやゴーストなどは特に致命的なものとなる。
問答無用で依代を失い、魂だけの存在となってしまえば後は勝手に消えていくしか無いのだ。
「しかし倒しても倒してもなお湧いてくる敵の数には驚きましたが。今まであれ程の魔物がいる中を入っていたのかと今更ながらに恐ろしくなります」
「……正直あのときは怖かった……」
暗闇の中、どこからともなく聞こえてくる魔物の声。
かちゃかちゃと聞こえるスケルトンの骨の音。
気がつくと横に居たりする影の魔物。
テンペストの話を聞く限りではそれがどのエリアでもある程度の数がまとまっていたというのだから……ヘタをしたらあそこで全員食われていたかもしれないというのだ。
あの頃のテンペストは特にまだ体力的にも未熟だったし、魔力も今と比べたら全然なかった。
魔導騎兵も無く……本当によく生きて帰ってこれたなと思う。
「そうでした。その魔物から得た魔晶石があります」
「巨獣って言ってたやつ?」
「はい。……これですね」
「……なんか、金属みたいだね?」
黒っぽい色では有るが、周りの景色を映し出すくらいには鏡面のようになっている。
最初から磨かれた状態で出てきているか、クロムメッキでもしているのかと思うほどだ。
しかし確かにこれは魔晶石であって、金属ではない。
「不可視、幻視、心眼……そのような魔法を得られるようです」
「なにそれなんかヤバげなんだけど」
「実際危険でした。センサー類にすら引っかからずエコーロケーションで何とか探知できたくらいです。幻視はされていなかったと思いますが、突然横に居て噛みつかれたことから恐らく不可視の魔法は使われていたのでしょう」
「テンペストの感知に引っかからないってことは、マナをごまかせるってことなんだよね?心眼は?」
「黒い魔物や巨獣は全て目がありません。恐らく盲目であっても何処に相手がいるか分かるなどの効果があるのだと思います」
マナを読んででもなく、超音波を使ってでもなく、目で見るのと同様に目がなくとも物が見える能力。
探知用の何かを放出していないため、逆探知をすることが出来ない。
不可視の魔法は前にテンペストとエイダを襲った者達が使っていたものの上位互換のようなものらしく、走るなどしても解けず、視覚や聴覚、そしてマナへの干渉すらも無かったことにしてしまう。
攻撃すると解けるのは相変わらずでは有るが、それまで無くされていたら危険すぎる物だ。
「サイラスが欲しがりそうです」
「あ、うん、それはすごく分かる。姿を隠す方法とか色々試してたから。コウガクメイサイとか言ってたね」
「やっぱりそうですか。まあ、これがあればほぼ実現したも同然となります。音も聞こえなくなるのでワイバーンで使えば無音での偵察が可能です」
「マギア・ワイバーンがどんどん強化されていく……。あれ?じゃぁ向こうの大陸の詳しい地図作れるんじゃ……」
「そうなります」
それだけではなく攻撃動作さえしなければ姿は消えたまま、しかもあの音が消えるというのであればある程度接近しても気づかれることはない。
より詳しい地図を作成できるということだ。
何日かかけて隅々を飛行して詳しい地形図を作成していく事になりそうだ。
そしてもう一つ。この魔晶石を取り込むことでテンペストはこの能力を使った者をあぶり出すことが出来る。
ジャミングを使用することで同じことは出来るのだが、魔導騎兵ごとダウンするのであの場では使えなかった。しかし音に逆位相の音をぶつけて消すように、この効果を逆に作用させることで接近してきた時点から見れるように出来る。……はずだ。
「試してみますか?」
「もう出来るようになったんだ……?」
「ええ。……行きます」
「わっ!?ほ、ほんとに消えた……」
ニールの目の前からテンペストが消える。
音も影も何もない。本当にそこから存在が消え失せている。
適当に手を振り回してみるけど当たらない。
「テンペスト……っ?!」
周りを探すニールの首筋にチクリとした痛みが走る。
テンペストの暗器である小型のナイフだ。
「このような感じです。サイモンの隠密に覚えさせたら凄いことになりそうです」
「び、っくりした……流石にナイフを首筋にとかやめてよ……」
「すみません、明確な攻撃の意志がないとこれが解除されるのが再現できませんでしたので。しかし、巨獣がこれを使ってくるのです。正直なところ生身であの暗闇の中では対策があってもなかなか討伐は難しいでしょう」
ただでさえ視界が悪い中、向こうはこちらの姿がはっきり見えており……更にはこんな存在を消すようなものを使われては勝ち目なんて殆ど無い。
テンペストが首筋に触れてピクシーワードで傷を癒やす。
もうすっかりテンペストはほとんどの魔法は無詠唱化している。
ニールも自分が使えるものはなるべく無詠唱で行えるようにしていたが、まだまだ先は長そうだった。
しかしギアズの言う通りで、頭で少し変化させるだけで効果を自在に操れるというメリットは大きなものだ。
「それにしても不可視、幻視、心眼……どれも有用だね」
「幻視はまだ動作させるための方法がいまいち分かっていないのですが、心眼は便利です。例えば目隠しされていても周りが見えていますので。ただ壁は透過できないみたいですね、出来たら更に便利だったのですが」
「透視とかはあったような」
透視は任意のものを透かしてみることが出来る魔法だ。
そのまんまでは有るが……取得したいと願う者は多い。
当然物凄い下心を引っさげているわけだが。当然ながら女性、男性共に公共施設などのプライバシーに関わる場所にはそれらを妨害するための対策は施されている。
必須なのは城の門番など重要機関などのセキュリティーチェックを担当する者たちだ。
かなり厳しい審査があり、下心がある場合は確実に弾かれる。
「……見放題ですね?」
「そうなるね……。……いや、ボクは使えないからね?いくらボクがエロくてもそれはやらないからね?」
「分かっています。しかし使えるものが居るとなればその対策くらいは取っておきたいものです」
「戻ってからかなぁ。向こうの大陸に本があればいいけど」
手元に本がない時点で諦めるしか無いだろう。
写本が出来るようになったら魔法関連の本を読んで見つけるという手もあるが。
ハンガーを介すれば問題ない。
一通り入手できた魔法を確認したりしてから二人はベッドへ入る。
テンペストは明日もまた暫く戻ってこれなくなるため、早めに寝ることにした。
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翌朝、1機だけその場に残しておいたホワイトフェザーへと移動する。
行ってみたら壊滅していた……ということもなく特に何事もなく過ごせているようだった。
既に兵達は起きて準備が終わっており、いつでも行ける状態だ。
『研究員が見当たらんな』
『まだテントの中のようです。ギアズ、この書類をグロッシ子爵の所へ』
『報告書か、行ってくる』
ギアズがグロッシ子爵のテントへと向かっている間に、修理に出していた物を取り出していく。
外装が壊れただけのものに関しては換装されて居るため新品同然だ。
丁寧に塗装まで塗り直していた。
半壊したコットスはまだ時間がかかるようだが、昨日使っていたものに関しては問題ない。
研究室へ魔晶石は送っておいたので、そのうちマギア・ワイバーンのコアとなっている魔晶石の塊へと統合されるだろう。
なお、ホワイトフェザーはテンペスト自身が魔法を使えるのと同様に、機体に対してもかけられるため何もしなくとも再現可能だ。
心眼も出来たら魔導騎兵の自分たちのものくらいには取り付けたい所だ。
ギアズがブルーノと共に戻ってくる。
「詳しい報告書をありがとう。運ばれてきた魔晶石からも相当な戦闘だったと思っていたが……それほどまでにあの森には魔物が居たのか。まさか巨獣が大量にいるものだとも思わなかった」
『巨獣達は姿を見せずに行動できます。魔晶石を解析することで分かりましたが、姿を消し、音も何もわからなくなる能力があります。ただし攻撃を仕掛けることによって解除され姿を現します』
「ただでさえ暗闇の中でその能力は危険だな……」
『今回はギアズが聞き出した元凶を一気に狙い、事態の収束を図ります。ギアズとも話し合いましたが大本を叩けばこの巨獣達は支配から解き放たれ、それぞれの縄張りへと散っていくことでしょう』
魔物にも縄張りは有る。
それぞれの場所から強制的に一箇所に集められている現状で、突然支配から解き放たれた場合大混乱に陥り同士討ちなども始まるだろう。
それは縄張りを侵された事などに対する怒りなど。
逃げていくものも居るだろう。
その場に留まるということはしないはずだ。
また、アンデッドならば解放されてマナへと還る事になる。
何よりもこの森を長い間覆っていた闇が晴れる。
そうなればハンターたちも戦いやすくなるはずだ。
ミレスが無くなった今、宵闇の森を開放する意味は大きい。
永らくたった一つだけしか無かったハイランドへの道がもう一つ増える事になる。
それも前の道よりも大分険しさが緩いものだ。距離は長くなるがきつい坂はかなり減っているため、商人たちも来やすくなるだろう。
何よりもルーベル側に近いということもあり、今までは大きく回り道をしなければならなかったのに対して、ほぼ直通でこちらへと来ることが可能だ。
今回の造船などでその立場を復活しつつ有るルーベルにとって、この新しいルートの開拓は嬉しいことだろう。
「その元凶を取り除けば……確かにそうなるだろうが、その保証はあるのか?」
『何も。しかしやらなければ状況は変わりません。それにもし、この元凶と闇を創り出しているものが別であったとしても……最低でもアンデッドと魔獣、巨獣をバラバラに散らす事だけは可能です』
「出来れば闇も払拭してもらいたいところだが、分かった。宵闇の森の異変を遅らせるだけでも大分意味があるだろう。作戦を許可する、存分に暴れてきてくれ」
『了解しました』
□□□□□□
テンペスト達が宵闇の森へ行った後、ニールはテンペストに導尿カテーテルを装着していた。
柔らかいそれに少し震える手で挿管し終えてほっと一息ついていると……。
船内にサイレンが響き渡る。
急いでテンペストにベッドカバーを掛けてやり後の世話をメイに頼むと部屋の外へ出る。
「ニール、何だ今の音は」
「ボクもよくわかんないけど……」
「敵襲のサイレンですよ。船員たちも慌ただしくなっているようです。上の展望室に行きましょうか」
室内に居ながら周りの景色を楽しめる展望室。
そこに着くと、そこで食事を楽しんでいたりしたものたちが一つの方向の窓に釘付けになっている。
そこから見えたものは……。
大きな帆船だった。
しかし人の気配はなく帆は破れ、マストは折れて船体もぼろぼろだ。
漂流船なのだろう、異様な雰囲気を持っている。
しかし鳴り響いているのは交戦時を示すサイレンだ。乗客は各自部屋に戻るか、その場で何かにしがみついていなければならない。
漂流船ならそんなことはしない。
俄に霧が立ち込めて辺りが真っ白になっていく……。
その濃霧に飲まれて消え行く甲板の上に、無数のうごめくものが見えた。
ギアズの実力ではなかったという。