第九十四話 暗闇に紛れて
意識を集中して自分の体へと到達する。
一瞬前後不覚となり、ゆっくりと状況を把握していけるようになると、周りの音や光、空気の流れが感じられた。
「ん……」
「うわっ!?」
「失礼、驚かせてしまいましたか?ニール」
「いやこれは、違うんだ、ほら、べべべべ別にあそこを見たいと思ったからとかそういうわけじゃなく……!!」
タオルを持ってやたらと狼狽えているニール。
身体を確かめてみても特にいたずらされた様子はない。
「落ち着いて下さい、ニール。昨夜もいいましたが別にニールはいいのですから。それに……バッグを持っているということは捨てに行ってきてくれたんですよね?」
「う、うん。ごめん、なんかすごく動揺した」
状況としては、衣服を緩められはだけた状態で下半身はむき出しになっている。
そこに導尿カテーテル用の尿を溜め込むためのバッグとタオルを手にニールが戻ってきたというわけだ。
少し汗ばんで居るようだったので、ニールは身体も拭いてくれていたのだろう。
起き上がっているテンペストを見てなぜか突然慌てだすニールだったが、ようやく落ち着いた。
「……前々から気になっていたのですが、何故そこまで怖がっているんですか」
「いや、だって、テンペストを襲ったらコリー達に殺される……」
「別に私を犯したわけではないのでしょう?そこまで怖がらなくてもいいと思うのですが」
「いやもう、なんか頭ではわかっているんだけど、パニックになるっていうか……。とりあえずこれ付けて着替えよ?」
「……ん、そうですね。お願いします」
動きやすい室内着に着替え、バッグを足にくくりつけたままで食事をとる。
しっかりと水分と栄養を取っておかなければ後で自分が苦労するハメになるのだ。
ついでにニールの負担も減らすようにきちんとトイレにも寄っていく。
「それで、向こうの様子はどうなの?」
「現在は宵闇の森の中で休憩中です。休憩に入る前に中心部に居た魔物の半数以上を砲撃によって吹き飛ばせたので、恐らく魔物の方も慌てているはずです。今、突然攻撃が無くなったのを受けてまた集まるのならば撃ち込んで減らします」
「今のところ順調なんだね。やっぱり遠距離からの攻撃手段が有ると強いなぁ」
「予想以上に効果的だったので、上手くこれで戦力を削げれば相手の手駒も無くなるでしょう」
巨獣は恐らくまだ死んでいない。しかし前情報から巨獣は自分より下位の魔物を使役するという事だったので、まずはその使役する魔物を減らしていくと言うことだ。
孤立してしまえば後はこちらに有利に事を運ぶことが出来る。
テンペストとギュゲスの仕事は、まずこの取り巻きを蹴散らした最初の時点で大半は終わっている。
残りは狙撃位置に付いて強襲部隊の支援を行う。
ギュゲスは見晴らしのいい丘の上で監視を行い、それぞれの機体に情報を送り続け、テンペストは自分が標的にする敵をマークしてそれを知らせる。
これによって射線上に突然味方が入ってくることは防げるだろう。
ギアズ達は正面から突っ込んで引っ掻き回した後、すぐに撤退して追ってくる敵だけを殲滅する。
何度かそれを繰り返して、敵がまとまってきたら砲撃だ。
「テンペストの方は大丈夫なの?」
「まあ、こちらを発見して来る魔物も居るとは思いますが、丘の上は暗闇の範囲外です。かなり接近してくる魔物は限られてくるでしょう」
「そっか」
「では、またよろしくお願いします。……次はあまり怖がらないで欲しいです。私は怒ったりしませんから」
「う……努力するよ。ありがとうね」
そう言ってベッドに戻り、また眠るように意識をホワイトフェザーへと移す。
後に残されたニールとしては、テンペストが居なくなる瞬間、どこか死んでしまった時に似ていてとても不安になってしまう。
胸が上下して呼吸しているのを確かめてようやく安心するのだった。
「そりゃぁ、ボクだってしたいけどさ。それ以上にテンペストが大事なんだよね。見るのも大分慣れてきたしもう少ししっかりしないと、テンペストが悲しむしね、頑張ろう」
とかいいつつもしっかりと硬くなるものは硬くなっているわけだが、テンペストの為にも暴走しないようにこっそりと鎮めるのだった。
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テンペストがホワイトフェザーへと戻ってくると、まだ休憩中だった。
少し早かったようだが遅れるよりはいい。
とりあえず全体をレーダーで確認し、ポツポツと現れ始めた敵のマーカーに注意する。
どこからか移動してきただけのようだが、ここが見つかった場合は無防備な状態で攻撃を受ける。
しかし襲撃を受けるということもなく、広範囲に渡って敵を壊滅させていたのが効いていたのか無事に休憩は終了した。
『ではご武運を』
『ギアズも気をつけて。出来るだけサポートします』
『うむ。では』
「では我々はこれより敵の前方、ギリギリのところまで前進してカストラ卿の指示を待つ」
『おう!やってやるぜ』
『さっさと戦わせろぃ!』
ドワーフ達は相変わらずだ。移動中も周りを見ながら本当に敵が居ないのかを見ているらしい。
当然戦うためだ。
いつも持っているツルハシを両刃の斧に替えて、敵はどこだと愚痴る2人。
アレを率いる向こうの隊長は大変だろう。
テンペスト達は小高い丘へと向かう。ギュゲスもかなり動作が静かなので2機の魔導騎兵はほぼ音もなく闇へ消えていった。
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「全体止まれ!この辺りがギリギリのラインだろう」
『うむ、これ以上だとアンデッドが彷徨いているからな。感知されてこちらに一気に来る可能性がある』
『大丈夫なんでしょうか?前回は殆ど手も足も出なかったのですが』
『ふっはははは!安心せい若造!俺たちが蹴散らしてくれる!』
強襲部隊のコットス乗りが不安を漏らせば、小さなブリアレオスのドワーフが笑い飛ばす。
何処からこの自信が来るのかと、隊長であるニックは頭を抱えたくなった。
武器である戦斧を持っている以外は、何に使うのかもよくわからないものがくっついているだけだ。
しかも動きは鈍い。
大きさも小さく本当にこれで戦えるのかと不安になってきた。
そこへテンペストからの突入の合図が届く。
地響きとともに前方から煙が立ち上り、爆風がこちらまで届いた。
それを合図に全員が突っ込んでいく。
移動できる場所が限られるオルトロスは、少し前進して制圧射撃を行いつつ、魔導騎兵達のサポートをしていた。
『やっとだ!やっと暴れられるぞおおぉぉぉ!!』
『弱い!もっと強いやつを出せぇぇ!!』
『嘘だろ……メッチャクチャつえぇ……!』
2機のブリアレオスは、戦闘状態に突入するやいなや戦斧を振り回して手当たり次第に魔物を真っ二つに引き裂いていく。
動き自体は遅く見えるが、恐ろしく力が強い。
正面から噛みつきに来た黒い魔獣は首根っこを抑えられてそのまま握りつぶされた。
反対側から飛びかかってきた魔獣のアンデットは一発殴られて胴体を吹き飛ばされ無力化された。
そこに突然現れた地竜のスケルトンは頭を押さえつけられ、尖った太い槍のようなもので頭蓋骨を破壊され、もう1機に脚を砕かれすべての骨をバラバラにされたかと思うような状態まで分解されて行動不能になった。
コットスがわらわらと湧いてくるアンデッドに手こずっている間にこれをやらかしているのだ。
これは理由もある。
コットスの近接戦闘用の武器は剣だ。しかし広範囲を攻撃できるなぎ払いは、高い位置からの攻撃になるため一部しか当たらない。
人間サイズよりも少し大きいくらいの的には当てにくいのだ。
逆にブリアレオスは同じサイズの為に殴ることすら出来る。破砕ピックによって頑丈な皮膚だろうが骨だろうが砕き貫通させ、鰐口のような片腕に取り付けられた物で頑丈な地竜の骨ですらバキバキと音を立てて破壊する。
鉱山と言う特殊な環境で活動できるようにしてあるブリアレオスは、当然ながら硬い岩盤を掘るための装備を持っているのだ。更に、重い鉱石を地上まで運び出すために自重の何倍もの重さを運べる馬力を持っている。
黒く大きな蜥蜴のような魔物が突進してきたと思ったら軽々とそれを受け止め、もう1機が脊髄を破壊する。
『もっと来いオラァァァ!!』
吠えながら2機のブリアレオスが猛威を振るう。
同時に武装したオルトロスからは恐ろしい勢いで金属の弾が飛んできては、大量のアンデッドを一凪で骨の欠片へと戻していく。
たまに出てくる大きめの魔獣は、目視したと思ったらマーカーが重なった直後に大音量とともに上半身が吹き飛んだ。
『お、おおお……なんだ、これは……なんなんだぁ!?』
『カストラ男爵の支援砲撃だそうだ!なんて威力だ!巻き込まれたら死ぬぞ』
『巻き込まれる方がワリィだろ!』
『さっきからオメェ等手が止まってんぞ働け!』
必死になりながら魔獣達を相手に奮闘し始めるコットス隊。
半分ヤケだが、小さなアンデッドはオルトロスに任せて、手頃な大きさの獲物を倒していくことに決めたのだった。
「撤退の指示が出た!一旦元の場所まで後退するぞ!」
『よし来たぁ!』
『おう、コットスの兄ちゃん、俺らのことひっつかんで連れてってくれやぁ』
『わ、分かった。行くぞ!』
『はっはぁ!速い速い!』
うるさい。うるさいがものすごく強いので文句も言えない。
しかも撤退時はコットスは戦いながらだと時間がかかりすぎるということで、オルトロスが揃って後ろに向けて射撃を行いながら、重武装のオルトロスが小気味よい音を立てて何やら爆発物をばらまいていた。
グレネードランチャーだ。
これによって横に広がって居た魔物たちも足止めを余儀なくされ、やがて振り切ることに成功したのだった。
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『強襲部隊撤退を確認。魔物たちも元の位置へと引き上げていきます』
『予想以上に数が多いです……。巨獣の姿は確認できましたか?』
『いえ。これだけ騒ぎを起こせば出てくるかと思ったのですが……用心深いようですね』
『知能が有るらしい、という報告があったくらいです。そう考えても差し支えないでしょう』
テンペスト達は巨獣らしき魔物を発見し次第狙撃していた。
1射目こそ外したものの2射目からは外すこと無く確実に敵の息の根を止めていった。
発射する弾丸はグラビタイトを用いた質量弾。貫通を目的とせずパンチ力を高めたものだ。
その為、硬い体表を持つものは高速でこの弾丸を当てられると、ハンマーで思いっきりぶん殴られたよりも更に酷い打撃を受ける。
貫通した場合は周りの骨なども砕きつつ、内臓を引っ掻き回すため徹甲弾よりも凶悪だ。
当然、その反動はテンペストに掛かる。
しかし関節を固定し、アンカーによって支えられたホワイトフェザーは、最低限の反動低減をするのみで殆どブレなく次を狙える。
あまり早く撃つと機体に負荷がかかるため一発づつよく狙ってからだ。
今は撤退させてからその場所の監視を行っている。
途中で追うのを諦めた魔物たちは、またぞろぞろと元の場所へと戻っていく。
『なんだか偏っていませんか?』
『そうですね。ニ手に分かれて固まっていますが……どういうことでしょうか』
『作戦を少し変えたのかもしれません』
距離を置いて2箇所に固まりだした魔物たち。
数はまたどこからか補充されたのかあまり変わっていない。
あのまま何度か突撃をかけて引っ掻き回せば出てくるだろうと思われた巨獣が出てこない。
『次の突撃は少しパターンを……』
『テンペスト様!右です!!』
『くっ……!?』
唐突に横からものすごい衝撃があった。
レーダーには表示されていない。しかし……そこには先ほどまで見ていたものとは違い、巨大な黒い獣がホワイトフェザーの装甲に噛み付いていた。
ギャリィンと火花をちらして大きな傷が付いたが、流石に特別製の装甲を噛みちぎることはできなかったようで、幸いにもホワイトフェザーは実質無傷で済んだ。
『いつの間に!?』
『分かりません!気がついたら横に居ました!』
『強襲部隊に連絡、巨獣はこちらに来ていると』
最初の攻撃を防がれたのが気に入らないのか、黒い巨獣が吠える。
目はなく身体中が真っ黒のそれが太陽の光の元に出てきているが、特に辛そうな様子はない。
影の中が心地よいだけで、別に外に出ないわけではないということだろうか。
ホワイトフェザーの関節の固定を解除して、50mm機関砲へと持ち替える。
後ろに控えるギュゲスは装甲は厚くない。一撃で危険な状態になる可能性がある。
それであれば自分が盾になるしか無いのだ。
『……レーダーには映らない……しかし実体はある。面倒な相手のようです』
『テンペスト様……大変です、向こうにも巨獣が……』
『1匹ではなかったということですか』
向こうにはギアズが居る。ブリアレオスの2人がいる。きっとなんとかしてくれるだろう。
仲間を信じてこちらも頑張るしか無い。
もう一度吠えたと同時に頭を大きく横に振り……そちらに気を取られていると横から尻尾が飛んできた。
体勢を崩されよろけるが同時に機関砲のトリガーを引く。
3点バーストで大砲並の弾丸が巨獣めがけて飛んでいき、内1発が横っ腹にヒットした。
予想を超えた攻撃だったのだろう、脇腹が大きく抉れて苦しみだす。
すぐに体勢を整えてもう一度狙いを定めて撃ち込もうとしたが、素早い動きで逃げられてしまった。
『……テンペスト様、エコーロケーションを使ってみては』
『なるほど……。では行きます。聴覚を遮断していて下さい』
強力な音波が放出され、周りの景色にその情報が上乗せされていく。
後ろ側に大きな反応があり、音を聞いてしまったのか暴れていた。
『そこです』
50mm弾が次々と巨獣の身体に吸い込まれていく。
機動力を奪うため脚を撃ち、そのまま頭を狙ってトリガーを絞る。
身を捩って逃げようとするが、遅い。逃げることすらままならない状態では、音速を超える弾丸を避けることなどできなかった。
『う、わ……これでは復元すら難しそうです……』
『確実に何とかしなければなりませんでしたので……。それよりも魔晶石を確保します。周囲の警戒を』
魔晶石を剥ぎ取り、とりあえず死体はそのままだ。
ギアズ達の状況を確認する。
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『この……ちょこまかと!』
『コットス!あいつの足を止めろ!』
『無茶言わないで下さい!』
案の定、巨獣の早さに翻弄されていた。
しかしこの場所にいるのは魔導騎兵だけではない。
いつの間にか回り込んでいたオルトロスによるバルカン砲の斉射を受けて、予想外のダメージに素早く闇へと紛れるように消えていく。
レーダーが使えず、どこから来るかわからない。
見えているのになぜか近くに来るまで認識できないのだ。
『糞が……何処に消えた……んぐぁっ?!』
『そこかぁ!!……捕まえたぞ……』
ブリアレオスの腕が巨獣の後ろ足を捉えた。メキメキと太い指が食い込んでいく。
激しい痛みに慌てた巨獣はブリアレオスを噛みちぎろうと大きく口を開け、小さな機体に噛み付く……が。
『くっはははは!甘い!その程度で傷をつけられると思ってんのか!』
逆に頭を顎の下から突き上げるように殴られ、わずかに意識が飛びかけた。
その隙に先程吹き飛ばしたはずのもう1機のブリアレオスが脳天に掘削ピックを、コットス2機により胴体に剣が突き立てられる。
逃げたくともしっかりと脚を握ったブリアレオスが離さない。
頭に響く衝撃は3度目で頭蓋骨が砕け、ついに脳へと達した。
ビクン、と大きく身体が跳ねてひとしきり暴れまわった後、ようやく巨獣の討伐が成功したのだった。
『無事ですか?』
「ああ何とか……」
『まだだ。来るぞ!』
『……隊長……巨獣の、アンデッドです……しかも複数!』
油断していた。
1匹屠ってこれでもう安心だと思いこんでいた。
この森にはアンデッドが多数蔓延っている。ここに来たハンターや軍人の遺体も多いが、それ以外にも当然居ることは居る。
それに巨獣の死体が含まれていないわけがなかったのだ。
ギアズの警告通り、彼らを取り囲むように見える範囲で20体。
先程の巨獣と同じものばかりが並んでいる。
『……隊長殿、ここは少し任せてくれんか?』
「ギアズ殿……しかし」
『アンデッドなら儂も少し心得が有るのだ』
「ギアズ殿!外に出ては危険です!」
ハッチを開いて外に出ていくギアズ。
そんなギアズ達を囲むアンデッド達だったが、何が来るかと思えば人が一人出てきただけだ。
すぐに攻撃に移るべく歩みを……。
『我が名はギアズ。汝、闇より生まれし者よ。我に従え!』
その言葉と共に突然巨獣のアンデッドが苦しみだす。
攻撃をしようとギアズのそばまで行ったものも居るが、何故か最後の最後で攻撃に移れずに後ろに下がる。
『我に従え。さすればその苦しみより解放してやろう』
レーダーに映る光点が赤から黄色へと変化していく。
それでもまだ抵抗を続けるものもあったが、やがては抗えずにギアズの前に頭を垂れる事になった。
テンペスト達も突然囲まれた皆の状況に慌てたが、ギアズが出てきたことで支援攻撃も下手に出来なくなりどうすべきかのタイミングを見計らっていたのだが、光点が黄色く変わっていくのを見て驚いた。
敵から中立へと変わっていく……まさかそういう状況になるとは思っていなかったのだ。
『おお……すげぇ』
『あの骨共、ひれ伏してんぞ?』
ドワーフ達も何が起きているのかいまいち分からないが、とりあえず助かったことはよくわかっている。ただしそれもこの後のギアズの動き次第でどうなるかはわからない。
「……はっ!?今の内に攻撃を……」
『待て。説得中だ』
「説得……?」
傍から見るとただ突っ立ってるだけにしか見えないが、ギアズは死霊術師として魂へと直接語りかけている。
ほぼ強制的に他の術者の支配を断ち切り、自分の支配下に置くことで本音を聞き出せる。
苦しみによって支配され、生きている者達を恨み、妬み、その血を欲していた巨獣の死骸達。
『さあ、命無き者達よ。我が声に応えよ……』
ギアズによるアンデッドに対する尋問が始まった。
落ち着けニール、悪いことをしているわけではないんだから慌てる必要はない。
賢者モードになるのだ……。
そしてギアズがついに動きます。
アンデッドとして、死霊術師として初めて行動します。