第九十二話 宵闇の森の異変、再び
暫く船に揺られているだけの生活だと、身体を動かさないとどうにも気持ちが悪い。
流石に一月掛かるというわけでもないだろうが、何日もこの船内に縛られるというのは確定なのだ。
朝食を食べに食堂へ行く。
ビュッフェ形式で好きな物を好きなだけ食べられる。これが出来るのも常に陸から供給されるからだ。
これが出来なかったらかなりの病人が出ていたかもしれない。
というのも水は腐る。樽に入れている水は船の揺れで少しはかき回されているとはいえ、ほぼ停滞しているようなものだ。最悪数日で腐る。
食料も腐る。保存食のみを積み込むわけにもいかず、生鮮食品は魔力を使って保存しなければまともに保管できず、肉に関してはあっという間に腐っていく。
そんな腐ったものを食べていれば確実に腹を壊すし、そのせいで今度は脱水症状も出るだろう。
しかしリヴァイアサンはそんなことにはならない。
転移こそ出来ないが物品のやり取りだけなら、コーブルクやルーベル、そしてハイランドからの食料供給がある。
常に必要な分だけ、新鮮なものが食べられるのだ。
そんな豪華な食事が並ぶ中、テンペストはサラダとパン、そしてオムレツとあっさりめの物を選ぶ。
他の皆は朝から肉と結構重めのスタートだ。
「んー……やっぱうまいな。この船の料理人の腕は流石だな……」
「美味しくなかったら暴動が起きますよ?船の中で食事というのは唯一の娯楽と言っていいくらいですから」
「娯楽ねぇ……なんか、賭けとかもやってるみたいだが」
いつの間に出来たのか、有志が集まりプチカジノが出来ているらしい。
少額をかけてやり取りするが規模は小さく、とある貴族の部屋で行われているという。
特に参加する気もないのでどうでもいい情報だ。
「今日は甲板に出て手合わせしないか?テンペスト」
「そうですね。私も少し身体を動かしたいと思っていたところです。それに……今日こそはコリーに一太刀浴びせるのです」
「なんの、絶対防いでやる」
コリーは正規の剣術を学び、ある程度使いこなせるまでに成長していた。
テンペストはそのコリーの教え子と言っていいので当然、コリーにまともにぶつかっては勝てることはまず無いだろう。
鎧を着込んで獲物は木製に変える。
軽く身体を解してからコリーと向かい合う。
甲板には他にも同じようなことを考えるものは多いようで、特に護衛達が広い甲板の上で訓練をしていた。
それを横に見ながらテンペストが一歩を踏み出す。
ニールにはほぼ一瞬の内に間合いを詰めたように見えていたが、それをコリーは見切っていた。
テンペストの剣の切っ先を片手に握った剣で弾き、逆に逆手の剣がテンペストの胴体へと吸い込まれていく。
当たるかと思われたコリーの斬撃は身体強化を行い、更にパワードアーマーによって底上げされたテンペストに防がれた。
しかし防がれた瞬間次のコリーは移り、その攻撃をテンペストは躱す。
流れるような動作で一切のムダを省いた様な攻防は、まるで演武を見ているかのように美しいが、正真正銘その場での本気のやり取りだ。
自分の子供位の、しかも少女であるテンペストが獣人のコリーの正当な流派である剣技を受け流し、反撃までしているのを訓練中の者達も自分の訓練を忘れたかのように見入っていた。
『テンペスト・ドレイク……。年端も行かぬ身でありながらあれ程までに鍛え上げているのか』
「うちの屋敷に居たときとは大違いだな。強くなったものだ」
「ハーヴィン候のところから、師匠のところに来たときは体力も何も無かったんだけどね。ああやってコリーと毎日訓練してるんです」
「その他にも身体強化などは毎日起きている間はずっと続けてますよ。眠っている時以外はそうそうその辺のゴロツキ程度には負けないでしょう」
サイラスが教えたリジェネレート。マナの強制回収と傷の自然治癒など幾つかの物を一つにまとめたような魔法。自分自身も同じように起きている間はずっと続けている物だ。
テンペストが前にやっていたという方法よりも効率よく、そして持続性が高い物となっている。
これと身体強化、パワードアーマーを組み合わせることで殆ど消費を気にすること無くあのような動きが可能となる。
しかし……本体のスタミナだけはどうしようもない。
「はぁっ、はぁっ、はぁ……私の負けです、コリー」
「いやぁ、ここまでできりゃ上出来だろう、はぁ……あー……ある意味兄貴とやるより疲れた……」
身体強化やパワードアーマーによって強化されているとはいえ、自身の体力だけはどうしようもない。
長く全力を出せるので体力も上がったかのように感じるが、実際の所は自分の力1に対して出力が10の様に増幅されているだけなのだ。
体力消費がゆっくりになるだけで、ずっと動き続けられるわけではない。
テンペストも同じでスタミナ切れになったところで足がもつれ、そのまま押し切られてしまった。
一太刀入れるという目標はまだ遠いらしい。
と言ってもコリーも余裕でいなしていた訳でもなく、かなり本気で打ち合っていた。
そうでもなければ、隙があればすぐにそこをついてくる上に、シックルソードという独特の武器を巧みに使って体勢を崩しにかかるテンペストの攻撃方法は防ぎにくい。
終わった後、周りから盛大な拍手が送られて少し恥ずかしそうにしながら2人が帰ってきた。
「な、何で俺らあんなに注目されてたんだよ!?」
「え、気付いてなかったの?」
「2人の一進一退の攻防が素晴らしすぎたんですよ。他の所は訓練と言っても強い人から鍛えてもらっている感じで拮抗している者同士での訓練はざっと見た感じありませんでしたから」
『加えてその力も高いレベルでの実践的なものだった。見事というほかあるまい。あれは見とれてしまっても仕方ないだろう』
鍛える、と高め合う、は別物だ。
教えてもらって指導してもらいながら反復練習を行い、型通りの事を繰り返していたのが周りのやり方だ。
そうでなければ体力づくり、身体を鈍らせないための確認の動作など。
しかし、テンペストとコリーは違った。
実力が似ている者同士で本気で打ち合う。使っているものがいつも使っているものではなく、それを模した木剣であること以外は実戦と何も変わらない。
相手の攻撃を防ぎ、捌きながら隙を見ては反撃する。急所を容赦なく狙い、当たったら確実に大怪我をするだろう攻撃を繰り出しまたそれをいなす。
流れるようなその攻防を行えるのは、両者が高いレベルで拮抗しているという証拠であり、それだけの訓練を行えるような者達は少ないのだ。
「そうだったのですか。あまりやらないほうがいいのでしょうか」
「いや、そういうわけでもないだろう。ほら、周りを見てみるといい」
サイモンに言われて甲板を見やると、先程の2人に触発されたのか今までのようなゆるい雰囲気が一変して実力の近い者同士で本気のやり合いが始まっていた。
先程から少し賑やかになってきたと思ったのだが、これが原因だったらしい。
そこらじゅうで怒号が飛び交い、けが人が続出している。
「傷の手当を!もう一回だオラァ!」
明らかにバックリと傷口が開いているが、魔法による治療を受けた後にすぐにまた復帰して戻っていった。
本当にさっきまでの雰囲気とは違う。触発されるにも程があるだろう。
と、一人の男が近づいてきた。
ハイランドの者ではないようだ。
「初にお目にかかります、私はコーブルク軍使節団護衛隊の隊長をやっておりますマーカスと言います。カストラ男爵殿とお見受けしますが」
「ええ、私がそうですが」
「やはり。先程の獣人族はナイトレイ男爵ですかな?」
「ああ」
やはりそうか!と言う感じで少し嬉しそうな顔をするマーカス隊長。
本職の剣士だけあって、身体の運びから全身から感じられる研ぎ澄まされた雰囲気などは確かに他と違っている。
「流石は鉄の竜騎士と謳われた方々なだけはありますな……あれ程の物を見れるとは思っておりませんでした。お陰で部下たちもいつにもなく訓練を真面目に受けております」
「……真面目に……というか、いいのか?けが人だらけだぞ?」
「この程度なら問題ありませんな。優秀な治療術師がついているので。それに自分でもある程度はピクシーワードを扱えるように訓練してあります」
戦場である程度自分たちでも回復できるようにしていると言う。
確かに、いつ戻ってこれるかもわからない戦いでは、常に治療を受けられるとも限らない。
今回の兵を選ぶためにそれらを考慮して、魔法を扱えるものたちに絞っているようだ。
「海の上だからとあまり身が入らなかったようですが、先程のものを見てこれではいけないと思い知ったようで。一言をお礼をと思った次第です」
「特に、礼を言わるようなことをしたわけではありませんが」
「ああ、いつもやってることだ」
「アレを……毎回、ですかな?」
そうだと肯定すると流石にちょっと引いていた。
ハイランドが強いのはたまにそういうことをするからなのかと思っていたようだが、ハイランドの兵は元から身体の作りが違うと言っていい。
サイラスに言わせれば、元から高山という空気の薄いところに居る者達は、酸素濃度が高いところにいる者達よりも身体能力に優れていると言う。
それが魔法という力を得て更に顕著になっているのではないか?と。
事実、ミレスを撃破した後に合同訓練を行った時……平地での白兵戦をしてみたのだが、平地側の兵は大半が死亡判定を食らっていた。
そこで訓練風景として先程のテンペスト達のものを見て納得していたみたいだった。
「あれはほぼ毎日俺とテンペストでやってる練習だ。元々はテンペストの体力づくりだったんだが……いつの間にか実践訓練になったな」
「しかしお陰で戦いの場では身体が動くようになっています。以前はすぐに対応できずに死にかけましたから」
レッサーオーガに襲われたときのことを思い出す。
あのときは本気で死ぬかと思ったのだ。何とかストーンバレットを当てて助かったわけだが。
今では特に道中で何かあったとしても特に問題にならないだろう。
あの社交界デビューの時の屈辱は忘れないが……。あれはテンペストの中でも自分の注意力不足が招いた結果として最悪の部類に入っている。
ともかく。
よくわからないが自分たちに触発されて兵たちがやる気を出したのならばそれはそれで問題ない。
隊長さんとも別れて汗を流すために部屋へ戻った。
□□□□□□
航海6日目に差し掛かる頃……。ハイランドの宵闇の森がまたざわめき出した。
見張りの兵士が不穏な声を聞きつけて報告を上げる。
「代官様。宵闇の森でまた魔物があふれる兆候が見られます」
「ふむ。サイモン不在の時にこういうことが起きるか……。まずは見張りを引き上げさせよ。代わりに兵を立てて万が一に対処できるようにしておけ。こちらも今まで通りではないのだ、安心するが良い」
「了解しました!」
ハーヴィン領、サイモンの屋敷で代官を任されている男性。
ブルーノ・グロッシ子爵。サイモンの友人で華奢な痩身の男だ。暫くの間留守を預かってくれと言われて屋敷のゲストハウスに寝泊まりしている。
ブルーノはハーヴィン領でサイモンのために色々と動いている貴族で欲がないため重宝されていた。
今回も好きなものを好きなだけ食べていいと言う事につられて引き受けたのだが、まさか早速仕事が出来るとは思っていなかった。
書類仕事は家令が部下に命じてやらせているし、あまりすることがないと思っていただけに残念な気持ちだったが……。だからと言って本当になにもしないほど怠け者でもない。
「……魔導騎兵は4機、上級魔法部隊と機動歩兵は……。意外と少ないがまあなんとかなるだろう。何かが起きた時には心置きなく使えって言ってたしなぁ……」
暗闇に包まれた宵闇の森では、暗闇を見通せる装備が必要だ。
しかしそれが出来るのは魔導騎兵と機動歩兵のオルトロスだけだ。
身内ということでサイモンへの装備品には暗視が出来る装備が備わっているのだ。他に売り出しているものに関しては標準ではついてこず、オプション品として販売される。ちなみにもう1台買えるくらいには高い。
概要はある程度聞いているので兵装などについては問題ない。
通常の歩兵は周りが見えない状況では不利な上に無駄に犠牲が出る。
であればオルトロスに機動歩兵の運転手と、砲身代わりの上級魔法部隊をセットで配置すればいいだろう。
その周りを4機の魔導騎兵によって固める。
とりあえず先にサイモン宛の手紙を書き、連絡用の引き出しに入れておく。
確かこうすることで航海中の自分の元へも届くと言っていたはずだ。
同時にブルーノは侯爵としての地位で持てる兵力を動かす。
魔導騎兵と、魔導車という最強のカードを最初から切る。
簡単に制圧できればよし、難しいならば即撤退。だが撤退するほどのことにはならないだろう。
あの者達が作った物が、飛竜をも相手取ることが出来るあれがあるのであれば……。
「そもそも、暗闇を見通せるというのであれば……その時点でこちらが有利になるではないか。ふむ、ついでだミレスもなくなったことだしあの森もある程度攻略しておいてもよかろう」
サイモンが帰ってきた時の仕事を減らしておいてやろうか、それくらいの気持ちだ。
ここを暫く任せると言って旅立った友人のために一肌脱ぐだけだ。
宵闇の森は広く、その中に居る敵はどれだけいるかもわからない。
アンデッドの巣窟でもあり、未だに新種が発見される良く分からない場所だ。
ここを見張る必要がなくなれば大分楽になるだろう。
門へ行くと既に私兵達が用意を済ませて待っていた。
オルトロスに乗り込み魔導騎兵コットス4機とオルトロス5台を引き連れて森へと向かう。
□□□□□□
「では、作戦開始!君達は最新の装備を使った、現時点で最強の兵たちだと聞いている。存分に蹴散らしてくるといい」
何処か適当な号令に敬礼を返して私兵達は闇に飲まれていく。
まずはこの入口付近……元々の道があった場所を重点的に掃除していく。
まっすぐ進めるのであればこの宵闇の森を通過するのは大して時間の掛かるものではない。ましてやオルトロスやコットスと言った疲れを知らないものがあるなら余計にだ。
しばらくすると、魔物と交戦する音が聞こえてきた。
「……どれだけの時間がかかるかは分からないが……この暗闇が晴れるならばそれに越したことはないでしょう。計算では大体7日ほどで探索は終わるはずですが、さて……?」
森を幾つかのエリアに分けて、そのエリアごとに探索を続けるというパターンだ。
人の足で歩くわけではないので確実に早く進めることが出来る。
また、コットスの力で専用の剣を振るえばこの森にある木などは一撃で切り倒すことが出来る上に、邪魔なものはそのまま纏めておくことも出来るのだ。
「子爵様、報告です。敵を排除し道の制圧を進めるとのことです」
「流石だな、もう終わったのか。なるべく素材も回収するように言っておいてくれ」
「了解しました!」
順調に掃討は進む。
時折入る報告を聞くと、やはりアンデッドが群れをなしていると言うことだ。魔晶石を回収し、もしもあればではあるが身分証も回収させている。
身分証を見つけられれば、その者が保有していた金銭などは家族がいればそちらに振り分けられ、本人の希望があればそれが優先される。
所持していたものなどは身元がわかるものだけにとどめた。
「どうされましたか子爵様?」
「いや、少々歯がゆくてな。サイモンであれば共に中へと入って戦えたであろうに、私は戦う力を持たない……。生まれつき脆弱な身体故仕方ないとは思うが」
「そんなことはございません。子爵様はその代わりに指揮能力が高いと領主様はおっしゃっておりました。そしてここで指揮しているのを見ればそれが本当であることはわかります」
「世辞は要らんぞ?……しかし、そうだな。人は何かが出来る者もいれば、出来ない者も居る。ならば私はここで役目を果たそう」
一緒に戦えないのであればせめて現場で戦う兵士が消耗しないようにしてやらねばなるまい。
また、報告が入る。
『木を切り倒しながら魔導車を進められるようにして進行中。現在の所魔導騎兵のみで対処可能』
『敵と交戦。数が多いため魔法部隊による範囲攻撃を行い殲滅』
『エリア1~4クリア。道の安全は確保された』
「順調だな。それにしてもやはり魔導車は速いな」
「こういう任務には向いていると思いました。足で歩いていけばここを突っ切るのにもかなりの時間掛かるはずだったので……。戦闘しながらであればなおさらです」
「だからこそ、今やらねばならんのだ。魔導車という物があるのであればそれを使わない手はない。……次は5~8だな。この闇の大本が何処にあるのか知りたいが……」
しかしこちらへと戻ってきた部隊はそれらしきものは見つからなかったという。
一度入り口であるこの場所で腹ごしらえと、持ち帰った回収物を置いていく。
魔晶石は通常のものが多く、たまに黒い魔晶石がチラホラとある程度。身分証はなんと6枚も回収できた。身元が判明したということは珍しく、装備品でもしかしたらあの人だったのではないか?やあの部隊だったのではないか?という予測がされる程度だった。
こうして身分証をしてもらえる者は幸運だったのだろう。
「では、このまま続行する。各員は交代を行うように」
数時間の間、狭い車内や魔導騎兵の中に居た者達を交代させる。
疲れは自分で分かっていなくとも現れているものだ。気づかずにまだ行けると思って命を落とすことになるかもしれない。
特に魔導騎兵は重労働ではないのに、降りた後は精神的に疲弊しているという。
状況判断のミスに繋がりかねない物だ。これが分からない指揮官は多く、動けるうちは動かすということをした結果どうなるかは分かるだろう。そのようなミスは犯さない。
「今日中に森の中央部近くまで行けそうだな」
「予想以上に進度が早い。それに中央部にこの闇の原因があるって言うんだろ?」
「結界でも魔物でもぶっ飛ばして、さっさと普通の森に変えてしまいたいもんだ」
……どうやら私兵達もやる気があるようだ。
いやいやと言った感じはしない。
しかし、ああは言っているが中央部に原因があると決まったわけではない。
それでも探索のために道の安全をまず確保したのは、中央部へと深く切り込んでいくためだ。
あくまでもそこに元凶がある可能性が高いというだけの、不確定な情報なので無くても別に不思議ではない。
それにしても。
彼らが持ち帰ってきた物の量を見る限り、かなりの魔物を狩ったのだということが分かる。
アンデッドが多いこの森は一々肉を切り裂かなくとも魔晶石を取り除けるから楽ではあるが、これほどの量となると集めるのに苦労するだろう。
第2陣が出動してから数時間。
既にまた何度も戦闘があったらしく、中心に近い今居るエリアでは少し進めばわらわらと湧いてくると言う報告があった。
それもただのアンデッドなどではなく、目のない黒い魔獣のような物が増え、段々に強くなっているという。
「彼らに連絡。手に余りそうになってきたら引き返せ。準備を整えてからもう一度攻撃を仕掛ける、と。いよいよ厳しいとなった時にはもう遅い、早めの決断をしなくてはならない」
それと……と一言注文を付け加えて、命令を出す。
本当にその付近にあるとすれば魔物の能力か、何かの装置だろう。後者なら破壊すればいいが、前者であれば……闇を操る能力を持った何か、ということになる。
それもこの森を覆い尽くすような闇を作れるものだ、強力でないはずがない。念には念を入れて置かねば危険だ。
それまで人型が多かったのが、魔獣型の魔物が増えてきた。
魔物はこちらが周りをあまり見えていないと思いこんで攻撃を仕掛けてくるが、それすら既にお見通しだ。しかし……その暗視を通して見た世界には、木々の後ろから、上から、じわじわと影のような生き物が迫ってくるのが見え、生身であれば絶望に打ち震えただろう。
それでも対処できているのは、オルトロスとコットスという守りがあるからだ。
だがそれも1匹の巨獣が出てくるまでの話だった。
「ただ今帰還致しました!」
「ご苦労。被害状況は?」
「コットス1機半壊。3機小破。オルトロス2台中破、3台小破。人員に死亡者は無し、しかし、身を乗り出していた魔法部隊3名重症です!」
「すぐに治療を受けさせろ。死者が居ないのは幸いだった、後程その正体不明の魔物に関して纏めておけ。王都と……カストラに支援を求める」
「はっ!」
送り出した部隊は死者は居ないものの痛手を受けていた。
コットスの1機は、最初の襲撃を躱しきれずに片腕を失い、脚の機能も半分ほど麻痺していた。
2機で引きずりながら戻ってきたため何とか生還できたが……その撤退する際もしつこく追撃してきては、周りのアンデッドを操って巧みに攻撃を仕掛けてくる。
対処に当たっていた魔法使いはオルトロスに取り憑いたアンデッドに攻撃を受けて、辛うじて命は助かったが治療が遅れれば死んでいただろう傷を負った。
現地ですぐに引きずり下ろしてハッチを閉めれば、それ以上攻撃は受けずに済んだが……そこに居たものたちだけでは治しきれないほどに深い傷を受けている。
オルトロスにも深い爪痕が残り、屋根が抉れている物もあった。
致命的な損害は受けていないとはいえ、自分たちを守る盾の代わりにもなっていた車体を引き裂かれてしまったのだ、中に居た者たちの恐怖は凄まじいものだっただろう。
「それぞれの報告は明日聞く。それまでに報告をまとめておくように。どんなことでもいい、自分たちが見たままを報告せよと伝えるように。……それと、良く全員で戻ってきたと」
「はっ、ありがとうございます!」
彼らは約束を守った。全員生還することを第一目標に、必ず敵の情報を持ち帰ること……。それがブルーノの付け加えた命令だった。
海上で暇を持て余しているテンペスト達ですが、その裏で一つの事件が起きていました。
しかし以前とはハイランドも違っているため、宵闇の森でもある程度動けるように。
ちなみにサイモンのところの魔導騎士やオルトロスの暗視装置は、最初付ける予定はなかったのですが宵闇の森が近いことと、そこの見張りをしているという役割上必要だろう、とサイラスが判断したためテンペストの身内ということもあって無料で取り付けていたりします。