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鉄の竜騎士 -元AI少女の冒険譚-  作者: 御堂廉
第四章 カウース大陸編
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第九十一話 壁を超える

「あれが……海流?」

「どう見ても海流ってレベルじゃないんですがそれは。川みたいだ……それも激流の」


 ついに難関に差し掛かった。

 まだ距離はあるものの、望遠鏡越しに既に見えている海流は……凶悪だった。


 穏やかな海が途中でいきなり変貌しているのだ。

 近づくに連れて白い飛沫が上がり、轟々と音を立てて海の一部が船から見て真横に流れている。

 その付近では渦がいくつも出来上がり、近づくものを飲み込もうとしているのだ。

 普通に考えてここに近づくということ自体が自殺行為であることがよく分かる。


 この海流も嵐の日にはあまり目立たなくなると言われているが、そもそもそれほどの嵐の時には船を出せない。

 結局、ここを抜けることが出来る船は殆ど居ないのだ。

 恐らく大半はこの下に沈んでいるのだろう。


「これ、魔物のせいってことはある?」

「現時点で私の感知には反応がありません。他の魔物の反応は感じ取れているので恐らく関係無いのでしょう。コリー、準備を」

「おう。……頑張れよ」

「何をどう頑張れば良いのかわからないけどね……。そっちも頑張って道を見つけて誘導してね!」

「はい。必ず。では行ってきます。ニール、私の身体を頼みます」

「うん。部屋で寝かせておくから、まかせて」


 これからテンペストとコリーはマギア・ワイバーンで空に上がり、リヴァイアサンが航行するために問題なさそうな場所を探す。

 ただしどこをどう通った所で激流だけは避けられない。その為渦を避けつつなるべく一直線に斜めに渡りきるという方法を取ることにしたのだ。

 サイラスとサイモン達は艦橋で船長と共に偵察ポッドから送られる映像をモニタする。


 大勢が見守る中偵察ポッド付きのマギア・ワイバーンが甲板上に姿を現す。

 初めて見るものたちは近づいてこようとするが、衛兵たちに抑えられている。

 なので離陸には浮遊を使わずに従来の方法で行くことにした。


『セルフチェック完了。偵察ポッドとの接続良好。魔導エンジン始動……点火』

「垂直離陸、上昇モード、セット。武装も問題ない……さて、重大任務だテンペスト」

『はい、失敗すれば多くの人達が沈みます』


 失敗した場合、2人の大切な人達が全員海に沈む。

 あの流れの中に放り出されてしまえば二度と浮かび上がってくることはないだろう。

 魔導エンジンの出力が増大し、甲高い音が大きくなっていく。


 マギア・ワイバーンの巨体を浮かばせるほどの強力な風圧が甲板に叩きつけられると、流石に危険を感じたようで少し下がったようだ。

 そのまま浮き上がっていき、船の周りを一度旋回した後に激流へと向かう。


 □□□□□□


 艦橋ではサイラスとサイモン、ギアズ、そしてベック船長と船乗りたちが持ち込まれたモニタに釘付けになっていた。


「これは……誰もが突破出来ないわけだ……」

「ここまでとは!しかし……これならば潮の流れを観察できます。船長、幾つか流れが蛇行しているためか弱くなっている部分もあります。ここを突っ切ることが出来れば……」

「駄目だ、潮の流れは早い。船が流されて渦に突っ込むぞ」

「そもそもこの幅はどれくらいあるのだ?」


 近くに船が写っていないため、大きさが把握できない。

 その為テンペストにおおよその大きさを算出してもらい、モニタに表示してもらった。

 渦の大きさ、潮の流速、壁の幅などなど。

 それらが一度に出てきてまた船長達が驚く。


 サイラスにもまだこの技術自体は再現できていないため、今のところテンペストだけが出来る事だ。

 また、偵察用ポッドは風速なども計測している。

 それらを総合的に計算するため、航海士達が頭を突き合わせて唸っていた。


「サイラス殿。あなた方のお陰で突破できるかもしれませんな」

「それは光栄です。……他に必要なデータはありますか?」

「必要なものは殆ど揃っている、問題ないだろう。後はこちらの操船技術だろうな……」


 潮の流れが変わるところにそのまま頭を突っ込むと、強制的に向きを変えられてしまい下手をすればそのままぐるぐる回るハメになる。そうでなければ渦に向かって引き寄せられて沈むだろう。

 ここに出来ている渦は直径は約10mから大きいものなどは300mを越す。

 幾つかは回転も早く、漏斗状になっているものもあり……そういった危険な渦からはなるべく離れておかなければ危険だ。


 その時テンペストから警告が飛んできた。


『警告、船の前方より大型の魔物の影が接近中。警戒態勢を。映像に写します』

「見えた。これは……大きいぞ!」


 テンペストの感知が大きな魔物を捉えた。

 海流に向かって一直線に進んでいるのが上空からだと白い影となって見えていた。

 海流を移していたオクロを別のオクロへと接続を変えてモニタに映し出す。

 まだ4キロ近く余裕はあるが、このまま進んでいけばさほど時間もかからずに船へと到達する。


『推定300m、およそ20ノット。接触まで後4分18秒』

「総員戦闘準備用意!甲板に出ているものは全員収容!急げ!機関始動、全速前進」


 艦橋では慌ただしく船員が動き始め、何度も命令を復唱しながら指示を出していく。


 甲板に出ていた一般人を含め全員を直ちに格納庫内に避難させ、代わりに設置されたガトリング砲とレールガンが起動を開始する。

 ただの変な形をしていた筒は砲を下に向けて格納したガトリング砲だ。

 それが姿を表して周囲をぐるりと見回し、砲身が回転して弾薬の装填を始めていく。

 船首側にあるレールガンは、半分埋まっていたその姿を表して前方を警戒する。

 船の側面に装備されている魚雷発射管が横にせり出して発射準備を整えた。


「目標、海流へ到達。……えっ……?」

「目標は海流を通過!海流の影響は全く受けていません!」

「到達まで後2分を切りました!」

「取舵45度、魔物との接触を避けろ」


 海流の激しい中を悠然と泳いで抜けてくる大きな魔物。正体は今のところ不明だが、こちらへまっすぐに向かっているのは確かだ。

 既に魔導エンジンは加速を始めており、このまま舵を切って直接正面からぶつかるのは避けることにした。


 不思議なのはこの魔物が海流を無視するかのように抜けてきたことだ。

 あの中で身体が流されたりということすら無かった。


『到達まで30秒。進路に変更なし』

「よし、このまま通り過ぎてくれれば……」


 やがて水面が僅かに盛り上がり、その下を泳ぐ魔物が接近してくるのが見える。

 しかしこちら側に向かって方向を変えること無くそのまま接敵は回避できたのだった。


 艦橋には流石に安堵の声が聞かれる。

 自分たちよりも遥かに大きい魔物にここで襲われてしまっては、流石に分が悪い。


『目標は進路を維持、警戒は必要ないでしょう』

「総員、警戒解除。通常任務に戻れ。船速落とせ微速前進、舵そのまま。計算が終わるまで周回する」


 武装も解除され元通りに格納されていく。送られた弾薬も回収されていき、リヴァイアサンは完全に通常任務に移行した。


 □□□□□□


「なあ、何であれ攻撃しなかったんだ?」

『こちらからの銃弾は海水に阻まれて到達しません。魚雷を撃ち込んだ場合はあの魔物が生きていた場合無駄に損傷する可能性があります。現状、リヴァイアサンを直すにはルーベルのドッグまで戻さなければなりません』

「あー……なるほどな。極力戦闘は避けた方がいいか……」


 上空からリヴァイアサンと連携を取っていたワイバーンだったが、ひとまず危機が去ったということでまた海流の観察に戻った。


「しかし……あの魔物は何なんだ?そんなに深いところじゃないはずだが、何の影響も受けずに進めるもんなのか?」

『分かりません。しかし……あれ程の海流ですから本来ならば僅かにでも流されるはずなのですが……』

「テンペストの探知を使って魚とかその他の奴らの動きも見てみたらどうだ?」

『了解です。レーダーにも表示します』


 レーダーに無数の光点がうごめく。

 この周りに居る生物全てを示したものだが、相当な量がある。

 しかし妙なことに気がつくのに時間はかからなかった。


「なあ、テンペスト……魚すら影響受けてないんじゃないか?」

『そのようですね。渦は見た目通りのようですが、海流に関しては表面の一定の深さまでしか影響がないようです』

「ってことは、これは人為的に作られたものか……?自然にできるものではないはずだ」

『その可能性があります』


 何にせよ、面白い情報が分かった。

 潜ればいいだけだったのだ。

 しかし潜水艦という物がないこの世界では船が全てだ。

 そしてこのことに気づけたのは空を飛べるワイバーンがあったからこそ。海の上からであれば分からないのだ。


『嵐の日にはこの海流が弱まる、という話も表面だけで流れている一種の自然結界みたいなものだと思えば理解できます』


 表面だけをかき回しているだけと考えれば、嵐の時には海面が激しく上下することになる。

 その際に一定の高さでのみ効果があるこの海流は、その範囲を超えてしまうために一時的に効果が消えてしまうということだろう。


「ってことは……。嵐の日にミレスの奴らが船を出したのは正解だったというわけだな。この酷い海流に阻まれること無くすり抜けられたのかもしれない。糞、やっぱお告げはあいつを指していたか」

『一応、確認しましょう。魚雷を深さを変えて3発、こちらに向かって打ち込んでもらいます。その後波の直下で爆破して様子を見てみたいと思います』


 すぐに指示を飛ばして了解を得る。

 深さは水面下3m、6m、9mとした。


 一発目が近づいてくる。

 水面からかなり近い位置を動いているので目視でもはっきり分かる。

 水流に近づくと急激に向きを変えた。

 と、同時に巨大な水柱が立ち上り、辺りを真っ白に染めた。


『爆破確認。……海流の流れが撹乱されています』

「ああ、だが……すぐに戻るなやっぱ」

『1発で上流側をせき止めると、下流側の方も暫くの間かき乱されているようです。もしかしたら起爆させてわざと止めておくことで安全に船を進めることが出来るかもしれません』


 2発目も同じ。3発目はまっすぐに抜けようとした。

 ということで9m以上潜っていればほぼ確実にこの海流をくぐれるということになる。


 どういう仕組みになっているのかはこの際置いておくことにして、流れが止まり、また元に戻る約30秒で通り抜けることを提言する。

 最大速度の45ノットでも大体10秒もあれば完全に通り抜けることが出来るので、タイミングを間違えなければ楽に通ることが出来るのだ。


 計算していた者達には悪いが、強制的に流れを止めて一気に突き進むことにした。


 リヴァイアサン側の方でもこの結果を見てテンペストの案を受け入れた。

 渦も少しの間弱化するので一番危険が無いだろう。

 加速に距離を必要とするため、きちんと魚雷の速度とリヴァイアサンの速度を考えて綿密に計算を行う。


 その間にテンペストは着艦を行い、機体を冷ました後にハンガーへ格納した。


 □□□□□□


「戻りました」

「お帰りテンペスト。どうだったの?」

「少し面白いことが分かりました。艦橋まで一緒に来て下さい」

「え?うん。あ、ちょっとまって、着替えしてって!」


 寝かせる時に、身体を締め付けないようにといつも寝る時の服に一度着替えさせていたのだ。

 そのまま外に出ると色々と問題がある。


 着替えが終わって艦橋へと向かうと、船長やサイラス達が計算を終えて準備に入っているところだった。

 コリーは直接ここに呼ばれたらしい。


「ああ、戻ってきたね。今からあの海流の壁を超えるよ」

「何よりもあなた方に見せたかったのだ。このリヴァイアサンが、偶発的にではなく意図してこの海流を乗り越えるという歴史的瞬間を」

「確実に成功するでしょう」

「頼もしい言葉だ……。では実行に移す。両舷全速。左舷魚雷1番用意」


 ぐん、と後ろに引っ張られるような感じとともに勢い良くリヴァイアサンが進み出す。

 今は左側に海流を見ている。

 丁度、海流と同じ向きに向かって進んでおり、このまま左舷側の魚雷を発射することで途切れた流れのところを船が通っていくという感じだ。


 やがて魚雷が発射され、海流の真下で爆発を起こして流れを止めた。


「今だ、取舵40度」

「海流が止まります」

「海流、回復中。後30秒」

「余裕だな、渦もほぼ消えている」


 丁度、海流が止まった部分が船と一緒に移動しているようなものだ。

 その穴に飛び込み悠々と抜けていく。


「海流の壁、抜けました」


 その言葉は艦橋だけでなく、全室に向けて放送された。


 当然のごとく、各国の人達を沸かせるには十分だった。

 海流を抜けると少々波は高いものの、気をつけていれば特に問題ない程度には波は穏やかだった。

 ここはもう外洋だ。

 未だにまともに見たものが居ない海域を、リヴァイアサンは進む。


 □□□□□□


「ご主人様、お水をお持ちしました……」

「遅いぞ。ではそこに置いてこちらに来なさい」

「は……い……」


 クレーターの湖の中にある城塞都市、クラーテル。

 そこの市民街にほど近い貴族街でディノスはバスローブ姿でベッドに横になっていた。

 水を持ってきたのはこの神聖ホーマ帝国で購入した奴隷の少女、キールだ。


 部屋には水を出せる魔道具は備わっており、いつでもそこから新鮮な水を飲むことが出来るが……。

 わざわざ持ってこさせているのはつまるところ夜伽をしろ、ということだ。


 英雄としてこの国で名を挙げたディノスは、ミレスに居た時よりも格段に良い生活ができるのを良いことに、報奨で貰った土地と家、そして準男爵同等の地位を使ってその牙を剥き始める。

 元々ミレスに居たときからサイラスには「下衆の中の下衆」と言わしめるほどの欲望に忠実な男なのだ。

 サイラスの知識を得たからと行ってそれがなくなるわけではない。


 ましてや邪魔な軍人は皆死亡して、今いるのは従順な信者であったヨックと言う男と、リーベと言う女だけだ。

 2人をこの屋敷に住まわせて、身の回りの世話をさせていたわけだが……それまで生きるか死ぬかという状況を行ったり来たりしていたせいで忘れていた性欲というものがついに頭をもたげてきたのだった。


 そして、ディノスにとって都合のいいことに……ホーマ帝国では奴隷制度があった。それもかなり悪質なものだ。

 誘拐による物も常習化しており、気に入った人材が有ると命令して拐ってくるということもよくあるという。

 これは国家がそれを容認し、あまつさえ神の名のもとに奴隷を選定している事も同義ということだ。

 また、神聖と名がつく通りこのホーマ帝国の皇帝は大教会の教皇でもある。

 故に神職としては奴隷という名ではなく「信徒」として迎え入れるという言葉を使い、皇帝の周りには数十人とも言われる美少年、美少女が並んでいるという。

 このキールという少女もまたその被害者の1人だ。


 信徒として迎え入れられることは、市民にとっては栄誉あること……と教えられている市民たちは教団側から「あなたのお子さんは神によって選ばれました。明日の朝までに体を洗い、この無垢の服に着替えさせること」と言われ、連れて行かれる。

 また、神によって迎え入れられるのだから、俗世との未練は断ち切らなければならない。

 その為身体一つ……つまり、渡された服以外を身につけることは許されない。


 その対価として家には購入金額の何割かが支払われるが、それだけでも市民にとっては大金である。

 表向きは「将来の家の担い手を連れて行ってしまうのは心苦しいですが、どうかこのお金で新たな人生を歩んで下さい」というものだったが。


 信徒となったものはよほどのことがない限りは奴隷そのものだ。

 そして……信徒として選ばれるものは男も女も若くて顔の良いものたちばかりであり……つまりは性奴隷として連れてこられたものたちとなる。


「キール。教えられたとおりにすればいい。さあ、その身体に英雄であり、また神の敬虔な信者である私を受け入れるのだ。お前の家族もより一層幸せに暮らせるだろう」

「はい……。失礼、します……」


 信徒となったものは洗礼を受ける。

 全員が一人ひとり個室の祭壇に呼ばれ、身体に聖なる徴と言われる紋を刻まれる。苦痛に耐えてそれを受け入れた後、彼らには最悪の未来が待っているのだ。

 主人に対して危害を加える、脱走する、命令を無視するなどをした場合、自分だけでなく家族の命すらも無いことを教えられる。

 警告代わりに胸が苦しくなるが、それは家族にも降りかかる。

 つまり、脱走すれば自分が死ぬだけでは済まず、家族にもそれが及ぶということだ。


 家族の側には「信徒として修業を受けている時に、苦しんだり辛かったりするとそれが血の繋がりを持つ家族にも現れる。その時には子供が今も頑張っているのだと思って一緒に祈ってやってほしい。それが現れたということは、やはりその子は神に選ばれた証拠である」という旨の説明がなされていることだろう。


 己の欲望をぶつけ、スッキリしたところでまた次の兵器を作るための研究をするために地下室へと向かう。

 ぐったりしているキールも連れていき、手伝いをさせるが暫くは泣くばかりで役に立たないだろう。


「さて……使える技術は……。ふふふ……時間が立つに連れてどんどん知識が自分に定着していくのを感じるぞ……」


 最初は吐気がするほどに気持ちが悪く、それが治ってもまだめまいがするくらいだったのが今は頭は冴え渡っている。今まででは考えられないほどに人の話を理解できるし、物の見方が大幅に変わった。

 前回の襲撃の際、魔砲弾によって敵を退けたが……あれは急造品だ。

 本来であれば大砲とセットで開発しなければ意味がない。


 より遠く、より早く、敵地のど真ん中を射抜く程に。

 そうだ、前に作ろうとして失敗した物をまた作るのだ。この国の技術力なら何の問題もない。資源は豊富、人材も豊富、そして自分は英雄であり研究者であり発明家だ。

 誰もが英雄である自分に対して疑問を持たずに協力してくれる。


「なるほど、昔私が設計したものはとんだガラクタだったということか。願わくばあの空を飛ぶ物を作りたいが……むう、複雑すぎる……これはまだまだ手に負えん。一つずつ、技術をものにしていく他ないか……」


 完全に理解するにはまだまだ時間がかかるようだ。

 どれがどの知識へと繋がった記憶なのか、まだ意味などが噛み合っていないものが多い。

 それらが全て繋がった時……素材と技術さえあれば様々な物が作れるかもしれない。

 まずは手始めにきちんとした戦車を作り上げる。

 あの出来損ないではなく、斜面を力強く駆け上がり、どこまでも走り抜けることが出来て……そこからすぐに砲撃が出来る物を。


 その為にまずは魔導車を用意しなければならないだろう。

 有用性を示すためには、実際に乗れるものが必要だ。その早さと安定性……そして荷物の積載量などを示して馬車の上位互換となるものであることを示す。

 欲しがる貴族共は多いはずだ。そして英雄という称号の元で作られるそれを買わない道理はない。


「そうすれば金が手に入る。もっと人を雇って研究を進められる……。……あぁ、奴隷をまた買うのもいいだろう。ヨックとリーベにも買い与えてやろうか」


 市民外へと降りたときにでも物色させるとしようか。1人の信徒の選定員を連れて歩けば数週間後には届けられることだろう。


「……いつまで泣いている、お前の仕事は何だ?」

「ご主人様の、聖なる飛沫を収め……立派な巫女になることです……」

「そうだ。我らが崇める軍神アーレスに仕えた巫女は、常にアーレスの滾った物を受け入続けた結果、新たな神を生み出した。人が神の子を産むという奇跡を成し遂げたのだ。私は何だ?」

「英雄ディノス様、です」

「英雄……そう、英雄だ。私には力がある。敵を蹴散らすための強大な力が秘められている。それこそ軍神に見初められたことの証、私が神の代理人だ。であればここに来たお前は運がいい。神話のように神の母となることが出来るかもしれんぞ?」

「い、やぁ……ぐっ……えぇぇ」


 主人……神の代理人からの申し出を断ることは神の言葉に背くことと同義である。

 神の言葉に背けば苦痛を与えられる。


 胸を抑えて苦しみだすキール、そして許しを乞う言葉とそれを許す言葉が交わされると途端にその苦しみは消える。


「わ、私の身体は……全ては神の為に。どうか私の身体を内から清めて……ください……」

「あぁ、そうだ。神の言葉には逆らわぬように。神罰が下るぞ」

「……はい……」


 都合のいいことはとことん利用する。

 別に軍神アーレスなど、どうでもいいのだ。自分の欲望の捌け口と、望みを叶えるためにならなんだってやってみせる。


流石帝国期待を裏切らない汚れっぷりです。

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