第九十話 エルビス島上陸
翌朝、船は一つの島へと到着した。
喫水が浅いかと思ったらそういうわけでもなく、ある程度の大型船でも停泊できるようになっているが、流石にリヴァイアサンの巨体は収まりきらない。
それでも横付けする形なので収まらなくとも問題ないし、船体横のタラップを下ろせばいいだけだ。
ある程度整備された港で本当に良かった。
そうでなくただ桟橋があるようなところだと全員を下ろすには少し手間がかかるところだった。
火山島で、かなり深いところから突き出すようにあるこの島は、既に火山として死んでから時間が経っているらしく緑に囲まれており、周りも侵食されているのかかなり削れていたりした。
その一部に突き出すように作られた港は土魔法によって形作られているようで、その部分の水深はかなり深い。
タグボートなんてないのでかなり気を使って真横に移動して接岸すると、ロープで岸へと固定した。
やはりハイランドの人達の顔色は悪く、コーブルク、ルーベルの方でも何人か死にそうな顔をしている。慣れている人は少ないから仕方がないところだがその辺に汚物を撒き散らしていないか少し気になってしまう。
「ニール、テンペスト、おはよう。眠れたか?」
「おはようございますサイモン。ええ、ぐっすりと眠れました」
「ボクもです。ハーヴィン候は船酔は大丈夫だったんですか?」
「ああ、私は問題ない。だが一緒に連れてきた護衛が数人やられている。とりあえず島に下ろして休ませるつもりだ」
島には宿泊施設があり、島民も存在する。
そもそも島自体が大きく、ここまでなら通常の船も来るため人の出入りも多い。
港も今リヴァイアサンが停まっているところだけでなく他にも数カ所あり、ここが一番大きい船を留められる場所だ。
火山島ということで、接岸できる場所はかなり急な坂となっているが、ところどころ崩落でもしたのかなだらかに抉れており、そこから出入りしやすいように整備した感じになっている。
その周りにはいくつかの木造の建物があり、ボートが立てかけられていたりと海とともに生活しているのがよく分かる。
噴火口である内側の方へ入ると、盆地に大きめの町があり、中心近くは底が見えないほどの穴が開いているようだ。そこに海水が溜まりいわゆるブルーホールを形成している。
緑と青に囲まれた美しい島、それがここ「エルビス島」だ。
「うわぁ……想像以上に綺麗なとこだね!」
「建物もしっかりしたものだし、宿も多い……やはりここで生活しているんでしょう。あ、一応言っておきますが皆さん酒は飲まないほうがいいですよ」
「あ?何でだ!?俺飲む気満々だったのによぅ……」
「船に戻った後死ぬほど辛い思いをしたくないなら止めておいたほうがいいですよ、コリー」
「……了解だ。ウルも辛そうだった」
どうやらコリーはワイバーンでかなり鍛えられているらしい。特に問題なかったが、お供のウルは駄目だったようだ。
昨日は昼食後からずっと吐き続けていて今も部屋で寝込んでいるという。
「そういえば、昨日私とニールで考えたのですが、船酔いを軽減できるかもしれません」
「本当か?ハイランドから来ている者の大半が苦しんでいるみたいだ、皆でも出来るのか?」
「出来ます。グラスなどに水などを入れて置くだけですから」
「博士が乗る前に言ってたよね。視覚と感覚のズレがあるからなんだって。地面が揺れてるのに部屋は揺れてるように見えないから駄目なんじゃないかって思って……じゃぁ常に本当の水平がどこなのかって考えた時に、ベッドサイドテーブルにあったグラスを見たんですよ」
「そうか、グラスの水を見ればどれだけ傾いているか分かる。揺れの向きと視覚が一致する……か。ハーヴィン候、ハイランドの皆に伝えてもらえませんか?」
「ああ、そうしよう。苦しんでいる者達を早めになんとかしてやりたい」
合わせて、酒やジュースは飲まずに冷たい水を飲ませる、甲板などに出て外の遠くを見る等はサイラスが教えた。早く教えておけとサイモンにお小言をもらっていたが。
テンペストとしても少し早くそれを知っておきたかった。
そうすればメイ達の酔いもある程度は軽減されていたかも知れなかったのに、と。
それでもテンペスト達が考えた方法を合わせればこれから大分楽になるだろう。
どこもかしこも食堂は混んでいたが、何とか入れた所で席に座ることが出来た。
流石に人が多すぎるわけだが、それでもなんとか捌けている辺りはこうした大勢の客を相手にするのは慣れているということなんだろう。
リヴァイアサンは図体はでかいが乗員は意外と少ない。帆船なんかだと結構人数が乗っているので似たようなものなのだろう。
ここから暫く先……海流の壁までは漁師や魔物を狩る為の駆逐艦、そしてそれらを餌にしようとする私掠船がひしめき合っている。
壁を超えると風向き次第では戻ってこれなくなる為、そうそう出ていくものは少ない。
「いらっしゃい!おまたせして悪かったね!」
「一度に大量の人が来ているんだから気にしねぇよ。おすすめとかはあるか?」
「うちではこの近海で獲れる魚と魔物がメインだ。この島の者達が持ってる船は見たかい?」
「家の横に立てかけてるやつなら……」
「あぁ違う違う。そうか、反対側から来ているから見ていないのか。ここの漁師はあんなちゃちい船じゃやってられないんだ。それこそ軍船に匹敵するようなものを持っていて、皆で協力して漁をする……で、今朝上がったのがマスラシアと呼ばれる魔物だ。でっかくて気性が荒いが魚と陸の肉の中間と言った味わいがある」
「お。ならそれを全員分。あとこのカニのクリームスープも」
「じゃぁ少し待っていてくれよ、とびきり旨いもの出すから!」
家の横に置いてある船は、ただのボートだったようだ。
漁師は協力して船を買い、その船に乗り込んで漁をする。マスラシアとは魚と鰐をかけ合わせて巨大化させたような物で、凶悪な顎を持つ危険な魔物らしい。
銛打ち機と銛を繋ぐロープに魔法金属を編み込み、直接魔法を打ち込むと言う方法を取っているそうだ。
力技ではあるがこれが生み出されてからはある程度簡単に狩れる様になり、他の海の魔物などと遭遇しても生存率が大幅に上がったという。
そしてしばらくして並べられた料理は……値段の割に量が多く、いかにも仕事をする者達の食事といった雰囲気だ。
庶民的な味付けではあるが、ここには高級素材をふんだんに使っているにもかかわらず、内陸で食べる時の10分の1程度で同じものが食べられる。しかも取れたての新鮮なものがだ。
貴族たちも最初は顔をしかめているものもいたが、実際出てきたものを見て、そして食べてみてからは体面を気にせずにがっついていた。
事実、ものすごく美味い。
船乗りたちに合わせて濃い目の味付けに調節され、フルーツも付け合せで出てくる。
この島で採れた野菜やフルーツは内陸ではあまり見ないもので、独特な味をしているがとてもさっぱりしていて美味しいのだ。
「このマスラシアとかいうやつ、美味しい……」
「部位によって味が変わるんだな。面白い味だ。魚の風味がする方は脂が乗っていてこの脂がまたやたら美味い。いくらでも食えるな」
「胸のあたりは普通の肉だな。逆にこっちは脂は少ないし生臭さはない……なんというか……オークあたりの赤身に近い感じがする。だがこっちのほうがずっと柔らかくて癖がない」
「ソースはフルーツを使っているのですね。とても香りがよく、味もどちらの肉質にも合うようになっています」
一匹が大きいのもあるのだろう、大皿に盛られたそれらを使用人たちが取り分けて行き、それを食べながら口々に評価し合う皆の輪に入れないものが1人。
『……こういうときは食えない身の上というのは寂しいものだな……』
少し離れた場所で美味そうに食べているのを見つめるしか無かった。
こういうときはアンデッドとしての特性が恨めしい。肉体がない分刺されても致命傷にはならないが、視覚から入るこういった光景は少なからず精神的にダメージが入るのだった。
なので、少しばかり試してみることにしたのだ。
『ニール殿、少し失礼』
「え、どうしたの?ギアズ……!?」
ビクン、と身体が跳ね突然脱力したニール。
しかし次の瞬間、また身体に力が戻っていき……。
「おお、成功したぞ!む、なるほどこれは確かに美味い!」
突然性格が変わったニールに全員があっけにとられる。その間にもバクバクと目につく物を一通り口に入れては満足げな顔をしていた。
「お、おい、ニール……?いやお前ギアズか!?」
「ご名答だ、コリー殿。少々乗っ取らせてもらった。なに安心するが良い、儂はもう出てゆくでな」
「おま……味見したいだけでニールに取り憑いたのかよ……」
呆れるコリーの目の前でまたニールが眠ったように力が抜けていき……反対にギアズの身体が動き出す。
『まあ、そういう事だ』
「……はっ!?今なんか凄く……変な感じだった……あれ?なんかやたらお腹が膨れてる……」
乗っ取られている間は特に何も覚えていないらしい。
一応、何が起きたのかを説明してやり、ギアズには勝手にそういうことをしないようにと注意が飛んだ。少々凹んでいたが、相手の気持も考えてやってほしい所だ。
気持ちは分かるのであまり強くは言えないが。
「……生体が作れればいいんですけどねぇ」
「やっぱりホムンクルスの研究する?」
「ホムンクルスというか、クローンと言うか……この世界だと擬似的に卵子と精子創り出して1人作れそうな気がしないでもないんですよね。やりかたは知りませんが」
『……出来るのであれば前向きに検討してもらえると嬉しいのだが』
やはり生身の肉体と言うものに未練はあるらしく、そして先程の味を知ってしまったがために余計にそれが強くなっていったギアズはサイラスに頭を下げていた。
「ギアズはまずボクに言うことあるよね?」
『正直済まなかったニール殿。気になって気になってどうにも抑えきれなかったのだ』
「まあ気持ちは分かるけどさぁ……何も覚えてないのに勝手に身体使われてるとか怖すぎるからね?」
悪用されたらシャレにならない。
素っ裸で外を駆け回られて正気に戻されるくらいならまだ良くて、重要人物を殺した後に戻されたりしたら、本人が何もしてないのに処刑されたりとかもあり得るのだ。
「そうだな、その能力は身内には使用禁止にする。逆を言えば私たちに敵対する者達に対しては使用を許可しよう。……何をしてもらいたいかは分かるね?」
『なるほど!乗り移って操りながら敵地に入って行けばいいのだな』
思わぬ使い道が出来て、情報収集の幅が広がった。
意外とギアズが危ない方向ではかなりの手数を持っていることで、こちらの情報収集能力もかなり上がったことだろう。
休憩を終えて船へと戻る。
酔いが酷いものや、まだ楽しみたいものたちは暫く上陸したままだ。
このまま午後しばらくしたら出発する事になる。
「メイ、ニーナ、もう大丈夫なのですか?」
「はい!昨日教えていただいた方法で、大きめのボウルに入れて2人でそれが目に入るようにしたり、洗濯をしている時も動きを見ているようにしたら全然気になりませんでした」
「後、部屋に設置していただいたウォーターサーバーのお陰で、いつでも冷たい水を飲めるのが嬉しかったです。別なものを飲むよりもよっぽどすっきりします」
「そりゃあ良かった。暫くは船の上だしこの間に何とか慣れないとね」
「今日からはきちんとお二人のお世話を出来ると思います、本当に昨日は申し訳ありませんでした」
そんなに謝らなくてもいいのにと思いつつも、きちんと酔いは克服できているようだったので安心した。
この後少し仮眠を取って起きたら丁度出港する時間になっていたらしい。
船には万一のための食料などを追加で積み込み、ゆっくりと島を離れていく。
ここからリヴァイアサンで1日程度で件の海流帯にぶち当たる。かなり遅いペースだが当然本気を出せばこれの何倍もの速度は出せる。
出せるがそれをすると魔力消費が激しくなるし、いつも全速力で動く船など無い。
全速力になるのは敵と遭遇した時と、この海流を突破する時だ。
予定では明日の昼近くにそこを通り過ぎる事になり、成功すればそのまま直進して目的地へ向かう。
「なんというか……暇だね?」
「そうですね。船酔いは本を読むことなどでも起きるらしいですし……写本をしようかと思って送ってもらうことにしていたのですが」
「まあ、テンペストなら大丈夫じゃないかな?それにどのみち領地の仕事はしなければならないんでしょ?手伝うよ」
「そうですね。酔ったらその時に考えましょう」
そう言って分厚い紙の束を取り出す。
テンペストが使っている紙は植物紙だ。まだ大々的には出していないが、工業化出来そうならそのまま技術を流すことも考えている。
ちなみに、破ろうと思っても破れず燃えないという高耐久性の物だ。
魔樹の一種でそのものはそんなに強いものでは無いのに、細かくすりつぶして繊維にして普通の植物紙と同じように作ってやったところ妙に強靭なものが出来上がってしまったのだ。
最初はハサミですらまともに切れず、配合を調節して丁度いい物に仕上げている。
「……警戒していたことが起きました」
「なに!?どうしたの??まさか他領からの攻撃とか……!」
ただならぬセリフにニールが焦る。
周りから恨みを買っているわけではないが、妬まれているのは確かなのでいつかはそうなる可能性があった。
特に主力メンバーがごっそりと居なくなっているこの時期を狙って来る……と言うのは予想されていたのだ。
「いえ、攻撃ではありません。コピー品です」
「え……?コピー品?」
「私達の工場で作っている幾つかの物が、リバースエンジニアリングされてコピーされたという報告です。……かなりの劣化コピーらしく、「動かない」「不良品」などという言葉と共に文句を言ってきた人が持ち込んできたようです。王都の方で買ったものと言っていましたが、正規の代理店で購入したものではなく通常価格の4割ほどの値段で安く売られていたものを購入したそうです」
「それボク達関係ないよね?」
しかし大問題だ。
形だけ似ていれば素人目には同じに見えてしまう。
実際、持ち込まれたものは形に関してはほぼ完璧にコピーしたもののようだ。
肝心の中身はと言えば……やはりというか、あの省スペース設計で通常の魔法陣が書けるわけもなく、紙でできた魔法陣を折りたたんで入れて繋げてあるだけという、非常にレベルの低いものとなっていた。
当然最初の起動を終えた後は高確率で壊れる。
「これはサイラスの領分ですね」
「あと偽物が出回っているって言う話を広げないと。でも完全にはコピーできてないんだよね?」
「現時点では不可能でしょう。ゴーレム駆動のレーザー加工機がないと無理です。何か別の方法が考え出されれば話は別ですが」
言ってみれば集積回路を積んだ精密機械を、真空管しか無い状態で作れと言っているようなものだ。
作れないことはないが、作ると巨大化するのだ。
ちなみに研究室で使われている物は大体フロア一つ全部使っても足りない大きさになるものが、みっちりと詰まっている。
まずそれをコピーする為に、紙に書いたものを使うという発想はいいが……耐久性は皆無というわけだ。基本一回きりの物で、最初さえ騙せればそれでいいと言う悪質なタイプということになる。
「とりあえず探し出させて制裁を加えます。不良品を押し付けられたということで本来のメーカーである私たちに対して多大な迷惑をかけたこと、それに対する賠償金を支払ってもらわなければなりませんね。そして悪質な販売店の撲滅、それらが所属している商会などを徹底的に洗ってもらいましょう」
「どうやって!?」
「ヴォルクならやれます。彼は色々なところに顔が利きますので」
家令であるヴォルクは裏稼業でもかなり調べられるらしく非常に重宝している。
サイモンがテンペストのためにと見繕ってくれた人材なのだが、かなり優秀なので助かっていた。
ただし彼の手足となれる人材を保有できないのが辛い所だ。
「こちらは通常業務の承認ですね。ではニール、手伝ってくれるということですので「承認」と書かれた紙と、「報告」と書かれた紙を分けていって下さい。「緊急」や「重要」等もそれぞれ別に」
「分かった。……ってこの量を毎日……領主って大変なんだね……」
「本来ならこのようなものはデータ処理すればすぐに終わるものが大半なのですが」
報告の印が入っているものは、研究所の日誌だったり各部署から上げられた報告書の類がほとんどだ。
それか月末などであれば税収に関する書類、生産物の出来高などが詳しくまとめられてくる。
そろそろ月末になるので恐らく洋上でそれを見ることになるだろう。
ニールが振り分けたそれを、ものすごい勢いでチェックしてサインをする。
適当にやっているのではないことは、チェック済みの物に幾つか「不可」と書かれて理由も併記されていることからも分かる。
テンペストに対しては言い回しが分かりにくかったりすると、もっと簡潔に書けと言われてどうとでも取れるような表現は却下される。
必ず何がよくて何が駄目かなどをはっきりさせないとそもそも書類が通らないのだ。
だから適当に研究費をちょろまかそうと、どうとでも取れるような内容で予算申請をしたものは翌日呼び出されて詳しく話を聞かれ……言い逃れしていたものの、直球でツッコミを入れられまくった挙句にどういう意図でその文言を入れたのかと白状する羽目になり、始末書を書かされた上で今後同じようなことをした場合はクビという宣言を受けた。
これを受けて他の職員も、今までの様に何かに理由をつけて無理やり予算申請はできず、さらに言えばきちんとした理由があればちゃんと予算をつけてくれるという研究所のシステムが身にしみて分かるようになったという。
ついでに書類の書き方などに関しても正直に書かなかった場合、なぜかすぐにバレるということも。
「承認と報告の書類は終わりました。後は緊急と重要書類ですが……これだけですか?」
「うん、4枚だけだね。っていうかほんと早いよね……正確だし。やっぱりテンペストは凄いよ」
「速記ペンのおかげです。緊急は……領内の山に飛竜が巣食ったらしいですね。武装の使用許可を求めています」
当然許可だ。
緊急事態で連絡ができなかった時には個々の判断によって使用を許可している。
もちろん終わった後での報告が義務付けられているので、適当に要らない所でぶっ放した場合はそれなりのものが待っている。
「まあ……今更だよね、飛竜程度なら」
「街に影響を及ぼさないのであれば放っておく方針です。積極的に狩るのは攻撃を仕掛けられた時くらいですから」
残りは重要書類だけだ。
研究報告の中でもサイラス博士に研究結果で異常が現れた、もしくは想像以上の結果になった等が記されている。
毒物研究の際に1人負傷して腕を切り落とす事故が起きたらしい。
「腐食性の魔物の毒腺の中身を取り出す際に、腐食防止の入れ物に入れたにも関わらず汚染されたようです。その為容器を持ち上げた時に液体が手にかかりそのまま侵食されたと」
「ひぃぃ……怖い怖い怖い!!」
「大丈夫です、義肢を装備して復帰しているでしょう」
「それ大丈夫っていうのかなぁ……。っていうかその毒液どうするのさ」
「適切な方法によって隔離、焼却処分したようです。毒腺自体はまた保管庫行きですね」
汚染が広がる前に、掛かった分の机や床を土魔法によってくり抜き、全てが腐食される前に超高温で分子構造を完全に破壊する。
これに耐える様な魔法金属の類は出来ないが、危険物などの場合は大体これで無害化するのだ。
「まあ、これに関しては対策会議を開いて決定することになっているのでそのうち報告が来るでしょう。他はいい方向のものです。……50mm弾薬の量産体制が整った。魔導騎兵ギュゲスの試作品完成、結果として通常の魔導騎兵と変わらず運用可能。ブリアレオスが正式投入と言ったところですね」
「ブリアレオスって、あの土木作業用ってやつ?あれ、ドワーフっぽくて凄く強そうだよね」
ブリアレオスは土木作業特化として、速度は考えておらず単純に力を追求し、様々なアタッチメントを交換することであらゆる場面において活躍できるように設計したものだ。
試作品を使ってもらっていた鉱山のドワーフからもかなり評判がよく、その改善点などを取り込みながらついに完成品が出来上がったというわけだ。
基本的に坑道に入れるように2m程度の小型なもので、どちらかというとパワードスーツに近い。
乗員の意識もあり、他のコットスやギュゲスとは完全に別物である。
ただ意識はあるが視覚や感覚などはギュゲスと共有しているため、最初は少し慣れが必要だ。
ちなみにドワーフのお気に入りはアダマンタイトコーティングの魔導ピックだ。
岩盤に押し当てて強力な振動で破砕していくもので、ドワーフのツルハシ作業よりも効率がよく、意外と細かい作業が可能ということもあって喜ばれている。
サイラスに持っていく書類を纏めて部屋に持っていき、ウルに手渡してお仕事は終了だ。
そしてまた今日も夜が来る。
「おやすみ。テンペスト」
「おやすみなさいニール」
広いベッドの中、小柄な2人が真ん中にピッタリとくっついて眠る。
ダブルでもまだスペースが空きそうなほどだ。
もう、狼狽えたりはしない。
皆が居ない間に事故が起きていました。
ちなみに職員は次の日元気に研究を続けています。