第八十五話 ギアズのグレードアップ
『おお……これは……素晴らしい!!まともに物が持てるのはいつの日ぶりか……!』
「あ、ちょっとまだ動かないで下さい!折角止めた魔力筋が取れちゃうじゃないですかぁ!」
『スマンスマン。しかしお主らの国は物凄い技術を持っておるな。この様な実験室など見たことがない』
「カストラ男爵様とサイラス博士のお陰なんですよ。色々と知らない技術とかもポンポン出してくれちゃって。清潔で埃も持ち込まない様にとか色々と工夫されてるんですよ、この部屋も」
現在、スケルトン状態のギアズは研究室の中で改造を受けている。
流石に色々とみすぼらしい姿だったギアズの服は捨てられ、死なないことを良いことに骨を洗浄し、薄汚く汚れていた骨は今やすっかり真っ白な骨格標本となった。
しかし人骨そのままなので強度が低く、経年劣化の影響もあってか大分脆いようだった。
あの時ばらばらになったときに粉々にならず幸運だったといえる。
その為、通常の骨の上に薄く金属によるコーティングを施され、鈍色の骨となり、幾つかの場所は追加補強されたり穴を空けられたりと色々とされていたのだ。
流石にちょっと怖かったらしいが、段々と自分の姿が良くなっていくのを見て喜んでいた。
そして今は肉付けの作業中だ。
魔力筋を人の筋肉を模した物に整形し、それを骨格に留めていく。
まだ筋肉むき出しだが、全体的に灰色のそれは人の筋肉を模しているとはいえ、生々しさはさほど無くどちらかと言うとサイボーグらしくもある。
肉がついたことで物が滑り落ちにくくなったのが嬉しいようで、コップを持ったりなどしていた。
担当しているのは兎人のシェリーという女性だ。
人型でピンと立った耳が可愛らしい身長150センチほどの小柄な人だが、この魔力筋の扱いに関しては特に色々と吸収が早く、解剖学も積極的に勉強していき、今やこの部署の主任となっている。
「後は……お腹のところですけどどうしましょう?」
『モツが無いからな!ハッハッハ!』
「……あ、なにもないなら収納にしちゃいましょう!」
『え?ちょっちょっと待て、儂を鞄扱いするつもりか!?』
「いえそうじゃなくて……どうせ中身ないなら、そこに専用の鞄を仕込めば色々と持ち運べるから手ぶらで歩けますよ!便利じゃないですか?」
『ふむ、なるほど。よしやるのだ!』
誰も止めること無く進み、無事?に改造は終了した。
顔だけはほぼ骨なのでどうしようもない為、フルフェイスの仮面を被せることで対処した。目の部分を開けなくとも問題なく周りは見えているそうなので、デザイン的には苦労しなかった。
首から肩にかけても露出しないようにして、一切肌を見せない服を誂えて手袋とブーツを履かせれば完成だ。
テンペスト達の前でそれを得意げに披露してくれた。
『なかなか格好良いではないか気に入ったぞ!!これなら確かに魔物と間違われずにすむな!しかし何故儂にこれ程までしてくれるのだ?いきなり裏切って暴れたりなどとは考えんのか?』
「あなたがアンデッドである以上、私には切り札がありますので。治癒の魔法でなくとも、物理的にその骨を全て消し去ることだって可能です。それよりも私たちに協力してくれれば、色々と見て回ることも可能になりますがどちらが良いですか?」
『お主は可愛い顔をして恐ろしい娘だな……。ここまでしてもらったのだ、協力することは吝かではないぞ!不死者として生き長らえてきてここまで楽しいことはないのだ、まだまだ楽しみたいではないか』
「それであれば変なことは考えないことです。それであればこちらとしても友好的に接しますので。私達に協力する、ということであればあなたの地理的な知識等も幾つか知りたいのですが。またあなたは何か攻撃手段を持っていますか?」
『地理とな。あれだけの物を持っておきながら他の大陸へは行ったことがないのか?』
行こうと思えば行けるが、幾ら超音速で飛べるからと行ってもそれなりに時間は掛かる。
それに向こうにも空を飛ぶ手段が有ったとすれば、こちらは完全に領空侵犯をしていることになってしまう。
そうなれば色々と面倒くさい事にもなるだろう。
もちろん大丈夫そうなら高高度からの偵察を行う予定だ。
「あれが出来たのは偶然の産物で1機しかできず、出来たのもつい最近ですので。他大陸へと渡るには例のハンガーへと送った後で船で行き、見つかる心配がないと判断した時、もしくは攻撃を受けるなどしてやむを得ず使用することにしたとき以外では使わない予定です。その為この大陸の東にあるという大陸の情報などを知りたいのです」
『なるほどな。ならば浮遊都市の技術は役に立つだろう。それと……ここから東であれば儂が居た大陸だ。形が変わっていなければある程度は案内できるだろう……国までは保証しないがな』
どうせ国から何から色々と変わっているのだろうから、そこはもう気にしないでおく。
恐らく位置も若干変わっているだろう。大陸は動くものであるはずだ。だからこそ、ハイランドのような地形ができ上がる。
まあ、どの道ある程度分かればいい。
それに浮遊都市の開発者がここに居ると言う時点で有用すぎる。
トーマス達とギルベルト達は一旦王城へと向かい、このことを報告しに行ってもらっているから向こうからの連絡待ちになるだろう。
王都はアンデッド避けがかかっているためギアズが入れないのだ。
『そして攻撃手段だったか。武器を扱えるわけではないが、一応魔法はいくつか使える。元々魔法技師だったんでな、ものを作るのに必要な魔法は大体覚えておるのだ。この身体になってからは死霊術も覚えたから死体があれば動かせるぞ』
「一応、死霊術は禁止されているので使わないように。ではこちらへ、一応魔法の威力や範囲などを教えてもらいますので」
ターゲットが置かれた部屋へと進み、そこで試し撃ちだ。
基本の炎を使ったものを放ってもらうと、普通に無詠唱で炎の壁が展開された。
「無詠唱ですね。威力も申し分ないようです。自分の身はこれで守れるでしょう」
『ん?無詠唱?魔法などやれる者にとっては息をするのと同じであろう』
「ということは、あなた方が居た時代では詠唱は無かったと?」
『詠唱というのが何なのかいまいち理解できんが、魔法を扱うのに特別な操作は必要ない。適性があれば自分の身体の中にある魔力を使って思ったものを顕現させればよいのだからな。言葉として命令するというのは思考出来ない物で同じ事をするために開発された魔術言語だ』
サイラス博士の仮説が証明されたかもしれない。
少なくとも、彼の居た時代では特に詠唱は使わずに使えていたようだ。
「そこはこちらの方が伝わる内に劣化していったということなのでしょう。サイラス博士が仮説を立てていましたが図らずとも証明されたようです」
『ふむ?面倒であろう、一々言葉にしなければ出来ないのは未熟な証拠だ……確かにそのような練習法は有ったが初歩の初歩のやり方だな。どうやら色々と常識も変わってきているようだな』
「そのようですね」
逆に小型化に成功した魔法陣などに関してはこちらのほうが上だろう。
他にも幾つかやってもらったが、基本的にギアズの魔法は威力が高く範囲が狭い。
大群相手には辛いが使い勝手は良いだろう。ニールと組ませると良さそうだ。
「良いでしょう。戦力的にも問題無さそうです。これからは暫く私達と行動を共にしてもらいますが良いですね?」
『まあ、構わんが……。戦争でもしておるのか?』
「いえ、そうではないのですが。それには私やワイバーンの出自なども色々と関わってきますので」
『何やら訳ありというわけだな?悪人というわけでは無さそうだし、信用できると見た。意外と人を見る目はあるのだぞ?目玉は無くなったがな!』
とりあえず一室用意してそこで休んでもらうことにした。
待遇的にも気に入ったようで、ようやくまともな寝床で寝られる!と喜んでいた。実際は睡眠自体は取らなくても良いのだが、何もせずに黙っているのは辛すぎるということで意識を切っているらしい。
その間は完全に無防備になる。
どれだけ長く眠ることもできるということだったのでとりあえずは起こされたら起きられるようにとは言って置いた。
いきなり眠ったかと思ったら数百年眠りから覚めなかったなどというのは困る。
それ以前に研究室に入り浸ってそれこそ不眠不休でやりそうな気がしないでもないのだが……。
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「司祭様、そろそろお休みになられたほうが……」
「うむ?もうその様な時間か……全く一日が短くていかん。いつまでたっても進まないではないか」
「しかし困難を極めた先でようやく手にした場所なのです、ご自愛下さいませ。今倒れられたら目的を達成することもできなくなります」
「ふむ、そうだな。一時はどうなることかと思ったが……都合よく潜り込めたのだから運がいいとしか言いようがない」
テンペスト達が浮遊島を探索するよりももっと前に遡る。
ミレスの残党であるモンク司祭とその一行は長い船旅を終えてようやく大陸へと流れ着いた。
複雑な海流ではあったが、途中漂流していた船を見つけられたのは幸運だった。
脱出するために使った船は小さく、荷物などを加えると相当窮屈だったし、波が荒れていつ転覆してもおかしくないほどだったのだ。
そこに運良く漂流船を発見し、ほぼ完全な形で残っているのを確認。
飲水や食料に関しては大半がだめになっていたが、保存食は生きていた。小型船でそこまで大きくないとはいえ漁船のようなみすぼらしいものから考えれば大きな前進となった。
また、全長約20mほどの小型であることで持ってきたスクリューを換装し、手直しすることで適切な動力とすることが可能である事も幸運だった。お陰で帆だけではなく、動力を使っての推進ができるようになりゆっくりとではあるが目的地へと近づいていくことに成功したのだ。
乗組員とみられる死体は既に風化して骨になっており、それを使ってスケルトンとして支配下に置き、船の仕事を任せるなど色々と便利に使えた。
そこから一月ほどでようやく大陸目前となり用済みとなったスケルトンは全て廃棄。
その頃には自分たちの人数もモンク司祭を含めて4人しか残っていなかった。
上陸した後で言葉が通じなかったのは困ったが、まれにこうして漂流して来た者たちがいるということでこちらの言葉を片言ながら話せる人物と出会い、何とかこうして生活できている。
神聖ホーマー帝国に神に仕える同胞として迎え入れられた一行は、信じる物が話を聞く限りでは変わりがなく問題なかったこと、そして自分たちの身分を明かしたときにその地位がかなり上であることを証明したため、かなりの特別待遇となった。
今では全員が海から離れた内陸部の方で集団生活している。
現在彼らが居るのは神聖ホーマー帝国の国境線付近、巨大なクレーターの中に作られた要塞都市となっている。
丁度国境を塞ぐ形でクレーターの外周部が入っており、それが天然の壁としてそびえているのだ。
凹んだクレーターの底は水が溜まり巨大な丸い湖となり、神聖帝国の水瓶としても有名な場所となっている。それ故にここを取られると飲水が枯渇する可能性がある重要な場所なのだ。
幾つか高く隆起している場所がありそこに都市を形成しているため、湖上の都市としても有名である。
そんな最前線の場所へ送られた経緯は、戦争中で戦力として使える彼らの忠誠心を試すということと、実際に魔法などの知識や兵器の知識を持っていたためそれを高く買われたからだ。
身分的には問題ないが、いつ攻められてもおかしくない場所へと飛ばされただけに、すぐに対抗策を立て、既に数回の侵攻を防いでいる。
領主からの信頼を少しずつ得ていき、ここを足がかりにまた自分たちの国を作るための準備を着実に進めているのだった。
それから3日後……敵の軍勢が本格的に攻めてきた。
こちらの手勢では足りないほどの戦力差だ。これを見越して本格的な戦闘の準備を始めていたのだが遅かった。
王国軍がこちらへ到着するにはまだ2日程かかり、絶体絶命の状況。
籠城しようにも攻城兵器がずらりと並び、2日は難しいだろうと思われた。
しかし……モンク司祭はそれまでの攻撃の合間にとある物を作っていた。それは既存の大砲に詰め込んで使う弾丸だが、着弾と同時に大量の火薬と魔晶石を組み合わせた物に着火し、それによって魔力を暴走させ広範囲に高温の爆風と、凄まじい火炎が踊り狂う状況を作り出すものだった。
魔砲弾ととりあえず命名されたそれは、射程に入った所で数発打ち込んだだけで、巨大な火炎の竜巻を生み出し敵の軍勢の半数を消し炭と化し、更に残ったものたちも重度の熱傷や呼吸困難で死亡したり、生き残っているものであっても熱傷によってまともに動けなくなるなどして潰走した。
これによって、敵国の大群をたった数発の大砲で退けた英雄として祭り上げられることになったのだった。
英雄として皇帝から、これからも兵器の研究を行えるようにと中央の兵器研究所で兵器を作る事を許可された。
その際、以前の名を捨ててこの国で生きることを宣言し、ディノス・ハーヴェイという名を貰う。
これによって神聖ホーマー帝国の技術力は、既にハイランドの方よりも進んでいた物が更に進んだ。
軍備に関連する物の基盤があるため、ある程度手を加えていくだけでも楽に設計していけると踏んだモンク改めディノスは内心ほくそ笑んでいるのだった。
何よりも量産する設備がある程度整っているのだ、以前とは比較にならない程のやりやすさである。
ディノスの計画はこうしてテンペスト達の知らない所で進んでいく。
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吹雪が未だ止まない中、新型魔導騎兵フォルティシアが完成した。
テストパイロットはコリーだ。
勇ましい巨鳥フォルティアウィスを象った頭部に、美しい純白のカラーリングに模様や飾りが付けられた、国王直下の近衛兵団用だ。
乗り込む魔導騎士の訓練は既に終わり、後は納品を待つのみとなっていたのだ。
『コリー、聞こえるかい?』
『良好だ、博士。一応動かし方は訓練したっつっても、俺はあんた程動かせないかもしれんぞ?』
『良いんですよ、どうせあっちも初めての人達ばかりですから。さて……さっきも説明したとおり、そのフォルティシアという機体は高機動タイプです。それでいてそれなりに色々とできるのでかなり汎用性が高いわけですが……どうです?つながってみた感じは』
頭を動かし、手を動かし……ぐっと握ってみる。
体の構造が似ているとはいえ、本当にここまでしっくり来るとは思っていなかった。
まるでフォルティシアが自分の身体であるかのような……というか、事実今は自分の身体そのものなのだが、それほどまでに自然だった。
その場でジャンプしてみれば、奇妙な浮遊感とともに殆ど振動を感じずに着地する。
『不思議な感覚だ……魔導騎兵ってのはこういう感じなのか。で、ここに俺が入ってるってわけだ。……全然感覚がねぇからこっちは本気でこえぇな』
『そこはこの機体の唯一の急所です。そこを潰されれば自分が死ぬわけですから。一応安全なようにおもいっきり殴られた所で凹まないようには作ってますが、完璧ではない以上そこへの被弾は避けてくださいね?……さて、ではそろそろ始めましょうか。私がたまにサーヴァントに乗って訓練しているコースですが、そこを全力で私に付いて来て下さい』
『了解だ。追いついてやるさ』
合図とともに、サーヴァントが駆け出す。それを負ってコリーも走り出した。
魔力筋が生み出す力は獣人であるコリーをもってしても驚異的だった。一蹴り踏み出せば踏み出しただけ、ぐんと前へと加速する。
障害物に手をついて身体を横にして乗り越え、着地と同時に地面に爪を食い込ませてまた踏み出す。
様々な障害物を流れるような動きで躱していくサーヴァントの姿を必死で追う。
予想以上に早かった。自分も思いっきり全力で走っているはずなのに、全然追いつける気がしない。
疲れもない、息切れもない、だからこそ本当の全速力のはずなのに……。
機体の重さのせいで意外と足元が柔らかいと感じているのも原因の一つだろう、しかし向こうも同じ条件なのにそれをものともしないのだ。
90度の直角ターンを決めてスタート地点へと戻ってきた。
『はえぇよ博士!』
『あはは!流石にいつもやってることだからね、一回目で追いつかれたら私の努力が台無しだよ』
『しかし……これ、すげぇな。疲れもしなけりゃ痛みも無い。結構な重量がある割にものすごく機敏な動きをする』
『そりゃぁ私や他の皆が頑張って作ったものですからね。よしっと、さっきの動きを見ればまあ大丈夫そうだね。納品してしまおう、これでやっと飛空艇を作れる!』
フォルティシアを完成させるために全力を注いでいたので、やりたいことが遅れに遅れていたのだ。
さっさと納品してロマンを追いたい。
目指すはもちろん巨大飛空艇、自分用の移動できる家を作りたいとか考えているわけだ。
そろそろ学園の方も完成して教師陣の教育も進んできたところなので、ここからはだいぶ自分の時間も増えるだろう。
コリーが降りたフォルティシアを洗浄し、専用のキャリアに乗せて運ぶ。
王都に付けばもうすっかり顔なじみというか、一方的に門番達がこちらを知っている為優先的に中に入れてもらえるから助かっている。カバーも何も掛けていないので、列に並んだ人達がそれをみてざわめいていた。
テンペストとコリー、ニール、サイラスの4人で届けてきたわけだが、ここで話があるからということで足止めされることとなった。
暫く応接室で待っていると、謁見室へと呼ばれる。
「今回もまた素晴らしいものを作ってくれたようだな、感謝するぞ」
「ありがとうございます、陛下。魔導騎兵フォルティシアが陛下の助けになることを願います」
「もちろんなるだろう。あのフォルティアウィスを象った造形は非常に美しく気高い。乗り込む魔導騎士達には頑張ってもらわねばな。……それで、呼びつけた理由はだな、少し前に船が完成したという連絡が入った。大陸に渡るためのものだ」
「やはり大きいだけあって時間がかかりましたね。では、出発はいつになるのですか?」
「できるだけ早く、だな。理由は……ついにお告げが来たのだ。『大きな大陸で英雄が現れた。しかしその先は破壊の嵐が吹き荒れるのみ』と」
「英雄……ですか?」
そのお告げがもし、モンク司祭の事を指しているのであれば……英雄とはどういうことだろうか?
全てを憎み、全てを破壊すると言われていた頃に比べたら丸くなったように感じられる……が。
しかしそれはその次に続いた言葉で否定された。
「……今は英雄として祭り上げられているけど、そのうち本性を出すってこと……かな?」
「そう思っている。まあ、大精霊からのお告げは分かりやすい。間違いはないだろう。出発はそちらに合わせる。用意ができたら頼んだぞ」
確かに、どう考えてもそれだろうとしか思えないようなお告げだ。
そしてついに大陸へ渡る時が来てしまった。
「自分たちの目的を達成するために、知識を使って英雄となり……力をたっぷりと付けた所で裏切る。やりそうですね。それに利用されてるのが自分の知識というのが腹立たしい」
「しかしそれを何とかしなければ……破壊の嵐が吹き荒れるか。食い止めなければならないだろうな」
「でも、どうするの?向こうで英雄になってる人を殺したら戦争になりそうな……」
「そこが頭の痛いところなのだ……。向こうがどれだけ大きな国なのかもはっきりせず、どれだけの技術を持っているかもわからない。表向きは国交を結ぶと言う体で進めて欲しい」
最初から素直に犯罪者がこっちに逃げてきたから引き渡せ、といった所で高い技術の知識を持っている英雄をそう簡単に手放すとは思えない。
それでも引き渡せと言うならそのまま戦争だろう。
ここは陛下の言う通りに国交を結ぶための使節団として行くのが一番当たり障りがない。
そして、今回の出発にあたってこの大陸のすべての国……つまりコーブルク、ルーベルの代表も乗せて行くことにしたという。
ギアズの話ではここよりも何倍も大きな大陸であるというところに行くということは、それだけ魅力的な何かを得られる可能性があるということでもある。
それは資源であったり、技術であったり……。それであれば全ての国で行き、大陸全体の利益に繋げたいと思っている。
とりあえず船は出来た……が、今となっては少し組み込んでおきたい機能がある。
浮遊都市の航行システムだ。これは海でも問題なく使えるものだった。航路の設定は実際にその場所へと行き、登録することが通常だったが、これを元の石版上から大まかに割り出す。
これで大陸付近の洋上を自動航行可能となるのだ。
要するに手動で目的地の座標を入力するというわけだ。大まかではあるものの目的地が不明瞭なままで行くよりもずっと良い。
この自動航行装置の取り付けのための時間をもらうことにして、一旦王都を後にした。
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「……あぁ、飛空艇が遠のく……」
「仕方ないよ、ちょっとタイミングが悪すぎたんだよ」
「博士かなり楽しみにしてたからな。とりあえず設計だけ書いて作らせておいたらどうだ?」
「自ら携わりたかったのですが仕方ありません。ここはコリーの意見で行きましょう……」
帰りの車内ではサイラスが凹んでいた。
やっと自分のやりたいことをできると思ったら、残念なことに作っている時間がなくなってしまったのだから仕方ない。
とりあえず自分で設計をするだけして、後は研究室に任せることにしたのだった。どのみち後任を育てる意味でも仕事はやらせて慣れさせたほうが良い。
「それよりも使節団として向かうのであれば、私達の目的と行動をはっきりさせておいたほうが良いのでは?」
「あぁ、確かにな。テンペストの言うとおりだ、そこをきっちり考えていかねぇと……俺達は向こうで大軍を相手にしなきゃならんかもしれんな。劣化版とはいえ博士の知識を持っているやつが向こうにいる時点で油断できねぇ」
向こうで予想されることは幾つかある。全ては司祭が生きていたという事が前提だが、これはお告げによってほぼ確定している。
まず、向こうの国についた時点で英雄となったというのであれば、間違いなく何らかの成果を上げている。英雄と呼ばれていることから恐らく戦争か、強大な魔物に打ち勝つかどちらかだろう。
それであれば一番可能性があるのは、ある程度の地位を手にしてその知識を元に開発を進めていること。逆に捕らえられて知識だけを絞られるということは恐らく無い。
「その時に自分の出自を良いように捻じ曲げている可能性が考えられます。例えば、自分はこの能力が故に疎まれついに殺されそうになったために逃げ出した。もしくは技術を持った小国故に、危険だと判断されて同盟国に裏切られ逃亡した等……。その場合、私たちは彼の敵として警戒されるでしょう」
「流石に乗り付けた瞬間に攻撃とはならないだろうけども、船はいつでも出られるようにしておいたほうが良いか……。必ず最低限の人数を残して警戒させておいたほうが良いだろうね。であれば、まずはその国の情報を集めることからでしょう。いきなり探しだしたら怪しまれるでしょうからね」
向こうは自分たちが死んだと思ってくれている方が都合がいいのだ。
あの海を渡りきるというのがどれだけ困難を極めることかというのは、過去の冒険心あふれる人達の記録でも分かる。
「生きている事を悟られないように……ってこと?」
「その裏で自力で見つけなきゃなんねぇってことだ。ただし、目立つ行動ではなく聞き耳を立てて情報を集める様にな。こちらから聞いた場合は気付いたと思われるだろう?」
「……情報収集に長けた人、欲しいね」
周りに溶け込み、気配を消し、情報を密かに集めるのに適した人物……。
同乗する兵の中にも居るだろうが、自分たちの方でも一人くらいは確保しておきたい。
連れていく人選に頭を悩ませる事となったようだ。
ついにつかの間の平穏が終わり、また忙しくなっていきそうです。
そして次回から新しい章へと入ります。
……長かったな、つかの間。