第八十四話 浮遊都市の番人ギアズ
『ようこそお客人。ようやく引き継ぎを出来る時が来たようだ、感謝する』
そう言ってこちらを暗い目が見やるのを感じる。
動く度に服がボロボロと崩れていき、それを見て少し悲しそうな雰囲気が出ていたので、恐らく気に入っていたものだったのかもしれない。
「私はテンペスト・ドレイク。ハイランド王国カストラ男爵領の領主です。そちらの所属と名前をお聞きしたいのですが?」
『これは失礼した!こちらから名乗るのが礼儀だったか……。儂は浮遊都市「大いなる栄光」の管理技師ギアズという者。礼儀には疎い故無礼はお許し頂きたい』
「構いません。ギアズはこの大いなる栄光と呼ばれる浮遊都市を管理していたということですが、都市の歴史などには詳しいのですか?」
『もちろん。なにせこれを作ったのは儂だからな!しかし技術は秘匿され、暫くの間は儂だけが管理を行い他の者達は簡単な作業のみを任された。当然、儂が倒れれば全てが終わってしまうが……倒れる前になんと戦争が起きてしまってな、この浮遊都市もかなり崩されてしまったのだ。その為敵の手が届かぬ高空へ逃げることになり、儂は維持し続けるために不死者となった。いや、不死者とされてしまった……その代償にこの地下からは抜けられなくなったのだが』
魔物避けがあるため、自分が閉じ込められてしまっているという。
不死者となったギアズは、自分の意志ではなく半ば騙し討ちのような形で変えられたようだ。当然怒り狂ったが、その怒りをぶつける相手すら居なくなっており、長い年月を過ごす内にどうでも良くなっていった。
その内に自分の使命はこの技術を後世に伝えるものだろうと信じ、誰かがここに来るのをひたすら待ち続けた。
「……そして私達が来たと」
『そうだ!それなのにこちらには来てくれんのでな、かと言って道が塞がってしまった飛行経路設定室にはもう長い間たどり着けず……途方に暮れておったが、いや、よく来てくれた本当に』
地下に閉じ込められてしまった上に、いつの間にか崩れ落ちてしまっていた航行システムへも行けず、何処かに移動することも出来ないままにずっと彷徨い続けることになったそうだ。
久しぶりに来た人間に本気で感謝している。
「ボク達が来るまで空を飛べるものが無かったんだ、飛べても飛竜に食われたからね」
『飛竜……?そんなものが居るのか?ここから出たことがないから分からんが……。あぁ、それよりもだ。儂はもう流石に生きるのに飽きてしまったのだ、恐らくこの技術を伝えれば安寧が訪れるだろう。頼む、この大いなる栄光を継いでくれんか?』
「それに関しては問題ありません。既にハイランド王国の所有物として認知されていますし、私達が管理、補修などを行う予定です。ただ、こちらとしても色々と聞きたいことはあるので消えるにしてもそれを終わらせてからでは駄目ですか?」
『ふむ……それもそうだ。久しぶりに会話が出来たというのも喜ばしいことだ。暫し付き合ってもらおうか』
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ギアズも覚えていないくらいの昔。どれだけの年月が経ったのかは分からず終いだったが、ある程度魔法科学が発展した国があった。
研究の中でついにこの物を浮遊させる仕組みを実用化して、一つの大きな都市をそのまま浮かばせることにしたのがこの浮遊都市だ。国の象徴として、その威光を示すこの浮遊都市は長い間周りからの攻撃などを防ぐ抑止力として働いた。
「敵の国家があったということですか」
『うむ。儂らの国は小国でな、しょっちゅう周りからの侵略を受けていたのだが、その度に何とか撃退しておったのだ。奴らよりもずっと性能のいい武器と戦略を使ってな。しかし数では勝てん。だからこれを作った。王やらなんやらが一部の国民と共に逃げられるようにな。それと同時にこれは敵の届かないところから一方的に攻撃することの出来る兵器でもあった。今は動かないようだがここの真下にも地上を攻撃するための装置が取り付けてあるぞ』
「あぶねぇ都市だな……」
「マギア・ワイバーンも大概だと思うけどね?」
しかし……いつだったかの再侵攻によって空に逃げる時、ついに敵勢力の侵入を許してしまっていたようだ。
彼らは少しずつ周りに溶け込み、ここに住む者たちを扇動し、ついには大規模な反乱を起こした。外部に設置してあった武器等も壊され、逆に使われて自滅していく。
最終的に暴徒たちが居るエリアをまるごと地上へと切り離すことで何とか生きながらえたが……。
『ま、その後は最初に話した通りだな。全く、自分たちはさっさとくたばっておきながら人の事はいつまでも生き続けろなど……いや、死んでいるのか?生きては居ないが死んでも居ない。むぅ……面倒くさい存在だな儂は!』
「意外と面白いなこの人……」
コリーがポツリと呟いたが同感だ。
不死者となったものは大抵感情を失ったり、有っても怒りに支配されていたりするものだが……大した混乱もなく生身の人間のように振る舞っているのはロジャーにとっても初めての体験だ。
『それで……あぁこの浮遊都市を調べに来たのだったな』
まあ、大体聞くことは聞いたしあまり本国の歴史とかには詳しくないようだから問題無さそうだ。
このまま仕組みなどを聞くことにした。
『飛行経路設定室には行ったな?同じようにここにはマナを溜め込む装置ともう一つはそれらを使って街としての機能を動かす部屋がある。詳しいことはこの本に書き写しておいた。ゆっくりと見るが良い。そして……この更に下にはこの巨大な都市を浮かばせるための部屋がある。普通の方法ではなかなかこの大きさは動かせんが、そこは色々と工夫したぞ?一塊だと無理だからな、細かく区切ってそれらをくっつけている』
「あぁ、だから危険なところをパージできた訳ですか。なかなか考えてますね……それにしてもこの本は大分新しいようですが?」
『なんせすぐに劣化するもんでな、書いた後にきっちりと保存をかけてある。書き足そうとしても無理だ。テンペスト、と言ったな嬢ちゃん。どうか、またこの浮遊都市をその名前にふさわしいものにして欲しい。既に大部分が失われてしまったが、それを見ればまた元に戻すことも出来るだろう』
簡単な説明がてら案内してくれるということなのでついていく。
さっさと眠りにつきたいみたいなことを言っていた割には結構元気な感じだ。ずっとこの場所から外に出られなかったという事もあって、気が滅入っていた所にテンペストたちが来たものだから少し楽しくなってきているようだ。
『ここがマナの圧縮装置だ。自然界にあるマナを集めてここに蓄積する……詳しいことは本に書いたが、マナを別な空間へと閉じ込めてやることで回収して、そこから取り出すことで魔力として使うことが出来る』
「ではギアズ殿達はマナと言うものがどんなものかは分かったんですかね?」
『……詳しくは分からん。この姿になってからも色々考えてみたが、理屈では説明できる気がせんのだ。どこからマナは来て、何故いかなるものに姿を変え、いかなる現象も引き起こせるのか……。考えるだけでその力を使え、ずっと人や魔物と共にあったのだが、どのような事をしてもマナという物質は存在しなかった。しかしそこに確実にある。儂は生きている者達が持つ何かではないかと思っているが……』
「エネルギーにしろ何にしろ、私達の知っている法則には当てはまらないのですがね……無から有を作り出すことが出来る無限のエネルギーとして認識しています。……しかし、先に研究されていたそちらでも正体は分かりませんか」
現在作れる顕微鏡を使っても見たが、そこにあるのに見えない。物質としては存在していないのではないかと思われた。
マナはマナであり、それはマナそのものが何かしらの現象であり……願いなどを形にする何かなのではないのかと思わずには居られなかった。
しかし電子顕微鏡が作れたら?もしかしたら観測できるかもしれない。今はまだ小さすぎて見えないだけで。
あるいはダークマターの様に特別な手法でしか見つけられないのかもしれない。
『なるほど、博士というだけはある。そちらでも研究はしていたのだな、何も進んでいないようではあるが……仕方なかろう。あの忌々しい結界がなければ儂も外に出て持てる知識を分かち合えるというのに……』
「……そう言えば、生きては居ないわけですよね?」
『まあ、そうだな』
「ちょっと試してみたいことがあります。ギアズという存在が生き物ではなくオブジェクトとして認識できるかどうかでもしかしたら……」
収納だ。
生物を収納することは出来ないものの、アンデッドであるギアズは既に死んでおり骨になっている。
それであれば物として収納できるのではないか、という事だ。
成功すればギアズを何処にでも連れていけるだろう。
「これよりギアズを対象に空間収納を行います」
「ああ!なるほど……生物ではないもんね……」
『なっ!?儂を物扱いか!?それは少し酷…………!』
「あっ」
文句を言っている間にギアズがこの場から消失した。
上手く行っていればハンガー内に収納されているはずだ。
テンペストはハンガーの中を探る……と、そこにギアズを発見する。仮想空間として認識している中でも動いているので恐らく問題なく収納できたのだろう。
とりあえず戻ってきてもらわないと意味が無いので取り出してやると、特に問題なく消えたときのままの状態ではあるがやたらと興奮したギアズが出てきた。
『何だあれは!?やたらとでかい変なものがあったぞ!見たこともない!何だあれは!!』
「落ち着いて下さい。あれは私の所有物で、基本的に全て乗り物です。そのうちの一つを使ってこの浮遊都市までやってきたのです」
『なんという……。どれほど時間が経ったのかは知らんが、儂の知らない物が出来ているということか!何と素晴らしい……』
「いっそ外に出て見ます?」
『久しぶりの外の世界というのも悪くない。……それに、さっさと消える予定だったのだが消えんようだ……。引き継ぎをしたからと言って解放してくれるというわけではないということか』
どうやら今後のことを託すことで開放されるかと思ったら、そういう契約ではないようだ。
滅せられない限りはこのまま生き続けていくことがほぼ決定してしまったようなので、この様な身体にした術士たちを呪っていたが呪うまでもなく既に死んでいる。
怒りをぶつける相手が居らず、ウガァァ!と一人で怒ったりしながらもとりあえずは平静を取り戻したようだ。
「ずっとここにしか居られなかったんだから、このまま僕達と来てみたら?危害を加えない事が条件だけど」
『儂をその辺の魔物と一緒にするな!』
「それではあなたをこの浮遊都市「大いなる栄光」の使者として扱います。……まずはその外見を何とかしたほうが良いですね」
『……一張羅だったのだが……流石にもう、な。よくここまで持ってくれたと思っている。まあ無くても見られて恥ずかしいところなんぞ残っておらんな!』
その代わり見えちゃ駄目なものがむき出しなのだが。
どの道この格好では魔物にしか見えない上に、恐怖心を煽る結果となってしまうので一旦研究所まで連れていき、肉付けを行うつもりだ。
「……と、言うことなのでトーマスさんとクレアさんは国王陛下への報告をお願いします。正体と危険はないことを伝えてもらえれば」
「わ、かった……。よく普通に話せるな?」
「いやもう、普段から色々驚かされてるからな。これくらいじゃもうあまり?」
サイラスとテンペストによる技術革新やら魔法技術やらを目の当たりにしすぎた結果、むしろアンデッドという見慣れた存在のほうが驚きは少ない位だ。
見た目が骨なだけで、中身はやたらと前向きな人物なようだからあまり怖い感じがしない。
何よりも技術者であることが興味深い。
とりあえず先に色々と案内をしてもらいながら、簡単な説明を受け、使い方を聞いてギアズを収納して外に出た。
日光は特に問題ないようで安心した。
これで崩れ去っていたりしたら目も当てられない。
『うむ!久しぶりの太陽、久しぶりの……何処だここは?こんな森は無かったはずだが……』
「あなたが半封印状態になっていた間に、どれだけの時間が経っていると思っているんです……建っていたものも土台のみの遺跡と化していましたよ」
『……なるほどな。ふん、自然には勝てんか……。それよりもだ!早くあの巨人やら何やらをよく見せてくれ!』
鼻息荒く……と言っても息をしていないが、どうにも興奮しているギアズをとりあえず宥めるためにもサーヴァントとマギア・ワイバーンを取り出した。
『おおお!これだ!ううむ素晴らしい。このようなものを作れるようになっているとは長生きはして見るものだな!』
「似たようなものは無かったのですか?」
『物というか巨人は居ったぞ。あの時の奴らよりは小さいがなかなか素晴らしい造形をしているではないか。動くのだろうな?』
「それはもちろん。私が乗っている魔導騎士、サーヴァントと言います。少し危ないので足元から離れて下さい」
サイラスが乗り込みサーヴァントが胸部ハッチを閉じながら立ち上がる。
ナイフを引き抜いて軽く近接格闘術の動きをやってみせる。
アクチュエータでは出せないその流れるような動きは、まるで本当に生きているかのようだった。
立ち上がるとマギア・ワイバーンの一番高いところとほぼ同じくらいの大きさになるのだが、並ぶとマギア・ワイバーンの大きさが一層際立つ。
実際やろうと思えば上に乗せて飛べないこともないが、無駄に重量バランスが崩れる上にスーパークルーズに入れないのでやることはない。
『動いておる!まるで生きているかのようだ!自分が乗り込む形か、これはどうやって動かしているのか興味があるぞ!』
『簡単に言えば、意識をこの機体に移している状態ですよ。擬似的な肉体になっているんです』
「内臓や血液と言った物がないだけで、ほぼ人間などと同じような作りになっています。筋肉は魔力筋と呼ばれる物を利用し、魔物の素材によって神経系統が構築されています。もともとはこれを利用した魔物が持っていた技術でしたがそれをこちらで解析して一から作れるようにしたものです」
『ほうほう、面白い……。そんな魔物は聞いたこともなかったぞ』
「そういえば、巨人が居たといいましたが大きさはどれくらいだったのですか?こちらに居る巨人族でもあれよりも大きいものは居ないと聞いていますが……」
『それはそれは見上げるようなバカでかさだ。……あのマギアワイバーン……だったか?あれの横に寝てもまだ大きいくらい……か』
「30m以上はあったということですか……どうやって歩いていたのか気になりますね」
「そんなのが居たなら、骨とか有っても良いものだけど……見つかったって言うのは他の国でも聞いたこと無いよ」
化石と言うものはこの世界にも存在はする。大半が竜の化石等だが他にも色々と細かいものはあるようだ。だからと言ってその年代に何が居たかが分かった!という考古学のたぐいはあまり進歩しなかったが。
大抵は今も生きている魔物たちだったからだ。
しかしその中にそれほど大きな、まさに巨人と言える様な者たちの骨は無い。
この大陸には存在しないだけかもしれないが……。
「そもそも神話の類にすら出てこないんだ、今は完全に存在しないのか……そもそも。……ギアズ、あんたマジで何年前の人間だ?」
『最初の200年位までは数えたがそれ以上はもう分からん!外の状況も分からずあそこからずっと出れなかったのだぞ?それに分かるか?朽ちていく自分の体を見るのがどれだけ辛いか!ボロボロと皮膚が剥がれ落ち、どす黒い液体が尻から流れ、眼は落ち、腐った内蔵がこぼれ落ちる。痛みはないが耐えきれない匂いと気持ち悪さで死にたかったぞ』
「生きながらに不死者になるってのも恐ろしいもんだな……」
「うえぇ……想像しちゃった……」
千や二千では効かない位の途方もない時を過ごしていたのではないかと思う。
一度眠りについて起きた時にもどれだけの時が流れているかも分からないということだった。
最初のうちは入口近くから入ってくる光で1日を知っていたものの、それも一度サボった時点で訳が分からなくなって止めている。
『年代を調べようにも、魔法があるからそれすら出来ませんからね。向こうにあった本が劣化していたのも最近になって効果が切れたせいということですか』
「そうだね……僕が言った何年前っていうのは全く役に立たないみたいだ。少なくとも飛竜が居なくて巨人が居るって聞いたこと無いよ。海の向こうの……そう言えばこの浮遊都市は世界中を回ってるじゃないか。僕達が知らない大陸とかにも行っているんだからもしかしたらそっちの方では普通かも……?」
『そう言えばここは何処の上なのだ?』
「時代とかも変わってるからなんとも言えないけど……ニール、地図出して」
「え?あぁそうか。見てもらえば早いんだね」
航行システムのある部屋には石版があった。
あれで行き先を指定していたのだから、その大陸なども知っているはずなのだ。
『ほう……よく書き写したな。今いるのがこれか……儂らの方では孤島と呼んでいた大陸だな。ここの周辺は海流がきつくて船がまともに出せない所で有名だった。ちなみに一番小さな大陸だぞ。降りたことはないが……というか浮かべたらまともに着陸なんぞ出来ないがな』
どうやら一番小さい大陸だったようだ。他にも主要な大陸は4箇所あり、そのうちの一番大きな大陸にギアズ達が居た国があったそうだ。
大国に囲まれていたという立地のお陰で苦労していたそうだが、技術力でそれをカバーしていた小さな強国。それが神聖ヴァニール王国だ。
ちなみに着陸場所はもともとその都市を引っこ抜いた場所を整備して使っていたそうだ。
本人曰く「ぴったりとそこに入れるのに相当神経を使った」のだという。
「ということはこれら全ての縮尺は正確ではありませんね。正確な距離などを出すには全く使い物になりません」
『細かいものを描くには石版が都合が良かったのだ。あれにちょうどいい大きさになるように書いたのだから仕方ないだろう。しかしあの仕組みは儂の最高傑作だぞ!一度世界中を巡って地図を作った後は実際にその場所の上に浮遊都市を持っていって場所の情報を登録することでその位置情報を記憶させて、そこを指定すればその場所へと勝手に移動できるようにしたのだ。言葉として記述するのに苦労したがな』
縮尺がズレまくっていても、実際の地点を登録しているからずれないそうだ。
好きな場所を指定して殆どズレなくその地点へと進められるのはかなりの技術だろう。
そして、そんなことよりもこちらの技術で空を飛ぶと言うマギア・ワイバーンに乗せろと煩かったので、ここの研究としてはこのギアズを利用することにしてカストラ領へと戻ることにした。
『……これでは外が見えないではないか……!』
「見えますよ。あ、ほら今システムが起動したのでオクロと同期が完了すれば……」
『おおおおお!これは面白い!壁が窓になったぞ!!』
と、この様な調子で一々大声で感動しまくるギアズを、ギルベルトとゾーイの二人はなんとも言えない表情で見ていた。
いつもなら討伐対象となるアンデッドだが……ここまではっきりとした人格を持ち、まともな思考を持っていること自体が異常だ。レヴナントであれば目的に対してのみの記憶しか持ち合わせておらず、会話も上手く噛み合わないことが普通なのにもかかわらず、ギアズは自分で思考して普通の人間のように振る舞っている。
「ギアズは……どう分類すれば良いのだろうか……」
「私に聞くな……。アンデッドではあるものの無害、しかも生前そのままの人格を持つなど聞いたことが無い。長い間生き続けてきたことで発狂する者も多いはずなのだが」
「魔法の技術は向こうが上、ということなのだろうか」
アンデッドになる魔法はあることはあるが、最初のうちはよくても最終的には結局魔物と化すものばかりだ。
記憶などは時と共に薄れていき、持っている技術はそのままに敵と味方の区別なく暴れまわる。
生者を憎み、死者を従え死を振りまくそれがアンデッド……だったはずだ。
レヴナントは復讐心や何かとても大事なことのみを覚えて常にそれに向かっていくため、目的を果たした時点で消えるし、邪魔さえしなければ大抵の場合は無害だ。
ギアズはそのどれとも合致しない。
『カッカッ!浮きおったぞ!!』
「ギアズ殿、少し静かに……速度が上がるんできちんと座ってないと怪我しますよ?……するのかな?」
既に骨になってる人がけがをすることはあるのだろうか。骨折くらいならしそうだが痛みも感じるのか怪しい。
そしてワイバーンは速度を上げて一気に音速まで加速する。
『なぁに、何度も空を飛んでおるのだぞそこま……』
全員がシートに押し付けられる感覚に耐えている中でそれは起こった。
ギアズの頭がもげたのだ。
「えっ!?」
「うあぁあぁぁぁ!!??」
「ぎゃぁぁ!!」
「ふぉぅ!?」
調子に乗っていたギアズだったがこの加速は予想外だったようで、突然の加速に耐えきれず頭蓋骨が後ろの座席に向かって飛んでいったのだ。
それを目の当たりにした全員が悲鳴を上げ、2つ後ろの席に居たギルベルトが思わずそれを捕まえる。
「なっ、おい!?」
「死んだぁぁぁ!?」
『死んどらんわ!!』
「あ、生きてる……?」
頭部を失った身体がどんどん崩壊していき、バラバラになっていってしまう。
それを見てニールが悲鳴を上げていたのだが、それを否定するかのようにギアズの頭が喋った。
パニックに陥りかけたポッド内だが、生きている?事がわかったためとりあえずの落ち着きを取り戻す。
『すまんが戻してくれんか。そうすれば元に戻る』
「い、意外と脆いのですね、その身体は……」
『うむ。あぁ、腕を拾ってくれんか?ありがとう。……そうそうここまでバラバラになることは無いのだがな。これ、この通りすぐに元に戻るからあまり気にするな。それよりも……早いな……』
「わかりやすく言えば音の速さの倍以上の速度が出ますからね。むしろ私としてはあなたの体のほうがびっくりでしたが?痛みなどは感じないんです?」
物を持ったりする食感や熱い、冷たい等は分かるが痛み自体は感じないと言う。
ただ骨が折れたりすれば修復に時間がかかるということと、一応、粉々になっても復活可能であるという事が分かったので、あまり心配しなくても良さそうだ。
『……頼むから回復魔法だけはせんでくれよ?』
「それはやっぱり駄目なんだ……」
『修復できなくなるのだ。試しにと思ってやってみたら骨の一つが完全に粉になった上に元に戻らなくなってしまったのでな』
ここだ、と尾てい骨のさきっぽのところを指す。確かに一つパーツが無くなっていた。
先に実験してからで良かったわ!などと言っていたが、死にたがっていた割に何故やらなかったのかと言えば、色々と満足してから死期は自分で決めたいと言っていた。
しかし、痛みを感じず、自動修復が効くということでテンペストとサイラスが考えていたことは実行できそうだということもわかった。
「さ、付きましたよ。ようこそ我々の研究室へ。ちょっと協力してくれれば面白いものをプレゼントしましょう」
『……なんか突然胡散臭くなったなお主……』
サイラス博士の無駄にいい笑顔が、ギアズに忘れていた得体の知れない恐怖を思い出させたのだった。
ギアズさんは身長約170cmのややガッチリした体型でした。
様々な魔法を使い、それを使った機関などを開発する天才技術者で、複雑な回路を組みあげるそのやり方のせいで後進がなかなか育たず「ギアズが死んだら誰もメンテナンス出来ない」という事態に陥っていたのでした。
そうこうしている間に地上側では戦争が勃発。
一気に内側まで攻め込まれたギアズ達の国は一部の者達を浮遊都市に隔離して、空中へと逃げ、上空からの攻撃などで形成を逆転させていったものの、敵の工作員のせいで内乱が起こり、浮遊都市はほぼ壊滅状態にまで追い込まれ……。それでも生き残った一部の人達に勝手に不死者化させられていたというわけです。
ちなみに地上の方ではギアズの国が無くなった後も、その他の国同士での戦争が続き、地形を変えるほどの威力の魔法を生み出した挙句相打ちとなって滅びました。諸行無常!