第七十八話 取り調べ
コリーとサイモンは衛兵達と、オルトロス隊の1台と共に王都を出てラトリッジ領へと向かう。
ラトリッジ領は少し遠く、オルトロスでも休憩込みで2日掛かる見通しだ。
途中の道があまり状態が良くないというのもある。
それくらい辺鄙な所にある領地なのだ。
「……さて。2人は行っちゃったけど、あっちには首謀者のエリーは居ないし、こっちはこっちでやろうか」
エリーはずっとパーティーに参加していたのだ。ここからそう遠くない場所にいる。
逃げたとしても馬車の速度ではどうしても向こうに着くだけで数日掛かる。ハーヴィン領よりは近いとはいえ、急いで帰ったとしてもオルトロスを追い越すことは出来ない。
「全く……なんでこう……。しかし本当に無事でよかった、麻酔が完全に切れたら自分で歩いてもらうけど、今は抱かせてもらうよ」
「ええ、鎧もないですしまともに歩けません。お願いします」
エキドナまで連れて行き、ベッドに横にする。
こういう事件が起きた以上、もう社交界は中止だ。現場では色々と証拠を探っている衛兵たちの姿が見える。
「飲み物はここにおいておくよ。今から王国の近衛兵が来て聞き取りをしたいそうだ。テンペストが動けないからここに直接来てもらうことにしたから」
「近衛が、ですか?衛兵の仕事なのでは……」
「あの場所には王族も居たんだ、もしかしたら王女も標的になっていたかもしれないでしょ?……っていうのはまあ建前で、単純に王様がテンペストのこと心配してくれているんだと思うよ。なんせ警備の目を掻い潜って逃げられているわけだからね」
あの場は国王を含め王族や公爵家など高貴な方々が揃っている、ということで警備も厳重だったのだ。
だからこそある程度安心して居られた訳だが、どういうわけか抜けられてしまった。
明らかに怪しいと分かる筈の者を誰も見た記憶がない、と言っているのだ。
持ち物や証言は全部衛兵に引き渡して置いてあるが、どれかがもう一つの魔道具だったりするのかもしれない。
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「体の具合はどうかな、カストラ卿」
「大分良くなりました。ありがとうございます」
「私は近衛兵隊長のギルベルト・アンブロスと言う。体調がすぐれないところを申し訳ないが幾つか聞かせていただきたい」
「構いません」
ギルベルトは茶色い髪を後ろになでつけ、髭を短く切りそろえた壮年の人物だった。
近衛兵の中でも近衛兵隊長官の次である4人のうちの一人。第一隊の隊長だ。
今回の警備で王族側の責任者でもある。
お咎めがあるわけではないが、テンペストが拐われたということで国王が動揺していた上、この警備を抜けられたこと、そしてみすみす部外者を入れてしまったことに対して自分が許せなかったようだ。
「一応、先にカストラ卿を拐った男の話と、彼の持ち物などを受け取った。君たちが自白させたようだが、この短時間でよく聞き出した。礼を言う。改めてこちらでも聞き取りをしたが証言に嘘はない。だがどうしてもラトリッジ卿がそういう悪事を働くような者とは思えん。本人も今取り調べを受けているが……何かあの場で気づいたことはあるかな?」
「ラトリッジ卿の娘である、エリー・ラトリッジ様があの場に居ました。ローチ侯爵夫人とご一緒していたので彼女が証言してくれると思います。その間、「男性ウケしそうな顔」や「どうせ身体で取り入ったのだろう」、「この娘にそんな大それた仕事が出来るわけがない、デタラメだ」「嘘を言っている」などと色々言われておりましたが……。いずれも事実ではなく、またそれをローチ夫人も認めて下さっていたので無視していました」
エリーの単語が出た時点で難しい顔をして居たギルベルトだったが、問題児であることは承知しており、しかしそれでもここまでのことをやらかすとは思っていなかった為頭が痛い。
面と向かって自分よりも立場が上の男爵に喧嘩を売り、侯爵夫人に窘められてもなお文句を言い続けた。
「暴言までならまだ何とかなったが……ラトリッジ卿の使用人とやらが特定できれば関与が確定するが、そうなると誘拐を実行してしまったと言う時点でもうどうにもならんか。その後姦淫を指示しているとなれば救いようがない。いずれ明らかになるであろうが、今はまだ情報が足りない。双方からの意見を聞いて決定したいと思う」
誘拐、特に女性や子供の誘拐はハイランドでは重罪だ。
その両方にテンペストは当てはまり、更に貴族であること、一般には知らされていないが要人であることなどから実行犯は確実に死罪となる。
それを指示した者も同じで、更に姦淫を指示しているためこれも厳しく罰せられる。
娼館等は職業として認められている娼婦、男娼によって成り立っているが、これも建物内でのみ通用するため、外で強要した場合には同じく罰せられる事になる。こういった強姦に関しては去勢か死罪かどちらかになる。
麻酔?当然ない。
「現在私の養父と友人が、引き渡し場所へと向かっています。衛兵たちも連れているのでそこで何かが見つかるかもしれません」
「聞いている。行動が早いな、流石に陛下が優秀であると言われるだけはある。お陰で犯人はすぐに捕まえることが出来た。あぁそうだ、サイラス殿は居るか?」
「私ですが……」
「おお、これは申し訳ない。この騒ぎの実行犯を取り押さえたその速さと手腕に感謝を。後程陛下から呼び出しが掛かるだろう、いつでも来れるようにしておくが良い」
「は、ありがとうございます」
手柄を立てたコリーとサイラスは表彰を受け勲章をもらえるという。
恐らくサイラスはそこで授爵する事になると言われている。
「ちなみに、今現在のところはラトリッジ卿の使用人以外でのラトリッジ家の関与は出ていないのだな?」
「もう一つ、ラトリッジ領内が私の引き渡しに指定されていますが」
「ああ、そうだったな……。ふむ。何者かに罪を着せられている可能性は?」
「分かりません。現在のところ怪しいと思われるのはエリー様の態度と敵性からの判断でしかありません」
「敵性?どういう事かね?」
「これです。贈り物ですが、私に対して敵意を抱いている者が近くに居る場合、この赤い宝石が光って知らせてくれます。あのテーブルに居た時、確かに光っていましたので間違いないかと思います」
「なるほど……。分かった。とりあえず今の段階で決めつけるのはまずかろう。彼らが戻ってきてから話を聞く。それと……。ロジャー殿も良いかね?」
一応、あの腕輪には誰という指定が効かず、近くにいれば一律赤く光るため、その中の誰が敵意を持っているか等は分からない。
その為エリーが確実に犯人であるという証拠にはなっていないのだ。
そして話を少し離れて聞いていたロジャーも呼ばれる。
呼ばれるとは思っていなかったロジャーがちょっとびっくりしていたが、一応こちらにも容疑はかかっているようだ。
「気を悪くしないでほしいのだが、手際があまりにも良すぎることから自作自演なのでは、と言う声もある。これに関しては何か言うことはあるかな?」
「ああ、そういう事……。まず、あの会場内には僕、コリー、ハーヴィン卿、そしてそれぞれの付き人が居ました。全員、あの煙で目と気管を潰されていた事は周りから聞いてもらえれば分かると思うよ」
「……ふむ、確かに、あの時近くに居たものたちは皆がたしかにそこに居たという証言がある。矛盾はないな。では次だ。どうやって犯行に気がついた?そして何故あれだけ早くカストラ卿を見つけることが出来たのだ?」
確かに、知らなければここはかなり怪しく見えても仕方ない。
テンペストを見つけられたのはサイラスの探知魔法のお陰だ。パーティー全員の動向がわかるように、マークしてあるためそれぞれが何処に居るかはすぐに分かるのだ。
普段は解除しているが、こうしてイベントに出向いたりする時には必ず使っている。
「ではまず、犯行に気がついた事に関してだけど……僕達はテンペストの護衛も兼ねていたんだ。悪い虫が寄らないようにと言うのもあるけどね。なにせちょっとそういうところには疎いからね……。で、当然事件が起きたら僕達が最初に探すのは誰だと思う?」
「護衛対象であるカストラ卿、というわけか」
「そ。だからテンペストを探したよ。でもさっきまで居た場所は誰も居なくて、周りを探してみても見つけられないし、目をまともに開けられない上にくしゃみと喉の痛みがひどくてどうしようもなかったんだ。僕達が把握しているのはその後、コリーが魔法を使って自分の体を洗い流して外に飛び出していった事までだね」
その後は落ち着くのを待って風の流れを使って外に煙を排出、うずくまって苦しんでいる人達を治療してやったりなどをしていた。サイモンはその場の検分を自分なりに始め、煙幕用の筒が落ちているのを発見し衛兵に説明をしていた。
「ああ、それなら飛び出してきた後は私達のほうが詳しい。発言いいだろうか?」
「サイラス殿か。分かった、ではサイラス殿は何処に居たか、から始めてもらおう」
「ここです。このエキドナの中でそこのラウリと共に待っていました。食事をしてふとそこのモニター……えーっと、見てもらえばわかりますが会場の方が写っている物がありますね?あれにもやもやとしたものが会場から立ち上っているのが写ってたんです。この通り、このエキドナの中でシールドを閉じていると外の様子が分からないのでこうして周りを監視しているわけですが」
「待て、そのモニターとやらは何故付いていて、何故会場を向いていたのだ?監視するためというがそれはどういう事だ?」
まあそうだろう。
ただ単純に何かがあったらすぐに分かるようにと向こうを向けていたわけだが、事情を知らない人からすれば怪しいだろう。
「さっきも言いましたがこの状態で外が見えますか?」
「……見えるも何も、締め切っていては分からないではないか」
「ええ、そうなんですよ。シールドを上げれば……この通り、外の様子は見えますが、こちらの中も見えるようになります。なるべくこの中の配置などを見られたくないためこういうところでは基本閉じているわけですが。国王陛下にお渡ししたエキドナも同じ装備は付いていますから確認して下さい」
「む……そうか。ではこの時のために取り付けたわけではないと」
「ええ」
そんな計画性があったら、そもそもあんなヘマはしないだろう。大体やるならもっとわからないようにやるに決まっている。
「なるほど、その後はナイトレイ卿が到着して現状を知ったサイラス殿が、サーヴァントで会場へ向かい、その後カストラ卿を助けた。それはわかった。ではなぜ場所がわかった?納得の行く説明を願うぞ」
「問題ありません。単純なことで、私とテンペストは仲間の位置を確実に知るための手段を持っています。探知魔法の一種で自分と関係のある者を味方とし、その味方である誰かに対して敵意を持っているものを敵、その他を一般人と分けて感知することが可能です。ああ、その内これは魔道具にして販売予定ですのでお楽しみに。ということで、こちらには私が残っていたためテンペストが何処に居て、どの方向へ逃げているのか、どれくらいの速度かなどが全て分かりました。ただ常時監視していたわけではないので、報告を受けてすぐに探知したわけですが」
これは今のところテンペストとサイラスの2人しか出来ていない。
レーダーによるマップとターゲット等を捉えることを知っている2人は簡単に想像がつくが、他の皆にはそれがまだ理解できない為再現できない。
「探知魔法か……証明が難しいな。例えそれが本当であるなら私が……いや、陛下が何処にいるかも分かる……か?」
「サーヴァントに乗れば王都全体くらいなら何とか範囲に入りますからね。王城の敷地内に居るというのであれば、今すぐにでも。面識はありますからたどれますよ。えっと今は……王城の3階部分、奥まった場所に反応がありますね」
「待て。今の情報、何故知っている」
「いや、知っているも何も、何処に居るか分かるかと言ったのはそちらでしょう。求めに応じて示したまでです。……もしかして不味い所に居ます?」
突然目つきが険しくなったギルベルトに、流石にサイラスも慌てた。
何処に居るかと聞かれたから答えただけなのだが、流石にこれは理不尽すぎる。
「今の情報、絶対に誰にも漏らすなよ。一応その探知魔法は信じてやる。その場所の存在を知っているものは僅かだ。だが今のサイラス殿にそれに触れる権利はない」
「忘れます。が、一応やれと言われたので証明しただけであることは考慮していただけるとありがたいです。流石にこれで死ねと言われるなら考えますが」
「なかなか度胸があるが、間違ってもそういう事は言わぬほうが良いぞ。安心しろ、さっきのは私も悪かったのだ。罪には問わない、約束する」
「ありがとうございます。……で、助け出した後はその男を連行してきて自白させた所までですね。以上でよろしいですか?」
「ん、良く分かった。今のを聞けば犯行に関与していないだろうことは分かる。まさか国王の居場所を当てられるとは思っていなかったが、正確に言われてしまってはどうしようもない。使うな、とは言わないがその力は正しいことにのみ使うと宣言してくれ」
ちなみに、セーフルームらしい。
何かがあった時、王族の皆をその一室に集めて隠すための部屋。
周りからは隔絶されており、特定の手段でのみ入ることが出来る場所。
だから知っているものはごく少数で、それを知るということは死に繋がる危険な場所だ。
そんなことを聞かされて言いふらそうという気にはならない。
契約を交わして宣誓した。この力は王を害することには決して使わず、守るために使うと。
破れば死が訪れる危険なものだが、別にそれをする気はないから問題ない。
こうして簡単な取り調べは終了した。
首謀者との共犯ではないのかという噂などに対しては、完全否定する事を約束してくれ、以後こちらの名誉を傷つけるような事を言った場合には相応の罰が下る事としてくれた。
重いのではないのかと思ったが、こんなものらしい。
一度潔白が証明されたのならば、もうその人はどんなに怪しかろうが潔白なのだ。それに異議を唱えるというのであれば、公的な場で確固たる証拠とともにそれを証明しなければならない。
ましてあれは嘘だとか絶対にやっているはずだ、という憶測は証明できない限りは名誉を著しく傷つけるものとして処罰の対象となる。
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「テンペスト!お帰り!大丈夫だった?心配していたよ……」
「心配をかけてしまってすみませんニール。こうして無事で帰っています。現在コリーとサイモンが証拠を押さえるために出ていますし、王都内でも捜査が進んでいるようです」
「そう、じゃあもう安心……かな?もう社交界も途中で終わっちゃったりとか、王都が封鎖されたとかで色々気になっていたんだ」
封鎖の理由は当然エリーだ。
一人だけ捕まらずに何処かへ行方を眩ませていた。もうその時点で相当怪しいわけだが、エキドナまで来ていたギルベルトにエリーの居場所がわからないかを聞かれ、伝えたところ確かにその場所に隠れていたらしくそのまま捕縛されたそうだ。
その為王都の閉鎖は解かれてこうして街まで戻ってくることが出来た。
エリーは王城からは抜け出せなかったようで、物置小屋の中に隠れていたそうだ。
これも捜査協力として扱い色々と報奨が出るそうだから楽しみにしている。
「なんというか、無駄に疲れた一日だったよ」
「私もです。石畳の補修費は出さなくていいと言ってくれたのはありがたいですが」
「ものすごい抉れてたもんね。あれは酷い」
「まさかあれほどまでに抉れていたとは……。しかし、だからこそあの速さで走れたのでしょうから、悪いことではないですが」
弁償するとなると幾らになるのか……。まあ払えない金額ではないだろうが、面倒だ。
それが免除されただけでも有り難い。
今回はテンペストの救出、並びに実行犯の逮捕という事があるものの、王族やその他大勢の貴族たちを危険に晒した犯人を捕まえたという事がかなり大きく、更に疑いが晴れたことで色々と優遇してもらっていた。
ついでに言えばサーヴァントの能力が明るみに出たことで、あれが新しい魔鎧兵として配備されることになるのだという宣伝になった。
魔導騎兵として納品するものは通常のものと獣人型を納品するつもりだったのだが、更に増えてしまった。
というのもあのギルベルトが気に入ってしまい、国の象徴であるフォルティアウィスという時に飛竜ですらも狩ると言う怪鳥を元にしたデザインの物を作れないかと言われてしまったのだ。
近衛兵としてもやはりああいった装備は欲しいのだろう。
「そもそもフォルティアウィスの絵がこれではね……適当にアレンジ効かせてもいいのかねこれ」
「ううん……どうだろう。もう絶滅しているんじゃないかって言うくらいには見つかっていないんだよね……僕も一度しか見たことがない」
「見たことがあるのですか?それであれば私が書き起こしますが」
「ああ、こっちにはテンペストが居るもんね。じゃあ……」
子供の頃に一度だけしか見ては居ないが、あの悠々と空を飛ぶ存在を見て何故か震えが止まらなかったのを思い出す。怖かったわけではなくて、とても神聖なもののように見えたからだ。
大きさは翼竜よりも一回り大きく、飛竜よりも小さめ。羽毛に包まれたその身体は正に鳥であり、竜種ではないことは明らかだった。
嘴は猛禽のそれに似ているが、その巨大さは全くの別物だ。
翼を広げた大きさは大体10メートル程か、もっと行くかもしれない。形としては猛禽のそれに近くて、黄色いくちばしと脚は印象的。体毛は黒く、頭には赤い飾り羽がついている。
伝説には言葉を解し、このハイランドの初代国王と共にこの国を守ってきたと言われている。
「あ、流石テンペスト。凄く似てる。そんな感じだよ……懐かしいな、本当にカッコよかったんだよ」
「大きいですね……。こんなデカイのが空を……あぁ飛竜と言う非常識が居たか。いやでも本当にカッコイイですねこれ。イヌワシとカンムリクマタカ辺りを混ぜたらこんな感じになりそうだ」
「その辺は知らないけど、凄く頭も良くて飛竜のブレスを見切るとか言われてる」
後でこの絵を元にして、新しい魔導騎士を作ることになる。
フォルティシアと呼ばれる事になるその機体はもう少し先でお披露目することになるだろう。
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1日が経ち、すっかり完全回復したテンペストはニールに腕輪のことを伝えに行くことにした。
これから先、あのようなことがあれば防ぎきれない。悪意を封じてそれを隠す為の道具が存在する以上、対策が必要だった。
「そんな……テンペストの方も欺かれたの!?」
「はい。私の識別でも敵性ではなく一般でした。完全に欺かれたと言っていいでしょう。しかしニールの腕輪は私が居たテーブルでは反応していたので多分故障などではないと思います。敵対心を露わにしていたためその時には特に私の魔法は使っていませんでしたが」
「うーん……条件付けとかが駄目なのかなぁ……」
「いえ、魔道具自体の解析が必要だと思いますが、現物はすでに衛兵の方へ回してしまいました。敵意を感じないだけでなく、多少の無理を通しても信用させるようなそういうものだと考えています」
コリーも言っていた。服を脱がせた途端にこいつは悪人だと確信した、と。それまでは無実の人間を殴っている様な不快感があったと。
そしてテンペストも、あれだけ強引で怪しい誘いに何故乗ったのかが分からない。
今思い起こしてみれば、どう考えても説明がつかないのだ。
それはロジャー達も同じだ。なぜ止めなかったのか。やはり信用できると思い込まされていたからではないだろうか。
「……ちょっと、今の段階ではわからないなぁ。その魔道具があれば良いんだけど」
「そうですか……。では相手の行動を解析して怪しいと思われる者を見分けるなどは?」
「その定義が難しい……かな?どういう話し方で、どういう内容を言えば怪しいかなんてそれこそ沢山有るからね。それに、人を騙すのが上手い人って、相手を信用させる言い方ができる人だから。信用できそうな物言いをする人が危険ってこともあり得るんだよ」
危ないところを上手く隠して話をすることが出来る人は、信用を得やすく、また相手の警戒心を上手く解く術を持っている。相手のミスリードを誘ってみたり、嘘は言っていないが大事な所も言っていない等、やり方は様々だ。
見逃すとは言ったがその後殺さないとは言っていない、等も似たようなものだ。
「なるほど。現状では打つ手なしですか」
「ごめんね、力になれなかった……」
「気にしないでください。次はこういった事にならないようにしますので。そうですね、毒針に警戒して……」
「それだ!」
毒、もしくは薬品等であればそれを検知する魔法は存在する。
できるだけ沢山の毒物を集めてそれを登録しさせすれば、それらに反応する物が作れる。
現時点で幾つかの有名な毒物に関しては手元にあるので、とりあえずそれらを登録して置けばいい。
毒だけでなく、麻酔などの様々な本来であれば役に立つはずの薬の一部などにも反応するようにしておけばいい。
そうすれば誰かが麻酔薬を持っている場合、近くにいれば反応するだろう。
「なるほど、薬物を検出するわけですか」
「うん。それにこの方法を使ってボクの研究も捗りそう。分析するのに使えそうなアイディアが出来たよ」
例えば目の前にある土に含まれる物を、触れなくてもその成分を分析できる物が出来るかもしれない。
地球ではそれを行うために色々な工夫が必要だったが、こっちでは魔法であっさりと解決できてしまいそうなのだ。
一度純粋なその物質を登録して、それがどれだけあるかを毒物の検出とは違ってごく短距離で狭い範囲に絞って引き出す。問題はどうやって反応があったものを分けて表示させるか位だが、意外と何とかなりそうだった。
サイラス「機密事項ならもうちょっと隠蔽して欲しい」