第七話 装備を整えよう
「テンペスト、あなたよくあの人達見て何とも思わずに高いの頼めるわね?」
「何かおかしかったですか?」
「普通、あんなのが目の前にいたら怖いと思うんだけど」
ハンターギルドからお金を引き出して出てきた二人は、服屋に向かう途中でその話題となった。
ヴァネッサがそういうのも無理はなく、あそこでテンペストを囲って騒いでいたのは、どう見ても堅気の人間には思えないようなタイプの輩だった。
やたらと目つきの鋭い強面の男達、ハンターとしては優秀な彼らだが生き死にに関わる様な戦いを切り抜けてきた彼らだからと言うか、その見た目はどう見てもヤクザかマフィアだ。
それが屯してやんややんやと騒いでいたので、若いハンターたちは遠巻きにそれを見ては、目が合うと即座に背けていたりする。
テンペストとしては軍人などもっと厳つい奴も居たわけだし、そもそも敵ではない人達の上に好意で言ってくれているので素直に従ったまでだ。
「そういえばエイ……ヴァネッサ、私のことはテンピーと。親しい者同士は愛称で呼び合うのでしょう?」
「ありがとう。分かったわ、テンピー。じゃぁ私のこともヴァナと呼んでいいわよ。あっちの方はアディーで」
「よろしく、ヴァナ」
「さて!テンピー、服屋に着いたわよ。普段着る為の物と、訓練や狩りの時に防具の下に着るものとを買わなきゃね。下着は多めに買っておけばいいわよ」
「え?」
なんで?といった顔で首を傾げるテンペストを見て、ヴァネッサは察する。
「まさか……また、穿いてない?」
「窮屈です」
「穿きなさい!」
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「ありがとうございましたー」
服屋の中でほぼ着せ替え人形と化したテンペストだったが、なんとかヴァネッサの見立てで購入する服は決まった。
侯爵家の中で着るに相応しい服装に関してはとりあえず1着。
普段着として街中で着るもの等は3着。
ハンター用の動きを阻害しないと言う伸縮性にとみ、ある程度の防刃性がある物を4着。
魔法使いとしての正装ともなるローブを1着。
そして下着や肌着を多めに。
なぜ、この子はそんなに下着を嫌がるのかと思ったら、用意されていた下着が伸縮性がなく、動くとズレるという物だった。流石にこれは夜に大人が穿くようなもので、紐で縛れるようになっているからつけられないこともないし、布面積も子供にはちょうどいい程度ではあったものの……。
なんでこんなものを穿かせたのか。というかなんで持っていたのか後で問い詰めねばならないだろう。
というわけで、子供用の伸縮性のある物を買ったのだ。とある魔物の糸から作られたというもので、伸縮性だけでなく、なかなか切れたりしないという耐久力もあったりする。
当然それなりに高額だが今のテンペストに取っては大した出費にはならない。
「素材によってあれほどまでに違うのですね」
「後でサイモン様に文句言っておきます。流石にあれは酷すぎるので」
「これなら穿いていても気になりません。いい買い物をしました」
今は普段着に着替え直している。
落ち着いた色合いで、暖かい今の季節に丁度いい厚さのもの。動きやすさを考えた結果、スカートではなくキュロットになった。
ついでに履きやすい靴も買ってご機嫌である。
何故か、気に入ったものを自分で買った時にとてもうれしいという気分になったのだ。
そして今から行くのは武器屋となる。
接近戦の為だけでなく、解体などもその場でやることが多いハンターに取って、ナイフは必須だ。
それだけでも様々な用途があるため一本も持っていない人はまず居ない。
また、軽くて丈夫な防具も必要だし、魔法弓士としたため弓と矢も購入する。
武器屋の店員は親身になって色々アドバイスをくれ、予算に合わせて最高の防具を用意してくれた。
店としても少々高い装備の上、使えるのが小柄なリヴェリや人族の子供位という事もあってなかなか売れていなかったらしい。
昆虫系の甲殻を使用したもので、黒光りする甲殻と茶色い皮を繋ぎ止める赤い糸という、見た目は少し厳つい物になったがその性能は素晴らしく、子供の筋力であっても全く問題ないほど軽く、かと言って防御力としては鉄製の剣を弾ける程に強力で申し分ない物だ。
弓は滑車付きのショートボウ。コンパウンドボウと同じ原理のもので、引ききった時の弦の軽さが特徴だ。非力なテンペストにとって引いたまま狙いを定める時が一番辛いだろう。それが少し楽になるというわけだ。
後で張りを調節すれば強めにも出来るし、成長に合わせて長く使っていけるだろう。
矢の方は特に何の変哲もない物だ。30本纏めて買うと矢筒が付いて来たのでそれを買った。
「これはいい感じです。動きやすく軽いです。腰に弓を取り付けられるのも動きやすくて良いですね」
「気に入ってもらえて良かった。いい買い物をしてくれたから少し割り引いておくよ。頑張ってね」
「ええ、色々教えてもらいましたし、また来たいです」
これまたお気に入りの物が出来て楽しそうにしている。
しかし、荷物が多くなってきたため少し歩きにくそうにしていた。
そこで最後に魔法具の店だ。
ここで空間拡張を行った鞄を買うのだ。
テンペストの場合は肩にかけるには背が低すぎるため、バックパックタイプの物を選択した。
すぐに取り出すことは出来ないけど、肩掛け鞄等よりも口が大きく開くため、意外と大きなものも仕舞うことが出来る。
当然その魔法が付与された物は結構な値段がするため普通は初心者が手が出るものではない。
「中身の拡張率で値段がかなり上がるのですね」
「広くすれば広くするだけ難しくなるんです。私が付与できる限界は10倍までですね」
「あなたが付与しているのですか?」
「そうです。本来は術者の手から離れると使えなくなるのですが、これは万人が使えるように魔法を物に固定しているので少し技術がいるのですよ。それが広くすると難しくなる原因になっていますけどね。誰でも使えるということは盗まれたら中身は全て持って行かれます。気をつけてくださいね」
「分かりました。……それにしても買ったものが全て入っていくのを見るのは、何かとても不思議な感じがします」
どう考えても容量的に入りそうにない物がらくらく入っていくのだ。
鞄の口から入れられるものであれば何でもいいので、剣などの長いものが半分ほどまでしか無い鞄に入っていくのを見た時には、頭で理解していても手品を見ているような感じになった。
ちなみに、単純に空間を拡張しているだけなので、なま物を入れて忘れると悲惨なことになる。
色々入るので食料を入れてそのまま忘れる人が多いらしい。一旦腐ると臭いも酷いし、洗うにしてもここのような専門店でないと手入れが出来ないので高くついてしまう。
気をつけるように、と念押しされて店を出る。
魔法具は手に持つことでその人の魔法の威力が上がり、更に後付で予め魔力を吸わせておくことでいざというときにその魔力を補助として使えるようになるという短い杖を購入。
杖と魔力石をセットで購入したがこれが今回買った中で一番高価な買い物となった。
下ろしてきたのは200万ラピス分。残りは12万と端数が少し。ほぼ使い切る勢いだった。
鞄とこの杖に関してはかなり高くなるとは言われていたけど、まさか合わせて100万を超えてくるとは思っていなかったため、テンペストも少し驚いていた。
「結構ギリギリだったわね……ちょっと杖の値段高すぎないかと思ったけど、性能見たらそりゃそうなるかーって感じだったし、いい買い物をしたと思うわよ」
「非力な分道具に頼らなければなりませんから、あまりそこでケチりたくありません」
「いい心がけね。たまに強い武器を買って強くなったと思い込む人が居るから。決して力量以上に強くなることはない、これだけはしっかりと覚えておかないとすぐに死ぬわよ」
十分に買い物を楽しんだ二人は、そろそろ昼ということもあり食堂へ入る。
流石に混み始める時間だったようで少し待たされたが、窓際のいい席に案内されて周りから漂ってくる美味しそうな臭いに腹が鳴る。
「……テンピー、ギルドで結構食べたわよね?」
「……育ち盛りだから?」
「そういうのどこで覚えてくるのよ……」
「ギルドで奢ってくれた人が教えてくれました」
テンペストは肉が良いということだったので、代わりにヴァネッサが注文する。
名前を見てもどんなものか分からないため仕方なかったのだ。
当然ギルドでもなんとなく高いものを選んだだけだったりする。
そしてテンペストの前に並べられたのは、ミノタウロスのリブロースステーキセット。
ミディアムに焼きあげられた肉が鉄板の上に乗っている。
「おお……これは……魔力を感じます?」
「ミノタウロスっていう牛みたいな魔物の肉だからね。魔物の肉には魔力が混じっているって前に教えたでしょ?さっき食べてたのは特に魔力のないただの豚肉。まああれも良いの使ってたみたいだったから少し高めだったみたいだけど」
「では食べると魔力が回復するのですね。ギルドでかなり減ってしまったので助かります」
ソースを絡めて一口食べるごとに、じわじわと身体の中に魔力が流れていくのが分かる。
その感覚がとても心地よく、肉の柔らかさと美味しさも合わせてどんどん食べたくなる味だった。
パンと一緒に食べては付いて来たスープで流し込むという、少々はしたない食べ方になっていたが。
「……食事の作法とかも教えておかないと駄目ね。サイモン様の元に居る事が決定したのだから、その辺もしっかりとしないと駄目よ?」
「サイモンに迷惑は掛けたくないです。教えてもらえますか?」
「良いけど、多分エマさんから聞いたほうが良いかも。色々教えてくれるはずよ」
「分かりました。後ほど聞きたいと思います。……これ、とても美味しいです」
心なしかぽっこりとお腹が出てきた所で完食したテンペストは、満足気に背もたれにもたれかかった。
ギルドで食べた分も合わせて結構な量になるのだから当然と言える。
「そういえば、本がたくさんある場所とかはありますか?」
「王都に行かないと図書館は無いわね……。向こうに一旦報告にも行かなきゃならないから、その時にでも行くと良いわよ。ついでだから全部覚えるつもりで行ってくればいいと思うわ」
「そのつもりです。情報の取捨選択等はなかなか難しいですが」
本当に全部覚えることが出来てしまうのが怖い所だ。
歩く辞書として活躍することまちがいなしだろう。
出典元が間違っていることなんてザラにあるので、それが本当に合っているかは分からないが。
少なくとも元々テンペストが持っている知識を使えば、ある程度の推測が出来るものもあるため、変に騙されるということは少ないはずだ。
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「準備は出来たかな?」
「ええ。いつでも行けます」
「テンピー、これも鞄に入れておいて下さい、傷薬の瓶です」
「ありがとう、アディ」
「……私もテンペストをテンピーと呼んでもいいかな?」
「もちろんです、サイモン。サイモンも私の大切な人ですから」
流石に神子をアディと呼ぶことには抵抗があったようだ。
しかしテンペストであれば一応養子となっているので、愛称で呼んでいても特に不審には思われまい。
許可を出してくれたことで少し浮かれていたが、気を取り直して街の外へと向かう。
買い物をした日からすでに一週間ほど経っている。
ある程度のナイフの使い方や、弓の扱い方等を教えればすぐに上達するテンペストなので、教える方は結構大変だ。
順番を追って教えようと思っても、ある程度の説明でその場所にたどり着いてしまったりするのだ。
意外と才能を発揮したのは弓だった。
流石に体力が低いため、30本撃ち切るまでには腕が上がらなくなっていたが、合間合間に教えられたタイタンワードである自己強化を使うことで、今では60回分までなら耐えられるようになっていた。
そこで実際に狩りを体験させてやろう、というのが今回の目的だ。
街の外にある比較的安全な山へと入り、野うさぎをや鳥を狩るのが今回の課題だ。
どちらも的は小さく、動き回るため当てるのは難しい。
しかし反撃されるということもないので危険性はほぼ無い。
弓を使ってもいいし、魔法を使っても良い、狩ったらきちんと自分で捌いて血抜きをして皮や羽を取り除く。
出来たらエイダが凍らせて鞄に入れていく。戦利品は今日の晩ごはんとして食卓に並ぶので、何としてでも狩りたい所だった。テンペストは弓と矢をチェックし、増魔の杖を腰に下げる。
ハイランド王国のある場所は2千メートルの高所にある。周りを高山に囲まれているが緑はかなり多い。水も雪解けの水などがたっぷりと地下水として通っており、冷たい湧き水が湧いているところが沢山あり、意外と水には困らない場所だ。
山は生き物に溢れ、それを求めて魔獣や魔物も住み着いている。
「この辺りもマナが街よりも濃いです」
「正解だ。この辺は少しマナが濃い。だから早めに抜けるよ。理由は分かるね?」
「魔物ですか?」
「その通り。マナが濃い場所は魔物にとって居心地の良い場所。だからマナが薄いところに行くとあまり魔物が出ないのです。街のある場所はわざとマナの薄い場所に作られているんですよ。なので今から私達が行く場所もマナの薄い場所です。魔物に追われた獣達が多いから獲物には困りませんよ」
少し開けた場所に出ると、マナの気配も薄くなりここが目的地だと分かる。
ここで少し休憩した後に、周辺で狩りを開始する。
「綺麗なところです」
「魔物の気配は今のところ無い。安心して練習したとおりにやってみると良い。あ、魔法で杖は使わないように。テンピーの魔法はただでさえ強いようだし、当たったら弾けてばらばらになってしまいそうだ」
「分かりました」
「丁度向こうに兎がいる。見えるかな?」
テンペストは目を凝らすがよくわからない。センサーが無い今、感覚は聴覚と視覚に頼った状態なので仕方無いが。
じっと動かずにいて木のそばでうずくまっているそれは、毛色も似ていて本当にそこにいると思って見ないと分からない。狩りをするということはこういう風に景色に紛れる獲物を見つけなければならないのだ。
初心者は必ずここで躓く。音がしてもそこには何も見えず、どこに居るのか発見するまでに時間が掛かる。
しかし……。
「目視以外で獲物を見つける手段はありますか?」
「なんでそう思ったのかな?」
「さっきサイモンは魔物の気配はないと言っていました。気配を感じるというのはどういう感覚なのでしょうか」
「あれで気づいたのか……。流石というかなんというか。順を追っていこうと思ったけど教えられることは先に教えてしまったほうがいいか。そう、私は気配を感じることが出来る。それは自分の周りにあるマナを利用して魔力を持つ魔物を見つけるんだ。植物は魔力の流れ方が全然違うから分かる。一応これは私のオリジナルワードだけど、似たようなものを使える人もいるし、魔物は結構使える奴らが多い。テンピーならきっと私よりも上手く使いこなすだろうね。こういう種類のものは探知魔法と呼ばれているよ」
マナに干渉する感じでそのマナに触れている生物を見つけていくのだ。
生命活動が活発な生物は流れが早く、それは植物であっても魔物化したものはある程度判別できる。
しかし、そういったことが可能ということは、逆に探知から逃れるための魔法だってある。
万能でないことに気を付けなければならない。
また、一部の魔物等は自分を感知したことに気づく者も居る。こういった魔物に下手に探知魔法をかけると逆に自分の位置を知られて襲われてしまう事もある。
そしてテンペストは元々センサーを使って地形、高度、距離、方位、傾き、そして敵の存在などを知るということに慣れている。特に索敵という事に関してはジャミングさえ無ければ何キロ先でも見つけられるのだから。
とは言えそれをそのまま応用することは出来ない。独特な探知方式は初めての物だ。
「マナの流れを……感知」
意識を集中していくと、近くにいるエイダとサイモンの魔力の流れを感じる。
二人共魔力量が多いのか、密度が高く感じていた。
逆に植物などは実のほうが濃い目という位でそこまでではない。
しかしまだ自分の周囲数メートル程度しか感知できていない。それでは意味が無い。が、癖でIRセンサ、つまり……赤外線探知を行おうとして、生物の体温を見れることに気がついた。
「赤外線を感知出来る……?」
生物などが発する周波数帯へと最適化し、前方監視型赤外線装置……通称FLIRを再現する。
まだ少し魔力の使い方が甘いのか、見える物はぼやけているが……十分だ。
練習していけば体のほうが慣れていくだろう。白く光る生き物の身体を頭に感じながら、視界にリンクさせる。
「視えた」
「みえた……?」
エイダが目を閉じて集中していたテンペストが言った言葉に反応する。
見えた、とはどういうことなのか。生き物の場所を探知する魔法は感覚的に何となく分かるもので、視覚的に見えるものではない。
「ヒントをありがとうございます。これで探しやすくなりました」
「何をしたんですか?さっきみえたって……」
「生物の発する温度を視覚的に見れるようにしたのです。いちいちマナを感知しなくても良くなりました」
「どうやって……いえ、聞かないことにしましょう。このやり方を本にして売ればかなり高額で売れるでしょうから、それはテンピーの判断に任せます。やっぱり、元の身体……ワイバーンでやっていたことなんでしょうか」
「もっと高度なことをしていました。今の私の力ではそこまでの性能を引き出せないようです。……早く成長したいものです」
「ゆっくりでいいさ。焦ってもいいことはない。さ、その力を使って仕留めるんだ」
弓を構えて矢を番え、ゆっくりと引いて……放つ。
何度か練習を重ねてコツを掴んだ技は間違いなく兎の頭へと吸い込まれていった。
その熟練した人の業のような見事さに、サイモンとエイダは見惚れる。とても少しの期間練習しただけとは思えない。
筋力の必要な剣等は練習してもなかなか上達できなかったが、このように技術を要する物に関しては素晴らしい適性を見せている。
獲物を手に取り戻ってきたテンペストは、少し得意げな顔をしていた。
ぱっと見た感じいつも無表情なようだが、たまにこうして表情を出す時があり、それがとても可愛らしい。
歳相応の言動こそ無いものの、行動は時折子供らしい物を見せる不思議な少女。
サイモンに教えられながら狩った兎を解体しているテンペストは、やっぱり無表情で感情がないかのように淡々と捌いていたが。
「この兎の肉は美味しいですか?」
「美味しいよ。ウサギ肉のシチューにしてもらいましょうか」
「テンピー、残った内臓とかはきちんと焼いておくんだ。魔法の練習にもなるし」
完全に炭になるまで焼いておかないとその肉目当てに要らない物を呼び寄せてしまう。
更にひどい場合、死体がそのまま放置されると、たまにアンデッドが生まれてしまうのだ。近くにリッチ等の死体を操り、アンデッド化させるような魔物が居た場合、リビングデッドやスケルトンが発生する。
これが強力な魔物だった場合、生前の力などもある程度は再現されてしまうため、竜系統がこれになると厄介極まりない存在となる。
痛みで怯まず、傷つけられても構わず前進する。それがアンデッドだ。
一先ず1匹を仕留めてから、次々とテンペストは獲物を狩る。
弓の腕も素晴らしいが、特に凄いのはやはり礫弾だろう。広く周知された攻撃用魔法で、近くの土を固めて石にして放つ。
簡単だがそれなりにスピードが出る上に、大きさも変えられるので、強力な土魔法使いであれば巨大な岩を飛ばしてくる事もある。
しかし……それとは逆に小さく、そして硬い石を高速で飛ばし、更に恐ろしい速度で連射するのがテンペストのやり方だった。
流石に狩りで使うときには一発だけを放っているようだが。
更に独特なのはその詠唱。一言二言程度だけで発動させる。これは放つもののイメージが明確である証拠で、熟練した魔法使いがやっとで出来るものだ。扱いに慣れた者になると無詠唱と呼ばれる無言で魔法を放つ事も出来る。
すでに幾つかの魔法は無詠唱で行っているのだが、本人は気づいていない。
『9mmストーンバレット。シングルショット』
弾の速度が音速を超えた事を表す乾いた音が響き、枝に止まっていた鳥が落ちる。
特に構えを必要とせず、目で見た方向に確実に当てていく。
大抵の術者というのは、魔法を放つ方向に手や杖を翳す物だ。それで大体どこに狙いをつけているかが分かる。しかしテンペストは分かりにくい。
これは魔法使いとしてはかなり有利に戦える要素だろう。
「……何を参考にしてこういうスタイルになったのかはなんとなく分かりますが……。このままだと私も追い越されてしまいそうです」
「これで剣も扱えるようだったら私も教えることが出来そうにない所だ。エイダ様。今月はこのままテンペストをある程度鍛えてから、来月の頭に王都へと行きたいと思います。王への報告と、大魔導師への弟子入りを兼ねて」
「それがいいかもしれませんね。あの子が帰ってくるまではこちらは二人で調査を進めればいいでしょう」
暫くの間、テンペストを王都の大魔導師へと預け、その下で魔法を学ばせる。
その間は二人で使いを出したりなどしてゆるやかに情報収集をし始める、そのようにサイモンは考えていた。恐らくまだ異変の前兆は出ないためあまり積極的に動いても仕方無いと言うこともある。
ただし、万が一特別早くに始まってしまった場合の事を考え、ある程度必要な分の情報だけは集めなければならないだろう。
『イグニッション』
二人の目線の先では、使わない部位等をまとめて穴を掘り、その穴の底に大きめのバーナーを出現させて燃やすテンペストの姿があった。
全てを燃やし尽くして後に残ったのは僅かな灰だけ。
見事な焼き方だった。ここまで温度を上げられるのはある程度火魔法に慣れた者達のはずだが、それより少ない魔力消費でこれを行っている。
「終わりました。エイダ、これらを凍らせてもらえますか?」
「ええ、今日はこれくらいで十分でしょう」
「それは良かったです。魔力残量が殆どありません……申し訳ありません」
「えっ?」
そう言ってふらりと倒れこむテンペストを慌てて抱きとめる。
「えっと……?」
限界ギリギリまで粘り、魔力が切れた。結果……貧血にも似た症状が出てそのまま気絶してしまうのだった。まだまだ自己管理が甘いようだ。
穿いてなくたっていいじゃない