第七十七話 不覚
ポイントの一の位が0になってて、あ、減った!って思ったら十の位のほうが上がっててありがたやありがたや……!
外で待機中のサイラスとラウリは、エキドナの中でゆっくりと寛いでいた。
途中、オルトロスに乗っていた一人が食事を持ってきてくれた。
これは中で貴族たちが食べ残したやつに色々加えて作られた従者たち用の物だ。
離れられないためこうして持ってきてもらったのだ。
「ん、冷めては居るけど凄く柔らかくて美味しい肉です」
「しかし……何か少し物足りないな。あるものでちょっと作るか」
「あれ、サイラス様は料理できるのですか?」
「まあ……そうだな。たまに作ったりしている位だが。おお!ワイバーン肉があるぞ。パンも残ってる。芋やらなんやら色々と持ってきておいて正解だな。調味料は一通り揃っているし……ああマヨネーズがないのか。……作るか」
幸いハンドミキサーは作成済みだ。サクッと材料を投入してかき混ぜて完成。
パンは少し硬めのものだが歯ごたえがあって美味しい物だ。
それに焼いた肉を薄く切って入れ、肉料理に使うというソースとさっき作ったマヨネーズを掛ける。
芋は少し厚めに切って洗ってから油に投入して熱していく。
簡単だがそれなりのフライドポテトが揚がったら塩を振ってオシマイだ。ソースはマヨネーズで。
「このソースって自作できたんですね……」
「そう難しいものじゃないからな。おお、いい具合だな。美味い」
ワイバーン肉とレタスのサンドも少し硬めではあるが、噛み切れる程度なので問題ない。
いい具合に腹がふくれる。
フライドポテトもマヨネーズを使って2人で食べているとあっという間に無くなった。
久しぶりに食べるジャンクフードだ。一部高級品だが。
「この芋の奴って何なんです?」
「……そう言えば揚げる料理って見たことない……か?油を熱してそこに入れるとこういう感じでカラッとした食感になるんだよ」
「ソテーではなく?」
「あれよりももっと油の量は多い。浮かぶくらいにね。あまり気にしていなかったがハイランドには揚げ物がないのか。勿体無いな。これ、チーズを揚げるやつもあるんだが美味いよ。今は材料が無さそうだから無理だけどね」
「へー。でも俺はこれすげぇ好きです。マヨネーズによく合う」
そう言えばあの安っぽいハンバーガーもこうしてみると懐かしいものだなと思った。
コーラとか今ものすごく飲みたい気分なのだ。
炭酸はあるのだがあのケミカルな感じの飲み物はまだない。ニールが頑張ってくれることを祈るばかりだ。
と、何やら会場方面のオクロの監視映像に煙のようなものが写っている。
「なんだ?」
窓から外を見てみれば、確かに建物内部から煙が出ており、何かがあったように思える。
しかしテンペストからの報告は何もなく、何が起きているのかわからない。
「火事……ですかね?」
「分からない。演出などではないと思うけども……」
窓を少し開けると外の音が入ってきた。防音が良すぎるのもある意味問題だなと思ったがもう遅い。
次にどうするかを決めておいたほうがいいだろう。
しかし状況が見えない。かと言ってサーヴァントであそこへ行くのも危険だ。賊と判断されてしまえば誤解を解くのにやたらと面倒なことになってしまう。
「どうしましょう?俺行ってきますか?」
「駄目だ。周りの奴らも気づいているようだが、下手に動けない。部外者が行けば混乱が増して無駄にこっちが悪者になる可能性もある。連絡を待とう。私はサーヴァントで待機する」
「分かりました……ってあれ……誰かこっちに……コリー様です!」
コリーがこっちに向かって走ってきている。
流石に犬の獣人だけあって足は早い。
サイラスが外へ出て出迎える。
「連絡手段がなかったすまん。テンペストが居ない。拐われた可能性がある」
「なっ……テンペストが!?何故!」
「分からん!だがそれなりに敵は多いはずだ。どこのやつかも分からん。突然煙幕を焚かれてすぐに探したが見当たらない!」
聞いてみるとダンスが始まり、一通り自分たちの順番が終わった後にテンペストが次に踊る人を待っていたところに割り込む形で無理やり入ってきた者が居たらしい。
まだ相手も踊っているし仕方なく受けることになり、ホールの中央付近に行って踊り始めてしばらくした所でパン!という音がそこらじゅうから聞こえて煙が充満したと言う。
目と鼻をやられた為獣人達は全員立ち直るのに時間がかかり、魔術師により換気が行われるまで全く周りの様子を見れなかったそうだ。
急いでサイラスがサーヴァントに乗り込み、味方のマークを探す。
テンペストから聞いてマーカーを使えるサイラスは、常時発動はしていないものの味方の位置は分かる。テンペストならなおさらだ。
サーヴァントに乗ればその範囲は広がり……。
『見つけました。早い。恐らく馬かなにかに乗っているのでしょう、東門に向かっているようです』
「分かった!だが下手に動くと色々まずい。ハーヴィン候に一度連絡してからにしよう、すぐに追いつけるだろう?」
『ええ、早いですからねこいつは。乗ってしっかり掴まっていて下さい。事情を説明するならこれで乗り付けても良いでしょう』
コリーがサーヴァントの手に上がると指にしがみつく。
軽く握って振り落とさないようにしながら、一気に加速した。一歩目を踏み出した瞬間に石畳が破壊され抉れてしまったが今はそれどころではない。
飛び上がって障害物を超えながらダンスホールの庭へと着地する。
貴族たちも外へと避難してきているため足元をウロウロしていて危険だ。ここからはコリーに任せる。
「貴様何者だ!」
「コリー・ナイトレイ男爵、緊急事態なんでこいつを使わせてもらった。カストラ男爵の身内だよ」
「ではこれが例の……」
「説明している時間が惜しい。こいつは味方だ、周知しておけ。あの中に賊が入ってカストラ男爵が拐われた。取り戻しに行く!」
「しかし……!」
返事を聞くこと無く駆けていく。しばらくして戻ってきた時にはサーヴァントの足元でどちらにも警戒している衛兵の姿があった。
伝えることは伝えたのでさっさと追いかけることにする。
通信機を持たせていなかったのは間違いだったのかもしれないが、あれは少々目立つ為下手に持たせるわけにも行かなかった。
「博士!今何処にいる!?」
『ここから1.5キロ程離れています。東門まではまだ距離がありますから問題ありません。行きます』
「おう!行け!許可はもらったし説明向こうでしてもらえる事になった」
もう一度、しっかりと地面を蹴り一瞬でトップスピードまで持っていく。
コリーの居る左手は動かさないようにしながら。
足がつく度に爪が食い込み機体を前へ前へと弾き出す。
通常の魔導騎士では不可能な速度を出せるこの脚なら、追いつくのも容易だ。
青い光点がどんどん近くへ来て……。
「あれか?」
『前方100m、単騎で逃げているあれです。……飛びますよ』
「ぬぉっ?!」
身体を一気に沈み込ませて接近し、そのまま上を飛び越して前へ出る。
「何だ!?」
『今です、行って下さい』
「ああ、良いぜ。開けてくれ」
左腕を前に出し、握っていた手を開いた瞬間に金色の影が舞う。
黒尽くめの男は股下をくぐり抜けようとしたが、飛び出してきたコリーに思いっきり蹴りつけられて落馬した。
馬はサイラスがサーヴァントの手で掴んで止めている。まだ鞍の上に乗っていた袋を丁寧に馬から外し、その袋をコクピット近くまで持っていってハッチを開く。
「テンペスト!大丈夫ですか?テンペスト!」
「無事か!?」
「恐らく!しかし意識がありません。息はあるので大丈夫でしょうが……。一旦サーヴァントの中に入れて運びます、その男を捕まえて尋問しましょう」
「そうしよう。おい。貴様こんなことをしてただで済むと思うなよ?」
賊の馬ごと男を掴み、最初よりは少しゆっくりめに走らせる。
ベルトで固定しているわけでもないテンペストの身体は、現在コクピットのサイラスの頭の後ろ辺りに横たわっている。あまり揺らすと怪我をしかねない。
戻るとまた衛兵がわらわらと出てきたが、そこにさっきの男を放り投げる。
「さっきの騒ぎを起こした賊だ。顔も一致する」
「話では複数から煙幕が焚かれたと聞いていますが?こいつ一人だけですか?」
「別行動している仲間がいるのかもしれない。すまないがこいつを尋問したい。場所を借りていいか?それと、ハーヴィン侯爵と大魔導師ロジャーをそこに案内して欲しい」
「分かりました、こちらへ」
コリーが顔を覚えていたのも当然だ。こいつは黒い仮面を付けていたものの、無理やり割り込んで来たあの男以外の何物でもない。
名乗った時のブレイズ伯爵という名の貴族は居ないことも確認済みだ。
取調室へと入り、昏倒させた賊の男の目を強制的に覚まさせる。
そこに丁度サイモンやロジャーも到着した。
コクピットから出てテンペストは家令のヴォルクへと渡す。
「テンペスト様……これは……無事なのですか?」
「ヴォルク殿、安心して欲しい。息はしているし眠っているのだろうと思います。すみませんが起きるまで少し見ていてやってくれないですか?」
「謹んでお受けいたします。サイラス殿、コリー様、助けていただき誠にありがとうございます。主に代わってお礼申し上げます」
……さて。問題はこの男だが。
黒いマントの下にはやはりあの時の服を着ている。
こちらが急いでも逃げ切れると思ったのだろうが、オルトロスが動いているところを見たことがないのだろう。あっちはサーヴァントよりも早いのだ。
大方ミレス製の物を見て行けると思ったんだろうが大間違いだ。
「良いか?俺は今非常に機嫌が悪い。少しでもふざけた態度を取るのであれば容赦はしない」
コリーのその言葉を鼻で笑った自称伯爵だが、次の瞬間顔面に思いっきりパンチを食らって後ろの壁に頭をぶつけていた。
「ぐあぁあぁぁぁぁ……」
「言ったはずだぞ。さて、貴様の本当の名は何だ?」
「誰がこ……ぶェッ!?」
みぞおちをえぐるようなパンチを受けて苦しがっている。
しかしそれでコリーの怒りが収まるわけではない。そうして苦しんでいる男にロジャーがピクシーワードで回復させた。
「あ、死なないようにしといたから」
「……ふっ、良いねぇ、流石師匠だ。俺がして欲しい事をよく知っている」
こうして聞き出したものは名無しということと、懸賞金がかかっていること。指示をしたやつの顔は見ていない。
そして……何処へ行こうとしていたかと思えば王都の外、カルデラの外周をめぐる川岸であるという。
直ちにそれらの捕縛と討伐を命じられてオルトロス隊が王都を出て行く。
犯行グループの逮捕も時間の問題だろう。
彼らのミスはこちらの魔導車の性能を侮っていた事だ。実際にこの男も言っていたが、サーヴァントのあの速度ですら予想外だったようだ。下調べなどまともにしていない様な感じだ。
「しかし……裏の業界の方でテンペストに懸賞金が駆けられているとは。本格的にこういうことに対処しなければなくなったか」
「それに今回みたいな事にならないように気をつけなくてはなりませんね。不審者が近づいてきた場合を考えて待機していましたが、ああやって近づかれると厄介だ」
「僕達も下手に近寄れなくなるし、気づいた時には遅いからね……コリーですら間に合わなかったし、獣人対策もしていた」
コリーは拳に付いた血を拭いながら不機嫌さを隠さない。
自分たちが付いていながら拐われたのだから、獣人としてのプライドも許さなかった。
「誰だか知らんが絶対に許さん。テンペストに手を出した場合どうなるかっつーのをきっちりと示してやらんとな。二度と手を出そうとは思えないようにしてやるぞ」
ぐったりとしている男の足元には相当量の血が溜まっている。
これ以上やると失血死するということで渋々止めたのだが、殴っては直し、折っては直しで精神的にもぼろぼろになっている。
他人事ではなかったラウリはさっきから脚の震えが止まらない。
「ラウリ、安心しろ。俺達の味方でいる限りはこういうことにゃならねぇよ」
「もももちろん!ただ、あの時の事思い出しただけで……ほらこの通り俺はサイラス様に忠誠誓ってますから!もちろん皆様にも!」
「必死にならなくてももうお前は裏切るなんてことはないことくらい知っている。ただ、辛かったら何もここに居なくて良いんだぜ?部屋の外で待っていれば良かったものを」
その時、テンペストが目を覚ます。
腰のあたりにちくりとした痛みを感じた後はほとんど記憶が無いようだ。
「不覚でした。皆さんには迷惑をかけてしまいました。すみません」
「謝ることはない。こちらも予想するべきだったんだ。まさか国王主催の席でまさか犯行に及ぶとは思っていなかったのは事実だが……」
「もし、これが毒だったらと思うとゾッとするよ。生け捕りにしようとした事に感謝しないとね」
「そう言えば、踊る直前に一応敵かどうかを確かめましたが、その時には問題ありませんでした。……今も問題ないようですが、何かそういう魔道具等がありますか?」
「え!?……本当だ。敵対していない……?」
サイラスも敵味方の識別を見てみるが一般人と同じ黄色だ。
しかし明確に犯行の意思があり敵対は明らかだ。
ニールから貰った腕輪も反応していない。テンペストは話しかけられた時まず先にこれを確認しているが光ることはなかった。
あのエリーが同じテーブルに居た時には光っているのを確認しているので誤動作などではないだろう。
「ちょっと、そいつの服脱がせてみろ。全部検査するぞ」
「入れ墨……はあるけど特に魔術的な意味はないよ。所属を示すものでも無さそうだね」
「服の中身はこんなもんか。……特にこれと言って怪しそうなものはないが……」
「いえ、外れたようです。敵になりました」
「テンペストの言うことは何となく分かるぜ。さっきまではどことなく一般人殴りつけているような感覚があったが今は犯罪者にしか見えねぇ。こいつ、そういった認識を誤魔化す何かを持っていたってことだな。今敵対しているってことは脱がせた服とかのどれかがそうだってことか。一個ずつもたせて確かめるぞ」
一番怪しそうだった指輪は白。
ネックレスも問題なし。アクセサリ類は全部関係なく、上着を持たせた瞬間に変わった。
この上着自体が認識を阻害する何かで出来ているに違いない。
「僕もこういうのは見るの初めてだけど、裏は裏で面倒な技術を開発しているみたいだね」
「この指輪、よく見ると小さな切り欠きがあってそこを押すと針が出ます。この薬の成分を調べさせておきましょう」
「……こういった者達はあまりこういった事はしない筈なんだがな」
「それ、どういう事だ?」
「王国に大々的に楯突くことになるからだよ。大抵のターゲットは個人的な恨みなどを買っている誰か。そこまではテンペストも当てはまるだろう。だが、今回事を起こしたのはあの舞踏会の会場だ。国王の顔に泥を塗る事になって、国としても躍起になって犯人とその一味を捕まえようとする。その結果どうなるかと言えば組織の壊滅だ。やるならもっとバレない手段を使うはずなのに、あれだけ堂々とやったわけだからね」
こんなことをすれば地下組織といえど問答無用で浄化のために壊滅させていくだろう。本気になれば王国はそういった犯罪集団を追い詰めることは出来るはずなのだ。
しかし、彼らも王国から仕事をもらっている以上、面と向かって楯突くことはない。
基本、王国のスパイとして他の国に紛れ込んだり、要人の身辺調査をさせる時に使われているが、その時の報酬は大きい。
わざわざ上客を失う真似などするわけがない、と言う。
「じゃあ、あっちの犯行だと思わせるためにこんなことをしたということか?」
「今はまだ憶測に過ぎないが、私はそう思っているよ。大体、接近までは見事だがその後が雑だ。本物の彼らの仕事は誰がやったかもわからない程に鮮やかなんだ。闇に溶け込み、誰にも気づかれずに静かにターゲットは消えていく。サイラス、君は見ただろう?私の抱えている影を」
いつだったかの襲撃偽装事件だ。
その時確かに見ていたはずの人が消えて行くのを見た。
気配すら消え、闇に溶け込み、体温すらも欺く。
「……確かに。あれくらいの事が出来れば、恐らくテンペストをさらうとすれば……歩いて会場に向かっている時。あの時ならば建物の陰を通る時にいつの間にか消えているかもしれない。そして踊っている最中に2人でいつの間にか消える。あんな真似をしなくてもあれくらいの技術を持っていれば私達の前から姿を消すのは簡単だ」
「そういう事だよ。あんなことをする必要がまず感じられない。ペラペラと喋っては居るがそれも嘘の可能性が高いな」
「ほう……?」
「なるほど、ああいう肉体的な拷問は効かないぞと……」
「あ、俺外に出てます。心臓止まりそうなんで」
青ざめて気絶している男をコリーとサイラスが見下ろす。
そしてサイラスが精神的な拷問を行おうとしているのを察知して、ラウリは部屋から退出した。
やはりかなりのトラウマを植え付けたようだ。
「彼の尋問の時にあればよかったと思っていたものは作っておきましたからね」
と、自分の道具袋の中からヘッドホンに似たものを取り出す。
これは見た目のままで、凄まじい音量を延々と垂れ流すだけの物だ。騒々しい音楽と共に僅かに口を割れといった文言がつぶやくように入っている。
椅子に縛り付けて手足を動かないように拘束、勝手に死なないように猿ぐつわを付けてヘッドホンを取り付けた後に目隠しとしてぐるぐると頭を布で囲ってやる。
始まった瞬間、ビクンと体がはねて強制的に起こされている。
身体の自由が効かず、周りも見えず耳をふさぎたくても塞げない。
「博士、これどういう事だ?」
「こっちには聞こえないようにしていますが、今耳元でとある音楽を大音量で鳴らしています。演奏団のど真ん中に居るよりも遥かに大きく、耳が壊れるギリギリのところでしょう」
くぐもった声を上げながら頭を振り回して騒音から離れようともがいている。
数時間後、出発したオルトロス隊が戻ってくるが特に何も居なかったという。やはり嘘だったようだ。
一旦切り上げて、猿ぐつわを嵌めたまま、前を向かせて石版に本当のことを話せ、とだけ書いて見せる。
ガクガクと頭を振って同意したので、音を止めて耳元で大きめの声で話しかけ、全てを吐かせた。
「嘘だな。さっき我々に伝えていた情報は嘘だった。これも嘘なのだろう?さぁ、本当のことを吐け。またさっきのをやられたいか?」
「違う!嘘じゃない!!ちがっ……やへお、あああ!やあへえうええええああああ!」
止めてくれと叫んでいるがやめる気はない。
こういったやり方に免疫のない彼らだ、次に聞き出す前に喋るからもう止めてくれと懇願し、その次にはもう従順になっていた。
最終的に引き出したのは「ラトリッジ伯爵の使用人から依頼を受けた。脱出後ラトリッジ伯爵領へと入り、ワールスの街にある山小屋へと運ぶ予定だったこと。迎えが行くまでに陵辱していいと言われていたこと」という話。
そのまま衛兵へと引き渡し、今回の混乱を招いた協力者達を更にあぶり出すのは任せることにした。
「ラトリッジ伯爵とは?」
「キム・ロバート・ラトリッジ伯爵。曽祖父の代から開墾を続けて現在では少し大きめの街を抱えるようになった。偶然金鉱石を見つけて一時期は相当流行ったんだが、今はそこまでではないな。枯渇したようだ。とは言え広い土地は大半が肥沃な土に恵まれ、水場も近いとあって農業が盛んな所だ。ああ、染色も工房も多い。綺麗な川が流れてるんでそこで染め上げた布を晒しているそうだ」
「一応知ってるが……ラトリッジ伯爵はそこまでわけのわからないことをする方ではないぞ?どっちかというとおてんば娘のエリー殿の方だろう」
聞き覚えのある単語にテンペストが反応する。
色々と一人で騒いでいた気がするが、いつの間にか居なくなっていた。確かに敵と認識されていたし、
あの場で皆の前で恥をかかされた形なので場当たり的にそういうことをしてもまあ確かに不思議ではないかもしれない。
「エリー?そう言えば昼のお茶会の時に突っかかってきた方の一人がそういう名でした。エリー・ラトリッジ……ですか」
「うへぇ……すっごい問題児じゃないか……変なのに絡まれたね、テンペスト。エリーは確か若い男を誘惑しては食ってるって聞いてるよ。何人と関係を持っているやら」
「食人をしているのですか?」
「ちげぇ!そういう意味じゃねぇよ!性的にってことだ」
「なるほど、色狂いの類でしたか」
連れ込んでみたり、色々と問題を起こしてばかりで親の方も手を焼いているらしい。権力を盾に安全なところから殴るタイプの人間だ。
しかも取り巻きらしい者達からもあまり好かれては居ないようで、話をしているうちにだんだんと敵意が薄くなってテンペストの話を興味深そうに聞き始めたのも面白くなかったのだろう。
「テンペスト、俺とハーヴィン候と護衛たちで向かう。オルトロスを一台借りていくぞ」
「でしたら私も……」
「いや、薬が抜けきっていない可能性がある。足に力が入っていないみたいだしな」
事実、まだ足の感覚が完全ではない。上手く力が入らずに長椅子に座ったままだ。
完全に回復していればすぐにでも立ち上がって動いているはずだ。
「……では、お任せします」
「安心して待ってな。それと博士と師匠はここでテンペストを頼む」
そう言ってサイモンとコリーは詰め所を後にした。
ちくちくされながらも優雅な社交界……にはなりませんでした。
折角晩餐会を楽しみにしていたのにキャンセルに……。