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鉄の竜騎士 -元AI少女の冒険譚-  作者: 御堂廉
第三章 束の間の平穏編
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第七十話 超VIP視察団

「……どうでしょうか?そろそろ幾つかの技術に関しては公開してもいいかと思い、あまり当たり障りの無さそうな物を選んできてみたのですが」

「ん……んん……雷の発生原理、新しいエネルギー源、新しい舗装方法、積層型魔法陣、ゴムを使った車輪、新型サスペンション……ですか……」


 本当に当たり障りがなくて且つ役に立つものだ。

 雷系の魔法を扱えるものが少ないのは、その現象が起きるメカニズムが理解できていないからだし、その落雷のエネルギーというものはとてつもない物だ。それを魔力に変換できる物を作れれば、雷が来た時にそのエネルギーを吸収し、それを使った何かを作れる。

 例えば転移系の動力源など。

 そして既存のものを使って、組み合わせることで作れる複数種類のゴムと、アスファルト舗装に関してはいずれこのハイランドの国中をこれに置き換えることで道路から乗り心地を改善させる事を提案している。

 更にサスペンションを交換し、タイヤをゴム製のものに変えることで静音性を高めることが可能だ。


「はい。研究を行うことによって開発可能となった物や、今まであまり知られていなかったと言う雷についての原理、そして雷によって得られるエネルギーとそのエネルギーの概要。更に魔道具に関しては積層型魔法陣に関しての論文を。私個人として、これは公開してもいいだろうと思った物は魔術師ギルドへと提出するつもりですが、ここで一応審査してもらってどうするかを決めたいと思います」

「魔法か……高効率の魔力循環法……マナを強制的に取り込んで魔力とすることで、保有魔力量が少なくてもある程度の魔法を扱うことができるようになるか、魔力量が大きい人の場合でも一日経たずして魔力を回復できる……だと?」

「ええ、私が常に使っているものです。私は保有魔力量が少なく、消費の激しい物はあまり使えません。しかしこれのお陰で常に身体能力の向上と、その他幾つかの魔法を常に発動させておくことが可能です。また、サイラス博士はかなり魔力量が多いのですが、通常何もしないでいれば大体3~4日ほど回復に掛かる物が1日かからずに完全回復できます。今のところ消費の激しい物、ということで転移魔法が上げられますが、彼らに使わせると転移の頻度を上げられる可能性が有りますね」

「!なるほど、そうか……。敷居が低くなればもっと使えるものが出てくるだろう。正直なところ、国としては平地まで降りる手段が欲しかったのだ。これで一日に何度も使えるようになったとすれば……恐らく交通に関しての革命となる」


 短距離での転移であれば、そこまで膨大な魔力を必要としない。上から下までと言う感じであれば一日に3回程度は往復させられるかもしれないと考えた。

 そこでテンペストはもう一つ忘れていたことに気がついた。

 エレベーターだ。


「そういえば、上下移動という意味であれば、少し便利なものを開発しています。エレベーターというものですが、滑車と重りを使うことによってある程度の距離を垂直に上げ下げできる機構です。単純化すると井戸の釣瓶と同じ仕組みで動くのですが、片方を空箱に、片方を重りにしたものと思って下さい。滑車の部分には魔力を使って回転するモーターと言う動力を使います。現物があるのでもしよければ視察に来ていただけると分かりやすいです。今そちらに渡した資料に関する技術も全てお見せします」

「ふむ……話には聞いていたが、本当にあの領地は特別なのだな……。ここまでの研究結果がこれだけあるのに、これが一部だと?陛下と他一部しか知らない情報も数多くある中の一握りの情報でここまでの物が出てくるとは、全く恐ろしい。しかし同時に秘匿すべき情報が多すぎて、公開したくても出来ないというのも分かる。これ以上となれば確実に混乱を引き起こしかねない、と思ったのだろう?」

「はい。既存の利権……ギルドや職人達への影響が大きすぎるものに関しては出せませんし、兵器等も下手に外に出す訳にはいきません。魔導車に関してもミレス製の物と違って出力も速度も何もかもが違いすぎるため、技術講習を受けない限りは運転させることが出来ません。しかし、流通に関わる技術になってくるため魔導車に関しては商人や貴族向けに一般用途用の武装や装甲の薄いものを売り出す予定となっています。新しいゴムの車輪の技術と舗装はそのための布石です」


 魔法であればジャミングというマナと魔力を一時的に散らして、強化などの魔法を無効化する物は出せない。完全に魔術師殺しの技術で、腕輪や首輪なしに一時的とは言え完全に無力化出来る為、封印されるのがオチだ。

 兵器に関してはライフルは段階的に出していく予定だ。これはパワーバランスなどを考慮した物というだけでなく、単純に弾の量産がまだ不安定だからだ。

 火薬が足りない。

 魔導着火式であればそこは問題ないが、今度は一発あたりが高額だ。

 レールガンは強力すぎて論外。

 民生品は連射ができないものに限っての販売となるだろう。


 スコープの技術は既に提出済みだ。複数のレンズを組み合わせ、中に十字のレティクルが見えるようになっている上に倍率の変化と焦点合わせという複雑な機構ではあるが、長距離の狙撃をする際にはほぼ必須の装備のため、技術公開をしてやる気のある職人などがお金を払えば作れるようにしてある。


 売られているのは超高額だが、性能はこちらが試作で作ったもののほうが遥かに上だ。それを知っている王国とハーヴィン領のスナイパー達は使い物にならんと切り捨てていた。


 このように、技術を公開する時に直接ギルドなどに持ち込もうと思ったのだが、その前に国王サイドに聞いておいたほうがいいだろうと言う事で、今はこうやって王国側と相談してから公開することに決っている。

 頼むから勝手に公開だけはするなよ、と釘を刺されているので仕方ない。


 ただ書類で見ているだけでは分かりにくいのも確かなので、そろそろここで視察を受け入れてみようかと提案してみた。


「分かった。上に報告をして視察の段取りを決めておく。そろそろ研究室で何をしているのか、きちんと確かめておかねば不安だ」


 そう言いながらも顔は笑っている。

 正直なところ早く見たくて仕方ないようだ。新しい技術に触れられるいい機会となる。

 今回は王室と、関係部署のトップというごくごく限られた人たちのみがカストラ領へ初めて足を踏み入れる。

 そして普段は立入禁止の区域に入り、研究室と工場などを見学することになるのだ。


 そして十数日後、国王とその侍従2名、宰相、書記官、総務・法務・財務・国土計画・農政・軍務各大臣、近衛隊長官、王国軍総司令官という総勢13名のVIPがカストラ領へと向かった。

 街道はカストラ領に入ったところから既に舗装が済んでおり、道路の拡幅も行われている。

 13名を護衛する兵士たち、彼らが使うものを持ち運ぶ馬車の列はとても目立つものだった。

 もちろん、テンペスト達もただ待っているわけではない。サイラスはサーヴァントを使い、テンペストも上空から警戒にあたっている。

 1日で王都からカストラ領の境界線まで到着した彼らは、一度カストラ領境界門の特別室で一泊することになる。


 普段は全く使われていないが、こういうときのために丁度中間地点にあるこの門の裏には、専用の砦があり、そこを整備して使えるようにしておいたものだった。

 中身は総入れ替えである。


「……なんだ、この道は……かなり広いが、見たことのない素材を使っている」

「黒い道ですな。凹凸が殆ど無い様に見えるが」


「ほう……これが研究所の最新鋭の魔鎧兵か……」

「鎧を着ておらんのだな?隙間だらけで気になるが……そもそもこの形は獣人を模しているのか」

「しかしカストラ男爵は自分たちのところから我々の護衛にたった2人しか出さんのか?」

「それを求めるのは酷というものだ、男爵だぞ。まだ領地も拡大できて居らぬし、男爵に武力を持たせぬと決めているのは王国なのだぞ」

「ではこれらは何だ?武力ではないのか」

「カストラ男爵は特例だ。軍務と宰相、国王陛下からの許しを得ているが、軍を持てぬ。あれらも『ハンターとして個人の戦力』ということになっている」

「ハンターの持つ武器と同じ扱いだというのか?」


 到着するなり国土計画大臣と財務大臣の2人は門を超えた途端に出てきたアスファルト舗装を見て検証している。

 相当上下差がない限りは水平を保ち、ちょっとした丘は削り、凹んだ部分は埋めて、どうしても大きく上下するところは勾配を押さえつつなだらかに登り降り出来るようにと調節してある。

 重い荷物を持った馬車などでも急斜面で立ち往生しないようにと言う配慮だ。

 もう一つの理由は魔導車で移動する時に速度を出しやすいからである。交通量が多いわけではないので大抵かなり速度を出しても問題ない。


 そういう理由を知っているわけではないが、やはりこの綺麗な路面は都市計画などを行う担当である国土計画大臣は気になる。金の動きなどに目敏い財務大臣も似たようなものだ。

 これが王国全土に敷き詰められるというのであれば、馬車での移動が早く、そして楽になる。

 事実、王都の道から門をくぐった瞬間にゴトゴトとした振動と音が消えたのだ。

 他の者達は話に夢中で気がついていなかったようだが、振動が無いということは壊れやすいものの運搬が楽になる。凹凸が無いから多少速度を出しても馬が潰れない。


「これは是非使いたい技術ですな……」

「ええ、今からでも建設中の唯一の山道に使いたい程だ」


 軍務、そして近衛隊長官、王国軍総司令官達以外の大臣達は色々と文句を言っているようだ。

 軍の関係者はやはりサーヴァントが気になるようだ。

 上空を飛んでいるマギア・ワイバーンも。しかし今は警戒中のため話を聞けない。


「近衛兵隊、及び護衛兵団はカストラ男爵と周辺警戒を交代しろ!彼らが挨拶も出来ぬではないか」


 総司令官が怒鳴る。

 本音は自分たちが話したいだけだ。


 サーヴァントを駐機させ、サイラスが降りてその横で片膝を付き、滑走路代わりに道路に降りたテンペストとコリーも国王が座っている前へと進んで跪く。


「警備にあたれる者が我々しか居りません故、挨拶が遅れたこと大変申し訳なく思います。カストラ男爵、テンペスト・ドレイク、竜騎士コリー・ナイトレイ、サイラス・ライナー。警護と先導の任に就かせて頂いております」

「顔をあげよ。挨拶の時間を与えずに進んでいたこちらの落ち度だ、気にするな。この場の警護は騎士達に任せて彼らと話をしてやって欲しい。……どうにも色々と聞きたいことがあって気になって仕方ないようだ。サイラス、そなたもそんなに離れておらんでこちらへ来るがいい。今回の研究にはそなたが大きく関わっているが、欲を出さずにこうして国に配慮している。……こういう事が出来る者ばかりなら無駄に争いなど起こらずに済むのだがな」


 そう言いながらさっきまで文句をつけていた大臣たちの方に目をやる。

 それを感じ取った彼らは絶対に目を合わせようとはしなかった。


 それから席に着かされて、テンペストとコリーは軍関連とこの道路についてを聞かれまくり、サイラスはこれから見せてくれるという技術などについて色々聞かれたり、サーヴァントに関してを聞かれたりしていた。

 ただ、一番目を引いたのはやはりマギア・ワイバーンだ。

 初めて間近でそれを見ることが出来た彼らは、警備にあたっていない者たちも含めじっくりと触ったりして観察していた。


「硬い……何故これが飛ぶのだ?」

「お、襲ってこないよな?」


「近くで見ると大きいのだな。何故これしか無いのだ……」

「それはこれの元になったものを作り直したからと聞いているぞ。その元となった物の部品を流用しているからこれしか作れないのだとか」

「むう……それではそれを何とか複製できれば……」

「それが出来ないから作れないのだろうに。あれほど色々なものを開発している彼らが出来ないのだ、何かもっと別な存在が作り上げたものだったのかもしれんぞ」


 かなり核心に近い所を突いているのは近衛隊長官だ。

 元々こうしてワイバーンを見せる機会は別に作っていたのだが、急遽このような形で見せることになってしまった。

 まあ、あまり変わらないからいいのかもしれない。


「……それで、あのワイバーンは結局もう一つ作れそうなのか?」


 その会話を耳にしていたのだろう、正面に座っている国王から質問される。

 話をしてもいいのだろうか。質問されているのだから問題ないのか……。


「現時点では無理です。しかしサイラスがそこに繋がる技術を開発しました。更に研究が進んでいけば、制御装置が上手く作れるようになるかもしれません」

「本当か!して、それはどれくらいで出来るのだ?」

「今はまだ時間をかければ、としか。異変の調査に関連する事もありますし、サイラスをそれにばかり専念させるわけにもいかず……。ままならないものです」


 危険人物が他大陸へと逃げている。途中で死んでいるかも分からないが、特にお告げとして何か言われているわけでもないのでまだ分からないのが現状だ。


「むう……残念だ。しかし期待しておるぞ」

「はい、必ず成功させたいと思っております」

「サイラス、そなたにも今回の視察の結果次第では、改めて報奨を与える事を考えている。立場が出来れば動きやすくもなるぞ?責任も増えるがな。だが、これだけのことが出来る者を平民として宙に浮いた状態にはもう出来ぬだろう」

「は、ご期待に添える研究結果を出せていると自負しております、どうぞご期待ください」


 自信はあるし、そもそも国王には基本的に話を通して研究を進めているから……まあどういう立場のものかを教える程度の意味合いだろう。

 ここには3人の事をよく知らない者も多い。


「コリーよ、まさかナイトレイの問題児とまで言われていたお前がここまで上がってくるとは思わなかったぞ。一体何があったのだ」

「……成り行き、としか言いようがありません。師であるロジャーの元へテンペストが来てから全てが変わっていきました。まさか、自分が空を飛ぶ日が来るなど誰が考えつきましょう」


 コリーが問題児……と言うのは何をやらかしたのか。

 いやあの性格のせいで色々と面倒くさがったことがあったのかもしれない。……多分。


「それはそうだな。長い間この国は飛竜に空を塞がれていたが……。これからは飛竜の被害がほとんど無くなりそうだ。頼んだぞ。それに……我が国の問題だけではないのでな。そちらの方では皆を守ってやってくれ」

「必ず。今はここに居りませんがニールと言う広域魔法の使い手もおります。私とサイラスが離れている間、テンペストを守るのは彼の役目。更にもっと役に立ちたいと優秀な頭脳を持って新しい分野の研究を始めております。成果が出れば失った腕や脚を再生し、あらゆる病気を治せる研究です。もしよろしければ彼のことも覚えておいていただけると仲間として、同じ師に仕えた友人として、とても嬉しく思います」


 メンバーの中で唯一目立った活躍をしておらず、あまり認知されていないニールだが……以前の風竜戦でも止めを刺すなど活躍はしている。ただそれが誰も見ていないところでという不幸があるが。

 元々コリーよりも緻密な思考を得意とするニールのことを、コリーも認めている。

 体力勝負になると逃げ出したり、色々と情けない面も確かにあるのだが、大事な時には逃げ出すことなく立ち向かう勇気も持っている。


 何よりも、知ってもらわなければ目立たない。

 それはテンペストと結ばれるにあたって致命的なものとなるかもしれないのだ。

 だから友人としてこっそりと応援の意味を込めて、あえて口に出す。


 実際、今ニールがやろうとしていることは恐ろしく細かい作業で、色々な薬品や毒、薬の知識などが多く求められるものだ。それをサイラスやテンペストから詳しく聞きながら必死に覚えて成し遂げようとしている。


「ふむ……あの、リヴェリの……か?研究をしているということは、そこも見学できるのだな?」


 意外にも国王はニールのことを覚えていた。

 ちなみに、公開することは本当だが、見学する予定は本来組まれていない。ぶっつけ本番で突然のお偉いさん方が入ってきて質問攻めに遭うと思うと少々可哀想になってきたが、ここは自分をアピールして何とか認めてもらうしか無い。


 返答はテンペストが引き継ぐ。


「はい。医療の発展のための研究ですから、成果は出来次第順次発表、公開していくつもりです。何処の利権ともぶつからないとは思いますが……」

「そうだな……どう思う?」

「は、そうですね……薬であればその調合方法などを公開すると言っているのですから、契約さえしっかりと行えば問題ないでしょう。競合しそうなのは治癒術師と義肢工房でしょうか」


 新しい技術などを流す時、一番怖いのは既存の利益を奪ってしまうことだ。無駄に恨みを買う上にややこしい事態になりやすい。

 無料での公開とはならず、発見者の利益を守るために使用料は取られるものの、新しい物は今までもそうしてきたからそこは問題ない。

 治癒術士は薬によってその職を奪われないかということを、義肢は腕が再生されるということであれば必要なくなるのではないかということだ。


「治癒術氏の方ですが、魔法は知識も重要であることは周知の事実です。今、治せないものと言うのは要するに治療法を知らない、その原因となったものがわからないから起こるものと思われます。病気となれば、必ずそれを引き起こす原因が存在します。そしてそれを取り除かない限りは治りません。症状などは知っていて病名も付いていても、その原因がよくわからないままに魔法をかけたところで意味は無いのです。……だからこそ、知識を公開することで何故そうなるのかを知ることが出来れば、薬を使わずとも治せるでしょう。また、薬は効果が出るまでに少々時間がかかります。逆に魔法は即時効果が発揮されるのです。使い分けと懐具合で住み分けできると思われます」

「ふむ。たしかにそれならば問題ないかもしれません」

「では、義肢の方はどうだ?」

「義肢はとても優秀な技術です。しかし、やはり自分の手足が恋しいと言うものは多いようです。逆にサイラスのように義肢のほうが気に入っている、と言う者もおります。ハンターなどではそれが顕著であると聞いていますが、これは義肢の力が強いことというのが利点になるからでしょう。そしてこちらでも義肢を作るよりも、手足の再生のほうが時間がかかります。これも利用者が望む方を選択する事が出来たと思えばむしろ良いことではないでしょうか」

「なるほど、良く分かった。後は実際に見て確かめよう。そろそろ疲れただろう、我らの警護は王都の騎士たちに任せて休むがいい。ああ、勝手にあれらには乗り込もうと思わぬように釘は刺しておいてやる」


 周りを見れば酒を飲んで大分酔っ払っている者が増えた。

 また絡まれる前に言葉通り休ませてもらうことにする。

 明日は忙しくなるのだ、今のうちに休んでおいたほうがいいことは確かだ。


 □□□□□□


 翌日、特に何事もなく街の研究所へと到着した。

 道が良くなったために速度が上がり、乗り心地が向上し、音も静かになったことによって休憩の回数も減った為だ。


 到着後は予定通りに研究所を見学していく。

 街もだが、研究所内もとても緊張していた。無理もないとは思う。


「それでは、私達の研究の成果の一部を実際に見ていただきたいと思います。説明だけを見ているよりも実際に見て、体験したほうが分かりやすいですし……。その中の一つは既に体験した通りです」

「黒い道だな?」

「はい。アスファルト舗装といいます。国内では見つからなかったのですが、ルーベルで天然アスファルトという黒い粘度が高く独特の臭いがする素材に、敷き詰めるための素材などを混ぜ合わせたものがあの黒い道の正体です。更に道路を起伏に沿ってそのまま作らずに、起伏自体を減らし、なるべく水平に、そして路面に起伏がないように押し固めて居るのです」


 その道に切り替わった時の体験は既にしている。

 なめらかな路面のお陰で突き上げるような衝撃はほぼなくなり、騒音が押さえられた。

 降りて直に触ってみれば滑らず、しっかりと足を踏み出せる。


 その素晴らしさは帰り道でまた思い知ることになるだろう。


「敷き方にも工夫をしている訳だな、起伏が少なくなればそれだけ負担は減る」

「それに、この凹凸のない滑らかな路面は……なんとも美しい」


 国土計画大臣はもう、使うことを考え始めているようで、王都の主要な街道をこれに変えようかとブツブツ言い始めていた。


 中へと入り、魔導車の生産工場を案内する。

 量産用ではなくここはハンドメイド用の特別工場だ。今、そこに有るのは……。


「ここは魔導車を特別仕様で作るための工場です。現在はご覧の通り国王様の物を作っている最中です」

「おお……絵は見ていたが、実際に見ると大きいものだな……」


 外装だけは8割程出来ている。トレーラー部分とトレーラーヘッドが分けられており、トレーラーヘッドのサスペンション部分がむき出しになっている。

 タイヤも新しく作った黒ゴムタイヤとサンドワームの皮膚を混ぜ練り合わせた、高耐久のノーパンクタイヤに変えられている。


 その巨大で、美しい造形の王室専用エキドナは工場に入ったもの全員が息を呑むものだった。

 クラシックカーの優雅な曲線と、随所に散りばめられた金細工の装飾。鏡面仕上げで車体はまるで鏡のように目の前に経つ自分たちの姿を映し出しており、見るものを圧倒した。


「残念ながらまだ完成には至っておりませんが、順調に進んでおります。さて、私達が公開したいと言った技術をこのエキドナで説明いたしましょう」


 まずはこのゴムだ。

 今までこのハイランドで見なかったのは、一度使えると思ったものの冬になるとひび割れて使い物にならなくなったりして誰も使わなくなったから……らしい。それからずっと特に何も変わらずに今まで来ていたようだ。

 原料と、それを使った様々なタイプのゴムと試作品が並べられていく。


「これが材料となるゴムです。ルーベルではこの状態で使われています。かつてこの国でも一時物珍しさから仕入れがあったようですが、すぐに弾力がなくなりひび割れ、粘着く厄介なものとして消えていきました。これは特定の木の樹液を乾燥させ固めたもので、このままでは耐候性……温度変化や太陽の光等に弱いためあまり使い物になりません」


 そこで加硫と言う作業が入る。要するに生ゴムをベースにして他の物を……加硫の場合は硫黄を添加してそれぞれ強度を上げたり、固くしたりなどしていくのだ。

 それらを細かく説明しながらそれぞれのラバーシートを触らせる。


「元が同じでもここまで物が変わるとは……」

「これらに更にサンドワームの表皮を粉末にして加え、練り上げたものが今エキドナに使われている車輪の黒いゴムの部分になります。実験している時に判明しましたが、とても面白い性質が加わりました。そうですね……では、丁度帯剣していらっしゃいますので、近衛隊の誰かにこのゴム片に斬りつけてもらいたいのですが」


 私が、と一人の青年が前に出る。小さめのゴム片で大体10センチ辺の厚さは1センチ程度。タイヤのゴムであれば少し硬いがナイフで切れる程度だ。普通ならば。


「ふっ!……なっ!?」

「おお!弾き返したぞ!?」

「信じられん……剣も腕も一流だぞ、鉄の鎧程度ならば鎧ごと両断する力があるというのに……」


 剣が綺麗に真ん中を捉えて当たったその時、まるで弾かれるように剣が戻された。

 これはサンドワームの特徴だ。斬撃に対する耐性が強く、そういった攻撃はことごとく弾き返す。


「この様に、攻撃を弾き返します。それでいてある程度の弾力は持ち合わせているので、アスファルト舗装をあまり傷めることがありません。このタイヤとアスファルト舗装を組み合わせると、静かで安定した高速走行が可能となるのです」


 次々と明らかになっていく公開技術の斬新さと、その目的が全て計算されたものであることはこの場にいるものたちにはすぐに分かる。複数の物をセットにして初めてその性能を完璧なものへと押し上げていくものだ。

 魔導車、舗装、タイヤ、サスペンション、これら全てが揃うと静音で振動がなく、長距離を短時間で移動できる理想の移動手段となる。


 知らず知らずのうちに彼らは、説明に聞き入り、それをどう活用するか計算していくのだった。

場所が場所なだけに上層部のみの視察が来ました。

多分、普通の人だったら胃に穴が開く。

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