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鉄の竜騎士 -元AI少女の冒険譚-  作者: 御堂廉
第三章 束の間の平穏編
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第六十七話 新生活、そして技術革新へ

 ハンス改めラウリの朝は早い。

 日が登る前に目覚め、ライナー夫妻の屋敷の中で割り当てられた自分の部屋を出る。

 屋敷では使用人として働いているが、この屋敷、男性は自分ひとりだけだ。

 奥方が酷い人見知りで……と言われているがその理由は博士から教わっている。ミレスのせいだった。


 かつての自分が信奉していた国。

 そこで主であるサイラス様は渡航者と言われる特殊な人物であることが判明し、頭に詰まった我々の知らない未知の知識と技術を搾取され、逃げようとすれば手足を切ってまで閉じ込めた。

 その時の様子を俺は知っている。そしてそれを世話して居たのが奥方なのだそうだ。


 しかしサイラス様がミレスを脱出した後、暴行を受けて心を閉ざし、その為に男性恐怖症になってしまった。

 助け出されて時間がたった今でもサイラス様以外の男性には決して近づかない。


 俺もまだ顔を見たことすら無いのだ。

 食事の時などでも、奥方がいらっしゃる時には必ず最小限の人数で、女性の使用人だけが入室を許可されるほどだ。


 まあ、俺が仕えるのはサイラス様だけなので特に気にしない。

 毎日の日課である花の水やりと、埃を払って綺麗にしておく。

 次にやることはその日によって違うが、今日は食料が来る。ということで食料保管庫の扉の前で、いつものように馬車が来るのを待つ。

 しばらくして到着した馬車には大量の木箱が積まれている。


「頼まれていた食料と、リストです」

「では確認するので、箱を並べていってくれ」

「畏まりました」


 流石と言うか爵位を持っているわけでもないが、かなりの金持ちであることには変わりない。

 最初は研究室の近くにある寮と呼ばれる場所に居たそうだが、今は自分の土地と屋敷を持ち、使用人を使うくらいにまでなっているそうだ。

 作っているものが革新的なものばかりなので当然といえば当然だろう。


 その為食品を見ても全てが高級品だ。王都からではなく必ずこの街の商店を通じて購入しているそうだが、その理由を聞くと持っている金を自分たちの街に還元しなくては発展しないでしょう?

 と言われた。

 王都から直接仕入れればもう少し安く、そして質のいいものが沢山有るだろうにと思っていたがきちんとした理由があったのだ。


「ん?この肉は注文していないようだが」

「いつも使ってもらっているんで、サービスです。最近手に入った上物の肉ですよ。ウチでこれも扱うつもりなので味見にと」

「なるほど。持ってきてもらったものは品質も問題ない。いいものを仕入れてくれて助かるよ」


 チェックリストを記入してサインと料金を支払う。

 前に持ってきた貰った分の木箱を持っていってもらって、中身入りの木箱を食料保管庫へと運び込む。

 痛みやすいものは大きな冷蔵庫の中へ。


 この食料保管庫も定期的に掃除をして腐ったものを庭の端にあるとある魔道具の中へと放り込む。


「……本当に土になっているんだな……」


 ゆっくりと中で棒が回っている。

 説明ではこの中に生ゴミやら腐らせてしまった食べ物などを入れておくと、びせいぶつとか言う目には見えない小さな虫のようなものがそれを堆肥にしてくれるとかなんとか。

 匂いを抑えるために一緒に炭を入れたりして、しばらくするとこのようにどう見ても土になっているのだ。

 堆肥だと言っているけど全然臭くない。

 上手く行ったらこれを売り出すと言っているので、多分近いうちに出てくるんじゃないだろうか。


 放り込むだけで勝手に処理されるのでとても楽だ。


 そうしていると日が完全に上ってきて朝となる。

 そろそろ料理を作り始める頃だ。料理担当に使う素材を聞いてそれを厨房に持っていく。

 恰幅のいいいつも笑顔の料理人がこの屋敷の料理担当だ。彼女は持っていった物を一個一個検分して味見をする。

 ここで少しでも気に入らなければそれは使わない。かなりこだわっているようだ。

 まあ、使わない食料品は使用人へと回ってくるし、大して味の違いがわからないので全然問題ない。


「ん、問題ないね。ラウリ、ちょっと待ってな。今軽く食事作ってやるから」

「ありがとうございます」


 本来使用人は主人達の後とかなのだが、朝はあまり食事を摂る時間がないので、こうして起きてくる前にさっさと食事を済ませておく。

 仕事自体が屋敷だけでなく、研究所にもついていって色々と雑用をするので結構忙しいのだ。


 主人達が食事を済ませるとすぐに研究所の制服に着替えて魔導車を用意する。

 まだ正式配備すらされていない高機動魔導車と呼ばれる、結構大きな魔導者だ。

 ミレスで使っていたものと比べてもこっちのほうがカッコイイし、実際凄く使い勝手が違う。何よりもパワーが有る。ハイランド特有の坂道であろうが関係無しに速度を保てるのだ。

 初めて運転を習った時は踏み込みすぎて急発進してしまった程だ。


 ドアを閉めれば外の音がほとんどしなくなるほどだし、装甲も頑丈で薄い鉄板を曲げて貼り付けただけのしょぼいミレス製とは比べ物にならない。本来、魔導車はこの形だったんだろうけど……知れば知るほどミレスの最新鋭と呼ばれた技術が玩具にしか思えなくなっていくのだ。

 それと同時にやはり俺が仕えるのはこの人しか居ないと再確認できる。


 だって、あの時以来別に叩かれたり鞭打ちになったりもしたことがない。技術も才能も上、義肢の性能もあるけど結構強い。

 お金も衣服も住む場所もくれてそれが全部高級品。

 食事だって朝はこうして忙しいから簡単なものだけど、昼はサイラス様と元ハンターと言う年を取ったマスターがやっている店でとびきり美味い飯を食べれるし、夜は夜でサイラス様達が食べた物とあまり変わらないものが使用人に回ってくる。


 ミレスは?何かする度に鞭が飛び、常に怒鳴られ、与えられた部屋は石を削っただけと言っていいような冷え冷えとした個室に、硬いベッドが一つ。司祭の付き人ですらそれだ。

 飯は全員同じものを食べるためにかさ増しした、どろっとした見てくれの悪い豆いりシチュー。味は悪くないが毎日そんなものだから飽きる。

 唯一の役得は美人を抱けるって事くらいだ。信者となる人の中で容姿がいい人が居ると、その人を呼び出して儀式をする。……と言っても薬を飲ませて犯しているだけだ。

 たまに俺に回ってくるので、意識が飛んでるその人を性欲に任せて犯していた。今、それが出来なくなっているのはその罰が下ったんだと思っている。

 きちんと心を入れ替えて自制しろということなんだろう。まあ、別に性欲自体が無くなっている感じだから特に苦にはならない。


 今まで人に酷いことをしてきたと言う実感が、ハイランドで暮らすようになってどんどん大きくなっていく。本当は俺は生きていてはいけないのではないか、死なねばならないのではないかと思ったりもする。

 でも、この首輪によって自害は禁じられている。自分がしてきたことを悔いて反省するためにも、死という逃げ道は絶対にやらないと言われている。


 だから、今までとは違って人を理解してどうすればいいかを学んでいる。


「どうした?何か考え事か?」

「いえ、少々いい暮らしをしすぎているような気がしたもので」

「あー……むしろそれは逆だ。あっちがおかしかっただけだよ。もちろん、うちは高級品とかを使っては居るし使用人も居るが、普通に暮らしている人たちだってそう変わるものじゃない。自分たちでやっているかそうでないかの違いだね。気に病むことはないさ」

「ありがとうございます」


 研究所まではあっという間に到着する。

 専用の車庫へと魔導車を入れて置くと、出かけたり、帰るときまでにはしっかりと点検や洗いが終わってピカピカになっている。窓に埃一つ残っていない。


 研究所に到着すると、大きな執務室へ行き、溜まった報告書などに目を通していく。

 俺も手伝って、気になるところがあるものに関してはサイラス様に回していく。

 ちなみにサイラス様の処理の速さは半端ない。計算などは何も使わず暗算で瞬時に答えが出てしまう。報告書のミスはすぐに分かるし、正確だ。

 これに関しては絶対敵わないと思っている。


 さっさと終わらせた後は、書類を全て俺に渡して関係各所へと配らせる。

 お陰で何処が何をしているところかを大体把握できるようになってきた。それに、大体書類に不備があって返されるのはドワーフの居る所だ。……結構大雑把なんだよなぁ……。書類書く人だけは別な人に任せたほうがいいと思う。


「報告書ですがまた不備がありました。修正して下さい」

「チッ……こまけぇなぁ……大体あってりゃいいだろが」

「駄目です。正確な値が出ないと全てが狂うんですから」


 だいたいいつもこんな感じだ。腕はいいからなぁ……。腕は。

 でもクラーラはドワーフのくせに几帳面なところがある。報告書は結構綺麗に書いてくれる。

 ただ、渡した直後に色々と話をされるので逃げるのにいつも苦労するが。やっていることはすごいんだけど好奇心が強くていろんなものを聞こうとするから忙しい時には若干迷惑だ。


「書類を配り終わりました」

「ああ、ご苦労さん。王国の方から返事が来て、正式に注文が来た。高機動魔導車オルトロスを王国軍へと納品するぞ。陸送するから集合掛けてくれ」

「はい。すぐに用意させます」


 今日はついに高機動魔導車が試作段階を終えて正式に発表されることになった。

 名前はオルトロス。今までの高機動魔導車と、二人乗りにして後ろを荷台にしたタイプをそれぞれⅠ型とⅡ型として売り出す。

 それを10台、王国に納品するのだ。試作品と違って削られた機能などもあるが、概ねそのままの形で値段が押さえられている。

 武装はオプションだが、今は兵員の輸送と攻撃に使うよりも兵站のために使いたいらしくそちらは後回しとなった。

 まあ、ライフル兵や魔術師が乗っていれば代替出来るので問題ないだろう。


 既に運転手を担当することになる兵士たちは、暫くの間この街に泊まり込みで技術を叩き込まれているので、持っていけばすぐにでも使える。


 こちらの研究員も魔導車の担当の者は大体運転できるので、彼らを連れて車庫へと向かった。

 帰りに彼らを乗せてくるためにサイラス様の車も用意して全部で11台の魔導車が勢揃いする。


 色は初めて見るカラーリングで、サイラス様はデジタル森林迷彩と呼んでいた。

 周りの色に合わせたカラーをモザイクタイルのように正方形で区切り、複雑な模様を描く。

 タイヤの側面にまでそれを綺麗に塗装し、それを外で見た時には正直面倒なだけで何でそんな塗装をしたのかわからなかった。

 しかし、迷彩の意味を聞かされ、試しにとこれを森に持っていくと……そこにあるのは分かっていても、輪郭がぼやけて分かりにくくなり、草の影とかに隠れると周りの景色と上手く同化してしまったのだ。

 そこに有ると知っているのにもかかわらず、魔法も使わずに自分の居場所を消している。

 これが有効なのはハイランドに多い森の中で、荒れ地等になると逆に目立ってしまうという欠点も有るが、基本的にハイランド国内で使うことを目的としているのでこれでいいのだという。


 そんな集団が王都へと向かい、門番の衛兵は連絡を受けていたとしてもやはりびっくりしていた。

 そのままほとんど止まることなく王都へと入っていき、王城へと向かう。

 中に入ると練兵場の方へと案内されて、そこで引き渡しとなった。


 ただ引き渡すだけだと思ったのだけども……色々大事になっている。音楽隊の演奏に、儀式用の服を着た運転手達が並んでいるのだ。


「……こういうことをするなら先に言っておいて欲しいな……。一応失礼のないような服にはしてきたが儀礼用の服なんて持っていないぞ……」

「これ、俺とか研究員とか外出ていいんでしょうか……研究着のままなんですが」

「知らせない方が悪い。出よう」


 それ、言っちゃっていいんだろうか。

 聞かれたらヤバイのでは……。などと考えている暇もなくサイラス様はさっさと外に出てしまった。

 ああ!俺がドアあけなきゃならないのに!!


 さっさと先を行くサイラス様に追いつき、少し後ろを歩いて行くと、軍の偉い人みたいなところへと向かっていった。

 そこで膝を付いて礼をして報告をしている。意外と図太い神経をしているんだなと思う。

 その脇にいる付き人なのか副官なのかよくわからないが勲章がついているから多分副官だろう。その人に受け渡しをどうすれば良いのかを更に聞いていた。


 結果、彼ら一人一人を呼び出すので、そこに魔導者で乗り付けて受け渡しをしてやってほしい、と言われる。

 本当に、そういう事は先に言っておいてもらいたい。


 で、車を運転してきた者達が集まって受け渡しの時の礼を教えてもらい、そのまま本番だ。

 ちなみにその間、国王陛下よりありがたい話が長々と続けられていたりする。

 その後も暫く訓示やら何やらがあって、ようやく受け渡しとなった。

 最初に行く羽目になった研究員の顔がものすごく硬い。あの場に俺が居なくてよかったと心底思う。


 全員が受け渡しを終えて、こちらに戻ってくるなりさっさとサイラス様の魔導車の中へと入っていった。定員オーバーだが、仕方ない。後で一人は銃座に付いて上に出てもらおう。特等席だ。


 式が終わってサイラス様と共に戻ってくると、ものすごい疲れた顔をした研究員達がうなだれていた。気持はよく分かる。


「皆ご苦労さん。まさかこんな事するなんてね……先に伝えられていれば用意したものを。それで、これから食事があるそうだ。格好はそのままで良い。それは研究所の正式な制服だからね、新しいの着せておいてよかった」

「えっ、帰れるんじゃないんですか?」

「軍が主催のパーティーだ。断れないな……諦めろ。その代わり旨いもの食えるぞ?」

「で、でもマナーとか全然知らないですが!」

「そうだろうということで、食事会の前にマナー講習がある。ほら、行くぞ」


 全てが終わったのは暗くなりかけた頃だった。空が紫色だ……。

 帰る頃には夜だろう。俺は運転するため酒は飲めなかったがその代わり最高級品の食べ物を味わえたので満足だ。


 後ろを見て見ると、緊張が解け、一気に酔いが回った皆がぐったりしていた。銃座に座っている一人は機銃に頭を乗せて完全に寝ている。


「サイラス様、王城に行くときはいつもこんな感じなんですか?」

「大抵は何かしらやる時には先に喋っておいてくれるはずだけどね。今回は将軍と副将軍がむしろ知らなかったのか?と驚いていたよ。部下の誰かが情報をわざと出さずに呼んだんだろ。まあ嫌がらせの類だね。直接将軍の方に行ったのはそれもある。話し合いとかで色々面識有るし、結構仲良くさせてもらってるからね」

「そうだったんですか……」


 研究の発表の際は国王、宰相達、そして軍幹部などが立ち会う中行っているという。

 そこの中で研究の成果を知っている者達は、基本的にサイラス様には好意的だという。というのも、割を食いそうな立場の人たちにも活躍する場と、その方法をついでに教えたりしているからで、それ自体が高度な戦略を立てるのに役立つ事もあって、色々と便宜を図ってくれることが多い。

 面白くないと思っている者も居ることは居ると言うが気にしていないようだ。


 戦争のあり方が変わろうとしている中で、今までのやり方では蹂躙されてしまうだけ、と言うのはミレス戦で思い知っている。だからこそ、新しい動き方を学び、必要に応じて兵科を転換したりなど改革を進めているらしい。

 一番反発が大きいのは騎兵で、自分たちの仕事が取って代わられると危機感を覚えているらしい。

 確かにそうなのだが、小回りがきく事と大軍には強くともバラけられると騎兵のほうが便利であったりとまだ活躍の余地があるということもあって、新しい鎧などの開発と戦略を建てていくことで押さえているようだ。恐らく今回のも、その辺出身の貴族かなんかだろう。


 結局成功してしまった上に、直接将軍へと挨拶に行かれてしまったので立場がない。

 他に多い声は「カストラ領に戦力が偏りすぎている。反乱を起こされたら危険だ」「こういう重大な物は軍に関連する全ての者が合同で行うべきだ」という声だ。

 しかしこの決定自体が国王陛下の決定したことであり、あまり表に出したくない情報ばかりのため、一箇所の小さな領地のみで隔離して研究させているということも有る。

 そもそも他の軍部の人間が関わると、誰が金を出すのかで揉めるのが目に見えているということで、実際にどれだけの金額をカストラ領が負担しているのかを提示し、実る可能性があるかも分からない基礎研究やその他諸々にどれだけ継続してお金を掛けられるのかと問われて沈黙したそうだ。


 恐らく大半の領主は「役に立つかもわからん物に金は出せない」と言ってさっさと打ち切るだろう。

 国からの援助額もそこまで大きいものでないというのも追い打ちをかけている。


 つまり、ポケットマネーで回っているのだこの領地は。テンペスト様のご友人たちの出資によって成り立っている。

 後、鉱山を発掘したそうで新しく貴金属や宝石等も特産品に加わったのも大きい。

 元々コーブルクからの商人がよく出入りしている事もあり、小さいながらも他領地に負けないレベルで外貨を獲得しているのだった。


 他の者達にこんな真似が出来るだろうか。

 無理だ。

 少なくとも財産を蓄えて出すのを渋る程度であるうちは。


 サイラス様もすごい方だが、テンペスト様も同じくらい凄い。

 年齢は年下のまだ子供ながらもサイラス様と同等程度の知識を持ち、特に計算に突出した才能を持つ。

 俺達の暗号文を一分とかからず解読し、読み上げたと言う位だ。

 表向きは侯爵家の養子ということになっているが、渡航者であるということだけは分かっている。

 それ以外はあまり教えてもらえない。


 研究所へ戻った時には一気に疲れが出てきた。

 一緒に連れて行った彼らはそのまま帰らせる。


 この研究所には休みがない。一日中誰かは必ずいて何かしら研究を行っている。

 働いている人たちにはもちろん休暇などを取らせているが、実験の結果が出るのを待っているなどで研究室に泊まる人は結構多いのだ。

 執務室へと戻れば、居ない間に置かれた書類がある。


「お。王室用のエキドナのデザインが決まったようだぞ」

「エキドナって言うと……あの大きな部屋付きですか。拝見します」


 大型の居住区付きの魔導車だ。王室に合わせてカラーと装飾、全体的なデザインが変更されている。

 ここにあるテンペスト様の物は戦闘用にもなるので無骨でシンプルな形をしているけど、王室用は丸みを帯びた優雅な物になっている。

 元々のデザインよりも、今の王室用の大型馬車に近い物だ。

 内部も高級なソファやテーブルが置かれ、金で装飾された優雅な内装になった絵が描かれている。


「これは……お金がかかっていますね……」

「車体自体は出来ているから、上にそれを乗っけてサスペンションを調節するだけだ。この研究所にはこういった装飾に詳しい者が居ないから、王室お抱えのデザイナーを派遣してくれて助かったよ。ある程度こっちでも提案できるように何人かに勉強させている所だ」

「頭の部分がちょっと長い気がしますけど、ここはどうなっているんです?」

「トレーラーヘッドの事か、そこは護衛などが乗るためのスペースが追加されたんだ。背が高いから狭いながらも寝れるようになっているぞ。少し突き出た部分は荷室になっている。少々今までのものとは勝手が違うから専用の運転手を育成しなければならないな。ある程度出来上がったら教えるつもりだ。トレーラーは普通の魔導車と違って少々慣れが必要だから、少々期間が長くなりそうだな」

「なら、普通の魔導車である程度の練習をさせたほうが良いのでは?」

「ああ、そうだな。そうしよう。2人か3人は必要だろう、後で書類を書いておくよ」


 自分の案が採用されるとちょっと嬉しい。

 もうすっかり暗くなって、夕食には少し遅い時間になってしまった。

 ようやく仕事が終わって屋敷へと戻る。


 さっと着替えた後は残った夕食を貰ってきて自室で食べる。

 冷えているけど美味しい。食べ終わったものを厨房に戻すついでに屋敷の戸締まりなどをチェックして、何か異常がないかも確認だ。

 食料品保管庫の在庫を調べて記帳し、トイレ、洗面所などの備品も見ていく。

 他の使用人によって綺麗に並べられており、特に手を加えるところはなかったが、そろそろ在庫が少なくなりそうなものがいくつかあるので発注リストに入れておく。


 やることが終わったら照明を落として今日の日誌を記入する。

 最後に風呂場を綺麗に掃除して、自分の部屋に備え付けられた小さな風呂で身体を洗ってベッドへと入る。

 俺の部屋は他の使用人によって整えてもらっている。

 いつも秘書としてついて回っているのでそういう屋敷のことが出来ないことが多いため、特別にやってもらっているわけだ。

 だからといって嫌味を言われたりすることもなく、使用人同士の仲は良い。


 ……あの時から比べれば雲泥の差だ。

 絶対に手放すものか。


 □□□□□□


「博士、制御装置が完成しました。見に来ていただけますか?」

「今すぐ行く。待っててくれ」


 ついに、忠実に命令を反復する魔術回路が完成した。これは単純な命令をこなすことが出来るゴーレムに複雑な指令を出して制御するための物だ。積層ユニット型魔術回路によって様々な命令を一箇所で管理して、複数の制御を行うことが出来る。

 これによって工場の自動化と、飛行機などの自動制御システムが見えてきた。


 テストとして3台のアームをそれぞれ決まった形で制御し、正確な図を書かせる。

 その命令の中身を入れ替えてシームレスにその作業を変更できることを確認した。

 次に簡単に木をドリルで削らせてみる。CNCフライスと同じことを一本のアームで彫刻していくことが出来た。一つ完成品があれば、それを読み取って完璧に再現する。最初は荒く、だんだんに細かくしていき、更に複雑な模様と細かいパターンを正確に刻んでいくという高度な技をやってのけたのだ。この時点で普通のコンピューター並みの処理能力を持っているのは明らかだ。自力で思考するわけではないがプログラムに沿ってそれを忠実に守って作業をしていく、それが出来れば後はもう高度なものを作るのは難しくない。

 ようやく、この世界に魔術式のコンピューターシステムが完成したのだ。


 魔法という物がうまく発動するためには定義付けが必要である、という事がわかったのが大きい。

 その定義をしっかりと細かく決めて、それぞれを呼び出す関数として扱う。長ったらしい詠唱なんて必要なく、淡々とこの入力があったらこの魔法を出力という事が可能になった。

 それはサイラスも同じことで、大体の魔法を全てワンアクションで呼び出せるように変化させたのだ。


 とにかく、それによって魔石や周囲のマナを使うことによって特定の魔法を使わせることも可能だ。

 土魔法などを扱わせると高性能な3Dプリンタと化す。

 定義付けを行うための部分はまだまだ巨大だが、それを実行させるための入力装置に関してはとてもコンパクトに収まっている。

 これなら部品の製造などであれば様々な物に対応できるだろう。


 そして、この研究所からハイランドにとって初めて物の規格化と言うものが始まる。

 長さ、質量、体積、面積、角度等など様々なものをそれぞれ単位として定義づける。元々あった単位ではあるが、微妙にずれがあったために基準となる物を定めてそれによって完璧に同じ物になるようにした。

 部品を作る時にはその定義に合わせて作るが、その部品にも規格を設けた。ネジであれば例えば1番なら外形はこの大きさで内径はこの太さ、ネジのピッチはこれ、というように。


 ハイランドを近代化して、自分にとって快適な場所を作り出すのがサイラスの最終目標だ。

 というか、パソコンを使いたい。絶対作って流行らせてやろうと、ひっそりと心に決めているのだった。

最後は博士の本音だだもれでした。

現在博士は大量の書類を全て手書きしてます。製図も大体を書いたら製図士に投げますがそれまでは自分が描かなければならないと言う……。


切実にパソコンがほしいと願っているわけです。

さぁ次はプリンターだ。

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