第六十四話 追跡失敗
「まずいな。海に出られると……」
「小さな船一隻を探すのは骨ですな」
「人員は?」
「既に庭で待機しております。そろそろ来る頃でしょう。出ないと間に合いませんぞ」
「確かに。見送りくらいは出ておくか」
サイモンはテンペストからの連絡を受けて既に人員を選別していた。
あの加速に耐えるには確かにドワーフや獣人の様な者達が適任だろう。獣人3人とドワーフ1人が既に庭で待機している。
轟音とともに舞い降りたマギア・ワイバーンのエンジンを送風にして一気に冷やした後、高さを調節して人員輸送ポッドを接地させるとハッチを開く。
『ハッチから乗り込んで下さい。全員が席に付き固定が終わり次第即離陸します』
「随分と忙しいな、テンペスト」
『今は時間が惜しいです。既に大陸の外へと逃げてしまった可能性が高く、そうなるとレーダーを持ってしても見つけるのは難しいでしょう。まだ出ていないのであればそのまま殲滅します。ルーベルへの圧力をお願いします』
「任せろ。国王の方から既にやっている。攻撃を受けたら反撃の許可は出ているぞ、遠慮せずに暴れてこい」
今からこちらの戦力が緊急事態に対処するためにルーベル国内へと侵入するが、絶対に攻撃しないこと、また邪魔をしても攻撃とみなす。その場合には武力を持ってこれに対抗するのでそのつもりで。また反論は許さないといった具合だ。
その代わり、ミレス戦でのあれこれに関しては目をつぶってやろうとなっている。納得はしないだろうが知ったことではない。
ミレスの残党に侵入されて、一つの集落が消えても何も知らなかった役に立たない者達などどうでもいいのだ。
むしろ尻拭いした上に今まで通りに付き合ってやるから感謝しろくらいの勢いだったりする。
「武器は……この中に入れろとな?」
『あーあー、聞こえるか?コリーだ。急な出撃ですまないな。これに乗るのは初めてだから使い方を説明する。武器などの装備品は後ろに置かれている箱に全て入れておいてくれ。入らないものは座席にしっかりとくくりつけて置いてくれ。席に座ったら座席にあるベルトを前の座席の後ろに書かれている絵のとおりに装着してくれ。これもしっかりとやっておいたほうが良いぞ。死にたくなければな』
「しかしこれでは動けんぞ?」
『動かれると迷惑なんだよ。というかどうせ今に理由はわかるさ。気持ち悪くなったら横に袋があるだろう。そこの中に吐いてしっかり口を閉じておくことだ。途中何かしらの戦闘が起きると中はかなり酷い揺れに襲われるからな……。すまんがこの次は王国の兵士たちが乗る。その時に説明を頼むぞ。……とりあえず、全員席についたな。出発する、しっかり捕まって居てくれ!』
ハッチが閉じて周りの景色が映し出される。
そこには風に煽られそうになっているサイモン達がいた。少々近すぎたようだ。
内部に響く音が一段と高く、大きくなりゆっくりと地面を離れていく。
「お、おお!浮いている、のか?」
「う……この感覚、何か気持ち悪いぞ……大丈夫なんだよなこれ!?」
「落ち着け!もう乗っちまったんだ。覚悟決めるぞ……」
「何をそんな……別にこれくらいなら大したことなっ……!?」
ドワーフの兵士が何かを言おうとした途中で突然シートに押し付けられた。それと同時に外の景色があっという間に後ろに消えていき、やがて空しか見えなくなる。
サイモンの街を大きく一周して王都へと向かうコースへと入ると、先程のちょっとした混乱はさておきポッドの中では上空からみた街の景色を見て口を開けているのだった。
「……美しい……」
「空から見る景色というのはこうも綺麗なのだな」
「お前らなんで平気なんだ?足が地についてないとなんか落ち着かない!」
「ふっはっはははは!面白いじゃないか!怖がる必要など無い。なるほどこれが翼竜の、飛竜の視点か!あやつらこんな景色を独り占めしていたのか、全く!」
「……なんか、大丈夫そうだな」
『ルーベルへと行く際には最高速で一気に行きます。その時を耐えられれば問題ありません』
「あれきっついんだよなぁ……大丈夫かね、ぶっつけ本番で……」
『だからこそ、獣人とドワーフを選んだのですからなんとかしてもらいます』
意外と平気そうなサイモンの兵士たちだった。武器も箱に収まるものを持ってきてくれていたので中で跳ねて暴れることもなく実に平和だった。
その後王都の兵士が入ってきた時には彼らに説明を任せて同じように離陸をしていく。
王都を離陸し、ルーベルの目的地をセット。
そのまま山岳地帯の上を抜けながら一気に加速していく。徐々にシートにめり込む勢いで押し付けられる加速に兵士たちは必死で抗っていた。
「なっ……さっきのとは全然違うぞこれ……」
「腕、が、上がらねぇ……!?」
『これから最高速まで一気に加速します。気を失わないよう注意して下さい』
「おぃぃ!?」
『3・2・1・フルスロットル』
「ぬぐぅ……!!」
更に強力な加速とともにシートに押し付けられる。
鎧を着込んでいる状態では鎧が重くてもう全く体が動かない。腹に力を入れて何とか意識を保っている状態だった。
眼下では白く雪の積もった山々がどこまでも続き、雲が時折自分達の真横をとんでもない速度で後ろへと流れていく。
「お?押し付けられる感覚が弱くなったぞ」
「ふう……とんでもないな……あのまま動けないかと思ったぞ……」
「……おい、横……右側、あの奥を飛んでいるのってまさか……」
「飛竜だ!飛竜が出たぞ!」
「まずいぞ!俺たちも何も手出しできん!」
『問題ありません。こちらのほうが早いです』
テンペストからのアナウンスの通り、こちらに向かって飛んできていた飛竜だがどんどん後方に消えていく。何やら攻撃を仕掛けていたようだが火弾すらも追いつけない速度だ。何の問題もなかった。
それを見てこの翼竜を模した乗り物は本当に飛竜など敵にならないとばかりの力を持っていることを身を持って知った。
それからはおとなしく席で景色を見ているようだ。
慣れるのが早い。
□□□□□□
『間もなくルーベル国境です』
「はえぇなやっぱ……。とりあえずこのまま入っちまって問題ないんだよな?」
『問題ありません。攻撃されたら反撃も許可されているので』
「高度はこのままでいいんだよな?」
『これ以上下げると下への被害が拡大します。今でも騒音が酷いはずです』
「そか。後ろの奴らもおとなしいもんだ。ニールとは違うなやっぱ」
やがて国境を超えてルーベル国内へと入った。このまま海の方へ抜けて行くコース上に目的地がある。
下はいくつかの町か集落の様な物が見えている。これくらいの高度を取っていると下からではゴマ粒よりも小さく見えるだろう。
こちらは下の様子が雲さえなければよく分かる。
今は残念ながら厚い雲が行き先の方でかかっているため、ある程度近づいたらそのまま雲の下へと行かなければならないだろう。
「……ツイてないな」
『下は恐らく荒れています。視界が大幅に低下しますね』
「この様子じゃ海も大荒れだ。そのまま沈没してくれていれば楽なんだが……確認すら出来ねぇ。せめて死体でも見ない限りは危険だろう」
ああいうのは無駄にしぶといと相場が決まっているのだ。出来れば自分たちの手でとどめを刺して安心しておきたい。
などと考えていたらテンペストから警告が来た。
『警告。前方に飛行物体あり。恐らく飛竜です』
「回避は?」
『出来ません、接敵まで10秒。目標補足。ロックしました』
「ちくしょ、どけぇぇぇえ!!!」
この速度では回避しようにも距離が近すぎる。
操縦桿のトリガーを握り込み、バルカンが発射され……すぐ近くを一瞬で通り過ぎた後には血しぶきを撒き散らしながら衝撃波をモロに食らって錐揉み状態で落ちていく飛竜が見えた。
一瞬すぎて同定すら出来なかったが。
「ぶ、ぶつかるかと……!」
『やはりこの速度では回避が難しいですね。機速を落としてそろそろ雲の下へ行きましょう。この下は広い森になっているはずです。川沿を目印に進んで下さい』
「了解だ」
通常の戦闘速度まで落として雲の中へ突入する。
視界が一気に真っ白になったかと思うとすぐに黒くなり、激しい雨が周りを埋め尽くす。
肉眼での視界は殆ど無いと言っていい。
フリアーに切り替えて赤外線画像を見る方が大分マシだった。
時折雷が光っているのが見えて、自分達に当たるんじゃないかとコリーですら気が気ではない。
「うぉぉ……この雷大丈夫なんだよな?」
『直撃しても問題ありません。そう言う風に出来ています』
「ならいいけどよ……えーと川はあそこか。マーカーは……向こうっと。大分近いな」
索敵をテンペストに一任して、コリーは慎重に進めていく。
やがて目的地上空へと到達。しかし集落らしき物は見つけられず、上空をゆっくりと旋回しながら熱源反応を探りつつ、地表のスキャンをしていく。
『発見しました。現在地から2時の方向、距離400m』
「……おかしいな。火の気すら無いぞ」
『丁度木がないところがあります。敵の反応はなし、着陸して兵を降ろして確認してもらいましょう』
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「……さっきの、飛竜だよな?」
「一瞬すぎてよくわからなかったが……多分」
「じゃぁなんだ?こいつで跳ね飛ばしたのか?すげえ勢いで吹っ飛んでったが……」
「もう、何もわからんなこれ。想像の域を超えてる……」
雲の上から雲の中、そして下へと降りていく。
「うお……この感覚……!あまり気持ちのいいものではないな!」
「全くだ!」
「王都の、大丈夫か?」
「……何とか。何なのだこの乗り物は……胃の中がひっくり返るかと思ったぞ」
「外、何も見えねぇな。雨か……」
「下に降りたってことは目的地が近いってことだろう。いつでも動けるようにしよう」
流石に肝が座っているらしく、特にギャーギャー騒ぐこともなく状況に対応していた。
最初は緊張でガチガチだったものの、道中特に何もなくいびきを掻いて寝ていたものが居るくらいだった。
流石に飛竜の脇をすり抜けたと思ったら、飛竜が弾き飛ばされたように落ちていったのには肝が冷えたようだが。
やがて目的地上空へと到着し、テンペストからベルトを外してもいいという許しが出た。
やれやれとベルトを外して伸びをしながら、ゆっくりと降下していく外を見る。
土砂降りの雨のようだが、仕方ない。
装備を整えて指示を待つと、簡単な作戦が指示される。
窓だと思っていたところに表示が浮かび上がり、目的地の情報がテンペストにより解説される。
現在無人の可能性があるが、この雨にまぎれて隠れている可能性も捨てきれないため十分に注意すること、集落の位置と配置、降ろした後にこのままワイバーンは上空で警戒に当たる。
『武器を入れている箱の中に通信機と呼ばれる声の遣り取りをする魔道具が入っています。一つしか無いので今回は王都の隊長をリーダーとして動いて下さい。リーダーはこちらと連絡を取りつつ指揮を取ってもらいます。撤退場所はこの場所とし、全員が集まり次第降りて回収します。質問は?』
「あー……何もなかったらどうするんだ?」
「そうだな、その様子だと既に逃げられているか何かしているような言い方だったが……」
『その場合には少しの間海を捜索してみますが……嵐が予想以上に強いためあまり長くは無理でしょう。皆さんはどれだけの期間ここにいたか、いつから居なくなっているのか等も分かれば調べてほしいです』
居なくなっているのであれば、どれくらいの期間が経っているのかを知ることで大体の位置を絞れるかもしれない。いればそれはそれでありがたい話だ。
「なるほど。……ではこれよりカストラ男爵の命を受け、私、リッツがこの隊の指揮を執る。よろしいか?」
「異論なし」
「こちらも異論なしだ」
「では先程の説明のとおりだ、行くぞ!」
ハッチを解放して彼らを外に出す。十分距離を取ったところでまた空へと上がり上から監視しつつ、周りの警戒に当たることにした。
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『リッツだ。集落の周辺まで来たが……人の気配がない』
『こちらワイバーン、こちらからも敵の反応はありません。家の中を捜索して下さい』
分かった、と返事が帰ってきて動き出す。
見張りを残して中に入っていくのが見えるが、他の場所にも全く動きはなかった。
こちらから見えるのは木と集落の一部のみなので、情報の大多数を下の部隊から聞くしか無い。
「……居ると思うか?」
『いえ。既に逃げていると思われます。この嵐の勢力外へと逃げている場合、もうこちらで追うことは難しいといえます。潮の流れが記されたデータがあれば話は別なのですが』
「そもそも海に出ること自体が殆ど無いからな。出ても魔物だらけだ……」
沿岸付近はまだいいが、そこから少し離れると一気に危険な魔物が住む魔の海域へと変貌する。
それこそが今まで他の大陸と、この大陸との行き来を制限し、情報や技術のやり取りも難しくしていた元凶だった。
『リッツだ。……ここは一番大きな家で、長か誰かが住んでいた所のようだ。食器などを使った形跡はあるが、処理されていてどれくらい前のものかわからない。ただ、確かにここにはつい最近まで人が住んでいたことは確かだ。それと……地下室に死体があった。恐らくここに元々居た者達だろう。焼かれていて証拠になりそうなものは残っていない』
『コリーだ。残り香はどうだ?そっちの獣人に聞いてくれ』
『なるほど。今聞いてみる…………あー、定かではないが、今から5日くらい前にはもうここを発っている可能性があると言っている』
匂いの薄まり具合によって、獣人の中でも狼や犬系の者はかなり正確に日数を割り出せる。
時間が立つに連れてどんどん薄くなっていくため、大まかな日数が出るのだ。
「獣人の鼻はなかなか誤魔化せんぞ。5日から6日程度と考えると、どうだ?テンペスト」
『……簡易の帆船と考えても、移動速度は平均時速4キロを超えることはまず無いかと思われます。大型の帆船であれば話は別ですが、ここで調達できそうなのは小型のボートが限界でしょう』
しかし予想以上に捜索範囲が広い。
半径200キロ以上の範囲を全て調べまわるのは難しい。
もう少し手がかりがほしい。
『リッツだ。デカイ魔導車を発見した。……動かないようだ。そして、小屋のようなところで何かを作ったような痕を見つけた。この魔導車から何かを取り出して作っていたみたいだ。ん?何だこれは。歪んだ三角のプレートが円周上にくっついたような変なものがいくつか落ちている』
『こちらワイバーン。恐らくそれは船の推進装置です。考えが足りませんでした、知識があれば確かに魔導車の部品を流用してそれを作ることが出来るでしょう。帆船と違って一定の速さでずっと前に進み続けることが出来る装置です。その小屋にあるものを幾つか拾って回収してきて下さい。他に書類等は発見できましたか?』
『いや、これくらいだ。ほとんど何も残っていないんだ。魔導車の中もボロ布だけだった。後は綺麗サッパリ持って逃げたと考えていいかもしれん』
『分かりました。回収地点へ向かって下さい』
これ以上は無意味だろう。そして、海の追跡は不可能と判断して一旦戻ることにする。
速度がどれだけ出るかは分からないが、帆船よりは確実に早い。後はどれだけ正確な渡航能力があるかだが、それも博士並みの頭を持っていればある程度は出来るだろう。
何も残っていないというくらいには食料なども持っていったようだ、ある程度は対策してるに違いない。
全員を回収してサイモンと連絡を取る。
きっちりとこれだけ距離離れていても連絡が取れると言うのはやはりマナという存在はかなり大きいようだ。
『逃げられたようです。その言葉通りであれば海へと。出来れば海の向こうの情報がほしいのですが』
『殆ど無い。というのが現状だな……向こうの話は少しはあるんだが、こっちに来るまでに襲われて乗員が少なかったりしているんだ。向こうに無傷で着けるとすれば……今の時点ではテンペスト、君の他には誰も居ないだろうね』
方角、距離、その他いろいろな情報が断片しか入ってきていないという。
そもそも辿り着いた先は港なわけで、ハイランドには一箇所も港はない。つまりコーブルクかルーベルにしか港はなく、話を聞くならそこの住人がもしかしたら知っているかもしれないという程度のようだ。
物品の交換なども、大抵は荷物を捨ててでも船の速度を上げて何とか逃げ切ってきているという具合なのでほとんど無い。
ただ、こちらとは大分違った文化や技術があるようだとは言われている。
『船の作りが大分違っているらしい。ルーベルのどこかの港町にはそれが保管されていると聞いている。かなり昔の物だが向こうの技術レベルなどはもしかしたらテンペスト達には分かるんじゃないか?……だが、今はとりあえず戻ってきて欲しい。一旦詳しく報告してもらわなければならない』
『了解です。……しばらくは外に出れそうにありませんね』
道路の拡張工事が着手されてしまっているので、トレーラーを動かすことが出来ない。
ここは大人しく戻って空間魔法の練習でもしておいたほうが良いかもしれない。
まだまだやることも残っているから、それらを片付けてからとなるだろう。
最悪、エイダのお告げが出てからでも間に合う可能性はある。
ただし向こうはこことは全く事情が異なる他国であって、国交すらまともにない。
こちらで有効な手段は向こうには通じないだろう。
どう考えてもワイバーンで乗り付けるわけには行かない。
『……船を作る必要があるかもしれませんね』
「どうやってだ?ハイランドは山の上だぞ。港なんてのもねぇ」
『コーブルク辺りに協力を依頼するしか無いでしょうか。流石にワイバーンでなくとも飛行機で行くのは色々と危険な気がします。空を飛べるという時点で分かる人には脅威であるとすぐに警戒されてしまうでしょう』
「まあ、確かにな……俺も向こうの話は殆ど聞いたことがねぇからなぁ。ただ、とても広い大地が広がる場所だということくらいか。人も多いらしいぞ」
今のところ往復を成功させたのはたった一人だ。
それも多数の船員を失い、たった一隻となって戻ってきて、その後数年してから病死してしまっている。乗組員もほぼ同じ様に体調を崩し、病気になって死亡。何かしらの風土病か海の上での生活が祟った可能性がある。
結局のところ、今の状況は行ってみないと分からない。
やはり向こうで自由に動くには空間魔法を完成させて、自由に物を出し入れできるようにならなければ駄目なようだ。
出来るようになれば、向こうで何かがあれば即座にワイバーンを取り出して対処できるだろう。
急ぎつつもしっかりと準備を進めていかなければならない。
□□□□□□
「ハンス。どうやらお前は捨て駒だったらしい。潜伏しているという場所はもぬけの殻だった」
「なっ……そんな……」
「だが確かに奴らが居たという証拠は見つかっている。どうやら魔導車を分解して海をわたるための動力を作ったようだ。なあ、ハンス。あんたは元から向こうの思考には染まりきっていなかったようだ。今、どう思っている?」
「捨てられたのか、俺は……。あれだけ尽くしてきたのに?」
「お前が嫌々ながらについてきているのが分かっていたんだろう。自身の周りには狂信者しか必要なかった」
「ずっと、司祭様のそばで色々とやってきた。ああそうさ、あんたの拷問も手伝ったさ!意識がないといわれていたあんたの手足を切り落とす現場に居た!吐きそうになるのを堪えながら、暴れるあんたの体を抑えていたのは俺だ!」
やっぱりそうなのか、としか思わない。
もう過ぎ去ったことだし今はそれ以上の身体を手に入れている。最近やっとで頬がげっそりした状態から戻ってきた所だ。筋肉も大分付いてきた。
大体、手を下したのはこいつではなかったのだ。協力させられていたいわば被害者みたいなものだ。
「それを見て吐き気を覚えている時点で、彼らの仲間にはなれなかったんだろうな。今やお前はミレスから見限られた身だ。敵地に送り込まれ、帰りを待つことなく……いやむしろ出ていった後に逃げた。そんな奴らに義理立てる意味は無いだろう。もうあれに縛られることも無いんだ、こういっちゃなんだが私たちに協力しないか?正直なところ、情報自体は少し前に全て見せてもらったが……奴らがどういう行動を起こすかを理解しているのは今のところハンス、お前だけなんだ」
「俺はあんたを殺そうとしたかもしれないんだぞ?」
「だが心の奥底ではそれを嫌がっていた。お前はまだ人の道に戻れる。私たちは訳あって司祭を追っているんだが、行動の予測が出来れば先回りも出来るかもしれない」
「……本気なのか?敵だぞ?」
「知っている。だが逆らったりすればどうなるかはもう知っているだろう?」
ハンスの頭のなかにはあの恐ろしい暗闇がフラッシュバックしてきた。
自分が何処にいるかも分からず、眠ることも出来ず、ひたすら時間の経過もわからない中でたった一人で取り残される恐怖。5分がまるで一日にも思える絶望感。
「……俺はあそこに何日居たんだ?」
「12時間経ってない。正確には11時間と24分だ」
「もう、あそこには戻りたくない」
「なら、協力しろ。お前はまだ若く未来がある。まだ薄っすらとしか生えてないような奴を殺すのは後味が悪いんだ」
体つきが良いから最初はわからなかったが、発達が少々遅いことを考えてもまだ少年だろう。流石に殺すとなると忍びなかった。
「なっ……くっ……分かった。協力する。絶対に抵抗しない。契約しても良い」
「ありがとうハンス。これで自由の身だ。ほら、新しい服だ。さっさと着替えてついて来くるんだ、今日から私の従者としてこき使ってやろう」
悠長なことをやっている時間はないと判断して現地へ。
しかし既に逃げられた後でした。