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鉄の竜騎士 -元AI少女の冒険譚-  作者: 御堂廉
第三章 束の間の平穏編
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第六十一話 入洞許可

「どうです?」

「あ、博士……ええ、あなたの仰る通りでした。そろそろ限界のようです」

「ふむ……あぁいい具合だ。そろそろ何か喋りたくなってきたかな?」


 一日でこれだ。相当訓練でもされてなければこんなものだろう。

 頭を振りつつ何かを叫んでいるようだ。唯一動かせるのは頭だけだからね、でも一旦終わりだ。

 少しばかり話をしようじゃないか。


 別室に身体を適当に洗ってやっただけで、拘束されたままの状態で連れてくる。失禁をしていたので部屋の臭いが酷かったようだ。


 口枷と目隠しを外して男の横に立つ。

 肩を叩くとビクリと震えていた。まあそれはそうだろう。机の上には見るからに拷問用の器具が並んでいる。……それもいい具合に錆びついているものが。


 耳の近くで声をかける。


「さて……お前が何をしにここに来たのか、言う気になったか?」

「ひっ!そ、そんな大声で言わなくても聞こえてる!」

「そうか!聞こえなかったか!どうだこれで聞こえるか?お前は何をしに来た!何処から来た!答えろ!」

「ああああぁぁぁっ!!」


 とても静かなところから突然普通の場所に来ただけでも、大量のノイズにあふれているだろう。

 聴覚が鋭敏になっている中で大声を出されるのは辛かろう?ささやき声ですら耳障りのはずだ。


「まあいい、言いたくないなら俺と同じ目にあってもらうだけだ。俺のことはよく知っているだろう?どこからが良い?」


 刃毀れしたナイフを手に取る。実際のところ塩水につけて強制的に赤錆を発生させた上に、石を刃で叩いてボロボロにしたものだがいい具合に昔から使っている感じが出ている。

 耳元で道具を叩きながらボロクソに貶しつつ、お前は捨てられたんだ、帰ったところでどうせ殺されるということを吹き込んでいく。

 希望を持っているようなのでそれも破壊する。


「帰れば問題ないと思っているか?暫くの間敵の施設に囚われて出てこなかったやつが無傷で帰ってきたらどう思うかな?こいつは自分達の情報を売り渡したから無傷で戻ってきたと判断するだろうなぁ。そしてお前は用済みとなり姿をくらます」

「……」

「まだ言いたくならないのであれば仕方ない。言いたくなるまで自分の体が少しずつ切り刻まれていくのを見るが良い」

「や、止めてくれ!!」

「対価もなしに止めろと!?止めてほしいなら喋ればいいだろう!お前の名前は何だ!?」

「は、ハンス……ハンスだ!!」

「言えたじゃないか。いいぞその調子だ。だが次に言い淀んだ場合には即座に切り落とすぞ。指から行くか?」


 名前を言ったが本名かどうかは分からない。正直どうでもいい。どうでもいいが……きちんと言えたことに対しては褒めてやる。今切り落とすのはなしだと安心させつつも次はないと言い含める。

 それに合わせて彼の後ろでとある不快な音を出してもらった。

 当然突然鳴り響いた気持ちの悪い音にビクリと身体を跳ねさせて必死に後ろを見ようとしている。


「何をしている?次の質問をするぞ?」

「ま、待て、この音はなんだ?お、俺の後ろで何をしているんだ!?」

「質問をするのはこちらだ。俺には何も聞こえん、お前の後ろは壁だ。そういう小細工で話を伸ばそうというのなら……」

「違う!本当に聞こえている!!聞こえているんだろう!?あぁぁぁやめ、やめて!助けて!!」

「知らん!幻聴でも聞こえたか?俺には聞こえないといっているだろう!これ以上ふざけたこと言うならばそうだな、先にこちらを切り落とすか?」

「いわない!もう言わない!!なんでも答えるから、答えるからそこだけは……ああぁぁ」


 本気で泣き出した。

 精神的に不安定になっている所に大声で威圧し、目の前の道具で何をするつもりなのかを明確に分からせる。別にやるつもりはないが実際にこの状況で刃物を股間に添えられて黙っていられるなら相当だろう。

 諜報員の訓練を受けているわけでもないやつなら効果は覿面だ。

 そしてこいつは俺がどういう扱いを受けてきたかを知っているはずだ。手足のない俺のことを知っているはずだ。だからこそ本気で復讐のために躊躇はしないと思い込ませることが出来る。


 そして音も幻聴を聞いているのだと思っているだろう。自分の頭がおかしくなっているのではないかと。


 精神的な拷問と言うものは肉体的なものよりもある意味で辛いという。

 自分としてはどちらも二度とゴメンなのだが。


「……ハンス、お前はミレスの生き残りだ、違うか?」

「その、通りだ……です……」

「そうだ、そうやって素直に話をすれば、俺は何もしない……言っている意味は分かるか?」


 心が折れたと言った感じで泣きながら頷く。

 嘘をついているようだとなればまたあの部屋に戻ることになるし、もう出てこれないかもしれないが……と言うと、もうあそこに戻るのは嫌だという。


「部屋に戻るのも、男でなくなるのも嫌だ……というなら、嘘偽り無く話せ。こちらには嘘を判別する手段があるのだからな」

「分かった……分かったから、全部話すから、助けてくれ……」

「それはお前の態度次第だ。誓え。この場で俺に嘘をつくことは許されない。嘘だと分かった瞬間……お前の大事な部分は永遠に消え、あの部屋に戻ることになる。安心しろ、死なない程度に食事は突っ込んでやる。しかし寝ることも意識を失うことも許さん。それにその時にはかつての俺のようになっていることも付け加えておく」

「誓う!あんたに嘘はつかない……!本当に助けてくれるんだよな!?」

「助けるかどうかはお前の協力次第だと言っている。さあ、質問を始めるぞ」


 後はゆっくりと話を聞くだけだ。心をへし折られた彼は気持ちがいいくらいに次々と喋ってくれた。

 まあ、嘘かどうかは実際のところ知る由もないのだが、動きを見ている分には特に嘘をついている様子はない。

 どの道最終的に記憶を覗くのは決定だし、記憶を改竄してあの2人共々帰すのは決定している。

 これは俺の個人的な復讐だ。受けた物の僅かばかりでも体験してもらえて何よりだ。


 約束通り、身体は傷つけずあの部屋にも入れない。

 普通の食事と飲み物、そしてベッドを与えてやると涙を流して感謝された。……話を聞く限りこいつも被害者のようなものだった。俺を知っていたのも逆らえばこうなる、という感じで拷問の見届人としてあの場に居たことがあった様だ。


 あの国では生まれてからしばらくすると強制的に徴兵され、幼い頃から兵士として訓練されるという。なるほど、あの国の露天の主人一つとっても妙な威圧感があるのはそのせいか。

 国自体が一つの軍隊の様なものだったらしい。

 当然強いものには搾取され、幼いころには性欲の捌け口にされることもある。兵士となる前にそういった劣悪な環境で死んでいくものも多い。


 この男……ハンスはそういった中で生き残り、一兵士として成長した。

 その頃にはすっかり思想に染まり、国の為にと鍛え続け、皆が司祭と呼ぶ俺の頭を覗きまくったあいつの側近となったそうだ。

 拷問には必ずと行っていいほどあの司祭は行くそうで、脱走を試みたもの、国を貶めるような発言をしたもの、誰かの機嫌を損ねたもの等が次々とやってきては悲惨な拷問を受けていく。

 それでも政治犯以外で逃げられないようにと手足を切り落とされたのは俺だけだったようだが。

 あの野郎、やっぱり生かしておけん。


 そんな中、拷問を見続けて同期はそれに手を出すようになり、逆に自分は吐き気を覚えるようになった。どうしても自分がそこに居たら、ということを想像してしまって駄目だったという。

 トラウマのようなものになっていたらしい、それであればあの脅し方は丁度良かったのかもしれない。

 しかしそれを隠しつつも頑張っていたところで本格的に戦争へと流れが変わり……国は消滅した。


 司祭を守りつつ逃げながら、あっという間に蹂躙されていく自分たちの国を見ながら地下に掘られていたという抜け道を通って、司令官やその他の高官たちとともに国外へ脱出。

 その際、自分達の魔鎧兵をあっという間に鉄くずに変えた、見たことのない魔鎧兵と、凄まじい速度で空を飛び、自分達が最近作り出したロケット兵器よりも強力な物を発射する何かを見ていた。


 脱出先には出来たばかりの車を停めてあり、それに乗って逃げれるようになっていたという。

 魔鎧兵も2機あったが、逃げている途中サンドワームとの戦闘で逃げ切れず食われ、逃げていくうちにルーベルの国境近くにある自給自足の生活を行っていた集落を発見、数少ない住民は全員口を封じ、そこに居座っているという。


 □□□□□□


「……で、丁度森のなかにあって普通にしていればまず発見できない集落のようです。場所はルーベルの海岸近くの森で地図に大体の場所を書いておきました。魔導車は健在。トラックタイプで多数の人員輸送をするために特別に作られたものらしいですが、元々あるものを改造しただけの急造品なのでトレーラーのようなしっかりした作りにはなっておらず、車体の幅は元のまま、長さだけを付け足して車輪を追加したという物のようですね。速度はあまり出ないでしょう。森のなかに入ったときもその細さ故に生活道路となっていた狭い道を通っていけたようですから」

「もうそこまで聞き出せたのか……っていうか全部吐いてるじゃねぇか。すげえな」

「な、何やったんですか博士?」

「ニール、聞かないほうが良いぞ。また漏らされそうだ」

「酷い!」


 サイラスからの報告を受けてその内容を確認している。

 一日で陥落させたらしい、流石は博士だと言うところだろう。

 嫌がっていたらしい事から、一応向こうも一枚岩ではないことが分かった。

 ……とは言え、協力者になりそうなのは今捕まえているハンスのみということだが。


「当初の予定通り、記憶を探り、改竄することは続行でいいということですが、その後はどう処理するつもりですか?博士?」

「それなんだけども……全てを奪って新しい名を与え、こちらに引き入れてみようと思う。同情がないといえば嘘になるが、それ以外にもどうやら秘書としての訓練を受けているし、情報収集の才能はあるようだ。……今私達に足りないのは情報収集能力じゃないか?ハーヴィン候は大きな情報ネットワークを持っているが、私達にはそれがない。そして腐ってもミレスの人間だから考えそうなことは分かるだろう?」

「だが……なぁ……敵だぞ?そう言って潜り込んでこれ幸いと情報を流されたら危険じゃねぇか?」

「ええ。しかし……多分私に逆らうことはもう無いと思いますよ?」


 とりあえずこの件は博士に一任して、問題があったら処分を検討するように言っておく。

 危険分子であることは変わりないため、かなり努力してもなかなかそれが信用に結びつかないだろうが、それは仕方ない事だ。


 場所等は分かったので、偽の記憶を埋め込み一度解放するまでの間にルーベルへの根回しをサイモンに頼んでおく。

 ミレスへの攻撃の際、被害を受けて逃げ帰り、協力を要請したコーブルクを見捨てたルーベルの立場は今非常に弱い。ハイランドからミレスの残党がそちらに居ることが確認されたから、こちらで処理するため部隊の派遣を認めろという、本来ならば問題になりそうなことでも、ハイランドには大きな借りを作ってしまった上に戦力的にもひっくり返ったために聞き入れるしか無いだろう。


 決行はハンスを一度解放して連絡をとらせる。

 例の符丁を使った暗号は、ルーベルのとある露天商を通じて報告せよというもので、ハイランドとルーベルの国境近くにあるルーベル国内の小さな村で、露天商に本来は売っていない果物を注文する。

 その物によって意味が変わり、それを使って報告とする。

 露天商は仕入れのために首都へと向かう……ふりをしてアジトへと帰るというわけだ。


 万が一尾行されていた時の用心で一つ噛ませてあるらしい。まあ、全てが無駄になったわけだが……。


 ハンスの話ではそのアジトとなっている場所に全員居るということなので、実働部隊をこちらに引き寄せて要人が残ったそこを急襲し、全員を取り押さえることが出来れば最高だろう。

 戦闘能力のある者はこちらで精々山登りで疲れたところで脱落してもらうことになる。

 なにせハンスもここにたどり着くまで相当苦労したという話だ。不法入国して居るのだから当然だが、服を確保しようにも山の中腹などには街や村、そもそも集落すらも無い。

 手付かずの大自然がその前に立ちはだかるのだ。

 道はあるものの徒歩で登るには大分辛いし、見つかるわけには行かないため夜中にこっそりと移動をしつつ、昼間は崖下の窪みなどで隠れていたという。


 攻められたら蹴落とすだけでいい。ルーベル国内で大々的に事を起こすのは良くないしそれはルーベルの者達が解決しなければならない問題でもある。

 こちらは後は罠を仕掛けて待つだけだ。


 □□□□□□


 調整が終わった高機動魔導車を使って王都へと入る。

 武装は収納式になり、有事の際はタレットが上部にせり出てくるようになった。しかしまだ遠隔操作の仕組みは出来ていない。

 ちなみに二人でいこう、とは言ったもののよく考えたら二人共身長の問題で運転できないため、サイラスが付き添うことになった。


 門をくぐりそのまま魔術師ギルドへと向かおうとしたが、門のところで王城への呼び出しを受けてしまう。次に王都に来る時を待っていたようだ。


「カストラ領、領主、テンペスト・ドレイク。呼び出しに応じて参りました」

「うむ。なかなか報告に来てくれんのでな、呼び出させてもらったぞ。……それで、研究の方は進んでいるか?」


 呼び出したのは王様だった。

 色々と便宜を図ってくれている上に、研究費も援助してもらっている。

 そろそろ研究成果が欲しくなったということだった。


「現在発注を受けているライフルに関しては少々お待ちを。現在手作業で作らせておりますので、出来上がり次第納品に上がります。魔導車に関しては研究が進み、現在のところ流通しているミレス式を改造したものとは違い、登坂能力や悪路走破性に優れた新型がほぼ完成しております。後は量産のための生産ラインの確保が終われば民間用等が作れるようになるでしょう」

「ほう……早いな。量産のために必要な人員は問題ないか?国としても、今そなた達が研究している物はこれからの戦争を大きく変えていくものであると思っておる。出来る限りの援助をしていくつもりだ」


 人員よりもどちらかと言うと魔導筋の素材が無い。アクチュエーターの代わりにそれらを使った制御を多用していくつもりなので纏まった数が欲しかった。


「クレイゴーレムの素材だったか。……どうだ?」

「は、素材自体はダンジョンケイブで採れますが……聞いた量であれば出回って居るものだけでは少々足りないかと」

「……そうか。ではテンペストよ、何に使うものかを述べよ。量が多すぎる故、正当な理由無しに出すわけには行かぬ」


 理由があればいくらでも出せる……ということだろうか。

 それはそれでありがたい話だが、これらの有用性を理解してもらえなければもらえない。

 であればきちんと説明して許可を貰わなければ。


「現在、私達のところで製造している製品。それらは様々な部品からなりますが全て職人の手作業によって作られています。鍛冶魔法によって随分と早く作り出せる事は確かですが、それを扱う者には休憩が必要となります」

「当然だな。人は休まねば働けぬ」

「はい。その為に魔力を消費してずっと同じ作業を繰り返す装置を作ります。現在量産に向けて開発中ですがまだ足りません。また、魔鎧兵を強化するためにも大量に必要になります。以前、試験機であるサーヴァントをご覧になられたかと思いますが、あれには元々中に入っていたものに、更に追加で魔力筋を取り付けた上で骨格から構造を見直して組み直したものです。その為、オリジナルのものに比べて筋力、瞬発力などで上回り、更に可動範囲が広いため優位性を保つことが出来るのです。ハイランドに配備されている魔鎧兵も、ゆくゆくはサーヴァントと同じように改造を施したいと思っております」

「ふむ……確かに話を聞いてみれば必要そうだな。しかし、その同じ動きを繰り返す装置とはなんだ?どうやって使うのだ?」


 自動化用の機械などよりもどちらかと言うと魔鎧兵の改造の方に大量に必要だったりする。

 ワイバーンの中にも同じものが使われているため予備パーツとして幾つかストックしておきたい。

 更に詳しい説明をして行くと、少し眉間にしわを寄せてしまった。


「……職人の代わりに、休むことなく動き続ける装置を使って部品の一つ一つを生産し続ける……か。もしそれが実現してしまえば、職人が取って代わられることになると思うが?それを作って使う事を許可する以上、他の者も使い始めることになるだろう。そうなると職にあぶれる職人が出てくる。違うか?」

「一方では確かにそのような面があります。しかし魔導車、そして魔鎧兵を迅速に配備するには不可欠と考えます。更に戦闘により損耗した部品などをストックしておくという意味合いもあり、ある程度数を作らなければなりません。戦争中などに悠長に一つ一つ丁寧に作っていては間に合わないのです。であれば、ある程度の精度と耐久力を持つ物を大量生産し、安く供給できれば救われる命も多くなるでしょう」


 有事の際に装備品が壊れてしまうことなどはよくあることだ。これはどんなに高いものであっても同じで、しっかりメンテナンスを怠らなかったものでも目に見えない金属疲労などで壊れるものはある。

 ましてや戦闘中に魔法の攻撃や重い一撃を受けた場合、破壊される確率は上がる。

 その際に、武器屋から武器を徴収するのもいいが、足りなかった場合にはどうするのかという問題がある。品質にはばらつきがあり、値段もそれに合わせてばらばら。


 メリットとしては全く同じ品質で同じ値段のものを大量に作れるという点だ。要するにハズレを引く可能性が低くなる。


「職人がこだわりを持って作る製品のようにオリジナル性の高いものは作れません、最初に定めた形状、そして品質を一定に保ちつつ量産するための物です。部品などは規格化し、共通の部品を流用できるようにする事でコストを下げられます。また、最終的には人の手で組み上げて行かなければなりません。武器であれば最後の仕上げは必ず職人が行います。……逆に言えば、職人にとって最も労力を必要とする段階を自動化することで負担を減らしている事になります」


 労力を必要とする段階と言うのはそれなりに時間がかかる部分だ。

 しかしそこを無くすことで、最後の仕上げ部分だけをやってもらえる様になる。

 ただ、磨きや研ぎなどは職人の目と手が頼りだ。この段階で多少の品質の違いは出るだろうが、それは誤差だろう。


 既に設計段階でトレーラーと高機動魔導車の部品に関しては共通するものが多く使われている。

 エンジンやベルト、ピストン、ギアと言った様々な部品が必要だった燃料や電気を使った車と違い、魔力によって細かな制御が可能である魔導車は意外と部品点数は少ない。

 中身は複雑な魔術式等が刻まれている以外はシンプルなのだ。だからこそ共通部品を使うことが出来た。


「……分かった。職人の事も一応考えられてはいたか。しかし、すぐに世に出すことは出来ん……そうだな、まずはそなたの領地、研究所に於いてのみ稼働をさせるという制限付きで使用を許可する。材料としてはダンジョンケイブを利用して必要分を確保することを許す」

「ありがとうございます。……それと、一つ陛下にお聞きしたいことがあります」

「なんだ?」

「高機動魔導車を王国軍に納品する際、特別車両を一台作りたいと思っております。王室用の防御に特化した物ですが……デザインとしては貴族にとっても今の戦闘用の物はどうしても綺羅びやかとはいえません。もしよろしければ、デザインなどを担当してくれる方をお借りしたいのですが。できるだけ要望に答え、最高の特別車両としたいと思います」


 以前、コリーが言っていた事だ。

 王族や貴族に売り出すには少々今のデザインはシンプルすぎる。

 戦闘を目的としているため当然といえば当然なのだが、それでもある程度派手で目立つものを欲しがるのが貴族だ。どこぞの貴族が無駄に上だけ改造して酷い有様になっていたのを見て、こうなるくらいならば自分たちできちんとバランスを考えたものを作ったほうがいいだろうということになった。


 それに、こういった一品物を作るとなれば職人の出番だ。量産品ではない自分だけのカスタムと言うのは貴族にとっては基本なのだから、それを作るための職人が多数必要になる。

 自動化をする事で軍で使うものはシンプルで安く、しかし貴族用のものは手作業で作り豪華にすることでプレミア感を出す。


「ほう。それはあの大きなものでいいのか?」

「製品となるものはあれよりも一回り小さいものとなるでしょう。正直なところ、あの大きさでは他国へ行く際の道が狭く、かなり難儀しました。運転をする者にそういう負担を掛けないためにも、少し長さを削ることにしています。道幅が広く出来るのであれば、あの大きさのままでも可能ですが」

「……いや、やはりあれがいい。あの大きさで作って貰おうか。何、金は出すぞ?自分の財布からな。それに道に関しては近々整備をする予定だったのだ。馬車のすれ違いなどにも難儀するという話も多かったし、所々がそろそろ限界を迎えそうでな。どうせやるのならば道を広くしてやろう」


 横に居た者に何やら指示を出すと、用意が出来たらまた打ち合わせのために王城へと来るようにと言われてしまった。

 道幅が広くなるに越したことはないので、ありがたいことだ。何よりもコリーが神経を使わずに済む。

 後ろでとても小さな声で「よっしゃ」という声が聞こえた。そういえばこの案はニールが考えていたものだった。


 どれくらいの広さにすれば良いのか、高さはどれくらい確保されれば良いのかなど細かいことはサイラスがまとめる事になり、出来次第提出する。

 デザイン担当の人材も、王様の好みなどを知り尽くした者が派遣されることとなり、一日で一気にいろんなことが進んでしまった。


 まさか道路の拡張工事を本当にしてくれるとは思っていなかったので、これに関しては本当に有りがたい。


「そしてこれがハイランドが保有、管理しているダンジョンケイブへの入洞許可証だ。場所はカストラ領の隣にある。……便利だろう?」


 ニヤリと笑った王様の表情から、ワイバーンやサーヴァントに魔力筋を使っていることを知った時にカストラ領へ研究所を作ることを考えていたのではないかと思う。

 ……もしかしたら本当にそうかもしれない。

 事実、一番資源の消費量が多くなる可能性があるのだ。その供給源が近くにあったほうが良いだろう。


 一般には知られていないダンジョンケイブは、何処の領地からも見えない場所に口を開けているという。


「まあ、そういう事だ。魔導車を楽しみにしておるぞ」


 少しばかり王族用のトレーラー開発にはお金がかかるが、ダンジョンケイブを解放してくれたことは大きい。それだけテンペスト達を有用であると認めてくれているということだ。

 簡単な手続きを済ませてようやくテンペスト達は解放される。


 やっとで楔石を取りにいける……。

 しかし無駄な時間にはならなかった。

 こちらとしては必要な素材が手に入る様になるし、貴族向けの装飾などを得意とする人材が来てくれる。

 現時点で居る職人の何人かにその装飾などを勉強してもらい、貴族用モデルのブランドとして独立させるのもいいだろう。


「な、なんだか一気に事が進んで良く分からなくなっちゃった……」

「ダンジョンケイブに行けるようになりました。そして山道が広がる事が決定して、工場自動化の許可が出た。かなり研究に力を入れてくれていますが、ハイランド王は研究の大切さをよく知っているようだ。だからこそ栄えたのかもしれないね、この国は」

「とりあえず話は終わりました。本来の目的を果たしましょう」

「王様の呼び出しの扱い軽くない!?」


 本来の目的、つまり楔石を取りに行かなければならないというのに、途中で邪魔をされた形なのだ。まともに対応しては居るが、やはりそちらのほうが気になって仕方なかった。

 ガレージを持ち運べるという事を考えれば、相当便利になるのは目に見えている。

 テンペストとしても少し浮かれ気味になっているのも仕方のないことだった。



ハンスに生きる道が与えられるようです。

ただし博士の手足として働かされるでしょう。

ちなみにハンスは意外と若いです。

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