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鉄の竜騎士 -元AI少女の冒険譚-  作者: 御堂廉
第三章 束の間の平穏編
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第六十話 暗号解読

 自分の領地の中でも立ち入る頻度が少ない、地下へとテンペストはコリーとサイラスを伴って降りてきていた。

 街を作る時、必ず必要になるものとして挙げられ、作ってみれば確かに何度も使用されることとなっていた場所。

 犯罪者を入れて監視する場所。牢獄。


「あぁ……この風景……気分悪くなりますねぇ」

「無理を言ってすみません。関係者であれば恐らく博士が居たほうが判別付くかもしれないと思ったので」

「ああ、別にあれの内側にいるわけじゃないから別に構わないよ。……それに、あそこに比べたらずっと人道的で良心的だ。手枷も足枷も固定されているわけじゃないし、雰囲気は暗いけど不潔ではない。あそこは酷かったよ」


 何かの腐った匂いや糞尿の匂い、血の匂いなどが混ざり、吐き気がするような場所もあった。

 拘束する為といって壁に貼り付けられるように固定されるような部屋もあった。

 それらがなく単純に頑丈な檻と手枷と首輪のみで済まされている分ずっと良い所だ、とサイラスは思った。首輪は魔力を使えないようにするための魔道具だ。


 この地下には話を聞いたりするために一時的に拘束する場所、軽犯罪を犯したものが一定期間拘束され生活することになる場所、重犯罪者が逃げられないように厳重に拘束される場所の順に深い階層となり、窓はなく逃げるには唯一の出入り口を使うしか無い。


 その中で軽犯罪者の入れられる檻の中に彼らは居た。

 男性3名、自分を見た瞬間に目を細めてギラついた目をする。

 敵意がある、と言うのは本当らしい。


「この者達ですか?」

「はい。滑走路の警備が崖下から這い上がって来た者達を発見、そのまま壁を超えて施設内に侵入したために拘束しました。その際ナイフを振り回して暴れた為、軽傷を負ったものが居ます」

「……テンペストさん、その奥の男、私を見て目を逸らしました。尋問を」


 少し、サイラスを見た瞬間怪訝な顔をした後に何かに気付き顔を背けた……という仕草が気になったようだ。もし、サイラスを見知っているとすれば……捕まっていた所に居た誰かの可能性が高い。


「分かりました。その前に少し事前の尋問などを担当した方から話を聞きます」

「ええ。構いません」

「……こいつらの持ち物は全て調べたか?」

「はい、別室にお持ちします。話もそちらで」


 別室に移動して、監房長が机の上に服とそれぞれの持ち物などを全て綺麗に並べて経緯を話し出す。

 さっきも聞いたように険しい崖のような山肌を伝って上ってきたようだ。その理由に関しては「たまたま山を登っていたらたどり着いただけ」とだけ言って黙り込んだらしい。


「……まあ登山が好きだというものは居ますが、持ち物は見ての通りです。服も防寒用の装備は無く、ナイフだけではなく暗器も見つかっています。それに下から上ってきたと言いはるのであれば登山用の道具等があっても良いはずですがありません。ついでに言えば彼らが来たのは夜中です」


 あれだけ険しい山なのだ。本来なら登るためにある程度の装備が必要だ。

 ピッケルなどの道具ならば普通に売っているし、靴もそれなりの物を使う……が、彼らの靴は平地で履く普通の物だ。山道だらけで道の悪い所が多いハイランドでは靴底が厚く頑丈な靴が多く使われている。サンダルであってもコーブルクなどで見られるような靴底が薄いものなどは使われない。

 そもそも夜に登山はしない。


「服だけはハイランドのものを使っているようですが靴は買ってなかったようですね」

「ええ。この靴はルーベルで一般的に使われているものに似ているとのことです。ここらでこんな靴を履いていたらその内すぐに壊れて足が傷つくでしょう。……そして問題の物がこれです」


 インク壺、ペン、そして何枚かの紙切れ。

 インクはこのハイランドで売られているものだ。しかしペン先をよく見るとミレスの紋章が確かに刻まれている。差し込む部分に刻印されているので普通に使っている分には外からは分からないが、換えのペン先があったために分かったようだ。


「この紙は……何だこりゃ。読めん……」

「見たことがない文字で何とかかれているか分かりませんでした。ミレスで特別何か違う言語が使われていたというわけでも無いはずなので恐らく何かの暗号だろうと思っています」

「暗号ねぇ……ちょっと見せてくれないか?」


 小さな紙片にびっしりと文字が書き込まれた物をじっくりとサイラスが見ていく。

 何枚かを同じように見比べて、少し考えた後テンペストに紙片を渡した。


「テンペストさんの方が恐らく早いでしょう。これは簡単な文字を置換したものと考えられます。同じ記号が何度も出ますし、同じ並びの記号もいくつかありますから……私達が使っている物をそれぞれの記号へと置き換えただけでしょう。とても初歩的な換字式の暗号ですから頻度分析を行うことで同定可能です」

「ワイバーンを利用して解析を行います。……完了しました」

「早っ!?」


 隣でコリーが紙片を肩越しに覗き込みながらびっくりしていた。

 やること自体は単純で、頻出する記号を特定して、自分達の使っている文字で一番使われる文字を当てはめてみてそこを足がかりにして作業をすすめるだけだ。

 既にテンペストの持っている本の情報から頻出文字の順位は出ているため、それを使って力技で意味が通る文が出来上がるようにしていく。

 辞書が登録されているようなものだから、単語が一つ解読されれば大抵一気に片がつく。


「文字数はそこまで多くないですから……。この程度の暗号であれば解読は容易です。私達がデータのやりとりをする時に使う暗号はもっと複雑で人間に解けるようなものではありません」

「驚きました……この文章はその内解読できる者に渡そうと思っていたのですが、必要なくなりましたか」

「で、内容は何だったんだ?」

「私やコリーと、この領地について調べていたようです。見た目や身分や家系等が詳しく書かれています。こちらの紙にはサイモンの領地と私の領地に関する情報が。こちらの紙はマギア・ワイバーンに関する情報でしょう。既に公開されている情報ですが。そしてこっちはサイラス博士に関してです。見た目等が詳しく書かれています。そして……可能であれば連れ去るつもりだったようです。『モンク司祭の異変の鍵となる人物』と書かれています」

「冗談じゃない。あのデブの事でしょそのモンク司祭とかって。記憶を覗き見するのと人を痛めつけるのが大好きな変態ですよ。次に会う時にはサーヴァントに乗って会いに行きます」

「げぇ……俺も入ってるのかよ……気味わりぃな」


 心底嫌そうな顔をしてサイラスが吐き捨て、コリーも顔をしかめている。

 ただこれでほぼ決定したようなものだ。彼らはミレスの生き残りだ。自分達を追い詰めた兵器に関する情報を集めるうちにここに辿り着いたのだろう。紙片は聞き込みをした時のメモもあった。


 ワイバーンの名前まではまだ分かっていないようで、翼竜と竜騎士という名で通っていたようだ。

 そこで鉄の竜騎士と呼ばれるテンペストとコリーが浮上する。

 2人が所属する領地がカストラ領であり、そこに研究施設があるという話を耳に入れて潜り込もうとしたのだろう。

 残念ながらこの街の特に研究施設と自分達の屋敷の土地の周りには、侵入者が来た際に知らせる装置が取り付けられている。近くに来た時点で既に警備は動き出しており、後は待ち構えて捕まえるだけだ。


「やっぱり彼らには話を聞かないと駄目ですね。私がやります?」

「いえ、どうせ口を割る気はないでしょう。それよりも適当に眠らせてアディに調査を頼みます。只今よりこの件は『異変』の調査として扱います。それであれば罪人の記憶を調べることも出来るでしょう」

「ああ、なるほど。確かに彼女はそうそう出てきていい人じゃないですからね本来は。罪人の記憶を探ってほしいとただ言っても認められないが……異変に関する重要な情報ですからね」


 エイダを便利に使うようで申し訳ないが、口を割る気がないものを幾ら脅そうとしてもあまり意味は無いだろう。それでも一応やるだけやってみる、とサイラスが席を外した。

 更に監房長から話を聞いてみると1人は背中に何かの紋章を入れ墨していたそうだ。ただし元の形が分からなくなるまで更に上から塗りつぶされており分からなかったという。消した、ということは何か所属しているところの紋章など足がつく可能性がある物なのだろう。


 もう一度持ち物を調べていく。

 ナイフはともかく、暗器は針の様だ。毒を含ませて刺すだけで相手を殺すことも可能だ。傷口も小さくバレにくい。

 ペンはペン軸自体は普通のもののようだったが、よく見たら真ん中に切れ目がありひねると外すことが出来た。


「ナイフだな。これも暗器だったか……ん?この鞄、皮と布の間に何か入ってるぞ」


 よく見るとほつれを直した後に見せかけた場所があった。

 布の切れ方が微妙にそれっぽいのが手が込んでいるが、裏に薄い何かを仕込むために開けた跡だろう。

 中に入っていたのは一枚の羊皮紙だった。


「内容は……同じ様な暗号ですか。『モンク司祭は神の力を授かった。その力を確固たるものとするため、彼の知識が必要である。以前逃げ出した渡航者を探し出し確保せよ』」

「だから解読はえぇよ!渡航者って博士のことか?」

「恐らく。名前などは書かれていません。連絡方法等が書かれていますがこれは符丁が使われています。現時点ではこの単語が何を表すかまでは判別出来ませんね」


 文字を別な記号に置き換えているならともかく、単語をまるまる変えられていると予測が出来ない。

 重要な単語のみを別な単語に置き換える。単純だがその単語が何を指すのかを知っていなければ正しい答えは出てこないし、単語の文字数と答えの文字数が同じであるとは限らない。

 例えば、聖堂へ行け。などと書かれている物を聖堂を○○の家と置き換えて、○○の家に行けなどと変換されていると、意味は通じるので間違っているかの判読がつかない。


『昼に店に行って店長に発注をかけろ』


 とだけ書かれているのだ。この文面にから考えれば連絡を取る手段であることは想像がつくが、いつ、何処に、誰にと言うのが分からない。

 昼と書かれているがきちんと時間が決められているだろうし、店と言っても本当に店なのかもわからないし、そもそもそうだとしても何の店かが分からない。店長もそのままの意味で使っているわけがない。


「……まあ、その文面の中にそんな文が一個だけあったら怪しいな。連絡手段か……暗号の解読結果とともに伝えてくる」

「お願いします。どの道アディが来れば真意は分かるでしょう。しかしこれでミレスで使われている暗号の種類と解読方法は分かりました」

「だがあいつらが帰ってこないとなるとバレるんじゃないか?暗号化の方法も変えられるかもしれんぞ?」

「そこは記憶を消して改竄します。何故か私はそれは出来るようですので」

「……ああ、そういえば博士の頭に直接知識を植え付けたのはテンペストだったな。消したり書き換えたりも出来るのか」

「理屈はわかりません。アディを通じて直接コンタクトを取ろうとした時に自覚しました。ですから彼らの記憶を覗くのは私も付き添います」


 何故かは分からないが、出来る、と分かった。

 それこそチップ上にあるニューロネットワークに保存されたデータを覗き見て、編集することと変わりないかのように。

 あれが他人の記憶を覗くという意味なのだと分かった。

 サイラスに関しては記憶は少し見たが、悲惨なものだったし彼が嘘をついていないということは確かだったので、そのまま自分の持っている言語知識に関してをサイラスの頭に保存してから戻ったのだ。

 その際、突然の目眩と吐き気があったということだから、それなりに負荷のかかる行為だったようだが。


 出来るのは分かっているが、なぜ出来るか、なぜそれを制御できるのかと言うのは恐らく自分の元々居たのが脳を模倣したものだったからだろうと納得している。

 エイダを通じた接続と変換によって、テンペストが理解しやすいように書き換えられているのではないか……という所だ。結局のところ博士にも答えは出せていない。


 コリーが尋問しているサイラス博士の元へ行ってしばらくしたところで、2人が戻ってきた。

 少しイライラした様子の博士を見るのは初めてだ。

 こちらに来てからこういう負の感情を露わにしている所を殆ど見たことがない。


「どうでしたか?」

「2人は雇われたならず者って所でしたね。大した情報も持っていないでしょう。本命はやはり私に反応した男一人です。質問には反応しないようにしているみたいですが、暗号の内容の話になるとわずかに表情に反応がありました。恐らく破られるとは思ってなかったのでしょう。あの程度で私達をばかにするのも大概にしてほしいものです」

「いや、あの速さで解読するのテンペストだけだからな?普通もうちょい時間掛かるぞ?」

「テンペストはそういう計算に特化した存在ですよ。あの程度なら造作もありません。符丁の方ですがまあ今は無視して構わないでしょう。どうせ2~3日中にはエイダ様が来ますからね。……その間の憂さ晴らしはさせて頂きますけど」


 サイラス博士が何かを企んでいるような顔をしている。

 恐らく碌な事を考えていないだろうが、それを止める理由もない。何よりも彼には報復するための理由がある。


「あ、やだなぁ。手足ちぎったりとかそんな事はしませんよ。ちょっとばかり精神的に追い詰めてみます。無響室と目隠し、拘束用の椅子、そのあたりを用意できますか?」

「無響室の構造を教えてもらえれば。それに関する情報を持ち合わせていません」

「ああ、構造は教えよう。魔法で作り上げればたいして難しくはない。精度はあまり良くないだろうが、耳栓も併用してやればいい」

「博士……あんた何しようとしてんだ?」

「一種の拷問ですが身体を傷つけるわけではありません。全ての感覚を切り離し、睡眠を阻害し、彼の言動全てを否定します。……出来れば無音よりも大音量の音が鳴り響く方がいいのですが」

「それ拷問……なのか?」

「立派な拷問ですよ。眠くても眠れず、しかし無音で何も見えず宙に浮いている状態に置くと、全ての感覚が狂って不安やストレスから幻覚を見るようになっていきます。また何かが見えるという言葉を否定してやることで、自分がおかしいと思い込ませていくことも出来ます。エイダ様が来るまでには大分抵抗できなくなっているはずですから、記憶の改竄も楽に出来るでしょう。やってみます?」

「……いや、止めとく。発狂しそうだ……」

「様子をモニタ出来るようにしておきますよ」


 無響室とは音の反響を極力減らした部屋の事だ。吸音材を楔状にして壁に凹凸ができるように並べる。

 音の反響がなくなるとほぼ無音となり、自分の鼓動が聞こえてくる程という。

 更に身体を拘束し、時には虫が這い回る音を聞かせ、時には破裂音、時には強い光のフラッシュなどなど睡眠を妨害し続けていく。

 身体は平衡感覚を失い、リラックスとはかけ離れた状態に常に置くのだ。


 小一時間で部屋は出来上がり、上からロープで吊るした椅子に裸でくくりつけ目隠しと耳栓をして、口を目いっぱいに開けた状態で固定して扉を閉めた。


「さぁ、その状態でどこまで持つか見せてもらおう。俺は最初から最後まで耐え抜いたぞ。たった3日程度だ。お前も、出来るだろう?それにまだまだ優しい方だ。俺と同じにしたらテンペストがまずいことになるかもしれんからな……」


 この状況は博士がミレスで置かれた状況によく似ている。

 無音ではなかったし、四肢も残っているが。

 実際博士も半ば発狂しかけていたが、それをどうやってあのふざけた奴らに復讐しようかと考えていた事もあり最後まである程度正気を保っていた。

 ある程度、と言うのは博士の元々の性格が歪んでいき、サディスティックな面が生まれてしまったことにある。壊れるのを回避するため、脳が作り出したもう一つの人格。

 ミレスに復讐をするためだけに生まれた存在。


 ミレスからの密偵というこの男が来てから、またその人格が現れ始めた。

 この手で嬲り殺したい衝動を押さえ込み、いつもの……とまでは行かなくとも冷静さを失わずにいられるのはテンペストやコリー達のお陰だ。

 死ぬ運命にあった自分を救ったのは、かつては敵同士となっていた国の戦闘AIだった。しかし、言動や行動など見ても確かにその雰囲気はあるものの、普通の少女にしか見えないが、サイラスの話についていけるテンペストの存在に本当の意味で孤独を感じずに済み、その御蔭で救われている。

 ならば今は彼女に取って、そして自分にとっても一番いい選択肢を選ばなければならない。

 それはつまり記憶を改竄して、偽の情報を握らせた上で尾行して無事に報告に戻らせること。その為には五体満足で返さなければならないのだ。


「どうなんだこれ、結構余裕そうに見えるが」

「最初の数時間程度ならそんなものだ。眠りそうになったら叩き起こし、絶対に休ませない。感覚がおかしくなってきたところで第二弾だ。こういうのは複数組み合わせると死ぬほどきついぞ?」

「……博士よ、その口調のときのあんためっちゃくちゃこえぇぞマジで」

「あ?ん、んんっ。あーまあ、済まない……。まだまだ自制が出来ていないってことかな。怖がらせるつもりはないんだけども。ああなると正直若干暴走気味になっているし、平気でもっと直接的な拷問もやれてしまうんだろうけど……」

「まあ、ソレだけのことはされたんだ。正気を失わず、敵と味方を違えないのであればいいさ。怒りは力になる。博士は怒る権利があるんだ。博士とテンペストがいればミレスの異変を全て終わらせる事が出来るはずだ。さっさとケリつけちまおうぜ博士」

「……本当に、ここに拾われて良かった。だからこそ私は人の心を失わずに済んでいるのかもしれないね。でも、さっさとケリを付けるっていうのは同感だ。だからこそ彼らは生きて返す。表向きは立入禁止の場所近くをウロウロしていた所を見つかり、拘束されて数日間、産業スパイかなにかと疑われたが、問題ないことが分かって解放された……とでもしようか」


 しかし捕まる前にきちんと情報は仕入れてきており、少々遅くなったものの無事帰還となった……というシナリオだ。

 ザル警備で持ち物のチェックなども最低限、重要な機密の書かれた物が見える範囲に置いてあるなど、人手が足りないのかそういう重要なことが出来ていない。

 武器等は技術を奪う価値がある者で、その性能は元にしたであろう物の倍以上。

 奪うなら今しかない……。


「待て、この街を餌にするつもりか?」

「いえ、座標も変えておきます。勇んで行ったら山の中という感じでね。一応そこにそれっぽく道とハリボテの建物を作っておけば遠めには本当に研究所があるようにみえるでしょう。そこにやってきた奴らに関しては全員確保。そしてその情報を受け取る人が何処に情報を持っていくのかを追跡するのは……ハーヴィン候の役目です。私たちにあんな隠密いませんし……いれば便利ですけどねぇ」

「流石に男爵じゃアレを引き入れるのは……難しそうだな」

「あれ?戦力として持ってはいけないのでは?」

「……用心棒として、腕の立つやつを雇うって名目でならいけるさ。じゃなきゃ盗賊にも狙われる様になっちまうからな。大々的に軍隊として戦力を持ってはいけないってだけで……小隊規模程度なら金があるやつなら雇ってるところはいくらでもあるぞ」


 10人からというところだろうか。余裕が有るところは30人位はハンターから引き抜いた者を雇ったりしているらしいが、ああいった特殊技能のある高度に訓練された人物となると契約金自体も高い。

 領地の警備として人を雇っているのと同じように、身辺の護衛という形で雇うのはありらしい。


 今はまだ街が一つだけの寂しい領地であり、平民街と貴族街と言うものが明確に分かれていないこの街だが、いずれ大きくなっていった時には必要になっていくだろう。

 そしてこの街以外にも領地に人が集まって集落が形成されたり、新しい街が出来ていくこともある。

 その為には男爵という地位よりも上に行って上級貴族にならないと、領地を分け与えて爵位を授けることが出来ない為、今はまだ難しい。


 どの道、今の現状では研究所と研究員で手一杯だ。新しく人を雇うには少しばかり不安が残るし、雇う人に関しても信頼が置けるかの調査などが必要となるのだ、そうそう簡単には出来ない。

 今はまだ領地が小さいし、テンペストとコリーだけでも相当な戦力となっているのであまり問題ない。

 最悪研究所の研究員が開発した新兵器を実地試験の名目で引っ張り出せば、下手な軍隊よりもたちが悪いのだ。というか、サイラスのサーヴァント一機だけでも蹂躙できるだろう。ワイバーンは言わずもがなだ。


「まあ、異変に関してはハーヴィン候も関係者ですしテンペストの親でもあるので頼っちゃいましょう。追跡においてアレだけの人材は正直他に思いつきませんから」

「まあな……俺は上からでしか見てなかったが、気配の殺し方はかなりのものだと思うぞ。誰にも気づかれずに後ろに居たりしたからな。あれだけ近づいていて気づかねぇって半端じゃ無いぞ……」


 持ち物をスッた時だ。

 焚き火を囲んでいる一人に近寄っていき、服のポケットから持ち物を失敬していった。

 上空からその様子を見ていたコリーとテンペストはその非常識なまでの気づかれない様に驚愕を通り越して呆れていたくらいだ。


 そんな感じで話をしていたところ早速男に変化が現れた。

 眠そうにしているな。


「寝かせませんよっと」


 博士がボタンを押すと一瞬激しい光が部屋を包み込んだ。監視しているモニタも真っ白になり、また暗闇に戻る。フリアーを介した映像でははっきり写っているが、かなりの光量だったので目隠しにしているそれほど厚くない布は思いっきり光を通したようだ。

 激しく頭を振って居た。


「何か若干パニックになってねぇか?」

「恐らく彼は今、上下感覚がなくなり自分が何処にいるのかわからない状態になっています。例えるならば何の音もしない水の中を漂っているかのような。それだけなら心が落ち着くんですが、思いっきり限界まで開かれた口はヨダレが出るのを止められず、だんだんに舌が乾燥していきます。よだれは身体に垂れていくしそれがどれだけ不快かは想像付くでしょう。しかも手を動かせないから不快感を拭うことも出来ない。疲れて眠りそうになるとこうして妨害されて一睡もできずに、時間の感覚もないあの無音の暗闇の中で一人苦しんでいくんですよ」

「……やべぇ……案外エグいぞこれ……」

「ついでに、静寂の中で視覚やその他の情報を封じられている中、耳だけは音を聞き続けています。自分の息、動いたときの僅かな軋み、もしかしたら今はもう自分の鼓動ですら聞こえているかもしれませんね。そこでこれです」


 隣のボタンを押す。

 風の魔石を使って瞬間的に破裂音を出しているのだが、モニタ越しには聞こえない。

 ただ、かなりの音量がある上に、空気の塊が破裂する音なので風圧も感じる。

 なにがなんだかわからない中で、限界まで耳を澄ませている所に大音量が鳴り響けばどうなるか……。


「あぁ……あれは多分叫んでるな?」

「鼓膜が破けるかと思うような音に聞こえていることでしょう。実際はそんな大したことはないんですが。それに風を感じたので今自分が何をされたのか不安になっているはずです」

「こりゃきつそうだ。確かに拷問だな」


 後のことを看守に任せつつ、テンペストと共に地上へと出てきた。

 色々とやることはあるが……。


「まずはサイモンに連絡を。今まで分かったことに関しても全てサイモンと共有します。ミレスが関わっているというのであれば異変を調査しているサイモンも関係者です。博士に報告を頼みますね」

「了解。下でコリーさんと話していましたが、追跡のためにハーヴィン候の隠密を貸してもらおうと思っていますが良いですか?」

「問題ありません。異変の調査ですから貸してくれると思います。後ほど書類の方は用意しておきますので取り急ぎ無線連絡をお願いします」


 書類の方は専用の送受信用の魔道具に突っ込んで送る。

 とりあえずは今まで通り生活しながらも警戒だけはしておく形でいいだろう。


「俺はどうする?」

「いつでも戦闘できるように準備を。ガレージで整備などをお願いします。しばらくは何もないと思いますが、こうして人が送られてきた以上警戒するに越したことはないでしょう。私とニールは明日王都に向って楔石を確保してきます。上手く行けば旅先でいつでもワイバーンなどを呼び出せるようになるはずです」

「マジか!そりゃ心強い……てか、ニールと2人でって大丈夫か?だってあいつ……」

「ニールなら大丈夫ですよ。確かに少し欲は強いですが自制はしてます。……とりあえず見守っててやりましょう」

「お、おう……博士がそう言うなら良いんだが……大丈夫なんだよな?」

「大丈夫です。そもそも私達を敵に回してまで襲う勇気はありませんよ」

「……まあ、確かに……」


 どうしても我慢できないなら娼館に放り込めば良いのだ。まずはニールを信用してやろう。そういうことでコリーを納得させたのだった。

サイラス博士のメンタルつえぇ。

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