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鉄の竜騎士 -元AI少女の冒険譚-  作者: 御堂廉
第一章 精霊テンペスト編
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第三話 サイモン

 テンペストが歩けるようになって初めて、自分の元の身体……ワイバーンの元へと来た。

 現在はバッテリー節約のために完全に電源も切っており、テンペストは人間の身体のみで動いている。

 バックアップを使うことが出来ない上に、高速演算も出来ない為少々不満ではあるものの、電源がいらないこの肉体というものも便利であると思った。


 食事をするだけで長時間活動出来る上、空を飛ぶ事は出来ないまでもある程度の移動が可能。

 更に脳は元のニューロコンピューターの心臓部とほぼ似たような使い方をすることが出来るため、やろうと思えば高速演算も可能ではある。が、一度使用した時には脳への負担が大きすぎて鼻血を流してぶっ倒れるという醜態を晒してしまった。

 暫く身体がだるく、熱が上がったことでやはり元の方が使い勝手が良いと改めて感じたものだ。


 しかし、マニピュレーターも装備されていないこの機体では出来ないことをこの肉体は出来る。

 せいぜい監視しか出来なかった以前とは違い、触れることが出来る。

 熱を体で感じることが出来る。

 人間の肌がこんなに暖かく、柔らかいものだとは思わなかったし、IRセンサーの数値しか見ていなかった時に比べると格段に情報量の差がある。


 ワイバーンに手を触れ、自らの身体をその手に感じる。

 一度空に舞えば強力な兵器の身体。またこの身体へ戻ることは諦めては居ない。

 必ずまたこの身体で大空を舞う。

 そのためにも、新しいエネルギー源であり、どのような形にも変化するテンペストにとって未知の存在、マナについてもっと知る必要がある。


 傷を癒やし、不可視の筈の存在を固定し、火を作り水を作り風を起こす。

 全ての現象を再現出来るもの。

 この身体の元になったサラも簡単なものは出来ていたらしく、ある程度の知識があった。

 その為望む姿になりたがっていたテンペストの身体は、今のように変化した。

 しかし、もう一度マナを使って何かをしてみようと思っても、何故か出来なかったのだった。

 使えない原因は何なのか、使うために必要な事は何なのか、何が出来て何が出来ないのか……知りたいことが沢山ある。


 そして生物。

 ここへ来た時に攻撃を受けたため反撃し、叩き落とした物。あれは戦闘機ではなく生き物であるという。

 レーダーとカメラを使って見ていたそれと、実際に人間の目で観察したその火竜という生物の頭。

 確かに、目があり口があり生物その物だった。元の世界には居なかった生物。生態系。

 そういう物も知りたい。あの時のように自分に害をなす存在について知っておくことはおかしな事ではないし、その身体が何かに利用できるというのであれば、そういう情報も知っておきたい。

 もしかしたら自分の機体を飛ばすために何か使えるかもしれないから。


 この身体になってはじめて感情というものが芽生え、興味が出てきたものを知ることが「面白い」と感じるようになり「もっと知りたい」という欲が出た。

 エイダと会話するのは「楽しい」事で、転んだり怪我をしたりした時に感じる痛みは「辛い」事。

 喜怒哀楽のうち、喜びと楽しみと言うのはなんとなく理解出来たのだ。

 まだ怒りや哀しみという物は分からないが、もしかしたらそのうち気づく時が来るだろう。


「ここに居ましたか、テンペスト」

「サイモンですか。ええ、私の身体を丁寧に扱ってもらってありがとう。でも、今の段階でこの身体を整備することは出来ない。このままではやがて歪みが出てくるところが増えてくるでしょう。燃料もまだ4割ほどは残っているので劣化します。ミサイルなどもこのまま放置しておくには危険過ぎる」

「あー……ミサイルと言うのは自分で敵を追いかけて破壊するという兵器、でしたか。爆発するという話ですから確かにそういうものがここにあるというのは少々恐ろしいものではありますが。劣化ですか……なんとかなるかもしれませんよ」


 この世界では物を流通させるときに腐らないように凍らせるという技術はすでにある。

 しかし、凍らせることが出来ない物も中にはある。

 例えば空気に触れるとすぐに劣化してしまうもので、腐食などとは違うため凍らせても意味が無いものなど。

 そういったものを劣化させずに運ぶため考えられたのが、その物の時の流れを限りなく遅くするというもの。クロノスワード。それを操るものは時魔道士と呼ばれ、日常であればその力で時の流れを変えて収入を得ているが、それを戦闘に使う者も居る。

 ただし、生物に対してむやみにその力を使うことは禁じられ、悪用した場合は重罪となる。


 上手く利用すれば相手よりも早く、そして相手を遅くもしくは止めることすら可能ではあるものの……それには物凄い集中力と瞬時にワードを構築する知能がなければ出来ない。

 自分の動きを上げようとしても、同じ時間内に倍の運動量になるのは変わらないため、効果が切れた瞬間にその間の疲れやダメージが一気に襲ってくることもある。

 自らも拳闘士であった時魔道士が自分に加速のワードを付与し、通常の10倍近い速さを見せつけた後、全身から血を吹き出して絶命したという話は有名だ。


「クロノスワード……ではそれをワイバーンに付与することで時間の流れを遅く出来ると?」

「そういう事です。ここまで大きなものだと相当な力を持つ時魔道士でないと難しいだろうが……何人か心当たりはある。テンペストはこれをまた動かせるようにしたいのだから、その時までこのまま保管しておきたい」

「よろしくお願いします。時間の流れまでも変化させることが出来る魔法という技術、我々の存在していた世界には無かった物です。出来れば、力の使い方などを教えてもらいたい」

「精霊に魔法を教える時が来ようとは!いや、この世界の精霊ではないのであればそれもまた当然か。エイダ様が分かりやすく教えて下さるでしょう。感覚をつかむための訓練はその、少々あれなので私が担当するのもよろしくない」


 この世界に普遍的に存在するマナ、それを魔力として取り込み行使する技が魔法。

 生きている者達全てが基本的に魔力を使い、それによって恩恵を受けている。しかし獣や魔物は知らないが人間は最初このマナを感知できない。

 自然の中に身を置き、自然のままの姿で向き合い、魔法を扱えるものがその身体に魔力の流れを作り出して、覚えたい者はそれを感じ取るという訓練をする。

 子供の時に大抵の者はこの儀式を終えて魔力を扱うための準備を終えるのだが……。

 この自然のままの姿というのは要するに裸である。


 比較的マナの豊富な森のなかで、術者と教え子のみで習得出来るまで根気よくその訓練を積む。

 その際、教え子の人数はどうあれ、訓練中は常に裸で過ごすことになる。

 非常に無防備な状態となるので、森自体が完全に人の手によって封鎖され、危険な魔物や獣などはある程度排除されているが、基本的には自然の森そのものである。その為付き添いの術者もそれなりに力を持ったものが担当する。


 教え子は子供だけでなく青年だったり大人だったりもするので、基本的には教え子と術者は全員同性で組ませるのが普通だ。


「?……教えてくれるのであれば問題ない。出来るだけ詳しく教えてほしい。データなどもあれば尚良いのですが」

「データ……?とは?」

「資料などのことですが、我々の方では特に電子化した情報のことを指すことが多いです」

「ああ、資料、資料ね。本で良いかね?」

「問題無いでしょう、エイダやエマから文字を教わったため翻訳辞書も出来てきています。何度も色々な文章に触れることによって翻訳精度は上がっていきますので、分からないところを聞きながら読み進めていきます」

「あ、ああ。うん、凄いのだな、テンペストは……」

「私は人間の成長の過程をなぞっているだけです」


 テンペストの言葉と文字への対応力は実際かなりのもので、屋敷の者達を驚かせている。

 一度使う文字を見せればその一度だけで全ての文字を覚え、単語を教えれば読みと書き方、そしてその意味まで完璧に記憶する。

 そもそもサラの記憶も入っているため、元々知っていた物も多く、日常会話文程度であれば完璧に扱えるようになるまで一日かからなかったのだ。

 そしてこれも驚かれたのは文字の完璧さ。文字を教えるための教科書となる本を執筆している者は有名な言語学者であり、その文字も見やすく崩さずにしっかりと書いたものや、少し崩して早く書く事が出来るものなど、幾つかの字体を紹介したわけだがそれを完璧に使い分ける。

 それもこの辞書の文字と全く変わらない正確さで。


 エイダが文字を練習した物があまりにも整っているため、二枚の紙を比べてみたところ、寸分違わず一致した。どんなに達筆なものであっても、全く同じ場所に全く同じ字体で全く同じ大きさと形の文字を書くというのは不可能だ。

 それを聞いたサイモンは自分のサインを書く仕事だけでも肩代わりしてくれないものかと考えていたわけだが。

 逆に言えばそれは偽造書類を作り放題ということを意味する。

 これもやはり表には出せない情報だろう。


 王に報告すべき物と、こちらで秘匿しておくべき物を分けながら、どうしたものかとエイダとサイモンは悩むのだった。


 □□□□□□


「サイモン様」

「なんだ?」

「他国の密偵と思わしき者達が街に入りました」

「……流石に完全に情報を伏せることは出来ないか……。監視しておくように伝えろ。特に何もしなければ良し、屋敷やテンペストの事を探ろうとした場合には……殺せ」

「は、そのように。表向き魔物に襲われたことにでもしておきましょう」


 遅かれ早かれこういうことが起きることは予測していた。

 なにせ大人数を抱える領地だ。領民たちも様々な者達が居るわけで……中には他の領主のところからこちらを探るために送られた密偵なんかも居る。

 まあ、それはこちらも同じことをしているので文句を言えたものではないが。

 当然、そういったところから情報は漏れていく。


 ましてや火竜5匹をたった数分で全て殺した謎の飛竜の噂は、瞬く間に街中に広まったのだから。

 今のところテンペストという精霊に関しては秘匿してあるものの、彼女がこの屋敷から突然現れるというのは少々不自然でもある。

 いや、いきなりではないか。サラという一人の少女を運んできたのは数人が知っていることだ。

 しかしどう見ても姿が異なる。

 顔立ちは似ているが髪の毛の色や眼の色、そして肌の色まで僅かに変わっている。

 少女の美というものをそのまま具現化したようなその造形は、神秘的なものを思わせる。


「テンペストをマナを感じるための訓練に連れださなければならないというのに、どう言い繕っておけばいいものやら。素直に精霊が降りたから姿が変わったなどと言えれば楽だが、その行為自体忌避的に見られている以上公表すれば信用が落ちる」

「それでしたら……養子、と言う形にしておくのはどうでしょうか。奇跡的に火竜に襲われて生き残った少女を眠りから覚ましたら、火竜の魔力に中てられ、更に治療の副作用によってか奇跡的に助かったもののその姿は変わったと」

「あー……かなり無理矢理だがやはりそれしか無いか?」

「サイモン様の身の上にも重なりますし、それもあって助け、記憶をも失った彼女を引き取ることにしたとなれば少しは信憑性が増しましょう」

「……なるほど。まだ独り身だし、寂しさを紛らわせるための戯れとでも思ってもらえるかね?」

「サイモン様も良いお年ですので、そろそろ伴侶を見つけても良いのですが……」

「……言うな」


 サイモン・ドレイク・ハーヴィン。現在28歳独身である。


 □□□□□□


 サイモンがドラゴンスレイヤーとして有名になったのは、24の時だ。

 父がまだ領主としてハーヴィン領を納めていた頃のこと。父と母、そして護衛騎士たちと共にとある山で毎年恒例の野外訓練を行っていた時、突然周りが騒がしくなり、大量の魔物が現れたのだった。

 何かから逃げるように一目散に逃げるものが殆どではあったが、進路上に居たサイモン達一行を障害として排除しようと攻撃を仕掛けるものも居た。

 その物量に押されて護衛騎士達もバラバラに散り、父と母も傷ついた。そして……その元凶が現れる。


 火竜の上位種、炎竜。

 絶望的な暴力の化身がそこに居た。


 黙っていれば魔物に気を取られて通過したかもしれない。

 しかしパニックになった護衛騎士が魔法を使ってしまった。それも自身の持てる全力の魔法を。

 彼の全力の火魔法は炎竜に直撃する。が、炎の化身とも言える炎竜に対して火魔法は効かない。逆にその中途半端に大きな威力があったせいで自分達へ意識を向けさせてしまった。


 白銀の鎧は光を反射し目立っていた。それを着込んでいた護衛騎士達がまず狙われる。

 先ほどの護衛騎士が放ったものよりも高出力の火弾が放たれ、熱風が吹き荒れる。

 直撃した護衛騎士達は一瞬で蒸発するか、中途半端に焼かれてのたうち回る。

 巨体に見合わぬ速さで一気に距離を詰めてうめき声を上げる騎士を食らう。その時の悲鳴、肉が潰れ骨が砕かれる音は恐らく一生忘れない。


 とてつもなく厳しい訓練を受け、どんな時でも平静を保つ彼らがあげる恐怖の声、何も出来ずに喰われていく様を見てサイモン達は恐怖を押し殺し、震える足を必死で押さえてゆっくりと隠れようとした。

 だが、そもそも高空から地上に居る小さな獲物を見つけるほどの視力を持つ飛竜種は、その僅かな動きを見逃すことはなかった。


 三人を見据え、その黄金の瞳と目が合うと姿勢を低くして近づいてきた。

 相手が自分よりも弱いことを知っているからこその余裕だ。

 しかし……。


「サイモン、お前は逃げろ」

「えっ?」

「行きなさい、私達が少しでも時間を稼いでいる内に逃げて、情報を伝えて!」

「しかし……っ!!」

「行けぇぇぇっ!!こいつは人間の味を覚えた!!領民達を守れ!!」


 その父の声に反応した炎竜が至近距離で火弾を放ち、母の風と氷の複合魔法により打ち消される。

 予想外の抵抗に炎竜は怒りを覚え、咆哮する。

 腹の底から力を全て抜かれていくような感覚に陥りながらも、言われた通りに情報を伝えるために逃げる。


 馬を駆り、必死で逃げる後ろで激しい爆発音と激しい振動が伝わってくるが、後ろを振り向きたいのを押し殺して前へ進む。

 大丈夫、母の魔法は一級だ。さっきも火弾を見事消滅させることが出来たではないか。

 そして父はこの国でも5本の指に入ると言われている剣士だ。

 魔法と剣を使いこなし、硬い甲殻を持つ魔物であっても一刀のもとに斬り伏せる。

 だから、大丈夫。

 危機を伝えたらすぐに引き返して加勢すればいい。精鋭達を連れて。


 炎竜発見の報を知らせ、すぐに街の者達を地下道へと避難させるように指示し、街にいる精鋭部隊の残りを出動させるように伝えて自分はそのまま取って返す。

 ここまで炎竜の咆哮は聞こえていたらしく、すぐさま対応を開始し、街を囲う兵の上には大砲とバリスタが固定されていく。

 言うだけ言って自分はすぐに山へと向かった領主の息子を慌てて追いかける精鋭部隊を引き連れて、サイモンは戻ってきた。


 そしてそこで見たものは……両腕を失い、青ざめた顔で倒れている母。そして、右腕を肩から失い左腕一本で喰われそうになっているのを必死で食い止めている父の姿。

 母の事は精鋭に任せ、父の失われた右腕が持っていた剣を手に、サイモンは駆ける。

 精鋭達の魔法の詠唱が後ろから聞こえ、自分を追い越しながら矢が飛んで行く。

 上半身を炎竜の口の中に収められ、その鋭い牙が閉じられていく。


「うああぁぁぁぁぁっ!!」


 間に合ってほしい、その願いは絶たれた。

 大きく足が痙攣し、力なく垂れ下がる。そのまま引きちぎられた下半身が口元から地面に落ち、サイモンの父、モーガン・ドレイク・ハーヴィンは最期を迎える。

 サイモンは、激しい怒りと共に、ありったけの魔力を剣に送り込む。


 手にしているのは家宝でもある水晶剣。代々伝わる宝剣で、常に持ち歩くことで魔力を貯めこむ性質を持つ。それを長年貯めこまれた魔力を解放した時、それはすべてを切り裂く必殺の一撃となる。


 母を瀕死に、そして父を目の前で殺した炎竜。

 こいつを自由にしてしまえば自分達だけではなく近くに住んでいる領民たちをも危険に晒す。

 であれば、今ここで、炎竜を殺す。


 自分を追い越した矢が不自然に逸れ、魔法は有効打が無い。

 その中で一人だけ炎竜に向かってくる若者を炎竜は捉え、その姿に得も言われぬ危機感を覚えるがその原因がわからない。故に少しばかり反応が遅れた。

 精鋭の騎士たちが投擲した槍が思わぬダメージを炎竜に与え、それに気を取られた瞬間。


「っらあぁぁぁぁっ!!」


 水晶剣が解放された。

 透明で美しいその刀身は、解放と同時に白く眩いばかりに輝き、その光の剣は背よりも高い位置にある炎竜の首をもその間合いに収めた。

 何十年も注ぎ込まれたその魔力の奔流は、炎竜の硬い竜鱗を捉え消滅させる。炎竜にとっては初めて自分を傷つける存在がまさか脆弱な人間であろうとは思わなかったことだろう。

 実体を持たない剣は何の抵抗もなくその首を切り落とし、地面をも引き裂く。

 振り切った直後に光は消え、その役目を終えたとばかりに水晶剣は砕け散った。


「父……さん……うっ、くぅ……!!」


 頭を失った炎竜は、その身体に纏う炎を散らし、地響きを立てて崩れ落ちる。

 それを見ていた騎士たちの歓声が後ろから聞こえてくるが、サイモンには届かない。

 己の持つ全ての魔力をも水晶剣に吸わせ、全ての力を振り絞った一撃を浴びせたのだ。反動で身体から力が抜け、景色は暗くなり、音は遠く離れていく。


 次に目を覚ました時にはすでに両親の葬儀は終わっていた。

 あの日から一月ほど、ずっと眠っていたそうだ。

 もしかしたらサイモンが起きるかもしれない、とギリギリまで葬儀を引き延ばしていたそうだが、結局間に合わなかった。

 母は血を流しすぎたせいか、意識が朦朧としていたが……魔法と薬により一時的に回復。

 その時に息子サイモンが次の侯爵を継ぐと宣言し、その直後に眠るように死んだそうだ。


 母の両腕が肘から先が失くなっていたのは、炎竜のブレスから父を守ろうとして全力で魔法を行使した結果、自分が扱いきれる以上の魔法と、受け切れないほどの炎竜のブレスの威力によって弾き飛ばされたのだという。

 そして、母は父が喰われ、サイモンがその仇をとったところをしっかりと見ていたそうだ。

 眠ったままの息子にキスをして、感謝を伝えていたと聞かされ、耐え切れず一人部屋にこもって泣いた。


 □□□□□□


「あれから4年か。まさかまた飛竜によってこの様な縁が生まれるだなど、誰が考えつくものか」

「誰も考えつかないでしょうな」


 ファミリーネームであるドレイクは、大昔の先祖がやはり竜を倒した時に王から授かった物だという。

 つくづく竜に縁のある人生だ。

 流石に死ぬ時も竜に喰われて、と言うのは御免被りたい。

 あの後また水晶剣を新しく作らせ、いつも持ち歩いて居るがあの時の威力は自分が生きている限りでは絶対に出ることはないだろう。


 しかしあの時はこの剣によって命を救われ、ドラゴンスレイヤーの称号を得た。

 道具に頼った感は大きいが、それでもこの称号のおかげで確固たる地位と名声を手に入れることが出来た。

 そしてその称号に恥じない程の実力をつけるため大分無茶もしてきた。

 危険と言われる討伐には必ず参加し、そして成果を上げた。

 魔法の鍛錬もそれまで以上にやってきた。

 そこにワイバーンに乗ってテンペストが来たというわけだ。運命という他ないだろう。


 この世界ではワイバーンと飛竜は明確に区別されており、強さや脅威度で言えばワイバーンは飛竜に比べて弱い。

 比較的小型の種類が多いワイバーンは、その特徴として前足がそのまま翼となっており、二足歩行をしている。

 逆に飛竜は翼を持ち空を飛ぶ点では同じだが、大型の種類が多く四足歩行だ。その前足は人の手のような器用さを持ち、掴んで持ち上げる等の動作をすることもある。


 よってワイバーンは竜種の中でも下位の存在とされるが、それでも身体が小さい分群れを作るため厄介な存在だ。

 しかし、それをテイムして自分の騎竜とする者がたまに居り、極稀に飛竜をテイムする者も居る。

 そう言った者を竜騎士と呼んでいるが、必ずしも正規の騎士であるとは限らない。


「それにしても、テンペストの身体……ワイバーンに乗ってもやっぱり竜騎士ということになるんだろうかね。再び空に上がれるようになったら一度乗せてもらえないものだろうか」

「それこそ、直接聞いてみれば宜しいのではないでしょうか。精霊とはいえテンペスト様はとても気軽に私達と言葉を交わして下さいます。案外二つ返事で許可してくれるかもしれません」

「ふむ。そうだな。一度竜の視点というのを体験してみたい所だ。となれば早く直せるように色々と手配をしていかなければならんな」


 やはり学者と鍛冶師は必要だろう。その他には何が必要だ?

 錬金術士はどうだ?ああ、人夫もほしいか。


「でしょうな。すでに口の固い職人たちを能力順に一覧にしております。ご活用下さいませ」

「流石に気が回るな……。ありがとう」


 長年このハーヴィン侯爵家に使える家令、アルベルト。主人であるサイモンが何を必要としているかはお見通しである。初老にさしかかろうかという年齢ということもあって、その佇まいには年季を感じさせるものがある。


「ちなみに、大魔導師様に連絡が取れるよう手配をしておきました」

「……本当に優秀だよ、アルベルト」

「いえいえ、私の仕事はサイモン様が雑事に煩わされぬよう、他の使用人たちを取り仕切ることですから。大したことはしておりません」


 とは言うが、恐らくこの屋敷で一番の仕事量を抱えているのがアルベルトだろう。

 常にサイモンのしたいことを把握し、先回りし、状況に合わせて執事に命令を出し……更には財産などの管理もしているので帳簿を照らしあわせてミスがないかをチェックしたり、それはもう一日が何時間あっても足りない程だろう。

 ……普通の者ならば。


 恐ろしいことに彼はそれをやってのけるのだ。

 サイモンが幼い頃から使用人として雇われている彼は、常にサイモンのそばに居た。当然サイモンがこの屋敷で最も信用する人物。50名を越す使用人のトップ、それがアルベルトだ。


「頼むから後継者はきちんと育ててくれよ?もう歳だからな」

「ご心配なく。サイモン様が奥様を娶られるその時までは死ぬわけにはいきません」

「そう言うと思ったよ!」


 そして二人は部屋を後にする。

 サイモンはテンペストとエイダの二人と話をするため。

 アルベルトはサイモン直下の精鋭中の精鋭、隠密部隊へとサイモンの言葉を届けるために。


 次の日の昼、街の外で魔物に食い荒らされた二人の遺体が発見される。

 遺体の損傷は激しく、ほぼバラバラになっており身元の特定は困難。ちぎれた服装から見ても、ごく普通の庶民の着ているものであり、夜に何らかの理由でうろついていた二人が不幸にも魔物に襲われて死亡したと言うことでそれ以上調べること無くその事件は終了した。


特に問題なければ0時過ぎ位に投稿してしまおうかと思っています。

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