第三十一話 ファーストフライト
「魔導エンジン始動、点火します」
巨大なガスバーナーを炊いたような音が響き渡る。
今はハイランドの北側、人の住んでいない場所へと来ている。
見渡す限り広い岩の台座という感じで、試験をするにはうってつけの場所だ。
この場所には前に言われた召喚に近い形で連れて来てもらった感じだ。
転移魔法というものはあるものの、大きな物を運ぶには向いていない為少し手間ではあるが空間をこうして別な場所と繋いで、ゲートを開いてもらうという形を取る。
必ず行き先に術師が居なければならないという制約はあるものの、大きなものを運びこむにはこれが一番現実的だった。
当然、これが使えるものは少ない。
そんな岩の台座を土魔法で平らに均し、滑走路を作ってもらい、今はエンジンのテストをしている。
機体を大型の魔物を捉えるための縄で縛り、アンカーで固定する。
その状態でエンジンを全開にしてどれだけ魔力を食うかなどをテンペストの方で測定するのだ。
「魔導エンジン、フルスロットル」
気流が音速を超えて爆発的な音を響かせるが、ジェットエンジンに比べるとかなり静かだ。
排気部分を元の構造と同じように騒音対策したもののおかげで、排気による騒音も低減されていることもあるだろう。
すさまじい推力が加わり、機体が固定されているにもかかわらず僅かに前進しそうになっていた。
途中で出力を絞って巡航速度へと落とし、安定した状態で魔力消費を測る。
大体ロジャーの言うとおりの結果となった。
元々の高度があるためそれを考慮しても、元の機体よりも燃費がいい。
更に高高度に上がった場合どうなるかなども含めて、様々なテストを行うつもりだ。
「テンペスト、魔力の補充は終わったよ。……いよいよだね」
「はい。きっと、成功します。後は私次第でしょう」
「まあ、最悪の場合君の居るコクピット部分だけは切り離せるようになってる。機体を失ってもそこだけあればまた作り直せるさ」
非常用の脱出装置だ。
座席だけではなくコクピットのコンピューターごと飛ばすため、機首がフレームを残して中身のカプセル状のものだけが吹き飛ばされるのだ。
これはテンペストがそこに宿っている事から考案されたものだった。
救わなければならないのは搭乗者であるパイロットだけではなく、テンペストそのものもだからだ。
「……では、私の身体をお願いします、アディ」
「いってらっしゃい、テンピー」
エイダの腕に抱かれて眠るようにテンペストの身体からワイバーンへと移る。
GPSなどの外部との連携に関するシステムは沈黙しているものの、スタンドアロンで使えるレーダーや観測機器と言った物は全て正常に動作している。
現在は魔法と科学が融合した状態だが、最終的にはそれらも削ぎ落として行くことになるだろう。
『エンジンスタート、左右魔導エンジン異常なし。ニューラルネットワーク、異常なし』
以前は膨大な数のチェックリストが必要だったが……部品点数が減り、チェックが必要な物が殆どなくなった現在、調べなければならない物は自前のセンサー類と可動部分、そして魔導エンジンまわり位のものだ。
大幅に減り、かなりすっきりしている。
更に、センサーによって監視していた物も、魔力による制御に変わった為に要らなくなったものも多々ある。というのも、この神経網は人間の感覚などと同じように直感的にフィードバックを返しているため、それを読み取ることで数値化すればセンサー自体が不要となった。
一応、一体化しているため配線含めてそういった部分はある程度残してはいるが、ほぼ必要ないと見ていいだろう。
魔力量のチェックなども、例えるならば今までの燃料の残量等はセンサーによって監視していた。これを鉄のタンクに入った燃料に浮きを置いてその値を読み取るものとすれば、今は透明なタンクに入っているので見ればすぐに分かるという感じの違いだ。
各部の負荷、温度、そういったものも同じように読み取れる。
滑走路へ侵入し、ランディングギアにブレーキを掛けて固定、スロットルを開放してエンジンの出力を上げていき……。
ブレーキを解除すると同時にまるでカタパルトで飛び出す艦載機のような勢いでワイバーンが加速する。
離陸可能な速度へ到達した時点で逆噴射とエアブレーキを使って減速し、感触を確かめていく。
何度か同じようにテストを繰り返した後、今度は本当に離陸する。
機体に張り巡らされた神経網と筋肉が問題ないと告げている。後は自分の制御のみ。
先程までと同じように飛び出すような加速をしてあっという間に機首が上を向き……ワイバーンは大空へと戻ってきた。
「飛んでる……!」
「すげぇ!本当に飛んだ!」
下では技術者達やロジャー達が手を振って喜んでいるのが見えた。
ギアを格納して水平飛行から滑走路を中心にぐるりと回ってみる。各部から伝わってくる感触は安定しており、特に問題は感じられない。
何よりも外装がとても優秀であることが感じ取れる。
少しGを掛けてみても、この高速域での風圧をものともしないのだ。
安定しているからといって、小回りがきかないわけでもない。
行ける。
この機体なら問題ない。そう判断してテンペストは速度を上げて少しばかり機体をいじめることにした。
「なんだ、いきなり変な飛び方し始めたぞ?」
「師匠、あれ何やってるんですか?テンペストは大丈夫なんですか!?」
「ニール落ち着きなよ、凄く危なっかしいというか、機体に負荷がかかるような飛び方しているけど……見る限りしっかり制御しているよ。あれはわざとやってるんだきっと」
「何でそんなこと……」
「限界を知りたいんじゃない?まあ、多分あの程度なら限界来ないと思うけど。正面からぶつかったらアウトだけど、ちょっと擦るくらいだったら接触しても平気なくらいには頑丈だから、あれ」
「オリハルコンの合金と火竜の素材だ。滅多なことじゃそうそう傷すらつかんぞ!」
「おかげでどれだけお金かかったと思ってるんですか!」
「そんなことよりあれ見ろってもうわけ分かんねぇぞ」
空の向こう側ではテンペストが自由自在にワイバーンを操り、今は垂直に機首を上に上げた状態で静止していた。と思ったらくるくると横に回転をし始めてみたりと遊んでいるようにしか見えない。
固定翼機とは思えないような機動をした後、上空をパスして今度は3基の魔導エンジンを全開にして限界速度を確かめようとしていた。
地上は轟音とともにソニックブームを食らったと思ったらあっという間に見えなくなっていくワイバーンの速度に大歓喜だ。
それを操るテンペストはといえば……恐ろしい勢いでどんどん加速していくワイバーンと、音速を超えたことで機体にかかる増えていく抵抗や振動への対処を進めていた。
すでに速度は4000km/hに達しようとしており、翼端や機首等では高温が発生している。
しかしそれらを全く無視するかのように微動だにしない新しいこの機体は、今までの機体での限界を簡単に突破していた。
流石にこの状態での急旋回は危険だろうが、やれないことは無いのかもしれない。
ただし、パイロットが乗っている場合は恐らく死亡することになるだろう。
身体強化をして耐えられれば話は別だが。
限界高度は元の機体と大して変わりはなく、これは空気を推力に使っているがゆえに仕方のない事だった。
それでもエンジンが止まるということは基本的になく、単純にパワーが出ないというだけで推力自体は出ているため、限界になるとその時点で垂直上昇している場合は静止しているような状態になるだけだった。
ついでに魔力を切って強制的にストール状態を作り出し、制御してみたが復帰も早く優秀だ。
ここで取ったデータを元にして各部で最適な翼の動きをするためのプログラムを作りなおし、自動制御を任せられるようにしていく。
新しいワイバーンはその気になれば大半のミサイルを「追い越す」事が出来る存在となった。
この機体があの時あったら……。きっと間に合っていた。
何事も無くミッションを終えてコンラッドとともに基地へと帰還できただろう。
そういう力を今テンペストは手に入れた。
地磁気等も記録しながらゆっくりと元の場所へ帰る。
雲の上の景色は地球と同じだ。気圧なども合わせていきながら正確な機体の向きと、高度を測れるようにして、メーターを振りきってしまった速度計は新しくHUDへと数字で表示するように変更した。
元の場所へと戻ってきたテンペストは滑走路を使わずに空中で静止した後にゆっくりと高度を落として着陸した。
先程までのワイバーンの機動とは真逆の、優雅とも言えるその動きは……まるで本当にそこに降り立ったものは竜であるかのようだった。
機体のチェックを終えた後、意識を肉体へと移したテンペストへ皆が駆け寄って行く。
「新製ワイバーン、初飛行成功しました。元の機体を大きく上回る性能を発揮しており、元の世界に持って行った場合恐らく敵は居ないでしょう」
「内心ドキドキしてたがよ!あんな飛び方を見せられたらもう、俺は……感動しちまったぞ!」
ゲルトだけではなく、皆泣いていた。
今までの悲願を達成したのだ。飛竜に負けない戦力、そして空をとぶという夢。
テンペストの協力があって、初めて実現した技術の結晶が完全に成功したのだから喜ばないわけがない。
驚異的な速さで知識を飲み込み、実験を繰り返し、物を作り上げる。
これらは地球では考えられない速さで行われた。
その分、皆の疲労なども相当溜まっている。今夜は成功を祝って盛り上がることだろう。
「大体必要なデータは取り終わり、安定した飛行が可能です。ここに居る全員を一人ずつのせて数分の遊覧飛行を行いたいと思いますが……」
「良いの?」
「はい。見ての通り速度は自在です。危険のない程度の速度でここを一周して、最後にちょっとだけ音速を体験してもらおうかと」
訓練なんてしていない一般人だ。ゆっくりと音速まで引き上げる程度でも精一杯だろう。
伝えた瞬間、歓声が響く。
空を安全に飛ぶことは夢だったのだ。今は武装していないとはいえ、逃げ切ることは可能。
ならば皆の夢を叶えたい、そう思った。
□□□□□□
「凄かったな」
「うん、……凄かった」
「あれが空をとぶという感覚かぁ……。全然全力じゃないっていうのに、凄く早く感じたね」
コリー、ニール、ロジャーの3人が少々呆然とした表情で、でも何処か嬉しそうな顔でそう話している。空を飛ぶという体験は想像以上だったみたいだ。
「俺、偵察に付き合えって言われたんだけど」
「乗りたがってたんですから、良いじゃないですか?私最後の加速は凄く怖くてダメでした……。でも、ゆっくりとだったらずっと見ていたいくらい綺麗な景色です」
「正直、俺も最後のあれはちょっと怖かったんだよ……。本気出したらもっと早いんだぞ?あのシートに押し付けられるような加速……あれがテンペストが見ている世界なのか。あの速さで戦闘なんてとんでもない事だ」
「でも、空中戦とはそういうものらしいじゃないですか」
サイモンとエイダも若干青い顔をしながらも話をしている。
二人に限ったことではないが、大半の人が最後の加速で死ぬほど怖がっていた。
意外にもゲルトとコリーは耐えた上で笑う余裕まであったようだが……それ以外は加速が始まった瞬間無言になり、最後まで固まっていたもの、半泣きで絶叫していたもの、気を失ったものに大体分かれたのだった。
ちなみに気を失ったのはフンベルトだ。
浮き上がった時からすでにガタガタと震えていたので多分高い所自体が苦手だったんだろう。
誰も漏らさなかっただけ良しとした。
腰が抜けて立てなくなっていた人を最初は笑っていた人も、乗った後に同じようになっていくのを見てだんだん皆が無言になっていったのは面白かったが。
最後の宙返りは余計だったか。
「よーし、撤収するぞ!ゲートを開く」
「帰ったら打ち上げだ!飲むぞ!」
「明日は休みにする。ゆっくり休め!」
ガレージへと全員が移動し、ゲートを閉じる。
便利な魔法だ。
いつかきっと覚えたい。
「ねえテンペスト、あの機体に入っている時って魔法は使える?」
「……試していませんでした。意識自体は大して変わらないのでやろうと思えば出来るかもしれません」
「もし昨日の方法で魔力が回復できるのであれば、飛行中に魔法を扱うことも可能かもしれない。そうしたらストーンバレットとかもある程度使えるようになるかもしれないし……色々ためしてみると良いと思うよ」
「そうします。……空はどうでしたか?」
「んー、そうだね。僕達はやっぱり地上にいるように出来てるのかなぁって思ったよ。シートに座っているはずなのに、足元に何もない気がして正直怖いって思った。コリーは楽しかったみたいだけどね。もうちょっと早くても平気って言ってたから何かあったらコリーの方がハーヴィン候よりも良いかもしれないね」
サイモンはモニタしていても確かに怖がっていたようだった。もしかしたら偵察に連れて行くのはゲルトかコリーにした方がいいのかもしれない。
どちらかと言えば頭の回転も早いコリーの方が良いか。
それをサイモンに伝えた所かなりホッとしていたようだった。
逆にコリーは喜んでいる。やっぱり人選としては正解だったようだ。
次から飛ぶときにはコリーを乗せて試験してみよう。
軽くメンテナンスを行なってガレージを後にする。正直メンテナンスもほぼやることがない。
油圧やパッキンやネジの締まり具合なんかを見る必要が全く無い。
メンテナンスフリーとまでは行かないまでも、各部の動きを見て、神経網を利用して断線がないかを確認するくらいしか無いのだ。
ある意味設備が整っていないのは確かなのでありがたいといえばありがたい。
他やることといえば外装に傷がないか、魔導エンジンに傷がないかを確認するくらいか。
あれだけ無茶なことをやったのにもかかわらず傷一つついていない。溶けたりということもなく、ノーズコーン内部のレーダーには熱が伝わっていないという凄まじさだ。
主翼も全く傷もついていなければゆがんでも居ない。
高性能にも程があるだろうとも思うが、今はそれがありがたい。
やっぱり魔法というものは上手く使えばかなり強力なものになるのは確かなようだ。
後は兵装だが、とりあえずレーザーを設置するのは決定している。ゆくゆくは発電機自体を魔導エンジンに組み込んでしまおうと考えている。
「なあ、テンペスト、名前つけようぜ名前。元々のワイバーンから進化したんだ、ただのワイバーンじゃ無くなってるしな」
「特に必要を感じないのですが……」
「いや、区別という意味では良いんじゃないかな?性能も上がってるんでしょ?」
「そうそう、そういう所は大事だぞ?」
機体番号を割り振ろうかと思ったものの、別に元の国の所属というわけでもなく、他になにかがあるわけでもないため無意味だ。
それであれば愛称であるワイバーンを新しくするのが良いのかもしれない。
面倒なのでニール達に任せることにしたが、先ほどから何やらライトニングワイバーンだの何だとの言っていた。
一方パイロットの呼称はあっさりと決まった。
竜に乗るのであれば竜騎士しか居ないでしょう!というエイダの主張が通ったのだった。
以前、サイモンが何気なくつぶやいた言葉。
マットな黒色の竜を思わせる機体、それに乗り操るのは竜騎士。
鉄の竜騎士と決定した。
当然それはテンペスト自身でもあり、一緒にコクピットに搭乗する人も同じだ。
暫くはその名はコリーが使うことになるだろう。
「まあ……ボクよりはコリーの方が騎士っぽいかなぁ……?剣も使えるし」
「こりゃ本格的に動かし方とかも覚えなきゃねぇかな?俺、多分今までで一番興奮してっかも」
「では明日から操縦に関する訓練を行いましょう。コリーなら飛んでいる時でも魔力の補充もやれそうですし」
待ってましたとばかりに目を輝かせるコリー。
相当嬉しいらしい。
「それにしてもワイバーンはどうしようか。漆黒の機体、全てを見通す目、神速の翼、致命の爪。空の覇者と言っても良いくらいの物だと思うよ」
「魔法の無い所から来たということですし、マギア・ワイバーンなんていうのも良いかもしれませんね」
「あー。……というかエイダ様が言ったらもうそれ決定で良いんじゃないですかね」
ある種絶対の言葉だ。精霊使いであり聖堂の象徴的な存在のエイダの言葉はそれくらいの力が有る。
たまに忘れそうになるけれど。
どの道語感も良かったし、事実魔導機械として生まれ変わったワイバーンにはぴったりな名前となった。
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その後、コリーが連日飛行訓練をテンペストに叩きこまれた結果、獣人のセンスの良さのお陰か楽に操縦をマスターしていった。
もちろんテンペストや各種ソフトウエアのサポート込でだが。
耐G訓練をどうしようかと思っていたものの、これも身体強化でなんとかなることが分かったのは大きかった。話を聞けば、急加速急旋回急制動というものを生身でやれるわけだから当然横Gなんかには強いのは当然だった。
ただ、じわじわと効いてくるブラックアウト、レッドアウトと言った現象自体はどうしてもなってしまうようだったが、人族と違って身体が丈夫で筋力もあるためか耐性自体は高かったので大丈夫だろう。
テンペストもコリーが乗っている時に無茶な機動をする気はないし、そもそも必要が無い。
ただ、マッハ4に届く速度に耐えられる身体というだけでも意味がある。
シートに押し付けられながらもきちんと手を動かすことが出来るのだ。
サイモンだったら恐らく何も出来ないままだっただろう。
そして、発電機とレーザーを取り付ける事が出来るようになった。
そう、ついに発電機から魔力を生み出す機関が現実となったのだ。飛んでいる時の大半は常に発電機を回しておき、レーザーを放つ時以外は常に魔力の供給を行うことが出来る。
これによってスーパークルーズでの飛行であれば一日中飛べる……までは行かなくとも、非常に長時間補給なしで飛ぶ事が可能となった。
戦闘行動時には発電機の電気エネルギーをレーザーへ回してチャージしていく。
フェイズドアレイレーザーと呼ばれるこの兵器はレーザーを撃ち出せる方向が範囲内で自由なので、予め開けておいた竜の意匠の口元、ノーズコーン下部に取り付けられる。
これでカバーを取り外して置けるようになった。
バルカン砲も早めに欲しいところだが、親方が何やらストーンバレットからヒントを得て試行錯誤し始めたらしいのでそれを待つことにした。
とりあえず、これまでの飛行訓練でテンペスト自身もある程度魔法を扱えることが判明したため、魔力を消費することで魔法を扱うことが可能となった。
ちなみに操縦しているコリーも魔法を扱うことが可能ではあるのだが、そんな余裕なんて全く無い。
コリーに操縦してもらっている間はテンペストもリソースを機体制御以外に割ける為、竜騎士がいると居ないのとでは全然違う。
「っづあぁぁぁぁ!!あー……きっつ……」
「おつかれさんコリー。大変みたいだねぇ」
「師匠か……いやもう大変なんてもんじゃねぇよ。ちょっとでも気を抜こうものならすぐに意識吹っ飛んじまいそうだし、降りると何もしたくないくらいにクタクタなんだ……」
「話には聞いていたけど……相当だね。体力自慢のコリーがここまでになるなんて。で、今日は何やったの?」
「あー……相手が居ないからな、とりあえず仮想の敵をテンペストが表示して、それを追いかけたりそいつから逃げたり……。テンペストの所にいる奴等化けもんだぜ……あっという間に後ろに回られて撃墜されちまう」
敵がいるとすれば飛竜だが、こっちはあまり飛竜の居ないエリアのため敵が居ない。
実際に戦っても仕方ないので、テンペストがモニタ上に敵機を写しだして模擬戦をさせているのだった。
これによってコリーはかなり腕を上げていっているが、同時に仮想ではあるもののテンペストの世界にいるパイロットへの畏敬の念も上がっている。
ちなみに仮想敵としたのはコンラッドだ。そのことを告げると、コリーは少し悲しそうな顔をしていた。
勝てないからではなく、本来だったらここに座るべき人だからだ。惜しい人を亡くしたというのがひしひしと感じられる。
年季も違うから当然ではあるが、凄まじいGの中で軽口を叩く余裕のある様な人だった。新しいマギア・ワイバーンに乗れたら相当に喜んだだろうというのが、戦っているコリーには分かった。
「……頑張って追いつけるようにしなきゃな……」
「ま、頑張ってよ。本番は近いんだからさ」
「ああ。ミレスの壁の内側、見てきてやるさ。映像はテンペストが後で再生できるって言ってたが、腕の良い画家でも用意してたほうがいいかもしれねぇぞ。あんな高い空からだってのにテンペストの眼は細かいとこまできっちり見えてたからな」
これから7日後、ミレスと未だ取り返せていないコーブルクの王都への偵察任務が入っている。
高高度からの撮影任務だ。
ミサイルなどの心配がないとはいえ、この機体を他の国に見せるつもりはない。
高高度を飛び、目のいい種族でも気づかないうちに撮影して戻ってくる。音もなるべく立てないように低速で行う。これはマギア・ワイバーンだからこそ出来る物だ。
この情報を元にしてコーブルク軍と連携を取り、王都奪還と……マギア・ワイバーンによるミレス共和国の兵器と壁の破壊による戦争の終結を目指す。
詳しい情報に関してはコーブルク他のワイバーンの存在を知らない国や人たちには伏せつつ、決死の斥候を行って手に入れた情報として適当にでっち上げるのだろう。
その辺のやり取りは上のお偉いさん達にぶん投げる。
自分たちは末端としての仕事を全うするのみだ。
ワイバーン改、マギア・ワイバーンとそれに搭乗する鉄の竜騎士の誕生です。
テンペストはテスト飛行時に人が乗ってたら即死するレベルの機動を行なってます。
マッハ3を超えてくるとなるとまともに曲がれないので完全に直線番長と化しますが、基本的にはその場所まで急行する時、敵から逃げる時などにしか使われません。
あ、コクピット内の酸素はテンペスト作の魔道具によって賄われてます。