第二話 テンペスト
新しい身体を手に入れたテンペストは、深い眠りの中で最適化の処理を行っていた。
センサーからの信号が途切れ、エンジンをスタートさせようとしても繋がらない。
全てが切り離されてテンペストだけが思考を続けている状態。しかし、時間が経つにつれて状況は変化していった。
『新しいパーツを確認、……接続。新規言語を確認、インストール中……エラー。新規デバイスを経由して言語を習得、多数の単語が欠落。第一言語に置き換え……』
ニューロコンピューターから繋がるケーブルの代わりに、脳から身体へ張り巡らされた神経へ。
脳に残っていた記憶をバックアップファイルとして認識して、言語を取得。
それはあたかも人間の成長をこの一瞬で終えようとしているかのような作業だった。
『警告、タンクから排水』
ただの尿だ。
溜まっていた物が我慢できずに排出されただけのことだが、その感覚がわからない。
しかし、記憶を元にして少しずつ自分が元々持っていたデータと照らし合わせながら、主導権を握っていく。
それを数日を掛けて確実に。
しかし、ある日唐突に元の身体、機体と繋がった。
これによって現在の状況を客観的に判断できるようになったうえ、演算を全て機体のほうで代用させる術を会得した。
そして、現在テンペストは本体から切り離され、パイロットと同じ様な……しかし小さい、バックアップからの言葉で言う子供、性別は女性へと移っていることを確認する。
そして、ついにサラの記憶とテンペストのデータが混ざり合い、一つの人格として形成されていく。
人工的に生み出されたプログラムが魂を持った瞬間である。
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精霊の抜けた器である未知の乗り物は、一先ず侯爵の屋敷の一角へと移された。
ここならば警備は最小限で済む上に、外から覗き見されることも無い。
そして現在、馬車などを入れていた大きな倉庫の壁が取り払われ、新しく頑丈で巨大な扉が取り付けられた。跳ね上げ式で数本の鎖を巻き上げて上に開く扉。
それは何のために付けられたのかといえば、当然テンペストの器であった機体を倉庫に収納するためだ。
その為、元々中に入れてあった馬車などが外に全て出されている。
テンペストが依代である今の器に入って七日が過ぎていた。
「まだ彼女は起きる気配はないのか」
「はい。しかし、脈も安定しておりますし、呼吸もしっかりしています。時折目が動いている様ですし、最近は小声で何かを呟くような声も聞かれるようになっております。何かを確認するかのように手足を僅かに動かすといった事もあるようですが、未だこちらからの呼びかけには反応しません」
「ふむ……エイダ様はなんと?」
「今、精霊がこの身体に馴染もうとしているところであると。食事も録に取っていませんので、力のつく物をすり潰してスープにして飲ませております」
ちなみにとてつもなく不味い。
意識がないのでなければ、このスープをまともに飲もうと思うものは居ないだろう。
その味を知っているハーヴィン侯爵……サイモンは顔を顰める。
医者が今のところ問題ない、と言っては居るがすでに七日も何の変化も無いに等しい。
あの乗り物も沈黙を守ったまま。たまにコンラッドという男が座っていたところで何かが明滅しているという報告があるものの、何をやってもあの透明な部分は開かず、彼を降ろしてしばらくしてから閉じたきり、そのままだ。
その時だ、彼女が寝ている部屋から悲鳴が上がったのは。そして、その部屋からは光が溢れていた。
「なんだ!何が起きている!?」
「て、テンペスト様が!」
「これは……」
そこには着ていた服も、かけていたタオルケットも全てが消滅し、強い光を放ちながら寝たままの状態で浮かんでいるテンペストが居た。
その姿は神々しく、まさしく精霊が宿ったというにふさわしい光景だった。
エイダも遅れて到着してその光景に息を呑む。
「……作り変えているの?」
ただ一人、テンペストが今何を行っているのかを理解したのはエイダだけだった。
テンペストは、自分の感じる身体と、現在の身体の感覚の乖離のせいで上手く制御できなかったらしく、新しい身体をベースに感覚に合わせて最適化していた。
本来AIにはそのような機能など備わっては居ない。今までは存在しなかったマナという存在。それを利用した力、魔法。
科学によって生み出された彼女はその科学によって否定されていた力を、自身の強い願いが現実とした。テンペスト自身、今自分が魔法を使っているということは理解していない。ただ、こうありたいと願っただけ。
《テンペスト、段々俺との会話に慣れてきたようだな》
《ネガティヴ、まだ理解出来ない入力があります》
《そこは色々教えてやっているだろう。こうして対話できるのは……まあ、一人で空にいるよりは面白い》
《現在、大尉以外の搭乗員は居りません》
《そうじゃなくてなぁ、日常的な会話でもしようじゃないか。そうだ、例えばテンピー。あ、テンピーはテンペストがちょっとばかし長いから縮めた愛称だ。お前がもし人間だったら……どんな姿をしているんだろうな》
《私は戦闘支援AIであり、人間ではありません。返答しかねます》
《もしも、だよ。仮にだ。多分さ、お前は……》
いつの日だったか日常会話として聞かされたコンラッドの言葉。
自分のイメージ。
それに身体を作り変えていく。
《やっぱ金髪だろ。それを腰まで伸ばした……そうだな、生まれて間もないから子供だな。音声は女性だから女の子だ。目は茶……いやちょっと人間離れして金色か?、お淑やかそうな……貴族の娘のようなそんな感じか?》
浮かび上がっている彼女の身体が、黒髪から金髪へと変化し、肩までしか無かった髪の毛は腰のあたりまで伸びる。
最初よりも僅かに膨らんだ胸、骨格はあまり変わらないが……目を開けると緑の目が金色に変わっている。
顔はほぼ変わりないが、雰囲気が完全に別人だ。
寝た状態で浮いていたのがゆっくりと立ち上がった形となり、ゆっくりと部屋の中を見回し、自分の手や足の感覚などを確かめるように握りしめたり振ってみたりしている。
「最終調整、完了」
子供らしい、可愛らしい声が紡がれ、彼女が床に降り立つ。
すでにまばゆいばかりの光は収まり、そこにいるのは10歳程度の裸の少女であった。
ちょっとよろけながらも、きちんと床を踏みしめ直立し……一歩を踏み出そうとして片足をあげ、バランスを崩して倒れこんだ。
先程までの光景に飲まれていたその場の者達は、サイモンやエイダ含めて誰も反応できず、ゴン、と音を立てて床に頭をぶつける少女を見守ることしか出来ずに居た。
「まだ調整が……痛い!?」
その声にやっと我に返ったサイモンとエイダが、頭を抑えて転げまわるテンペストを抱き上げて必死であやしたのだった。
テンペストはテンペストで、初めて感じる痛みという感覚に本能的に反応してしまい、そして幼い身体故にそれが抑えきれず、大声で泣きながらサイモンにひしっと抱きついていた。
「……エイダ様」
「わ、私にも何がなんだか!でも先ほどちらっと喋った言葉は確かに精霊テンペストのそれでした。そして今もその子の中にそれを感じます!」
「では、この子が精霊テンペスト、と言うことで良い……んだよな?」
「はい……多分。私も人間に精霊を降ろしたのは初めてですし……。そもそもこの精霊テンペストは他の精霊とは全く違っていてどういう行動をするのか読めません」
「まあ、落ち着いてから聞いてみようではないか。よしよし、痛かったか?その痛みを取り払ってやろう」
そう言うとサイモンは若干コブになっている頭に手をやり、ブツブツと何事かをつぶやくと、青白い光が手に集まり霧散した。
突然痛みが取れたのに気づいたテンペストは、少し驚いたようだったが、まだ泣き止むには早そうだ。
「とりあえず、この子に合いそうな服を。今度は服を消さないでくれよ、テンペスト」
「なんというか、先が思いやられます……」
「ゆっくりやろう。精霊の機嫌を損ねて街が消し飛ぶなんて言うのは流石に勘弁してもらいたい」
未だ泣きやまぬ幼い少女をあやしながら、サイモンとエイダは苦笑いをする。
どう見てもただの子供だが、その中身は精霊だ。
粗相があれば火竜を倒した力をもってここら一帯が火の海になってもおかしくはない。
「とは言え、火竜を5匹も倒してくれたおかげで、財政的には潤ったか。貴重な火竜の素材が大量だ。肉もあるし」
「流石に連日ドラゴンステーキというのも少々重いです。今日は少しあっさりしたものを頂けませんか?テンペストにも食べ物を。もう、食べることも出来るでしょう」
あの5匹の火竜が死んだ後、全ての火竜は回収され、食われた人達の残骸も一緒に弔ってやることが出来た。
火竜は1匹倒せば一財産になるほどの金を稼ぐことが出来る。
皮は頑丈、鱗はそれこそ剣でも槍でも通さないほど。肉は全ての部位が食用となり、その味は高級肉にふさわしい。
骨はその大きさを活かして芸術品に姿を変えたり、あるいは武器や防具へ、それよりも小さなものは細かくすり潰して傷薬へと変わる。
おかげで今回の戦いで死んだ兵への弔い金もそこから出すことが出来たし、この素材を求めて目敏い商人は高値で購入してくれたので市場も賑わっている。
ついでなので自分達用にも少しばかり肉を取り分けておいたわけだが、流石に女性のエイダには少々重かったようだ。
昼はパンとスープを中心にあっさり目のものを用意しよう。
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「テンペスト様、私の声が聞こえますか?」
「肯定。エイダ・ディロン。こちらの言葉は通じていますか?」
「ええ、完璧です。私のことはエイダと」
「了解しました、エイダ。現在の状況を教えて下さい」
少々おかしな喋り方ではあるものの、元からそうだったこともありすんなりと受け入れる。
見た目は少女のテンペストが妙に大人びたような言い方をするのが寧ろ面白く見えた。
「テンペスト様はあの鉄の乗り物から、今はその少女の体へと依代を変えました。姿が変わったのはちょっとびっくりしましたが……。その、身体の方はどうでしょうか?」
「現在は痛みもなくなり特に問題はありません。……が、歩行が出来ません」
「それは……足が動かないとか、でしょうか」
「いいえ、各部正常に動作しています。しかし、私の元の身体に相当する機体はこの身体とは全く異なる動作方法で動いています。よって、どのように動かせば歩行が可能なのか分かりません」
記憶を元にそれをトレースしようとしたものの、バランスの取り方を赤ん坊の頃から長い年月をかけて習得したサラと、その身体を突然寄越されてそのデータを頼りに動こうとしたテンペストとは当然、経験の差がある。
更に、元々生きるための自発的な物、例えば瞬きや呼吸などに関しては問題なく行われているが、自分で意識して何かをする動作……歩行を始め、立ち上がる、腕を動かすという日常的に必要な動作や、物を食べる、飲む、排泄するなどという動作が出来ないことが判明した。
感情の制御に関しても、グラスを握ろうとして力を入れすぎて割り、手をずたずたに切り裂いた時にも転んだ時と同じように大声で泣いていた。
本人はなぜか痛みを感じるとそのようになってしまうと困惑していたが。
「とにかく……食べることと飲むことはすぐにでも覚えましょう!じゃないと死んでしまいます!」
「感謝します。それと申し訳ありませんが、またタンクが水漏れを……」
「……それがおしっこです……そのままですと臭いがついて汚れてしまいます、着替えをしましょう」
「着替えとは?」
「服を取り替えることで……ええ、それも教えますとも!!」
半ば自棄である。
そして、このエイダによる報告はサイモンも頭を抱えることになった。
まさか会話して色々と聞く前に、こちらが教えなければならないことが出来てしまうとは思わなかった。
しかも出来なければ命にかかわる問題でもある。
急遽、エイダ以外にもテンペストを世話する者達を決めなければならなくなったのだ。根気よく教えることが出来、秘密を守れる者となれば自然と人は絞られていく。
「まずは水を飲めるようになりましょう。このようにコップに口をつけて、中の水を口の中へと入れて飲み込むのです。簡単ですよ」
「了解しました。……ごふっ!?げほっ!がはっ!」
「飲み込む時息を吸っちゃ駄目です!!あぁぁっ!!ゆっくり、ゆっくり息を吐いて、深呼吸を!!先ほど教えた様に!!」
……エイダ様が必死に教えているが……。
これはなかなか先が思いやられる。
とりあえずはエイダ様に任せ、後ほど教育係と交代していただくことにしよう。
しかし、基本動作は意外と早く身につけることが出来た。
流石はAI、一度聞いたことに関しては全て機体の方にバックアップを取り、すぐに参照することが出来るようにしている。基本的に忘れるということはないのだ。
更に、何度も反復練習を行うことで行動の最適化を行い、力加減やバランスの取り方なども上達していく。
「まるで赤ん坊の成長を早回しで見ているみたいです」
そう呟いたのは教育係に任命したエマだ。
言いたいことはよく分かる。少し前まで立ち上がるところから始めなければならなかった彼女が、数日後にはゆっくりとではあるが歩くことが出来るまでに成長し、更に数日後には走ることも出来るようになった。
言葉遣いも大分教えられた通りに操れるようになり、当然ながら食事も今では普通に取ることが出来る。
「そうだな。正直私も驚いている。よくやってくれたエマ」
「いえ、私だけではありません。エイダ様がつきっきりでテンペスト様にお教えになって居られましたから」
「ここに来て本来やること以外の事をエイダ様にやらせるだなど、本来ならば考えられないのだがね」
神子であるエイダは王にもその神託を授けることがある程の存在。
しかしながら、神子として崇められる存在であるとはいえ、それでは周りが気を使いすぎると言うことで普段は通常の貴族の娘程度の立場として接することが出来る。
神子としての立場はあくまでも神子として神託を授ける時のみ。王都の大聖堂の儀式の時だけだ。
なぜそうなったかといえば、神託を受ける時の神子は文字通り人が変わる。
突然性格が変わったかのように振る舞い、どことなくその顔立ちなども変わって見えるのだ。
神託が終わるとまた元の神子へと戻る。
この現象自体は自分を依代に精霊を降ろす行為とも見れるが、その際神子の魂は消えること無く存在し続けるのがテンペストの場合と違うところだ。
しかし、代々少女のみが精霊使いとなり、その中から神子が選ばれる。
最初は当然神聖な神にも等しい人物ということでそれなりに接していたものの、普段は完全に普通の少女である彼女らからすれば、聖堂は閉じ込められてずっと一つの仕事を続けるだけの牢獄に等しい。
何代目かの神子がその役目を終える時、神子を籠の中から解き放ったという。
それから長い年月が経ち、現在では大分自由が認められている。
とは言え今のように外に出歩く時には護衛が必ず付いて回るのだが。当然今も領地の精鋭達以外にも屋敷の中にはエイダ様を護衛するための聖騎士がいる。
最初テンペストの面倒を見るとエイダ様が話した時には、当然止められたものだが、テンペスト自身が精霊である事から考えれば神子である自分が世話をするのが当然であると言い切られて今に至る。
「料理はお口にあいますでしょうか?」
「ええ、とても美味しいです。料理というのはこれほどまでに様々な種類があるのですね」
「ここで食べているのもほんの一部でしか無いのです。テンペストの事だから今まで食べたものも全て覚えていそうですね……」
「私が食事を摂るようになってから23日目、全26種類の料理を確認しています」
「……随分と細かく……いや、いい。もう大体の事は一人で出来るようになりました。そろそろ貴方のことを聞かせてもらっても良いだろうか?」
エイダが冗談で聞いたことに律儀に応えるテンペスト。
テンペストも言葉でのやり取りには慣れ、敬称を付けずに呼びかけて欲しがったため今ではテンペストと呼び捨てにしている。
しかし、精霊であることを考えればエイダやサイモンよりも上の存在である。その為二人も呼び捨てでエイダ、サイモンとテンペストは呼んでいるという、少々めんどくさい事になっていた。
そして食事が終わるとテンペストの部屋にエイダとサイモンが入り、質問が始まった。
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「では……精霊テンペストの事を教えてちょうだい?」
「私は人の手によって作られた戦闘支援AI、そちらの言う精霊の定義とは異なります」
「でも、私の声に答えてくれました。あの時私は精霊と交信するためにいつもしていることをしただけです」
「それに関してはどのような原理で通信が繋がったのか、また私がどうやってコンピューターのメモリ上から人間の身体へと移ったのかなど、不明なことが多い為答えられません」
「すまない、コンピューター?やメモリとは何のことだろうか?」
いきなり知らない言葉が出てきた。
AI?コンピューター?メモリ?全て聞いたことのない言葉だった。
そして、聞き捨てならないのは人の手によって作られた、という点。
彼女はホムンクルスか何かと同じ?しかしあれは研究されてはいるものの誰も成功していないはずだ。
そして聞いてみたは良いが、コンピューターに関しても聞けば聞くほど知らない言葉だらけとなり、二人の理解の範疇を大幅に超えたのだった。
そうやって少しずつ情報を引き出していった結果、テンペストはここではない別な世界から迷い込んだ存在であることが分かった。
そのきっかけになったのはテンペストとコンラッドが参加した極秘任務に於いて巻き込まれたという、敵施設の爆発であろうという推測。
時間にして数秒程度、意識を失っていたらしいテンペストは、その時コンラッドがすでに死亡していることを確認した……その後はこちらでも知っている物だ。
そして、やはりあの金属の塊は戦闘機と呼ばれる乗り物である事が判明した。
しかし、それを飛ばすための燃料が恐らくこちらには無いということが分かり、アレを飛ばすことが出来るのは長くは無理であろうということ。
しかし積まれているものは危険な装備品が多いため下手に触らないほうがいい、とも警告される。
整備の方法などは分かるということなので、そちらの方も後々任せることになるだろう。
しかし、こちらの世界へと来てから知った、新しい存在であるマナ。あちらではそういったものは無かったそうだが、マナを行使して身体を変化させた際、これを上手く使えば動力になり得ると感じたらしい。
つまりは、あの戦闘機と呼ばれる乗り物を再び空に戻すことが出来るということ。
テンペストもそれを望んでおり、それを叶えるために職人を呼ぶことを決意した。
あれが飛ぶ原理などが分かれば、自分達も同じように空を飛ぶことができるようになるかもしれない。それも強力な武器とともに。そうなれば領地を、いや国を強くすることが出来るだろう。
火竜の脅威ももしかしたら減るかもしれない。
「ちなみにその戦闘機というものは、あれだけのことを指す言葉かな?」
「いいえ。広義では航空機、つまり空を飛ぶ乗り物でその中でも敵の航空機と空中戦闘を行うことを目的とした兵器を指します。私の前の身体であるあの機体の正式名称はニューロネットインダストリー製MAL-01、通称ワイバーン」
「ワイバーン!翼竜か!なるほど、部下があれを騎竜と表現し、コンラッドを竜騎士と表現していたが……的外れというわけでもなかったか。鉄に覆われた騎竜を駆る騎士、鉄の竜騎士。いい響きじゃないか」
「わ、何だかとてもかっこいいですね!」
「確かに金属で出来ている部分もあるが大半はカーボンファイバーで金属ではありません。それに鉄は重いために使われている部分は殆ど無く、アルミニウムやチタンなど、その場所に合わせた素材が用いられています」
「また知らない単語が出てきたな……」
しかし大分テンペストの事が分かってきた。
そして、テンペストが居た世界はこことは全く違うやり方で発展した世界であることが分かった。
その世界でもこちらのマナを利用した魔法のほうが利便性が高い場合もあるようだが。
もしかしたら……いや、もしかしなくてもテンペストの知識とこちらの技術を合わせれば、今よりももっと技術が発展する。
テンペストは戦闘支援AIではあるものの、ネットワークを通じて様々な情報を独自に仕入れて学習も行っていた。
自身の機体に使われている技術や、その動作原理などは勿論、コンラッドが飛行中にテンペストに対して語った物などは理解している。
まあ、それでも人間と言うものに興味を示したまでは良かったが、その細かい食事や排泄に関してなどは調べても居なかったし、その必要はなかった。
人間を見る時必要なのはテンペストに関してはバイタルと目の動き、そして声だけ。
そこに歩行や食事、排泄などは必要ない。
それにもし知っていたとしても反復練習による経験値を積まなければどの道習得できないものだったりもする。
こうしてエイダとサイモンは、テンペストという不思議な精霊と共に生活し、そしてゆくゆくは調査の旅へと出ることになる。
……しかしテンペストの歩行はまだ不完全で、家の中でも階段などは一段ずつゆっくりと降りなければならないし、外の起伏のある場所だと簡単に転んだりする。
先はまだ遠そうだ、とサイモンは遠い目をする。
異変とやらがいつ起きるかは分からないが、おおよそ数年のうちに発生すると言われている。
であれば、一応まだ猶予は残されているのだが、その前にまずは『世界の理から外れた者』であるテンペストを発見し、確かにこの世界とは違う、別な場所からの来訪者であること確認したと王へ報告しなければならない。
早いうちになんとか歩くことだけでも完璧になってもらわないと困る所だ。
そしてエイダもサイモンとは別な意味で溜息をつく。
未知の乗り物である戦闘機という空飛ぶ兵器。それに宿った精霊を調べるためにここへ来た。
しかし、今まで出会った精霊とは全く違う力を持った者がそこには宿っていた。
その力、そして自我を持つそれは精霊というよりもまだ話でしか聞いたことのない大精霊のたぐいではないかと思われた。が、本人の口からは「人に作られた存在」という恐ろしい言葉が紡がれたのだ。
精霊を人が作るとはどういうことだろうか。憎悪などが集まり淀んだ所に生まれる精霊アンブラスのようなものではなく、0から作り上げられたのだと。
これが下手に知れたら危険だ、とエイダは判断した。精霊の力は強大で、精霊使いしかその力を借りることが出来ないが……彼女なら?人間兵器にも成り得るかもしれない。どこまで公開してもいいものか……そして一緒に聞いていたのがサイモンで本当に良かったと心から思った。
おもらし少女テンペスト誕生。