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鉄の竜騎士 -元AI少女の冒険譚-  作者: 御堂廉
第一章 精霊テンペスト編
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第十九話 初めての「怒」

「テンペスト、おめでとう!これで君は試練を1つクリアしたよ。完全に魔力はテンペストの身体の隅々まで行き届いて、自分の意志でそれらを感じることが出来るようになった。これがスタートラインだ」


 ロジャーの元に来て3ヶ月が過ぎた。

 マナの実は未だに慣れないけど、毎日休みの時以外はひたすらコリーと訓練をし、ロジャーの講義を受けひたすら魔法を扱うための基礎訓練を行い続けてきた。

 それが今日終わったのだ。


「多分もうわかっていると思うけど、今までテンペストが使ってきた魔法も、作った魔法も、イメージ通り扱えるようになっているはずだよ。身体がマナに慣れてそれを受け入れているから回復も早くなっているし、マナの循環の魔法なんかも効果が上がっているでしょ?」

「はい、今ではこの鎧を付けて1日走り続けられるでしょう」

「ヒントは与えたとはいえ、この短期間でそこまで使いこなせるのは本当に凄いことなんだよ。でも、これで杖も解禁してあげる。コリーと一緒にハンターとしての動き方を教えてもらいなよ」


 その話を聞いて、コリーとテンペストがハンターとして狩りに出かけることを知らなかったニールが声を上げる。


「え?コリーとテンペストだけですか!?」

「うん?いや、だって特に言ってなかったよね?っていうか行きたいの?」

「私は構いませんが」

「まあ……最近はニールも大分体力は付いて来たしな。別に付いて来てもいいがマジでもう気絶すんなよ?」

「じゃあニールにも試験をしようか」


 コリーとテンペストはとりあえず2人でトレーニングでもしていて、と言ってニールを連れて行く。

 試験が何なのかは分からないが、とりあえず言われた通りにトレーニングを始める2人。


 テンペストは軽鎧を自分が使いやすいように改造するまでになっていた。金属を変形させる練習としてシートベルトを固定するときのような物の小型版を作成し、それを留め具とした。片側は長さを調節できるようにしてあり、簡単に外れないように魔法錠も併用している。


 自分の動きをサポートするために特化させた軽鎧はもう完全にテンペストの力となり、その素早さと正確さはコリーですら集中せざるを得ない所まで来ている。

 それでも力は自分の身体を傷つけないようにするために抑えてあるため、押し込まれると弱い。


 しかし一時的に身体強化を施して筋力も上げ、骨を強化していく。

 その細い体からは絶対に想像がつかない力を一瞬だけ行使することで魔力消費と負荷を軽減していた。

 更にフォースドチャージによって強制的にマナを身体へと流入させて回復していくことで、少ない魔力量を補っている。


「やっ!」

「まだまだ!」


 一時的に筋力を上乗せしたパンチを避け、カウンターで放たれる蹴りをコリーが放てば、テンペストはそれを最小限の動きで避けて掴み転ばそうとしてくる。


 テンペストは成長していた。こうして格闘戦まで出来る様になるまでとても頑張っていた。

 休みの日には大図書館へ行き、写本をしてお金を得て、朝と夕方はこうしてコリーと特訓。昼間はロジャーの指導で魔法の訓練。

 すでにハンターとして魔物と戦えるようにまでは成長している。

 魔法だっていろいろと覚えた。幾つかは自分のワードじゃなくて教えられたワードでの発動になるけど、とても便利なものも沢山ある。

 あの時は覚えられなかった物も今は扱えるようになっている。


『パワードアーマー、出力60%』


 テンペストの動きが早くなる。完全に開放状態で動かすと自分は対応できるものの、魔力の消費が半端なくなるために基本は40%から50%程に抑えているがそれを一段あげたのだ。

 目に見えて動きが早くなるテンペストにコリーも自己強化を使いはじめる。


『我が肉となりて力と成れ』


「流石はテンペスト!使い方が上手いぞ!」

「ありがとうございます」


『ジャミング』


 テンペストがコリーの腕をしゃがんで回避した瞬間、マナと魔力を散らす撹乱魔法が唐突に放たれる。

 突然力が抜けて振りぬいた腕に振り回されそうになるのを防ごうと踏みとどまるコリー。


『リブート』


 撹乱で解除された魔法を全て元通りに戻す。撹乱魔法を相手に使われた時のことを考えて、その対策用の魔法を更に編み出していたのだった。

 ここまでこの魔法を見せたことのないテンペストによってそのまま足が払われて、ついにコリーが背中を付く。


「ぐっ……まじかよ……何だそれ」

「撹乱魔法対策です。効果は直前まで使っていた魔法効果の復帰。詠唱途中のものなどは出来ませんが、自分に掛けられた効果を全て一括で復帰させるものです」

「天才すぎるだろ……」

「でも、もう次は出来そうにありませんね。今回はコリーが油断していたから出来ただけですから」

「まぁ……そういうのもやってくるって分かってりゃ、ある程度は注意はするが……初見で対応できなきゃダメだ。今回俺はお前に殺されたよ、テンペスト。本当に強くなったよなぁ」

「……しかし最初から本気でやられたら私は瞬殺です。あまり勝った気がしませんね」

「少しは喜べよ。あれが意外だったのは本当なんだからよ。まあ、浮かれてもう大丈夫だなんて思って先走る奴よりは慎重でいいか」


 ここで浮かれて自分はもう大丈夫だなんて思う奴も居る。

 そういう奴は実践になった時割と呆気無く死んでしまうものだ。

 常に自分に足りないものを見つめなおすことは大切なことなのだ。


 そしてそこにロジャーとニールが戻ってくる。

 ロジャーはともかくニールが遠い目をしたままなのが若干気になるところではあるが……。


「とりあえずニールも合格したよ。もう大丈夫だと思う」

「おお、何をしたか知らんがおめでとうニール」

「ええ、もう大丈夫です。ボクはもう臓物が垂れようが脳が飛び散ろうが平気です。でもちょっと吐きそう……デス……」


 どうやらグロ耐性を強制的に付けさせられていたらしい。

 最後まで動揺したり吐いたり気を失わずにいられるようになったそうだ。


「だから、ボクも一緒に連れて行って下さい。絶対に役に立ちますから!お願いします!」

「あ、ああ……良いけど……え、ボク?」

「それね、なんかもう頑張って取り繕っていたのが決壊しちゃったっぽくってね。元々の一人称が出ちゃったみたい。……ま、まあ……大丈夫、魔法も今までどおり使えるみたいだし!」


 精神的に相当な負担となったようだ。

 一応、確かめるために今までのことを色々とおさらいさせてみたけど、それ自体はキチンとこなせるらしく戦力的には問題ない。しかし性格が若干子供っぽくなってしまっているそうで、辛い現実を目の当たりにして頑張って大人っぽくしようと口調だけでもやっていたのに、それが今回ので完全に崩れ落ちたらしい。

 何をしたのか……。


「でもほら、単純に僕と出会った時のニールに戻っただけなんだよ!だから大丈夫だよ!」

「師匠とはいえ鬼かあんたは……」

「精神に異常をきたして、最悪廃人になる可能性もありました。流石に危険すぎでしょうロジャー」

「う……ごめん。ちょっとやり過ぎた。ただまあ、2人に付いて行くならこれくらいは平気で居てもらわないと無理だ。特にテンペストのストーンバレットなんかだと確実にそうなるしね。ま、テンペストがちょっと優しくしてあげれば治るよ」


 ニールがテンペストのことを本気で好きになっていることを知っているコリーはちょっと引いている。

 当の本人は好きという感情が今のところ分かっていないため、完全にスルーしているが。


「そうですか。ニール、辛かったでしょうけれどよく頑張ってくれました。一緒に行きましょう」

「ボクは頑張ったよ。テンペストと一緒に行くために。絶対に守るから!」

「ええ、もしものときはお願いします。ニールの魔法は強力ですので」

「絶対に役に立つよ!絶対に!」

「ニールお前……」


 テンペストは子供だぞ、という言葉を飲み込むコリー。

 どのみちそんなことは分かっていて恋している上に本気だからもうどうしようもなかった。

 何かあったら自分が間に入らないとダメなのかこれはと頭が痛くなる思いだったが、とりあえずは歓迎することにした。

 戦いの中でも使えるようになるならそれでいいとしよう、と。


 □□□□□□


「いつもいつも素晴らしく早く、それでいて丁寧な出来です。ペンの方も使って頂けているようで何よりでございます」

「このペンには助けられています。とても書きすく、インクも垂れにくい上に速記のエンチャントのおかげで時間短縮になっています。手首や肩も痛くならないので本当に手放せません」

「そこまで気に入っていただいているのならば、こちらとしてもお送りした甲斐があります。メンテナンスが必要なときにはお申し付け下さい。無料にて対応させていただきましょう」


 休日の度に世話になっている王立図書館の係員の人に、また出来上がった本を渡す。

 最近では簡単な絵であれば問題なく描けるようになっているため、文学本なども手掛けるようになってきた。

 更に綺麗な文字に惹かれて高額で売れるケースも出てきているらしいとのことで、もしかしたら依頼料も上乗せされるかもしれないと言われている。


 今回のはそこまで長いものではなかったので30万程度ではあったものの、それでも1ヶ月に60~100万近くの稼ぎがあるというのはかなりのものだろう。

 今のところは1日で終わるものに限定して受けているが、長編の写本はもっと高額になるのでそのうち手を出しておきたい所だ。


「あなたみたいな方にもっと正確な図鑑を書いていただければ助かるのですが……」

「実際に会った魔物や見つけた植物なら良いのですが、会ったこともない物を描くのは難しいです。出来れば正確に描きたいので」

「なるほど、それでは本日もお疲れ様でございます」


 いつものように係の人に見送られ、テンペストは暗くなりつつある街へと歩き出す。

 すでに一人でここへ来て仕事を受けてもいいと許可が降りてからは、この日は外で食事を摂ることにしていた。


 □□□□□□


 貴族街に近い少し高めの店が並ぶ通りの中の一軒に、テンペストのお気に入りのお店がある。

「煌」というシンプルな名前の店で、ハンバーグステーキセットがお気に入りだ。

 魔物の肉を使用しているためそれ自体に魔力があり、かけるソースも全てに魔力が入っている。

 食べる度にじんわりと口に広がる肉汁だけでなく、飲み込んだ後に体中に広がるその魔力の流れがとても心地いいのだ。


「お、来たね。今日は新鮮なのが入ってるからいつもよりも魔力多めだよ。そろそろ来るかなと思って取っておいたんだ」

「ありがとうマスター。ここのは肉が柔らかくて味付けも好みなのでいつも楽しみなのです!」

「そう言ってくれると嬉しいね!作りがいがある。で、またハンバーグで良いのかな?」

「はい!パンは……カリカリので」

「ああ、分かった。それじゃぁ少し待っていてくれよ」


 初老の白髪交じりのおじ様と言った感じのマスターが、肉をこねたパティを鉄板の上に落としていい匂いとともに、肉の焼ける音が店内に響く。

 どこかいいところはないかと王立図書館の係員の人から聞いてみたところ、ここをおすすめされて来てみたけどそれが大当たりだった。

 酒を飲んでくだを巻いている人は居ないし、店内はいつもいい匂いが漂っていて雰囲気もいい。

 そして何より子供という理由で何かを言われることがなかったのだ。

 たまに昼ごはんを食べようと出た時には、親は居ないのかとか要らないことを聞かれて辟易していたのだった。ロジャーが一緒の時でもそもそもロジャーが子供にしか見えない為結局同じだったりする。


 ここで聞かれたのは「お嬢ちゃんは魔法使いかな?」だけだった。

 そうだと答えを返せば、魔力が豊富に含まれたとても美味しいハンバーグステーキセットがおすすめだと言われ、勧められるがままにそれを食べてから完全にハマってしまい、それからはここを使い続けている。


 何よりもあの悪魔の実を食べなくて良いのが本当に嬉しいのに、更に美味しい料理を食べれるとあっては食欲に支配されたテンペストが堕ちるのも無理はなかった。

 二回目に入った時にはすでに顔を覚えられており、その時からは普通にこの様な簡単な会話を楽しめるほどになったし、それを煩わしいと思わせない接客テクニックも素晴らしい。


 他の客も似たような感じで、騒いだりせずに友人との会話を楽しんだりするくらいで落ち着いた人たちばかりだった。その為喧騒の中で食べることも無くゆったりと食事を楽しめる。


「おまたせしました。熱いので気をつけて下さい」

「いい匂いです……一気にお腹が空いてきます……!」

「そうかそうか、慌てなくてもハンバーグは逃げはしないぞ……ん?」


 さぁ食べよう!とナイフとフォークを手にした所で騒々しく扉が開け放たれ、3人組のハンターらしき人達が入ってくる。静かで楽しいこの食事の時間を邪魔されていらっとしたものの、空腹には勝てない。

 ナイフで肉を切り、その一切れを口に運んでその旨味を噛み締めた。

 そして次の一切れをと思った時、そこにハンバーグはなかった。


「えっ、なんで……」

「おう、何だお前のだったのか?スマンな!」


 何がなんだか分からなかった。おいしく食べようとしたハンバーグが消え、目の前で自分の座っているテーブルの上にどっかりと腰を下ろした不潔な奴が私のハンバーグを手づかみで食っている?

 なぜ?それは私のものなのに??


「何ですかあなた方は?それはその子の料理です。あなたに作ったものではない!」

「こまけーこたぁ良いんだよ、なんか酒ねぇの酒!」

「おじょーちゃーん、酌してくれよー」

「は?」

「酒ついでくれよっつってんの。ん?ほらこれ」


 何を言っているのか、この男は?酒臭い。人のものを食べる。最低の奴。

 ドン、とテーブルの上に酒瓶が置かれ、これまた勝手に持ってきたグラスを私に向かって突き出してくる。


「やめなさい。酔っ払っているようですがここはあなた方のような人達が来る場所ではありません。お帰り下さい」

「はぁ?俺たち客よ?良いからさっさと酒出せよ。あ、後つまみも追加で」

「あなた達に出す料理はありません。これ以上そのようなことをするなら……」


 マスターがそう言って警告を出すつもりだったのを途中でやめて、思わずテンペストの方を見る。

 テンペストから溢れ出すのは怒り。そして明確な殺意。


「あ?なに?やんの?良いよほら、来いよその鶏ガラみてぇな身体で何ができんの。良いからオメェは料理作ってろよ」

「……るな……」

「あ?」


 許せない。何でこんな酷いことをするのか。私の楽しみを奪うのか。しかも汚い手で私のハンバーグを食って!食いかけの物を戻して!

 許せない。許さない。


「ふざけるな……」

「え、何聞こえない。うっは可愛い顔だねぇ?怒ってんの?なに、怒ってんの?」

「私の楽しみを奪ったお前たちは許さない」


 台無しにした罪は重い。彼らには死こそが相応しい。


 しかし……そんなテンペストの前に止めるように手が伸ばされる。


「ダメだ、君はそんなことをしてはダメだ。私に任せておきなさい」

「だって……」

「大丈夫。……さて……酔っぱらいということでさっさとお帰り願おうかと思っていたのだけど、帰る気はないようだね?」

「だったら何だよ」

「先ほどからこの子に対しての失礼な行為は流石に目に余る。力量差もわからないのに喧嘩を売る程度ではハンターとしても長くは生きていけまい……」


 優しいおじ様だったマスターの気配が変わる。

 それはコリーが本気を出した時の気配に似ていた。

 強者の気配。戦闘の中に身を置いていた人だけが持ち合わせる研ぎ澄まされた気配。


「マスター?」

「すまないね、すぐに作りなおそう。それで許してくれないかな?流石に君のような子にやらせるほど私は耄碌していないし、殺しちゃあダメだよ。君が捕まってしまうからね」

「俺を殺すだ?そのガキが?っつかジジイお前も何なんだよ!さっきから俺たち……に……」


 どこからとも無く現れた槍が今文句を言っていた男の顎の下に置かれていた。


「このままでは死ぬのはあなた方だったというのを止めてさし上げたのです。感謝されることはあれど文句を言われる筋合いはありませんねぇ。しかしやり過ぎです。全員拘束して警備に突き出しますのでお覚悟を」


 そう言うと、目の前に居た男が突然足を上にしてひっくり返っていた。

 テンペストの目には見えていたが、突き付けていた槍を引き、石突の方で足を払った結果だった。

 強い。さっきまでの優しいおじ様ではなく、一人の戦士がそこに居る。


 外に逃げようとした一人を一瞬で距離を詰めたかと思うと、同じように床へと叩きつける。


「なっ……何だお前は!」


 そしてテンペストの前でハンバーグを食った張本人はまだ自分の目の前でテーブルに座っている。

 ……この人くらいは良いよね?と目線でマスターに訴えると、殺す気はないことを確認したマスターが苦笑して頷く。


『10mmサンドバレット……』


 一瞬で思い描いた場所に出現した砂の弾丸。それは非殺傷の魔法。

 しかし、当たれば砕け散って衝撃だけは残る。それを……。


『……フルオート』


 連射した。

 マスターの方を向いていたそいつが、声に気がついてこちらを見た瞬間に右頬にヒットする。

 続けて顔を重点的に撃ちまくり、皮鎧の隙間を狙って撃ちまくる。

 倒れる瞬間の間に大量の弾丸を食らい、当たった場所は殆どが骨が砕けていた。


「お、ぐぅぁ……」

「……流石に少々やり過ぎといったところですが……まああんなことをやったわけですからね仕方ありますまい。ああ、やっと警備が来ましたか。引き渡したらまた料理を作り直しましょう」

「ごめんなさい」

「いえいえ。良いのですよ。しかし下手に怪我をさせるだけならまだしも、殺してしまっては貴方のほうが罪に問われることになりますのでお気をつけて……流石にその歳でそれだけの強さを持っていると無駄に目をつけられることもあるでしょう」

「……うん、忠告どうもありがとう。でも、マスター強いのですね?」


 この店の名前「煌」はマスターである彼がハンターをしていた時の二つ名だそうだ。

 槍術に長けた彼は、その腕で数々の魔物を屠ってきた。その時にキラキラと煌くような軌跡を残して振られていく槍の様子からその名がついたという。


「なるほど、かっこいいです」

「お嬢ちゃんもなかなかの実力者のようじゃないか。たった二言であれだけの砂の球を……魔法使いだとは知っていたけどあれほどまでとは。侮っていたのは私の方だったようだよ」

「こういうことはたまにあるのですか?」


 聞いてみたらそういうわけでもないようだ。

 大方なりたてのハンターが獲物を倒して臨時収入が入ったことで、気が大きくなっていたのだろうということだった。

 煌槍のヴァルトル。そう呼ばれた凄腕のハンターが引退後ここでこうして食堂を営んでいるのを知らなかった者たちが今回このような暴挙に出たのだろうとも。


 そいつらを警備に突き出した後、店内を綺麗にしてテンペストのためにもう一度料理を作りなおす。


「分かりやすいように店名にしておいたのですが、流石に時間が立つと忘れられてしまうものです。客が君だけで良かった。さて、これはお詫びだ。ハンバーグは2倍にしてあげよう!」

「本当に!?」


 一瞬にしてさっきまでの怒りは消えて、今は目の前に置かれたハンバーグステーキセットに目が行っている。食べ物で一瞬で怒りを収める辺り結構チョロいかもしれない。


「何、さっきの3人組から料金も頂いておくつもりだからね、今日は代金も要らないよ。それにしても大したものだ。あれが手加減無しで撃ちだされた場合、店内はもっと酷いことになっていたかもしれないがね」

「……そういえば……。止めてくれてありがとう、マスター」

「あれの被害よりも君の魔法の被害のほうが大きいとなれば流石にねぇ……。美味しいかね?」

「ええ!とても」


 さっきはお預けをくって怒りのあまり余計にお腹が空いてしまったのだから、余計においしく感じられる。しかもタダで。

 ある意味あの3人のお陰かもしれない……いや、でも次に同じことをされたら手加減できる気がしないからやっぱりダメだ。


 でも……この料理はやっぱりとても美味しかった。

 いつもの優しいマスターに戻ったヴァルトルはニコニコとしながらテンペストが食べるのを見る。


「ねえマスター。いつもこんなに魔力の篭ったお肉はどうしているのですか?」

「あぁ、私が狩っているのだよ。引退したとはいえたまには体を動かさなくては気持ちが悪くてね。ちなみにそれはミノタウロスとオークメイジの肉を混ぜたものだよ。メイジの肉は特に魔力が多いから身体に染み渡るだろう」

「なるほど、美味しくて魔力もいっぱい入っているのはそのせいですか。私もいつか自分で狩りたいものです」


 そしておまけだ、と言ってパンに挟んだハンバーグを作って持たせてくれた。

 これもあの連中から巻き上げるつもりらしい。


「そういえばまだ名前を聞いていなかったね」

「私はテンペスト。テンペスト・ドレイク。それじゃあごちそうさま。今日もとても美味しかったです!」

「テンペスト……あの魔法はまさに暴風の如きもの。いい名前だ。ここらで困ったことがあったらいつでも力になるよ」


 ちょっとばかりトラブルはあったものの、美味しいものを沢山食べられたことはとても嬉しいこと。それに満足したテンペストは大事にハンバーガーの入った袋を抱え、部屋に戻ってからその味をまた噛みしめるのだった。

 機械の身体では楽しめなかったもので、テンペストが一番嬉しいことを挙げるとすれば、それは食事だろう。

食べ物の恨みは恐ろしいのです。

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