第百七十八話 テンペスト復活
大量にあった魔晶石がどんどん飲み込まれていく。
リリアンは事も無げにやっているけど、実際は融合させるという難易度の高い事をやっているらしく、ニールが魔晶石を当てても何も起こらなかった。
なのでヴァルトルやニーナと一緒に待っていることしか出来ない。
最後の箱が空になり、最後に運ばれてきたのは……巨大な水晶柱だった。
「え……それって!」
「ん?ああ気づいた?屋敷の広間に飾ってたんだけどもね。ボクが作った人工ダイヤの柱だよ」
「え……な……水晶じゃなかったの!?っていうか……作った……って……」
「作り方さえ知っていれば炭から作れるんだよ。作って遊んでるうちにやってみたやつだけど……これの中にもたっぷりと魔力が溜まってるんだ。さっき思い出したから外してもらったんだけど……多分、足りると思う。作ってからずっとあそこで魔力タンクにしてたからね」
「で、でも……さっきから貴重なものをそんなに……」
魔晶石でも普通はそれなりの魔力を持ったものは高額だ。
しかし、あの柱は恐らく値段をつけられないだろう。それを自分で作ったというのだから彼がどれだけの財産を保有しているのか全く想像が付かなかった。
というよりも、むしろ彼自身の価値が高すぎるといえるだろう。
無限にお金を生み出せるようなものだ。
……国王になったというのも、この辺が関係していそうだと思った。
というか間違いなくそうだろう。
そしてその巨大なダイヤモンド柱も魔晶石に吸い込まれていき……。
金色の光がその場に溢れた。
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「なっ……!?」
金色の光が魔晶石から溢れ出したと思ったら、その光はマギア・ワイバーン全体へと広がっていく。
浮き上がったかと思えば、光が徐々に伸びていって……なくなったはずのランディングギアが再生した。
それだけじゃなくて大きく切り取られた感じになっていた垂直尾翼、主翼、魔導エンジン、センサー部がどんどん回復していく。
「一体何が……こんな機能、マギア・ワイバーンには無いはずなのに!」
「テンペストの力だよ。魔力が回復して再起動したってところかな?今は周りからものすごい勢いで魔素を吸い上げてるし、もう大丈夫」
「……ホントだ……でもこのマナの流れ……いつもよりもずっと多い」
正常稼働している時のマギア・ワイバーンの状態ならニールもよく知っている。
いつも近くにあったのだから当然だ。
マギア・ワイバーンには魔力を回収しながら動力に使うという方式を使っていて、その為の術式が書かれているけど……ここまで激しいものではなかったはずなのだ。
そもそも、使用されている魔力がいつもよりも異常なまでに多い。
全体が少し変わって、金色の光が漏れているのが何か関係しているのだろうか。
「ボクが出会った時にはすでにこの状態だったからね。元は違ってたのか、まあ、本人に直接聞いてみればいいと思うよ」
『……ニール……ですか?』
「テンペスト!良かった!……本当に……良かった……!」
『ご心配をお掛けしました、ニール。……私の身体も持ってきてくれていたのですね』
感動のあまり涙がボロボロ流れて来るけど、テンペストが戻ってきても良いように身体を箱から取り出して地面に座らせて支える。
「……ん……やはり、少し身体が重いですね……」
「テンペスト……!信じてたっ……。絶対戻ってくるって信じてた……!」
「ええ。私も必ず会えると信じていました。……最も、アシュメダイの言っていた故郷というのがまさかここのことだとは思っていませんでしたが。連絡を入れる暇が無く、ニール達には心配をかけさせてしまいました……」
連絡がなかったこととかはもうこの際どうでもいい。
重要なのは、自分の腕の中に確かにテンペストが居て、話をしてくれているということだ。
ずっと待ち望んでいた事だっただけに、今でも少し信じられない気分だ。
「とりあえず……テンペストの事を屋敷へ運ぼう。ニール、屋敷に行けば体力も回復できるよ。失われた筋肉もある程度は回復できるはずだから、早めに連れて行ってあげるといい。今日は皆ボクの屋敷に泊まっていくと良いよ」
「ありがとうございますリリアン。あなたのお陰でアシュメダイを完全に仕留めることが出来ました」
「それはこっちのセリフだよ……。君が肉体を消滅させたお陰でボクは魂の存在となったあいつを吸収できた。もう、ボクという存在に変わったからあれが復活することはないよ」
僕の知らないテンペストと、リリアン達の戦い。
2つの世界を巻き込んだアシュメダイの最後。
さっきから聞いているだけでどういう状況なのか本当に気になって仕方がない。
落ち着いてきたら段々好奇心のほうが上になってきてしまった。
「……もう、二人共僕達の知らない所で……後できっちりと説明してもらうからね……?」
「大丈夫です。時間はありますから、私が隔離されてからのことは全て記録にとってあります」
「そうだね。後は残党狩りって位だからそんなに脅威は無いし、彼女がどんな事をしたのか……ボクの方からもじっくりと教えてあげるよ」
ただ、なんというか今日の所は色々と疲れてしまった。
身体の疲れは癒えても、精神的な疲れは取れない。
それにテンペストが無事だったことと、きちんと身体に戻ってくれたことが嬉しくて、ほっとした瞬間に身体から力が抜けていくようだった。
立てなくなったボクをヴァルトルが運び、テンペストはリリアンが運んでくれた。
テンペストとボクは物凄く豪華な部屋に連れて行かれ、そこに泊まると良いよと言われたんだけど……。
窓から外を見れば月明かりに照らされた一面の森に、一筋の滝が見えている。
部屋の中はとても広く、見える所にプールのようなお風呂がある。
湯気が出ているのに部屋の中は湿気を感じない。
とても明るく清潔な部屋に、2人どころか4人位眠れそうなベッドがある。
そのあまりの豪華さに2人で呆けていると、リリアンが来た。
というか今まで全然気にしていなかったし、本人も友達だったかみたいな感じで話をしていたから忘れていたけど……王様なんだよね。
「どう?気に入ってくれたかな?後の2人にもそれぞれ個室を与えてあるしから大丈夫。そして改めてようこそ、飛空艇リンドブルムへ」
「こんなにすごい部屋だとは思わず……あ、あの、さっきからずっととても無礼な話し方を……」
「え?ああ……悪いけどさっきまでと同じようにお願いするよ。ボクも正直堅苦しいの苦手っていうかそもそもそういう喋り方とか慣れてないからね……さて。折角2人が再会したってことで色々と溜まっていることも有ると思うけど……テンペストはよければ回復したらボクにした言語習得を他の皆にもお願いしたいんだ。フレイアとかルシオがボクばかり話してずるいとか言っててさ」
本当に王様なんだよね?
さっきから一人で動いてるし、めちゃくちゃ気さくだし……正直な所あまりそれっぽくない。
でも雰囲気はやっぱり上の人だなっていうのは感じる。
それに、相互に話ができるようになると言うのはこっちとしても嬉しい。
むしろ僕達のほうがこちらの言語を話せるようになったほうが良いと提案した。
そうすれば少ない人数に叩き込むだけで、他の全員と話が通じるようになるし……何よりも文字が分かるようになる。
なるほど。と言ってこちらに任せると言ってくれた。
この部屋の設備の使い方などはブラウニーのレナという子が教えてくれるらしい。
……尚、リリアン達が一度退出した後、ニール、ヴァルトル、ニーナは超短期英才教育の為しばらく立てなかった。
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大量の知識を頭に叩き込んだ反動がなんとか過ぎた後、テンペスト達は皆で外の景色がよく見える場所へと来た。
ちょっとした広間になっていて、大きな窓が取り付けられているのだ。
この屋敷はどうやら飛空艇の最後尾の所に位置しているらしい。
飛空艇という名が付いている通り、これは巨大な空を飛ぶ船であり、一つの街そのものだった。
ハイランドのカストラ領よりも人口が多いというのだからもう考えが追いつかない。
船の中にはきちんと各種ギルドや公的機関が備わっていて、区画を借りてそこに住むという住んでいる人全員が借家ぐらしという状態というのも面白かった。
その代わりに様々な手間などが無くなるから、毎月使用料を払ってでも住みたいという人は耐えないという。
そもそも起きれば空の上という最高の眺望を得られ、然程動くこと無く殆どのことが出来る上に……様々な街へと直結する転移用の扉まであるという。
「全ては主人であるリリアン様の功績です。少し変わった経歴をお持ちの方ですが……国民皆から愛されておりますよ」
「へぇ……。変わった経歴……って聞いてもいい?」
「ええ。そもそも誰でも知っている有名な話ですから。インキュバスという種族に関してはわかりますか?」
それはリリアンから直接聞いたから分かる。
そして……インキュバスに生まれたことはある意味で不幸でもあったけど、ある意味ではとても幸運だった。
生きて行くために必要な事をそのまま仕事にしたのだ。
自分の体液は媚薬などとして高く売れ、身体を売ることで資金を集めて娼館を建てた。
そこから娼婦や男娼の立場を向上させて、物流の方などにも手を伸ばし……僅か一年足らずで急成長させたそうだ。
それだけではなく、長らく絶滅したとされる妖精を発見し、彼らを助けたことで交流が復活し……多大な恵みを国にもたらすことになる。
その後も飛空艇の開発や魔導車の開発などで手広くやっていき、領地を貰うに至り……冒険者としても最強と言われる所まで上り詰め、大公として国を一つ任された後、そのまま独立して国王となった。
僅か3年程度で。
「……テンペストも凄いと思ってたけど……」
「初めて聞いた時には私も驚きました。でも、周りの人達から愛されており、常に彼のためにと動いてくれているのを見ています。魔物として生まれたハンデをうまく利用して、圧倒的な力を持ちながらもそれを正しいことに使おうとする姿勢、国自体も国民からの不満という物自体も相当少ないと聞いています。なかなか出来ることではありません。私などまだまだであると思い知ったところです」
「……とりあえず、このようなところでしょうか。飛空艇の案内はまた後日。もしよろしければオルズテア王国の方にも歓迎いたしますということでした」
「ああ……僕としても長期で旅をする予定だったし……本来ならテンペストと2人でこの世界を回ろうって言ってたんだ。このまま少しの間滞在させてもらっていいかな?テンペストが無事だったことに関しては報告しなければならないけど」
「……その報告のために一度戻られますか?」
「そうだね、少し顔を出しておいたほうが良いかも」
そう言うと少し目を閉じて何かに集中していたと思ったら、また目を開けてこちらを見る。
「ご主人様からです。それならば一緒に連れて行ってほしいと。一緒に行けばこちらに戻ってくるときも一瞬で済みますが……」
「国王自ら!?確かにそれは嬉しいけど……」
「大丈夫です、いつものことですから……。自分が動かないと気がすまないというよりも、好奇心のほうが強いということですけれど。そちらの世界の許可が得られれば、相互に行き来できるゲートを設置して、交流したいと望んでいるのだと思います」
「こちらとしてもそれはありがたい話だね。なら、そちらの準備が整い次第ということで構わないよ。僕達も少し落ち着きたいから……」
ずっと待ち望んできたテンペストと一緒にいられるのだから、ちょっと2人でいちゃいちゃしたい。
ここなら誰にも邪魔されないし。
また何かあったら呼んで欲しいということで退室していったレナを見送り、それぞれの部屋へと戻る。
2人きりになって、ベッドの上に寝転びながら抱き合ってるとテンペストが戻ってきたことを実感する。
「あぁ……本当にテンペストだ。ちゃんと動いてる……夢見たいだよ」
「私の身体の世話をしてくれていたのだそうですね。ありがとうございます。お陰で少し身体が怠いくらいであまり不具合はありません。この屋敷の回復のおかげか、普通に生活する程度であれば変わらずに居られると思います」
すでに長期間眠りっぱなしだったテンペストの身体は、鍛えた身体の筋肉も大分落ちてしまっている。
こればかりはどうしようもなかったわけだが……この部屋の回復効果は体力の回復もあることから、以前と同じとまで行かなくとも身体強化を使うことで近い動きができる程度にまで回復できたようだ。
食欲はあるということだったが、流石に柔らかめに作った粥で我慢してもらった。
流動食だったのでいきなり普通の食事に戻すと消化できないのだ。
それでも、こうして話ができるということは最悪のこととしてもう二度と出来ないことも覚悟していたところもあるので、相当に嬉しいことには違いない。
体力や筋肉はこれからいくらでも取り返せる。
「……あの時、アシュメダイを躱して爆弾を停止させる時……。ジャミングによってアシュメダイの足止めと爆弾の起動停止を試みたのです。コンラッドもその直前に送り返す予定でした。しかし、放つと同時にゲートが消え、機体を送ることも出来ず、私の意識は一度消失したのです」
「……うん」
その直前までの映像は残っているので分かる。
アシュメダイが強力な飛竜であるがために、その身体を保たせるために常に魔力を身体に巡らせている。
それを乱すと自分の体を維持できなくなり、最悪の場合死を迎えると思って爆弾の停止と攻撃を兼ねてその方法を選んだことは正解だったと思う。
ランサーは大して効果がないということだったから、レーザーが通用するかも怪しいだろう。
「次に意識が戻った時にはそれから5分ほど経った後でした。自己診断をして状況確認をしているとアシュメダイがいつの間にかそばに居たのです。この時はまだ記録を開始していませんでした。そして、空間が閉じて隔離されたことを確認して……正直な所もう元の世界に戻ることは絶望的だろうと感じました。逃げることは出来ず、アシュメダイと自分の持つ戦力の差は明らかです。武器の選択肢も少なく、攻撃をしようとすれば向こうが先にこちらを破壊することになっていたでしょう」
「でも、そうはならなかった」
「はい。きっかけは面白いことにアシュメダイから聞かされた言葉でした。幻想種、と言うものを知っていますか?」
「幻想種……いや知らないけど。っていうか幻想って言うなら存在しないんじゃないの?」
「幻想種とは概念の塊であると言っていました。人々が強く想った物が形を成し、マナと交わりそれが顕現する……。例えば、恐怖。恐怖自体は漠然としたものですが、その恐怖を怪物などに例えることがあるかと思います」
何かしらの事象の恐怖を怪物に置き換えるというのは分かる。
低地の人達がハイランドまで来る時に、突然具合を悪くして二日酔いのような状態になる事を、昔は山に登ろうとする余所者を酔わせて食おうとする怪物がいると言って恐れられていたことがあった。
それが人々の間では、見た目はどうだとか、鳴き声はどうだとかいう感じで具体的なイメージが共有されていた。
そういうものを言っているのだ。
そして、そのイメージと恐怖という物が強く結びつき……多くの人がそれは居ると信じてしまい、そのイメージとマナが反応して生まれてしまうのが幻想種なのだとか。
もちろん幻想種は希望の方でも生まれることがあるし、こうであって欲しいという願いでも生まれる。
精霊もその一種である……ということらしい。
「そして、気づいたのです。私は敵から味方を守るために作られました。パイロットと共に空を飛び、どんな困難にでも立ち向かい、必ず勝利をもたらすという願いを込めて」
「そう、言っていたね」
「初めてアディに会った時、私は精霊であると言われました。ずっと自分は人工知能であり、精霊というものではないと否定していましたが……世界を強制的に渡る時に私自身が変質していたという可能性を考えたのです。本来ならば私がこうして肉体を得て、人と同じように生活するのは不可能です。しかし……アディはやった。これは紛れもない事実ですから」
エイダが精霊として人の肉体にテンペストを降ろし、依代として定着させたことは事実だ。
精霊としても強い部類であるといったのもエイダだった。
神子であるエイダが、精霊とそうでないものを間違えるということはあり得ない。
「私はニールの世界で言うところの精霊であるならば……アシュメダイが勝てないと言った幻想種であるのならば。私は条件を満たしていると考えました。人工知能として敵に打ち勝ち、母国を守ることを願われ、異変を食い止めるためにここに呼ばれたものとして期待されました。つまり、敵であり異変そのものを滅ぼす存在こそが、私であると『認識』したのです」
自分が精霊であると認め、願いは世界を崩壊させようとする敵を滅ぼすことと定め、テンペストの精霊としての役割が決まった。
「その瞬間、私はまた変質したのです。大精霊テンペストとして……」
「……なんだか、凄いことになっていたんだね……。僕の結婚相手が大精霊だなんて、こんな凄いこと他にないよ?」
「そうですね。そこから先はまた記録を取ってあるので、その時に説明します。……そして今も私は精霊としてあなたの前に居ます」
「うん。……うん?」
「私は年を取ることが無くなりました。ずっと、ニールの気に入ってくれた姿のままですよ」
姿は保存されるというよりも、自分で好きに変えられる事になるらしい。
けれどテンペストはニールが好きだと言ってくれた姿から変わることを良しとしなかった。
肉体は人間のそれであり、人が取る行動などは一通り可能だが、外見の変化だけはいつまでもしない。
力に慣れれば筋力を戻すことも可能なのだ。
そして……何よりもそのままでニールと添い遂げることが出来る。
見た目の変化と、寿命の差という問題をクリアしてしまったのだ。
むしろ逆転したかもしれない。
基本的に精霊に寿命などというものは無いのだから。
「……最高だよ、テンペスト。僕にはもったいないくらい」
「私にはニールしか居ません。あなたの子を産み、成長を見守りながらずっと生きていくのが私の望みです。まだ細かい調整は出来ないのですが……時間は沢山あります。ただいま、ニール。帰ってこれて……あなたにまた会えて本当に良かった」
「こっちこそ。おかえりなさい、テンペスト。もう絶対離さないから」
その日、2人は今までにないほど満ち足りた時間を過ごした。
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翌日、昼過ぎまで寝ていた2人は昼食を取り、ゆっくりと2人で飛空艇の甲板を散歩した。
とても広いその甲板をぐるりと一周し、やはりここは空の上なのだと改めて理解した。
テンペストは着艦する時に見ているので分かっているが、ニールは最初から甲板の上にしか居ないから実感がわかなかったのだ。
「凄いね……島が沢山浮いてる」
「近くに魔物の気配がありますが……ここを通るということは実際特に問題ないのでしょう」
「多分この世界で一番強いっていう国王が居るしね……」
そういう光景を見ながら散歩していると、甲板上をみてまた余計に混乱しそうになる。
どう見ても普通に外の景色なのに、人工物の甲板だという。
それも全て木で作られていて、その木は燃えない上に鉄よりも丈夫であるとか。
全長は1kmにも及ぶその巨大な船体を全てそれで囲っているというのだから、本当に信じられないことだ。
最後に屋敷へと戻って来ようとしている時に、出かけるときとは反対側にあった建物に気づく。
とても立派な屋敷の別邸とも思えるような豪華な建物。
しかし……その入口に掲げられている言葉は……「幼精の館リンドブルム店」だった。
入り口に立っている子に何の店か聞いて、テンペストが隣りにいる時に聞かなければよかったと後悔した。
「娼館なのですね。随分と若いようですが……?」
「はい。ぼく達はここの職員です。もしかして……別な世界から来たという方ですか?」
「ええ。私はテンペスト。こちらはニールです。……ニール、ここは娼館だそうですよ?昨日も辛そうでしたし、ここで発散しては……」
「……」
やっぱりそうなったか、という気持ちと……無駄に昨日の状態をバラされて恥ずかしいという気持ちが入り交じる。
そりゃぁ、ものすごく久しぶりに動いているテンペストといちゃいちゃ出来たし?
一緒にお風呂に入って洗っこしたし?
色々そういう気にならなかったといったら嘘になるけど、何もここで言わなくても。
「……こちらではそうなのですか?それはいいことを聞きました」
「……ですから、とても安全に楽しむことが出来るのです。これもリリアン様が考案して下さったもので……」
「……それはまだです。経験がないもので、どのようにすれば良いのかは分かりません。ですので……」
「……ではそれを一つ。このままで良いのですね?……」
なんか、遠い目をしていたらいつの間にか店員とテンペストが真剣に話をしている。
そしてテンペストが何かを受け取っていた。
「あ、あー……何してるの?」
「ニールが反応しなくなったので、色々とお話を伺っていました。とても勉強になります」
「はい。ぼくも世界を救った英雄とこのようなお話が出来るとは思いませんでした。では、お話の方はこちらからリリアン様の方へと伝えておきますので」
「ええ、お願いします。楽しみにしていますので」
「え?え?何の話?」
深々と頭を下げる職員の子を後ろに歩き始める。
何の話かとテンペストに尋ねると、授業という言葉が返ってきた。
なんでもあの王様は教育にも力を入れていて、テンペストもその授業を少し受けてみたいといったらしい。
なるほど、確かにハイランドでも今はテンペストやサイラスが主導して教育施設を作ったので、ここでは似たような事をしている彼らの授業を受けてみる、と言うのは有意義なことだと思った。
そういえばこの国では娼婦や男娼の地位が上がっていると言っていた。
彼らもそういう教育を受けてきちんとした振る舞いが出来るようにと訓練されているらしい。
国の厳しい審査を受けて許可を貰わないと出店すらさせてもらえず、違法に経営している所はとても恐ろしい目にあうとか。
ハイランドにも居るそういう店を突き出したいくらいだ。
「そう言えば最後に受け取っていたのは?」
「シロップです。購入すると言ったのですが、リリアンの客であるからとお金を取らなかったのです」
「そっか。まあシロップならそこまで高くないだろうし……でも気前が良いね」
「彼らは高給取りのようですし、ある程度裁量を任されているのも有るのでしょう。とても魅力的なお店のように思えます」
「いや……娼館だよ?」
「ええ。女性客も多いそうですよ?」
男娼は確かに女性客も取るだろうけど……。というか、ハイランドでは色々揉め事の原因になるからと一応禁止されているんだけどもこっちでは関係ないのだろうか。
逆ならばまだ良いけど、それでもトラブルは起きる。
その前にテンペストは娼館を利用するつもり……?
見ず知らずの人にテンペストが……。いやいや、そんな事は絶対に避けなければというか、僕が嫌だ。
でも僕が我慢できないからと言って娼館に行くのも同じことで……。
まずい。文句が言えない。
「もしかして、その、テンペストは男娼を買おうと……?」
「いえ?違いますが。私の身体はニールの物です。……そう言えば、人としての区分から外れた私はやはり結婚に制限があるのでしょうか?」
良かった!違った!
でも疑問の方は正直わからない!
本当に、どういう扱いになるんだろう?
テンペストは今まで人族として扱われてきたけど、身体は人族そのものであってもその姿かたちを保っているのは精霊としての力となっている現在……同じものとして見て良いのか……?
「いや……なんかもう全然その辺はわからないね……。エイダ様に聞いてみたほうが良いのかな?王様……も困るよね多分」
精霊認定したのはエイダなので、人ではなく人の肉体を得た精霊であるとなれば……神殿に引っ張られそうな気もしなくもないが、そこは立場が遥かに上となるテンペストが拒めば問題ないと思う。
異世界の住人と交流する機会を持ち帰ったら……ちょっとした無理くらいは聞いてもらえるんじゃないだろうか。
今のテンペストは見た目は子供だけど、中身は別物ということも可能なのだから適齢期自体がないし。
ちょっと待って。
ということは……子供、もう今すぐにでも作れちゃうとか……?
「ニール?やはりお店に戻りますか?」
ちょっと前かがみになったら即バレた。
完全にもう行動を知られてしまっている……。
「いやっ……これはっ……その……ちょっと、考え事を……」
「私ならばもう大丈夫なのですが……。でも、もう少しだけ待ってくれますか?」
「え……何を?」
「子作りです」
「い、いやいやいやいや!違うから!」
昨日は嬉しさのあまりそういう気分というわけじゃなかったけど……今日は落ち着いてきた分そっちの方も考えてしまうようになっていたのが不味かった。
屋敷の中に戻ると、また別な使用人が僕達を待っていた。
ウエーブの掛かった黒……いやちょっと青っぽい髪で赤い目をしたとても強そうな男性だ。
……本当に使用人?
「お待ちしておりました。陛下から言付けを預かっております。皆様方の世界へと転移するに当たって少し準備に時間を頂きたい、と。それと……魔法について少し聞かせて欲しいと」
「魔法について、ですか?どういったことについてでしょうか」
「はい、私達で使っておりますものと、そちらで使われているもの。両者は似ているようで少しばかり違っているようだと……。私どもは転移を行い人を大量に運べますが、そちらは逆に物を……特に大きさにあまり関係なく使えるとか」
「ええ。戦いの前に少し話を致しました。……ということは、そちらは転移を、こちらは収納を教え合うと考えて良いのですか?それであれば移動がとても簡単になるので助かりますが」
テンペストが転移を覚えれば……一瞬でハイランドに帰ることが出来るだろう。
逆に彼らは飛行機の移動などが難しいため、転移先で使えずに不便を感じていたというのでそれが解消される。
「はい。まずはそこに関しての情報交換をしたいということでした。もちろん、それぞれの世界へと転移、そして転送を掛けて武力行使をしないというのは確認しておく必要がありますが。それ以外にも相互に役に立つ情報を交換するなど、話し合いを行いたいと。もし、連絡する術があるのであれば、それらを伝えておいてもらえれば、向こうに行ってから然程待たずに意見交換が出来るだろうと」
「合理的です。伝える事に関しては問題ありません。今日中に伝えておきます」
「よろしくお願いいたします。こちらからは10名前後を予定しています」
「わかりました。結果は返答が来次第お伝えいたします」
自室へと戻り、テンペストがベッドに横たわる。
「あ……伝えてくるってそういう……」
「ええ。これが一番手っ取り早いかと。私の無事とニールたちとの合流、そしてこの世界の方々との交流などを伝えてきます」
「うん、行ってらっしゃい」
その後、警備していた者達が突然消えたマギア・ワイバーンで大騒ぎしていたという。
テンペスト何をもらったんだ……