第百七十七話 傷だらけの再会
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「はあ……はあ……はあ……あー……やっと着いた……」
「大丈夫ですか?ですから私が背負うと……」
「い、いや……これは僕の仕事なんだ……!ふう……」
テンペストを背負って巨木の森の中をひたすら歩いた。
ヴァルトルが何度も変わると言ってくれたけど、意地で背負い続けたわけだけど……正直ちょっと後悔していたりする。
でも、こうして炭焼き小屋に到着した。
ニールもだが、普段ここまで足場の悪い所を歩くことなど無いニーナはもっと酷い。
少し前からヴァルトルが肩を貸していた。
「あ、足が痛いです……」
「靴を脱いで……って、豆が潰れてるね……これじゃ痛いはずだよ。まあでもこれくらいなら……」
目を閉じて集中し、思い浮かべるのは元の肌。
雑菌を排除して細胞を活性化させて傷を癒やす。
徐々に痛みが引いていき、傷が塞がっていくのをニーナが驚いた顔で見ていた。
「あ、あの……ニール様も癒やしが使えるのですか?」
「え?いやまあ……小さな切り傷とかその程度だけど。テンペストみたいに万能じゃないからこれが精一杯かな。どう?痛む?」
「歩けないほどではありません。でも皮が戻ったので先程までとは全然違います。ありがとうございましたニール様」
回復までは時間がかかり、テンペストやサイラスのように深い傷や骨折を修復するには至らない程度。
それでもこれくらいの事は出来るのだ。
筋肉を酷使した分の痛みは取れていないはずなので、足をつくのも辛いのは変わらないだろうけど。
裏の小川から持ってきた冷えた水で足を冷やし、身体を拭いていく。
「ここから街まではどれくらいですかな?」
「えっと、2時間程度もあれば着くよ。ここからはアラクネを使えるし、森を出ればシルフを使えるからもっと早く着くか……」
「アラクネ……ですか。私、苦手なのですが……」
「ニーナ殿は怖いですか。私は結構あれが気に入っております」
テンペストを荷台に括り付けて、隣にニーナを。そして荷台に急遽取り付けた2つの席の片方にヴァルトルが座る形だが……ハイランドで一度試した時、ニーナが速度を上げていった途端に椅子を掴んで全く動かなくなったのだ。
エキドナでは体感できなかった速度が、車高が低く周りが全部見渡せるようなバギータイプのアラクネでは存分に感じることが出来てしまったがために恐怖で固まっていただけだが。
対してヴァルトルは見晴らしがよく、風がきもちいいという事もあって初めての魔導車の割に楽しんでいた。
ここの道はしばらくの間かなり凸凹した所を進まなければならないので、ニーナには辛い道のりになりそうだ。
少し炭焼き小屋で休んでいると、辺りにまた魔物の気配がし始めたので移動することにした。
時間は分からないがまだ明るい。
今のうちに行けば宿位には泊まれるかもしれない。
□□□□□□
街の近くまでシルフで飛んで、またアラクネに乗り換えたニール達だが……以前来たときとは少々様子が変わっていた。
空から見た限りでは、森の奥のほうでは煙が上がり、街の近くでは戦いの跡が見て取れたのだ。
そして……街の規模からは少し過剰とも思える兵士らしき者達と……シルフよりも大きく、重武装の飛行機と、魔導車があった。
「さっき見えたあれって……」
「間違いなくこの世界……というか、この国の軍でしょうな。魔導車がハイランドのものと良く似ていました。それにあの飛行機とやら……シルフよりもかなり大きく、先端下部についているあの巨大な砲は……」
「前にここに来た時に、魔導車を見て誰も驚かなかった理由がよくわかったよ。同じようなものがあったからだったんだ。……とりあえず……僕たちはあの街に行くけど……捕まったりしないよね……?」
「分かりません。しかし、以前ここに来たことが有るというのであれば、向こうで覚えているものがいるかもしれません」
正直な所ちょっと怖い。
軍が動いてる時に、完全によそ者の僕達が近寄っていったら……。
まず間違いなく揉めると思う。
でも、この世界にはテンペストに繋がる可能性がある。
それに……戦いになるとなれば、僕達も戦うことが出来るのだ。
信用してもらうには一番いいと思う。
覚悟を決めて街へと向かうと……。
意外とあっさり入れてもらえた。
ただ、その後がちょっと予想外だった訳だが。
□□□□□□
「……僕達なんでここに……?」
「どうにも、ここは領主の館かと思われますが……少なくとも拘束されているわけでは無いようです」
「あの……、なんかこの屋敷はおかしいです……。さっき少し指を切ったのですが、治っています。足も痛くないですし……先程までとても疲れていたのに、ここに入ってから疲れが取れていくのを感じています……どういうことでしょう?」
「え?……言われてみれば。疲れが取れてる……」
「……私の古傷が……消えている?これは一体……」
街に入ってすぐに、案内されるがままに進み……アラクネから降りるように指示された時には正直な所捕まったと思ったのだが……。
馬車に載せ替えて連れて行かれた先は大きな屋敷だった。
言葉が通じないと見るや、すぐに報告が行き、上官らしき人が出てきてまたどこかへ連絡し……。などという一連の流れを見ていたらそりゃぁ牢屋にでも入れられるかと思ってしまう。
でもそうはならずに、屋敷へと迎え入れられ、この部屋に居るようにと指示されたのだ。
しばらく待っているうちにニーナが身体の異変に気がついたわけだが、なんと全員の傷や体力が完全に回復した。
ヴァルトルに至っては過去に付いた傷も跡形もなく消えているという。
もちろんニールは何もしていないし、そもそもここまでの力はない。
「……僕達の思っている以上に、ここは魔法が発達しているのかも……。こんな技術は博士も実現してないし」
「私達はどうなるんでしょう?」
「敵だと思われたりしているなら、こうして傷を癒やしたりなんてしてないと思うし……今のところ待遇は良いからね。最悪の事態は避けられたんじゃないかな?」
「……誰か、来ますぞ」
ヴァルトルに言われてドアに目を向けると、ちょうど人が入ってきたところだった。
一人の少年と……獣人だ。
どちらも身分が高いと思われる装備をしている。
簡易の鎧を付けているが決して安いものではないだろう。
そして……簡潔に自分を指して「ルシオ」と名乗った。
隣りにいる獣人は「コニー」と言うらしい。
……コリーと似てるけどこっちは小さくて可愛い感じの狐の獣人だ。
僕達がここの言葉を喋ることが出来ない事を知っている?
こちらもそれぞれの名前だけを簡潔に話した。
こちらの意図を汲み取ったらしいルシオという少年は、今度は幾つかの紙を僕達の前に出してきた。
「……これ……!テンペストの字だ!」
「こちらは自画像です。あー……こちらに書いている文字はちょっと読めませんな……」
出された紙は明らかにテンペストが書いた物だ。
前に来た時に何か話をしていたりしたのでその時に残したものかもしれない。
「テンペスト」
少年からその単語が出た。
そして……僕達をそれぞれ指差して首を振る。
辺りを見回すような動作でもう一度テンペストと言った。
「あ、もしかしてテンペストはどこかって言ってる……?」
テンペストはアラクネの中だ。
どう伝えたものかと少し考えたけど……こっちにも魔導車があることを思い出し、ハンドルを握る動作をしたり色々とジェスチャーでなんとか伝えることが出来た。
アラクネに戻ると、兵士が守っていたけど……特に調べられたりはしていないらしい。
テンペストが眠っている箱を出して見せた時はかなり驚いていたけど。
棺の中に入った遺体のようにも見えるから仕方がないかもしれない。
でも、テンペストに何か呼びかけたりなどしていたので生きているのが分かったのだろう。
呼びかけに全く反応しないテンペストを見て、色々とコニーとルシオが話し合っている様だった。
今度はコニーという獣人がこちらに歩いてきて、また紙を見せた。
そこに描かれていたのは……マギア・ワイバーンにしか見えない物だった。
大分足りなかったり増えたりしている所はあるけど、ベースは間違いなくマギア・ワイバーンだ。
「これっ……!」
「マギア・ワイバーン……ですよね?」
「いつも乗っていたあれですな?しかしなぜこのマギア・ワイバーンの絵がここに……?絵のタッチも嬢ちゃ……テンペスト様のものとは大分違うような……」
「わからないけど……前に来たときもワイバーンは見られていないはずなんだ。まさか……本当にここにテンペストが居る!?」
そんな僕達の反応を見て居たのだろう。
間違いなくテンペストの仲間だということが分かったみたいだ。
テンペストの入った箱を全身鎧の兵士が持ち上げ、ついてくるようにルシオが手振りで示す。
屋敷の裏側の方へと連れて行かれた後……。
突然軽いめまいと共に、景色が変わった。
□□□□□□
「今の……転移……?なの?」
「なんだかいきなり気持ち悪く……何があったのです……か……。ここは何処ですかぁ?!」
「ニール殿、あれを!」
「うそ……あれ、マギア・ワイバーン!?」
一瞬で景色が変わり、先程まで暗くなりかけた外に居た僕たちは、何処か別な場所に居ることに気がついた。
シルフと似たような……しかし大きさも武装も全く異なる飛行機があり、その横に見覚えのある黒い機体があった。
しかしその姿は……あちこちが壊れ、尾翼は片方が完全に無くなっている。
その傷跡はあのブレスによって消滅させられた所によく似ていた。
「テンペスト!!」
思わずマギア・ワイバーンに向かって走り出した。
特に静止の声も、実際止められることもなく機体のそばへと行けた。
近くで見ると細かいところも色々と傷ついており、激戦を思い起こさせるには十分すぎる。
機首側のランディングギアが破損しており、地面に機首をめり込ませた状態になっているため、少しよじ登れば外からコクピットを開くための操作盤に手が届く。
ロックの外れる音がして、降りてきたコクピットには……。
巨大な魔晶石が鎮座していた。
そこに乗っていたはずのコンラッドの身体はなく、代わりに魔導筋と思われる物が魔晶石を支え、太いコードのような魔神経があちこちに張り巡らされている。
それはまるでマギア・ワイバーンが一つの生物であるかのような光景だった。
「テンペスト?……ねえ、テンペスト?居るんでしょ!?」
呼びかけに反応はない。
ニールに不安が広がっていく。
ここまで来て、ようやく会えたと思ったのに……。
もう居なくなっているのでは?
そういう考えが何度も浮かび、その度に否定する。
その時。
「……えーっと。君がニール?」
聞き覚えのない声が後ろから聞こえた。
振り返ると、別の少年がこちらを見ている。
黒髪、赤い目……頭には角が生えていた。年は……先程のルシオと同じくらいだろうか。
しかし、その姿はただの貴族などではない事は明らかだった。
「え……言葉……」
「分かるよ。その戦闘機に居るテンペストが教えてくれた。……というよりも叩き込まれた感じだけどね……。ようこそ飛空艇リンドブルムへ」
「飛空艇……?リンドブルム……?え……どういう……」
「ああ、ボクはリリアン。リリアン・ラスト。オルズテア王国の国王だよ。……まだ少し混乱しているみたいだから、少し落ち着こうか。ボクの屋敷に案内しよう」
国王。
国の一番偉い人。
……国王?飛空艇?
なんでこの人は僕達の話を理解できるのか?
テンペストはどうなった?
様々なことが頭の中を駆け巡って全然考えがまとまらない。
促されるままにマギア・ワイバーンを後にして屋敷の中へと入る。
まず目に入ったのは……光る床だ。
白くぼんやりと幾つかのタイルが発光している。
それ以前に照明器具が無いにも関わらず、この広大な空間には心地よい光が満ちていた。
次に目に入ったのは……巨大な水晶柱だろう。
綺麗な無色透明のそれは継ぎ目がなく、巨大な物から削り出したものと思われる。
「……凄いです……」
ニーナがため息混じりでそうつぶやいた。
多分、皆がそう思っているけど。
さっきまでのテンペストの事が吹っ飛びかけたくらいには僕にとっても衝撃的だった。
ブラウニーだというこの広大な屋敷を殆ど一人で管理している小さな子が案内してくれた部屋へ行き……少しの間待っていると、先程のルシオ、リリアン、コニー……そしてもう一人が現れた。
「お待たせ。少しは落ち着いたかな?」
「え、あ、はい。先程はすみませんでした、色々と一気に起きて頭がついていかなくて……。僕はニール。こちらは護衛のヴァルトルに、使用人のニーナです」
「よろしく。改めて僕はリリアン・ラスト。そしてこっちは僕の嫁でフレイアだ。こう見えてオルズテアっていう国の国王をしているよ。彼はルシオ・マギアレオスとその妻のコニー。彼はセントラクス王国のヴィクトリアという領地で侯爵やってる。色々と聞きたいことは有ると思うけど、とりあえずボクから少し説明させて欲しい。いいかな?」
「はい。お願いします」
目の前に居る子が国王と侯爵で、しかもどっちも結婚しているというだけでも訳がわからないし、リリアンと名乗った方は頭から立派な角が二本生えている。
色々と突っ込みたいところだけども、なぜ彼らがテンペストの事を知っていて、マギア・ワイバーンがここにあるのか。そしてテンペストはどうなったのか。
聞きたいことはある。
それをぐっとこらえてリリアンの言葉を聞くことにした。
「もう分かっていると思うけど、ここは君達の世界とは別の世界。何処を通ってきたかはわからないけど……世界と世界を繋ぐゲートをくぐってきているはずだ。君達から見ればボクらは異世界人ということになるね」
実際その通りでそこまではこちらも知っている事だ。
特に問題はない。
「それで……そうだなぁ。なぜ君達が分かったか、そしてボクが君達の言葉を話せるかについてを先に話したほうが良いかな?」
それは、案の定テンペストの残した足跡によるものだった。
以前ここへ来た時にテンペストは冒険者ギルドで、そこの職員といろいろと話をしたり、絵を書いたり文字を書いたりしながら学習していたそうだ。
その時に自分のことを示す言葉を残していった。
「ここに書いてある文字なんだけど……多分君達も読めないと思う。ここの世界の人間にも無理だよ。ここに書かれてあるのはテンペストが居た元の世界の言葉。そして……ボクはテンペストと国は違うけど同郷だったんだ」
「……えっ?同郷……って……テンペストと同じ世界からここに来ているって事なの?」
「同じ世界という認識で合ってるよ。でも時代は大きく違ってるみたい。ボクからすればテンペストは大分未来で生まれているみたいだからね。そして、ボクはこの世界に転移してきたんじゃなくて、転生したと言っていいと思う。そもそも種族自体が全く違うからね。元々はただの人族だけど、今は魔物の身体……インキュバスなんだ」
転生。
その者として生まれ変わること……。
つまり、リリアンは前世で一度死に、そして記憶を保ったままこの世界に生まれ落ちた。
「インキュバス……」
「そ。インキュバス。サキュバスが男性から精を奪う魔物だとすれば、インキュバスはその反対。しかも精を得るためには男の人から貰わなきゃならないとか、本当にどうかしていると思うよ。お陰で生まれた直後にサキュバスにやられて一度死んだんだけど」
「え、……生まれ変わって……また死んだ……??」
「そうだよ。ほら、サキュバスって精液を吸う時にその獲物の生命も吸うんだよ。ボクたちインキュバスは女性に精を放って孕ませてその時に少しだけ精を貰う位。圧倒的にサキュバスが優位なんだ。生まれた直後からすでにこの見た目だったから種族的にそうなんだろうけど……お陰で繭を割られて動けない所を精を吸われた挙句に命まで奪われたってこと。……その後なんでかわからないけどいろいろな人の魂が混じり合ってボクは復活した。その魂の一つがテンペストと同郷だったし、ボクの人格を形成したメインの魂って感じなんだ」
なかなかハードな人生を送っているみたいだった。
というか、サキュバスが精を吸う時って……アレをするわけだけども……生まれた瞬間からそれを……?
なんてうらやまし……くないか。死んでるんだから。
でも、テンペストが居た世界と時代は違っても同じ世界から来ている彼は、この文字を見てすぐに同郷であることを知った。
お陰で僕達は今こうして話ができているのだから驚きだ。
「まあ、ボクのことは一旦置いといて。テンペストだね。彼女はそこに名前と自分が何者であるかを書き記してくれていたんだ。だからボクはまたいつ彼女が来ても良いように色々と用意していたんだよ。辞書とか、辞典とか、知識の元になりそうなものを色々ね。話しによればすごく頭が良くて僅かな時間で少しとはいえ話が出来たって言うからさ」
「そうだったんですか……。でもなんで僕達が特別だと分かったんですか?」
「……言葉だよ。ボクの元の世界の常識では、国が変われば言葉も変わるんだけど……この世界では単一の言語しか存在しないんだ。その中で全く別の言語を操る集団が来て、人を助けて帰っていった……。その話がルシオに届いて、異世界の話を聞いていたルシオがボクに話を持ってきたんだ」
何処に言っても同じ言語で話ができる。
とても素晴らしいことだけども、国が違えば……もしくは大陸が違えば言葉も違うというのがニール達の常識だった。
まさかそこで異世界人であるとバレているとは思わなかった。
「次に進むよ。今から一月ほど前に君達の世界ではアシュメダイと呼ばれていた黒い龍が僕達の世界に現れた。あれは元々この世界の古い住人で、その時の生き残りはこっちにもまだ居るんだ。彼らを僕らは神代の龍として神竜と呼んでいる」
時代は遡って数万年も昔。年老いた皇龍が亡くなった。
命の力を持つ輪転龍。その時は特に名前はなく、輪転龍とのみ呼ばれていたようだが……その命を生み出す力と、生み出された者達の力が強力であり、その為に本人自体には然程戦闘能力が無くともそれなりの地位に居た。
それが今のアシュメダイ、こちらの世界ではアスモデウスなどとして知られているらしい。
皇龍が死んだ後、およそ何処の国でもあるように彼らもまた……後を継ぐ者の選定で揉めた。
その跡継ぎ争いに輪転龍は参加する。
しかし……その普段の振る舞いと、性格ゆえに不適格とされスタートラインにすら立つことを許されず、そのことに対しての恨みと、我こそが頂点に立つにふさわしいという自惚れによって実力行使に出たという。
「輪転龍は命を生み出すだけでなく、命あるものを操るという力もあった。その為に条件はあるようだけど、その力によって知らず知らずのうちに輪転龍の味方が増えていったんだ。その結果……神竜対神竜という不毛な争いを引き起こし……この世界の大地は抉れ、神竜達もその数を減らしていった。まあ、当然だよね。地形を変えるような力を持った神竜たちが本気で大暴れしたんだから。元々然程数が多いわけでもなかった彼らは、ついに絶滅寸前まで追い込まれたんだ」
その時、龍の身体が入る程の大きな門、つまり世界と世界を繋ぐ物が発見された。
仲間の洗脳を解くには輪転龍の死亡もしくはその影響範囲外にするしか無いとされ、なんとか門の向こう側へと追いやり……繋がりを断ち切った。
一匹の神竜の犠牲によって、洗脳が溶け、平和がまた戻ってきたが……。
その時にはすでに地上は取り返しのつかない事になっていたそうだ。
そこから神竜達は長い眠りにつき、その間に他の種族たちが台頭していく。
「……すごく、壮大な話なんですね……」
「寿命長いからね……。で、その輪転龍……アシュメダイがこっちに来た後、しばらくしてテンペストがあの戦闘機でやってきた。流石に最初はテンペストだということは分からなかったけど、この飛空艇を見つけて彼女がコンタクトを取ってきたんだ。その時に初めてテンペストという名前を聞いて、そこで知識のやり取りをしてあっという間に言語を学習した彼女は……その言語知識をボクの頭に埋め込んだってわけ。お陰でどちらの世界の言葉も理解できるし、元の世界の英語も話せるようになったけども……あれ、もう二度と体験したくないよ……」
「わかります……」
激しい頭痛とめまい、そして吐き気。
定着するまでそれがずっと続くのだ。
物凄く辛い体験だったのかリリアンも遠い目をしている。
だけどその結果、意思疎通が可能となり、そこで初めてテンペストはこの黒い龍を追っているということが分かったという。
そこからはテンペストと協力して激しい戦闘の末にアシュメダイはこの世から消えた。
死体も残さず、文字通り消滅したのだという。
「流石にあれに食われた時は本当に終わったと思ったよ……」
「え……食われたって……」
「そのままの意味。ボクも戦ったんだけど一瞬の油断でね。もう二度と味わいたくないと思っていた死の体験をまた味わう羽目になったよ。まあ、その時ボクも自分に魂を食らうという能力が有ることにようやく気がついたんだけどね。ボクがこの世界に生まれて生き返ってこれた理由はそれだった。もう一度死んだ時、それをはっきり認識できたんだよ。それで……目の前に大きくて偉そうな魂が浮かんでたわけだよ。食べたよね。その時にあいつの記憶もボクの中になだれ込んできた。あいつは神様の真似事をしていたみたいだ。色んな世界で、実験していたんだ。自分のために戦争を引き起こして。あんなのがトップにならなくて本当に良かったよ」
「え、ええ……?」
なんだか今さらっとものすごいことを言っていた気がする。
魂を食らうって……?
「ああ、それのこと?さっきも言ったけどあまり聞かないでよ、よくわからないけど出来るって感じてるだけなんだから。実際それは出来るけど誰かの物を自分のものにするなんてことはこういうときでもなければする気はないし。死んだものの魂しか食えないっぽいけどね。……ああ、それでテンペストだけども」
「はい。テンペストはどうなったんですか?」
「戦いが終わった後に派手に墜落してね、ボクが復活した時にはあの状態だったみたいだよ。近づいていったら『スリープモードに移行します』って言ったっきりあのままなんだ。魔力不足かな?と思ったけどどうにもならなくてね。口とか無いし……。でも君がさっき開いてくれたおかげで魔石が見えた。あれなら多分なんとかなると思うよ」
「それって……!」
なんとかなる。テンペストが復活する?
それならば今すぐにでも……とはやる気持ちを押さえるので精一杯だ。
「ただね、さっきも近くに行って感じたけど……かなり大量の魔力が必要なんだよね。アシュメダイの魂を食べたボクは今万全の状態だけど、それでも足りない感じなんだ。そもそもあの攻撃力とか明らかにおかしかったし……本当に彼女は何者なの?」
「いや……僕もきちんとは。AI、人工的に造られた人格……っていうのはずっと言ってたけど」
「でも人の体にも入ってるんだよね?今は戦闘機の中だけど。それにしたって魔力量が半端なさすぎるよ。それこそ神竜を超えるとなると……本当に神様だったりするんじゃないのって思っちゃうくらい」
「……あ。そういえば、テンペストが僕達の世界に来た時に、テンペストは精霊だと言われてた。その辺を漂っているようなものではなくてもっと上位のものって。僕達の国では精霊は神と同一だからあながち間違ってないかも……?でも……僕の知ってるテンペストは普通の可愛い女の子だよ」
「へぇ。なんか面白いなぁ。じゃあ、ちょっと時間はかかると思うけど魔力を分けてあげよう」
「へ?」
魔力を分けてあげようなんて簡単に言っていたけど……一体どういうことなのか。
それはマギア・ワイバーンの元へと向かって分かった。
魔晶石だ。彼らは魔石と言っていたけど大した違いはない。魔物の核とも言える魔力の塊だ。
それが大量に箱の中に詰められたものが用意されていた。
「こんなにたくさん……。この白っぽいやつは初めて見るけどなんの魔石なの?」
「ああこれ……正確には魔石じゃないけどね。魔力の塊には違いないよ。ボクが作ってるやつで魔素が多い所でじっくり寝かせてやったからたっぷり魔力が蓄えられてるんだ。……人でも魔力を補給できるよ。これ、食べてみて」
手渡されたのは飴玉程度の大きさの結晶。
大抵の魔晶石は透き通った宝石のような色だけど、これは若干黄色みがかかった白濁で綺麗ではあるけど見慣れた魔晶石のそれとは大分違う。
食べてみて、と言われたので口に入れてみれば……ミルクに砂糖をたっぷりと入れた様なとても甘くて美味しいものだった。
「……美味しい……!僕達が悪魔の実を食べていたのが馬鹿らしくなっちゃう……。本当に魔力回復してるし」
「でしょ?で、これを……こうする」
マギア・ワイバーンのコクピットにある巨大な魔晶石。
そこにリリアンが魔石を押し込むようにすると、すっと溶け込んでいった。
僅かに魔晶石に光が戻る。
「こんな簡単に……それに美味しいし、これ、どうやって作っているの?あ、もしよければ僕達の技術と交換とか……!」
「ああ……いや、全然難しくはないんだけどね……。原材料にちょっと抵抗があると思う……。あ、でも安心してね、誰かを殺したりとかそういうのじゃないから。むしろ死んでたら取れないしどっちかというと気持ちいいんだけど、うーん……」
別に教えないというわけではないということだったので、こっそりと聞いて……。ちょっとだけ後悔したのは内緒だ。
確かにあの色と、気持ちいいと言うことはよく理解できる。
僕も出せるというか、男ならだいたい出せる物だった。
「……なるほど……生命の種……そこには生まれる前の命と魔力が宿る……ね……。……どうしよ、食べちゃった……」
まさかここに来てそんなものを食べてしまうとは思っておらず、ショックを隠しきれないニールだった。
ニール達が向こうの世界に行った時、すでに戦いは終了しています。
異世界へと向かう時辺りから時系列が前後したりしているのでお気をつけください。
今回はニール達視点となります。