第百七十四話 覚醒
1万字超えちゃった。
遅くなってすみません!
見知らぬ空、見知らぬ景色、自分が今何処にいるのかも分からない。
そんな場所をテンペストは飛んでいる。
幸いマナは豊富な場所で、魔法も飛行も特に問題がない。
むしろ……今までで一番調子がいい。
目指しているのは逃走したアシュメダイの進路だ。
……時間は少し遡る。
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テンペストが状況を確認した後、黒い飛竜が動き出した。
ジャミングによってかなりのダメージを負っていたらしく、暫くの間動くことができなかったようだ。
周りにマナが戻り、それによって活動を再開できたのだろう。
墜落した状態で状況をチェックしていたテンペストは、遠くで動き出したそれに気づいてからは活動をせずに観測に集中していた。
しかし……テンペストが生きていることに気がついているようで、ちらりと爆弾の隠されていた場所を見た後にそのままマギア・ワイバーンの横へと降り立ったのだ。
『気づいているのだろう?』
『ええ。飛竜が人語を解するとは驚きました』
『あの程度の者らと一緒にするな。我らは時代の頂点に君臨していたものなのだぞ。……まあ良い、貴様は何者だ?』
潰していたも何も、知ったのはついさっきでこちらはディノスと爆弾を追っていただけなのだが。
『名を聞くのならば自分から名乗るのが礼儀では?』
『……ふ……良いだろう。我が名はあの世界においてはアシュメダイと呼ばれていた。好きに呼ぶが良い。どうせ我に決まった名は無い』
『なるほど。私はテンペスト。……それで、あなたは何をしようとしていたのですか?』
『力だ。力を得ようとしていた』
復讐をするために使えそうな魔法や技術を集めているという。
一族を追われ、別な世界へと飛ばされて以降ずっと、こういった空間の繋がりを発見しては移動してそこで色々とやっていたようだ。
ある時は支配者となり、ある時は敵となり、またある時には創造主となり。
そこで色々な技術が生まれ、戦いを生み出してはその技術を高めさせた。
しかし魔法を使うものでもなかなかこれというものが見つからず……ここに来て初めて科学と言うものが紛れたようだ。
どうやらこちらの世界の方では地球とは異なる方向に進化して行ったようだ。
ここで初めてテンペストやサイラスの技術が入り込み、特に戦闘に関する技術は上がっていったのは確かだ。
その力をこのアシュメダイは欲していたという。
『ディノスを見つけた時には驚いた物だ。魔法を使いながらもその威力は大きく、対価となる魔力はとても低い。まさかエフェオデルの侵攻を食い止めたばかりか、逆に滅ぼす一歩手前まで来るとは思わなかったが』
『その侵攻はあなたが仕掛けたことでしょう?争いを起こし、その過程で生まれる力を欲して』
『ああ、その通りだ。適度に周りの国が成熟するのを待っていた……経験上、ある程度文化が発達した国は面白い発見をする』
技術は人々を豊かにする。
それは事実だ。
農業では実りを増やし、広大な土地を少人数でも管理することが可能となる。
家では様々な道具が活躍し、それはそれぞれの仕事でもそうだろう。
だが、大抵はその技術が生まれる元となるのは……争いだ。
相手を殺すために次々に新しい物が生まれてゆく。魔法は威力を増し、剣技はより硬いものを切ることができるようになる。
そして彼らが使う道具を作る職人たちも技術をもって、その武器や物をより強く良いものへと高めてゆく。
新しい素材や新しい知識をフル活用して相手を……それは獣、人そして魔物……更にはその集団、町や国を相手にするまでになり、戦い方はそれに合わせて変化してゆく。
より効率よく殺すための技術、より相手を深く知るための技術、より自分達がまとまりその力を発揮するための技術……それらが複雑に絡み合って一つの大きな力、軍事力となる。
『そして大抵はその時に何かを発見するのは一人の人間だ。それは人族であったり、獣人であったり、はては幻想種であったり……』
『幻想種……?』
聞いたことが無い言葉だった。
それはある種の概念の集まりのようなものであるという。
生きるものたちは、生きるために何かを殺し、喰らう。
しかし彼らが何処か本能的に恐れるものなどがあり、それがマナやその他の「何か」と反応して突然生まれる存在があるという。
それは彼らの恐怖や願望などが顕現したような存在で、例えば恐怖から生まれたものは見た瞬間から相対するものは動けなくなり、剣を振るう力も、呪文を紡ぐ事も出来ず、およそ考えられる最悪の状況をもたらす。
本来ならば存在し得ない者。しかし、突然生まれてしまった存在。
『……自分達に味方する幻想種は、神などと言って崇められる事になり、逆に危害を加えるものは厄災や邪神などと言って畏れられ……時には討ち滅ぼされることもある』
『討ち滅ぼす事が可能なのですか?』
『確かに、全ての恐怖や畏れと言うものを再現した存在ではあるが、顕現した以上は一つの命をもって現れる。その恐怖などに打ち勝てるものたちだけがその存在を屠ることが出来る』
流石のアシュメダイも一度しか見たことがない存在だったようだが、その力は強大で一瞬で国を消すことも出来るものであるという。
それに抗うことが出来たのは希望というあやふやなものだったようだ。
彼らならばきっとあの邪神を討滅してくれる……そういう願いを託された者達が命を賭してそれを滅ぼした。
当然、彼らの力を物に出来ればと思ったアシュメダイだったが、どちらもアシュメダイには使えない力を使った物だった。
『人の想像などという物を現実に顕現させる能力があって初めて使うことの出来る力、それはその世界でしか使うことの出来ない物だった。まあ、その話は良いだろう』
アシュメダイも一つの竜という存在だ。
当然その立ち位置としてはテンペストが居た世界にいる竜種よりも遥かに上であると思われるが、それであっても扱いきれない力が多かった。
詠唱に数日掛かるもの、膨大な魔力が必要なもの、自分の命が対価となるもの……強大な力は必ずと言っていいほどに何か代償を求める。
『幾つかの世界を見てきたが、元いた世界へと通じる扉を見つけ、その先で我が監視対象とした者の中の一人が使い始めた力と……貴様等が使い始めた力はよく似ていた。それは我が求める力ととても相性がいい』
威力は高く、それでいてコストが安いということだ。
あの惑星を破壊することが出来る爆弾ですら、数十分程度で必要な魔力を集めきることが可能なのだ。
物理学やその他様々な知識を用いて組み上げられたテンペスト達の武器。
それらも当然ながら純粋に魔力のみに頼るよりも遥かに効率的に相手を殲滅することが出来るものだったのだ。
ディノスが持っていたのはその一部。しかし一番持ってはいけない知識を持っていた。
その後現れたテンペストやサイラス達の攻撃はディノスのそれを更に上回る物だった。
もちろん、ディノスの作ったものははっきり言ってしまえば急造品だ。時間がない中でディノスはアシュメダイの魔物を使って次々と作り出したものだから、きちんと設計段階から練って作ったテンペスト達のものとは比べ物にならないのは当然だが。
ただそのテンペスト達の持つ力は、アシュメダイの知っている世界で使われ始めた力によく似ていたのだ。
たった一人の小さな魔族の少年が作り出した力に。
残念ながら途中で彼の監視は破棄され、もう向こうには自分の目となる者たちは残っていないわけだが……その力は恐らく自分に向かうことをアシュメダイは感じていた。
『力を知れば、その対策も取れるであろう?』
『確かにそれは道理です……が、教えるとでも?』
『貴様が守る者はもうここにはない。我とともにあの世界を平定し、支配しようではないか。奴らを滅ぼしさえすればもう邪魔をする者達は居なくなる』
『それであの爆弾を使うつもりですか?星ごと消え去るのに?』
『そのままでは使わぬ。故郷を消すつもりはないのでな』
当然ながら、黒い人型の魔物達……レギオンはアシュメダイと繋がっている。
レギオンが得た知識は全てアシュメダイへと流れ、その動作原理なども全て把握している。
物があれば新しく同じものを作ることは可能であるとアシュメダイは思っており……それは実際にその通りだろう。
当然ながらそのまま使えば星が滅びる。
ではどうするかといえば……簡単なことだ。範囲を指定してやればいい。
『あれを起動するのに使う魔力ならば我の集められるものでも可能だ。そして作り方も動かし方も知っている。影響が及ぶ範囲を指定して限定的な攻撃手段とすれば何も問題はない』
『……まさか、あの爆弾は……』
『我が滅びるつもりはないのでな。当然ながら我の制御下にあった。突然動き出した時には少々焦ったが……お陰で貴様がここに来てくれたではないか』
『あれを私達をおびき寄せるための餌にしていたと?』
ディノスの知識が不十分であり、その大本がサイラスという博士と呼ばれた存在がもたらしたと言うのは早い段階で分かっていた。
であれば……彼を呼ぶ必要があったというわけだ。
実際には目論見は外れ、サイラスではなくテンペストがここに来たわけだが。
『少なくとも貴様にも知識がある、と言うのは今まで観察してきた中で分かっているのだ。テンペスト』
『爆弾は直前で自分で止めることが出来たというわけですか。なるほど、まんまと騙されてしまいました。正直、想定外です』
『何、我も正直想定外であったぞ。まさか我へあれ程の打撃を与えられるとは思っていなかったからな……だが、流石にあれだけの力だもう一度と言うのは無理だろう。その力は驚異的だが……実に素晴らしい。あの兵器と貴様のその力を持ってすれば何も恐れるものなど無くなる』
『殺しきれなかったのが心の底から残念だと思います、アシュメダイ』
ふいに、テンペストは何か自分に干渉してくるような気配に気づいた。
診断を行ってみたが特に外部からの接触はなく、電波等の何かによる妨害という線も消えた。
現状、周りには特に何も動くものはない。
恐らくアシュメダイが何かをしようとしているのだろうと判断し、防壁を立ち上げて迎撃を行う。
これは恐らくエイダが初めてテンペストに接触した時と同じように、テンペスト自身へ直接干渉しようとしている。
あの時と違うのは、魔法という概念を理解し、行使することが出来るようになっているという点だ。
『……む……』
『どうかしたのですか?それで……その力で故郷の誰かに復讐をし、その世界を平定したいと言うのは分かりました。あなたの言う理想の世界と言うのは何なのですか?』
『戦いだ。生きるもの達がその命を懸けて互いに殺し合い、その結果栄えるものと滅びるものとに別れ……その栄えるものたちもまた別な者達に滅ぼされる。特に人間と魔物というのはその時が一番輝いている。その為の世界を作るのだ。飽くなき戦いの日々を過ごすことの出来る世界を。そしてそこで生み出される力を我が得る……いつかは他の世界にも……』
結局のところ、アシュメダイは争いを求め、力を求めているだけだ。
そしてその為の仲間としてテンペストを求めている。
テンペストへの干渉は強くなっている。
先程から言葉を紡ぐごとにどんどんその干渉は強まり、テンペストは防壁の段階を引き上げる。
頭の中に入ってこようとするノイズが小さくなり、僅かにアシュメダイの顔が引きつったのを感じる。
『もちろん我と共に来るのであれば、貴様にもそれ相応の椅子を用意するつもりだ。あの世界においてディノスを追い詰めていった貴様等の強さはよく知っている。……まさかまだ子供であったというのは少々衝撃的ではあったがな』
『確かに年齢は低いですが。私にとってそれは枷にはなりません』
『そのようだ。しかしその空を飛ぶ物が動かない今、生身で外に出ることは難しかろう?協力するのならばそれを直してやれるだろう』
『なるほど。良く観察しているようです。……どこまで知っているのですか?』
機体がどういうものであるかは、当然知っているのは分かっている。
しかし色々と勘違いをしているようだったのでその間違いを正すことはしない。
『考えるに、まずそれは乗り物だ。そして動かすのに2人必要であることは分かっている。……今は片方がすでに死んでいるのは分かっているぞ?』
『なるほど……そこまで知られているわけですか』
『乗り物であれば、整備が必要だ。壊れれば直し、補給をする……これはディノスが魔導車や魔鎧兵と呼んでいたものも同じだった。……見たところ、色々と壊れているようだ』
そう言ってアシュメダイが目をやったのは……ポッドだ。
なるほど、確かに機体の大きさから考えればかなりの大きさに見える部品だ。
他にも色々細かい部分が実際に壊れて居るわけだが……はっきり言って飛ぶことに支障がある状態ではない。
アシュメダイはそう言いながらもなかなかテンペストへ入り込むことが出来ずに焦っているようだ。
対してテンペストはまだまだ余裕がある。
そして、アシュメダイはこのようにして相手の思考を支配することで、自分の望む結果へと導いていったのではないかという仮説を立てる。
まあ、当たっているのはほぼ確実だろう。
人を支配し、考え方や行動を本人には意識させずにコントロールする。
そういう能力があるのだろう。
『確かに、破損した部分は修理が必要です。武器も大部分を失いました。それらを全て用意することが出来ると?』
『その通りだ。我の生み出す魔物達は、他の生き物たちを参考に創り出した者達だ。その中でもレギオンは人間を模してある。ディノスの武器や装備は全てそいつらが作り出したものだ。少々時間は掛かるかもしれんが、必ず貴様の望むものを作り上げるだろう』
『魔物を創り出す……と言っていますが、どういうことなのですか?あの黒い魔物達は全てあなたが?』
『我は命を創造することが出来る。それは普通の魔物と同じように繁殖することも可能だ。……少々手間がかかるが、条件を揃えればいくらでも作り出せる』
実際に創造するわけでもないわけだが。
アシュメダイの創造に必要なものは別な命だ。
大きな命が一つあれば、それに対応する小さな命を対価の分だけ創造できる。それがアシュメダイの能力の制限だった。
小さくコストの安いレギオンは使いやすい駒なのだ。
しかも、人間という特性を持っているために頭がよく、学習させれば相応に吸収しては自分の力とすることが出来る。
その対価としてアシュメダイはエフェオデルの人間と、この色褪せた世界に居た異界の魔物達を贄として黒い魔物達を量産していたわけだが……最後の出撃の際にこの付近にいる魔物を使い果たしてしまったため今すぐに創り出すのは難しい。
そしてもう一つの能力は相手を操る事ができると言うもの。
ただしこちらも制限があるが。
かつてアシュメダイは故郷でこの能力を使って次々に自分の味方を増やし、魔物を増やして自分の国を作ろうとした。
仲間たちがそれに気づいた時にはかなりの規模へと膨れ上がり、アシュメダイによって操られたものたちが一斉に蜂起して大規模な戦いが起きたのだった。
結果としてアシュメダイは敗れ、別な世界へと飛ばされた挙句にその入口を閉ざされてしまったわけだが……。
同種の者達にも効いた洗脳がテンペストに通用しない。
最終的に自分に同意させることで完了するわけだが、その前段階にすら達することが出来ずにいた。
相手が何を望んているのかを探り、その望みを叶える事で味方を増やしていた訳だが……テンペストの望みが分からない。
そして機体の損傷に目をつけてちらつかせているわけだが、それでもアシュメダイに靡こうとしない。
それは明確に耳を貸すつもりはないという意志を持っているということだけではなく、今までに出会った誰よりもテンペストという小さな子どもは洗脳に対する抵抗力があるということだ。
『そして、私を仲間にして……戦闘力として加えたいと』
『そうだ。我の生み出した魔物達を屠るあの動き……的確な攻撃、判断力……我は貴様に興味を持ったのだ。何故子供のはずの貴様がそれほどまでの力を手に入れたのか……。本来ならば存在を消されるだけの脅威に立ち向かい、それを撃破してみせた。ああ、それはまるで幻想種を打ち破った者達を見ているようだったぞ。お前は何者なのだ?力を手にするには余りにも若く、そして手にした力は大きい』
『先程の話に出てきたものですね。幻想種……こちらで言うところの大精霊などがそれに近いのでしょうか』
『ふむ……存在は感じられぬが、確かに人間たちは信じているようだったな』
『普段は姿を見せること無く、あの世界の者達を見守り、一部の者達に対して神託を授ける。一度願いを受け入れ顕現すればそれは自然の脅威そのものとなり敵対したものたちを飲み込んでゆく……一度見ていると思いますが?』
直接見た記憶がない。
が、テンペストが言っているのは自分が生み出したものを通じて見ているのではないか?という意味であることを理解し、思い出した。
海上で船を見つけ、それを沈めようとした時に突然現れた存在を。
『……あの場に、居たのか。幻想種が……』
『あなたの話を聞く限り、精霊や大精霊はその幻想種に当てはまる可能性は大いにあります。人々の願い、そして畏れ。恐らくは最初は自然の脅威だったのでしょう。それを前にした人間はあまりにも小さく、無力です。その思いが彼らを形作った』
『ふむ……神と呼ばれるものと似たような物か。信仰の対象となっているという意味でも確かに』
『その力は絶大で、敵とみなした者へは容赦がありません』
アシュメダイにぞくりとした悪寒が走る。
洗脳できない。
思考を弄れない。
この無意味な会話を続けているうちに支配したいのにそれが出来ない。
焦りがじわじわと身体を侵食してゆく。
なぜかは分からないが、早く洗脳しないと危険であると感じている。
『対価として必要なものは、正当な理由と魔力でした。ただし彼らは顕現するためには人が必要だったのです。神子という存在が。そうでなければ力を発揮することは出来ず、世界を観測しているだけの存在です』
『……人がそうであれと願ったから、か?』
『そういうことです』
『なかなかに面白い話だ。そのようにしてはぐらかさずともよかろう?我が知りたいのは貴様のことだ。共に世界を支配し、戦いの世界を導くために……』
『戦いですか。……先程の話も特に無関係というわけではないのですが』
『どういう……』
どういう事だと、口に出そうとしたその時。
拒絶された。
テンペストを支配するために意識へと伸ばしていたものが、完全に弾かれてしまった。
今までこのようなことなど一度も無く、必ず成功していたそれが失敗した。
『……私は多くの人たちの手によって支えられ、そして多くの人たちの希望を受けて生まれました』
地面に横たわる空飛ぶ乗り物から、自分をじっと見つめる目を感じる。
『罪なき人々を守り、敵を倒すことを。その為に最適な行動を取るように、パートナーを支えるために』
視線が、痛い。
身体が動かない。
これまで絶対強者として生きてきた自分が、恐怖を感じていた。
生み出してきた魔物を屠り、最大の武器である洗脳を弾く。
そんなことが出来るのは自分よりも遥かに強い存在のみだと、そう思ってきた。
『私は造られたのです。人の人格を与えられ、守るべき人達を守り、敵を討ち滅ぼすために。私は戦いのために生まれました』
『何を、言っている……?』
『私の最後の使命はとある兵器の破壊でしたが……それは叶いませんでした。そしてあの世界へと降り立ち、人の子として歩み始めたのです。……何かに似ていますね?』
人々に願われ、恐れられ、そして現世に顕現する存在。
先程から話に上がっていた存在。
……そしてアシュメダイが初めて「何をしても勝てないと思った存在」
いつの間にか、身体が震えていた。
認めてはいけないと、頭の中では思っていても……認めてしまった。
『あの世界に初めて降り立った時に、私がなんと呼ばれたか教えましょう。「精霊」だそうです』
『嘘だ……貴様……貴様が幻想種……だと?』
テンペストは自分に力が集まってくるのを感じた。
今までは否定してきたが、今は精霊という存在……幻想種という特殊な存在であることを知り、思ったのだ。
アディによってあなたは精霊だと言われていたが、ある意味で当然のことだった。
テンペストは人々の願いを背負って生まれ、アディによってこの世に顕現した。
それはつまり、人々の願いや畏れが魔物などとして顕現する幻想種と同じであるのだ。
規模は違っていたかもしれないが、生まれ方は似ている。
『あなたがそうお思うのならば、そうなのでしょう。そして……私の破壊対象は変わっていません。あなたの持つ爆弾です』
そして……眼の前に居る飛竜、アシュメダイはその実例を知っており……今のところ最強の存在であることは分かっているが幻想種の力を取り込むには足りないと自分で認めている。
『なっ……』
『私の守るべき者は私の帰る場所にいる人々。私の敵は……世界に混乱と戦火と破壊をもたらす存在。私の名はテンペスト。テンペスト・ドレイク。人に造られた大精霊』
認めた。
テンペストは元々その素質があったということだ。
しかし、自分でもそれを認めておらず、また周囲の者達も一人の人間として認識していた。
アシュメダイは……あの世界において間違いなく最強の存在だった。
まともに戦った場合負けるだろうと思っていた。
だが幻想種の話を聞いたところから、アシュメダイの思考への干渉を防いだところから段々に流れが変わってきた。
この場所には今テンペストとアシュメダイしか居ない。
2人だけの世界で、テンペストが自分を認め、そしてアシュメダイがテンペストを幻想種として認めたその時、テンペストは幻想種と成った。
『私は、大精霊・暴風姫テンペスト。……あなたの敵です』
『……っ!!』
黒い巨体が飛び上がる。
認めたのだ。
テンペストを自分よりも上位の存在であると。
勝てない相手に取ることが出来る行動は少ない。その内の一つが……逃走だ。
テンペストはアシュメダイの飛んでいく方向を見る。
今すぐに追っていきたいところだが……まずは細かい所を直してからだろう。
すでにアシュメダイはマークしており現在地は分かっている。
それにしても。
不思議な感覚だった。
幻想種の話を聞いてから、テンペストが自身を幻想種である大精霊であると認めた時から変化が訪れた。
それまでなかなか増えることのなかった魔力量は比較にならないほどに増え、全ての能力が向上したのを感じている。
また、マギア・ワイバーンへ張り巡らされた神経網と魔力筋が窮屈に感じていた。
……今まで自分の居場所であったニューロコンピュータでさえも。
『今なら、できる』
自分を作り変える。
初めて受肉し、今の姿になったときのように。
マギア・ワイバーンという鎧の下で、変化が生じていた。
コンラッドが入っていた身体に触手のような物が巻き付き、取り込んでゆく。
彼の魂はすでに消えたが……自分と共にあるのを感じる。
同じ目的を持ってずっと行動してきたパートナーは、これからはずっと自分とともに歩んでゆくのだ。
音もなくマギア・ワイバーンが浮上し、壊れたポッドへと触手が伸びていく。
『物質変換。外装補修、センサーを廃止。魔力器官へ変換……完了。魔力筋の最適化……完了。ニューロコンピュータの廃止、全ソフトウエア情報変換完了。神経網最適化……完了……』
ポッドがひしゃげていき、まるでストローで吸われていくかのように小さくなり、反対にマギア・ワイバーンの壊れていた箇所が修復されてゆく。
コクピットは無くなり、人が操作する作りではなくなった。その代わりにその場所には巨大な魔晶石が鎮座する。
眩く金色に輝くそれを中心に、次々とマギア・ワイバーンが作り変えられてゆく。
形そのものは大きくは変わらない。
しかしすでに中身は完全に別物だ。
センサーやレーダーと言った機器は消え、代わりにテンペストが直接それらを扱えるように器官化した。
飛竜がそうであったように、鱗の代わりに機体の一部が僅かに開き、そこから金色の光が漏れた。
それと同時に激しい魔力の奔流が周囲を襲う。
コクピット周りは特に変化の大きな場所だ。
カプセル状の独特な形をしたコクピットは半分に割れ、開いたそれはまるで飛竜が大きく口を開けているようで……事実、そこには外装と同じ物で出来た歯が覗いている。
装飾としてドワーフの職人たちが張り切って作った機首の模様。
飾りなのは変わらないが、この模様のお陰で余計に生き物のように見える。
『構造変換、完了』
新しい身体はテンペストの思い通りになった。
見た目こそ大きく変化はないものの、より生物的な感じが増している。
ランディングギアを下ろし、着陸すると今度は変化した機体の微調整へと移った。
感知範囲や資格情報、周辺状況とその情報、以前まで出来ていたことは当然として、今ではその能力はテンペスト自身の能力として取り込まれた。
弾道計算ソフトや機体制御関連のソフトなども全てテンペスト自身の能力となり、一々ニューロコンピュータに処理を任せることなども必要無くなった。
最後にその場にとどまったままでバーナーを吹かせば大地を抉る程だ。
照準のズレを調節するために放った弾丸は、機銃と同じレートで発射されるレールガンその物であり、出力が増したレーザーは分散したレーザーを一箇所にまとめるなどということをせずとも、大気を切り裂き、遠く離れた山肌を溶かした。
その熱量は真下の地面が一瞬で蒸発するほどだ。
『調整終了。ミッションアップデート、爆弾の破壊と個体名アシュメダイの殲滅。戦闘行動に移行します』
ふわりと浮き上がったマギア・ワイバーンは、ランディングギアを格納すると、各部から金色の光を輝かせ……一瞬で加速して金色の光の帯を残して消えたのだった。
ついにテンペストが覚醒しました。
やっぱりテンペストは精霊だったよエイダ。