第百七十話 宝剣解放
「水虎隊からの連絡は?」
「まだです。少し、流されているのかもしれません」
「そうか」
墜落地点へと向かった船から水虎隊が捜索に出て1時間ほど経った。
未だに墜落した魔鎧竜を見つけることが出来ず、サイモンもなんとも言えない不安感を抱いていた。
まさかまだ生きていて、海中を泳いで逃げているのか?
それとも深い場所へとはまり込むなどして見つけられなくなっているのか?
「エイダ様」
「……いえ。まだお告げはありません。異変の元凶が取り除かれていない……ということになります」
「奴を倒しても駄目……。ではやはり例の爆弾を破壊しなければ終わらないのか?」
「多分、ですけれども。詳しく教えてもらえれば分かるのだけど」
大精霊からのお告げがない限りは、まだまだ異変が終わっていないということだ。
ディノスを倒すこと、そして爆弾の破壊。その2つが揃わないと終わらないというのだろうか。
もう少しというところまで来ているはずなのに、じれったい。
しかし、待ちに待ったその連絡が入ったのはそんな時だった。
やはり流されていたようで、墜落地点から少し離れた場所で発見された魔鎧竜は水虎隊によって確保され、現在こちらに向かって曳航中となっている。
「ようやく安心できそうだな」
「ええ。しかしまずは本当に中に誰かが居るのかを確かめてから、ですな。まさかとは思いますが、遠くで操作をしているだけ……というのも考えられなくはありません」
艦長の言うとおり、テンペストと同じように本体を別な所で寝かせておき、意識だけを乗せて戦っている可能性も無くはない。
その場合本体は生き延びていることになる。
それからしばらくして、水虎隊が曳航してきた魔鎧竜が到着した。
バハムートの後部エレベータから水虎隊ごと後部甲板へと乗せ、検分のためにその巨体を仰向けに寝かせる。
「……近くで見るとかなり大きいな」
マギア・ワイバーンよりも少し大きな体躯。
逆立った鱗はまさに飛竜の本気になった姿であり、この状態の飛竜を倒すためには以前テンペストからも相当苦労したと聞いている。
その鎧のような鱗の上に、更に取り付けられているのが魔法金属製の鎧だ。
ミスリルのプレートが取り付けてある。
そんな鎧も、腹部から胸部に掛けての部分が砕け散り、その下にある鱗すらも削られて地肌を抉っていた。
筋肉組織がむき出しとなり、翼膜も大きく破れている。
肩や首、その他幾つかの部分が溶けているのは恐らくテンペストによる攻撃だろう。
全てを焼き切るレーザーという光であっても、この身体を切断するのは難しかったのだろうか。
しかしその動きを完全に止めたのは、コリーの雷撃だった。
鱗が残っていれば恐らくは耐えきれたのだろう。しかし……大きく抉られた脇腹の部分や、雷撃やレーザー等によって鱗が吹き飛んだり溶けたりしている部分の下は焦げ付いている。
無防備な部分から雷撃は魔力筋を焼き、魔力の流れを阻害したのだ。
「……この様子だと中身が居たとしても丸焦げか。エイダ様、あまり見ないほうがよろしいかと。部屋に戻っていて下さい」
「え、ええ。そうします……。では、失礼します」
中身を想像してしまったのか、青い顔をしていたエイダを部屋に戻し、胸部のハッチを探して四苦八苦している整備兵達を見る。
電流が流れたためか、鱗同士も一部融解してくっついており、それを壊そうにもなかなか壊れずに開けられないのだ。
これが通常の飛竜の状態であればここまで苦労はしなかった。
思わず腰に下げた宝剣を擦る。
全盛期の頃から更に魔力が上回るほどに蓄積された宝剣の力ならば両断することも可能だろう。
しかし……その為にここまで苦労して魔力を注いできたわけではない。
どのみちもう少しで分かることなのだと納得し、作業を見守った。
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コンラッドは暗い洞窟内を走ってゆく。
途中何度か黒ゴブリンに遭遇したものの、それ以外の敵がほぼ見えない。
しかもその行動がどうにも統制が取れていないようにみえる。
言うなれば何かが起きているのだが、どうすれば良いのか分からず右往左往しているかのように。
しばらくすると、聞き慣れた音が洞窟内に反響し始める。
ガトリング砲の射撃音だ。
そして……吹き飛びそうな衝撃と共に轟音が響き渡り、パラパラと洞窟内に石を降らせる。
「な……何と戦ってんだ!?あれはレールカノンか?なんでこんな閉鎖空間でそんなもんぶっ放してんだよ……!」
丁度その頃黒く硬いゴーレムとテンペスト達が戦っているところだったのだが、ゴーレムが解放される前に奥へと進んだコンラッドには分からなかった。
ただ、なにか強敵と戦っているのかもしれないという推測だけだ。
流石にこの音で奥からわらわらと黒い奴らが押し寄せてくる。
黒ゴブリンに混じって大きめの個体も出てきた……見た目は黒くて凶悪な顔をしたオーク?レッサーオーガ?という感じのやつらだ。
筋肉質なのでレッサーオーガの方がしっくり来る。
まだこんなに居るのか、と呆れてしまう程の大軍が様々な武器を手にどんどん入り口の方へと走っていく。
今度は地面が揺れだした。
みれば奥の方から更に大きなトロルの様なやつまで来た。
魔導騎兵よりも大きく、ひょろ長い体躯だが手に持っているのはでかい岩を削り出したような棍棒とも斧とも付かない武器だ。
それらがどんどん流れていくのを岩陰に隠れて息を潜めて眺めていたが、誰も来なくなったのを確認して更に奥へと進む。
と、唐突に景色が一変した。
洞窟の中を進んでいたはずだが、いきなり外へ出た。
外へ出たが……そこはまだ戦闘が続いているであろうエフェオデルの地ではない事は見た瞬間に理解する。
「……これがダンジョンケイブってやつかよ……信じらんねぇ」
分厚く黒い雲が覆い尽くす空、ややピンクというか赤紫がかった景色に灰色の砂と岩。
魔界とか地獄と言うものがしっくり来るその景色。
「異世界に来たと思ったらまた異世界に飛ばされた感じが半端ないな。って……何だあれ!?」
空を飛ぶ黒い飛竜……。
しかしその大きさは今まで見た中で一番大きかった。
その飛竜が降り立った先には、明らかに人工的な建物がある。
「あれは……ディノスの奴が作ったやつか?」
そのまま破壊してしまえと思っていたのだが、何故か巨大な黒い飛竜はその近くで座り込み何かをしている。
しばらくゴソゴソとしていたかと思うと、一声吠えた。
離れているはずなのに鼓膜を揺さぶるような激しい音だ。
どう考えても現状で勝てるような相手ではない。
そんな黒い飛竜の近くから先程入り口へ向かって行った黒い魔物達が現れてこちらへ向かってくる。
コンラッドがいるのはこの場所への入口付近。
あれは……黒オークの群れだ。
「まさか……黒い魔物は奴が作っているのか!?」
となれば。
ディノスに従う黒い魔物を生み出すあの黒い飛竜は……。
あれはディノスに従っているのか、それともただ力を貸しているだけなのか。
黒い魔物達がディノスのすぐ近くを通り抜けて洞窟内へと入っていく。
「……とりあえず戻るか。あいつらの方へ向かうのは嫌だが……あっちはもっとヤバそうだ」
情報を持ち帰る。
向こうには恐らくテンペスト達がいる。
それであればもう爆撃と艦砲射撃は終わって洞窟内部へと侵攻してきているのだ。
行けばこの情報を教えることが出来るだろう。
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「う…………なんだ……暗い……水?」
暗闇の中、目を覚ました。
意識がはっきりとしない。
「そうだ……奴は……!?」
意識を失う前のことを思い出してディノスはあたりを見回す。
しかし、先程までの飛竜の視界ではない。
手足の感覚がある。自分の肉声が聞こえる。そして体中がきしむように痛み、皮膚が焼けるように熱い。
力が、入らない。
「まさか……負けたのか……?」
認めたくないが、最後の記憶は眼前に広がる電撃と、体中を突き抜けるような何かの感覚……そして衝撃。
俺は……海に落ちたのか。
身体にかかる重さで自分が今、椅子に座った状態で仰向けになっているということが分かる。
倒れているらしい。
何度か魔鎧竜が揺さぶられるような感覚があり、今度は甲高い音と僅かな振動が響いてくる。
耳がまだおかしいのか、とても聞き取りづらい。
「……!…………!」
「なんだ?人の声……?」
「……しだ!そこの鱗を剥げ!」
バキン!と硬いものが砕ける音がする。その後、少し鈍い音に変わり……しばらくするとはっきりとした人の声と、金槌を打ち付ける音、僅かな穴から突き刺さるような光を感じた。
急速に頭がはっきりしてくる。
この人の声はなんなのだ?先程から打ち付けるようなこの音は何だ?どうして明かりが……?穴が開いた?
眩しさに手を上げて、自分の手が真赤に染まっていることに気づく。
皮膚の表面にはひび割れのような不思議な模様のようなものが入り、赤く塗れているのは血だ。
そこでまた自分の身体を認識してしまった。
分かった瞬間から声を上げることも出来ないような激痛が駆け巡り、息をすることすら苦しい。
「開け!早くしろ!」
朦朧とし始める意識を留め、声の主が何をしようとしているのかを察した。
こいつらはこの魔鎧竜から俺を引きずり出そうとしている。
敵だ。
今、俺は……敵に囲まれているのだ。
『グ……』
「ん?なんだ今の音」
「良いから手を動かせ!水虎!もっと引っ張ってくれ!」
『やっている!なんて硬いんだ!それに引っかかりが少なくて力が入れづら…………』
自分に背を向けている魔鎧兵モドキに向けて腕を突き出した。
とっさに取った行動だったが、その攻撃はどうやら相手の胸に大穴を開けることに成功したようだ。
腹の上に乗っかっている邪魔な奴らを払い落とし、立ち上がる。
『な……なんだ、この大きな船……か?このようなものまで作っていたのか?』
体の痛みが消え……いや、微妙に痛みを感じる。
これはあの時食らった攻撃の傷跡か。体中がまだしびれているかのような変な感覚だ。
しかし頭ははっきりしているし、周りもよく見える。
今自分がいる場所を認識したが、少々混乱している。
魔鎧竜が乗っても平然としているこの船はなんなのだ。
大きく、そして妙にシンプルなその甲板には何やら幾何学模様が描かれている。
足元に人が集まり始めた。
次から次へと魔法を放ち始め、まだ居たらしい魔鎧兵モドキが斬りかかってくる。
正直、今の魔鎧竜に取ってはこの魔法の嵐だけでも地味に効果がある。
ジリジリと体力を削られるような感覚があり、魔鎧兵モドキの剣を腕で受けると一気に疲労がたまった。
魔鎧竜に乗っていて、こんなことは初めてだった。
動きが鈍い。
『貴様等……許さん、俺を邪魔するやつは全員死ね!』
何度も攻撃を食らっているうちにだんだんイライラしてきた。
なんで俺がこんな事にならなければならないのか。
全てはあのコリーとテンペストという奴らのせいだ。奴らはどこだ?
周囲から今度はガトリング砲の至近弾が襲いかかる。
魔法などよりも激しく鱗を削り、痛みを感じる。
痛い。苦しい。
魔鎧兵モドキがまた剣を振り下ろした。
衝撃とともにまた鱗が剥がれた。
痛い。
一枚鱗が剥がされる度に激痛を感じる。
こんな所で死んでたまるか。奴らを捕らえなぶり殺しにしなければ気が済まない。
しかし……まずはこの船を破壊してやろう。
この敵供を一掃するのだ。
『死ね!』
怒りがディノスを包み込んでゆく。
自分の思い通りにならない憤り、自分をここまで追い詰めた奴らへの復讐心。
あの時見た美しい少女を陵辱することへの期待。
獣人を生きながら解体することへの興奮。
あぁ、いい。
楽しい。
だから、邪魔をする奴らはここで死ね。
甲板を炎で焼き払う。
生意気にもその炎のブレスは相手の風によって散らされ、それに紛れてまた別な魔鎧兵が襲ってくる。
邪魔だ。
長い腕を活かして首をつかみ取り、そのまま甲板に叩きつける。
そのまま胸を圧迫するように押してやれば、薄くなった魔鎧兵と中から流れ出る血が甲板を濡らす。
先程からやたらと威力のある礫をぶつけてくる武器を尻尾で薙ぎ払う。
ついでに甲板に居た奴らも海の中へと叩き込んでやった。
マナの存在を感じ始めると共に一気に魔鎧竜の身体に魔力が行き渡る。
魔力を帯びて鱗が硬度を増し、直撃する攻撃を通さなくなっていくのを実感する。
何故今まで忘れていたのか。無駄に痛い思いをしてしまった。
ふと前を見てみれば、山のような形をした場所に人が居るのに気づいた。
大量の人がそこにいる。
なるほど、見晴らしのいい所で操船するということか。
ならば、とブレスを吐こうとしたところ、多数の死体の中を歩いて来る者が居た。
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まさか、突然動き出すとは思っていなかった。
あと少しで開くと思っていた所で突然、水虎の中でも胸の部分を跨いでこじ開けようとしていた1機の胸に突然腕が生えたのだ。
あまりの出来事にとっさに対応できたものは居らず、胸の部分に取り付いていた人たちも振り払われて甲板に叩きつけられ破裂した。
そこでようやく魔法隊達や銃撃隊が並んで対応を始めた。話に聞いていたよりはやれる、そう思っていたのも魔力をまとわりつかせるまでの事だ。
突然攻撃が通らなくなった。
反対にこちらの被害は甚大だ。
魔導騎兵をすでにこの場所で4機失った。
取り付けたあったガトリング砲も尻尾によって薙ぎ払われ、逃げ遅れたものたちはその攻撃で甲板に赤い筋をつける。
サイモンは指示を出すが、ディノスは今度は艦橋を狙い始めたのだ。
これ以上船を破壊されては困る。
何よりブレスを吐かれでもしたらエイダ様も危険だ。
「ディノス!」
血の海の中を飛竜型へと近づいていく。
腕が震える。
若かりし頃の記憶が鮮明に蘇ってきた。それは父親と母親を失ったその時の記憶。
今サイモンの前には両親ではなく、仲間たちが無残な死体となって転がっていた。
叫んだことで気づいたのか、ディノスがこちらを向く。
『ほう……気でも狂ったか。生身で相手をするつもりか?』
「そうだな。ディノス……いや、モンク。お前で相違ないな?」
『全く、お前たちはこんな所まで追ってくるとは思っていなかった。何処まで人の邪魔をするつもりだ』
嘲るような声が響く。
甲板で立っていられるものたちはもう少ない。
サイモンのことをとどまらせようとするものたちも居たが、腰が抜けている。
ゆっくりと近づいていき、上を見上げればその巨体の上から飛竜の頭がこちらを見下ろしていた。
このままブレスでも喰らえばあっという間に死んでしまうだろう。
「どこまでも邪魔してやるさ。お前には分不相応な物を博士から持っていったのだからな。お前などが知識を持った所で碌な事にならないのはこの目で見てきてよく分かっているよ」
更に近づく。
やはり大きい。
以前倒した飛竜などよりもずっと。
そんなやつが人間のように直立しているのだから余計に大きく感じる。
「所でボロボロだな?気分はどうかね?小さな女の子相手に苦戦しているようではないか」
『貴様……』
プライドが刺激されたのか、声に不快感がにじみ出ているのが分かる。
子供にここまでやられたというのは、こういう輩に取っては相当承服しかねる出来事のはずだ。
それも、自分では最高のおもちゃを使って負けたのであれば尚更だ。
「我が娘ながら驚くよ。お前は子供に負けたんだ、無様だな?」
『俺を侮辱するか!あのガキは俺が自ら下し犯し尽くしてやる!獣人と共に貴様の前でな!そうか、貴様があのガキの親か、面白い……親子揃って俺の前に立ちはだかるか。だが……お前は無力な人間だ。なに、殺しはしない。ゆっくりと皮を剥ぎ、指を落とし、激痛の中で悶え苦しむ様を見ながらお前の娘を壊してやろう』
姿勢を低くしてサイモンの近くまで顔を落とす。
テンペストがサイモンの子であると認識し、サイモンを生け捕りにして拷問しようと考えているようだ。
であれば、こちらとしてもとてもやりやすい。
「……出来ると思っているのか?」
最後の挑発。
それにディノスは大きな手を振り下ろす事で応える。
小さな的に対して大きな手は自らの視界からサイモンを隠す事になる。
「また、力を貸してもらうぞ、水晶剣よ……!」
父が死んだその時から、ずっと鍛えてきた剣の腕はすでに成熟している。
炎竜を屠った時とは比べ物にならないほどの技量と、魔力量。
鞘から美しい剣身が現れ、その身に蓄えてきた大量の魔力を解放し始める。
純白の光がまだ日のある周りの景色をも飲み込み、全てを白く染め上げたのはごく一瞬。
サイモンは迫りくる手の向こうにディノスの居る胴体を見る。
全ての時が止まったかのような研ぎ澄まされた感覚の中、抜剣してまばゆい光と共にその力を解放した水晶剣を振り抜いた。
サイモンようやく活躍w