第十六話 小さな写本師
「……ふむ……これは……素晴らしい才能をお持ちのようですね。何か型を作って書いたりしているのですか?」
「それが才能だよ。この子は凄いと言ったじゃないか。今日は試しに一冊写本をさせてみたいんだけど、何かあるかな?」
この日、テンペストとロジャーはまた大図書館へと来ていた。
今度は写本の依頼を受けたいという事だったのでなにかいい依頼がないかと来てみたのだ。
以前に渡されていた練習用のものに関しては、すでに綺麗に写本されむしろオリジナルよりも読みやすくなっていた。
まるで機械で書いたかのように乱れも無く整然と並ぶ文字を見て、流石の係員も驚いている。
「要望が高いのはあるにはありますが……流石にこの子に書かせるわけにも行かないですし、こちらの技術書が写本依頼が多いですね。頁数も多いですがどうしますか?」
「受けます。この本だと大体どれくらいで買い取っていただけるのでしょうか?」
「そうですね、まあひどくなければ安くても20万ラピスからといった所でしょう」
高額ではあるがもっと高いものもある。
高名な人が書いた物になると桁が2つ違ってくるなんて言うのもザラだ。後は高額になるのは図鑑系統で、手書きで絵を書ける人が頑張っても相当な時間がかかる上に、緻密な絵をかけない人は依頼すら受けられないのだ。
その意外な高さに少々びっくりするテンペストだった。
「それだけ貴重なんだよ、本は。今からテンペストが書く物は魔導書だね。頁数はこれでも少ないほうだろう」
「初めてですから、少なめのものからと思いまして。ではこちらが鍵です。終わるまでは部屋は自由に使って下さい。ただし、他の人も使うわけですから汚したり等はしないように」
たまに居るらしい。ずっと寝泊まりして自分の部屋にしてしまうような人も。
当然発覚した時点で叩きだされてしまうわけだが。
写本だが、基本的に1月に1~3冊程度出来ればいい方だろう、実際今テンペストが受けたものだけでも1月は食べていけるのだ。
書けば書くほど金になる、それが写本師だ。ただし、頁数は多いため相当大変であり……基本的に間違いは許されない。一箇所ミスったらその頁は最初からやり直しとなるのだ。
部屋は狭く、最低限の物が置いてあるだけ。
紙とインクは専用のものが用意されており、それが無くなったら係を呼ぶことで補充が出来る。
辞書が置いてあり、分からない単語などがあればそれを使って調べることが出来る。
たまに読み取れない物があったり、字が汚くて読めないものがあったりした場合には図書館の専門の人が来て一緒に解読もしてもらえる。
酷い時にはオリジナルは裏に回されて写本がメインになる時もあるという。本を書くなら字が汚いと駄目なのだ。
ちなみに本は基本的に両面に書かれていることは少ない。紙は片面だけ使うのが基本だ。羊皮紙などのような厚いものに関してはその限りではないが。現在主流の魔物の素材であるこの紙は、薄く丈夫ではあるものの裏から透けて見えてしまうことが多いためだ。
「では僕は一旦ハーヴィン侯爵に報告しておくよ。そろそろこっちに来て1月になるしね、どこまで成長しているかを教えてあげたい。後でなにか食べるのも買ってきてあげよう」
「ありがとうございます。出来れば手軽に食べられるものをお願いしたいです」
そうしてテンペストは机に座り、ペンを握る。
様々なペン先が付けられた物がずらりと並び、ここだけで大半の事が出来るようになっているのだ。
紙を一枚取り、書き心地などを試していく。
「よく手入れされていますね……気持よく書けます」
なめらかに引っかかりもなくすらすらと文字を書ける。
専用のインクというだけあって、インクの方もとても書き心地がよく紙に全く滲まず、そして乾くのが早い。書き終わって数秒後程度には触っても手につかないほどになっているのだ。
これなら手で汚すことも少ないだろう。
そして先ずは本を読み進めていくのだった。
それは写真のごとく、全てを記憶していく為の作業。それでもいつもよりはゆっくり、慎重に見ていくのだ。文字の書き間違いは出来るだけ直すことが推奨されている。
1頁を見るごとにそれを確認して修正し、行間を調整しながら整理していく。
常人には到底出来ない作業を、テンペストは1人黙々と続けていくのだ。
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「お久しぶりです、ロジャー様」
「それほど久し振りというわけではないけどね、ハーヴィン侯。エイダ様はどちらに?」
「大聖堂へ。まぁ、こちらとしては特にこれといった報告は無いのですがね。ただ、宵闇の森を中心に魔物が活性化しているようです。最近でははぐれが領地の近くに出現するようになりました。今のところこちらの兵力だけでも押さえられておりますが、そろそろ王都からの援助がほしいところですね」
「魔物相手というのであれば魔術師ギルドの方へも声をかけておくよ」
ロジャーの屋敷にサイモンが来ている。
弟子たちが居る方ではなく本邸の方だ。と言っても、隣の敷地に建てられているのであまり違いはないが、敷地が広いのだ。ここからだとテンペスト達が暮らす方は小さくしか見えない。
「こっちは……何から話そうかな。とりあえず彼女は優秀だよ。体力以外は」
「……やはりそこですか。見た目の通りといえばその通りではありますが」
最近では毎朝コリーに稽古をつけてもらっているが、それでもまだまだ筋力も体力も付いていない。
こればかりは才能では埋まらないものなので時間をかけるしかなかった。
「まあ、最近はハンター姿も大分堂に入ってきた感じはあるよ?前のように『着られている』感じはしなくなったね。馴染んできた証拠だ。ナイフや剣を使った攻撃は酷いけど、弓は優秀だし、発動さえ出来れば魔法は強力……ああそうそう、シールドボアとレッサーオーガを倒したくらいって言ったら分かりやすいかな?」
「シールドボアはともかく……レッサーオーガを?凄いな、というかよく生きていたな」
「実際ギリギリだったみたいだけどね。優秀な弟子が時間を作ってその隙に詠唱したみたい。その僅かな間にきっちりと急所を狙ったのも素晴らしいね」
流石にあの惨劇はもう見たくないけど、と呟くとサイモンも何となく急所という言葉から察したらしい。
ともかく、現在ハンターとしてはまだまだ体力が足りなすぎるので、採集の仕事も任せるのは危険ということもあり写本でお金を稼ごうとしているというところまでを話した。
「案外成長しているようで安心したよ」
「早くても半年は見なきゃ無いかなぁって思っていたけど、来月には魔術師ギルドへの加入も検討しているよ。今驚異的な速度で魔法を作り出していってるんだよ?」
「作り出している?」
「そう、本を読んで魔法を覚えるでしょ?で、色々なものを読み取ってアレンジしているんだ。お気に入りは鍛冶創造みたいで、何やら作っている最中だよ。ワイバーンに搭載されているものとはまた違うものみたいだけど。恐らく魔道具だろうね、その手の本も読んでいるみたいだし」
現在テンペストはとあるものを創り出している。
その為にお金がたくさん必要になっているとも言えるが。なにせ使う金属がものすごく高価なものばかりだったのだ。
オリハルコン。1キロ当たり2千万程するもので、特性としては魔力を通じやすく熱によって膨張もしない。更に、どういうわけか断熱性能にも優れており、片面で熱を通しても反対側は触れる程度にしかならないのだ。
これを購入し、加工してもらうこと。これが当面の目標となっていた。
今やっている写本で考えれば、200冊ほど書けば材料だけは買える計算となる。
当然そんな安いやつだけで終わらせるつもりは全く無く、もっと高額なものに手を出すつもりで居る。
適当に何か魔法を作って魔導書を書くというのもその一つだ。
「面白かったのは光に方向性を与える方法だったね。正直なるほど、と思ったし何でこれに気づかなかったのかと今でも不思議でならないよ。おかげでとても遠くまで光を飛ばすことに成功したし、光源の反対側には光が届かないから後ろにいれば眩しくない。使うには光だけでなくその光を理解する知識も必要とあってちょっとレベルは高めだけどね」
ちなみにこれが売り払うためのものだ。この本の中身が出来たら装丁を施して魔術師ギルドへの手土産とすることにしている。
「まあ、なんというか……色々と面白いことをやっているみたいだな、テンペストは」
「そうだね。ああそうそう、ワイバーンの解体も大分進んでいるよ。いやぁ色々と勉強になるものばかりだよ!精密な留め具、色々なところへと伸びている細い線。テンペストに聞いてみれば絶対に切らないでと言われているから出来るだけ部品を外していくようにはしているけれど、部品の点数がまた多いんだよ……。最初はこれくらいならすぐにでもとか言っていた連中が今は何も言わなくなってるよ」
細かい部品などを含めれば100万以上の部品からなる精密機械の塊である。あれだけ大きな物なのにものすごく小さな部品も詰まっているのを見て親方が頭を抱えていた。
また、心臓部であるニューロコンピューターの部分はテンペストの指導の元丁寧に外されてバッテリーごと隔離されている。たまに魔力を使って充電しているようだが、何をしているのかは他の人達には一切分からなかった。ちなみに発電機もそのうち作ろうと考えているようだ。
そして、テンペストはこのニューロコンピューターと大容量のメモリを使うことで記憶と解析を機械によって行わせているため、今では脳に負担をかけずに色々と無茶をしている。
ただ、センサー類の反応が無かったりしているのでかなり気持ち悪いようだ。
「ああそうだ。忘れるところだった。あのドワーフの職人にこれを渡して欲しい。火竜の鱗だ。外装に使えば軽くて丈夫な上に火に強いものになるだろう」
「それはいいね。全部金属で作ったらお金かかるところだったよ。親方ってば全部オリハルコンを伸ばしたの使おうとしてたんだよ?かなり薄くしても特性は変わらないからいいとはいえ……流石に高くなりすぎると文句を言われたね、国から」
「そりゃそうだろう……何を考えているんだあの人は。ちなみに動力に関しては?」
「元々のワイバーンについているエンジンとやらの形状を利用させてもらう。ただし気流の操作のみで同じくらいの出力を出せるように調節するつもりだよ。今テスト用のものを1基作ってる所」
どれだけの出力が出せればいいかはテンペストから聞いているが、どうせならとそれ以上のものを作ろうとしているのをテンペストは知らない。
次々と分かってくる新しい技術への関心から、解体しながら新しい機体を設計し始めている全員が暴走し始めているのをテンペストは知らない。
それはテンペストの為の、精霊のための器となるもの。それに見合ったものにしなければならないと、向こうの技術に負けてたまるかと目を血走らせながら作業をしているのを知らない。
それが完成した時、テンペストが喜んでくれるように、職人たちは毎日ひたすらに作業に没頭しているのだ。
ただし、ロジャーに関しては完全にそれに乗っかる形で悪乗りしているだけだ。
その後、また登城するのめんどくさいとぼやきながらサイモンはロジャー邸を後にした。
「さて……差し当たっては流速が上がると不安定になる問題を何とかしないとならないなぁ……テンペストもあまりその辺は分からないと言っているし……自力でやるしか無いか、もう無理矢理押さえ込んでしまおうかね?」
まだ暫くは出来そうにないな、と言いながらも新しい紋章を考えだして行く。
優れた魔法使いであり、魔道具製作者でもあるロジャーは初めての分野に手を出し、壁にぶち当たり、そしてそれを乗り越える喜びを得てしまった。
職人たちの暴走の結果がどうなるのか、もう誰にもわからない。
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「やあ、進んでいるかな?」
「はい、すでに4割ほど。申し訳ありませんがロジャー、手首が痛いので回復をお願いします」
「早いね……もしかして今日中に終わるんじゃないのそれ」
「あ……気持ちいいです、ロジャー。ピクシーワード……治癒魔法ですか、そろそろ私も使えるようになっておきたい所です」
ロジャーに触れられている右手首がじんわりと暖かくなり、痛みが消えていく。
休憩無しでぶっ続けで一心不乱に書き続けてきたにも関わらず、全くミス無く正確に書き記された紙が積み重なっていた。
図などもあったが定規を使わずに直線を引き、正確に曲線を描いていく。
まさに神業だった。
こういうことが出来る人も居ることは居るが人族ではまず居ない。大抵がエルフだ。
魔力を使って自分の身体の制御を上手く操っているらしいが、テンペストは単純に自力でそれを行っている。
「自分の本も書かなければならないんだから、手は大事にしないと。はい、もう大丈夫だよ。肩から腰の方にかけても治しておいたから楽だと思うよ」
「確かにとても楽です。先程までの痛みも朝の訓練の時の痛みもなくなりました」
筋肉痛だったがついでにそれも治してもらえたらしい。
おかげで筆記速度が上がった。本気で書いているテンペストの速度は、人が話しているのを必死で書き留める者達のようであり、しかし、その文字は非常に美しい。
1分かからずに1頁が終わり、また横に積まれていく。
そりゃぁ早いわけだ、と思いながら、ふと渡さなければならないものを思い出した。
「あ、その頁書き終わったら一旦ご飯食べよう。美味しいの買ってきたから。テンペストの大好きなジュースも買ってきた」
「もうそんな時間でしたか。……ありがとうございます、とても美味しそうです!」
「本当に食べるの好きだよねぇ……。まあ実際凄く美味しいって評判のパン屋で買ってきたんだ」
「美味しいです。パンがふわふわでしっとりしていて、中に挟まっているチーズとハムの味をスパイスが引き立てています」
突然子供らしい笑顔で美味しそうにパンを頬張ったかと思うと、料理評論家かと言いたくなるような見た目らしからぬ感想が出てくる。
あっという間に一つを食べつくすと次の物を食べ始める。
最後に果物の甘いジュースを飲んで一息つくと、デザートに買ってきた果物に手を伸ばし始めた。
「……マナの実もそんな感じで食べてくれると助かるんだけどね?」
「……あれは食べ物とは認めません。絶対に」
口の中に入れた瞬間に、ものすごい酸味と感じたかと思えば、あらゆる調味料をごちゃ混ぜにしてぶちまけられたかのようにピリピリとした刺激が口内を刺激し、飲み下したと思ってもエグみのある後味にやたらと粘り気のある果汁が口の中にいつまでも残るという地獄。
あれを食べるくらいであれば、ドラゴンステーキを5枚ほど食べる方が効果は同じでお金は消えても幸福感が上である。
食べ終わった後に少しだけ仮眠を取り、また写本にとりかかる。
傍から見たら写本ではなく執筆していると勘違いしてもおかしくはない。なにせ頭の中にある本を参考にしてそれを書き写しているのだから、手本であるはずの本は机の端っこで閉じられたままだ。
結局夕方になる辺りで写本は書き上がる。
途中で何度もロジャーに治癒魔法を掛けてもらいながらだったが、驚異的なスピードだ。
「……まさか……もう終わったのですか?」
「確認して頂けますか?」
「ええ、お預かりします。確認は今から行いますが……明日また来て頂けますか?それと、ここの鍵はまだ持っていて構いません。直しが出たらその部分を訂正していただくことになるので」
「では明日の朝また来ます」
一つの仕事を完遂した。
テンペスト何気にこれが初めての仕事である。
当然ながらミスなど一つもなく翌朝もう一度大図書館へと行き、消費した分の紙とインク代、そして部屋代を引いた金額を受け取った。
「……全部で27万2千ラピスになりました」
「相当高く買ってもらえたねそれ。後、紙とか無駄にしたのが1枚だけっていうのがかなり大きいね」
「はい、その通りです。テンペスト様の文字は本当に美しく、我々の方でもかなり好評でした。それでいてあの本を1日で仕上げてしまうその速さと正確さは素晴らしいです。是非ともこれからも依頼を受けていただきたいと思います」
「こちらこそよろしくお願いします。あと、鍵を……」
「確かに。それではテンペスト様、お疲れ様でした。こちらは王立図書館で優秀な写本師と認めた方に送る記念品です。よろしければお使いください」
そう言って渡されたものは、美しい木のケースに入れられた一本のペンだった。
赤く光沢のある軸に金のリングが嵌めこまれており、そこには王立図書館の刻印がしてある。
ペン先も3種類ほど太さを変えられるようになっていた。
このペンは写本を請け負った人が必ずもらえるものではなく、王立図書館の方で優秀であると認めた人にのみ贈られるものだ。今までエルフ位しか出来なかったレベルの正確な文字と、驚異的なその写本の速度から見ても、明らかに優秀であることが分かったため、子供であるとはいえ一人の写本師として認められた。
当然、他のものが手伝ったのではないかと疑われたりもしたが、部屋の出入りはロジャーのみで、ロジャーの文字は本としても残っており全く違うものであると断言された。
「綺麗……」
「量産品ではなく、一つ一つていねいに作られた物です。ペン先に至るまで書き味にこだわった品でして、魔法が付与されております。テンペスト様に選びました魔法は『速記』でして、通常よりも早く書き上げることが出来るというものです。あれほど早く仕上げられる方ですので、丁度いいものではないかと思います。また、同時に書いている時の疲労を軽減する効果もあるのでより快適になるかと」
「素晴らしいです!次から早速使わせてもらいたいと思います。そういえば、紙とインクはどこで売っているのでしょうか?」
「こちらで販売しておりますよ。どうぞ」
今まで入ることのなかった扉をくぐると、本に関する商品などがずらりと置かれていた。
様々なペンやペン先、そしてインクの数々。紙も様々な種類がありそれだけでも見ていて飽きないものだった。
あの部屋においてあった紙とインクを購入し、帰路につく。
「そのペンをもらえるのは本当に優秀な人だけだよ。ちなみに身分証の方にもその旨が書き込まれているし、大図書館やそれ以外の場所でも身分証とそのペンを出せばテンペストは写本をするときに専用の部屋を用意してもらえるね。無くても一番高い部屋とか。今回の仕事含めて、過去にどんな写本を手がけたかなんかも記録されていくからどんどん書けばそれに比例してテンペストの評価も上がるよ」
「評価が上がるとどうなるの?」
「名指しで依頼来たりするかな。氏名依頼は金額的にも美味しいよ。なにせ忙しい写本師を名指しして書いてもらうわけだからね。……テンペストがそれくらい忙しくなるかは疑問だけど」
なにせただでさえ早いのに、速記のエンチャントが施されたペンをもらっている。
どれくらい早くなるかはテンペストの相性次第ではあるが、恐らく相当早くなるだろうことは想像に難くない。
書くのが早いということは、それだけ短時間に多くの頁を書くことが出来ることになるので、当然ながら本が仕上がるまでの期間も短い。
書き上がってからもすぐに渡さずに暫く手元に置いておくことで仕事量を調節できてしまうのだ。
家に帰るまで、大切そうにそのペンが入った木のケースを胸に抱き、自分が認められたことを喜んで鼻歌を歌いながら歩いているテンペストにはその自覚がなさそうだとロジャーは苦笑するが、その反応自体は歳相応のものであり、それがまた微笑ましかった。
□□□□□□
「おお……おおおお!?」
深呼吸をして、魔術師ギルドへ自分を売り込むための魔道書づくりを始めようと、貰ったペンを手に書き始めたテンペストの声である。
あまりの状況に驚きを隠せない。
書こうとするものは当然ながら頭の中に入っている。写本と同じように自分の文章を紙に書くだけの作業だ。しかし……今は王立図書館から貰ったペンを使って書いたのだ。
頭の中に入っている文章を、そのまま出力しようとして……ほぼ考えたままの速度でペンが走った。
あっという間に一段落分が書き終わってしまった。これが速記のエンチャントの威力か!と驚いたのも無理は無いだろう。
そしてとりあえず1頁分を書いてみればなんと5~6秒ほどで書き終えていた。
さっきまでの10分の1の時間で書き終わっているのだ。これはもう早いなんて言うレベルではない。
何よりも頭で考えた速さと手の速さがほぼリンクしているこの状態はとても心地いいものだった。
魔法によって不可能が可能となり、更に負担が減っていることもあって自分の魔道書はペンの性能テストついでに半分ほどが書き上がってしまっている。
「これは……素晴らしいペンを手に入れてしまいました……」
魔力のサポートによって加速された手の動きは、負荷の軽減の効果と、その所要時間の短縮によって筆者にかかる負担を大幅に減らしており、テンペストは特に手首の痛みや肩の痛みを感じること無くあっという間に仕上げていく。
「ペンが軽い!考えただけで勝手に手が動いているみたい……」
これなら長編の物語の依頼を受けても数日ほどで書き上げることが出来そうだ。
そうなるとかなりの収入が見込める。
物語と言うのはやはり多くの人が好む娯楽だ。その為欲しがる人は数多く居るし、当然ながらそれを写す写本師も多くいる。
出回っているのは写本の写本の写本なんていうのもザラにあるのだ。当然買う人は貴族などが多く、文字や挿絵が綺麗なものほど価値が上がる。
コレクター等はそういった最高の状態のものを欲しがる人も居り、そういったものはやはり高額で取引される。
目標である魔道具づくりに目処が立ち、思っていたよりも早くそれが実現しそうだと笑いがこみ上げてくる。
非力な自分でも扱えて、詠唱の必要なく強力な殺傷能力を持つ武器を作るという目標が近づいてくる。
そして、唐突にペンが止まる。
あれ?と思ったもののすぐにその原因は分かった。
「あ……終わってる……?」
そう、その書き味を知るために書いていたはずなのに、いつの間にか執筆が終了していたのだ。
初めて持ったのに自分の手に誂えたかのようにしっくりと来るペン。
ペン先のインクを綺麗に拭き取り、手入れを終えた後に箱に戻して引き出しに入れ魔法錠をかける。
そろそろいつも寝る時間であることを確認し、ベッドへ入る。
明日、完成したその原稿をロジャーに見せたら驚くだろうなとイタズラっぽい笑みを浮かべながらテンペストは眠りに落ちた。
併設されている写本師用の建物内部では危険なものでない限りは魔法の使用を許可されています。
写本師は魔力を使って書き写したりする人もいるということと、治癒魔法を使えるように。