第百五十九話 聖女様?
「諸君、よくぞこの帝都へ辿り着き、解放してくれた。感謝する。まさかそなたらがここへ戻り、我らを助けてくれるとは思っていなかったが……。この礼は必ず」
「いえ、国と国との諍いに外から介入するのはどうかと思いましたが、状況が状況だったもので……。あの時私達を逃してくれた恩もありますので」
「あの時、奴らを壊滅させたのはそなたらであることは知っている。我々の力を必要とせずに逃げることも可能だったにも関わらず、我らの船も助けてくれたと聞いた。介入に関しては……素直に感謝したい。正直な所我々の手に余る」
皇帝は今回の礼がしたいと、ホーマ帝国、ハイランド、ルーベル、コーブルクの代表者達を集めた。
今回ハイランドの代表としてサイラスが抜擢された。
装備の事をよく知っていて、この作戦などに深く関わるハイランドの貴族……となるとテンペストを除けばサイラスしか居ない。
「ディノスめ、あれだけ目をかけてもらっておきながら裏切りおって……!」
「その、ディノスというのは英雄と言われた?」
「その通り。見たことのない兵器を生み出し、我々に協力していた。……元々はそちらの大陸に居た者だと聞いたが」
「大臣!その情報は秘匿されて……!」
神経質そうな宰相らしき人物が、大臣と呼ばれた中年の言葉を遮る。
秘匿していたのは後半部分のことだろう。
「いや、よい。こうなった以上あの者に関する情報は全て開示する。総力を持ってやつを潰す。……そなたらはミレスという国、そしてモンクという太った男を知っているか?」
「……それは……!我々の国で賞金首になっている男だ。国を脱出し、逃げる途中で海に沈んだと思っていたが……生きていたというのか?」
「コーブルクでもそれは同じだ。ハイランドはもっと多くを知っているのだろう?あまり詳しい情報は止められているようでな」
ルーベルとコーブルクの代表達はそう言ってサイラスを見る。
確かに、上層部しか知らないことだ、ここに来ている者の中でも今船に乗っている者達だけが事実の内容を知っている。
漠然と、ミレスから脱出した一団の中に大罪人が居る事、そして内容は精霊術を不正に使い渡航者から無理やり情報を抜き出そうとしたこと、その際に身体欠損など非人道的な手段を取ったことというのは知らされている。
だが、それ以上のことは余計な混乱を避けるために途中で止められていたのだ。
「どういう事だ?」
「そうですね、こちらも色々と隠していたことがあるのは事実です。ですがこうなった以上こちらも隠す必要はなくなりました」
いつ公開するか、ということは事前に話し合っては居たが今が一番良いときだろう。
こうなる前に話をしたかった所はあるが仕方あるまい。
「まず、渡航者という存在について知っておいてもらいたい。渡航者はこの世界において異変が起きる時に、どこか別の世界からこの世界へと来た存在とされています。異変というのは記録に残っているところでは自然現象であったり、大規模な戦争であったりだったそうですが、それを解決する手段を持つ人物が発見されるのです。……ここまではルーベルとコーブルクのみなさんも知っての通りですね?」
「確かに。我が国でも以前渡航者は出現し、彼の齎す知識によって事前に対応を取ることが出来て、天変地異による被害を最小限に抑えることが出来たとある」
「……渡航者、か。それはなんとも気になる存在だ。ではそれと今の状況がどう結びつくのだ?」
知らない情報を聞いて皇帝も眉根にシワを寄せている。
訝しんでいる、と言うよりは何とか理解しょうとしているのだろう。
「渡航者が現れる時、必ず異変は起きる。そして、その両方を精霊はお告げという形で教えてくれる。……今回の出来事は予言されていました」
「なっ……」
「待て、つまり……貴様、この帝国が奴によって攻撃を受けるのを知っていたということか!?」
皇帝が怒鳴り声をあげる。当然の怒りだろう。元から知っておきながら自分達には何も知らせずに帰ったのだ。
その結果、ディノスは裏切り……この状況となった所に、手を差し伸べる体で現れたということになる。
「そこまでは知りませんでしたが……。ただ、モンク司祭……今はディノスと名を変え、姿も変わっているようですがハイランドの我々に限ってはそのディノスを追ってきました」
「ここに来たのも、そのためだったと?では何故その時に忠告しない!あの時に分かっていればこんなことにはならなかったのでは無いか!?」
「英雄、だったからです。彼はここで英雄として祭り上げられていた。そして自分の持つ技術を提供してホーマ帝国の役に立っていた……。我々が行った時に、今のようなことをお話してまともに取り合ってもらえたでしょうか?むしろ、国を救った英雄を貶める者として断罪したのでは?それに、その時点ではディノスがモンク司祭である、という確証も少なかった。……顔も体型も……全てを変えたあの技術は知りませんが、あれのおかげで余計に手間取ったのは確かですね」
「……いや、あの時点では……確かに……。顔を変えたのも……か、余のせいだというのか……」
知らなかったことだし、ディノスの言い分を信じてしまったのだから仕方ないところはある。
とりあえず、あの時に言ったとしてもやはりまともに取り合ってもらえなかったのだろう、皇帝の言葉が後半になるに連れて小さくなっている。
「それで……その、異変と奴がどう繋がる?渡航者とやらに関してもまだ分からないままだ」
「ミレスは、渡航者を捕らえ、自分達のためだけに利用しようとしたのです。拷問を行い、逃げられないように手足を切り落とし、禁じられた精霊術を使って人の頭を覗いて……自分達の為となる兵器を作り出そうとした。事実、そうして2度ほどは渡航者の協力を得ることが出来ずに異変によって多大な被害が出たといいます」
「しかし……今回はどうなのだ?渡航者は生きているのか?死んでいるならばもう異変とやらは防ぐことが出来ないのではないか?」
「……私が、その渡航者ですよ。お陰でこのザマです」
サイラスが片腕を引っこ抜いて見せれば、今までただのグリーブとガントレットであると思っていた部分が実は義肢であることを知る。
ミレスによって捕らえられ、拷問を受け続け、手足を切り落とされたにもかかわらず……唯一脱出に成功した生き証人。
「なんだと……。では、異変というのが何かは知っているというのか?」
「私から奪った知識。それがモンク……いえ、ディノスの頭に入っている。そしてその中には私のいた世界で最悪の兵器に関する知識がある」
「まさか、やつの作り出す兵器というのは……」
「私からの知識と、過去の知識を使ったものでしょう。実際、彼がもたらした兵器というのは私達のものに似ているでしょう?」
今の今まで、ディノスの持つ知識は彼個人が持つオリジナルのものだと思いこんでいた。
しかし……違った。
実際は今、眼の前に居る男から掠め取った物だ。
周りを見てみれば、魔導車があり、魔鎧兵らしきものも見えるが……その全てが自分達が使っているものよりも遥かに上の技術であろうことが見て取れる。
「それで、そなたが渡航者……異変を食い止める者であるとすれば、その異変というのは……」
「ディノスの存在そのものです。彼は恐らく私のもつ最悪の兵器を実現させます。もしそれがあつどうすれば……帝国だけではなく、この世界、星自体が消える可能性だってありえるのです。逃げ場はありません。だからこそここに戻ってきた。ケリを付けるために」
「そんなものがあるのか!?止める方法はあるのか!?」
「残念ながら、発動すれば食い止める方法は起爆前に反応を止めること……しかし、そのような時間など有りません。なので必ず製作前にディノスを仕留めたいのです」
ところどころ端折ってはいるが、だいたい言いたいことは全部言えただろう。
周りの人達は理解が追い付いていないのか、口を開けたままで固まっている。
皇帝ですら何かを言おうとしているが、何を言ったら良いのかわからないようだ。
「……今まで言えずにいた事は申し訳ない。が、何も起きていない時にこのようなことを言ったところで……狂人としか思われませんからね」
「良い。なるほど、そういうことだったのか。今でもまだ信じられぬが……しかし、嘘を言ってはいないようだ。何か協力できることは有るか?」
正直あまり無いが……この国を守るものたちは必要だ。
付いてこられる兵力を連れて行くが、それ以外はこちらに残ってもらう。
他は陸と海を使ってエフェオデルへと侵攻をかけ、ディノスが取り返しの付かないことをする前に一気に叩く。
その為には航空部隊はふた手に分けて、一気に奥まで進む部隊と、陸と協力して敵を討つ部隊として運用するだろう。その時には魔導車ですら邪魔なのだ。
ディノスを止めるのは当然ながらセイカーとマギア・ワイバーンだ。
「陛下、話が本当であれば……あの男が全ての原因ということでもありますぞ?」
「口を割らぬ罪人の本音を言わせる術があるな?それを、彼と同じ状況で受けて、それでも尚情報をもらさずに居たら考えてやるぞ?……彼は被害者だ、全てはディノス、奴が引き起こしたことなのだ。その本性を見抜けなかった余にも責任はある。何より世界が消えると言われては、協力せざるを得まい」
話に水を指した老人の言葉には耳を貸さず、皇帝はまともな答えを返す。
皇帝からの協力という言葉を引き出せたことで、まずは一安心だろう。あとは……無事にメールの街へと送り届けるだけだ。
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サイラスからの報告を受けて、ディノス討伐に関してを他の兵達にも公開する。
それまでの雰囲気はより引き締まったものへと変化し、どことなく全員顔が固い。
ハイランドの兵にはある程度情報を開示しているところはあったので、そこまで大きな混乱はなかったが……ルーベル、コーブルクの下級兵士達には相当なショックだったようだ。
まあ、盟友となるだろう帝国を助けるためという名目で出発したのだからそれもそうだろう。
実は世界を救うための戦闘で、負ければ大陸だけでなく世界そのものが消えて無くなると聞かされて怖くならないほうが稀だ。
それでも、何処にも隠れるところなど無く、自分達がやらなければ遠からず滅びるだろうという話を聞けば覚悟も決まる。
戦って生を勝ち取るか、何もせずに死を待つか。どちらを選ぶかなど聞くまでもない。
自分のためなどではなく、国に残してきた家族、友達、その他親しいものたちの命がかかっているのだ。
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翌日朝早くから出発し、大人数を引き連れてゆっくりとメールへ進む。
一般人の徒歩に合わせるためどうしてもかなり遅い。
遅く、これほどの人数を抱えているとどうしても……。
「魔物だ!一般人は全員真ん中へ集まれ!座って固まっていろ!」
「魔導車は彼らの盾となれ!1匹たりとも中に入れるな!」
魔物の群れが襲ってくる。
この辺に巣があるのだろうか、昆虫型の魔物が大量に湧いてきた様だ。
以前襲ってきたのとも別種で蜥蜴のような部分はなく、巨大な昆虫といったほうがピッタリの魔物でだった。
動きは素早く甲殻によって無強化の弓矢は弾かれる。
角度が悪ければライフルですら弾くくらいだ、それが群れで襲ってきた。
「私達も攻撃を開始しましょう、オルトロス、ケルベロスは弾幕を。サイラスはサーヴァントで蹴散らして下さい。私もホワイトフェザーで攻撃を開始します。なお、コリーとニールは広域魔法で敵の殲滅をお願いします」
「お、久しぶりに魔法の出番か!やるぞニール」
「よーし……確かにここならだだっ広いし同士討ちを心配するほどでもないね!奥の方から狙っていこう!」
そういうとニールはいそいそとアラクネを取り出し、コリーを隣に乗せてガトリングで邪魔な敵をなぎ払いながら突入していく。
サイラスもサーヴァントを呼び出し増幅した魔法を使って次々と蹴散らしていく。
「では、ウル。私の身体を頼みますね」
「畏まりました。ニーナ達も居ますから安心して行ってきて下さい」
「テンペスト様、頑張ってください!」
メイとニーナの激励を受け、ベッドに横になると意識を外に置いたホワイトフェザーへと移す。
久しぶりの起動に魔導筋が軋み、そのオリハルコンの身体は早く動きたがっているようでもあった。
周りに人が居ないのを確認するとオルトロスの射線に入らないように気をつけながらホワイトフェザーが前進する。
反対側ではコリーとニールが雷撃と焦熱魔法によって攻撃を進めていた。
サイラスも光り輝く幾筋ものレーザーを降らせて見た目にも派手に敵を攻撃しつつ、その両手に持った50mm機関砲と25mmガトリング砲を敵が集まる部分へと打ち込んでいる。
方やテンペストの担当する反対側は殆ど手付かずで、コーブルクなどの魔導騎兵達も少なく、オルトロスを含めた魔導戦車隊でなんとか食い止めているという所だ。
『ホワイトフェザー、敵の掃討を開始します』
そう宣言すると、鋭い鎌を持った魔物が飛びかかってきたのを叩き落とし、目の前に近づいてくる巨大な昆虫の群れをへ向かって手をかざす。
『ブラスト』
この魔法を使うのはとても久しぶりだった。しかし、この様に耐久力はそれほどでもなく数が多い敵には効果は大きい。
たった一言の言葉を発した瞬間、ホワイトフェザーの目の前に超高温の光が一瞬輝き……それがひときわ大きく膨らんだと思った瞬間、ホワイトフェザーの前方が扇形に吹き飛んだ。
爆轟を引き起こして超音速の衝撃波を発生させ、その威力を範囲指定によって押さえ込んだ結果、結界内で反射した波が更に強力な衝撃波へと変わり、進路上にあるもの全てを吹き飛ばしていく。
甲殻によって守られている魔物であってもその威力は抑えきれず、至近距離でそれを受けた物は一瞬で粉々に砕け散り、砕け散った破片は仲間へと容赦なく突き刺さる。
前方が一瞬で掃除され、魔物の影が消えたところで、前進して魔物の只中へと突入していくホワイトフェザー。
獲物が来たと思って攻撃を仕掛けてきた魔物達は今度は高出力のレーザーによって細切れにされていく。
『エリア2、掃討完了。エリア3へ移動』
淡々と一人で大量の敵を残らず殲滅しながら前進していくその姿は恐ろしいものだっただろう。
「おい、テンペストがなんかすげぇこえぇんだけど?」
「一撃で僕達2人分位吹き飛ばしてるよねあれ……」
「魔導騎兵に乗ってると魔力を潤沢に使えるとは言っていたけどよ、あれ反則だろ……」
「あ、マギア・ワイバーンに乗ってるコリーがそれを言う?」
無駄口を叩きながらも次々とコリーの電撃は近くに居た敵を巻き込み広範囲に広がっていき、ニールが敵が密集している部分へと超高温を生み出す広域魔法を放ち地面すら赤熱させていく。
一応、他の国の術者達もそれなりに頑張ってはいるのだが、テンペストに付き合い無駄に強化された2人にはなかなか追い付いていない。
マギア・ワイバーンやセイカーを使わなかったのはこの広範囲を効率的に殲滅するためだった。
投下型爆弾を使えば同じようなことは出来るが、範囲指定が効かない分魔法のほうが有利だ。
それにワイバーンのレーザーはフェイズドアレイレーザーで無数のレーザーを一点に照射して高出力のレーザーとして使うものであるため、薙ぎ払うような真似は難しい。
撃ち漏らしは剣士達などが担当した。
ここまで来ると数も殆ど減っており、剣士たちとしても自分達の見せ場とばかりに張り切っていた。
魔法に比べれば範囲は狭いが、攻撃力は高い。
使い所を間違えなければ剣士達も相応に強いのだ。
あちこちで破裂音が響き、魔物を構成していたものが吹き飛んでいく。
剣士の放った衝撃波だ。範囲は狭いが喰らえば耐性がない限りは即死することだろう。それに斬撃も合わせてあるので当然切れる。
魔術師が風の刃を放つのに魔力のみを使うのに対し、彼らは己の剣技に魔力を上乗せする。
効率は良いのだが、元々彼らの魔力量は少ないためそうせざるを得なかったとも言えるだろう。
全てが終わった時にはあちこちに魔物の残骸が散らばり、凄惨な場と化していた。
ホーマ帝国のみであれば恐らくしのぎ切ることは難しかっただろうが、一般人は全員が無事だ。
もちろん戦ったものの中にはどうしても犠牲者は出てしまう。
しかしその数は驚くほど少ない。
以前は駆け抜けたその道を、2万人弱の一般人を引き連れて移動するのは相当難しかったが……それでもなんとか5日程で抜けることが出来た。
一般人はもう完全に限界を迎え、すでに倒れているものも少なくない。
メールの街が見えた時、人々は歓声を上げ……そして、そのまま声を収めた。
「やはり被害は相当ですね」
「連絡を受けては居ましたが、なるほどこの状況では確かに……」
あの綺麗な街並みは破壊され、今はコーブルクとハイランドが中心となって瓦礫を撤去していた。
生き残りも多く、彼らの居場所をとりあえず作るための場所を確保するためだった。
すでに簡単な建物はいくつか建てられ、そこで集団生活状態となっている。
そうでなければ適当な所にテントを張って居るようだが、これは後で整理した方がいいだろう。
無秩序にやられると色々と面倒が出てくる。
食料に関しては、今でも小舟や漁船が戻ってきているとおりに海の幸は確保できているようだ。
大きめの海の魔物を引きずってきている強者の船もあり、協力できればかなり賄えるだろうが……一気に万を超える人数が増えるとなると話は別だ。
「完全な受け入れ先とは言えません。これでは途中で必ず不公平感からの暴動が起きそうです」
「っていっても、僕達って別に彼らを助けるために来てるわけじゃないからね……。帝国の人達に頑張ってもらわないと」
他の街からの避難者も、メールかポートキャスへ向かうようにと飛竜隊に伝言させ、これからもまだこの街に人はやってくる予定なのだ。
窮屈ではあるが、きちんと区画を分けて置かなければいずれ不満が出る。
更に無秩序に建てられたテントなどは、物資の輸送にも影響し、見通しが悪くなる為に犯罪も起きやすい。
その時、港の方で緑色のオーロラのような光が立ち上った。
何事かと思って近づいてみると……その中心に居たのはエイダだった。
「おお……!痛くない!傷が治った!」
「もう治らないと言われていた病気が治りましたありがとうございます!」
「聖女さまぁぁぁ!!」
という声を聞くに、精霊術によってその場に居る大量の怪我人等を癒やしたのだろう。
魔力を対価にしているとはいえ、コストは相当に安いように思える。
「あっ!テンぴ……テンペスト!」
「怪我人を癒やしていたのですか?」
「ええ。この人達はあなた達がここにくる少し前に到着した避難民よ。体力も限界、怪我人は多いしということでもうこの街に居た術士の人達だけでは足りなくて……」
ここに来て何度か精霊術を使っているようだが、精霊たちの方も協力的で癒やしの声に答えてくれているようだ。
ただ、流石に帝都からの避難民の数を見て少し引いていたが。
「……これ、皆帝都の避難民……?」
「そうです。早急に彼らの住む場所を決めて整理する必要があります。また、食糧支援なども考えなくてはなりません」
「え、えっと……怪我人は?病気の人は居るの?居るならその人達全員集めて」
消耗した体力は戻らないが、簡単な病気と怪我に関してはほぼ全快するという。
住む場所を決めるにしても、元々街があった場所ではなく、外の方に作る他無いし兵士達がそちらの方に労力を取られていては何かあった時には対処できない。
その為、少しずつ道具を集めたりしながら一般人達に作らせる方向で進めているようだ。
「後、食料に関しては……協力してくれるかはわからないけど精霊にお願いしてみるつもりなの」
「どうするのですか?」
「豊穣を司る精霊にお願いして、周りの土地を少し変えてもらうの。本来は大飢饉とかどうしようもない時に頼るものだけど……今回のような時なら協力してくれるんじゃないかって……。でも、だめな可能性もあるからこれは皆にはまだ言わないでね?」
精霊の力が加わった畑では、植物の成長は高速化し、大きく、そして大量に取れるようになる。
その代わりに影響がなくなると同時にその土地は暫くの間全く草も生えない土地となるため、場所を考えて置かないと後で自分達の畑から何も取れなくなるという。
怪我人を癒やし、その度に目立つ精霊術を行使していたエイダは皆終わる頃には一般市民だけではなく、ホーマ帝国の皆から聖女と呼ばれて親しまれていた。
お布施の代わりにと言って様々なものを持ってきて、断っても置いていくという状態で少し困っている位だ。
エイダとしても別な宗教が有ると言われているのは知っているので、そこであまり目立ちたくはなかったのだが……。こうして貢物を貰うことで何か問題が出るのではないかと警戒しているようだ。
しかし実際にはそんなこともなく、帝国の兵達の支持に従って一般市民達は木を切り出し、地面を均し、言われたとおりの形で簡易の住居を作っていく。
その間、マギア・ワイバーンやセイカーで周囲の警戒をしていたが特に何事もなく3日が過ぎた。
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「アディ、この近くで条件が良さそうな場所を発見しました。ここから遠くはなく、湧き水があります。周りは木に囲まれているので多少伐採が必要ですが、付近に魔物の巣などもなく住んでいる獣も危険が少ないものばかりです」
「完璧ね」
エイダを案内してニールと3人でその場所へ行く。
条件としてはこの上ないほどちょうどいい場所だ。
ニールとテンペストによって伐採された木はとりあえず一箇所にまとめておき、エイダはその拓けた土地に向かって詠唱を開始する。
『大地に遍く存在する精霊たちよ、我が願い聞き届け給え。大地の精霊ノーム、植物の精霊ドリュアスよ、罪なき大勢の民達の声を聞き届け給え。飢えに苦しむものたちへ救いの手を差し伸べ給え。この土地に精霊の加護を与え、大いなる豊穣を授け給え』
いつもの杖を地面にトン、と軽く突く。
「……あれ?何も起きない?」
周りに光が広がったかと思ったら、特に何も起きる様子がなく……ニールが不発と思ったのだが……。そのすぐ後に地面が振動を初めたのを感じた。
揺れは大きくなり、3人の周りの地面がボコボコと蠢き始めた。あまりのことに固まったニールとテンペストだったが、切り株が目の前であっという間に分解し、雑草が消え、ふかふかの土が辺り一面に広がっていく。
「……聞き届けてもらえたようです。後は植えたいものを持ってきてもらってここを管理してもらいましょう」
ここで初めて精霊の力と言うものの強力さを目の当たりにした2人だった。
その日からメールでエイダに助けてもらった人達から、精霊信仰と言うものが新たに広まったとか。