第百四十八話 英雄として12
誰もが皆、無言だった。
見ているのは先程まで難攻不落の場所だと思っていたモノ。
殆どの壁が崩れ、中にあったであろう建物も殆どが黒く焦げて原型をとどめていない。
『……不死隊、無事か?』
『今のは、一体……?』
『こちらの攻撃だ。ここまでとは予想していなかったが……』
『……我を含め戦いの中でさらなる高みへと上った83名以外は全員跡形もなく消えたようだ。我らもまた、ダメージが大きすぎるためしばらくは動けない』
『わかった。動けるようになるまで休んでいろ。ご苦労だった』
『有り難き……』
不死隊ですらも無事では済まなかったか。
作らせた俺ですら先程の爆発の威力は想定外だ。
魔晶石の多重反応を利用して、限界までその圧力を閉じ込めてから解放するというものだったのだが……想像以上に効果範囲が広い。
あの場から撤退していなければ魔鎧兵であっても生き残ることはできなかっただろう。
兵士達もあの光景を見て喜ぶどころか、何処か呆然としている。
「……なんだ、今のは……?」
「勝った?」
「勝ったのか?」
ようやく今の状況まで頭が落ち着いてきたのか、勝利を確信したようだ。
まだ身体が痛むだろうに、それを忘れたかのように雄叫びが響く。
対してエフェオデルの連中は静かなものだ。
誰一人、うめき声1つ上げずに黒焦げだ。
『我々の勝利だ!!』
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「将軍は……?」
「先程の戦いで討ち死にされました。以後の指揮権をディノス様にと」
「何だと……!死んだ?」
「魔鎧兵隊達が戦っている間、あの飛竜達も来ていたのです。対処法は分かっていたので炎竜と火竜で動きを止めつつ殺していったのですが……。そのうちの1匹のブレスに巻き込まれ、半身を失いました」
「そうか……」
正直、彼は生きているだろうと思っていた。
しかしあのブレスにやられたというのであればどうしようもあるまい。
発射と着弾はほぼ同時、触れたものは全て消えるのだ。
避けようがない。
自分の力を認めて支えてくれた人物だっただけに、少々喪失感が大きい。
現在、奪取した砦まで戻り、怪我人の手当と回収できた死人を集めている所だ。
そこで彼に会う。
頭は無事だったのですぐにわかる。が、右肩から大きな円状に綺麗に切り取られた状態となっていた。
左半身……と言っても半分も残っていない状態だ。
皮だけで繋がっている。
一際丁寧に布にくるまれて馬車へと載せられていくのを見送った。
あの時の戦いでこちらも相当な被害が出ていた。
地竜もどきを相手にしていた為に、殆ど状況がわからなかったが……。
黒い魔物はまた数多く出てきたという。ゴブリンのようなものやオークのようなもの、見たこともないものまで。
それらを魔導戦車隊が盾となり、数を減らしながら騎兵達が囲んで確実に仕留めていった。
黒い飛竜が現れてブレスを放ち、射線上に居た者達は消滅。
しかし直ぐ様飛竜隊が反応してこれを食い止めて……というのを繰り返していたようだ。
敵が殆ど居なくなってからは地竜もどきを倒すための援軍と、壁を超えて内部を攻撃する者たちに別れ、歩兵や騎兵達は一度下がって治療をしていたという。
そこに撤退命令が出て、全速力で後退しろという命令に従い下がった結果があの時の光景だったようだ。
死者はその前の戦いで亡くなったものたちを含めて2万と少し。
その中に飛竜隊、魔鎧兵隊、魔導戦車隊なども含まれている。
魔鎧兵隊は10人だったのが今は半分の5人だ。
ルーサー、バートランド、ウォルト、ベラ、コーニリアス……貴重な人材だったが、ブレスに巻き込まれたり、地竜もどきによって踏み潰されたりなどして死んでしまった。
せめて格上との戦闘で死ねたことは良かったのだろうか。
初めての経験だった。
仲間と呼べるものたちと一緒に、守るべきものを持って戦ったのは。
その分居なくなった仲間達を思うと悔しさが滲む。
全てを守ることなど出来ないのは分かっていても、やはり自分の手の届く範囲に居たはずの奴らでさえ失ってしまったのだ。
「死者達を集めて国に戻したら、明日、戦果の確認へ向かう。動けるものの中から希望者を募って置いてくれ。魔鎧兵隊は……私とヘイデンだけで行く」
「我々飛竜隊は残っているのが12騎。働けそうな者を3騎出せます」
「魔導戦車隊は……魔導三輪が3台、魔導戦車は5台動かせます。荷物ならば飛竜隊と我々で分担できるでしょう」
何かがあった場合の荷物を運ぶための足はたしかに必要だ。失念していたが……そもそもあの状態で残っているのだろうか。
地下にでもあればまだあるかもしれないが。
「助かる。馬車は死者と怪我人だけで既に手一杯だ。……馬車を空けるためにも……そうだな、馬車に余っている食糧を大量に出してやれ」
「あの爆弾を下ろして軽くなった所で更に軽くしてくれるのかい?どうせなら酒も出してやろうか。弔いだ」
「そうしてくれ。……では皆、よくやってくれた。あの爆発の中では生き残っているものも殆ど居ないと思うが……これで我々のクラーテルへの蛮行に対する報復はなされた。まだ他の都市も残っているがそれらの対処をするのは我々だけでは難しい、一度帝国へ引き返して皇帝陛下の指示を仰がねばなるまい。……人数も大分減ってしまったからな」
屋敷から出て夜風に当たる。
あの絶望的とも言える状況から生還しただけでなく、勝利をも収めることが出来た。
やはり幸運は続いている。
門を出て滅ぼした都の方を見る。
ちょうど満月か、月明かりが周りを明るく照らしている。
もうこちらを脅かす奴らは殆ど残っていない。見張りなども最低限残して後は全員休ませている位だ。
そこに、巨大な影が舞い降りた。
「なっ!?飛竜……!?」
自分の目の前に降り立ったのは飛竜。
こちらを攻撃してきた黒い飛竜と似ているが、確実にこちらの方が格上であることがわかる。
二足で立ち、こちらを見下ろすその巨大さは……。
絶望を与えるには十分すぎるものだった。
なんというものを残していたのか。エフェオデルにはこんなものまで居たのか。
勝てない。
あの爆弾を使ってすら、勝てる光景が思い浮かばない。
『随分と、姿が変わっているようだ……』
頭上から重い声が降り注ぐ。
人の言葉を解する……のか?
『戯れにあの国を治めてみれば、なんとも面白い結果となったものだ。お前の姿もだ。魂の姿と肉の身体が乖離している』
何を言っているのか、この黒く巨大な飛竜は。
治めていた……?そして俺の姿が違うと看破しているというのか?
「どういう、事だ?お前は一体……なんなのだ!」
『恐怖に打ち勝ったか。良いな、ああ、良いぞ。だがお前の本質はもっと醜いものだろう?歪んだ性癖、性格……全てを恨み、欲する貪欲さ。それを押さえつけて他のものの犬になるのがお前の選択か』
体中を駆け巡る震えを押し殺して質問すれば、愉快そうに顔を歪めながらそんな台詞を吐く。
なぜ、ここまで昔の自分のことを知っているのか。
全てを知られている。得体のしれないやつに……。
「なにを……!俺は英雄としてここに立っている!仲間がいる、受け入れてくれるものたちがいる。だからここにいる!昔とはもう違うのだ!もう一度問う、お前は何者だ!」
『詰まらなくなったものよ……。我はアシュメダイと名付けられた存在。神と呼ばれる者。なかなかに楽しい立ち位置だ。この地の長に力を貸してやっていたが、あっさりとお前に討ち滅ぼされてしまったのだ、お前の方が我を楽しませてくれそうだ……』
「神……?お前のような神など知らん!力を貸していたとはどういう事だ?」
『神と呼ばれていると言っただろう?勝手にそう呼ばれているだけだ。そして、力を貸していたという意味が分からないか?我が同胞をあれほど殺してくれた奴が何を言っている』
黒い魔物達……姿は全て黒一色。
この眼の前にいるアシュメダイなどと言っている飛竜も特徴は同じだ。
あれは……やつの眷属であるということか。
「黒い、魔物……」
『そうだ。あれは我が貸し与えた物に過ぎん、お前は何がほしい?力か?権力か?奴よりも力を持つお前ならばきっと一国を手に入れることも可能だろう。……復讐を果たすことも』
「……」
『まあ良い。力を欲するならば呼べ。それと、今回は確かにお前の勝ちだ。この国にはもうなんの力も残されていない。蹂躙するなりなんなり好きにするがいい。我の興味は尽きた』
気がつくと目の前にいたはずの黒い飛竜は居なくなっていた。
幻覚……ではない。
確かにそこに居た痕跡がある。良く見ないと分からないが確かにそこには巨大なものが立っていた足跡がある。
「……なんなのだ、アレは……」
一応、敵ではない様だ。
気に入られているようだし、今はまだ問題はないだろう。……だがどうして以前の自分を知っているのかが分からない。
全てを把握されている気持ち悪さ。
「神…………馬鹿馬鹿しい」
今のところアレを頼るつもりはない。
できればもう二度と見たくもないが……まずはアレの言っていた事が本当かどうかを確かめるべきだろう。
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翌朝、ディノス達は首都の入り口に来ていた。
ボロボロの格好で不死隊が出迎える。
『このような姿で申し訳ない』
「構わん。それよりも……お前たちは本当によくやってくれた。お陰で事が上手く運んだぞ」
『何よりです。それと、生きている者達を捕らえております』
よく働く奴らだ。
あの爆発の中生き残っていたものたちが居たのは予想しては居たものの、やはりかなりの火傷を負っている様だ。
案内された場所は元々砦があった場所だろう。爆心地であるそこは巨大なクレーターになっていて周りにあったものは全て真っ更になっている。
そのクレーターの下に地下空間が広がっていたのだ。
当然、直下に居た者達は全員焦げているが、奥の方に居たものは生き残っているものたちも居た。
「女達だけか?」
「男は全員戦士となるべく戦闘に参加すると言っていました。恐らく隠れていたのは女性のみということでしょう」
「子供もか?」
「恐らく……」
『確かに、居た。しかし武器を持って立ち向かってくるものは全て敵だ。このエフェオデルではそう教わる』
「なんて所だよ……この国は。イカれてる」
全くだと言いたいところだが、逃げてきた自国も似たような状況だった。
生きるために戦い、それで駄目なら死ぬだけだったのだ。
ここも似たようなもので、死ななければ奴隷としてこき使われるだけの運命のようだ。
見つけ出した女達は全て拘束して最低限の治療をした後捕虜として帝国へ連れ帰る。
残っている地下空間は倉庫なども兼ねている場所があり、そこには色んな所から略奪したであろう物が含まれていた。
「……これ、帝国のだな」
「こっちもだ。いつの間に入り込んでいやがったんだ?」
「案外、橋を作るか飛竜などで谷を超えて入ってきていたのかもしれない。ここ数年、幼児や子供が拐われる事件も多かっただろう?」
「可能性はあるか……」
自分が来る前の話はよく知らないが、誘拐騒ぎは最近多かったようだ。
色々とやらかしていたらしい。
となるとその子供たちはどうなったかと言う話だが……女の子が拐われていたと言うのでまあ、そいいうことだろう。
ここに居たとすれば生きては居まい。
他にも別の国、滅びた国の物なども大量に発見され、飛竜によって運ばれていった。
砦に戻り、戦果報告をすると回復した兵たちによる歓声が響く。
大分、声が減ってしまった。
「これより、帝国へ帰還する!」
これ以上ここにいる理由はない。
急ぐ必要もないのでゆっくりと帰ってゆくことにした。
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クラーテルへと到着すると、沢山の人々が集っていた。
凱旋だ。
ディノスの魔鎧兵を先頭にクラーテルの街へ入っていく。
後ろには副隊長が旗を持って並んでいる。
半分程度まで数が減った列を人々が歓声とともに歓迎してくれるが、何処かあまり嬉しい感じがしなかった。
頭の片隅にあの黒い飛竜の言った言葉が残っているせいだろう。
今日から2日ほどはクラーテルで休み、全員とまでは行かないもののある程度の人数を連れて帝都プロヴィルまで向かう。
これが正式な凱旋パレードとなるようだが、今度は自分が色々と用意などをしなければならない。
引き継ぎもまともにやっていない中で色々とやることが出来て混乱中だ。
慌ただしく屋敷の中でも動きがあり、まずは戦闘に参加した兵士達への労いという名目でのパーティーを行う。
全てが終わった後には疲れ果ててぐったりしていた。
久しぶりにキールの奉仕を受けているが、どうにも気乗りしない。
下がらせてリーベを呼ぶ。
「御用でしょうか」
「ああ。……不死隊はどうしている?」
「彼らは……別棟の倉庫に居ります。我々はここで良いと言って離れません」
「まあ、良いだろう。疲れを知らず、眠ることもなく……人の欲が消えた彼らはじっと待つことも気にならないのだろう」
あるいは、その間に眠っているのか。
アンデッドが眠るなど全く想像もつかないが。
どの道、立ったままで一日中でも待機していられるのは事実だ。
皇帝に対して彼らをどう説明したらいいものやらと頭を悩ませていたが……今は無駄に面倒事を持ち込むこともないだろう。
帝都に入れるのも気が引ける上、そもそも向こうの人間たちなのだ。
どういう反応をされるか分からない。
アンデッドを使うと言うのは皇帝も知っていることだが、どれくらいの規模かなどはまだ伝えていない。下手にあの軍団を入れれば謀反を疑われても仕方ないかもしれないのだ。
それに、あの軍団は何故か他の死霊術師の言うことではなく俺自身の命令に従う。
機会を見て説明した方がいいだろう。
アンデッド化した魔物も同じだ。
「ふう……流石に疲れた。すまないが明日の手配だけしておいてくれ」
「もう済んでおります。帝都で着るための鎧も用意しておりますよ」
「流石だな。……キールにも何か旨いものでも食わせてやってやれ。勝利の祝いだ」
「畏まりました」
久しぶりにベッドに横になると、今までの疲れと酒のせいもあるのだろう。すぐに意識は暗闇に落ちた。
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帝都プロヴィルへ付いてからは本当に忙しかった。
凱旋パレードから始まり、皇帝陛下直々の有り難いお言葉、ダンスパーティから晩餐会まで。
パーティー中は食べる暇もないほど人が集まり、独身と知るや娘を紹介したり自分を売り込むなど。
そうでなければ協力関係になりたい者達が今のうちにと話を持ちかける。
英雄と言われてからそういうことは何度もあったが、エフェオデルが壊滅したことが大きかったのだろう、今まで実力を疑ったりしていたものまで擦り寄ってきた。
逆にこちらは選び放題ではあるのだが、ただ自分の事しか考えていない者と組むなど意味がない。
資金を拠出し、研究などを認めてくれそうな者や、必要な物資を工面できそうな者などを中心にリストアップしていく。
次の日には勲章を貰い、クラーテルを正式な領地として受け取ることになった。
更に、エフェオデルの土地に関しても優先的に開拓してもいいという。
兵器の実験にはちょうどいいだろう。
帝都から少し距離があるとはいえ、クラーテルは色々と利便性の高いところではある。
鉱山からの物資さえ来れば物は作れるし、何よりも魔鎧兵の為の材料が手に入る。
その前に、首都を壊滅させたとはいえ生き残りのエフェオデルの住人はまだまだいるのだ。
他の小都市はまだある上に手付かずで残っている。
こちらに投降するようにと呼びかけ、既に廃墟と化している首都へ集めるようにと別な部隊が向かっているところのようだ。
戦後処理など大して興味もない。
好きなように統治すればいいのだ。
3日目の晩餐会が終わったのは大分夜も更けてきた頃だった。
国の重鎮たちやそれぞれの上の立場の者を集めた特別な会で、当然ながら内容も運営に関するものになるなど大分重苦しい。
ただ擦り寄ってくるだけの奴らがどれだけやりやすかったか。
とは言え、首都を潰して長と呼ばれた者の死亡はほぼ確実となった今、どちらかと言うとエフェオデルの土地をどう使っていくかなどが主だったが。
帝国と同じくエフェオデルよって分断され、国交も途切れている大陸を挟んだ国々が領地を掠め取ろうとする前にエフェオデルの崩壊とホーマ帝国による統治を宣言しなければならない。
既にその文書を持った飛竜が飛び立ち、各地へと散らばっている。
また、鉱物資源は豊富で、エフェオデル独自の技術なども面白いものがあるという報告もあった。
捕虜として捕らえた者達から聞き出しているのだろう。
力の差を見せつけられたことによって意気消沈しているという。
それと、テイマーという独特な力を持つ存在はやはり問題となった。
魔物を配下に加えて自由に操ることが出来る事、そして代々女性にしか発現しない能力ということで、恐らく国が変わっても彼女らの役割は大して変わらないものとなるだろう。
クラーテルの役割も大きく変わる。
エフェオデルの侵攻を食い止めるための防壁から、最前線の研究都市へと生まれ変わることになった。
既に脅威はなくなり、それでも他の国との戦争に向けて新型の開発を進めていくのには変わらない。
今回の飛竜隊と魔鎧兵隊の組み合わせによる奇襲なども効果的であるために、これから同じようなことをするために訓練がされていくことだろう。
さしあたっては魔鎧兵の装備などを見直し、更に強固にしていく事から始める事になりそうだ。
それに魔鎧兵は瓦礫の撤去や重量物の運搬などにもその力を発揮した。
そういった用途の方でもいずれ使われていくようになるのだろう。
「……飲みすぎたか……」
目の前が揺れ始め、足元がおぼつかない。
あそこまで飲まされたのは初めてだ。
「ディノス様。大丈夫ですか?」
「ああ……大分酔いが回ってきてしまったようだ。酔覚ましの薬を用意してくれ」
「今すぐに。とりあえずこちらの水を……」
冷たい水を一気に飲み干すと少しだけ楽になった気がする。
ヨックから手渡された酔覚ましの薬を受け取り、何とも言えない味に顔をしかめる。
すっきりするどころかどんどん眠くなってゆく。
気持ちのいいものでもなく世界が回るような感覚ははっきり言って不快だ。
二度とあそこまで酒は飲まないと心に決め、ついに意識を手放すのだった。
酒は飲んでも呑まれるな