第百四十七話 英雄として11
『コーニリアス!!大丈夫か!コー……』
「なん……だと……」
ブレスの直撃を食らった飛竜とコーニリアスの乗った魔鎧兵。
闇に食われたかのように見えたが、ブレスが消えた瞬間そこに見えたものは……。
あっという間に後方へと消えてゆく飛竜の翼の一部と、コーニリアスの乗っていた魔鎧兵の下半身だった。
他は全て消えている。
皆が絶句している中、副隊長のヘイデンはすぐに行動を開始する。
『呆けるな!散開しろ!奴のブレスは危険だ!』
『そんな、コーニリアス!!』
『ローズ!今はそれどころではない!』
パニックになりかけているローズを一喝する。
無理もない、目の前で仲間が消えたのだから。
あのブレスは食らったら最後、存在そのものを消されてしまうようだ。
下半身しか残っていなかった魔鎧兵では生存は絶望的だろう。
散開させてブレスの被害を少しでも減らしつつ、集中砲火を食らわせる。
ブレスが来る直前、必ず一度止まってから攻撃する様だ。
その一瞬を狙い撃つ。
「『今だ!!』」
号令が重なり、狙われた者は即座に離脱し、狙われていないものは待っていたとばかりに砲撃を開始する。
黒い体表に吸い込まれるように火弾と砲弾が直撃し、大きな爆発を引き起こした。
誰かが榴弾を仕込んだようだ。
「見えないな」
『全員、待機。被害を確認しろ』
4人死亡、魔鎧兵1体消失。飛竜3匹消失。
1匹を倒すのには大きな犠牲だった。
爆炎が晴れるとそこにはもう何も居ない。
倒しきったようだ。
同じようにして他の場所で猛威を奮っている黒い飛竜を倒し、戦闘は終了した。
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「死者は?」
「3000は超えております。まだ正確な数字は……」
正確な数字は引き算で出すしか無かった。
参加している者の総数は分かっているが、死んだものの数は不明確だ。例のブレスによって身体のかけらすらも残さず消滅したものがかなりいる。
炎竜の被害は直接戦闘していたものたちが火傷を負っていたが既に回復済みだ。
現在炎竜はアンデッドとなって支配下にある。
黒い飛竜も1匹はアンデッドとして確保しようとしたが、全て跡形もなく消えてしまった。
死ぬと消失するものなのかもしれない。
「何なのだあのブレスは?」
「私にも分かりません。夜の闇よりも濃い闇が通った跡には何も残らないということだけは」
あれがもし、薙ぎ払うだけの頭があったらと思うと恐ろしい。
一瞬で飛竜と魔鎧兵を消し去るだけの威力を持ったブレスだ、大群が消滅してもおかしくはないはずだった。
「……もう来ないと思いたいが、次にあれが出てきた時には最優先で倒さねばならんな。そしてこちらの位置を知られた以上、もうぐずぐずしてはいれないだろう。怪我人が動けるようになったら出発する」
補給はもう無い。
手持ちのものでやりくりするしか無いわけだが、既に皆もこのまま攻め込もうという意気込みでいるようだ。
なかなかに心強い。
魔鎧兵隊もコーニリアスの死によって相手を殲滅しないと気が収まらないと言う雰囲気だ。
落ちていったという魔鎧兵の下半身も回収した。
話を聞いた時には何を言っているのかと思ったが……これを見せつけられると嫌でも認めなければならないだろう。
「焼けたわけではないな」
「どちらかと言うと、切られたほうが近いのでは?」
「こんなに綺麗な断面なんて初めて見たぞ。しかし……ブレスだったのだな?」
「ええ。黒いブレスでした。地面に残された跡も同じように綺麗にくり抜かれた状態となっているようです」
正体不明ではあるが、危険な個体であることには変わりがない。
気を付ける事は射線上に入らないように動き続けることだろう。
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死者はテントに置いていき、生き残ったものたちの怪我の治療を済ませて都を目指す。
2匹の飛竜は限界高度まで飛んで先行する。
残りの飛竜隊は本体よりも僅かに先行しつつ索敵を行い、壁が見えたら上空の敵を相手にすることになる。
ディノス達魔鎧兵隊は騎兵達の突破口を開くために矢面に立ち、矢を防ぐ程度の簡単なシールドを持って門を目指す。
後方では大砲を使って内部への打撃を与え火災を発生させる。
その他の者達は全方位に気をつけながら向かってきたものたちを撃破していくことになる。
正直な所作戦とも呼べないようなものではあるが。
ここまで来た以上、下手に生きて帰ることを考えずに最後まで戦い抜く事を選んだようなものだ。
薄っすらと夜が明けてきて明るくなってくると、ついに目的地が見えた。
堅牢な分厚い壁がぐるりと周囲を囲い、巨大な都はまさに難攻不落の要塞そのものだ。
それを見た者達は今からあれを陥落させることを思い息を呑む。
門の前にはこちらを出迎えるかのように大量の兵士が並んでいる。
あの中にはアンデッド隊は含まれていないようだ。他の場所から新たに来た援軍だろう。
本来、相手を圧倒的に上回る人数が居なければ砦を落とすことは出来ない。
ましてや今の状況は相手が砦とこちらを凌駕する人数を抱えている絶望的な状況だ。
はっきり言って負け確定なのだ、本来ならば。
しかし……こちらには切り札がある。
戦況をひっくり返すだけの物が。
こちらの大砲の射程に前方の集団を収めた。
「向こうが仕掛けてきた戦争だ。もはや挨拶などいらん。大砲隊!撃て!」
合図とともに固定式の大砲と、魔導戦車の大砲が火を吹く。
突然の砲撃、それも自分たちの射程外からの一方的な攻撃によって壁の前に居た兵士達は大混乱に陥った。
榴弾が着弾する度に大爆発と炎が兵士達を焼き払う。
慌てて飛び出してきた魔物たちを確認すると飛竜隊によって焼かれ、かつて味方だったはずの炎竜がその猛威を奮っていた。
そこに巨大な黒い塊が降り注いでくる。
『何だこれは?岩……?』
いくつもそれらが空から降ってきては地面に突き刺さる。
魔鎧兵程もあるような巨大なそれは、黒い表面に赤い亀裂のようなものを生じてその光はどんどん強くなっていく。
『まずい!全員この岩から離れろ!今すぐに!!』
嫌な予感がした。
即座に距離を取ると他の全員にも同じように指示を出す。
頭のなかであれは危険だと警鐘が鳴っている。
予想通りであれば……。
直後、岩は白い光を放って爆発した。
その威力は凄まじく、こちらの榴弾を凌ぐものだった。
爆風によって距離を取っていたはずのこの魔鎧兵ですらよろけるほどだ。
指示を聞かずに近くに居たものたちは影も形もない。
どこからの攻撃かと思えば、門の前にそれは居た。
『地竜らしき黒い魔物を発見!警戒しろ!最優先であれを叩く!』
了解の返事が無くとも、即座にそちらに向かって駆けていく魔鎧兵達。
走り出した魔鎧兵を一兵士などが止められるわけもなく踏み潰されていった。
大群を突破した後に対峙したその巨大な地竜のような魔物は、やはり黒い鱗で覆われており、見た目の特徴自体は地竜のものだ。
背後で響く戦闘の音。
これを放っておく訳にはいかない。
『魔鎧兵隊、あの黒い塊に気をつけつつ攻撃開始!相手はこちらの何倍も重いぞ、一発たりとも攻撃を食らうな!』
例えば腕を動かしただけ、それだけでこの魔鎧兵はあっけなく潰れるだろう。
重量はそのままで凶悪な武器となる。
今までは一般兵相手に魔鎧兵によって無双できても、この地竜もどき相手では立場は逆だ。
一歩踏み出すと地響きを感じる。
体高は魔鎧兵の3倍ほどもあるだろうか?
遥か上から見下される形となる。
最初は地竜と同じように地べたを這いずり回る形だろうと思っていたが、予想以上に腕が長い。
頭を狙うには大砲を使うしか無いようだ。
尻尾までの長さもかなりのものだ。
大きくなっているはずの魔鎧兵の視点ですら自分がとても小さく感じてしまう。
『魔鎧兵隊、攻撃開始!!』
壁の上からも自分たちに向けて大量の矢や魔法が飛んでくる。
向こうの射程に入ったようだ。
気を配らなければならない場所が増えた。
少々邪魔だがそこまでの脅威ではない。
炎竜が壁の上の兵士達を焼き払う。攻撃が止んだ、今のうちだろう。
狙いをつけて大砲を撃ち込む。
当たってはいるのだがあまり効果があるように見えない。
『炎竜よりも硬いぞ!!』
『攻撃が弾かれます……!』
一斉に攻撃しても全く動じない。
逆に反撃としてその長い腕を振り下ろして叩きつけてきた。
土煙が舞い上がり凹んだ地面。
あれに巻き込まれたらと思うとゾッとする。
その土煙が晴れない内に尻尾が動き出す。
『逃げろ!』
長い尻尾によるなぎ払い。
2人巻き込まれて吹き飛ばされたのを視界の端で確認する。
安否は分からない。
ともかく今は攻撃を続けるしか無いのだ。
後ろの声が小さくなっていくのは味方が少なくなったせいか、それとも敵が居なくなったせいなのか。それすらも確認する暇もない。
尻尾がやたらと厄介だ。避けにくい上に速度が速い。
『ディノス様!攻撃が通用しません!』
『くそ……コイツの弱点は何なんだ!』
そうこうしている内にまた壁の上からの攻撃も再開し始める。
応援に来た魔導戦車隊が応戦しているが数が足りない。
予定は狂ったが切り札の1つを使うことにした。
『……不死隊、やれ』
『承知した』
壁の向こうで激しい戦闘の音が聞こえ始め、次々と爆発音が響く。
やらせていた工作が成功したようだ。
不死隊にやらせていたものは爆発物の設置だ。主要な場所が幾つか吹き飛んでいく。
敵にとって一番痛いのは火薬庫だろう。
探し出してそこに仕掛けられた物が轟音を立てて一層大きな炎と黒い煙を吹き上げた。
「な、何だ?魔物たちがおかしいぞ!」
「やめろ!こっちに来るな……!やめっ……」
「こいつらなんで突然!?」
味方だったはずの魔物達が自分達に向けて牙を剥く。
さぞや恐ろしいことだろう。
爆発物を仕掛けたのは当然主要人物がいる所もだ。特に最優先でテイマーを狙わせた。
先程の爆発によってテイマーは死んだのだろう、魔物達がその制御を離れて暴走し始めた様だ。
今、壁の向こうは大混乱に陥っているだろう。
『ディノス様!黒い魔物だけはおかしい!』
『混乱せずにこちらをしつこく狙ってきますよ!』
『何故だ!?』
ただ、計算違いはあった。
黒い魔物達は他の魔物達がどんどん逃げたり手当たり次第に襲っていくのに対して、必ず帝国兵のみを狙ってくるのだ。
『黒い魔物は別系統と判断する!別なテイマーがいると思ったほうがいい!』
戦いながら思いついたのはこれ位だ。
何度も同じ場所を攻撃され、少しずつでもダメージは入り始めているが、まだまだかすり傷程度だろう。
怒ってすら居ないのだ。恐らくこの地竜もどきは今、ただ単に邪魔だと思っているだけだ。
『ディノス様、僭越ながら提案したいことが』
『何だ?』
『石などを熱して急激に冷やすと脆くなるといいます。金属と同じであれば効果はないかもしれませんが、もしかしたら……と』
『なるほど、あの鎧を引き剥がすということか……やってみるか。氷魔法を使えるものたちに援護を要請しろ』
『いえ、それは私がやります』
『何?魔鎧兵に乗っている間は魔法は……』
『使えるのです』
魔鎧兵に乗っている間は魔法を使えない。ずっとそう思ってきたしそれに対して全く疑問を抱かなかったのだが、彼……ルーサーは違った。
元々魔法に関する適正も高かったのだが、その為か魔鎧兵に乗っているときにも魔力の流れを感じたらしい。
『使えない訳ではないのですよ。現にディノス様も使っておりますが……もしかして気づいておられなかったのですか?』
死霊術の事だった。
そう言えば先程も乗ったままで命令を出していた。
先入観によって魔法を使えないものと錯覚していた。
使えるのであれば……存分に使おうではないか。
『確かに……。なるほど、使えるならば……やるぞ。私が炎竜と熱を加える』
炎竜にターゲットを地竜もどきに変更させて炙る。
自分でも魔法を使って高熱を叩きつけてゆく。
言われた通り、確かに魔法を扱えることに何故今まで気が付かなかったのかと、多少苛つきを覚えつつもその威力の上がり具合に驚いた。
『これは……魔鎧兵を通しているからか?』
『分かりませんが、生身で魔法を使うよりも威力が上がるのは確かです。ディノス様の考え通り魔鎧兵の身体が魔力の供給源になっているから……という可能性はあります』
だとすれば、使い切ってしまえばその時点で動けなくなる可能性はある。
あまり多用は出来ないだろう。
地竜もどきはといえば、度重なる高熱の攻撃によって全身が赤く輝きだしていた。
途中からあの爆発する鱗を飛ばしてきたりとかなり厄介だったものの、なんとか被害は最小限に食い止めつつ対処している。
『そろそろいいはずだ!』
『分かりました!『冷たき氷の柩の中で血の花を咲かせよ』』
彼の持つ最強の氷魔法。氷柩。
そのまま棺を模した氷の中に閉じ込めて内部に無数の氷の棘を生じさせるものだ。
魔鎧兵の身体を通じて顕現したそれは、地竜もどきの胴体部分をまるまる飲み込む事に成功する。
凄まじい水蒸気を出しながらも、身体はパキパキと音を立てて白く霜がついていくほどに急激に冷却されていき、棘が生成されると青白い柩は真っ赤に染まる。
突然の痛みにさぞや驚いただろう。
今までうめき声1つ漏らさなかった地竜もどきが初めて咆哮をあげる。
『まずい!ブレスが来る!!』
射線から逃げるように全員が動くとそこに向かってブレスが吐き出される。
黒く、あの飛竜が出したものよりは若干範囲が広い。
『またこれか!』
触れてはならないブレスだ。
こんなものを食らったら大勢が一瞬で消滅する。
あれは直線だったからまだいい。これは……若干扇形に広がっているのだ。
射程は短いかもしれないが、範囲が広い。
地面が抉れて深い穴になっているのが確認できる。
やはり性質は同じだ。
皆もそれが分かったようで緊張が感じられた。
しかし、悪いことばかりではない。
目論見は成功し、地竜もどきの胴体部分の大半は鱗が脱落して大量の血が流れているのだ。
『全員胴体に集中攻撃を!ブレスを放ちそうになったら口の中にでも大砲をぶち込んでやれ!』
魔導戦車隊も加わり激しい集中砲火が地竜もどきを襲う。
激しい痛みにブレスを吐く事すら出来ずに蹂躙され、ついにその身体を地に着けた。
砲撃を止めてみれば骨が砕かれ、内臓がこぼれ落ち、大量の血が流れ出ている。
その奥の方で一際大きなものが脈打つのが見えた。
徐々に弱まっていくその動きだが、それに向かって大砲を向ける。
一発の轟音が響いた後、地竜の身体は大きく痙攣した後に動かなくなった。
『脅威は取り除いたぞ!!』
返り血を浴びて真っ赤に染まった機体の右腕を掲げ、後ろを振り向けば……。
ほぼ壊滅したエフェオデル兵と3分の2程度まで減ったホーマ帝国軍が見える。しかし、数は減ったとはいえ脅威の元を取り去ったことで士気は大いに上がり、割れんばかりの歓声が響き渡った。
対してエフェオデル兵の方は既に数も少なく、頼みの綱だったはずの黒い魔物が倒されたことで呆然としていた。
また、壁の向こう側の爆発音もいつの間にか散発的になっており、上からの攻撃もいつの間にか止んでいる。
『首尾はどうだ?』
『注文通り、中央へと集まっております』
『では一度壁まで下がれ。時間はないぞ』
『直ちに』
不死隊はよくやってくれたようだ。
やはり内部は大混乱だったようで、味方同士疑心暗鬼になり、健常者同士での同士討ちも見られたようだ。
また、制御を失った魔物達と、アンデッドの魔物達によって更に混乱が広がり、指揮官を優先的に殺し回った結果……統率が取れていない烏合の衆へと成り下がったのだ。
撤退を選べば自然と中央へと集まっていくのは道理だった。
『特別攻撃隊、やれ』
最後の仕上げだ。
特別攻撃隊……先行させてずっと遥か上空で待機させていた飛竜隊だが、ついにその出番が来た。
飛竜を操り荷物をぶら下げて真下に向かって加速する。
息を吸う事すら出来ないような空気の流れに抗いながら更に加速させて、黒煙を噴く首都が近づいてくると一気に反転しつつ速度が乗った状態で荷物を投下する。
後は味方のいる方へと一直線に離脱するだけだ。
しばしの後、誰もが今まで見たことのないような閃光と爆風、そして巨大な爆炎を目撃する。
爆風は離れていたはずの壁をもなぎ倒し、勢い良く吹き飛ばされた破片はエフェオデルの兵士達をも貫いていく。
ある程度避難していたホーマ帝国兵ですら無事では済まなかった。
凄まじい爆風は魔鎧兵をも吹き飛ばすほどの威力があり、続いて来た熱風は生身の身体を焼いていく。
魔法による障壁を持ってなおそれだけの被害を出したもの。
それは巨大な爆弾だった。
仕組みは単純、しかし魔晶石を大量に使用するためにコストは嵩むが、その代わりにこの破壊力を生み出す。
ここにサイラスが居たら核爆発でも起きたのかと錯覚するようなレベルの威力を持つそれは、今その性能を十全に発揮し、ディノスの計算以上の結果を出してくれた。
魔鎧兵に乗っていてもなお、焼ける痛みに顔をしかめながら後ろを振り向けば、ほぼ廃墟と化した首都が見えた。
最後まで隠し通してきた物がついにその威力を発揮しました。
核爆弾ではないけど、威力だけ見れば最近話題のMOABより上です。