第百三十五話 久しぶりのサイラス
マギア・ワイバーンとセイカーによる空戦の実演は、その両機の力を国民に知らしめるには十分なものだった。
その動きは飛竜と比較しても遅れを取るどころか圧倒できるほどであったし、使っていた攻撃手段は一番弱いもので、本来のその攻撃が当たれば家などは粉々になって吹き飛ぶものが一発一発高速で撃ち出されているものだと言われれば、なるほど飛竜と戦って連戦連勝しているというのも分かるというものだ。
もちろん、その活躍を見ていたものたちも皆無ではないし、そうしたもの達は話を聞きつけた観客に詰め寄られてその様子を何度も何度も話す羽目になったという。
興奮冷めやらぬ観客たちがまた聞こえてきたアナウンスに耳を傾けるために黙ると、彼らが居る広場……その中央部分は立入禁止とされて相当な広さが空白になっていたのだが、そこに向かってハイランド王国軍の魔導騎兵隊と、王族直属のフォルティシア魔導騎兵団が現れた。
ハイランド王国の象徴でもあるフォルティウィスという巨大な鳥の頭を模したデザインが取り入れられているフォルティシアは、純白のイメージと合わさり何処か神々しさすら感じるものとなっている。
その後ろに続く王国軍の魔導騎兵隊は白と赤を基調にしたデザインのコットスとギュゲスだ。
流石にコットスは普通の魔導騎兵の形をしているものの、ギュゲスは4つ足の蜘蛛型だ。その異様な姿に少しばかり観客に動揺が走っている。
使ってみれば登坂性能と悪路走破性に意外と優れていたり、安定感はコットスの比じゃなかったりと使いやすい機体ではあるのだが。
王国としてもテンペストの研究所で開発された、狙撃用の武器を持たせて山肌からの攻撃などに使うよう訓練しているという。
アンカーを使って身体を固定できるために、本当に蜘蛛のように普通なら登れないようなところも上っていくことが出来るのが強みだ。
これに加えてサイラスのサーヴァントが入ってくる。
「次は王国を守る巨人、魔導騎兵による模擬戦です。危険ですので仕切りの中へは絶対に入らないようにしてください」
大分興奮していた観客たちも、模擬戦という言葉を聞いて一気に間を空ける。
流石に先程の空中戦を見た後で、自分たちの目の前で行われる巨人の戦いに巻き込まれたらどうなるかなどは容易に想像がついたらしい。
一通り搭乗者である魔導騎士を紹介するとまた歓声が上がる。
コットスとフォルティシアにそれぞれ1名ずつ女性が乗っていたことも大きいだろう。
意外かも知れないが、何も男性しか乗れないわけではない。
それはテンペストが操るホワイトフェザーがあることからも分かるが、機体性能と搭乗者の技量が問題となるのだ。
魔導騎兵とリンクすると、魔導騎兵本体に自分が同化することになる。要するに自分の肉体ではなく、魔導騎兵その物を自分の体とするわけなので、基本的にはそれぞれの魔導騎兵の魔力筋によって出力などが決まっていくのだ。
機体性能が高ければ高いほど、有利になっていくものではあるが……そこに今度は魔導騎士、つまり搭乗者の技量が関わってくる。
どんなに早い車に乗っていても、技量がない人が乗ればそれは性能を引き出すに至らず、持て余してしまうと言うのはよくあることだ。
自らの身体となる魔導騎兵をどれだけ上手く操ることが出来るか……そして、戦いなどに関する知識がどれだけ蓄積されているかが勝敗を握るのだ。
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「……これに乗るのも久しぶりですね」
サイラスがサーヴァントの手の上で観客に向かって手を振っている。
しばらく領地の開発と経営に関して四苦八苦していたため、サーヴァントで何かをするような暇は無かった。
毎日毎日常に領地の発展というか、街を作るために材料を作り出し、畑としてほとんど使い物になっていなかった土地を回復させるために様々な手を加えたり、研究所に顔を出しては研究員に指示を出したり、報告書や質問状に目を通しては承認したり返事を書いたり……。
恐らくテンペストよりも多忙な日々だったはずだ。
しかしおかげで領地の方は漁師村は完成し、既に塩田と漁は始まっている。
今は街の主要部分を作りつつ、農村部を開拓している最中だ。
その合間合間に新造艦の見学や指示などもやっていたわけだが。
このお披露目の時に合わせてひたすら頑張ってきたかいがあって、サイラスは今ここに立っている。
正直なところ睡眠不足や疲労で眠ってしまいたい気分だ。
しかし、自分の手を離れて独自の戦い方をする王国の魔導騎兵と戦える機会はそうそうない。
コクピットの中へと入り、サーヴァントと同期する。
即座に意識がサーヴァントへと移され、簡単な魔導騎兵の型を披露する王国のコットスを眺める。サイラスは軍属ではないし、戦闘術も全く異なるのでこれには参加しない。
そしてメインである模擬戦が始まる。
参加している機体はコットス、ギュゲス、フォルティシアがそれぞれ3機。
まずはその代表者が剣を模したなまくらで戦う。
サーヴァントも同じだ。
コットスとギュゲス、フォルティシアとサーヴァントが対戦する。
機体の性能差を考えた組み合わせで、場所と観客のことを考えて近接戦闘のみ。囲いの中から少しでも出た時点で負けが決定する。
また、飛び道具と魔法の使用は厳禁だ。
通常の人型であるコットスは、一番最初に導入されたものであるため観客たちでも見たことがあるものたちは多いが、対する四脚のギュゲスは限られたもの達しか見たことがないものだ。
蜘蛛のように滑らかに動くギュゲスは若干の生理的嫌悪感を感じるものも居るようだが、見たこともない物という事で興味を引いている。
「始め!」
合図とともにコットスとギュゲスが中央に向かって走る。
コットスが大きく振り上げた剣を、姿勢を低くしたギュゲスがコットスの手をめがけて剣を振り上げた。
不用意に突っ込んだコットスはそのまま剣を取り落としてしまい、後はリーチの点からも不利な状況へと陥りそのまま負けることになった。
ギュゲスはああ見えて足の力はあるのだ。今回はやらなかったが横っ飛びしてコットスの倍近く距離を取ったりすることも可能なほどで、先程の踏み込みもその脚力を活かしたものだった。
今まで同じ機体同士での練習しかしていなかった彼らにはいい機会となるはずだ。
コットスの魔導騎士は悔しそうだったが、次に繋がればそれでいい。
「さて、次は私ですか」
『お手柔らかに、博士』
「こちらこそレイニー殿。フォルティシアと戦ったのは研究室以来です」
今回の相手はこの模擬戦で大将を務めるレイニーだ。
彼は騎士団から魔動機兵団へと配置換えした者で、フォルティシアを操らせたら相当な腕だと言われている。
騎士団の時には体力などで他の者達に一歩及ばない所で燻っていたわけだが、スタートラインが揃った途端にメキメキとその学習能力と適応力を見せて対応していったそうだ。
フォルティシアでの組手でもほとんど勝ち越しという事で、サイラスにとっても相手に不足はない。
「相手は本職。特に機体に慣れた者であれば強敵ですね、付け焼き刃で大した剣の扱いを知らない私が何処まで対応できるか……」
まともにやりあった所で勝ち目が見えない。
剣の有力者とアマチュアとの戦いのようなものだ。
であれば、相手の思うような流れにさせない工夫が必要だろう。飛び道具無しで。
開始の合図が聞こえてフォルティシアが剣を正面に構える。
下手に飛び込めば迎撃されるだろう。
かと言って動かないわけにもいかない。
サイラスは姿勢を低くして正面からダッシュで懐へ潜り込む。
それに合わせて即座に剣を合わせるフォルティシアだったが、振り切った時にはまだサーヴァントは剣の間合いに入っていなかった。
『なっ……!?』
「ぎ、ギリギリでしたね……っ!」
捨て身で入ってくるように見せかけ、直前でレビテーションも使って急制動を掛けた。
格好はそのままに急激に速度が落ちたサーヴァントにタイミングを合わせることが出来ず、重い長剣はその速度のままに振り切られる。
筋力があったとしても、長剣はそれなりに重量があるものだ。
しなりをある程度防止するために加えられているプレートのおかげで重量は増し、思いっきり振り切ろうとすればどうしても少し剣に腕を持っていかれる。
慣性に従って動こうとする剣を止めて切り返そうとするも、その時には再加速したサーヴァントが懐まで迫っていた。
『ぐっ……このっ……!』
長剣を使わずに当身でフォルティシアの胸部へと衝撃を伝え、バランスが崩れた所で腕を取り足を引っ掛ける。
回復不可能なほどにバランスを崩したフォルティシアは、サーヴァントに振り回されるがままに地面へと迫っていたが、手足を上手く使って完全に倒れることは阻止した。
そのまま即座に距離を取ってサーヴァントと対峙する。
しかしその代償として剣は手放してしまった。
そしてサーヴァントにはまだ剣は残っている。
「……行きますよ!」
『うおおおっ!』
サーヴァントが攻撃に移り、長剣を振るうが……今度はフォルティシアが器用に剣に合わせていなし、斬撃を逸らされていく。
流石に魔導騎兵同士での模擬戦を毎回やっているだけはあり、剣の見切り方は上だ。
フォルティシアの腕周りに小さなキズは増えていくものの、有効打にはなりえないものばかり。
サーヴァントの方も攻撃を途切れさせれば即座にフォルティシアが反撃に移るのが分かっているために攻撃を続けるしか無い。
その攻防に観客は沸きに沸いた。
剣が振り抜かれる度に自分達の方にまでその風圧が届き、大きな機体がまるで重力が無いかのように人と同じく動くのを目の当たりにすればやはり面白かろう。
「くっ……私では当てられませんか!撃ちたい!」
そもそも運用的にも近距離戦はあまりせずに、飛び道具を使うのが前提のサーヴァントだ。剣があっても攻めきれなければ全く意味がない。
そこに飛び道具禁止というルールがとてつもないハンデとしてのしかかる。
「なら……!」
斬って当てられないのならば……と胸部めがけて剣を突き出す。
……が。当たるどころか腰を捻って半身になったフォルティシアが取った行動は、突き出された剣を脇で挟み込み、腰を戻すようにしながら腕でその剣の横っ腹に打撃を加えたのだ。
瞬間的に弱い部分に打撃を食らった剣は激しい音を立てて折れ、それに驚いたサイラスの隙をついて剣を奪い、そのまま胸に当てられてしまった。
「そこまで!勝者、レイニー!」
一瞬の事にやられたという事実を遅れて実感する。
それと同時に若干の悔しさを感じた。
「あー……あと少しだと思ったんですけどね……」
『いやいや、今からでも剣を習えば伸びると思います。正直、最初の一撃で勝ったと思ったのですが……まさかあんな動きができるとは』
「そこからリカバリされるとは思ってなかったですよこっちも……。やはり剣では本職に勝てる気がしませんね」
『こちらも博士の制限を解除した状態では勝てる気がしませんよ』
レイニーの言うのも事実だ。
今回の模擬戦はサーヴァントの殆どの長所を潰した状態で行われている。
撃ち合いが出来ないフォルティシアは当然のごとく遠距離から一方的に撃たれるだけだし、そうでなくとも空に浮かばれてしまうと手も足も出ない。
ここ最近一気に軍備を拡張してしまったがために、国の予算も殆どなくなりしばらくはこのままで運営しなければならないのだ。
当然、新しい装備を購入したり、機体をアップグレードするなどは難しいだろう。
その後、また何度か模擬戦をしたものの……やはりコットスとギュゲスはサーヴァントには勝つことが出来なかった。
魔改造を繰り返したサーヴァントはまともにやりあえばなかなか勝つのが難しい。獣脚のサーヴァントの踏み込みは速く、回り込まれて関節を固められたりすれば終わってしまったのだ。
同じようなコンセプトで作ったフォルティシアは性能自体近い上に、乗っている魔導騎士達も精鋭揃いでコットスとは動き方から違う。
結局サイラスはフォルティシアに対して2敗を喫することとなった。
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「博士お疲れ様」
「ああ、ありがとうニール。……いやぁ、流石に強かったですね王国魔導器兵団」
「いや、あれについていけてた博士も相当だと思うけど……」
「サイラスの街の方はは少し落ち着いたのですか?」
「ああ、なんとか私が手を出さなくとも回せるくらいにはなってると思うよ。兎にも角にも人が足りない。特に屋敷の人材が不足していてね、ラウリもてんてこ舞いだよ」
屋敷の方は掃除などは後回しに、最低限の生活を出来るようにするレベルを保ったまま、領地の経営の方に重きを置いていたのだ。
以前の屋敷よりも広くなってしまったためにどうしても人手が足りていない。
その代わりに、漁師や農民などの第一次産業を担う者達は多く、街の方自体は簡単な命令を出しておけばある程度回るようになった。
それで落ち着いたかと言われればまだまだではあるが……。
「まあ、何よりも一番大きな仕事が数日前に終わったからね。大分楽になるよ」
「漁港のあれの事?」
「いや、ニールも楽しみにしていただろう?新造艦だよ」
本当にここに来る3日ほど前にようやく完成したのだ。
その報告も兼ねている。
「ホント!?うわ、楽しみだなぁ!リヴァイアサンと比べてどう?」
「もちろん性能は遥かに上ですよ。私達の世界の装備とこちらの装備を強化して付けたようなものです。もちろん広い格納庫もありますよ。観光船としては使えないので居室は狭いですが……それでもそれぞれに個室が割り当てれるくらいには広いですからね」
「おお……テンペスト、いつ見に行くの?」
まるで子供のようにニールがはしゃいでいた。
リヴァイアサンに乗った時、そのかっこよさに興奮したのだから今度もきっとそうに違いないと確信しているのだ。
もちろんあれとは大幅に異なる姿をしているし、それぞれの専用ハンガーも設けているのでそこに転送用の魔晶石を仕込んでおけば船の方へと移動させておくことも可能だ。
この機会にサイラスも魔晶石を確保しようと思っているという。
「まあそういうことなのでニールにその魔法の使い方を教えてもらいたいんだけども良いですかね?」
「え、別にかまわないですけど。僕で良いんですか?」
「テンペストは特殊だからね。言いたいことは分かるけども私が出来るかは分からない。まずはニールのやり方を真似てやってみるつもりだ」
今すぐにというわけには行かないので、とりあえず魔晶石を取ってきてからとなる。
そして船の内覧会は双方が落ち着いた所で連絡を取り合って行う。
もう少し先の話ではあるが、数週間後というわけではない。早くも新しく作られた物が見れるとあってニールがあれこれと妄想していた。
所有はサイラスなのだが。
「あ、名前とかは?もう決まってるの?」
「ええ決まってますよ。ま、リヴァイアサンとくればバハムートでしょう。ベヒーモスではなくバハムート読みなのは好みですが」
「え、なんか意味があるの?」
「リヴァイアサンもバハムートも私達の世界における神話の化物の名前です」
リヴァイアサン、ベヒーモスの二頭一対をなす存在。それぞれが海と陸を象徴する巨大な怪物で、世界の終末の時には選ばれし者の食糧となる……ということになっている。
「え、食べられるの!?」
「らしいですよ。この辺よくわからないですけどね……。で、そのベヒーモスを別な国ではバハムートと呼んで巨大な魚として見ていたようです。もとの方でも元々どっちも海に住んでたけど大きすぎて海が溢れたためにベヒーモスが丘に上がったとされていたりしますが」
「とりあえず……強いってこと?」
「リヴァイアサンは最強の生物と呼ばれ、ベヒーモスは完璧な獣とされるということもありました。そう言う意味では私の希望通りの物が作れたので完璧な傑作という事で良いでしょう。ま、攻撃力もこちらが上なんですが」
この世界と違って居ない物を話してもあまり意味がない。
ゲームや創作物などにおいてはバハムートはドラゴンとして描かれることが多いのでそっちのイメージのほうが強いというとニールはそれはそれで喜んでいた。
魚よりは格好いいという事で。
サイラスとしても異論はなかった。
「交易路の方は手を付けられそうですか?」
「いや、まだだね。トンネルを掘るにしても距離があるし、こっちの方も山を切り拓いていかないと土地がすぐに足りなくなってしまいそうな気がするんだ。しばらくは定期便として小型の移動船を動かすことにしているよ。座ることは出来ないけど人だけなら200人位は一度に運べる大きなバスみたいなものだよ」
「それくらいあれば……物資の移動も問題はないですか。一応陸路でも行けるようにトンネルと橋をこちらの方からも伸ばしておきましょう」
「助かるよ。なってみてよくわかったけども……かなり大変だな、領地経営というものは。次から次へと問題は起きるし人も思い通りには動かない。テンペストはよくやっているよ」
家令が優秀ということもあるが、テンペスト自身の情報処理能力と写本のための能力が発揮できるのが机仕事だ。
サイラスが敵うはずもない。
「周辺には魔物も多いことは多いが小型のものが大半だし、独特の物も多い。ティラノサウルスの様な頭を持つ大きな蛇とかね」
「良くわかんないけど大きい蛇とか会いたくないなぁ気持ち悪い」
「顎の力が異常に強くて、噛まれれば鎧ごと咀嚼される位のようだ。気をつけないとならないのはそれが多いかな」
「十分嫌ですよ……」
しかし上質な皮が手に入り、肉もパサパサしているもののまずくはないため安価な肉として流通できそうだという。
皮の方は装備品などに使用される。
光の当たる方向によって色が変わる不思議な光沢が人気なのだそうだ。
水源は高山からの雪解け水などが豊富に湧き出る場所が幾つかあり、地質を見てみると石灰岩が含まれているということで地下空洞には気をつけなければならないようだが、悪くないというのがサイラスの見立てだ。
農家の方からは霧が多い事が懸念事項とされているが、これはテンペストの開発している太陽光を放つライトを使えば問題ない。
「まあ、私達の技術があれば問題なく暮らしていける土地だよ、あそこは。当面はこれ以上の海水などによる侵食を食い止めるために断崖の強度を上げたりしている。ホーマ帝国のように青い海とは行かないが凪いでいる時にはなかなかいい釣りスポットになるから、漁師たちは朝早くから夜まで粘って魚を獲ってる。来た時には新鮮な魚介を食べていってくれ」
「それは楽しみです。サイラス、そろそろ王城へ行きましょう」
「ああ、そうだった。コリーは何処に?」
「向こうに行けば居ると思うけど。汗かいたからさっぱりしてくるって言ってたし」
お披露目と共に受領式、任命式まで一気にやってしまおうというのだ。
一般人は立ち入りできないものの、貴族だけでも相当な数が集まっている。
いつも通り王様からのありがたい話を賜り、大量の貴族に揉まれながら満足に食事も取れずに延々と続く列を捌き続ける。
以前と違うのはその隣にニールが居ることだ。
正式に婚約者として周知したおかげで、大分求婚に関する手紙は減り……前にどこぞの息子がやらかした問題が意外と大きく貴族の中で広がった結果、被害を食っていた女の子達からのニールの評判がうなぎのぼりなのだ。
今は隣でそんな子達の列を捌いていた。
時折こっちに助けを求めるような目線が飛んでくるものの、テンペストはテンペストで色々と協力しても良いところと切り捨てるところの選別を行うのに忙しい。
結局全てが終わった後に、ニールは半分魂が抜けたような顔になっていたのだった。
沢山の御礼の品をもらい、かなり可愛い女の子たちから感謝と「お誘い」の言葉をもらうなどして、それに丁寧に言葉を選びながら返事を返し……またはここに来てテンペストの周りの人物がぽんぽんと貴族に上がってくることを良しとしない人たちから、婉曲的な嘲りなどを受けイラッとしながらも感情を殺して要注意リストに入れていくなど、気苦労が絶えなかった。
目の前に並んだ料理を食べられなかったのが一番堪えたようだが。
「ニール、これから王様との会食です。今度は食べられますよ」
「……貴族達より、王様との方が安心するのは何でだろうね……」
ニールが社交界に慣れるのはいつだろうか。
色々と忙しく動いていて顔を出せなかったサイラスが一時的にとはいえ戻ってきました。
辺境にあるので来客がないだけ楽ですが、逆に自分が動かなければならない事が多いのであまり意味は無さそうですね。